歳末の質屋

都内に約一八〇〇店

山之口貘




 画家のK女史と記者のTさんとぼくとが、車に同乗。灯のついたばかりの師走の街のざわめきを縫って、城南のとある坂の上で車を止めた。ぼくらは坂の途中の電柱に掲げられている矢印の示す露地にはいった。「そろそろベレーなど、ポケットにおしこんでおきましょうかね。」するとTさんも、「そうだそうだ。」というわけで、ぼくとTさんは頭のベレーをポケットに移したのである。
 それはこの質屋に現われる客達のふん囲気に邪魔にならないようにとのこころがけなのだ。
 板ベイに沿うて一寸行き、木戸を開けて、玄関を開けると、客は、まだ一人もいなかった。来意のほどは、あらかじめ電話しておいたので、玄関に出て来た女の子も承知していたらしく、すぐに座敷へ通してくれた。
 ぼくの知っている限りでは、木戸にも玄関にも、のれんのかかっていない質屋はこの質屋だけなのである。そこで、T氏が、その理由を若い主人にきくと、先代からずっとのれんはかけていないそうで、「なにしろ世間では、のれんをくぐるのがいやだと言いますからね。」とのことだ。
 ぼくなども、くぐり馴れているみたいだが、それでも、うしろを気にし、左を気にし、右を気にして、さっとくぐったりしたのが常なのだ。
 この質屋さんは、四十五年もつづいているのだそうで、欄間には犯人検挙によく協力してくれたという意味のその筋の表彰状が、三つ額になってかかっている。お店が忙がしくならないうちにと、倉のなかを案内してもらった。倉は二階建てで、壁はコンクリート。四段五段の棚が、まんなかとぐるりの壁にめぐらされていて、床は高い。預った品物の保存には、タトウの包紙が虫がつかなくて一番よいそうで、一尺二寸四角ほどの形に包まれた品物が、棚いっぱい詰っているのである。
 どれもこれも、保存に耐えるように、くるんだり包んだりしてあるので、なかみは見えないのであるが、梯子段の下にごろごろ並んでいるのがあるので、なにかときくと、「ミシンの頭です。」とのことである。
 それではどこかの家庭で、頭のないミシン台を見かけた覚えもあるが、頭はみんな質屋の倉の梯子段の下で静養しているのかと思わずにはいられないのだ。
 なかには、箱も新しく、買ったばかりのものらしい正札付の背広やオーバーなどもあるが、質屋の若主人は首をかしげて「そういうのはどうしたんでしょうね。」と言うのだ。それはなるほど質屋さんには難解なのかも知れないが、ぼくの知っているあるサラリーマンは、勤務先に出入りの洋服屋さんから買ったばかりの背広をその足で質屋に入れたことがあるのだ。
 つまり、洋服屋さんには月々のサラリーからなしくずしにしてその代金を支払うことにして、さしあたり必要な金をその背広で質屋から借りたのである。その人はだから、はじめから着るために背広を買ったのではなくて金がほしくて買った背広というわけになるのである。何もふしぎなことはないわけなのだ。
 さて、その他、靴もうんとある。ドロのついたままのもある。こうもりがさもある。ジャンパー、時計、貴金属とあるそうだ。
 質値は、去年の半値位に下り、たとえば三〇〇〇円のオーバーが二〇〇〇円あるいは一五〇〇円だそうである。現在は流れるものが多いとのこと、これからが寒くなるというのに、流れはオーバーが多いという。暖冬の反映なのかデフレのせいなのか。在庫品の多いのは八月だとのことだ。「いわゆる夏枯れの関係でしょうか。」「さあ、どういうもんでしょうか。」と若主人は首をかしげた。
 そして、九月ごろから少しずつ減って、十二月の終りごろにはほとんど倉がからっぽになるという。だが、この暮は果してどうだろうか。
 話が税のことに触れると、若主人は、ちょいとつまって、「とにかく質屋の利子は一割で、年十二割ということになるんだけど、税務署の計算では十七割位に見るんですからね。」と言った。どういうわけでときくと、「まさか君のところでは、はいった利子をねかせているんではあるまいとくるんで、それがまたもっともなんですからね。」と言うのである。
 つまりは、金の子どもや孫のことまで見透しをつけられているところが、多少工合がわるそうなのだ。
 昭和二十七年の同業者組合の名簿によると、都内の質屋は一四四九、現在では増加して、一八〇〇位にはなっているとのことだ。外に各区ごとに区営の公益質屋がある。利子が三分なので安いのだ。それを、ここの主人が、ある客に同情して教えてやったのに「五千円、六千円を扱っているのだから。」と断わられて、その客が戻って来たのだそうだ。
「まるで、うちの方が公益みたいですよ。」と質屋さんは笑ったが、たとえそれが話であってもバカをみるのはいつも庶民なのではないか。物も金もないばかりに、生活にかかる金はあべこべで、三分の安い利子が買えず、高い一割の利子を買わねばならないからなのだ。





底本:「日本の名随筆 別巻18 質屋」作品社
   1992(平成4)年8月25日第1刷発行
親本の底本:「山之口獏全集 第三巻」思潮社
   1976(昭和51)年5月1日
初出:「東京新聞」
   1954(昭和29)年12月16日
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2023年8月8日作成
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