鶴彬全川柳

鶴彬




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大正十三年篇 一九二四年(十五歳)


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◆大正十三年十月二十五日『北国新聞』夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
静な夜口笛の消え去る淋しさ
燐寸マッチの棒の燃焼にも似た生命いのち
皺に宿る淋しい影よ母よ

◆十月二十九日夕刊「北国柳壇」

秋日和砂もてあそんでる純な瞳
思ひ切り笑ひたくなった我
無駄な祈りと思ひつゝ祈る心
運命を怨んで見るも浅猿あさましさ
其の侭に流れんことを願ふ我

◆十一月四日夕刊「北国柳壇」

日章旗ベッタリ垂れた蒸暑さ
いい夜まず 幾つかの命ゆがめられ
子供等の遊びへ暗影迫り来る
海鳴りが秋の心へ強く響き
表現派の様な町の屋根つゞき
悲しい遊戯を乗せて地球は廻る
外燈へ雨は光って目がけ来る
得意さを哀れさに見る哀れさ
滅びゆく生命いのちへ滅ぶきがなき
生活へ真剣になれぬある生活
一跳ね一跳ねうをの最後が刻まれる
大きな収穫総てを忘れた喜び
泣く笑ふそして子等の日は終り

◆十一月六日夕刊「北国柳壇」

磯馴松そなれまつもう冬近い唸りなり
諦めてか諦めずか柿の葉は落
なき倒す風総ては大地へしがみ付
生きる死ぬ必死の侭を恐怖し
地球を封じ込めたやうな空
夜の幕払はれて地上の無惨なる
飯粒を戴いて拾ふ我が母
腹が減った時だけ飯が旨い

◆十一月七日夕刊「北国柳壇」

こえ臭い侭の身体のある誇り
瞬間を求めてゐる子供達
思切り笑へなくなった悲しい喜び

◆十一月十二日夕刊「北国柳壇」

人生の努力に疲れた老人の額
太陽に雲と地球が染ってゐる
秋風が地球の上を嘗めて行く
鳥が枝に止まるが如き人の生命
儚ないと捨られもせぬ命なり
大きな物小さな物を踏みにじり
風船玉しかと掴めば破れます

◆十一月二十七日夕刊「北国柳壇」

束縛なく生きて悲哀なく消え
散る菊へ私一人だけが泣く
鉄鎖てつくさりとける日生活のめぐみを見せ
何時でも乾き切らない大地なり
煙突の煙の行方が知れない世

◆十一月三十日夕刊「北国柳壇」

悪人の心へ夕陽強う照り
争ひをそれと思はぬ鶏を見る
柿の木に雀ふくれる朝となり
籠の鳥歌って女工帰るなり
桃割の瞳 何もも諦める
赤とんぼにも生命いのちがあります
小春日に宝達山ほうたつさんが痩せてゐる

◆十二月六日夕刊「北国柳壇」

吹けば飛ぶ物だけ風は吹きとば
ゆゐ一の願ひすべてを忘れてる
諦めを知った心へ光りさし
女ですと瞳をくうへたどらせる
光明は見憎い姿を憎まない

◆十二月七日夕刊「北国柳壇」

区切られたたけは小川に押され
カサリと落葉は大地へ微か也
海鳴りが弓張り月を凄くする
鶏よ猫よ痛ましい事実なり
弱き者よより弱きを虐げる

◆十二月九日夕刊「北国柳壇」

小春日を鳥がこえをつついてる
外燈が闇の目のやうに光り
真すぐな小松へ風の吠え狂ひ
念仏が忘れられますかねの事
踏石を欲がってゐる人間等にんげんら

◆十二月十三日夕刊「北国柳壇」

微笑ほほえみの刹那暗さが消えてゐる
笹舟は反抗も無く流れてゐる
一滴の涙は光り受けて落ち
許されぬ罪の心へ涙する
おちる葉は地へも溝へも屋根へでも
銀貨の音耳と目とが光ってる
重たさが失せてズルズル引摺られ
停電へ蝋燭のの有難さ
真暗な街 外燈が凍りつき

◆十二月十八日夕刊「北国柳壇」

独り息子泥濘ぬかるみに転んで起きず
縮まって女工未明の街を行く
女工達 声を合せて唄ひ出す
秋の朝荷車ひきのしろい息
裸木に雀ふくれて細く鳴き
女将ぢょしょうひとみは乾き切ってゐる

◆十二月十九日夕刊「北国柳壇」

世間を動かせず熱い涙なり
蹴倒して一階段を踏みあがり
親の命日を知ってるの瞳
沈みゆく陽に人間は皆哀れ
ぶつかって跳返されて泣いてゐる
一筋の光り淋しさの色に負け

◆十二月二十日夕刊「北国柳壇」

踏台の高さ大地へ目がくらみ
ドン底に立ってる者の強さ也
足許を忘れて星を憧がれる
淋しがる二つ静かにいだき合ひ
赤蜻蛉人間の上を泳いでる
求めずして子等は与へられ
正月を指をってゐる子の瞳

◆十二月二十五日夕刊「北国柳壇」

有丈あるたけでまだ物足らぬ日を送り
赤とんぼ飛ばぬ日太陽かげる
運命は目をつぶった侭流し
失恋は生命いのちへシカとしがみ付
突き当って水は曲って行く
着物が一番華やかな唖の子よ
土蔵の影に育って実を結ばず
思ひ切り笑ったあとのむなしさ
真暗に提灯ちょうちん一つ見付け出し
子供等の表情を唖の子は追ひ
飯事ままごとに唖の子つくねんとしてたち

◆十二月二十六日夕刊「北国柳壇」

恵まれざるひとみ 涙がせて見え
涙流す人笑ふ人日は暮る
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大正十四年篇 一九二五年(十六歳)


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◆大正十四年一月八日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
暗闇に灯を探しつつ突き当り
母親の影に連れ子は淋しさう
連子の名呼び捨てにもされず
泥沼にのた打ち廻る真剱さ
たれてからつ心を考へる

◆一月九日夕刊「北国柳壇」

大空へ笑ひ空しく消えて行き
第三者には労働は神聖なり
丘に立つ人のは雲を見詰る
時々に空へのぼりたいここち
桃割れへ夕陽ゆふひはしばし鋭し

◆一月十三日夕刊「北国柳壇」

せん銅貨どうくわ子供こども確乎しっかりにぎります
綱渡り危ない綱がたよりなり
幻影に人間のは恐怖し
断崖をよぢ登る人落ちる人

◆一月十四日夕刊「北国柳壇」

つなぐ手は人込のきほひ離される
階段の上からつばが飛で来る
暗闇に顔と顔とをすかし合ひ
抱合ふと指でつつく世間です
抱合ったものの涙砂に消ゆる
この大地この人の群この太陽
肉あって血あって抱く暖かさ
眼をつむり念仏する真っ暗さ
足許を見詰めて二人あるくなり

◆一月十七日夕刊「北国柳壇」

太陽の光り人間の影うすし
芽を出した牡丹へ冬のの囁き
真暗な空大地まで低く垂れ
酒と舌ひたひの皺の伸びる刹那
酒を売る店は酒を売るだけ
知り過ぎる程知って悶えあり
振翳ふりかざす腕の先から何んか逃げ

◆一月二十一日夕刊「北国柳壇」

艶っぽい事を臨検見せられる
別世界ある気で二人毒を
鶏をひ恩給に日を送り
五燭光亭主のながい病なり
面白く火事を見てゐる旅心
番傘が明るく過ぎて油の香

◆二月八日夕刊「北国柳壇」

幻影のほほえみにちからする男
裏長屋押潰されたやうに低い
遠くから見ると血の色美しい
嵐に勝ってた男に妻がゐる
風と波の 奮闘に泣く浜の女
悲鳴が聞えるやうで聞えない

◆二月十八日夕刊「北国柳壇」

嫁の姿日に日につつましい
狂ひ踊る足へ疲れが纏ひつき
夜の寒さ足を伝ってはひ上り
目をつぶれば物の触合ふ音のする
暗さから出ると陽差ひざしへ目が眩み
飛ぶ方へ止める力は引摺ひきずられ

◆二月二十二日夕刊「北国柳壇」

藁二本縺れからまる強さなり
飯の味忘れた男のがくぼむ
へうつる堕落の渕の美しさ
階段からもんどり打て下へおち

◆二月二十六日夕刊「北国柳壇」

驀然まっしぐらに飛び行く力突きあたる
いける者へ死は悠然ゆっくりと慌てない
死んでも赤の他人は泣ません
死の背景いきてる者が浮てゐる

◆三月十二日夕刊「北国柳壇」

もがけばとて只一本の道であり
泣く姿陽はさんさんと輝いた
真四角ましかくかどとれば又角が出来
一滴の涙白紙に跡をつけ
諦めてから其道そのみちを行くときめ

◆三月十八日夕刊「北国柳壇」

太陽が只一つしか見えません
第一線血みどろなのが地へ倒れ
地平線それからさきは解らない
三角のとんがりが持つ力なり
舞ひ狂ふ足音に頼る生きる力

◆三月十九日夕刊「北国柳壇」

たましひがふと触れ合った或日あるひです
真ン中をねらって矢先やさきに力あり
孤独の静けさやがてさびしかり
地球がまるく人達はすべります

◆三月二十六日夕刊「北国柳壇」

現実と理想に両手引っ張られ
育まれた殻を破った力なり
沈黙の力大きな音を立て
力と力散る火花を空が呑み
凍った朝空気をとかす車夫の汗

◆三月二十七日夕刊「北国柳壇」

林のやうにこぶしが立ってゐる
沈黙の侭迫り沈黙にて叫び
生きる音遥かに遥かこだまする
桃割のの瞳だけしいです
悲しみがゆるむと涙ほとばしり

◆四月二十二日夕刊「北国柳壇」

白壁に子供のかいた絵がある
とまり木をシカと掴んで鳴く小鳥
だれ舞踏ぶたふをしましたか
元の処へ帰って来たのにくたびれる

◆四月二十八日夕刊「北国柳壇」

仏像をつまんで見ると軽かった
ドン底を踏んで初めて音がする
たましひが一つに溶けない悩みです
一滴づつ雨は瓦に音を立て
蒼空へ私がとける春、白砂
流れゆく水にひとみを流した日
人が居ないと籠の鳥は唄ふ

◆五月五日発行『影像』十九号

(石川)喜多 一児
ショーウインド女の瞳が飛び出した
暴風と海との恋を見ましたか
水平線の上で太陽を立てた日だ
大切に抱いてゐるから黙って居やう[#「居やう」は底本では「居よう」]
生と死を車輪の力切りはなし
死の背景に生きてるものが浮いてゐる
太陽が輝いてゐる奇怪な朝
どれだけを舞ふたかは地球も知らず

