おごそかな渇き

山本周五郎




祝宴


「あのおたねの岩屋の泉は」と村長の島田幾造がいった、「千年か、もっとまえかに、弘法大師が錫杖しゃくじょうでもって岩を突いて、水よけといったそうだ、三度も錫杖を突いていったそうだが、水は一滴も湧き出なかった、――そのころこの村は水不足で、両方の村と水争いの絶え間がなかったそうだ、死人もずいぶん出たらしい、そこへ道元どうげん禅師が来て、数珠をひとみしたら、それだけで水が噴きだしたということだ」
 十月七日、この島田村長の屋敷では、男子出生の祝宴が催されていた。宗教の盛んな土地で、真宗しんしゅうの家系と禅宗の家系とは、歴史的に根深い反目と敵意とが続いていた。島田家は代々永平寺の信者であるが、他の多くの家は真言しんごん宗、一向いっこう宗の信徒が圧倒的で、冠婚葬祭には特に、相互の往来や交渉はなく、村長である島田家の祝宴にも、参会者は同じ宗旨の十二、三人しか列席していなかった。――何百年となく続いた屋敷で、太く反った棟柱むなばしらが、天床てんじょうのない屋根裏にがっしり据っているし、ひと抱えもありそうな大黒柱や、食器箪笥たんすや、広い板の間など、年代を磨きこんだ人のちからとで、チョコレート色に光ってみえた。
「村長は口がうめえさ」客の中の竹中啓吉が土地なまりの強い言葉で云った、「だがな、――このうちは隠れキリシタンなんだ、永平寺は世間をごまかすためさ、本当は何百年もまえからキリシタンだったのさ」
「まさか」と相手は声をひそめて云った、「隠れキリシタンなんて、よくは知らねえが、九州かどっかの話じゃあねえのかい」
「日本全国だ」と竹中はめし茶碗で濁酒どぶろくを飲み、味噌漬の山牛蒡ごぼうをぼりぼりみながら云った、「秋田だか青森のどっかだかには、キリストの墓まであるってことだからな、こんなところに隠れキリシタンがいたってふしぎはねえさ」
 ここは福井県大野郡山品村というところで、山ひとつ南へ越すと岐阜県になる。山品村は涸沢かれざわをはさんだ谷合たにあいの村であり、日の出がおそく日没が早い。涸沢の左右にある細長い田畑のほか、両方の山腹に段々畑と棚田があって、南側にある岩屋の泉は冷たいため、棚田へは涸沢の僅かな水を、みあげるよりほかはなかった。
 ひとくちに云えば貧困農村で、副産物の木炭、涸沢にのぼって来る季節の川魚の焼干し、屋根をくための茅葭ちがや、そして僅かなまゆなどで生活を支えてきた。けれども電化製品のために木炭はさっぱり、屋根もスレート葺き、化繊の発達で繭も思わしくなくなるというわけで、村はいま莫大ばくだいな借金を背負っていた。
「あの岩屋の泉は」とまだ村長は云っていた、「いま京都大学で分析してもらっているが、優秀なミネラル・ウオーターだということに間違えはねえらしい、まだはっきり証拠の出るとこまではいっていねえらしいが、これが本当にミネラル・ウオーターだとすると、道元禅師には先見の明があったのだし、おらたちの村もこれで立直れるだ」
 村民ぜんぶが、ふところ手をして食ってゆける、というようなことを、島田村長は云った。
「フランスにルルドってえ岩屋があるだ」と竹中が濁酒をすすりながら云った、「そこにマリアさまが姿をあらわしたってんでな、その季節になると世界じゅうから信者が集まって来るんだとよ、そうしていざりも立つし、腰のえた人間も立つんだとさ、めくら聾者つんぼもみんな治っちまうっていうことだ」
「おめえひどく詳しいんだな」と相手の男は土地訛りで反問した、「そんなことをどこで覚えたんだね」
「詳しくなんかねえさ、そんなことはどこにでもある話だ」と竹中は首を振りながら答えた、「道元禅師の岩屋のことを聞いてっから思いだしたんだ」
「おめえは物識りだからな」
 ミネラル・ウオーターとはどんな物か知らないだろうが、と村長はまだ話し続けていた。本間ほんけんの床の間には、大きな白紙に島田麻太という、新生児の名がってあった。
「あれを見ろよ」と竹中啓吉が云った、「――さっき村長は麻太あさたって披露した、嘘だ、――姉娘は江梨えりといったろう、あれはエリヤだし、こんどの麻太はマタイだ」
「それはなんのことだえ」と相手は訛りの強い土地の言葉で云った、「エリヤとかマタイとか、おらにゃあちんぷんかんぷんだ」
「隠居さんが蒙世もうぜっていう俳号を持ってるが、あれはモーゼのことさ、死んだ女隠居はこのうちへ来てから満里まりと名を変えたそうだが、これは紛れもなくマリアさ」
「やっぱりおらにゃあちんぷんかんぷんだ」と相手は首を振って云った、「エリヤだとかマタイだとかって、いってえそれはなんのこったね」
「みんな聖書に出てくる名めえさ」
「聖書ってなあなんだ」
「毛唐のお経みてえなもんさ」
「なんみょうほうれんげきょうかえ」
「まあそんなもんさ」竹中啓吉はうんざりしたように首を振った、「まあそんなものさ、酒がねえようだぜ」
「なんだかよくわかんねえが」と相手の男が云った、「そうすると、おめえも、そんな毛唐のなんみょうれんぎょうに詳しいとすると、おめえも隠れキリシタンだかえ」
「なんでおれが隠れるんだ」竹中は酔った顔で、あぐらの片膝かたひざを叩いた、「隠れるってのは江戸幕府の目付がやかましかったからで、いまはおめえ、ちょっとした都市へゆけば、どこにだってチャーチの二つや三つはあるじゃねえか」
「おめえに学のあるのはわかってるが、その、チャーチとかなんとかいうのと、隠れキリシタンとはどういう関係があるだかい」
 向うの席から力士のように大きくて、たくましいからだつきの男が立って来、二人の前に坐ると、白髪しらがまじりの頬髭ほおひげきながら、めし茶碗を突きだして、そっちの徳利にあるほうの酒をれ、と云った。
「だめだ」と竹中啓吉が答えた、「これはおれが村長のところへ祝いに持って来たもんだ」
「今夜は村長んとこの祝いだろうが」と男はやり返した、「だとすれば、その酒はおらたち祝い客のもんじゃあねえか」
「それが油屋の親方の悪い癖だ」と竹中と話していた男が云った、「祝いの酒はみんなの持寄りだし、あとでこの家の者が集めてみんなに給仕をするだ、ちゃんとわかってるだくせに」
