「三つの寶」序に代へて

佐藤春夫




他界へのハガキ
 芥川君あくたがはくん
 きみ立派りつぱ書物しよもつ出來上できあがる。きみはこのほんるのをたのしみにしてゐたといふではないか。きみはなぜ、せめては、このほんるまでつてはゐなかつたのだ。さうしてまたなぜ、ここへ君自身きみじしんのペンで序文じよぶんかなかつたのだ。きみ自分じぶんかないばかりに、ぼくにこんなかないことをかれてしまふぢやないか。だが、ぼくだつてこまるのだよ。きみ遺族いぞく小穴君をあなくんなどがそれをもとめるけれど、きみほんかざれるやうなことがぼくけるものか。でもぼくはこのほんのためにたつたひとつだけは手柄てがらをしたよ。それはね、これの校了かうれう校正刷かうせいずりんでゐて誤植ごしよくひと發見はつけんしてなほしていたことだ。もつともその手柄てがらと、こんなことを卷頭くわんとういてきみうつくしいほんをきたなくするつみとでは、差引さしひきにならないかもれない。口惜くやしかつたら不足ふそくひたまへ。それともこの文章ぶんしやうぼく今夜こんやまくらもとへいてくから、これでわるかつたら、どういたがいいか、ひとつそれをぼくをしへてくれたまへ。※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)リヤム・ブレイクの兄弟きやうだい※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)リヤムにたいしてしたやうに。きみはもう我々われわれにはようはないかもれないけれど、ぼくいつぺんきみひたいとおもつてゐる。つてはなしたい。でも、ぼくはうからはさう手輕てがるには――きみがやつたやうにおもつてはきみのところへかけられない。だからきみから一てもらひいとおもふ――ゆめにでもうつつにでも。きみきらひだつたいぬ寢室しんしつにはれないでくから。いぬへばきみは、犬好いぬずきのぼつちやんの名前なまへぼく使つかつたね。それをきみきながら一瞬間しゆんかんきみぼくのことをおもつてくれた記録きろくがあるやうで、ぼくにはそれがへんにうれしい。ハガキだからけふはこれだけ。そのうちきみててもつとながかうよ。
 下界では昭和二年十月十日の夜
佐藤春夫





底本:「三つの寶」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年1月
底本の親本:「三つの寶」改造社
   1928(昭和3)年6月20日発行
※底本における表題「序に代へて」に、底本名を補い、作品名を「「三つの寶」序に代へて」としました。
入力:かな とよみ
校正:友理
2021年3月27日作成
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