◆六月五日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
ささやかな塔を立ててはこはす也
淫蕩な空気の中に立って居た
悪魔と善魔とは並んで来る
ちょこちょこと大地を歩く鳥を見よ
ふと水平線から雲が湧いた
振返るとパッと首を引込めた

◆六月十三日夕刊「北国柳壇」

荷車にぐるまひきが荷車に追はれ
香水かひに来た少女せうぢょ工女こうぢょです
2+2が5である事もあるのです
兵隊ごっこ男の子ばかりです
突てゐる奴はあとから又突かれ

◆七月五日発行『影像』二十一号

(石川)一児
墓石を刻む男がこわかった
ひょこひょこと大地を歩るく鳥を見よ
振り返ると[#「振り返ると」は底本では「振り返る」]とたんに首を引っこめた
眼の軽く軽くなるまで嘆きたし
延び上る果敢はかない生が延びるもよい
銭呉れと出した掌は黙って大きい

◆七月十一日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
太陽のひかりを真二つに割る尖端
悲しさよ 水と油の恋でした
裏となり 表となりて 赤き線
剃刀かみそりの刃の冷さの上におどれ
一遍に灰になる様に死に度い

◆七月十二日夕刊「北国柳壇」

吐息と歩調を合せたり
曲った道で 石ころを 蹴れり
ひたすらに 巡礼を 見おくる
「また会はう」はかなき 契り

◆七月二十三日夕刊「北国柳壇」

ほとけさまと呼べど答へなし
数珠に手首を締められたり
満腹に苦しむ日を
舞妓のひとみの中に住みたし
かねと女に狂ひたし
かねはなくとも首を持ちたり
この宵限りの星を恋せり
咽喉のどの奥にうそをためてる

◆八月八日夕刊「北国柳壇」

鮒の眼は飯粒だけを見付たり
時計の針の影にゐる影
電柱が嘆きを緑へ呼びかける
の中にき残された種子たね
取出した金庫の鍵が錆て居た

◆八月九日夕刊「北国柳壇」

一銭では不服か老巡礼の
此のゆらぎ一滴の涙ゐたまらず

◆八月十五日発行『影像』二十二号

(石川)一児
さんらんの陽を破ったる塔の尖端
三角定規の真ン中に住める
裏となり表となりて赤き線
剃刀の刃の冷たさの上に躍れ
白衣など嫌だ私は生きてゐる
恋愛と胃病と神経衰弱だ
真赤な真赤な血の落書き
刃の裏にくっついて冷笑
風船玉を売っとる男

◆八月二十二日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
蝉鳴くは夏のおのれの肯定か
人形のひとみの閉ぢる時ありや
にこやかな朝の心に従はん
毒剱をひそめて蜂は花を訪ふ

◆『百萬石』五十四号十月号

(高松)喜多 一児
鮒の眼は飯粒だけを見つけたり
巡礼の唄華やかな人生なり

◆十月六日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
ここ宇宙の果よと星のいひ得ざる
鉄筋コンクリートの 固さは死んだままなりき
恋人をしめ殺したくだきすくめ
のがれたがいだいた物の色に

◆十月十三日夕刊「北国柳壇」

日暦カレンダの桃色の日に死にました
地を噛まん夜の海々の白き歯よ

◆十月十五日発行『影像』二十三号(創刊二周年記念号)

(石川)一児
どかと座せば椅子そのものもひた走る
凝視の尖端に幸福を漂はす
伏す針の鋭き色をひそめ得ず
ひとときを積木の家の中に居る
可憐なる母は私を生みました
レッテルを信じ街々の舞踏する
蝉鳴くは夏のおのれの肯定か
人なれば白黒の織物肯定す
偶然と日本の国に生れ出で
神々は赤き部屋ぬちに死ねり
死の底に髑髏の破片もなかりけり
電柱より蝉鳴くところ無くなりし
大の字になって明日へ送られる
死の使者よ地上の酒を召し上れ
カレンダの桃色の日に死にました
星降れば古き観念の屋根がもる
磁石なく枯野の髑髏に教へらる
手をつなぐものなく縦列さへし得ず
鉛筆のあと芯の幾倍ぞ
地を噛まむ夜の海海の白き歯よ
五と五とは十だと書いて死にました
飢え果てゝ悲しむ力失せにけり
警鐘の赤き響に地のゆるぎ

◆十月十六日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
釈迦と耶蘇やその合掌さも似たり
磁石なく枯野の髑髏どくろをしへらる
死と生とうって詩が湧く生が咲
時を追ひ立て煽風器はめぐる
レッテルを信じ街街舞踏する

◆十月二十日発行『氷原』十六号

(石川)喜多 一児
薄桃色の花の呼吸の乱れたり
ぴたと閉づ扉に鍵のある哀れ
性慾といふ細い掛橋だ
セカンドの刻みのすきに足を入れ
大地迄もんどり打って貴族の死

◆十月二十四日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一児
蟋蟀こほろぎとはさみ虫とがふと出会であひ
かぶと虫の首の細さを知り得まい
千万年菊の花春の陽を知らず
殿堂に神は今日しも留守なりき
死の底に髑髏の破片もなか[り]けり
救はれてそれ神仏の意識なし
輪を描く願を「幸福」逃失せる

◆十一月十二日夕刊「北国柳壇」

散る時に嘆く力も失せにけり
散るべきを散らすが秋の心也
仏像の虚栄は人の虚栄なる
芯折れた鉛筆せいを秘めてゐる
蒼穹と蔵との空間つらなれり
秘めたるはただ限りある沈黙

◆十二月二十日発行『新興川柳詩集』[田中五呂八編]

喜多 一児
セカンドの刻みの隙に足を入れ
死の底に髑髏の破片かけもなかりけり
暴風と海との恋を見ましたか
伏す針の鋭き色をひそめ得ず
銭呉れと出した掌は黙って大きい
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大正十五年篇 一九二六年(十七歳)


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◆一月二十四日夕刊「北国柳壇」

旅人へ吹雪に消えた里程標
雪片ゆきくれの土に吸はるる音をきく
福村信正兄に
泥濘ぬかるみはあなたの涙血と汗と
一滴の涙と一粒の白砂と

◆二月一日発行『影像』二十五号

(石川)喜多 一児
唖と話せば原始的になる
晴れ渡る其の日燕は旅に立ち
崖見下ろす王の頭上を白き雲
雪片の土に吸はれる音をきく
恋人の微笑に髑髏の表情が
運命は四十八手を使ひ分け
むなしやな音の行衛を見失ひ
旅人と吹雪と里程標の先
新年試吟
純心の赤子二歳に老ひにけり

◆二月五日発行『氷原』十七号

喜多 一児
的を射るその矢は的と共に死す
仏像はあはれ虚栄を強いられて
警鐘も落つべき日をば知らざりき
先に立つ一羽を信じ群れて逃ぐ
鳥籠の空間と蒼穹の奥の奥
蒼穹の色を信ずるのみでよし

◆二月十四日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
むなしやな音の行方を見失ひ
フイルムが尽れば白き幕に成
残紅の瘠蝶やせてふ最後までおどる
経文へ老僧水洟みずばなぽとりぽとり
枯枝に昼の月が死んでる風景

◆三月二日夕刊「北国柳壇」

セコンドの刻み数ふる声ありき
流る水一つの哲理を持たざりき
寒竹の春には枯木ばかりなる
電線の燕こしらへ物のよな
股引に小便をする技巧あり
生殖器切り捨度き日もありき
仏像を木切と思って食った鼠
花の咲く頃気狂ひにした運命
猫の眼は遂に闇をば知ず果つ
岬晴れて春の渚のひろびろと
電線に唸り伝へてあらし過ぐ
王冠の宝石と幾万の血の色と
ふれもせで別れし恋を忍ぶ春
合掌をさせて棺へと封じ込み
童貞にあれば少女のえみぞよき
影を踏む通りに影も影を踏み
便所から出て来た孔雀のよな女
枯れ果た様な牡丹に芽の微笑
命つぐ呼吸に命刻まるる

◆三月五日発行『氷原』十八号

喜多 一児
枯れ枝に昼の月の死んでゐる風景
真理にかびの若芽が生えて来る
バットのけむりに幻想の魚が泳ぐ
鏡の音のひろごる波は胸に寄す
仏像を木にして噛る鼠なり
猫の眼はつひに闇をば知らで果て
避雷針のねらふ大宇宙の一点
触れもせで別れし恋を忍ぶ春
唇と唇、電気の味と知らず酔ふ
便所から出て来た孔雀の女
海鳴りが床の下から背へひびく
迷宮の罪にふれて神を言ひ
病葉の中にみじめな花の顔
過去の背中に運命が笑った
  (「バット」は煙草のゴールデンバット――編者)

◆三月五日発行『影像』二十六号

(石川)一児
星空へキリストの眼と望遠鏡
セコンドの刻みを数ふ声ありき
凋むべきさだめに張り切ったパラソル
五本の指は宿命論者だ
円周を早く廻って一等だ死だ
去勢してさあ革命を言ひたまへ

◆三月十二日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
泥に住むみみずは泥をはんいき
妖女は髑髏の首かざりして
バットの煙と幻想の魚およぐ
真理にかびの芽生えた奇蹟
去勢してサア革命を云ひ玉へ

◆三月十七日夕刊「北国柳壇」

棒杭と水さようなら左様なら
合掌は祈るこころの姿なる
蒼空と草の蒼さに染むこころ
蚯蚓みみず鳴く只忍びよる夕やみよ

◆三月二十日夕刊「北国柳壇」

尺八の音ぞ青竹の死の唄よ
海鳴りの音絶雪女郎の衣ずれ
星空へ基督の眼と望遠鏡
去勢してさア革命を云ひ玉へ
凋むべき運命に張切パラソル

◆三月二十四日夕刊「北国柳壇」

血を吸ふて血を吸て死ぬ蛭だ
玉の輿に乗るのと棺に乗事と

◆四月一日夕刊「北国柳壇」

人死して目出度神となり玉ふ
くれない、柳緑と太陽の認識
大風を飛べども燕流さるる
揺るごと梢の星の見えかくれ
白雲を千切って風のその行方

◆四月五日発行『氷原』十九号

喜多 一児
日あたり、うっとりと寺男の俗謡
塩鮭の口ぱっくりと空を向く
尺八の音ぞ青竹の死の唄よ
性未だリボンつけたき少女なる
草に寝る、草の青さに染む心
人類史の頁めくって風窓に逃げ
鉛筆の芯幾人の舌にふれ

