松本たかし句集

松本たかし





雨音のかむさりにけり虫の宿

 作者が虫の音を静に聞いて居つた。そこへ雨が降り出して来た。その雨が庭木にあたつて、かすかな音をたてゝゐる。さういふ事実からこの句を得るまでの間の、作者の頭の働き具合を考へて見ると興味がある。働き具合と言つたところで別に想を構へるといふのではない。たゞ静にその場合の光景を噛みしめて見て、何といふ言葉で言ひ現はしたなら、その場合の感じが出るであらうと考へた末に、遂に「かむさりにけり」といふ言葉を生み出して、漸く安心した作者の心持が現はれるのである。「かむさりにけり」といふ言葉は、雨の降つて来た時の感じを巧みにうまく表はし得た言葉である。かう言はれてみると、その場合の感じが余蘊なく描れてゐるのである。言葉を見出すのが巧みだとも言へるが、その感じが鋭敏だとも言へる。両者は一にして二ならずといふべきである。

狐火の減る火ばかりとなりにけり

 たかし君の近来の句は、写生の技倆ももとより認むるがその写生にあたつて用ひる言葉が、普通の人よりも一段高いところにあるやうに思ふ。言を換へれば詩的であるやうに思ふ。だから写生句でありながらも、余程空想化された句であるやうに受取れるのである。この句ももう狐火は減る一方になつてしまつたといふ事を言つたのであるが減るといふ動詞に重きを置かずして、減る火といふ名詞の方に重きを置いて叙したといふことが大変技巧的に効果を挙げてゐる。その他「暦売ふるき言の葉まをしけり」とか「大木にして南に片紅葉」とか語法句法の為に作者の異常なる緊張を示してゐる句が沢山ある。この点を特筆せねばならぬと思ふ。

赤く見え青くも見ゆる枯木かな

 枯木は普通に枯木色であつて、十人が十人その色を疑ふものではないが、然しこの作者はその枯木の色を赤くも見、又青くも見たのである。悪く言へば神経衰弱的とも云へよう。よく云へば常人に異る詩人の頭とも云へる。然し兎に角、赤くも見え青くも見えたと云ふことは、この作者にとつては真実なのである。誇張して言つたものでもない。又嘘を言つたものでもない。私達がこの句を読んで、成程然うも見えるのかなアと感じて、愉快に同情が出来るといふのは、その作者が本当のことを大胆に言つたといふ点にあるのである。この句を読んで後、実際の枯木を見て、どうやら赤くも見え青くも見えるといふことが、実際になつて来たやうな心持さへするであらう。それがこの句の力である。

柄を立てゝ吹飛んでくる団扇かな

 この作者は春先から夏になると殊に身体が悪るくなつて、病床に寝たり起きたりしてゐるのであるが、それでゐて覇気は其の弱い身体に包み切れずにある。高山大沢に遊ぶことも出来ず、たゞ病床の些事に興味をそゝられるに過ぎないのであるが、それでもおのづから其の若々しい覇気のあるところが、かういふ句になつて現はれ出たものと思ふ。些細な事柄ではあるがそこに大きな力を認める。

藪の空ゆく許りなり宿の月

 たかし君の家の前面には滑川が流れてゐる。その畔にも竹藪があるし更にその前面にある山は一面に竹藪で蔽はれて居る。たかし庵の景色はこの竹藪によつて常に色づけられてゐると云つてよいのである。春は所謂竹の秋で黄色く衰へて居る、秋は所謂竹の春で青々と繁茂して居る、春雨の降る頃、五月雨の降る頃、秋雨の降る頃、又雪の降る頃になるとその面目は全く改つて居る。風のない日、風の吹く日などは更に趣が異ふ。
 これは余談であつたが、さう云ふ竹藪を前に控へて居るたかし君は、日夕この藪に親しんで居つて、月夜の晩は、月が東方の山から出て其藪の空を通つて西に移る状況を絶えず眺めて居る、そこで此句は出来たのであつて、月はたゞ藪の空を通つて行く許りである。あたりに目ぼしいものが有ると云ふわけでもなく、又たかし君の心を乱すものが存在して居ると云ふわけでもなく、たゞ静かに西に亘つて行く月を見る許りである。その月は他人の月とも思はれない、我宿の月の如き感じがする、と云ふのであらう。閑寂な生活に住してゐるたかし君の心持が出てゐる。

