薄紗の帳

UNE DENTELLE S'ABOLIT

ステファンヌ・マラルメ Stephane Mallarme

上田敏訳




薄紗はくしやとばりたれてあれど、
こよなき「あそび」は思ふらく、
げにもゆゆしきけがれかな、
いたづらなりやとこは無し。

この一面に白妙しろたへ
ふさふさとのからみあひ、
あをみて曇る玻璃はりの戸を
むなしく打つて事も無し。

されど黄金こがねの夢の身には
がくもるうろのなか、
琵琶びはかなしげに眠りゐて、

いづこの※(「片+總のつくり」、第3水準1-87-68)まどらねども、
よそにはあらず、われとわが
たいよりるるはあらむ。

註―― Une dentelle s'abolit の句をもつて起るマラルメの難解詩を譯してみた。薄紗の帳白く垂れて輕く窓の板玻璃を打つ景を詩人が見て、これはどうしても帳中に伉儷かうれいの契淺からぬ相思の人の床が無ければならぬと「こよなきあそび」すなわち藝術の方面から推察するところ、實は之が空しく、そこに何も無いと知つて、あたか冒涜ぼうとくの感を起すといふのが、初、二節の意である。しかし「黄金の夢」即ち空想豐かなる詩人の胸には琵琶が常にかくれてゐる。この空想よりして詩人は外物の助をからず、われとわが身より物象を創作する、この場合について言はゞ、「床」を創作し得るのだ。この一篇の中心思想は藝術の特權を説いたところにあるのだらう。





底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「アルス 一ノ五」
   1915(大正4)年8月
※著者名の原綴り「St※(アキュートアクセント付きE小文字)phane Mallarm※(アキュートアクセント付きE小文字)」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「Stephane Mallarme」としました。
入力:川山隆
校正:岡村和彦
2012年11月24日作成
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