「そんなこたわかってら、おらが云いてえのは」と油屋の親方は眼をぎろりと動かした、がまがえるが虫を捜すような眼つきだった、「よそ者がもぐり込んで来て、宗旨もよくわからねえのに、こんな上座かみざに坐って大きなつらをされちゃあ、おれみてえな地着きの者にゃあはらがいえねえ、おめえ」と油屋の親方は太い指でまっすぐに竹中啓吉の顔を指さした、「おめえ、いってえ、なんの宗旨だ」
「おれは案内されたんでここへ坐っただけだ」と竹中は答えた、「それから――おれはなに宗でもないし、神や仏を信じたこともない」
「要するにヤソだな」
「どう思おうとおめえの勝手だ、いってえなにが気にいらねえのかえ」
「神も仏も信じねえって」油屋の親方が黄色い大きな歯をきだしてせせら笑った、「いくらアメちゃんに負けたって、人間が人間であることには変りはあんめえが、え、アメちゃんに負けてっからもう十五年も経ってるだ」
「十六年だ」と竹中の相手をしていた男が、右隣りの席の老人に振り向いて云った、「――なあ、とちノ木のじいさま」
 声をかけられた老人は、しわだらけの陽にやけた顔を右手でで、口の中でなにかぶつぶつとつぶやいただけであった。
 村長はまだミネラル・ウオーターのことを話していた。
「十五年か十六年かなんて」と油屋の親方はまたせせら笑った、「こんなおめえ原子時代に、一年や二年のちげえなんてくそくれえだ、なんの宗旨ももってねえなんて、おめえそれでも人間だかえ」
「無宗旨というのも宗旨だと思うな」と竹中啓吉が云った、「おまえさんは禅宗だそうだが、いったい禅宗とはどういうもんだね」
「禅宗は禅宗さ」
「真宗も真宗さ、おんなじ釈迦しゃかの説教から出たのに、この土地ではお互いがかたきどうしのように、いがみあっている、宗旨をもつのがいいなら、そんなことはねえんじゃあねえのかい」
「その濁った酒のほうでいいからな、福」と油屋の親方はめし茶碗を差出した、「一杯ついでくれ」
 竹中の話し相手だった福さんは、待っていたようにびんぼう徳利から酒をついでやった。
「しゃれたようなことを聞いたが」と親方は酒をぐいと飲んでから云った、「おめえはよそ者だからわからねえかしれねえが、宗旨の違えで隣りづきあいもしねえってのはな、大根でえこんが大根であり、人蔘にんじんが人蔘だっていうこった、いいか、大根は大根、人蔘は、それ人蔘だろうが、宗旨の違えもそのとおり、禅宗は禅宗、真宗は真宗よ、おめえはしょっちゅういがみあっているように思ってるらしい、そうかもしれねえが、宗旨の違いがあればこそ、あいつは真宗きちげえの誰それだとか、あれは禅寺によく奉公してる誰それだかってことがわかる、それがおめえ無宗旨だとしたら、どうだえ、まるっきり見分けがつくめえじゃあねえか」
「へえー、そういうものかね」竹中は笑いをこらえながら、酒を啜って頭をさげた、「まいったよ、油屋の親方の云うとおりらしい、おれは宗旨ってえものがねえから、つまるところ村八分ってえわけだな」
「わかりゃあいいんだ、わかりゃあな」と親方はいいきげんでうなずいた、「――神や仏を信じねえ人間なんてのは人間じゃあねえ、そんなやつはその、なんだあ、石っころや焼けぼっくいみてえに、てんからえてえの知れねえもんだ」
 竹中啓吉が冷笑をうかべて、なにか云いかえそうとしたとき、この家の女中がはいって来て、竹中になにか耳うちをした。
「おれの知ったこっちゃあね」と竹中啓吉は云った、「そんなことは駐在に云えばいいって云ってくれ」
 そう云ってから彼は急に振り向き、女中に向かってきき返した、「ゆき倒れだって」そして竹中啓吉はよろめきながら立ちあがった。
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初めに飢があった




「おかしいな、空腹だという感じが少しもなくなった」と松山隆二りゅうじつぶやいた、「腹がへっているような感じはまったくない、ただ眼がちょっとおかしなぐあいだ」
 彼は立停って、かたく眼をつむり、ゆっくりと眼をひらいてまわりを眺めまわした。
「静かなけしきだ、向うと、こっちと、あっちに山が見える」と彼は呟いた、「人間や犬や猫の姿さえ見えない、松林と杉林と、ああ、そのあいだに、あざやかな赤や朱色の紅葉もみじが見える、きれいだなあ」
 しかしなんだかぼやっとしている、と彼は思いながら、あるきだした。まるで夢をみているようだ。
「眼のせいだな」と彼はまた呟いた、「――度の違うめがねを掛けているような気持だ、人間が餓死がしをするときは、こんなふうなことから始まるのだろうか」
 彼はよろめき、半ば以上枯れた草の密生している、堤腰のような斜面にしりもちをついた。
 彼はすぐに立ちあがろうとした。誰かに見られていて、そんなぶざまな恰好を笑われたくないという、漠然とした自尊心のためであったが、立ちあがろうとする努力とは反対に、ずるずるとすべり、ついには仰向けに倒れて、動けなくなった。
「高川の叔父さんもいい人だ、松山船長も、中島漁撈ぎょろう長もいい人だった」と彼は呟いた、「みんないい人ばかりだったな、みんな死んじゃったけれど、いい人たちばかりだった」
 松山隆二は首を振った。すると頭の中でうずが巻き返すような気持になり、意識がすっと遠くなるのを感じた。これで死ぬのかな、と彼は思った。いや、そんな筈はない、まだしたいことがたくさんある、しなければならないこともずいぶんある。けれども、どんなことをしても、これでいいということはないだろう。人間のすることには限度がある、どんなに能力のあるだけを注入しても、それで万全だという状態はないと思う。
「そうだろうか」と彼は呟いた、「――本当にそうだろうか」


 松山隆二の骨ばかりのようにせた、殆んど血のけのない顔。そしてくたびれた背広や、乾いてゆがんだ、ほこりだらけの靴を見たとき、竹中啓吉は、もうこれは助からないな、と思った。
「おめえ」と彼は振り向いて娘に云った、「いつごろこの人をみつけただかえ」
 娘のりつ子はちょっと口ごもった、「あたしが」と十四歳の彼女は云った、「――あたしがかやを背負ってうちへ帰ったのよ、二度もこの人を見たの、眠ってるんだと思ったんだけれど、三度めに見たときも初めと同じまんまで、ちっとも動かないの、それで呼んでみたら返辞もないし、まるでしびとみたいでしょ、だからあたし、村長さんのとこへお父さんを呼びにいったのよ」