ものゝ芽のほぐれほぐるゝ朝寝かな

 日常もの芽に親しんでをる、といふ事が力強くこの句の背景を為して居る。もの芽が出たと思ふと、瞬く間にほぐれる、実に造化多忙の感がある。さういふ事を作者はよく見て知つて居る。然も病身な作者は朝寝勝である。斯く自分が朝寝をして居るが、この間にも庭のもの芽は、息をもつかず、ほぐれほぐれて居ることであらう、と云つたのである。たかし君の句は深く物を観察した上に、其の主観が土台となつて生れる句が多いのである。この句の如きもその一つと云つてよい。
 昭和五年の俳能会の時分に、久し振りでたかし君の仕舞を見、次ぐ年の俳能会の時分に、その鼓の一調を聞いた。又、この間或る屋敷で同じく仕舞を見、一調を聞いた。その都度感じたことであるが、其の仕舞にも一調にも、たかし君の俳句に視るが如き、強い芸術味のあることを見遁すことが出来ないのである。たかし君は能楽の名家に生れて、健康が許さぬ為め、父祖の業を継ぐことが出来ないのは定めて残念であらうが、然したかし君の芸術は、仕舞や鼓で充分に現はすことが出来なくても、俳句があつてよく是を現はし得ると云ふことは、たかし君にとつてせめてもの慰藉と考へるのである。
(ホトトギス句評会の言葉より)
昭和十年十一月
高浜虚子