◆四月二十日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
菩提樹の蔭に釈尊糞たるる
宿命の軌道を汽車は煙り吐き
人のゐぬ部屋に殻のよな外套
春を吸ふ白砂の歓喜に腹這て
月澄めりしみじみ語る女慾し
骨を噛む小猫の牙にふと怯ゆ
せせらぎの底の真底に月白き
炉火ちらちらと仏説く老人
白墨に描ける如く星流る
光明の一線の先闇をさす
そも虚空東西南北さだめなき
瞳を閉ぢて月の歩める音を聞く
琴の音をかたへの猫も聞如し
絃切れた響き未来へ続きけり
敵対す猫の瞳にうつる我れ
何物の2に割出せし雄と雌
たなぞこにまりの空虚を握り得し
ニッケルの主観ゆがんだ風景
虚無時代、恋、心底に冬眠す

◆五月五日発行『氷原』二十号

喜多 一児
何物の二に割り出せし雄と雌
ニッケルの主観ゆがんだ風景
フイルムの尽くれば白き幕となり
地図描く刹那も怒濤岸を噛む
滅無とは非我の認識なりしよな
トタン屋根さんらんとして陽の乱舞
波、闇に怒るを月に見つけられ
万年筆にインクをつめる
資本家の工場にニヒリストの煙突
寒竹の春には枯木ばかりなる
淫売婦共同便所、死、戯場
ウインドの都腰巻目をうばひ
掌にまりの空虚に握りしめ
棒杭と水、さやうなら、さやうなら[#「さやうなら」は底本では「さようなら」]

◆五月五日発行『影像』二十八号

(石川)一二
花紅、柳緑と太陽の認識
宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
骨を噛む仔猫の牙にふとおびゆ
音楽家がつんぼになった
鐘の音のひろごり二つ遂に触れ
眼を閉ぢて月の歩める音を聞く
資本主義の工場ニヒリストの煙突
虚無時代恋心底に冬眠す
神をきく椅子に尾骨のうづきけり
光明の一線の先闇を指す
ニッケルの主観ゆがんだ風景
絃切れた響未来へ続きけり
流水れ一の哲理を持たざりき
 (「流水れ」は「水流れ」の誤植か――編者)
敵対す猫の瞳に映るわれ

◆六月五日発行『影像』二十九号

(石川)一二
尺蠖のあゆみは時をさしはかり
半球の闇を地球は持ち続け
神代史男神けものと恋をする
角度を圧して樹が倒れる
七色を捨てゝ太陽白を秘む
レッテルに街掩はれて窒息せむ
夜を追ひて新らしき陽の朝の舞ひ
芽の双葉まろき虚空を抱き上げる
落葉の一転二転無我空無
三界のからくり見よや円き窓
神様は花火線香をもてあそび
流星のあとを拭へる時の手よ
死の魚の瞳の底の青き空
廻転の速さの極み時、空、絶ゆ
蒼ざめたバットの殻の瞳に匂ふ
白魚の指にコップの人生観
新聞にうつる二十世紀の顔
まろ玉を綴れるむすびの傑作
猫遂に家族主義者の群に入る

◆六月十三日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
病床にめいすむくむく死のぬく
夜と昼を集め無明むめいの闇に
尿すれば我夜わがよくまなく尿の音

◆六月二十二日夕刊「北国柳壇」

理想への軌道人夫のコップ酒
くその上にの七色や蠅の羽根
尺蠖しゃくとりの歩みは時をさしはかる
レッテルに掩はれて街窒息せん
落葉の一転二転無我空無むがくうむ
月光の矢先をあぶる身の痛さ

◆六月二十六日夕刊「北国柳壇」

猫遂に家族主義者の群に入る
蒼ざめたバットのからしんを閉づ
人肉血の酒卅世紀 カフエー
文明の私生児トッカピンニズム
あと蚯蚓みみずもぐれど知らぬ地の深み
註・「トッカピンニズム」のトッカピンは精力強壮剤として売り出されていた売薬名。

◆六月二十七日夕刊「北国柳壇」

さめて過去の背中に夢を彫る
太陽の注射! まち、朝の蘇生
十字架を磨き疲れた果に死す

◆七月二十一日夕刊「北国柳壇」

若夫婦飼ふ鶏の一夫多妻
妻子飢ゆればストライキに不入いらず
一刷毛掃けば夏の絵となる
先駆者は民衆の愚にけしかける
きれのパンを挟んで敵対す
低きえん高き縁に圧されてゐる

◆七月二十九日夕刊「北国柳壇」

哲学の本伏せて見る窓の若葉
海の蒼、空の青さと相映じ
熟したるあんず地に割れゐし朝
一枚の畳、一瞬 蠅、六羽
陽をき雨の享楽を恋ふ緑

◆八月一日夕刊「北国柳壇」

土木の葉となり木の葉土となる
枯木を拾ってけば灰白し

◆八月五日発行『影像』三十号

一二
文明の私生児トッカピンニズム
みゝずもぐれど知らぬ地の深み
恋ざめて過去の背中に夢を彫る
老ひぼれた地球の皺に人の巣
太陽の注射、街、朝の蘇生
十字架を磨き疲れた果てに死す
恋殻を詩園の窓の下に捨つ
人奔る金魚口あけ尾をふらん
ひねもすやわれをひたすら陽の凝視

◆八月二十二日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
試みに数ふる中をながれ星
波、波、波、男、女、獣めく
老ぼれた地球の皺に人の巣よ
高屋かうおくのぼれば緑むくむくと

◆八月二十五日発行『氷原』二十一号

喜多 一二
性慾の仮面ぞろぞろ二十世紀の街
レッテルに掩はれて街、窒息せん
蒼ざめたバットの殻に神を閉づ
太陽の光りの真暗、目を食らひ
宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
夜と昼をあつめ無明の闇に帰す
菩提樹の影に釈尊糞を垂れ
大脳や、真上の星の威圧かな
尿すれば、我が夜くまなくひびきけり
人肉と、血の酒、卅世紀のカフエー
太陽の真下に蟻の唯物論
陽は放浪の旅におひぼれて行く
六月の若葉の圧力の下で女と語る
水へ投る、しゅッー吸殻の無我
むくむくとした柳は夕闇を密造する
磨りつくされ墨の暗黒
童貞の間に華やかな夢を食べる
飯食ふことに人生を浪費する
神秘てふ永遠の憑きものに憑かれる
海の蒼さは太陽の認識不足だ
地上が太陽の思想にかぶれた、夏
哲学の本伏せて見る窓の青葉だ
花瓶の絵、瓶の空虚をとりかこむ
資本家の令嬢の美貌に見惚れる
土、木の葉となり、木の葉土となり
陽の描く影のモデルになってゐた
女と語り臆病な性慾の角をのばす
水車に米搗せて居るいぢらしき童心
蜂は毒剣の使用を果してゐる
らんらんらんと太陽のどしゃぶり

◆九月五日発行『影像』三十一号

喜多 一二
神の手のランプと人の宇宙説
干鰯の無我を真白き歯もて噛む
陽は己のが錯覚の夜を追ひ続け
墓底の闇にこほろぎ生の唄
こゝろみに数ふる中を星流る
詩人死しペン先空をねらふ
仮死状態の夜の街、犬のたはむるゝ
高き線、低き線を圧してゐる
父母のない女、父母なき我と恋!
夫婦打ちつれ墓詣りに出る
哲学の本伏せて見る窓の若葉
若葉の圧力の下で女と語る
一片のパンをはさんで敵対す
子供産んでも生の神秘よ
(ママ)十世紀、殺人会社、殺人デー
海の青、空の蒼さと相映じ
曇天の上にさんらんたる陽の舞踏
妻子飢ゆればストライキに入らず
陽を飽き雨の享楽を恋ふ緑
空間に一つの点を見つけ出し

◆九月十四日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
半球の真昼、半球の真闇まっくら
墓底の闇にこほろぎ生の唄
神の手のランプに人の宇宙論
干鰯の無我を真白き歯もて噛む

◆九月十七日夕刊「北国柳壇」

陽はおのが錯覚の夜を追ひ続け
枝垂柳の姿となって土が噴く
恋の夢さめ幻滅の酒を酌む
空間に一つの点を見つけ出し
人生の一部を街に酔ひくづれ

◆十一月三日夕刊「北国柳壇」

(大阪)喜多 一二
空澄み渡る 腹は 減る減る
右の手に鉛筆左手に消しゴム
種子たねまけばたねみな土へ土へ土へ
みゝずのた打てどコンクリ固い
昼顔の花をふるはすの熱情
松明たいまつを捨てて懐疑の群に
人生の糸巻しかと 手に握り
不安なくさややひばと抱き会ふて

◆十二月五日発行『影像』三十四号

喜多 一二
釈尊の手をマルクスはかけめぐり
落る実の空へ落つべき実はなきか
童貞の心の森の女神かな
白の珠をつらねし珠数の無常観
月、雲に失せしと人の小主観
秋の海、ひとりの男――海の精か
枝垂柳の姿となって土が噴く
じっと見る臍のうづまき神に消ゆ
熟し落つ文明の実の種子と土
白痴の瞳、蕾手折りし快に晴れ
空を射む矢壷空しく成り果てし
濁煙の街の星なる聖者かな
さやのなき刃いつしか人を切る
妻もなく物乞ふ人の無我なれや
牛の骨、歯ブラシの柄となる因果
腹充てる群れに淫らな夢ばかり
学びやに料理法のみ教へられ
めらめらと燃ゆは焔か空間か
神様よ今日の御飯が足りませぬ
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昭和二年篇 一九二七年(十八歳)


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◆昭和二年一月一日発行『日本川柳新聞』第二号

性慾二題
喜多 一二
これやこの禁慾主義者の夢精かな
精虫の尾をふるさまぞめでたけれ

◆二月十一日発行『氷原』二十四号

喜多 一二
音楽ききすますブルジョアの犬
ねぎの虚無土の創造あゝ蒼天
人つひに己れに似たる子を産めり
澄む空に雲一(ママ)らの感情が
忘らるにやすき路傍の犬の死よ
人、街にうごめく蟻となる哀れ
さんらんの陽の奏曲に芽がのびる
頬に立つ冬の破片の鋭さや
冬の樹のうちに鳴る音に耳をあて
牛の背の老子にさゝやく天の川
ふんぷんと海にふる雪海となる
がくぜんと相見しこの世の猫鼠
親と子の血をもつ蚤の行衛かな
賃金どれい鞭もつ人のあくびかな
文明の街、雌雄の仮装行列ぢゃ
こうこつと月になり切る露一つ
時計止ったまゝの夜るひる
瞑想の聖者のひざを飢えた蟻

◆三月五日発行『影像句集』[古谷夢村編]