 竹中は頷いた、「りつ子は医者へいきな、その提灯ちょうちんを持ってな、おれはいいよ、おれはこの男をうちまで背負ってくから、医者をうちへれて来るんだ、医者のうちはわかってるな」
「村田医院でしょ、知ってるわ」
「犬に気をつけるんだよ、あの犬はばか者でたちが悪いからな」
「あたしには馴れてるのよ」
「早くいっておいで」と竹中啓吉が云った、「気をつけるんだよ」

「ホワットエバー・ゴッズ・メイビイ」と松山隆二はうわごとを云った、「あなたが、どんな神々かは知らないが、もしもぼくが、あなたにとって必要なら、生かしておいて下さい、でも、もしもぼくが必要でなかったら、どうぞ、――思うままに」
「いのちはとりとめるだろう」村田医師は聴診器をしまいながら云った、「いまのは英国のなんとかいう詩人の詩の一句だよ、これはクリスチァンかもしれないな」
「ここへ運んで来る途中も、ここへ寝かせてからも」と竹中啓吉は考えふかげに云った、「云ううわごとはそれっきりでね、――だがクリスチァンじゃあねえな、エホバともしゅとも云わねえんです、ホワットエバー・ゴッズとは多神教でしょう」
「わからないな」村田医師は殆んど肉のない額を横撫でにし、灰色になったまばらな口髭をいじった、「――クリスチァンであろうと、多神教徒であろうと、なにか一つ信仰をもっているということだけでいいんじゃあないのかね」
「それは違うんだがな、クリスト教だけでも宗派は数えきれないほどあるし、宗派と宗派との関係もなまやさしいもんじゃあないんで」
「お父さん」とりつ子が隣りからふすまをあけて呼びかけた、「すいとんが温まったわ、持って来ましょうか」
「ほう」と村田医師が云った、「りつ子も胸がふくらんできたな、おっとっと、うしろを向くとお尻が見えるぞ」
「いやーだ」りつ子は赤くなって片手で胸を、片手でうしろ腰を隠した、「いやなせんせい」
 そして隣りの部屋へ去った。村田医師は笑って、なまぬるくなった茶を啜り、りつ子は幾つになったのか、ときき、竹中の答えを聞くと頷いた。
「いまがいちばんむずかしいときだな」と村田医師は云った、「七つ八つでも子を生むっていう例は、日本ばかりじゃあなく、南洋をべつにした各国に例がある、自分ではそんな意識がちっともないのに、性的な本能というものが勝手にはたらきだすんだな、もちろん人にもよるけれど、十一、十二ぐらいがいちばん危ないんだ、ことに、おふくろさんがいなくて、父親と二人っきりの場合はだ」
 竹中はまじめに考えてから、まじめな眼つきで医師を見た。
「おれは五年めえに女房を亡くした」と彼は云った、「それから都会生活がいやになって、ちょっとした縁でこの土地へ来た、それから少しばかりの畑を作ったり、まきこしらえたり、炭を焼いたりしてきただ、――そうだ」
 竹中啓吉はちょっと考えていた。
「夜具はひと組しかなかったし、寒い晩には抱き合って寝たもんだ、うん」と竹中は慎重に考え考えて云った、「――いま思いだしたことだが、ふと気がつくと、りつのやつが両足でおれのももはさんで、あそこをこすりつけてたことがあった、初めはただねぼけるだけだと思ったが、二度ばかりだろうか、あそこのむっくりしたところを擦りつけられて、慌てて押しやったことがあったっけ」
「それが自然なんだ」と医師が云った、「自分ではなんの気もない、いやらしい気持なんかこれっぽっちもない、ただ、躯がそういうことを求めるんだな、それを押しやったり叱りつけたりすれば、かえって子供にいやらしいという気持をもたせるだけだよ」
「その」と竹中啓吉がきいた、「――そうすると、そのあとはどうなるのかね」
「神のみぞ知る、――というほかはないな」医師はあっさりと云った、「人それぞれだ、生理が始まると急に警戒心が強くなり、潔癖な修道女のように、男なんか見向きもしなくなるのが大部分らしい、ごくまれには、却って異性に対する好奇心が旺盛おうせいになって、そのためにつまらない失敗を重ね、やがては、泥沼の中へ落ち込んでしまう者もある」
 そこへりつ子がすいとんを持ってはいって来た。村田医師は話をやめた。盆にのせた二つのどんぶりからは、食欲をそそるいい匂いの湯気が立ってい、りつ子は盆のまま、二人のあいだにそれを置いた。りつ子は父親に、ねむいからもう寝てもいいかときいた。竹中は丼を取りながら片手を振って、風呂にはいってから寝ろ、と云った。
「うまいな、これはうまい」と云って、医師がまず丼を置いた、「だが、こいつは腹にこたえる」
 丼の中には半分ちかくも、すいとんが残っていた。すると竹中啓吉も、食べ残した丼を盆の上へ戻し、はしを置きながら、口のまわりを押しぬぐった。
「いまの話だがな、村田さん」と竹中は、娘に聞かれるのを恐れるように、声を低くした、「危ないとしごろになりかかっている娘の親として、なにかいい指導法はないものだろうか」
「私にもわからないが、まずないだろうな」と村田医師は云った、「涸沢は大雨が降ると荒れるから三カ村の者が協力して堤防を造った、それが去年の豪雨でひとたまりもなく押し流されちまったし、流れの筋もすっかり変ってしまった」
「おまえさんは話をそらしてる」
 医師はそっと眼をつむり、灰色の髪の薄くなった頭を左右に振った。
「いや」と医師は眼をあけて、すすだらけの天床を見あげながら云った、「人間も同じようなものだと云いたかったのさ、非行少年少女の指導には規準がない、両親の放任主義のためだとか、しつけがきびしすぎたとか、環境のためだとか、社会が悪いからだとか、貧困のためだとか、金に不自由しなかったのがぐれたもとだとかね、――竹中くん、これらの条件を全部削除したらどうなると思うかね」
 竹中啓吉は考えこんだ。
「そこにはもう人間らしい存在はない、人間はよき指導によってよくなるのでも、悪くなるのでもない、それは一人ひとりの欲望によるのだ、と私は思うんだがね」
「それじゃあ」と竹中は口ごもった、「――うっちゃっとけというのかね」
「きみは娘の親だ」