葉牡丹のむらめたる二月かな
早春の牡丹畑を廻りけり
格子戸をはめし岩屋や春寒し
春寒や貝の中なる桜貝
ひさ/″\の杖を手にして春めきし
蝌蚪生れて未だ覚めざる彼岸かな
裏山に登れば遅日尚在りぬ
麗や皆働ける池の鴨
藤植ゑてつくかつかぬか軒うらゝ
惜春や乗りても見たる川蒸気
草堤に坐しくづをれて春惜む
歩きつれ憩ひつれつゝ春惜む
桃の小屋梨の小屋あり春暮るゝ
騒がしき風吹く春を惜みけり
野蒜掘れば強きにほひや暮の春
ゆく春の牡丹桜の一木かな
腰かけしまゝ寝ころびぬ縁の春
菅野村山蛙村邸にて
割竹を編んで敷いたり庭の春
春草や光りふくるゝ鳩の胸
春雨に降り込められぬそれもよし
すこし待てばこの春雨はあがるべし
鎌倉に春の雪積む一夜かな
大仏の俯向き在す春日かな
目つむりて春日に面さらしをり
炉ほとりにさす春日とはなりにけり
日曜の人にかげろひそめにけり
葉山水竹居別業
山荘に終る句会や夕霞
裸木も霞みそめたる藪穂かな
だまされて遠道を来し霞かな
春雷やぽたり/\と落椿
屋根々々の雪消日和の煙出し
残雪に椿落ちたり谷の坊
打離れ枯菊のに残る雪
塵捨てに来て跼みけり水温む
古蘆の動くともなし水温む
ゆたかなる苗代水の門辺かな
苗代を見て来し心美しき
いつしかに失せゆく針の供養かな
初午や盆に乗せくる小豆飯
行燈をさへぎる梅や一の午
嫁ぐなる別れの雛にかしづきぬ
仕る手に笛もなし古雛
水茎の古りにし反古や雛をさめ
父のの父が描きし絵雛かな
よき雛の数多からず飾りたる
ますぐなる香の煙や涅槃像
杓のモト小さくかなしや甘茶仏
うかゞひて杓さし入れぬ花御堂
西行忌我に出家の心なし
句に入りて歌は忘れつ西行忌
我が椿いたむる雪や実朝忌
山椿撰び折り来て実朝忌
妙本寺
屋根替の萱吊上ぐる大伽藍
流れつゝ色を変へけり石鹸玉
踏青や野守の鏡これかとよ
二人ゐてよそ/\しさよ芹摘めり
あふひ夫人訪れたまふ
芹や摘ん芝をや焼ん君来たり
毎日の朝寝とがむる人もなし
物の芽のほぐれほぐるゝ朝寝かな
春の灯のつらなる廊下人も来ず
鴻乙居
麦踏も庵の眺の一つかな
蘆原を焼払ひたる水とび/\
焼れある蘆原踏めば水の湧く
でんがくと白く抜いたり赤暖簾
京言葉大阪言葉濃白酒
恋猫やからくれなゐの紐をひき
啓蟄に伏し囀に仰ぎけり
目白の巣我一人知る他に告げず
前山や初音する時はろかなり
空蒼し放たざらめや吾が雲雀
籠二つ地に在り雲雀空にあり
花時の近よる園の蝌蚪の水
行交や蛙月夜の廓道
つく杖の銀あたゝかに蝶々かな
初蝶を見し束の間のかなしさよ
大空に唸れる虻を探しけり
ころがりて又ころがりて田螺かな
一つづゝ田螺の影の延びてあり
沸々と田螺の国の静まらず
杭の蜷ほろ/\落つる夕日かな
ひく波の跡美しや桜貝
二三枚重ねて薄し桜貝
いさゝかの草履埃や梅日和
青梅吉野梅林にて
酒庫の紋それ/″\や梅の村
一人とる遅き朝餉や梅日和
梅に在り紅梅にある文目アヤメかな
紅梅の花大きくて乏しけれ
地に置し梅の落花や貝の如
流れ来し椿に添ひて歩きけり
落椿砕け流るゝ大雨かな
いま一つ椿落ちなば立去ん
又通る彼の女房や藪椿
流れゆく椿を風の押とゞむ
佇ば流れ寄りたる椿かな
木洩日にうなづき止まぬ椿かな
ミンナミの海湧き立てり椿山
枯蔓の吹つ切れてゐる椿より
いたみたる椿ころげぬ雪の上
あまたゝび雪にいたみし椿咲く
凍りたる雪著いてあり花椿
仰ぎてし椿の上に廻り出し
蘂白く夕暮れにけり落椿
椿落ちて水にひろごる花粉かな
風吹けば流るゝ椿まはるなり
枯蔓をかぶらぬはなし山椿
椿咲く一度も雪をかふむらず
遅れゐし雪どつと来し椿かな
古雪の凍しが上に落椿
来て止る雪片のあり紅椿
目白来てゆする椿の玉雫
往きつ来つ目白遊べり二タ椿
竹伏して堰き止めにけり落椿
ゆき当り瀬石をまはりゆく椿
雪解や現れ並ぶ落椿
雪解の打うなづける椿かな
水垢と椿と吹かれ別れけり
我宿の桃も桜もおくれがち
市川
ひろ/″\と桃畑あり松の中
桃林に柴積んであり腰かけぬ
梨棚の跳ねたる枝も花盛り
花咲ける一木の梨に棚づくり
山越えて伊豆へ来にけり花杏
木蓮の花びら風に折れてあり
大空に莟を張りし辛夷かな
病臥
上目せば向山桜見ゆるなり
垂れてゐる花に蕾に雨の玉
残桜や見捨てたまひし御用邸
虚子庵に至り坐りぬ花疲
吹雪きくる花に諸手をさし伸べぬ
植物園
花人の皆出し園を閉しけり
一筋の落花の風の長かりし
葉交りの花に遊びぬ薄日和
如月の山に遊べば杉の花
つくばひにこぼれ泛めり杉の花
連翹の枝多からず交へたる
漣の下に連翹映りをり
妙本寺法輪の大海棠 二句
海棠の落花してゐる柵の内
海棠を見にほつ/\と人絶えず
花過て山吹咲る木陰かな
山吹を見れば芽ぐめり庭焚火
山吹の日陰へ蝶の這入りけり
しどみ掘る力込めつゝ笑ひをり
何としても掘れぬしどみや山の春
沈丁の香の強ければ雨やらん
三日月の大きかりける沈丁花
岩橋に立とゞまりて躑躅見る
卒然と風湧き出でし柳かな
傘雫いつか絶えたる木の芽かな
菜の花の月夜の風のなつかしき
菜の花が汽車の天井に映りけり
蒲公英の咲き据りたる芝生かな
たんぽゝの大きな花や薄曇
たんぽゝや一天玉の如くなり
たんぽゝの閉づれば天気変るなり
すかんぽをミンナくはへて草摘めり
すかんぽをくはへし顔やこちを見る
午過の花閉ぢかゝる犬ふぐり
晩翠軒
春蘭に支那めかしたる調度かな
咲き疲れひれ伏しにけり黄水仙
下萌ゆと思ひそめたる一日かな
ふるさとに暫し寄す身や下萌ゆる
病床に上げし面や下萌ゆる
下萌の園の床几に添乳かな
腐りたる杭の空洞ウツロに萌ゆる草
先づ萌ゆる花壇の外の唯の土
もの芽出て指したる天の真中かな
くらくなる物芽をのぞき歩きけり
もの芽出て長き風邪も忘れけり
こぼれたるまゝ芥子萌えぬ沢山に
秋草のもの芽ながらもおのがじゝ
かず/\の物芽の貴賤おのづから
ものゝ芽にいとゞ輝ある日かな
紫苑の芽暗く甘草の芽明るし
ものゝ芽の古葉吹き飛ぶ日なりけり
武蔵野女子大生徒と百花園に遊ぶ
卒業を控へて遊ぶ物芽かな
雪中に牡丹芽ぐめり谷の坊
芥子の芽や夕一時明らかに
蕨萌え山水落つる庭を
釣竿のぴかり/\と水草生ふ
左右には芹の流れや化粧坂
せゝらぎつゝ揺れつゝ芹の生ひにけり
海苔舟を松の木の間に海晏寺
海苔つけし粗朶一片や波のまゝ


