石工

LE MACON

ルイ・ベルトラン Louis Bertrand

上田敏訳




石工の長曰く、見よ、この稜堡りようほうを、この支柱を。
末代までのかためと人はいふらむ。
シルレル「※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ルヘルム・テル」

 石工アブラハム・クップフェルはこてを片手に足場の上で歌つてゐる。隨分高く登つたものだ。大鐘の銘の文句を讀んでると、飛迫控とびやりびかへの三十もあるこの御堂みだう、御堂の三十もあるこのまちと、同じ高さに足が來てゐる。

 ここに見る石鬼いしおに樋嘴ひさき石葺屋根いしぶきやねの水を吐き出して、うてなに、窓に、隅折上すみをりあげに、鐘樓に、櫓に、軒に、足場に、この入り雜つた深穴ふかあなへ落すのだ。そこに鼠色の一點と見えるのは、廣げた儘のぎざぎざした兄鷹せうたか

 の下には、星形に切り開いた堡壘、菓子の身の雌鷄よろしくふん反り返つた城砦、噴水の涸れてゆく御殿の中庭、陰は常に柱をしんに移動する僧院の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)廊。

 皇帝の軍隊が郊外に宿營してゐる。あすこに一人の騎兵が太鼓を調べてゐる。アブラハム・クップフェルの處からも、あの三角帽、赤絲肩章、前立まへだち色布いろぎれゆわいた辮髮の見別がつく。

 また其上に一群の兵隊が眼に入ひる。逞ましい枝振の羽根飾はねかざりをした遊苑に、深緑の廣々した芝生の上で、竿の端に置いた木製の鳥をねらつて火繩銃の射的をしてゐる。

 さてその夜ここの伽藍の釣合のよく取れた本陣が、十字架形に腕を廣げて眠るとき、梯子の上から、はるかに遠くを望めば、軍兵たちが燒打にした一村の焔が夜天に尾を曳く彗星のやうだ。





底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「芸文 六ノ三」
   1915(大正4)年3月
※原題「LE MA※(セディラ付きC)ON」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「LE MACON」としました。
入力:川山隆
校正:岡村和彦
2012年11月2日作成
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