「たった二人っきりの親子さ」
「私は独身だ」と村田医師は云った、「かつては妻も子もあったが、いつか話したとおり、きみのような心配をするまえに、二人とも死んじまった、だから、――いま云った以上のことは、なにも助言をするわけにはいかないんだよ」
 竹中啓吉が云った、「酒を飲むかね」
「神は人間に命を与え、それを奪いたもう」と医師は云った、「そういわれているが、なぜだろう、どうせ召し返す命なら、なぜその命を与えたもうのか、きみはなぜだと思うかね、竹中くん」
「少し飲むほうがいいんじゃないかな」
「なぜだろう」と呟くように云って、村田医師は頭を垂れた、「――このゆき倒れの青年も、同じようなうわごとを云い続けたそうだ、みこころのままにってね、――ちまたには病毒におかされた男女や、精薄児や、ポリオにやられた児童たち、身寄りもなく住む家もなく、飢えている老人たちがうようよしている、これが神の意志だろうか」
「水を差すようだが」竹中はちょっとをおいて、皮肉にならないように注意する口ぶりで反問した、「――先生はさっき、非行少年についての指導に規準がないこと、つまり反対な条件が幾らでもあること、それから、そういう条件がぜんぶなくなったとしたら、そこにはもう人間が存在しないんじゃあないか、というふうにおれは聞いたがね」
「わかったわかった」村田医師は自分の云ったことが恥ずかしくなったかのように、肉の殆んどない、なめしがわのような頬を撫でながらさえぎった、「――これは誰にだって答えられることじゃあなかった、ずっと昔は、てんかんを神の恩寵おんちょうによる病気だとさえ信じられたことがある、そうだな、人間は自分のちからでうちかち難い問題にぶっつかると、つい神に訴えたくなるらしい、――これがあなたの御意志ですかとね、それは自分の無力さや弱さや絶望を、神に転嫁しようとする、人間のこすっからい考えかただ、ロンブロゾーだっけかな、違うかもしれないが、神はみずから助くる者を助くってね、それが本当なんだ」
「自助論なんぞをもちだすようじゃあ、お互いに古い人間だってことだな、先生」
「まったくだ、この原子力時代にな」と云って医師は笑った、「酒を少しもらうとしよう」

「ゆっくりべなさいって」とりつ子が心配そうに云った、「少しずつ、ゆっくりって、お医者さんからよく云いつけられてるのよ」
「ありがとう」と云って松山隆二はさじを置き、右手で眼の前を払った、「ここはどこなの、お嬢さん」
「いやだわ、お嬢さんだなんて」りつ子ははにかんだ、「あたしりつ子っていうの、そして、ここは山品村というところ、お父さんは竹中啓吉っていうのよ、もとは東京にいたんだけれど、五年まえにこっちへ来てしまったの」
 隆二はおまじりの薄粥うすがゆをそっと啜った、「お父さんはここでなにをしているの」
「いろんなこと」りつ子はませた調子で答えた、「萱を刈るとか、ええと、そだや薪束を作るとか、そして、いまは炭焼きをしているわ」
「おっ母さんは」ときいて、隆二は茶碗と匙を置いた。
「いなくなっちゃったの、東京にいるとき、――あたし小さかったからよく知らないけれど、或るとき急にいなくなっちゃって、それっきり帰って来ないし、どこへいったかもわからないの、お父さんがずいぶん捜したんだけれど、どうしてもわからなかったんですって、それから、うちに下宿していた中川さんも引越してしまったわ」
 松山隆二はまた右手で、眼の前を左右に払った。眼の前になにやら、蜘蛛くもの巣のようなものが見えるからであった。それは払っても払っても、すぐにまた見えるので、うるさかった。彼はささやくようにきいた。
「それからこっちへ来たんだね」
 りつ子は頷いた、「そのほかにもいろいろいやなことがあったんですって、東京なんて人間の住むところじゃあないって、何遍も何遍も云ったのを覚えてるわ」
 そして、この下の吉野村にしるべがあり、それを頼って、五年まえに移住して来た、ということであった。当時この小屋は、――りつ子は家とは云わず、はっきり「小屋」と云った、――ながいあいだ住む者もなく、すっかり荒れはてて、畳のない床板のあいだから、竹がにょきにょきと、十幾本かも伸びていたそうであった。
「あたし十日くらいも、泣いてばかりいたわ」りつ子はきれいな歯を見せて恥ずかしそうに頬笑んだ、「だって夜になると狐がなくんですもの」
「きょうだいはりっちゃん一人なの」
「兄さんがいたんですって、でも三つぐらいで死んだって聞いただけで、あたしちっとも覚えていないの」
「ここでは学校にはいっていないの」
 りつ子は頷いた、「中学は吉野村に分校があるのよ、でもここから八キロもあるし、涸沢を渡る舟が、ちょっと雨が降ると停ってしまうでしょ、だからあたし、うちでお父さんに教えてもらってるのよ、お父さんは東京で中学校の先生をしていたから」
 松山隆二はりつ子に聞えないように、ながい溜息ためいきをつき、あぶらじみた薄い夜具の上へ横になった。
「ごちそうさま、済まなかったね」と彼は眼をつむって云った、「少し眠らせてもらうよ」
 りつ子は食器を片づけながら、おじさんはこれからどこへゆくのと、きいた。
「東京さ」と松山隆二は眼をつむったまま、もの憂そうに答えた、「――ゆけるかどうか、わからないがね」


 松山隆二は五日めには起きられるようになった。この家の主人とは、寝ているうちに一度だけ会ったが、殆んど話らしい話はしなかった。竹中啓吉はなにか特殊な用途の炭を焼くのだそうで、ひと晩だけ泊ると、すぐにまた山へ戻っていった。
「独りで留守番をしていて、淋しくもこわくもないの」
「初めはこわかったわ」とりつ子は答えて云った、「でもいまではもう慣れたから平気よ、淋しいことは淋しいけれど」
「そうだろうね」と隆二は頷いた、「お友達はいないの」
「ええ、あたし東京から来たでしょ、ここではよそから来た者は嫌われるの、言葉もよくはわからないし」りつ子は眼をそらしながら云った、「――それで小学校のときはよくからかわれて、泣いて帰ったことがあったわ」
