私の処女出版

小山清




 私の処女出版、と言つてもそれはついこなひだのことである。丁度一年まへに、私は初めて、「落穂拾ひ」といふ貧しい小説集を出した。そして私は分不相応な好意を受けた。けれども、好意といふものは、本来さういふものなのであらう。道ばたの雑草に露が降りるやうな。私もまた、これまでに書いたものは、みんな不満である。けれども、愛着といふことは、これはまた別であらう。私は、この本の中にある作品のどれにも、愛着を持つてゐる。「わが師への書」と「聖アンデルセン」は、故太宰治が読んでくれたものである。また「朴歯の下駄」は井伏鱒二氏が「落穂拾ひ」は亀井勝一郎氏が、それぞれ題名をつけて下さつた。そのほかの作品も、みんな、隠れた好意のこもつてゐるものである。また、自分の最初の小説集が、太宰さんと関係の深かつた筑摩書房から出版されたといふことも、私にはうれしいことの一つである。私はこの本に、ついあとがきを書かなかつたが、この文章がその代りみたいになつてしまつた。
(昭和二十九年七月『東京新聞』)





底本:「小山清全集」筑摩書房
   1999(平成11)年11月10日増補新装版第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
   1969(昭和44)年4月30日発行
初出:「東京新聞 夕刊」
   1954(昭和29)年7月7日発行
※初出時の表題は「分不相応な好意」です。
入力:時雨
校正:びーどる
2021年9月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード