『グリム童話集』序

金田鬼一




『グリム童話』は児童の世界の聖典である。『グリム童話』は「久遠くおんの若さ」に生きる人間の心のかてである。『グリム童話集』を移植するのは、わが国民に世界最良書の一つを提供することである。
 グリムの「児童および家庭お伽噺とぎばなし」は、いずれ劣らぬ二人兄弟のドイツの大学者、ヤーコップ・ルードヴィヒ・グリム(一七八五―一八六三年)とウィルヘルム・カール・グリム(一七八六―一八五九年)とが、「ドイツのもの」に対する徹底的の愛着心から、ドイツの民間に口から耳へと生きている古い「おはなし」を、その散逸または変形するにさきだってあまねく集録したもので、筆者は、山村市井しせい老媼ろうおうなどの口からきいたままを、内容はもとより形式においても極めて忠実に書きくだすことを心がけた。もっとも、叙述の曖昧あいまいな点はこれを明快な描写となし、資料が断片的な場合は不完全な類話を巧みに按配あんばいして無縫の天衣を織りだしたのではあるが、総じて提供せられた材料には、それが純ドイツのものであるかぎりは、すこしの手加減も加えないことを原則とした。かくしてできあがったものは、グリム兄弟両人の該博がいはくなドイツ古代学の知識と、特に筆録を受けもった弟ウィルヘルムの、素朴な筆致をそなえて、しかも一言一句むだのない名文とによって、世界における最もおもしろい本の一つであり、同時に、民俗学研究の先駆として学術的にもすこぶる貴重な文献となった。
『グリム童話集』が始めて出版せられたのは、わが国の文化九年、すなわち西暦一八一二年(第一巻)および一八一五年(第二巻)で、話の数は一五五篇に過ぎなかった。ここには、その後の決定版をさらに増補して、計二四八篇を移植する。
 かのムゼーウスを鼻祖とする「おはなし」の型(制作童話)は、題材を口碑こうひにかりて作者自ら空想をほしいままにするもので、筆者自身がいわば口碑伝説の創造者ともなり得るところから、時に教訓、時に諷刺を目的とするような「おはなし」が生まれることもあるが、グリムにあっては筆者の作為はごうも加わっておらぬ。ところで、ここに「おはなし」と称するものは、ドイツ語の「メールヒェン」を指すのであるが、訳者はこの同じメールヒェンなる語を、本書の標題におけるごとく「童話」とも翻訳し、あるいはまた本序文のはじめにかかげた原著の逐語訳標題にみるごとく、これに「おとぎばなし」という訳語をもあてている。これについては、一言説明しておく必要がある。
 元来「メールヒェン」というのは、「詩人の空想で作りだされた物語、ことに魔ものの世界の物語であって、現実生活の諸条件に拘束せられない驚異的な事件を語り、人は老若貴賤の別なく、それが信用のできない話とは知りつつも、おもしろがって聴くもの」であって、他の国語にはこれに該当する成語がなく、学術語としては各国ともこのドイツ原語をそのまま採用しているのであるが、「メールヒェン」を語原的に検討してみると、「かがやく」「知れわたりたる」という意味の形容詞から、「著名」→「うわさ」→「うわさの知らせ」という意味の名詞が転生し、それが、「口誦こうしょう・口演・ものがたり」となり、次に、「おおむね空想の産物たる作り話で、参会の人たちの娯楽のために語られる短い物語」というくらいの内容をもった「小噺こばなし」なる成語にたどりついたのであり、いわば、輝くものはおのずから評判になって知れわたり、ひとびとの間にうわさの種をまいて、口から口へと次々に語りつたえられるうちに、なんらかの点でぐあいのわるいところは自然に淘汰とうたせられて、ほぼ一定の型をるにいたった「おはなし」ということになるところから、これを日本語で簡単に「おはなし」と名づけたのであり、また、こういうおはなしは、古今を通じ東西にわたって、ある人〔個人または集団〕(王侯貴人、富豪、一般庶民すなわち牧者・農民・兵士・水夫・漁夫およびその他あらゆる階級職業のもの、老若男女)が、あるいは娯楽・ひまつぶしのために、あるいは夜間睡魔をふせぐためか、または心地よく華胥かしょの国に遊ぶために、すなわちこれをわが国の言葉でいえば、「おとぎ」のために語られるのであるから、これを日本語で「おとぎばなし」ととなえてもさしつかえないと思う。
 念のために以上を要約すれば、ドイツ語の「メールヒェン」は日本語の「おとぎばなし」にあたるというわけなのであるが、このおとぎばなしなるものは、戦国時代以降の御伽衆おとぎしゅうはなし(桑田忠親著『大名と御伽衆』参照)に似かよった性格のもので、もとより成人おとな相手の咄であり、「キンデル・メールヒェン」となって始めて子ども向きのお伽噺とぎばなしとなり、内容も自然に変ってくる。これが今日わが国で一般に「童話」といわれるもので、また、メールヒェンという語も、今日ではこの意味に慣用せられている。ただし、童話というのはわれわれが新しく造った言葉ではない。
