青空文庫の提案

青空文庫編




青空文庫の提案


 電子出版という新しい手立てを友として、私たちは〈青空の本〉を作ろうと思います。
 青空の本を集めた、〈青空文庫〉を育てようと考えています。
 青空の本は、読む人にお金や資格を求めません。いつも空にいて、そこであなたの視線を待っています。誰も拒まない、穏やかでそれでいて豊かな本の数々を、私たちは青空文庫に集めたいと思うのです。
 先人たちが積み上げてきたたくさんの作品のうち、著作権の保護期間を過ぎたものは、自由に複製を作れます。私たち自身が本にして、断りなく配れます。
 一定の年限を過ぎた作品は、心の糧として分かち合えるのです。
 私たちはすでに、自分のコンピューターを持っています。電子本作りのソフトウエアも用意されました。自分の手を動かせば、目の前のマシンで電子本が作れます。できた本はどんどんコピーできる。ネットワークにのせれば、一瞬にどこにでも届きます。
 願いを現実に変える用意は、すでに整いました。
 青空の本となりうるのは、著作権の切れた作品にとどまりません。書き手自身が「金銭的な見返りは求めない」と決めるなら、新しい作品をたった今、開くことも可能です。
 一方で古典の書棚を耕しながら、もう一方で新しい書き手の作品を引き受けることができれば、空にはいつも清々しい風が渡るでしょう。

何からはじめるか


 青空文庫の棚揃えは、二筋から進めようと思います。
 一つ目は、著作権の保護期間を過ぎた作品の電子化です。
 日本の著作権法は、保護期間を作者の死後五十年と定めています。夏目漱石はもちろん、宮沢賢治もすでにこの年限を終えています。1999年1月には、太宰治も対象から外れます。
 これら共有の財産として自由に分かち合えるようになった作品を、出版社の商品を買うことでしか味わえないのは、いかにも不自由です。誰かが一度電子化の作業をにない、後はみんなで自由に読み回すほうが、よほど健全でしょう。
 加えて二つ目に、書き手自身が「対価を求めない」と決めた作品を、募っていきたいと思います。
 いったんは本になりながら、絶版となったもの。さまざまな事情で、書籍になれなかった原稿。それら、紙の世界では恵まれなかった作品にも、「読まれたい」とする書き手の願いはなお、生きているでしょう。
 電子本というもう一つの道を選べば、その思いを蘇らせ、すぐにも形に仕立てることができるのです。
 新しい創作の舞台として、はじめから電子本を選ぶ書き手もいるでしょう。リンクを活用した、電子本ならではの、まったく新しい試みも期待できます。
 書き手自身が開こうと決めるなら、私たちはその作品がより多くの読み手と出合えるよう、後押ししたいと思います。

どんな形でまとめるか


 青空の本は、作品ごとに三種類をそろえようと思います。
 一つはインターネットで広く使われている、HTMLの形式に合わせたもの。
 もう一つは、ボイジャーの開発した電子本の作成ツール、エキスパンドブックを用いたもの。
 加えて電子化したテキストを、できるだけシンプルな形で引き落とせるようにしたいと考えています。
 HTMLはインターネットの基本です。青空文庫を訪ねて下さった方は、この形式のものならすぐに、読み始められるでしょう。ただし、読みやすさという点で、HTMLには不満が残ります。
 一方エキスパンドブックでは、読みやすさと使いやすさが良く考慮されています。
 あらかじめ原稿をデジタル化しておけば、エキスパンドブックはほとんど一瞬のうちに作れます。レイアウトも自由に工夫できて、写真やイラスト、さらには動画まで組み込めます。当初から日本語を頭に置いて作られており、縦組みやルビにも対応しています。読みやすく文字を表示するための工夫も、こらされています。電子出版にはいくつかの試みがありますが、先ず紙と縁を切ると決め、画面で長文を読んでもらおうと腹をくくった割り切りが、この道具に独自の個性と強みを与えています。
 言葉による認識と表現に変わらぬ信頼を置きながら、私たちは、電子出版というもう一つの舞台で青空文庫を育てようと考えました。そう考えるに至ったきっかけを与えてくれたのも、本当のところは、エキスパンドブックでした。
 ただし、一私企業の技術であるエキスパンドブックに全面的に頼り切ることは、賢明な選択とは思えません。今後、さらにすぐれた電子本の環境が生まれてくる可能性があります。
 HTMLにはより長い寿命を期待できるでしょうが、読みやすさへの配慮を欠いたこの形式にも、全面的に依拠することはできません。
 文章をさまざまに活用するうえでは、できる限り手の加わっていない、シンプルな形で受け取りたいと考える人もいるはずです。
 そこで青空文庫には、エキスパンドブック版とHTML版に加え、テキスト版もそろえようと思います。こうしておけば、もし他の基盤に切り替えることになった際も、それまでの成果をたやすく引き継いでいけるでしょう。