 けれども、それはここばかりではない。東京にいたとき、田舎から転校して来た生徒があると、「いなかっぺえ」といって、やっぱりみんなでからかったり、意地悪をしたりしたものだ。あたしは一度もそんなことはしなかったけれど、とりつ子は云った。ほんとよ、あたしはそんなこと決してしなかったわ、とりつ子はちからをこめて云った。
「そうだろうね」隆二はまた頷いた、「りっちゃんはそんな子じゃあないもの、云わなくったってぼくにはわかるよ」
 そんな小さなとき、人間の心の中にはもう憎悪や敵意が芽生えるのか。こんなに狭い日本の、せせこましい、お互いの鼻のつかえるような国土の中で、言葉や風習の違いがあり、或る県人と或る県人との、ぬきがたい気質の対抗がある。ばかげたはなしだ、と松山隆二は思った。
 ――いや、そうではない、ばかげているだけではない、と彼は思い直した。どんなにばかげたことのようにみえても、それは現にあるのだし、現にあるということは、そこになにかの意味があるにちがいない、憎悪や敵意もそのままではなんの価値もないが、互いに対抗するとき、そこになにかが生れるのではないか。
 サタンがヨブをいためつけたからこそ、ヨブの信仰心がたしかめられたように、と松山隆二は思った。
「どうしたのおじさん」
「え、――ああ」彼はりつ子に微笑してみせた、「なんでもないよ、明日になったら、山の炭焼き場へいってみようかね」
 翌日、彼はりつ子に案内してもらって、山の炭焼き場まで登っていった。笹やぶや灌木林かんぼくばやしをぬけてゆくと、あたりがにわかに明るくなり、枯れたすすきや小松のある、稲妻形になった傾斜の急な、踏みつけ道を登ってゆくあいだ、彼は幾たびも枯草に腰をおろして休んだ。その幾度めかに、五六羽の小鳥が、鳴きながら二人の頭上を飛び去った。口笛の短い擦音さつおんに似た鳴き声であった。
「あれはつぐみよ」りつ子は仰向いて小鳥たちを見送りながら云った、「黒つぐみだったわ」
「どうしてわかるの」
「毎年いまごろになると、お父さんがって喰べさせてくれるの」りつ子はちょっと肩をすくめた、「かすみ網は禁止されてるっていうけれど、この辺ではみんなやってるのよ、あじさしだとかやまがらだとか、ほおじろうぐいすなんかも捕れるわ、でもあたし、つぐみがいちばんおいしいと思うわ」
 夏になるといろいろな鳥が鳴く、つつどりかっこうふくろう、それからなんていう鳥かわからないけれど、「きよきよきよ、きよちゃんたらぴっぴ」って鳴く鳥もいる、などとりつ子は云った。
「本当かい」松山隆二はふきだした、「その、なんとかでぴっぴっていうのは」
「ほんとなの、本当にそう聞えるのよ」
「じゃあ」と彼は云った、「きよっていう名の子がいたら平気じゃあ聞けないだろうね」
「平気どころじゃないわ、小学校のとき同級生に清水きよっていうひとがいたの、痩せていて神経質な、でもずいぶんきれいなひとだったわ、そのひとねえ、――クリスマスのとき、きよしこの夜っていう歌があるでしょ、あの歌をうたっても怒るの」そこでりつ子はくっくと笑った、「――からかわれてると思うのね、だから夏になると、なおさらよ、その鳥の鳴くあいだじゅう、いつも怒ってばかりいたわ」
 ぴっぴではねえと、松山隆二は微笑し、ゆっくりと頭を横に振った。小鳥の鳴き声でさえ、ときにはひとりの人間の、怒りをかきたてることができたのだ。きよきよちゃんたらぴっぴか、彼はもういちど頭を振り、そっと微笑した。
 ――そうだ、ブラウン運動に似ているな。
 斜面を登ってゆきながら、松山隆二は考えた。
 ――ヨブなどをもちだすことはない、水中へ花粉を落すと、水を構成する分子に突き当り、花粉の粒子は不規則な運動を休みなしに続けるという、植物学者ブラウンの発見した現象のほうが、人間社会のありかたを、さらによく暗示しているじゃないか。
 善と悪、是と非、愛と憎しみ、寛容と褊狭へんきょうなど、人間相互の性格や気質の違いが、ぶっつかり合って突きとばしたり、押し戻してまた突き当ったり、休みなしに動いている。こういう現実の休みない動きが、人間を成長させるのだ。水を構成する分子の抵抗があるからこそ、花粉の粒子の運動があるように、無数の抵抗があるからこそ人間も休まずに成長し、社会も進化してゆくのだ。
「あそこよ」とりつ子が上のほうを指さして云った、「あの煙のあがっているところが父さんの小屋よ」


 枯れた細い笹の束で四方を囲い、なにかの木の皮で屋根が葺いてあった。小屋の中央に土を掘った炉があり、床板はなく、地面の上へじかにわらを重ね、その上にむしろが敷いてある。人はその蓆に坐り、寝るときは蓆を掛けるだけであった。――炉には三本のびた鉄棒が組んであって、これも錆びた古鎖でった、平べったい鉄鍋てつなべが掛かってい、鍋の中には直径二十センチほどの、まるくて濃い茶色の、餅のような物が、香ばしい匂いをたてながら焼かれていた。
 竹中啓吉は四十から四十五歳くらいにみえた。陽にやけた肌は黒く、ひき緊った逞しい躯つきで、おもながで意志の強そうな顔に、黒くて太い眉毛が際立っていた。継ぎはぎのある綿入の布子半纒ぬのこはんてんに、色のせた綿入の股引ももひきをはき、よれよれの帯をしめた姿は、現代ばなれがしていて、歴史の中からうかびあがってきた、山男そのままのように思えた。
「そうです、私は東京から逃げだしました」竹中はまの篠竹しのだけで作った、手製の長い箸で、鍋の中の物を動かしながら云った、「――あそこはソドムとゴモラです、人間らしく生きようとする者に、住めるところじゃありません」
 松山隆二が穏やかに云った、「ここは静かでいいですね」
「まだ自然だけは生きていますからね」と竹中は自嘲じちょうするように口を歪めた、「しかし人間となると東京よりひどい、狡猾こうかつ貪欲どんよくで無恥なこと、まして宗教的な偏見の根強さとなると、蒙昧もうまいそのものです、むしろ蒙昧であることにしがみついているようなものです」
「あなたは」と松山隆二がきいた、「――無宗教ですか」
「私は人間を信じます」と答えて竹中はあいまいに頬笑んだ、「いや、正しくいえば信じようとしたんです、そのために努力もしました、もっとも私がそう思っただけかもしれない、努力していると自分で信じただけかもしれないが、結果は失望と裏切りをあじわっただけでした、――どんなに努力しても、ひとりの人間に与えられた力には、限度がありますからね」