夏めくや底を貫く滑川
凭り馴れて句作柱や夜の秋
足袋をぬぎ袴をとりて涼しけれ
大島と久に逢ひ見て梅雨晴れぬ
咲のぼり梅雨晴るゝ日の花葵
遠雷や波間々々の大凹み
道標のみ便り行く夏野かな
こと古りし招魂祭の曲馬団
幟の尾垂れたる見えて夕庇
抱き画く大提灯や祭人
いづくかに月夜囃子や祭月
荒れ/\し人も神輿もヤスみをり
避暑人の佇む海人が門火かな
踊見る踊疲れを憩ひつゝ
踊らまくさかさ頬冠したりけり
うつし世の月を真上の踊かな
通り雨踊り通して晴れにけり
我見たりなかのりさんの木曾踊
山々に木曾の踊も終りけり
唯うすき岐阜提灯の秋の草
泳ぎ子や獣の如くすこやかに
花火見の彼の幇間も老しかな
榛名湖を見て戻りたる一ト昼寝
温泉の宿の昼寝時なる長廊下
胡桃の実見えて寝ころぶ避暑の宿
二つづゝ放り出しけり早苗束
早苗束放る響の谷間かな
早苗束膝に当てゝはくゝりけり
夏まけとかくしがたなくやつれけり
コレラ出て佃祭も終りけり
汗かきて日々恙なくありにけり
汗じみし人のからだとさはりけり
脱ぎ懸けし帷子月のおばしまに
羅をゆるやかに著て崩れざる
取出し著たる昔の透綾スキヤかな
影遠く逃げてゐるなり砂日傘
砂日傘びよう/\と鳴る下に在り
砂日傘小犬がくゝりあるばかり
ロン/\と時計鳴るなり夏館
小鼓の稽古すませし端居かな
一夏の緑あせにし簾かな
おばしまの走りかくれて青簾
洗髪乾きて月見草ひらく
洗髪乾きて軽し月見草
風鈴や移り住たる夕心
風鈴や早鳴り出る懸くるより
すぐ前に塀がふさがる釣荵
蚊遣火や夕焼むる淡路島
渦巻の残りすくなき蚊遣香
柄を立てゝ吹飛んで来る団扇かな
縁側の団扇拾うて下り立ちし
日蔽舟扇使ひの人見ゆる
手巾の白々として男かな
白々とハンカチーフや老紳士
落ちかゝる夏座布団や縁のはし
バナりおこしたる円座かな
氷食ふ二階の欄にまたがりて
金魚大鱗夕焼の空の如きあり
螢籠飛ぶ火落つる火にぎやかに
金粉をこぼして火蛾やすさまじき
余花の雨布団の上の鼓かな
桐の花散りひろごれり寺静
桐の花散りひろがりぬ掃かぬまゝ
百日紅こぼれて庫裡へ石畳
えごの花かゝりて蜘の糸見えず
釣人にえごの落花も絶えしかな
雨音につゝまれ歩く若葉かな
柿落葉いちゞるしくも光るなり
下闇に遊べる蝶の久しさよ
鈴懸の緑陰よろしテニス見る
屋根越しに見ゆる実梅に端居かな
夏萩のとぼしき花の明らかに
牡丹の花に暈ある如くなり
花深く煤の沈める牡丹かな
夜の如き帷垂れたる牡丹かな
牡丹の葉を起しつゝ開き行く
牡丹に垂れし帷の重さかな
花に葉に花粉たゞよふ牡丹かな
中庭の掃かで塵なき牡丹かな
牡丹の残りし花に法事かな
左右より芍薬伏しぬ雨の径
門川の野茨の或は匂ひ来て
榛名湖にて
草あやめ茶屋の男に掘らしめし
一面の著莪にさゞめく洩日かな
庭山や薪積みたる著莪の中
庭に出て夕餉とるなり月見草
紫陽花の大きな毬の皆褪せし
今年の二度ある梅雨や額の花
向日葵の葉の真黒に焦げたるも
向日葵に剣の如きレールかな
甘草や昨日の花の枯れ添へる
くつがへる蓮の葉水を打すくひ
橋裏に吸ひ着いてゐる蓮広葉
睡蓮の葉に手をかけて亀しばし
ほの/″\と泡かと咲けり烏瓜
青蔦の這うて暗しや軒の裏
青蔦の蔓先の葉の小さきかな
この夏の一番甘き西瓜なり
西瓜より冷きものゝのぼりけり
行人の背にある蝿や麦の秋
麦秋の藤沢在の閑居かな
手をば刺す穂麦の中を来りけり
萍に亀乗りかけてやめにけり
萍に松の緑を摘み捨てし


