老境

河井酔茗




吾老いぬれど
仙家に入らず
茶烟軽く
紅塵のうちに住む

柴門さいもんを守るは
吾家の月
竹窓に吹くは
隣家の風

人来れば
迎へて会ふ
人去れば
吾座わがざにもどる

眠り足りて
夢なく
起きて
むことなし

昼には
昼に書くことあり
夜には
夜に語ることあり

世にあづけたる
わが寿いのち
時来らば
世に返さむ

草の生命は
わが生命より短く
樹の年輪は
わが年輪より多し

わが生命の一瞬
心眼明らかに
天人の五衰は
問はず





底本:「ふるさと文学館 第三三巻 【大阪※(ローマ数字2、1-13-22)】」ぎょうせい
   1995(平成7)年8月15日初版発行
底本の親本:「現代日本文学全集 89」筑摩書房
   1975(昭和50)年
初出:「真賢木」金尾文淵堂
   1943(昭和18)年
入力:大久保ゆう
校正:Juki
2016年3月4日作成
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