げるんじゃありませんか」と松山隆二は鍋を指さした、「焦げ臭いですよ」
「ああ」竹中はいそいで鍋の中の物を裏返した、「もうちょっとだな、これはよく焼かないと胃にもたれるんですよ」
「あなたは」と暫くをおいて隆二がきいた、「りつ子さんもここでお育てになるつもりですか」
 竹中は頭を左右に振った、「いや」と彼は云った、「私たちはブラジルへゆきます、サンパウロのピニアールというところに、福井村の開拓が始まるんでね」
 隆二はちょっと眼をみはった、「――ブラジルへですか」
「外務省の認可がおりるのを待っているわけです、まず百家族が移住する計画で、私の申請は県で許可になっているんですが、向うへいってからの仕事はまだきまっていません」と竹中は云った、「私はながいこと中学校の教師を勤めていたので、農業のかたわら小さな学校というか、塾のようなものでもやってみるつもりです」
 それはなにが目的ですか、日本人だという自覚を持続させようというのですか、と松山隆二は反問したかった。もしも永住するつもりなら、できるだけ早く、ブラジル人の中へとけこまなくてはならないんじゃありませんかと。しかし彼は、口にだしてはなにも云わなかった。
「もういいようだね」竹中は呟きながら、鍋の中の物を二枚の薄い杉のへぎ板へ取り分けた、「さあ、手づかみでやって下さい、ひどい味ですからね、驚いちゃいけませんよ」
 竹中啓吉は鍋をおろし、代りに、へこみだらけの大きな湯沸しを掛けて、炉の火に薪をさし入れた。
「いや、それじゃあだめだ」と竹中が云い、自分のへぎ板から取って教えた、「こういうぐあいに、端から巻いて喰べるんです」
 松山隆二は云われるとおり、熱いそれを吹きさましながら端から巻き、竹中のやりかたを見まねてかじった。それは香ばしくて歯当りはよかったが、喰べると舌にざらざらするのが気になった。うまいですね、と彼は云った。
「うまくはないさ」と竹中が喰べながら云った、「黍餅きびもちといってね、面白いことにもち黍なら粘りがあってうまいんですが、それは嗜好物しこうぶつで都会からの需要も多いし、したがって高価だから、われわれはもとより、作っている者の口にもなかなかはいりません、これはうるち黍で、貧農にも嫌われるまずいものですよ、けれど安価なことと腹もちがいいのと、拵えるのが簡単なので、山仕事にはもってこいです、なにしろひえあわより扱いやすいことは慥かですよ、――まずかったら遠慮なく残して下さい」
 いいえうまいです、と松山隆二は答えた。
 日はれてしまい、小屋の中も暗くなった。燈火用の品はなにもなく、炉の火をそのまま明りにしているようであった。食事が済むとすぐに、かまをみてくると云って、竹中啓吉は出ていった。そのあと、隆二は独りで炉の火を眺めたり、薪をくべたりしながら、故郷の干飯崎かれいざきからここまでの、飢と渇きと、けわしい山越え続きの、苦しい旅を思い返した。福井県南条郡にある干飯崎というその漁師町は、日本海に面していて、松山家は三代まえからその町いちばんの網元であった。沿岸漁船が十五はい、遠洋漁船を五隻持ってい、彼はその家業を継ぐために、東京の水産講習所へ入学した。まもなく第二次世界大戦となり、昭和十九年の冬、学徒動員で徴集されたが、胸部に疾患のあることがわかって、即日、徴集を解かれた。――彼は少年時代から結核で、小学校二年生のとき、右股間淋巴腺こかんりんぱせんの切除手術を受けたことがある。その手術をしたのは金沢であったが、執刀医は「この子は二十歳まで生きられないだろう」と云ったそうである。それはずっとのちに母から聞かされたことだが、武生たけふ市の中学で寮生活をするうち、三年のとき肺結核にかかって帰郷した。北国には肺疾患にやられる者が多い、冬がながく、太陽に恵まれず、海辺で空気が湿りがちなことも原因の一つだろうか。したがって他の地方ほど、肺疾患を恐れるようなことはなかった。――徴集を解かれた彼は、混雑する疎開列車に乗って故郷へ帰った。水産講習所は殆んど閉鎖したかたちで、満足な授業を受けられなかったからだ。隆二は干飯崎の故郷で、暗く波の荒い日本海を渡って来る、大陸のきびしい風と雪を浴びながら、ストイックに自分の心とからだを鍛えた。聖書や仏典を読み、天文、科学、医学書などを読みあさった。
 ――どうせはたちまでは生きられない、と宣告された躯だ、生きているうちに、知ることのできるだけは知っておきたい。
 隆二は全国的な食糧難時代を干飯崎でくらし、却って健康をとり戻した。そして恐ろしい災厄にみまわれたのだ。昭和三十五年、日本海を縦断した台風のため、持ち船は九割まで壊れたり沈んだりし、遠洋漁船もつぎつぎと遭難し、母が乳癌にゅうがんで金沢の病院へはいるとまもなく、父が脳出血で急死した。船を失ったうえに、沈没した漁師の遺族への弔慰金とで、松山家はわずかな山林を含めた土地と家屋敷と、そして網元の権利まで売り払い、すっかり裸になってしまった。
「高川の叔父は反対したが、あれでよかったんだ」と彼は呟いた、「松山家の時代はもう終ったんだから」


 叔父は高川友祐ともすけといい、母の弟で、若いころから松山家の支配人として働いていた。隆二が全財産を投げだすまえ、網元としての松山家を再建しようとして、けんめいに奔走してまわった。濃紺色の海が荒れて白く泡立あわだち、もう大陸からの寒風が吹きだしていた。こまかい粉雪の舞う風に吹かれながら、厚く着ぶくれ、防寒帽をかぶった高川叔父が、むだな奔走に出てゆき、疲れきって帰って来るのを、隆二はいたましいとも思い、愚かしいとも思った。あらゆるものに成長の限度があるように、網元として三代、松山家も命数が尽きたのだ、と彼は信じていた。それは現実からはなれた、一種の宗教的な確信のようであった。
 松山隆二は全財産を投げだし、母の治療費を除いて、全額を難破した漁師や、船員の遺族たちに配分した。むろん満足な額ではなかった。保険金を加えても、――だが遺族たちは不平も云わず、却って松山家の倒産を悲しんでくれた。