蓮広葉芭蕉広葉も今朝の秋
蚊帳の中に見てゐる藪や今朝の秋
瓢箪の出来の話も残暑かな
夜長なる呆け瞼の眉の影
俳席の次にはんべる夜長かな
爽かに弓手の肌を脱ぎにけり
友次郎君の部屋
秋深しピアノに映る葉鶏頭
妙本寺 二句
木を組みて仮に釣りたる鐘の秋
こつ/\とこつ/\と歩す堂の秋
たまに居る小公園の秋の人
炭斗の出てゐし部屋や秋の雨
秋雨に濡れて船頭不興かな
秋晴や歩をゆるめつゝ園に入る
秋晴に虫すだくなる谷間かな
秋晴や黄色き花の糸瓜垣
秋晴れてまろまりにける花糸瓜
秋晴の何処かに杖を忘れけり
から/\と欠け風鈴や秋の風
杉本寺まつくらがりの秋の風
秋風のユーカリ大樹吹きしぼり
外の面より煙這入り来秋の風
盆の月消えし燈籠にさしゐたり
草庵をめぐる径や月を待つ
雲去れば月の歩みのゆるみつゝ
月光の走れる杖をはこびけり
竹藪の空ゆく月も十四日
藪の空ゆくばかりなり宿の月
夕月のまだかまつかの紅ほのか
ガラス戸に顔押しあてゝ雨月かな
江の島のせばき渚や後の月
島人の墓並びをり十三夜
銀河濃き夜々ひたすらの船路かな
鎌倉の夏も過ぎけり天の川
虫時雨銀河いよ/\撓んだり
小戸の露流れ消ゆるもありにけり
夜の芝生ありけば露や弾き飛ぶ
声高く読本よめり露の宿
秋の山縁広ければ臥して見る
皆ほむる秋の山あり庵の前
滑川
水澄むやはやくも莟む藪椿
十棹とはあらぬ渡しや水の秋
秋水のおのづからなる水輪かな
秋水の藪の中ゆく響かな
秋水に映れる森の昃りけり
清水谷公園
外濠へ落つ公園の秋の水
門前の秋の出水や滑川
干網をくゞり/\て秋の浜
人中に十夜の稚子の遊び居り
老の荷を背負ひて来る十夜かな
カネ講のあらかしましの十夜かな
蝋涙に肩打たれたる十夜かな
灯の数のふえて淋しき十夜かな
ともすれば十夜の稚子の手を合せ
稚子が降らす花を拾ひし十夜かな
鳴子繩引きたしかめて出来にけり
夜学児の暗き頸のくぼみかな
藁塚にはや家々のとざゝれし
道の端大藁塚の乗出せる
秋扇や生れながらに能役者
かまつかのからくれなゐの別蚊屋
山の上の日に貼替し障子かな
貼替へていよ/\古し障子骨
彼の森へこぼるゝ見ゆる渡鳥
渡鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ
藪に立つ欅三本鵙の秋
庭山の手入はかどる鵙日和
明らかに鵯の嘴より落ちしもの
鯊釣や片手に蘆をとらへつゝ
鈴虫は鳴きやすむなり虫時雨
雨音のかむさりにけり虫の宿
窓の灯のありて句をとむ虫の原
蜩や杉本寺のあさゆふべ
木犀に朝の蔀を上げにけり
避暑町の少しさびれぬ花木槿
雨落つる空がまぶしき木槿かな
やはらかにま直ぐな枝の木槿かな
ぢり/\としぼむ芙蓉やむし暑し
柿日和浄明寺さまてく/\と
干柿の蠅またふえぬ上天気
柿吊つて相かはらざる主かな
柿干して日当りのよき家ばかり
村人に倣ひ暮しぬ吊し柿
炉べりより見返ればあり吊し柿
山栗の大木のあるなつかしき
大木の栗の小さきが落ちそめし
石に腰下せば一葉かたはらに
先へ行く紅葉がくれや下山人
やり過ごす紅葉の茶屋の一時雨
宿とりて欄に凭りたる紅葉かな
一時雨濡れし日和や紅葉見に
大木にしてミンナミに片紅葉
薄紅葉せる木立あり歩み入る
濃紅葉に日のかくれゐる美しさ
下りかけて止めたる谷の紅葉かな
木に凭りてみな/\を見る紅葉かな
誰よりも疲れし我や夕紅葉
這ひのぼり失せし日かげや谷紅葉
山の端に庵せりけり薄紅葉
山坂に爪立ち憩ふ紅葉かな
箱根強羅 五句
雲霧の何時も遊べる紅葉かな
雨あとの石あらはなる坂紅葉
山日和すこし崩れぬ紅葉狩
温泉の香のたゞよひゐるや夕紅葉
温泉の流煙れる門の夕紅葉
大塔の宮
そこはかと禰宜の起居や軒紅葉
藤黄葉蔓明らかに見ゆるかな
女郎花やゝ略したる床の間に
閉ぢがちとなりし障子やこぼれ萩
かたはらの榻よりかけてこぼれ萩
萩一枝石に乗りゐてすがれけり
主はや炉をひかへたりこぼれ萩
こぼれ萩受けてあたかも浮葉かな
左右より萩ひざまづく石に腰
前山に雲ゐてかげる庭芒
蘆原に浮める屋根と進む帆と
大いなる暗き帆のゆく蘆の上
蘆の穂の夕風かはるけしきあり
うす黒き蛾おびたゞし葛の花
コスモスの家また浮ぶ雨の中
コスモスや倒れぬはなき花盛り
あふひ夫人訪れたまふ
コスモスの夕やさしくものがたり
萩むらに夕影乗りし鶏頭かな
我去れば鶏頭も去りゆきにけり
鶏頭のほと/\暮れてまだ暮るゝ
鶏頭に飛び来る雨の迅さかな
鶏頭育つ花壇の外の唯の土
鶏頭のおのづからなる立並び
鶏頭の影走りつゝ伸びにけり
鶏頭の夕影並び走るなり
ありふれし鶏頭立てり我の庭
虚子庵即景
刀豆の棚の中にも葉鶏頭
生けてある秋海棠は庭のもの
露草のおがめる如き蕾かな
くき/\と折れ曲りけり螢草
二ひらの花びら立てゝ螢草
菊畑にあまり夜焚火近かりし
鶺鴒の歩き出て来る菊日和
菊よろし紫ならず赤ならず
谷かげに菊の黄色きみ寺かな
人形なき廊下の菊に憩ひけり
菊に羞づ菊を詠ぜし我詩かな
南縁の焦げんばかりの菊日和
菊日和浄明寺さま話好き
孜々として皆いそしめる菊の虻
豆菊の這ひ浮みたる水の上
芭蕉葉の雨音の又かはりけり
肱のせて窓に人ある芭蕉かな
曼珠沙華つゝがなかりし門を出づ
曼珠沙華えたる門をつくろはず
曼珠沙華に鞭れたり夢さむる
野路晴れて我杖に飛ぶ曼珠沙華
暮れてゐるおのれ一人か破蓮
末枯や一番遅れ歩きをり
永福寺跡にて
末枯や掘れば現はる古き池
稀といふ山日和なり濃龍胆
棚瓢片隅なるが大きけれ
烏瓜映る水あり藪の中
粟扱のあまり見られし不興かな