喜多 一二
神の手のランプと人の宇宙説
芽の双葉まろき虚空を抱き上ぐる
伏す針の鋭き色をひそめ得ず
流星のあとへ拭へる時の手よ
童貞の心の森の女神かな
釈尊の手をマルクスはかけめぐり
陽はおのが錯覚の夜追ひ続け
落る実の空へ落つべき実はなきか
墓石を刻む男がこわかった
剃刀の刃の冷たさの上に踊れ
熟し落つ文明の実と種子と土
めらめらと燃ゆは焔か空間か
地は噛まん夜の海海の白き歯よ
空は射む矢壺空しくなり果てし
濁煙の街の星なる聖者かな
恋ざめて過去の背中に夢を彫る
秋の海――一人の男――海の精か
音楽家がつんぼになった
鐘の音のひろごり二つ遂に触れ
月雲に失せしと人の小主観
尺蠖のあゆみは時をさしはかり
眼を閉ぢて月のあゆめる音をきく
宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
銭呉れと出した掌は黙って大きい
雪片の土に吸はれる音をきく
星空へキリストの眼と望遠鏡

◆三月二十四日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
熟し落つ文明の実の種子たねと土

◆三月二十五日夕刊「北国柳壇」

めらめらと燃ゆは焔か空間か

◆三月三十日夕刊「北国柳壇」

瞑想の聖者の膝を飢えた蟻

◆三月三十一日夕刊「北国柳壇」

人街ひとまちにうごめく蟻となる哀れ

◆三月三十一日発行『氷原』二十五号

(高松)喜多 一二
金銀の鍵さんらんと闇を食ふ
陽を孕むクレオンとなり紙にふれ
病みの殻半身ぬけば秋澄めり
こけむせる巌の無念無想かな
不妊症の妻のかたへの卵かな
腕時計刻みとまって人の脈
草の根の吐息にふるゝ骨の壷
哀れ金なくて解脱のみを見ず
筍の苦悶むざんや固き岩
地球儀にうづ高かりし塵を吹く
うづ高き著書を残して秋に死す
灼熱の時やゝさめて鉄を観し
波おこる一点四季の海の音

◆五月五日発行『影像』更生一号

(石川)一二
酔ひ狂ふ世紀の齢二十歳
監獄の壁にどれい史書きあまり
ペシミストただ黙々と飯を食ふ
蟻つひに象牙の塔をくつがへし
あな尊ふと聖書を売れば明日のパン
陽の冷ゆる頃に無産の世紀かな
人あふれ火星の使ひ未だ来ず
地のほろぶ今宵地上に恋ぞ満つ
恋! ピエロ! 機械! どれい! 地獄絵ぞ!
飢え果てん聖者の脈をとる博士
一握の金ぞ不思議や脈を打つ
空気からパン経済論第一章
明日の世の古典とならん鞭、鎖
鞭うてど不死身のどれいばかりなり
地球儀にうづ高かりし塵を吹く
相抱けるままポンペイの夫婦かな
筍の苦悶むざんや岩固く

◆五月六日夕刊「北国柳壇」

(金澤)喜多 一二
働けど食へず盗んで縛られる
文明の地下室「貞操売買所」
夜の底しづみのはしに三味を弾く

◆六月二十三日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
宗教欄瞳を転ずれば求職欄
人溢れ火星の使ひ未だ来ず
明日の世の古典とならん鞭鎖
怒りける犬は鎖の限り出る
星すめどサンヂカリズムの地の濁り
肺を病む女工故郷へしにに来る
地球儀にうづ高かりしちりを吹き

◆六月三十日夕刊「北国柳壇」

(金澤)喜多 一二
踏みたるは釈迦とはしらず蟻の死よ
内閣の替る日種子をまきにけり
灼熱の時ややさめて鉄を見し
一握りサラリー不思議や脈を打

◆七月一日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
恋ピエロ機械! 奴隷の地獄絵ぞ
地の滅ぶ今宵地上に恋ぞ充つ
眼の見えぬ小犬光へ這出る
哲学の本読む窓の雀の恋
 宮島兄逝く
土深く潜るみみずとなりにけり

◆九月十七日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 一二
五寸と延びず桑の芽つまれたり
短銃ピストルを握りカクテル見詰めたり
鍬ダコにあわやペンダコまけんとす
海につ野に満つまちにみつ鎖
溺死者のつづく思想の激流よ
生きがたき世紀の闇に散る火花

◆「川柳沈鐘会寄せ書」中の作品(九月二十五日消印の官製はがきによる)

溺死者の続く思想の激流よ
一二

◆十月二十五日発行『おほと里』六号(復活創作号)

(東京)喜多 一二
飢と言ふ影に追れて反旗を伏す
王子おのが王者になるを疑はず
高く積む資金に迫る蟻となれ
君見ずや牛乳繰る男の掌

◆十一月十二日渡辺尺蠖あて書簡中の作品

貧民[#「貧民」は底本では「貧乏」]ふえて王様万歳!
君よ見ろ、兵器工場の職工募集
夜業の時間、舞踏会の時間――
米つくる人人、粟、ひえ、食べて

◆十一月二十五日夕刊「北国柳壇」

(東京)喜多 一二
都会から帰る女工と見れば病む
高く積む資本に迫る蟻となれ
マルクスの銅像の立つ日は何時いつ

◆十二月六日夕刊「北国柳壇」

(東京)喜多 一二
飢といふ影に追れて反旗を伏
太陽の黒点、軍備、資本主義
君見ずや牛乳搾る男の掌

◆十二月十四日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 多喜夫
都に去りし弟を憶ふ
張切た糸の切れたる雄凧の尾
紙屑に残した弟の憂鬱

◆十二月十六日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 高尾
社会面見入る大臣と泥棒と
解剖を契約された人の呼吸いき

◆十二月二十四日夕刊「北国柳壇」

(高松)喜多 多寡夫
病室の時計は人に死を指して
生と死の境界線にたぢろいで
セコンドは一秒毎に身を刻む
恋風の身にしむ頃の月冴えて
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昭和三年篇 一九二八年(十九歳)


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◆二月一日発行『川柳人』一八四号

一二
柵の中に枷あり枷に生命あり

◆二月十日発行『氷原』二十六号復活号

(東京)喜多 一二
踏みたるは釈迦とは知らず蟻の死よ
鍬だこにあはやペンだこ敗けんとす
人遂に己れに似たる神を彫る
菜っ葉服着れば甲冑に似たるかな
文明とは何骸骨のピラミツト
聖者入る深山にありき「所有権」
生き難き世紀の闇に散る火華
君見ずや牛乳搾る男の掌
都会から帰る女工と見れば病む
街に住む奴隷となれば野の声す
餌まいて網張る中に飢えし群

◆三月十日発行『氷原』二十七号

(東京)喜多 一二
夕方の電車弁当殻のシンフォニー
文明のたそがれよ性慾の美学
高く積み危く揺るゝ資本主義かな
工場のひびきに仏像ゆらぐ
明日説けど世に容れられず夜を悩む
陽は赤み地は冷え切って子が生れ
思索半ば飢えたる聖者街に入る

◆三月二十三日『北国新聞』夕刊

「高松川柳研究会」記事より
一二
搾られる生活白痴の子が殖る
灼熱の群衆、鉄の門を破り
干鰯の如く民衆眼を貫かれ

◆四月八日『北陸毎日新聞』夕刊

「高松プロレタリア川柳研究会抄」記事

 今や芸術は特殊階級の遊戯的所産ではない。不断なる歴史の輪転は、遂に芸術をして、自覚せる被抑圧大衆の生活苦悶の血肉的闘争的表現にまで進展せしめた。
 我々は斯る認識の旗の下に我国唯一の社会的短詩たる川柳を以って、君ら被抑圧大衆が常に求慾飢餓するところの簡明、尖鋭なる曝露的短詩として宏化すると共に、亦、諸君らの血みどろなる内生命の武器的表現管たらしめんとして、茲に我々同志の研究討論の集合をなすものである。(喜多一二)
――金山陽階上――三十一[三十]日夜
森田 一二
セメントと一しょに神を塗り潰す
喜多 一二
仏像の封印切れば犬の骨
金谷 喜八
搾るとは知らず阿片に酔ひ狂ふ
由井由太郎
千切られた腕が掴んだ搾取官
喜多 一二
遂にストライキ踏みにじる兵隊である
森田 一二
てっぺんへ登って資本縊められる
福村無一路
動きを待つ囚人の壁をうつ
喜多 一二
ロボットをふやし全部を馘首する
岡田ノボル
糧道を断って鎖でつなぎとめ
森田 一二
搾るなら搾って見ろとベルト切れ
喜多 一二
人見ずや奴隷のミイラ舌なきを

◆四月十日発行『氷原』二十八号

(高松)喜多 一児
めかくしをされて阿片を与へられ
灼熱の群衆――鉄の門を破る
搾取した血に噴水の管をあて
奴隷ども集め兵器をこさへさせ
墨を磨る如き世紀の闇を見よ
干鰮の如く群衆眼をぬかれ
重税に追はれ漁村に魚尽きる
窓の無い獄壁を叩いて三千年
飢えにける舌――火を吐かんとして抜かれ
仏像の封印切れば犬の骨
搾られる生活白痴の子が殖える

◆五月一日発行『川柳人』一八七号

(石川)喜多 一児
社長に逢へど帽ぬがなかった失業の秋
支那出兵兵工廠に働らく支那人
バナナ食べる釈尊の性慾
ストライキ夕陽血走って居る

◆五月十日発行『氷原』二十九号

(高松)喜多 一二
人見ずや奴隷のミイラ舌なきを
ロボットを殖やし全部を馘首する
遂にストライキ踏みにじる兵隊である
さなぎからこさへた肥を高く売り
全身を売って胃の腑の死に切れず
食道を絞めて爆弾握らせる
大空に神の絵像を撒く仕掛け

◆五月十五日発行新興川柳詩集『鳳』第拾編第一輯

 △久遠のドーム▽
高く積む資金に迫る蟻となれ
喜多 一二
 △プリズムの解▽
人遂に己れに似たる神を彫る
喜多 一二

◆六月一日発行『川柳人』一八八号

(石川)喜多 一児
パンと妻奪るスイッチに手がとどき
肺を病む女工小作争議の村へ

◆七月十日発行『氷原』三十一号

(高松)山下 秀
大砲をくわへ肥った資本主義
背き出る力! 鎖をすりへらし
餌さ少しくれて卵を山と積み

◆十一月一日発行『川柳人』一九三号

(東京)鶴 彬
屍みなパンをくれよと手をひろげ
毒蜘蛛の網を乗っ取る蟻の群れ
血を流す歴史のあした晴れ渡る
海こえて世界の仲間手をつなぎ
大衆の手に翻へる一頁
鎚と鎌くまれてパンの山動く
プロレタリア生む陣痛に気が狂ひ
獄壁を叩きつづけて遂に破り

