堺へ帰らう
河井酔茗
「堺へいなう、堺へいなう」
深夜、安土城の庭から
奥の寝室に聞えてくる声
移し植ゑたばかりの
妙国寺の蘇鉄
毎夜のやうに
言
(
ものい
)
ふ
信長は手討にしなかつた
「あの蘇鉄を
堺へ帰してやれ」
話のついでに――
「晶子さん
あなたは堺へ帰りたいと思ひませんか」
「いいえ
よく出てきたと思ひます」
堺は古い街だ
古い街から
新しい人が生れた
晶子さんは、また
黙つて堺へ帰つてゐる
蘇鉄よ
私も、もう一度
堺へ帰らう
底本:「ふるさと文学館 第三三巻 【大阪
】」ぎょうせい
1995(平成7)年8月15日初版発行
底本の親本:「河井酔茗詩集」角川文庫、角川書店
1953(昭和28)年
初出:「明星」
1949(昭和24)年10月
入力:大久保ゆう
校正:Juki
2016年3月4日作成
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