世はさながらに

三好達治




月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして    業平

かなたなる海にむかひて
かしらあげさへづる鳥は

こぞの春この木の枝に
きて啼きし青鵐あをじのとりか

かぐはしきこのくれなゐの
梅の花さけるしたかげ

これやこのこぞの長椅子
古りしままなほくちずして

こぞありしほとりに咲ける
はしきやしたんぽぽの花

宿をでてもの思ひつつ
ゆくりなくわが來しをかべ

あづさゆみ春の日ざしに
こぞの日のこぞのものみな

うつろはでありけるよあな
いにしへのうたのこころを

なかなかにわが身のみかは
おしなべて世はさながらに

さながらに
ものの
あはれや





底本:「三好達治全集第一卷」筑摩書房
   1964(昭和39)年10月15日発行
底本の親本:「定本三好達治全詩集」筑摩書房
   1962(昭和37)年3月30日
初出:「婦人公論」
   1940(昭和15)年4月
入力:kompass
校正:杉浦鳥見
2020年9月28日作成
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