●同誌掲載[島田雅楽王うたおう送別句会]
鶴 彬
パンの山まもる兵士も飢えて来る
群衆のなだれ屍を超えて燃ゆ
資本論やけど飢えたる群の声
教壇の裏に金持どもの秘議
退けば飢ゆるばかりなり前へ出る
裏切りに争議たれず冬の風
胃を満すべく北南なる君と僕

◆十一月十日発行『氷原』三十五号

(東京)鶴 彬
資本論やけど飢えたる群の声
退けば飢えるばかりなり前へ出る
群衆のなだれ屍を超えて燃ゆ
腕を組む仲間に鎖ぶち切れる
兵隊をつれて坊主が牢へ来る
パンの山まもる兵士も飢えて来る
島田雅楽王氏送別
胃を満すべく北南なる君と僕

◆十二月一日発行『川柳人』一九四号

(東京)鶴 彬
毒瓦斯がれて占領地の屍
仏像に供米が絶える小作争議
ひもじさに堪えず食ひ飽くやつを縊め
ブルジョアの夜会夜刈をする夜なり
勝どきをあげる屍のバリケード
搾取機をくだくハンマにしたたる血
指のない手に組合旗握りしめ

註・「夜刈」は小作争議でロックアウトされた小作人達が、立入禁止を破って深夜刈入れを行うこと。よがり。

◆十二月三十日発行『氷原』三十六号新年号

(東京)鶴 彬
一滴の血も搾らせるなと腕を組み
鞭のふるたびに熱して来る爆弾
横奪りをされる領土を獲って死ぬ
銃口が叛いてどてっ腹をうち
俺達の血にいろどった世界地図
飢迫る蟻米倉をくつがへし
裏切りに争議捷たれず冬の風
軍神の像の真下の失業者
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昭和四年篇 一九二九年(二十歳)


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◆昭和四年一月一日発行『川柳人』一九五号

(東京)鶴 彬
「創作」
つるはしが掘らせて奪ふやつに向き
どてっ腹割れば俺いらのものばかり
獄壁を塗るたび「死んでもあいつらが憎い」
十五日ったら死ねと言ふ手当
血をいてしきをあがれば首を
(シキは坑、坑道―編者)
追いこんだ飢餓の底から引っかへし
平台ひらだいを輪転機にして束に
つことを恐れ裏切らせるダラ幹
絞め殺すたびに仲間の手がくまれ
つけ込んで小作の娘買ひに来る
みんなくび切れば機械のサボタアジュ
今にとりかへすビルディングに追はれ
しもやけがわれて夜業の革命歌
白粉おしろいも買へぬくらしにそむき出し
昼業と夜業夫婦きりはなし
重役の賞与になった深夜業

●同誌掲載、昭和三年十二月一日の柳樽寺芝の会記事より
「互選作品」
圧死せる奴隷のうらみ子に続き
鶴 彬
俺達の手でこしらへた物ばかり
虐使した揚句に病めば首を
軍神の像の真下の立ン坊
虐[殺の]血汐に鎖腐りかけ
搾取した血へど吐かせばぶっ倒れ
たこのある手と手が握る闇の中

◆二月一日発行『川柳人』一九六号

(東京)鶴 彬
「創作」
さあみんなかへせとゼネラルストライキ
銃口に立つ大衆の中の父
病んでゐる子を殺しても裏切れず
淫売も出来ずられた老女工
月経が狂ってしまふ深夜業
恋をした罰で工場を叩き出し
元旦の休みひもじい立ン坊

●同誌掲載、新春川柳研究の会(一月五日)における作品
席題「無所畏」
かまきりの斧をみくびる蟻の群
鶴 彬
三光  一人絞め殺せば十人が「ひもじい」
鶴 彬
互選  飢えさせておいて盗みの陥し穴(九点)
鶴 彬
   全集全集幾百万の羊の死
鶴 彬

◆三月一日発行『川柳人』一九七号

(東京)鶴 彬
「創作」
三月のうらみに涸れた乳をのみ
(編者註・「三月」は一九二八年の三・一五事件にかかわる)
法難のたびに意識が鍛へられ
しもやけのクリーム買って飯を抜き
大臣の予算霜夜の深夜業
君が追はれても組合がふえると故郷のレポ
バット買ふ金を救援袋へ入れる
肺を病む乳房にプロレタリアの子
仇に着す縮緬織って散るいのち
青春を買ふ紡績の募集員

◆四月一日発行『川柳人』一九八号

(東京)鶴 彬
千円の自動車社長の子のおもちゃ
いつしかに鉄の流れとなるメーデー
一人の犠牲にみんな立ちあがり
惨敗の血にいろどった組合旗
搾取した金を貰ふてゐるダラ幹
くたばれとばかり操業短縮化
自動車で錦紗で貧民街視察
待合で大衆を売る奴は無事

◆四月二十五日発行

『新川柳大観―昭和・明治・大正』川上三太郎編

〔ブルジョア〕ポンチになってブルジョア残される
一二

◆六月一日発行『川柳人』二〇〇号

「石響集」
(東京)鶴 彬
食堂があっても食へぬ失業者
獄窓に微笑んで聞くメーデー歌
持久戦次ぎ次ぎ工場の烟がやみ
二本きりしかない指先の要求書
歌舞伎座の前をあぶれた人の群
ハンマーの音と革命歌に育ち

●柳樽寺川柳会例会
 宿題(雑詠)   剣花坊選
神殿の地代をとりに来る地主(天)
鶴 彬
 席題「鐘」(剣花坊選)
大衆の手が打ち鳴らす暁の鐘

◆七月一日発行『川柳人』二〇一号

(東京)鶴 彬
団結の果てに俺いらの春の花
プロ吉やアヂ太の漫画楽しむ児
検束をしても亦組む腕と腕
ダラ幹が争議を売れば騰がる株
註・「プロ吉やアヂ太」は、『戦旗』誌に連載された「アヂ太プロ吉世界漫遊記」から採ったもの。(編者)

◆九月一日発行『川柳人』二〇三号

八月十日柳樽寺例会。席題「変化」剣花坊選
マクドナルドになっても失業が増へる
鶴 彬
緊張をうらむ土木課の人夫
鶴 彬
十秀
大衆の怒濤死刑をのり越える
鶴 彬
席題「雑吟」互選
猥談が不平に変る職場裏
鶴 彬
勇敢にスパイいぢめる母となり
鶴 彬

◆九月五日発行『影像』九月号

「文壇柳壇一行風景・盲断居士」
△小林多喜二…………
鶴 彬
三月のうらみに枯れた俺らの恋!

◆十月一日発行『川柳人』二〇四号

弾圧の斧がとどかぬ地下組織
鶴 彬
ダラ幹になってスパイに敬まわれ
鶴 彬
出征のあとに食へない老夫婦
鶴 彬
大衆の怒濤死刑をのりこえる
鶴 彬

◆十一月一日発行『川柳人』二〇五号

●黎明花の「柳樽寺印象風景」文中、鶴彬の作品
鬱勃とダイナマイトがつ使
の誤植、また使は使命の誤植か――編者)
●柳樽寺十月例会(十月十四日於柳樽寺)
席題「明」剣花坊選
今日も亦あぶれか野宿雨に明け
鶴 彬
席題「闇」嘘夢選
沈没の老朽船に迫る闇
鶴 彬
席題「雑吟」剣花坊選
生きるため葬儀会社のストライキ
鶴 彬

◆十二月一日発行『川柳人』二〇六号

(東京)鶴 彬
寿命だと言って手当をくれぬなり
搾取機の煙もくもく怒るやう
資本家の組合法に畏こまり
ゼネストのレポ機械もサボリ出し
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昭和五年篇 一九三〇年(二十一歳)


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◆昭和五年二月一日発行『戦旗』二月号(発禁)

プロレタリア川柳
鶴 彬
資本家の組合法にかしこまり(社会民主々義者)
アゴヒモをピケに頼んで「労農党」(新労農党)
食堂があっても食へぬ失業者
猥談が不平にかはる職場裏
三・一五うらみに涸れた乳をのみ
三本きりしかない指先の要求書
勲章やレールでふれたドテッ腹

註・右の七作品にはそれぞれ松山文雄の漫画が添えられ、労働階級の理解を扶けている。掲載誌『戦旗』二月号は、当時あった内務省の検閲(新聞紙法による)に引っかかり「発売禁止」を命じられている。

◆三月一日発行『川柳人』二〇九号

(東京)鶴 彬
パンの平等を戦ひとらう俺らは怒濤とならう
立禁の札を俺ら方でぶっ立てべいよ
職を与へろとデモになる生命を賭けたアヂビラ
深川によどむ煙は俺達の血と脂の噴火だ

◆六月一日発行『川柳人』二一二号

(東京)鶴 彬
ゼネストだ花が咲かうが咲くまいがよ
団結へ賭けろどうせ食へない生命じゃねえか
メーデーよ居ないあいつの分までうたはう

◆八月一日発行『川柳人』二一四号

(東京)鶴 彬
明日の米代と知りながら買うモップルの団扇よ
淫売と失業とストライキより記事が無い
特高がモテ余すデモごっこデモごっこ
淫売をふやして淫売検挙だってさ
註・「モップル」は「国際赤色救援会」のこと

◆月日不明

手と足を大陸におき凱旋し
主人なき誉の家にくもが巣を
註・右二作品は、俳人故横山林二氏宛鶴彬書簡に記してあったものとして、横山林二氏が『俳句研究』昭和四十年二月号の「川柳リアリズム宣言=ある日の鶴彬」文中で明らかにしたものである。
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昭和五〜八年 金沢第七聯隊在営期篇
  一九三〇〜一九三三年(二十一〜二十四歳)


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復活のつもりで入れる火消壺
解剖の胡蝶の翅に散る花粉
いずれ死ぬ身を壁に寄せかける
鉄骨の伸びる打鋲の遠ひびき
恩給のつく頃部長の粉煙草
註・一九八七年九月七日『北陸中日新聞』朝刊掲載・一叩人「一片の反古紙に直筆/反戦川柳作家鶴彬の作品発見」文中の作品。
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昭和九年篇 一九三四年(二十五歳)


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◆昭和九年一月一日発行『川柳人』二五五号

自由旗の下に
鶴 彬
弾丸たまの来ぬところで
○○の
詩が出来た
  ×
ヘーゲルの弁証法を
逆さにして
網窓の春! 秋!
  ×
目かくしされて
書かされてしまふ
○○書[転向書]
  ×
地下にくぐって
春へ、春への
導火線とならう
  ×
欠食の胃袋が
手をつなげとけしかける!