青空文庫の存在意義


 言語による著作物をデジタル化し、共有財産として活用しようとする試みは、すでにたくさんの人たちによって進められています。
 私たちは先駆者でもなければ、孤独なランナーでもありません。先を行く人たちの同意が得られるなら、青空文庫を拡充するために、すでにある成果をどんどん使わせてもらおうと思います。
 ただし、ここで新しく青空文庫をはじめることにも、当然のことながら意味はあると考えています。それは、デジタル化した原稿を、読みやすさを考慮した器におさめた上で、手の届きやすいところに並べておくことです。電子化された文章は、画面で読むに足る姿形を与えられてはじめて、誰もが共有できる財産になる。皆がためらいなしに読みはじめ、その恵みに浴することができるようになるでしょう。
 加えて、各所に散在している電子本という実りに、素早く、確実にたどりつけるよう道しるべを用意することにも、意味があるはずです。

あなたにお願いしたいこと


 青空文庫は、http://www.aozora.gr.jp であなたを待っています。まずここで、青空の本を読んでみてもらえませんか。何か不都合な点、加えた方がよいと思われる要素などあったら意見を聞かせて下さい。
 すでに古典の電子化に取り組んでこられた方には、デジタル化済のテキストを使わせて下さるよう、お願いいたします。私たちからも連絡を取りますが、どうぞあなたからも声をかけて下さい。
 これから作業を進めていこうと考えている私たちは、文字の形の差をどうとらえるか、コード化されていない漢字をどう取り扱うかといったいくつかの点で、すぐにとまどうはずです。そんな時、どのように対処していったらよいかに関しても、導きを与えていただければ幸いです。
 この提案をここまで読んで下さったあなたには、きっと心に残る本が何冊かあるはずです。胸の奥で、書名と著者名を思い起こして下さい。もしも具体的な作品が浮かぶなら、それを青空の本に仕立ててみませんか?
 自分の手で青空に本を開こうと気持ちが固まったら、青空工作員マニュアルを読んでみて下さい。
 工作員マニュアルには、作品の電子化に取り組む際、どんな点に注意し、どんなふうに作業を進めたらよいかをまとめました。「著作権の保護期間を終えた作家名一覧」や、作品がすでに電子化されていないか、入力に取りかかっている人はいないかを確認するための資料も用意してあります。
 もちろん電子化の作業は、あなた自身が独自に進めて下さっても構いません。けれど青空文庫と連携してもらえれば、繰り返しを避け、力を一つに集めて有効に生かせるでしょう。できるなら、協力しあって作業を進めましょう。
 エキスパンドブックの開発元であるボイジャーは、この道具を使って新しい本作りを進める人たちを、横丁作家と名付けています。横丁作家の皆さんは、電子出版にいろいろな思いを託しておられるでしょう。金銭的な見返りを得て、出版と流通の新しい、より合理的な仕組みをデジタルの世界で確立することも念頭にあるはずです。そうした試みは、私たち自身も、別の場所で進めています。
 ただしそのもう一方で、無料で読める青空の本にもやはり、捨てがたい魅力を感じます。あなたが電子出版にかけるさまざまな思いと折り合いをつけて、青空の本にできる作品はないでしょうか?
 私たち自身も探します。見つかれば開きます。あなたも探してみてもらえませんか。
 作品を紙の本に仕立てることに困難を感じている皆さん。私たちは、ここでこんなことをはじめています。金銭的な見返りとは無縁ですが、青空はあなたの本を拒みません。
 青空文庫を育てるための提案を私たちは info@aozora.gr.jp でお待ちしています。

1997年7月7日

青空文庫設立呼びかけ人

富田倫生
野口英司
浜野 智
八巻美恵
らんむろ・さてぃ
LUNA CAT





初出:「青空文庫」
   1997(平成9)年7月7日
入力:青空文庫
校正:青空文庫
※テキストを整える際、以下の書籍を参考にしました。
「青空文庫へようこそ インターネット公共図書館の試み」HONCO双書、トランスアート、1999(平成11)年11月11日初版
2013年11月9日作成
青空文庫収録ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)に収録されています。

Creative Commons License
この作品は、クリエイティブ・コモンズ「表示 2.1 日本」でライセンスされています。利用条件は、http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/ を参照してください。




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