 山東京伝さんとうきょうでん(西暦一七六一―一八一六年)は、『異制庭訓いせいていきん』にある「祖父祖母之物語じじばばのものがたり」(「むかしむかしぢぢとばばとありけり」というきまり文句ではじまる話)をわらべの昔ばなしととなえ、つづめて「童話」としるし、これを、ドウワまたはムカシバナシとませている。童話という成語を造ったのはおそらく京伝で、その時代は今昭和十三年からおよそ百五、六十年ぐらい以前、天明の末か寛政の初め頃に書いた彼の『童話考』に始めて用いたのではないかと思われるのだが、この書物は刊行せられたものかどうか、見たことがないので、私には断言しかねる。(ちなみに曰く、馬琴は童話をワラベモノガタリとませている。次に、『異制庭訓往来』については、京伝は、文化十年から起算しておよそ五百年前に虎関和尚すなわち師練国師の作った書と主張している。また、京伝のなくなったのは、上記『グリム童話』第二巻があらわれた翌歳よくとし文化十三年である)。
 グリムは、正確にいえば、児童用おとぎばなし(キンデル・メールヒェン)と家庭向きおとぎばなし(ハウス・メールヒェン)との合体したもので、京伝のいわゆるムカシバナシではあるが、馬琴のワラベモノガタリではない。しかし、グリムのいう「ハウス・メールヒェン」とは、その話の「素朴なる詩味は人としてこれを喜ばせざるなく、その真実はなんぴとをもおしえざるなきものなるがゆえに、また、そは永く家庭にとどまりて次々に伝わるものなるがゆえに」かく名づけたもので、この書物は全体として単に児童だけではなく、若々しい心をもつ成人の読物にもしたいというのがグリムの念願であり、また、訳者は、童話とは児童のプシューヒェすなわち童心ともいうべきものを作者とする作り話であると信じているがゆえに、この訳本の標題は、「児童および家庭お伽噺」という長い名称を用いず、簡単に『グリム童話集』としておく。この名称はグリムの真意に添わないものではない。
 抜萃ばっすいでなく再話でもないこの全訳『グリム童話集』は、そのまま児童の教育読本ではないかもしれないが、グリム自身の言葉をかりれば、「将来繁栄の可能性を有するものはすべて自然(生まれたまま)なるものであり」「われわれが教育読本のために求めるのは、背後になんら正しからぬものをかくしておらぬ率直な物語のもつまことのうちにる清浄無垢である」。鳥が空にむごとく、魚が地球をめぐる水の中に呼吸するごとく、花が大地に根をおろしているごとく、人間の児童は真理の国に生活する。しかるに、意識せずして真理の国に住むこの児童がおのずからにして大自然の教え子であることを思わず、人間一切の教訓は大自然そのものから来ることを忘れて、成人が、自己の意識的ならびに無意識的の越権から生ずる悪魔的ともいうべき好意によって、刻々に児童の純真な心をそこないつつあるのは、まことに情ない現象と言わざるをえない。われわれ人間は、はかり知るべからざる混沌こんとんのうちに渾然たる大調和の存する大自然の前に、破壊の威力と建設の威力とを併せ有する大自然の前に、心をむなしくして跪坐きざしなければならぬ。大自然そのもののうちにこそ、道徳の源泉はある。その川の流れをいたるところに見張るのが人間の役目ではないか。されば、聖賢のみを道徳の一手販売人と考え、英雄だけが崇拝の対象となるかのように思う者は気の毒な人である。われわれは、凡愚の存在、いわゆる悪人の存在をも善用活用しなければならぬ、禽獣きんじゅう魚介木石の生活をも蔑視してはならぬ、これらのものが各自それぞれの生活をいとなむありさまを仔細しさいに観察するのは、無垢むくの魂の発展の方向を決定するに裨益ひえきすること少なからぬものがあると信じる。人間らしい人間は、おそらく、かくのごとくにしてできあがるのであろう。
 こういう意味において、『グリム童話集』は大自然の縮図である。これ、『グリム童話』が児童の世界の聖典と称せられるゆえんである。しかしながら、若いことは児童の専有ではない、「わかわかしさ」は人間の要素である。人間にたっとぶべきは、聖書に「もし汝らひるがえりて幼児おさなごのごとくならずば、天国に入るを得じ」とある、幼児のあの虚心である、児童のもつ純真な心である。精神的に「久遠くおんのわかさ」を保つことによって、人間は人間としての全的活動をいとなむ。児童が「おはなし」を要求するのは、年齢のしからしめるところであるが、児童期を脱した人間は、心の中にひそむ永遠の若さの衝動によって民族童話にあこがれる。真のメールヒェンこそ、あらゆる文学の種類のうちで人間に最も好ましきものであるべきはずである。ここにグリムの全訳を提供するのは、日本の少年少女に偉大な師友をおくるばかりが目的ではない、これによって、訳者は壮年老齢の諸君とも手をたずさえて、中欧に独歩の地位を占めているドイツ国民の揺籃ようらんをのぞくと同時に、世界人類の空想と道徳との源泉を汲むことのできるのをうれしく思う。
 本書はかつて『世界童話大系』の中に収められたものの改訂版であるが、訳者の微力と不注意とから依然として完璧をへだたること遠いのは原著者に対して申しわけのない次第。読者諸氏の鞭撻べんたつによって大成を他日に期したいと思う。

昭和十三年三月 改版に際してしるす
訳者





底本:「完訳 グリム童話集(一)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1979(昭和54)年7月16日改版第1刷発行
   1994(平成6)年10月5日第31刷発行
入力:sogo
校正:noriko saito
2018年10月24日作成
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