◆二月一日発行『川柳人』二五六号

春近し
鶴 彬
  1
本投げ出す
網窓の外の
鳥影
  2
種籾も
喰べつくした
春の田の雪
  3
花の東京の亀戸よ
娘っこは
年貢うらめしの
鼠泣きよ
  4
朝の霜柱ふんで
しもやけの耳で
あぶれきいてくる
  5
踏みにじられた芝よ
春を団結の歌で
うづめろ!
註・亀戸は、江東区亀戸にあった売春窟を指し、年貢は、小作農が地主に払う借地料(米又は金銭で)、鼠泣きは、売春婦の客引きの声。「あぶれ」は、仕事にありつけなかったこと。傍点は作者。

◆三月一日発行『川柳人』二五七号

自由旗の下に
鶴 彬
しなびた胃袋にやらう
鬼征伐の
キビ団子!
  ×
かまきりの
斧をぶんどる
蟻のシカバネ
  ×
工場へ! 学校へ!
わかれて行けといふ
道だ!
  ×
杭うちのどひゞきよ
あゝ、うづく
なかの坊や
  ×
坊やは
乳呑みたりない
始業の汽笛よ

◆四月一日発行『川柳人』二五八号

自由旗の下に
鶴 彬
血を咯けば
これだけ食ったら
死ね! といふ手当
  ×
欠食のニュースを
黙殺して
過剰米一千万石

◆五月一日発行『川柳人』二五九号

自由旗の下に
鶴 彬
さくら音頭で
安い蚕の
桑つんでゐる
  ×
飢饉とは知らず
胎内の闇に
生れる日を待ってゐる
  ×
農村予算が
軍艦に化けて
飼猫までたべる冬籠り

◆六月一日発行『川柳人』二六〇号

東京解剖風景
鶴 彬
●銀座
銀行の鎧戸かたく
舗道の乞食の
シャッポはシケ
●本所
世界一安い賃銀で
凶作の故郷くに
組む為替!
●深川
奴隷の街の電柱は
春のアヂビラの
レポータア
●亀戸
搾取器へ――
村落むらから二八の春を
吸ふてゐる
●玉の井
ストライキ――
び――飢え――
そして売春労働さ!

◆河北郡川柳聯盟結成記念川柳大会

七月十五日発行『りうじん街』第一巻第六号七月号

[鶴彬は、聯盟結成に発起者として参画、七月一日の大会にも出席し、席題「結ぶ」の選者をつとめている]

席題「河」読込み
窪田銀波楼選
国境になるとは知らぬ河の水
鶴 彬

席題「村の朝」
安川久流美選
繭の値の安さも言ふて村の朝
鶴 彬

席題「化粧」
浅村紅の花選
さびしくも男ぎらひの薄化粧
鶴 彬

席題「器用」
高松三々浪選
人位
跳ねさせておいて鱗を削ぐ手際
鶴 彬
口笛を吹いて出前は交叉点
鶴 彬
天位
風船屋危機一髪で息を取め
鶴 彬

◆八月一日発行『川柳人』二六二号

自由旗の下に
鶴 彬
大砲は
ピアノに化け込んで出る
製鋼の門
  ×
浚てう[渫]船の鎖を
ぶった切らうといふ
激流!
  ×
小名木川!
どんより動かぬ川づらに
火を待つ石油よ
  ×
埋め立てた
土工を追っぱらって
地主のでっかい杭
  ×
真っ昼間!
煙突おっ立てゝ
合法的な血ぶくれ

●同誌掲載「川柳祭句抄」
宿題「雑」互選
姉妹つぎつぎに売られ飢餓日本!

◆『詩精神』八月号

鶴 彬
「繭(川柳)」
☆捨て売りの
 いのち織り込んで
 人絹のダンピング
☆ラッコ毛皮で
 ひもじい冬籠りを
 見に来やがる
☆姉妹
 つぎつぎに売って
 不作!
☆没落の足どりで
 ダンスホールの
 階段を下りる
☆外の光りに飢えて
 冷蔵庫の
 馬鈴薯の芽は枯れた
☆もう一度咲かねば出られぬ
 網窓の花
☆綿ほこりで腐った胸に
 レールは村へ――
 ひた走る

◆九月号『詩精神』第一巻第八号

川柳「洪水」
鶴 彬
花つけた稲へ
増水の閘門あけっ放す
ダム!
  ×
疑獄はらんだどて
今こそ噛み破る
怒濤の牙
  ×
石ころ原が美田となるまで
情け深い
地主さん
  ×
家のない
泥海の村へ
移民釣りに来る
  ×
借金證文
握りしめて
地主の溺死よ
  ×
洪水地獄をうつして
避暑に行く――
二等車の窓ガラス
  ×
多角形農業!
多角形にやって来る
貧乏!
  ×
これしきの金に
主義!
一つ売り 二つ売り
  ×
工賃へらされた金箔で
仏像のおめかし
  ×
太陽に飢えて
つるはし
闇を掘りつづける

◆九月一日発行『りうじん街』第一巻第七号八月・九月合併号

柳人塔
(河北)鶴 彬

――自由律川柳――
網窓あけ放てば  ひらいてた――つぼみよ
死ね!  家も田もかっさらって 濁流
飢えせまるごとく でかくなる 白銅貨の穴
姉 妹  つぎつぎに  年貢の穴埋め

――中川めかく子へ――

金箔にまみれ  豊かでない  きみの生業
工賃 へらされた金箔で  仏像のおめかし
註・中川めかく子は箔打職人。

◆十月一日発行『川柳人』二六四号

「人絹工場」
鶴 彬
繭の値を下げる
人絹工場へ
はた織りに行く
  ×
ハンマアのテロにこたへる
くろがねの
肉体
  ×
しきの闇にたえ切れぬ
つるはしの
火花!
  ×
ハンマアのどひゞきにひらく
職場裏の
花よ
  ×
きっと踏みにじられる日をおそれる
判決の重さ
  ×
人絹工場め
飢饉につけ込んで
血ぶくれに来た
  ×
多角形農業!
多角形で貧乏になる

◆十二月一日発行『川柳人』二六六号

「剣花坊追悼全国川柳大会」記事より

 [十一月十八日於金地院]明朗な秋ばれ――芝公園内の静寂な一廓では、朝から押しかけた準備委員の手で万端の用意が整へられる。(以下十九行省略――編者)
 井上信子、鳳吉、龍子、鶴子等遺族の諸氏を初めとして、遠くは大阪の岸本水府、近江砂人、白河の大谷五花村、石川の鶴彬、……(以下略――編者)

●宿題「影」井上信子選
※銀星
サイコロはちゃんと迷はず壷の闇
(石川)鶴 彬[#「鶴 彬」は底本では「鶴 杉」]
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昭和十年篇 一九三五年(二十六歳)


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◆昭和十年一月一日発行『川柳人』二六七号

南葛の鼓動
鶴 彬
やっと食ふだけの労働街に魔窟の灯よ
ひるのサイレンはあぶれた腹の庭に鳴る
夜業の窓にしゃくな銀座の空明り
埋立てのむごさをひしゃげたトロッコの廃線
火をはらむ飢えと不平の歯車よ

◆『詩精神』一月号・第二巻第一号

鶴 彬
☆さくら音頭で
 安い蚕の
 桑つんでゐる
☆首を縊るさへ
 地主の
 持山である
☆温泉へ寄る
 プランを立てて
 水害地視察!
☆鼠泣きおぼえて
 ありつく
 飯よ、白い飯!

◆二月一日発行『川柳人』二六八号

凶作地帯――渡辺順三におくる――
鶴 彬
涸れた乳房から飢饉を吸ふてゐる
半作の稲刈らせて地主のラヂオ体操
凶作を救へぬ仏を売り残してゐる
食ふ口をへらすに飼猫から食べはじめ
一粒も穫れぬに年貢の五割引

◆二月一日発行『詩精神』二月号第二巻第二号

労働街風景
鶴 彬
瓦斯タンク! 不平あつめてもりあがり
明日の火をはらむ石炭がうづ高い
ベルトさへ我慢が切れた能率デー
生命捨て売りに出て今日もあぶれ
焼き殺されまい疲れへ殺気立って飛ぶ焼餅
夜業の窓にしゃくな銀座の空明り

◆三月一日発行『川柳人』二六九号

レ、ミゼラブル
鶴 彬
鉱毒も食はねばならぬ[#「ならぬ」は底本では「ならね」]坑のひるめし
火達磨にして殺される石油工
話にならぬ日給で吸はされる綿ほこり
鉄あびて死ねば代りを募集する
売物になる娘のきれいさを羨やまれ

●高松川柳研究会句報(『川柳人』二六九号に掲載)
研究吟   互選
暁の曲譜を組んで闇にゐる
ふるさとの飢饉年期がまたかさみ
生き仏凡夫とおなじ臍をもち

席題「飯」 岡田澄水選
首馘りの噂不安な飯の味(人)
飯櫃の底にばったり突きあたる(地)
貧しさを知らず子供の喰ひ盛り(天)

席題「絃」 岡田生一子選
歓楽の唄のなかばに絃がきれ(一点)
鳴り終へぬ絃のふるへに次のばち(二点)
張り替えが利かぬ生命の絃が鳴り(五点)

席題「火」 鶴彬選
烏鵲、都、丘児、都、狂人子、烏鵲、紅郎らの七作品を選んでいる。(作品省略――編者)
選者吟 革命の鏡だ 資本主義の火事だ

◆句集黎明

暁の曲譜を組んで闇にゐる
孫までも搾る地主の大福帖
ふるさとは病ひと一しょに帰るとこ
地下へもぐって春へ春への導火線
足をもぐ機械だ手当もきめてある
団結の果てに俺いらの春の花
三・一五の恨に涸れた乳を呑み
奪はれた田をとりかへしに来て射殺され
フッ酸で殺してやらうといふ採用書
銃剣で奪った美田の移民村
戯句
うたゝねは弁証法を屋根に葺き
為 都栄君    昭和十年三月
註・これは唯一の鶴彬自撰自筆「句集」というべきもの。郷里高松出身の柳友都栄にあてて書いたタイトルにはじまる十三枚の短冊から成る。一双の枕屏風に仕立てられ、現在は都栄の遺族によって保存されている。

◆『詩精神』三月号・第二巻第三号

組合旗
救済を待ち切れぬ手の組合旗
凶作を救へぬ仏を売り残してゐる
ひえ弁当の中に地主の餓鬼の白いめし
凶作の村から村へ娘買ひ
一粒もとれぬに年貢五割引き!
ふるさとは病ひと一しょにかえるとこ
孫までも搾る地主の大福帳