 ――親方と子方との、ながい伝習のつながりを断ち切ることがこわいのだ、現実よりも感情的にその日を避けようとしている、それでどうなる。
 漁業のやりかたも大きく変った。網元式の封建的な作業は、大資本の合理的操業に勝てないばかりか、しだいに圧迫され追いやられるという事実が、もうはっきりし始めていた。網元と船子ふなこという情緒的な関係は、大資本の機械的な合理性に踏みつぶされる、それは眼に見えるようだ、と隆二は思った。そして全財産を投げだしたのだ。
「松山船長はいい人だった」と彼は呟いた、「あの人はそのまえにもうN漁業と契約ができていた、そうして、残った漁師みんなを引受けてくれた、N漁業からたっぷり金が出たそうだが、それで悪いうわさも立ったけれど、漁師たちのおちつき先もきまったのだからな、いい人だ、本当はみんなのためにいいことをしてくれた」
 中島才太郎は第二明昭丸の漁撈ぎょろう長だった。まぐろを捕りに印度洋インドようまでゆき、満船になったので帰る途中、突風にやられて船は沈没した。二十三人の乗組員はぜんぶ救助され、ギリシアの貨客船で帰国したが、中島漁撈長だけは帰らなかった。船長の吉沢又吉の話では、土地の人たちに漁法を教えるのだと云ってきかず、セイロン島のどこかに居残った、ということであった。
「満船の鮪を失ったのがよっぽどくやしかったんだろう」と隆二は呟いた、「――二十五年も漁撈長をして、いつもどの船より漁獲高が多かったという、網元への申訳なさもあったろうが、干飯崎きっての漁撈長という二十五年の自尊心のほうが強かったのではないか。息子二人は二そうの沿岸漁船を持っていて、自宅の生計はたらぬながらも賄っている」
「中島漁撈長もいい人だった」と隆二はまた呟いた、「――人間が自尊心のために、家族との恩愛の情を断ち切る、ということは、立派とはいえないかもしれないが、いかにも男らしいじゃないか、――しかし、男らしいとはどういうことだろう」
 枯れた篠竹で編んだ戸口があいて、竹中啓吉がはいって来た。はいって来るなり、持っていた物を脇へ置いて、炉の火へたっぷりと薪をくべた。炉には桑の木の大きな根株がくすぶっているので、薪をくべるとまもなく、炎が立ち始めた。
「済みません、考えごとをしていたので」と隆二は恥ずかしそうに云った、「焚木たきぎを入れるのを忘れていました」
「山道はもうこおり始めていますよ、風邪をひかないで下さい」
 篠竹の束で囲い、藁を敷き詰めた狭い小屋の中は、隙間があるのに、思いのほかあたたかく、むしろ肌が汗ばむくらいであった。炉で炎が立ち、木のはぜる音がこころよく聞えだすと、竹中は持って来た渋紙の包みをあけ、中から二つの炭を取り出した。それは長さ三十センチ、幅十センチほどの物で、ふっくらと、いかにも軽そうにみえた。竹中はその一つ一つを取って、炉の火に向けて長方形の各角度を、ためつすがめつ眺めていた。
「なにか特別な炭を焼いている、というのはその炭ですか」
「そうです、特別というほど大げさな物でもないが」と竹中は持っている炭を裏返しながら云った、「――東京や京都の大学で、化学や医学の実験に使うんだそうです、なにかの濾過ろかや炭素の分解などに使うらしい、よくはわからないが、それで焼きかげんにちょっとくふうがあるんだな、ほおの木がいちばんいいらしい、ぼくは朴の木だけを使ってるんですがね」
「ぼくにはなんにもわかりませんが、そういう意義のある仕事があるのに、どうしてブラジルへなんかいらっしゃるんですか」
 竹中啓吉は炭を渋紙に包みながら、きみはキリスト教の終末観ということを知っているかね、と反問した。
「ええ」と隆二は頷いた、「ただ素読みをしただけですが」
「広島と長崎に原爆が投じられた」と竹中は低い声で云った、「七年まえには、エニウェトックで水素爆弾の実験が成功した、続いてソビエット・ユニオンでも水爆を完成した、きみも知っているだろうが、水爆を二十個も投下すれば、この地球は太陽になって全生物はほろびてしまう、――キリスト教に予告されている終末観、この世界のほろびてしまう時期が刻々と、眼の前に迫っているんだ、きみはそうは思いませんか」
 松山隆二は暫く考えていて、「そういう意味では」と静かに云った、「ブラジルへいっても同じことじゃあないでしょうか、はっきりしたことは云えませんけれど、戦争で死ぬより疾病しっぺいで死ぬ人数のほうが多いそうですし、もしも水素爆弾がぼかぼか落されるようなことになるとしたら、ブラジルへいっても、南極、北極へいっても同じことだと思いますがね」
「おそらくそうだろう、地球そのものが太陽みたようになっちまうというんだから」と竹中も慎重に云った、「けれども、こんなせせっこましい日本より、人間より牛のほうが多いという、広い土地で、死ぬなら死にたいと思うんだ、広い青空と草のあるところでね、そうは思いませんか」
「わかりませんね」と隆二は答えた、「日本がせせっこましいことはわかりますが、水爆が投じられたとすると、広い狭いはないんじゃないか、と思いますがね」
「きみは――」と竹中が反問した、「空襲にあったことがありますか」
「くにが福井県の漁師町ですから」
「というと、どの辺ですか」
敦賀つるが湾から北へ二十キロ近くいった、干飯崎というところです」と隆二は答えた、「漁港としてはかなり大きな町ですけれど」
「そこから出て来た理由はききません、しかし、そこで水爆をあびてもいいと思いますか、いや、その返辞も聞くには及ばない、日本人に限らず、どうせ死ぬなら墳墓の地で、と考える者が大多数のようだからな、――墳墓の地、どうして人間はそういう狭い意識に拘束されるんでしょう、この地球そのものが墳墓じゃあないでしょうか」
「そうだとすれば、ブラジルも日本も同じことだと思いますがね」
「そうだな、ぼくは理屈を云いすぎたようだ」と竹中は苦笑いをした、「正直に云えば、日本にいたくない、ということですよ」
 理由は数えられないほどある。そんなことを云ってみてもしようがない、つきつめたところ、同じ死ぬなら広くて、青空と緑のあるところで死にたいと思う、きみにはそう思えないかね、と竹中啓吉は云った。
「あなたは」と隆二ははっきりと云った、「死ぬことだけを考えていらっしゃるようですが、問題は生きているうちのことじゃあないでしょうか」
