本日は関東大震災第六周年の記念日に相当する。わが輩この日に際して最近大不祥事たる共産党事件が震災よりもさらにさらに恐るべきものとなることを思い、その凶悪なる運動の根源をなすところの思想たるマルクス主義について、自分の平素考えているところをごく単簡にのべ、もって今日の記念講演にかえたいと思うのである。
マルクスはエンゲルスとの共著『共産党宣言』にかれらの先輩の共産主義者たるサンシモン、フーリエー、オーウェン等の主義は空想的であったといい、そうしてエンゲルスはその著『反デューリング』中「これ〔
元来わが太陽系は太陽と八つの惑星と無数の小遊星と、並びにたくさんの彗星とから成り立っている。これら天の動く道をその軌道といい、この軌道のうちに焦点というところがあるが、この焦点に太陽があり、その周りに八つの惑星が動いている。太陽に近いものからいうと、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星の八つがある。水星から土星までの五つの星は古い時から人間がその存在を知っておったが、天王星の見つかったのは天明元年すなわち紀元二千四百四十一年のことで、今よりザット百五十年ばかり前のことであるが、当時海王星のある事を誰しも知らなかったのであったから、天王星の運動を星学者が研究したが、当時知れておった太陽系中のおもなるものの引力をすべて勘定に入れて得た天王星の位置は、その実際上の位置と合わなかった。それで太陽系のうちに天王星よりも太陽より隔りたるところに、一つの遊星があって、その引力が天王星に働いているのではあるまいかと星学者間に疑いを抱くものがありはじめたのである。しかしこの問題を解決するのは、非常に困難な問題だ。二物の間の引力は、その間の距離の自乗に反比例し、その質量の積に正比例するから、距離一のところで引力が一なら、距離が二のところでは二の自乗の四に反比例するので、一の四分の一になる。また質量一キログラムの引力が一なら、同所における二キログラムの引力は二となるのであるが、天王星の運動に影響を起す天体が――のち海王星と判った――いかなる距離にあっていくばくの質量を持っているかがまったくわからないから、算用が甚だむつかしい。しかしこの困難な問題を解決することに成功した学者が、しかもほとんど同時に二人あったのである。一人は英国人でアダムスという人であるが、ケムブリッジ在学生中からこの問題を解決する志を立て、大学を卒業したのは天保十四年すなわちわが紀元二千五百三年で、それより二年ののち弘化二年すなわち紀元二千五百五年に解決して、いつのいつかにはこの星すなわちのちの海王星と名づけられた星がどこにあるかということをはっきり算用して、その算用書類をケムブリッジ大学の天文台長チャーリス並びに皇室星学官エーリーの両人に呈出したのが、彼がかぞえ歳で二十七歳の時であった。むかし
しかし少しの行きちがいのため、ケムブリッジの人達が望遠鏡でこの星のあるべき所をさがさなかったのである。翌年に至り、仏国の星学者ルヴェリエーという人が、アダムスの業績をまったく知らずに、同じくのちの海王星を研究し、算用して得た結果はアダムスの得たのとほとんど一致しておった。ルヴェリエーはベルリンのガーレーという人に依頼して、ベルリン天文台の大望遠鏡で
かくのごとく本当の科学は動かすべからざる真理を土台として、厳密な論理で結論を築くのであるから、結論の真理であるのは申すまでもなく、肉眼に見えん星の位置をも定め得るのであって、ある程度まで未来のことを予言し得るというのが科学の特色であるのである。すべての科学が星学のごとく厳密ではないが、大体において星学におけるがごとき性質を帯びているのである。マルクスの徒は自分の主張が科学的であるというているが、その主張の土台となっている基本説ともいうべきものが、動かすべからざる真理であるだろうか。マルクス主義の土台は、唯物史観・階級闘争等であるが、ある程度までは唯物的に歴史を説明することが出来る。たとえばある歴史家は鎌倉幕府の亡びたのは蒙古襲来と、それに引き続き国防に莫大の金を費したので、非常の無理があって人望を失ったのがその原因の一つであるといっているが、これでもって全体を説明することは出来ん。いわんやすべての歴史を唯物的に説明することは出来ん。一例をあぐれば、わが明治維新という史実を、唯物的にはいかにしても説明は出来ない。またマルクスが
してみると信用を得るために科学という仮面をかぶったエンゲルスらの目的は達せられたものであるという人もあるのは、無理もないことである。
ついでであるから共産党のことにつき一言する。この間ある学校で寄宿入舎を許可するのに、簡単な口頭試験をするのが習慣であるが、この間この試験を行った時思想問題につき受験者の感想を聞いた問の答に、自分の考えは左傾でも右傾でもないしら紙だといったということを聞いた。勿論この時左傾というのは共産主義のことをいったのであったのに、答が右の通りである。受験者の考では、問題はきわめて軽微のことで、たとえば今夏は避暑に湘南地方へ行くとか、または房州地方へ行くとかぐらいの問題で、いずれにしても大したことでないから、その場合にきめても差支えがないというくらいに、軽微の問題としているではなかろうかと思われる。しかし共産党問題ぐらい目今重大な問題はない。もし万一かれら逆徒――世の中ではかれらのことを左傾派とか左翼とか言っているが、わが輩はそんなナマヌルイ名でかれらを呼ぶことをいさぎよしとせん、かれらの真相で呼ぶこととして逆徒というのである――をして志を得しむれば、国体は破壊せられ、国家は滅亡することになるのである。勿論われわれ国民が充分力をつくせばかれらに打ち勝つことが出来るが、今のところではわが国民の冷淡なるのは実に残念である。
今の内閣が先だって政治の綱領を声明されたが、その十カ条のうちに、わが国において現今最も大切である共産党事件に関し、これに対する方針につき一言もいっていない。これをちょっと見れば、内閣の諸公も世間なみに共産党事件などは軽く見られているかにも思われるが、済々たる多士のこの内閣が、月なみ的にこの一大事を軽く見られることなどは断じてなかろうと思う。何か深き考えでもあるものでもあるかと思われる。またちょっと聞くともっともなようであるが、実は大いなる誤りであることがある。世の人が目今共産党事件などに関し、思想は思想で取締るがよいとよく申しますが、いま共産主義者は学生なるとしからざるとにかかわらず、ただ単に共産主義を信じているというばかりでなく、同志を