◆五月一日発行『川柳人』二七一号

●五月の歌
鶴 彬
十月の嵐をはらむメーデー歌
(「十月」はロシアの十月革命の月)
武装のアゴヒモは葬列のやうに歌がない
デモよりも多いアゴヒモに殺気立つ旗の槍
不参加の職場職場へひゞく歌
工場街へ! 銀座へ! デモの右、左り

●高松川柳研究会句報
「研究吟」互選
生きたまゝ落ちた墓穴の呪声
赫灼の火となるときを待つ鉄よ
逆流に必死と堤を守る芝

席題「腕」 岡田澄水選
明日に待つ生活しなびた腕をなで(前抜)
生活苦しなびた腕にのしかゝり
腕組みをといて生活へぶっつかり
二の腕にほった恋しい名がしなび(地)
食ひ込んだ捕縄にそむく力こぶ(天)

席題「春の句」 丘 転選
墓穴の底にもえ出た春の草(前抜)
春を逝く子に物足らぬ母の腕
牧場へもえ出て喰はれる春の草
冬眠の蛙へせまる春の鍬(天)

席題「乳」 鶴彬選
烏鵲、外次、都らの七作品を選んでいる。(作品省略――編者)

「研究吟」互選
真理を紙にうつして活字の磨滅(一点)

「車」互選
車輪車輪五寸はなれて咲くすみれ(一点)
梶棒を握り疲れて伸びぬ指

席題「声」 岡田狂人子選
良心を楽屋においたステージの声
密林を恋ふ鉄柵の咆哮
銃殺といふ宣告にかわくのど

席題「稲」 都 栄選
地主にやるものがない半作の稲
冬越しが出来ぬ吐息にくもる鎌(人)
みのらぬ稲を自転車で見にきやがる(地)

◆五月十日発行『りうじん街』第二巻第五号

席題「興奮」  関本一瓢選
(秀)銃殺と云ふ宣告にかわく咽喉

席題「色」   越中今雨選
(佳)一鉢の土がもってた花の色

席題「色」   鶴彬選
(作品、作者名省略――編者)

席題「鮨」   川崎銀甲選
好きだった鮨に位牌はたゞ黙し

兼題「雄図」 中かずま選
(佳)はち切れる雄図を乗せて移民船

◆六月一日発行『詩精神』第二巻第六号

五月抄
鶴 彬
縛られた呂律のまゝに燃える歌
これからも不平言ふなと表彰状
働けばうづいてならぬ……のあと
土工一人一人枕木となってのびるレール
スカップが廻せば歯車の不機嫌な
註・スカップ(スカッブ)はストライキ破りのこと。

◆七月一日発行『文学評論』第二巻第八号

もがれた片腕(川柳)
鶴 彬
腕をもぐ機械だ! 手当もきめてある
血みどろのうらみをつかむ、もがれた腕の指
スカップがふえた工場のすすけむり
裏切りの甲斐なく病気の妻が死に
血へど喀くまでの模範女工であった
はねられた献金だけを飢えてゐる
「職工入ルベカラズ!」重役の糞たれるとこ
息づまる煙りの下の結核デー
ヨロケが待つてる[#「待つてる」はママ]勤続の表彰状

◆八月一日発行『川柳人』(改題準備号)二七三号

(石川)鶴 彬
木工になる一人からみな馘られ
血を吸ふたまゝのベルトで安全デー
フッ酸で殺してやらうといふ採用書
高楼の唄に奴隷は寝つかれず
権限をまつる麓の村々のケガチ(ママ)

◆九月一日発行『詩精神』九月号第三巻九号[#「九号」はママ]

鶴 彬
地主になるのぞみの果ての骨となり
次ぎ次ぎ標的になる移民の募集札
花嫁の写真を抱いて移民の死

◆十一月二十一日発行『文学評論』第二巻第十三号

鶴 彬
血を吸ふたまゝのベルトで安全デー
玉の井に模範女工のなれの果て
売り値のよい娘のきれいさを羨まれてる
米蔵へ続くレールで売られて行った
生き埋めになるしきを降りてく朝の唄
ふるさとは飢饉年期がまたかさみ
フジヤマとサクラの国の失業者

◆十二月一日発行『蒼空』第一号

火箭集
鶴 彬
玉の井の模範女工のなれの果て
みな肺で死ぬる女工の募集札
とり立てにくる朝となって仏壇の身代金
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昭和十一年篇 一九三六年(二十七歳)


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◆一月十五日発行『蒼空』第二号

火箭集
(東京)鶴 彬
空家がありあまるといふのにベンチベンチの野宿
けふのよき日の[#「よき日の」は底本では「よき曰の」]旗が立ってあぶれてしまふ
ゴミ箱あさらせるため産みつけやがった神様の畜生

◆二月十五日発行『蒼空』第三号

火箭集
(東京)鶴 彬
ざん壕で読む妹を売る手紙
修身にない孝行で淫売婦
もう売るものがなく組合旗だけ残り
貞操と今とり換えた紙幣の色

◆三月十二日発行『川柳と自由』No五 三月号

納米
鶴 彬
納米にされる小作の子と生れ
恋すればクビになる掟で搾りつくされる若さ
裏切りをしろと病気の子の寝顔
富士がそびえる空を低賃銀のすす煙り
仲間を殺す弾丸をこさへる徹夜、徹夜
泥棒を選べと推せん状が来る

◆三月十五日『蒼空』第四号

火箭集
鶴 彬
村々の月は夜刈りの味方なり
暁をいだいて闇にゐる蕾
枯れ芝よ! 団結をして春を待つ
吸ひに行く――姉を殺した綿くずを
貞操を為替に組んでふるさとへ

◆『詩人』四月号

小作の娘
鶴 彬
村中の娘売られて女学校へゆける地主のお嬢さん
みな肺で死ぬ紡績の募集札
恋すればクビになる掟で搾りつくされる若さ
お嫁にゆく晴衣こさへるのに胸くさらせてゐる
ふるさとへ血へど吐きに帰る晴衣となりました
あかぎれの血を織り込んだ人絹の捨売り
貞操を為替に組んでふるさとへ
吸ひにゆく――姉を殺した綿くずを
富士がそびえる空に低賃銀のすゝけむり

◆四月十五日発行『蒼空』第五号

火箭集
鶴 彬
とらわれに腐った胸の番号札
差入れが絶え状勢をはかるなり
判決が近づく朝々を咲く網窓の花
転向をしろと性慾がうづく春
深夜の独房と思想をゆすぶる工廠の深夜業
転向を拒んで妻に裏切られ

◆五月十二日発行『川柳と自由』No七 五月号

連綿として
鶴 彬
強盗の一の子分は×××
売られずにゐるは地主の阿魔ばかり
神代から連綿として飢ゑてゐる
失業の眼にスカップの募集札
洗濯をしろと呉れやがった公休日
くひしばるたびうづいてくる飢ゑの牙
蓄妾をやめず工場を整理する
血に飢ゑた番犬へ飼主ふとってゐる
これで失業になる××が出来上り
失業者をふやしておいて片づける××さ

◆五月十五日発行『蒼空』第六号

●習作帖より
鶴 彬
熔鉱炉よネオンよ血走る大東京の空
働かぬ獣どもさかりに来て銀座の夜ひらく
金庫を守る鎧戸に閉め出されてゐる乞食
結核菌とふんの渦にマネキン嬢
こんなでっかいダイヤ掘って貧しいアフリカの仲間達
ポケットのホルモン剤と紙幣の束

●火箭集
(東京)鶴 彬
貞操の玩具をあさる二足獣
日給で半分食へる献立表
銀座裏ヅケを争ふ人と犬
血に飢えた闘犬へ飼主肥り切りてゐる
註・「ヅケ」は残飯の意。

◆六月十五日発行『蒼空』第七号

火箭集
(東京)鶴 彬
待合で徹夜議会で眠るなり
労働ボス吼えてファッショ拍手する
「産聯」のアジビラが飛ぶ衆議院
大臣へ飽いた妾を呉れるブル
神国の富士飢餓日本の三原山
生き埋めよ!豚より安い涙金

◆七月十五日発行『蒼空』第八号

火箭集
(東京)鶴 彬
グラインダーの蒼い火花に徹夜続きのあばら骨
もうけるのに一日二十四時間でまだ足らず
鉄ほてり真夏の夜の目がくらみ
「カネオクレ」最後のものを売るばかり
初恋を残して村を売り出され

◆八月十五日発行『蒼空』第九号

「孔雀」
鶴 彬
孔雀!けんらんと尾をひろげれば生殖器
王様のやうに働かぬ孔雀で美しい
遊び飽き食ひ飽きさかり飽く孔雀
蟻の卵のうまさを孔雀盗りおぼえ
踏み殺し切れぬ蟻に孔雀は気が狂ひ
着飾った羽毛のあひへもぐる蟻
生き残る蟻の凱歌に孔雀の死

●「柳樽寺川柳祭記」[七月五日]
互選雑吟
飯米に盗んだ米を盗まれる

◆九月十五日発行『蒼空』第十号

火箭集
(東京)鶴 彬
太陽は女神よ地上の女奴隷たち
監督に処女を捧げてを増され
売春婦あぶれた夜は飢えと寝る
休めない月経痛で不妊症
日給三十五銭づつ青春の呪ひ織り込んでやる
嫁入りの晴衣こさへて吐く血へど

●城西消費組合の家建つ
鶴 彬
地搗唄次の時代へ残す家
奴隷ではない女らの手のヨイトマケ
インテリが疲れて女土工起ち
新居格のペンダコあわれ綱に負け
親綱をとる井上信子まだ老ひず

●「剣花坊追悼句話会」
席題「夜」 福田山雨樓選
裏切りの夜から情痴の虫となり
鶴 彬
蜘蛛の巣にかかった蝶に夜が来る
鶴 彬
宿題「煙」 井上信子選
煤煙の濁りを吸ふた花の色
鶴 彬
転地すれば食へぬ煙の下で病み(秀逸)
鶴 彬
互選雑吟
子を産めぬ女にされた精勤証(四点)
鶴 彬

◆十月十五日発行『蒼空』第十一号

火箭集
鶴 彬
生き神のネロの如くにおかす初夜
神霊がのり移ったとさかるなり
神殿にダブルベットとホルモン剤
春画ひろげたまゝ生き神様の枕元
抱き飽いた侍女弟子へめあわせる
生き神といふ人間でないけものなり
「番号札」生き神様のなれの果て

