チャンプルー

山之口貘




 このごろの泡盛屋では、琉球料理を食べさせるようになったので琉球出身のぼくなどにとっては何よりである。戦前の泡盛屋では、泡盛だけが琉球で、つまみものなどはほかの飯屋と変わらなかったが、いまは簡単な琉球料理があって、琉球的な雰囲気が濃厚である。
 こころみに、ある泡盛屋ののれんをくぐると、ミミガーとか、アシティビチとかチャンプルーとかいうのが、眼につくわけである。むろん初めての客には、見当のつかない料理名なのである。折角、泡盛をついでもらっても、さて、つまみものとなると、さっぱりわからないので、結局、「ミミガーってのはなんだい」ときいてみるより外には手がないのである。

 ミミガーは、一般家庭ではあまり食べなかった。沖縄では辻町の料理屋あたりでは、酒の肴としていつでも食べられたのである。ミミガーは、一口に云えば豚の耳の料理である。食べたことのない人は、耳ときいただけで、そっぽを向いたりするものもあるが、まず、食べてみることが肝心なのである。
 その証こには、ミミガーを食べさせる泡盛屋に来て、それを食べないものは、まずないといってもよいからなのである。よくゆでた耳を、うすくきざんで、大根おろしといっしょに三杯酢にしたものである。こりこりして、なかなかさっぱりしたものである。

 アシティビチというのは、豚の足の料理である。云わば、足の吸物である。これは一般の家庭でも適当に食膳にのぼってくる料理である。しかし、それらのものよりも、もっと一般的な生活に即した料理としては、なんと云ってもチャンプルーである。
 普通、油いためしたものをチャンプルーと云うのである。その種類には、ゴーヤー(れいし)チャンプルーがあり、ビラ(ねぎ)グワチャンプルー、マーミナ(もやし)チャンプルー、チリビラー(にら)チャンプルーなどがある。それらは野菜である。外にトーフ(豆腐)チャンプルーがある。しかし、どのチャンプルーの場合でも、大ていトーフはいっしょである。
 チャンプルーは、その材料が日常の手近にあるものばかりであり、作り方も非常に簡単で、その場で誰にでも出来るもので、単純素朴のあっさりとした味がよいのである。
 これは、豚の油を、野菜いためにする程度の量を鍋にたらし、それが焼けたころ、豆腐を適当の大きさに千切って入れ、もやしを入れていっしょにいため、塩で味つけするだけのことである。ねぎやにらの場合は寸位に切るか、あるいは、こまかくきざむ。ぼくの好みから云えば、れいしのチャンプルーの味は格別で、あのほろにがい味は忘れ難い。

 れいしは、あちらこちらの家でも、わざわざ棚をかいてつくっていたが、ぼくの家でも、毎年夏になると、父がれいしの棚をつくって、そこにぶらさがったのをもぎっては、チャンプルーにしたものである。沖縄では、赤くなったれいしは食べない。青いうちに、チャンプルーにして食べるか、あるいはうすくきざんで、砂糖をきかせた酢の物にして食べる。
 なお、沖縄の豆腐はかたいので、チャンプルーにしても水気がなく、出来上りがさらっとしている。東京の豆腐でつくるときは、布巾でよくしぼって、豆腐をかたくしてからつくるとよい。

 れいしでおもい出したが、沖縄のへちまもうまい。この辺のとは種類がちがうのかも知れない。非常に細長いへちまで、ぼくの家では、これも棚からぶらさがっていた。
 へちまは、醤油で煮てもうまいし、鰹節のだしでおつゆの実にすると、あっさりしてかるい味がある。それから、シブイがある。とうがんのことである。とうがんもおつゆにしたり、醤油で煮たりして食べる。特にうまいというわけではないが、日常よく食べる。

 このごろ、東京の泡盛屋で、豚のしっぽを食べさせてくれるところもある。知らない人は、琉球料理とおもって食べているのかも知れないが、これは、泡盛屋のマダムが発明したものである。しかし、うまい。しっぽそのままの形を皿にのせて出すのである。好きな人にとっては形などどうでもよいのである。

 日常よく食べる魚は、飛魚である。那覇から南へ二里のところに、糸満という漁村がある。沖縄唯一の漁村で、東支那海に面している。糸満の女性も男性も素晴らしい体格をしていて、沖縄では目立つ存在である。糸満では、男達が獲ってきたイカや飛魚、その他のものを、彼等の細君が買いとる。それを竹製の大きな笊に入れて、頭にのせ、大手を振り振り駈け足で、二里の道を那覇の市場まで売りにきたものである。
 飛魚は、輪切りにして、塩煮にするとうまい。豆腐といっしょにおつゆにするときも、醤油を使わずに塩味にする。ぼくは、飛魚の塩煮が好きで、特に、眼球と脳髄を食べずにはいられなかった。
 父は、飛魚の刺身が好きで、塩煮にする前に、必ず刺身をとらせた。刺身と云えば、石垣島で食べたのが素晴らしかった。父がそこで、鰹節製造の事業にたずさわっていたころで、ぼくは時々、その製造場へ鰹の刺身を食べに行った。漁船からおろしたばかりの鰹からとった刺身で、箸でつまみとろうとしたとき、びくっと動く奴もあったほどの新鮮さは忘れ難いのである。ぼくは、東京で、そういう刺身や、あるいはまた、眼球や脳髄まで食べたくなるような飛魚、その他の魚を食べたことがない。

 時に、フィージャーグスイと称して、山羊の料理を食べる。フィージャーは、むろん沖縄語で山羊のことである。グスイはクスリのことで、薬である。つまり山羊薬と云われるほどのもので、汁物にして食べるのである。

 沖縄の塩辛に、チールガラス、スクガラス、スルルガラスなどがある。チールガラスはうにの塩辛である。うにの殻からはがしたままの形で塩辛にしてある点が、ここらで食べるうにの塩辛と違っている。
 スクというのは小さな魚で、幅が一センチぐらい、長さ三センチくらいの平べったいもので、魚そのままの形で塩辛にしてある。なま豆腐といっしょに食べるとうまい。泡盛屋でもこれを食べさせてくれるところがある。
 スルルガラスのスルルも雑魚である。胴のまるっこい細長い六センチぐらいの小さな魚である。このスルルは、鰹の餌なので、禁じられていたが、こっそり裏口から売りにくるのを買って塩辛にした。

 沖縄の民謡に「谷茶前タンチャメ」というのがある。
谷茶前の浜に
スルルグワが寄ててんどう
スルル小やあらん
大和ミジュンどやんてんどう
アフィ達やうり取いが
アン小達やかみてうり売いが
うり売ての戻いぬ
アン小が匂いぬしゆらさ
 というのである。大意を説明すると、谷茶前の浜に、スルルの大群がおし寄せて来たんだそうだ。いやいやそれはスルルではなくて大和ミジュンなんだそうだ(大和ミジュンは鰯である)。若人達はそれを取りに行く、そして乙女達はそれを売りに行く、それを売っての帰りの乙女達の匂いの素晴らしさよ、というのである。これは舞踊化されていて、すでに一般の人にも知られている。映画「ひめゆりの塔」にもとりいれられていた。
(「食生活」一九五六年一〇月号)





底本:「山之口貘詩文集」講談社文芸文庫、講談社
   1999(平成11)年5月10日第1刷発行
底本の親本:「山之口貘全集 第四巻」思潮社
   1976(昭和51)年9月19日
初出:「食生活」
   1956(昭和31)年10月号
入力:kompass
校正:門田裕志
2014年1月18日作成
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