玉の如き小春日和を授かりし
初冬や龍胆の葉の薄紅葉
歳時記に聞きて冬至のはかりごと
我宿のおのづからなる冬至梅
葉牡丹の深紫の寒の内
地の底に在るもろ/\や春を待つ
佳墨得てすり流しけり春を待つ
かへりみる吾が俳諧や年の暮
神垣の内の別墅や年の暮
追ひかけて届く鯛あり大晦日
時雨傘開きたしかめ貸しにけり
小夜時雨してゐたりけり傘を呼ぶ
九品仏
時雨るゝや並びて同じ三つの堂
朴の葉の高く残りて時雨れけり
手違ひの多くて暮るゝ冬の雨
行人や吹雪に消されそれつきり
雪沓をしつかと着けぬ吹雪きをり
ホトヽギス発行所
三つ並ぶ大きな窓や牡丹雪
鶴ヶ岡八幡宮
広前や降り舞ふ雪のおほどかに
あの雲が飛ばす雪かや枯木原
灯に染みし雪垂れてをり深庇
橋のの雪をまとひて灯りけり
侘助の莟の先きに止まる雪
大勢に一人別るゝ霜夜かな
窓開けし人咳きぬ畑の霜
鶏頭のぐわばとひれ伏す霜の土
池上本門寺
輪蔵の後ろに落つる冬日かな
日を追うて歩む月あり冬の空
淡路より眠る紀の山見ゆるかな
水音に暫し沿ひゆく枯野かな
空色の水飛び/\の枯野かな
多摩の水三条にれて涸れゐたり
枯蔓の引ずる水も涸れにけり
木曾人に噴くあたゝかの冬の水
冬浪の日かげりければ帰らばや
冬浜や浪に途切れし轍あと
扇谷香風園にて
冬庭の落込んでゐて離室あり
青笹に冰れる水の岐れけり
門川の冰りたるより音もなし
玉椿落ちて冰れる田水かな
狐火の減る火ばかりとなりにけり
狐火の火を飛び越ゆる火を見たり
塔の上の鐘動き鳴るクリスマス
飾られてクリスマス待つホテルかな
草の戸の開いて洩る灯や鬼やらひ
かい抱く大三宝や年男
顔見世で逢ふまじき妓と出逢ひけり
一日の煤浮みけり潦
煤掃に用なき身なる外出かな
響き来る音まち/\や餅日和
餅搗の水呑みこぼす※(「月+咢」、第3水準1-90-51)アギトかな
杵肩に餅つきにゆく畦伝ひ
第一回俳能会に七八年ぶりにて葛城の仕舞をまふ
舞まうて面なや我も年忘れ
暦売古き言の葉まをしけり
橙に天照る日ある避寒かな
橙の大木にして避寒宿
橙の木の間に佇ちつ避寒人
水洟を貧乏神に見られけり
胼の手に何物も触るゝ事なかれ
胼の手を盗み見られつ話し居り
いと古りし毛布なれども手離さず
百姓の足袋の白さや野辺送り
霜除の日南なつかし歩をとむる
霜除や今日の日うすく並びゐる
代々の船場住居や敷松葉
立てひらく屏風百花の縫ひつぶし
屏風立てゝ結界せばき起居かな
屏風絵の蘆より鴨を追ふところ
炭斗の侍せるが如き屏風かな
屏風絵の鞴祭の絵解など
屏風絵の煤竹売が来るところ
炭おこすとぼしき火種ねもごろに
炭ひいて稍まぎれたる愁かな
炭をひくうしろ静の思かな
炭ひけば寒さに向ふ思かな
枯菊にさし向ひ居り炭をひく
鶏頭を目がけ飛びつく焚火かな
山深く逢ひし焚火や一あたり
とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな
朝々の独り焚火や冬たのし
焚火跡濡れゐる上に散紅葉
三つ池の二つが見ゆる土間焚火
日がな居て取散らしたる炉辺かな
夜遊びや炉辺から炉辺にたちまはり
客を待つ炉火のかげんをいたしけり
鴻乙居にて
炉框の早や傷きし新居かな
飯食オンジキに汚れし炉辺や草の宿
クロガネの甲胄[#「甲胄」はママ]彳てる暖炉かな
ストーブの口ほの赤し幸福に
湯気立ちておのづからなるもつれかな
湯気たてゝ起居忘れし如くなり
干柿をはづしに立ちし火燵かな
老の手のわなゝきかざす火桶かな
父酔うてしきりに叩く火桶かな
竹馬の影近づきし障子かな
見下ろせば来馴れし谷や探梅行
風の中寒肥を撒く小走りに
ふさぎたる窓の外なる干菜かな
寒餅を搗かん/\とおもひつゝ
鶲鳥はなやかならず赤きかな
揚舟のかげにまはれば千鳥たつ
さしのぞく木の間月夜や浮寝鳥
木の間なる人語りゆく浮寝鳥
水鳥の争ひ搏ちし羽音かな
鴨向きをかへてかはしぬ蘆の風
冬蝶の濃き影を見る芝の上
山茶花の散りつゞきたるそこらまで
茶の花のとぼしきまゝに愛でにけり
浄明寺
茶の花の垣たえ/″\に草の中
柊の花もこぼれぬ箒先き
柊の花のともしき深みどり
枇杷咲いて長き留守なる館かな
扇谷香風園にて
かくるゝが如く寮あり冬椿
今日となり明日となりゆく石蕗の花
三度来て水仙咲きぬ瑞泉寺
水仙や古鏡の如く花をかゝぐ
水仙の途絶えて花をつゞけゝり
水仙を活けて鼓をかざりけり
水仙や大きからざる観世音
いたゞきのふつと途切れし冬木かな
赤く見え青くも見ゆる枯木かな
ひろ/″\と桃の枯木の畑あり
紐のごとこんぐらかりし枯木かな
静かなる雲二つ三つ枯木中
枯木中居りたる雲のなくなりし
枯枝の吹き落つ響藪にあり
大仏の後ろ見て住む枯木宿
木々枯れて鴉も居らぬ上野かな
掃かれ来る落葉の柵をはなれけり
打仰ぎ落葉する木にもたれけり
ゆるやかに落葉降る日を愛でにけり
相抱く枯葉二片や落ち来る
磐石をりて磴とす散紅葉
うす青き銀杏落葉も置きそめし
山深し朴の落葉に目※(「奇+攴」、第3水準1-85-9)
朴の葉の落ちて重なる山静
ふは/\と朴の落葉や山日和
朴の葉の大きくぞなり落ち来る
朴の葉のつゝ立ちてすみやかに落つ
杉寒し枯葉しきりに吹き落ちて
葉牡丹に鉢の木をこそ謡ひけれ
桑枯れてあからさまなる住居かな
枯桑の向ふに光る茶の木かな
添へ竹をはなれ傾き菊枯るゝ
いつくしみ育し老の菊枯れぬ
枯菊を焚きて遣りたる想ひかな
白菊の枯るゝがまゝに掃き清む
枯菊の幽にそよぎはじめけり
枯菊にさはれば粉がこぼれけり
枯菊に虹が走りぬ蜘の糸
枯菊と言捨んには情あり
残菊の黄もほと/\に古びたる
枯菊に日こそはなやげまぐれ雪
吹き当てゝこぼるゝ砂や枯芒
鶏頭のカウベを垂れて枯れんとす
影ひいて枯鶏頭の静かな
鶏頭の老いさらぼへる風情かな
枯蘆の水に濯げる男かな
消え/″\の枯蔓の実の真赤かな
枯蔓をはらひ/\て山仕事
枯蔓の蔓先を見るれて無し
青天にたゞよふ蔓の枯れにけり
枯れつゝもそれとしるしや吾亦紅
屋の棟の一八枯れぬはねつるべ
蒲の穂の飛ぶを眺めて憩はゞや
蒲の穂の飛ぶを仰げば昼の月
蒲の穂の行き違ひつゝ飛ぶもあり
蒲の穂の飛び赴いて行方かな
遠き家のまた掛け足しゝ大根かな
葱畑のけはしき月に戻りけり

新年


ひそかなる枯菊に年改る
正月や炬燵の上の朱短冊
木島寿水居にて
玩具など好きな主や午の春
虚子庵にて
返り咲く小米花あり門の春
炭斗に炭も満ちたり宿の春
干柿も其まゝ黒し宿の春
よき炉火と我とのみあり宿の春
虚子庵のいつもの部屋やお元日
正しくも時の歩みやお元日
水仙にかゝる埃も五日かな
初富士に往来の人や富士見町
やう/\に三の鳥居や初詣
鎌倉に馬車あり乗りて初詣
受けて来し七福神や置き並べ
風寒し破魔矢を胸に抱へくる
抱し子に持たせて長き破魔矢かな
餅花やもつれしまゝに静まれる
餅花や捨んとしつゝ美しき
餅花の凍てゝ落つるや少なからず
四阿の輪飾落ちぬ雪の上
虚子庵にて
輪飾を掛けて使はず外厠
鬚はねてハナハダ長し飾海老
年頭虚子庵にて荒木紅々氏の佐世保より来るに会して
はる/″\と慕ひ来りし賀客かな
虚子庵にて
はからずも旭川翁と御慶かな
虚子庵に不参申して寝正月
初暦翁格子の襖かな
白洲ある古き舞台の能始
裃の古びし老や能始
能始たるオモテは弥勒ウチ
註 弥勒は能面作者の名
小人数の親しき中の初句会
土間広し二組羽子をつきにけり
羽子板の判官ハウグワン静色もやう
凧の影走り現る雪の上
玉虫を含めりにけり福寿草
福寿草一鉢置けば座右の春
取散らす几辺なれども福寿草
日の障子太鼓の如し福寿草
正月も古りつゝ福寿草たもつ
盆梅の仕立し枝やうらおもて
盆梅の枝垂れし枝の数へられ

恵那十日句録


八方に山のしかゝる枯野かな
山かこむ枯野の中の山一つ
山間の打傾ける枯野かな
大石の馬をもかくす枯野かな
どん底を木曾川の行く枯野かな
大霧の霽れかゝるより小鳥狩
それ/″\の座布団もつて鳥屋を見に
刈込みし山美しや小鳥網
磐石に乗つかけてあり小鳥小屋
杉葉もてもさと葺いたり小鳥小屋
蓆戸を上げて顔出す鳥屋の主
小鳥小屋飛騨街道も一目なり
四段張にして十間の小鳥網
網の面にかゝり輝く小鳥かな
いて小鳥焼けたり山は晴
小屋の炉に焼けゐる鳥や渡鳥
小鳥狩したるその夜の小句会

囲炉裏火に照り輝くや板屏風
木屏風を引きかこひたる大炉かな
板屏風立てし板間の大炉かな
板屏風どうと据ゑたる炉辺かな
小鳥焼く火も一ツ角に大炉かな
鶸焼くや炉ブチにならぶ皿小鉢
借覧す甲子夜話あり榾の宿
榾の宿群書類聚そなへあり

後の月庭の山より上りけり
庭山の朴の木立や後の月
月高く炉火さかんなれ十三夜
カマチに置く盃や十三夜
静かなる自在の揺れや十三夜

柿の木に籠をくはへて登りけり
柿をもぐ籠を梢にくゝりけり
柿取の棹をあつかふ梢かな
柿の棹梢にわたしありにけり

庭山の茸とらであり我等故
庭山の小谷もありて栗茸クリモタシ
茸多く朴の落葉の夥し

起出でゝ木曾の朝寒ひとしほに
この庭の霧すさまじき紅葉かな
日もすがら落葉を焚きて自愛かな
干柿もおひ/\甘き炬燵かな
三つ落つる筧の音の夜長かな
時雨るゝと著せたまはりし真綿かな
旅先の軽き恙のそば湯かな
やはらかな粟打つてゐる音ばかり
八方に稲架出来てゆく盆地かな
桑畑の枯れゆく里の障子かな
大稲架に突き立てゝある案山子かな
稲架の裾吹き抜く風の夜道かな
提灯のしづかになりぬ稲架のかげ
拱きて稲を負ひくる少女かな
町に入る飛騨街道や小六月
恵那の雪ひとまづ消えし小春かな
苗木塚本哄堂邸滞在
干茸に時雨れぬ日とてなかりけり


 この集に収録した七百五十余句は、大正十三年頃から昭和八年初夏までに作られたものである。ホトヽギス雑詠、各種の句会その他で虚子先生の選を経た、千句余りの中からそれだけ抽出した。
 抽出の態度は、なるべく暢気に、自分の生活の記録になりさうなものは残して置くといふ意を以てした。
 俳句に就ては、私は何事をも語り得ない。唯俳句を作つてゆかう――作るより他に仕方がない、といふ覚悟が決つただけのことである。
 虚子先生に師事し得たこと、更に今後も師事し得るといふことは私の無上の幸福とするところである。この幸福を徒に使ひはたしてはならないと思ふ。
昭和十年十一月二十三日
たかし
(昭和十年十二月刊)





底本:「現代日本文學大系 95 現代句集」筑摩書房
   1973(昭和48)年9月25日初版第1刷発行
   1977(昭和52)年5月20日初版第5刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:鴨川佳一郎
2018年12月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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