註・無題であるが連作と解すべきで、主題は当時、反社会的を理由に検挙された新興宗教「ひとのみち」を詠んだもの(編集)。

◆十二月一日発行『火華』十二月号第二巻第五号

半島の生れ
鶴 彬
半島の生れでつぶし値の生き埋めとなる
内地人に負けてはならぬ汗で半定歩のトロ押す
半定歩だけ働けばなまけるなとどやされる
ヨボと辱しめられて怒りこみ上げる朝鮮語となる
鉄板背負ふ若い人間起重機で曲る脊骨
母国掠め盗った国の歴史を復習する大声
行きどころのない冬を追っぱらわれる鮮人小屋の群れ

註・「半定歩」は日本人の賃金の半額の意。ヨボとは朝鮮人民に対する侮蔑的呼び方。トロはトロッコの略称。――(編者)
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昭和十二年篇 一九三七年(二十八歳)


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◆一月十五日『蒼空』第十三号・改題準備号

火箭集
(東京)鶴 彬
春を得つ[#「得つ」はママ]地熱に続く休火山
地熱燃え怒り地球は春にめざめたり
春の太陽へ廻る地球の奴隷達
地球まだ老ひぼれず奴隷の春近し
解放の前夜―その闘ひに死ぬ奴隷達
太陽のベルト自由の春動く

◆二月一日発行『火華』二十三号

火華集「肺」
(東京)鶴 彬
シキの底ひと息ごとの肺の煤
セメントでこわばった白い肺で血も吐けないのだ
鉄粉にこびりつかれて錆びる肺
もう綿くずを吸へない肺でクビになる
サナトリウムなど知らぬ長屋の結核菌
紡績のやまひまきちらしに帰るところにふるさとがある
夜業の煤煙を吸へといふ朝々のラヂオ体操か
息づまる煙下の下の結核デー

●同誌掲載・編集部あての「賀状の中から」
春の太陽へ廻る地球の奴隷たち(東京)鶴 彬

◆三月一日『火華』第二十四号

火華集
(東京)鶴 彬
タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやろう
この安月給で[#「安月給で」は底本では「安日給で」]妻をもたねばクビになるばかり
これからどうして食ってゆこうかと新婚の夜を寝つかれず
免税になるまで生めば飢死が待ち
葬列めいた花嫁花婿の列へ手をあげるヒットラー
種豚にされる独逸の女たち
ユダヤの血を絶てば狂犬の血が残るばかり
ソビヱットを奪へと缺食の子をふやし

◆三月十五日発行『川柳人』二七四号[復活号]

鉱毒の泥海
鶴 彬
鉱毒の泥海をダムはもりあげてゐやがった
決潰する夜のダムの真下の鉱夫村
きのうまでとかした毒泥あびせかけられ
貧しさの中の歓楽の夫婦の姿で生き埋めとなり
救いをよぶ咽喉ふさがれてしまふ硫化泥よ
泥海にふた親のまれた子がゐる子をさらわれた母がゐる
毒泥を呑んでつかんで悶絶の姿にされて凍ってる
いまは仲間の死骸掘り探すシャベルとなった
うらみ呑んだ仲間の死骸が幾百とゐる蒼ずんだ毒泥の底
掘り出された屍の一つを父ちゃんと知る星の光り
生き埋めのうらみ生き残された子にうづく
生き埋めのうらみ買い占めてやらうといふ見舞金だった
凶作つづきの田は鉱毒の泥の海
十年はつくれぬ田にされ飢えはじめ

◆三月二十九日発行『短歌評論』第五巻第四号

サムライ
――西龍夫におくる――
鶴 彬
食ふか食はれるか
やけ半分の大安売りのビラ
旗鳴物入りで
まきあるく

二年もかかって
ラッパ吹くことをおぼえてきて
いまは紙芝居屋となり
軍事劇の
ラッパ吹きならす。

サムライに転向すれば
きっと食ひはぐれはないとは
失業にあえぐ
年若いともよ!

「軍事予算がぼう大すぎる」――
昂奮する代議士の背後
機関銃のやうに
ふてぶてしく黙殺する
大臣。

昔から
細々とつづく
労働者農民の血
最後の一滴まで
………[伏字]まふといふ。
註・「サムライ」はここでは兵士の意。「二年」は当時の兵役義務年限。

◆四月十五日発行『川柳人』二七五号四月号

金の卵を産む鳥
鶴 彬
金の卵を産む鳥で柵に可愛がられる
棚[柵]を越せぬ翼にされ生む外は[な]い金の卵
産卵せねばしめ殺す手で餌をあてがわれ
奴隷となる子鳥を残すはかない交尾である
重税の如く奪はれる金の卵を産み疲れ
死なないといふだけの餌でつぶされる日が迫り
産み疲れて死んでやれ飼主めひぼしにならう

◆五月一日発行『火華』二十六号

近事片々
(東京)鶴 彬
増税の春を死ねない歎願書
ゼネストに入る全線に花見客
人民に問へばゼネラルストライキ
アゴヒモをかけ増給を言へぬなり
祭政一致と言ふてゆるさぬメーデー祭
五月一日の太陽がない日本の労働者
『病欠』で来たハイキングのメーデー歌
空白の頁がつゞくメーデー史
議事堂でみたされぬ飢がむらがる観音堂
フジヤマとサクラの国の餓死ニュース
エノケンの笑ひにつゞく暗い明日
男らは貧しくひとり、花嫁映画みるばかり
「ワリビキ」へ貧しさ負ふて列ぶ顔
クビになる恋と知りつゝする若さ
殴られる鞭を軍馬は背負はされ
妾飼ふほど賽銭がありあまり
闇に咲く人妻米のないあした
バイブルの背皮にされる羊の死
泥棒と知れ花魁の恋やぶれ
喰ふだけのくらしに遠いダイヤの値
税金のあがったゞけを酒の水
註・「ワリビキ」は東京市電(のち都電)の早朝割引運賃。

◆六月一日発行『火華』二十七号

火華集
鶴 彬
すとらいき
メーデーのない日本のストライキ
(一九三六年以降メーデー中止)
要求を蹴りアゴヒモがたのみなり
歯車で噛まれた指で書く指令
飜る時を待ってる組合旗
生きてゐるな解雇通知の束がくる
裏切りをしろと病気の妻の顔
失業の眼にスカップの募集札
スカップが増えた工場のすゝけむり
缶詰めにする暴力団を雇ひ入れ
今からでもおそくないといふ裏切りの勧告書
総検[総検挙]にダラ幹だけがのこされる
弾圧がいやならとれといふ増し
くらしには足らぬ歩増しで売る争議
裏切りの甲斐なく病気の妻が死に
釈放を解雇通知が待ってゐた
ダラ幹が争議を売ればあがる株

◆七月十五日発行『川柳人』二七八号新人特輯号

同人創作
鶴 彬
蟻食ひ
正直に働く蟻を食ふけもの
蟻たべた腹のへるまで寝るいびき
蟻食ひの糞殺された蟻ばかり
蟻食ひの舌がとどかぬ地下の蟻
蟻の巣を掘る蟻食ひの爪とがれ
やがて墓穴となる蟻の巣を掘る蟻食ひ
巣に籠る蟻にたくわへ尽きてくる
たべものが尽き穴を押し出る蟻の牙
どうせ死ぬ蟻で格闘に身を賭ける
蟻食ひを噛み殺したまゝ死んだ蟻

◆八月十五日発行『川柳人』二七九号

宿題「群」 [烏]三平選
パンを追ふ群衆となって金魚血走ってる
雑 互選 最高点
工夫等の汗へすぎてく避暑列車(七点)

註・この作品は昭和十二年七月二十四日東京・新宿大山で催された川柳祭の席で発表されたもの。“川柳祭の記”として掲載されている。

◆九月十五日発行『川柳人』二八〇号

しゃもの国綺譚
鶴 彬
昂奮剤を射された羽叩きでしゃもは決闘におくられる
稼ぎ手のをんどりを死なしてならぬめんどりの守り札
賭けられた銀貨を知らぬしゃもの眼に格闘の相手ばかり
決闘の血しぶきにまみれ賭けふやされた銀貨うづ高い
遂にねをあげて斃れるしゃもにつづく妻どり子どりのくらし
勝鬨[#「勝鬨」は底本では「勝閧」]あげるしゃもののど笛へすかさず新手の蹴爪飛ぶ
最後の一羽がたほれて平和にかへる決闘場
しゃもの国万才とたほれた屍を繩がむしってゐる
をんどりみんな骨壺となり無精卵ばかり生むめんどり
をんどりのゐない街へ貞操捨て売りに出てあぶれる
骨壺と売れない貞操を抱え淫売どりの狂ふうた

●[同号]作句と批評の会
「針」井上信子氏選
稼ぎ手を殺してならぬ千人針
銀針に刺された蝶よ散る花粉
「夏」烏三平氏選
避暑客の汗を一人で流す火夫
(つづいて鶴彬選の「街頭所感」作品がある――編者)
「軌道」三橋臥龍洞氏選
枕木は土工の墓標となって延るレール
「泥濘」太田泰弘氏選
泥濘をよける気のない程疲れて帰る
泥濘の長屋へすくむ視察団
「召集」烏三平氏選
召集兵土産待つ子の夢を見る

◆十月十五日発行『川柳人』二八〇号

「蜂と花園」
鶴 彬
花園の蜜をあつめて奪られる箱を与へられ
蜜箱空っぽにする手を知らず稼ぐばかりの蜂である
蜂に蜜吸はれつくした花園凋んで散って咲かない
新しい花園を襲ふ働き蜂の剣の毒
襲ふてくる蜂の毒剣へ花園の蜂も毒の剣
蜂ら刺しちがへて死んで花園を埋めてる

◆十一月十五日発行『川柳人』二八一号

鶴 彬
高粱の実りへ戦車と靴の鋲
屍のゐないニュース映画で勇ましい
出征の門標があってがらんどうの小店
万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
手と足をもいだ丸太にしてかへし
胎内の動き知るころ骨がつき





底本:「鶴彬全集(増補改訂復刻版)」有限会社久枝(ひさえ)
   1998(平成10)年9月14日発行
底本の親本:「鶴彬全集」たいまつ社
   1977(昭和52)年9月14日初版第1刷発行
※「矢壷」と「矢壺」、「骨の壷」と「骨壺」の混在は、底本通りです。
※誤植を疑った箇所を、親本の表記にそって、あらためました。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお拗音、促音の小書きは、底本通りです。
※底本本文にならって、旧仮名によるルビの拗促音も小書きしました。
※同じ川柳が発表媒体により文字づかいの一部が変更されているのは、底本通りです。
※◆毎の末尾の「註・」は、底本編者による加筆です。
[ ]〔 〕内は、底本編者による加筆です。
入力:坂本真一
校正:石井彰文
2020年8月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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