「いつも、誰でも云うことだな」竹中は眉をしかめた、「ぼくは東京で空襲にあった、何度も何度も防空壕ぼうくうごうへはいった。狭くて湿っぽくて、暗い防空壕へね、――警戒警報のサイレン、空襲警報のサイレン、敵機頭上と叫びまわる防火班長の声を、ふるえながら壕の中で聞いたものです、――ぼくは」と竹中は声をひそめた、「――敵機が頭上へ来ると、壕の中にはいられなかった、狭くて暗いその防空壕の中にいると、それだけで窒息しそうな気がしたからです、どうせ死ぬなら、そんな小さな穴の中ではなく、広い青空と緑の木樹の見えるところで死にたい、と思いました、これは東京のような土地で、実際に空襲を経験した者でなければわからないかもしれないが」
 四千年まえの楔形文字せっけいもんじ、エジプトの黄金文化から、こんにちの原子力解放までやってきた。宇宙に存在しなかった原子まで作ることができるようになった。なんのためだろう、なんの必要があるのだろう、いったい人類には、なにか目的意識があるのだろうか。それとも無目的に破滅まで押し流されてゆくだけだろうかと、うめくように竹中は云った。
「むずかしいですね」と隆二は首を振りながら答えた、「人間には反省力や自制心がありますから、破滅とわかっているのに、そこへ落ち込むことはないと思いたいですがね」
「きみはキリスト教の終末観ということを知っていますか」
「ええ、おおよそですが」
「原始宗教というものは、案外なくらい起こるべき事実を予言するものです、釈迦も来世に救いを求めた、道教も、老子ろうしの無の哲学も、みんな現実を否定し、いつかは地球も人類も亡びてしまうと予言している、人間はよき社会生活をしようと苦心しながら、却って大きくは滅亡に向かって奔走しているようにしか思えない、きみはこれをどう考えますか」
「わかりません」隆二は考えぶかく答えた、「ただ人間には、自己保存本能がありますからみすみす破滅とわかっているのに」
 竹中は手をあげて遮った、「ではなぜ第一次、第二次の戦争があったんだろう、歴史的にはいつも人間は殺しあって来た、それだけ破壊と殺人が行われて、なにか得るところがあったろうか、慥かに、疾病による死人のほうが、戦争による死者より多いかもしれない、しかし人為的な大量殺人、地球そのものが亡びるとしたら、それを防ぐなにかの知恵がはたらいていていい筈だ、けれども現在の状態ではとうていその可能性はない、――だからぼくは広い青空と、緑の見える野で死を待とうと思うんだ、きみにこの気持がわからないかね」
 この人は逃げようとしている、現実に当面する気力がないだけだ、と松山隆二は思った。広い青空でも緑の野原でもない。そして水素爆弾にも関係はない、簡単にいえば疑心暗鬼にすぎない、ブラジルへいっても、北欧、南洋へいっても、おそらく心の安まることはないだろう、そう思ったけれども、むろん口にだしてはなにも云わなかった。

「きみは東京へゆくんだそうだな」
 蓆を掛けて横になってから、竹中啓吉がきいた。そのつもりです、と隆二は答えた。敷いた寝藁と掛けた蓆と、そして炉の火とで、少し熱いほどあたたかかった。
「あそこはソドムとゴモラだ」と竹中はまじめな口ぶりで云った、「東京は邪淫と悪徳の巣だ、いってみればきみにもわかるだろう、そしてすぐ逃げだすだろうと思うね」
「そうかもしれません、けれども東京には水産講習所時代の知人がいますし、干飯崎のほうは破産して無一物になりましたから」
「干飯崎はきみの故郷ですか」と竹中が問いかけた、「いったいなにがあったんです」
「どこにでもあるつまらないはなしです」
 くににいては、漁師や船員の遺族たちと、いつも顔を合わせなくてはならない、母もながい病院ぐらしのあげく、先月ついに癌で死んだ。これで自分の思うままに生きられる、という解放感にせきたてられるような気持で、故郷を出て来た。それは話してもわかってもらえないだろうし、また人に話すべきことでもないだろう。たとえ東京がソドムとゴモラのように、邪淫と悪徳の世界であるにしても、こんな山の中でも、この人の云うとおり、貪欲や不義不正や、貧困やみだらな肉欲の争いが絶えないとしたら、それがそのまま人間生活というものではないだろうか、清潔で汚れのない世界は空想だけのもので、そういう汚濁の中でこそ、人間は生きることができ、なにかをそうという勇気をもつのではないか。
 ――東西の神話はみな混沌こんとんから始まっている、いまでも混沌の中で人間はうごめき、なにかを為そうとして汗を流す、ソドムとゴモラ、それこそおれの求めるものだ。
 松山隆二はそう思った。しかし、本当にそうだろうか、そういう汚濁の中で、本当に生きる精神力があるだろうか、彼はそっと呻いた。
「どうです」とねむたそうな声で竹中が問いかけた、「いっそのことぼくたちといっしょにブラジルへゆきませんか」
 隆二は答えなかった。
「もう眠っちまったのかな」と竹中は独り言を云って、寝返った、「――若い者は暢気のんきなもんだな」


 強い風が吹いたり、やんだりし、ちらちらと粉雪が舞ったり、急に晴れてあたたかく陽が照ったりした。勾配こうばいの急な、細い坂道をおりてゆきながら、枯れた芒のざわめきや、林の揺れる枝音を聞き、狭い谷間の静かなけしきを見やり見やり、松山隆二は陽が照ってくると眼を細めたり、粉雪が舞いだすと背広のえりをかき合わせたりした。
「あの林の木々は、それぞれうたったり、嘆いたり、訴えたりしている」と彼は呟いた、「一つとして同じ嘆きや唄や悲しみはない、――みんなそれぞれ違った個性をもっている、しかし、それはほかの木には理解されることがない。どんなよろこびも、どんな悲しみの訴えも、すぐ隣りの木にさえわからないだろう、それが何十年も何百年も続くのだ」
 人間は友達や先輩や先生に、訴えたり、唄を聞いてもらったりすることができる。しかしやはり、本当に理解してもらうことができるかどうかは疑問だ。どんなに親しいあいだがらでも、心の底まで理解しあうことはできないだろう。その点では、風にそよぐあの芒や、枯れ木林の木々たちとさして変りはない。「だが人間には本質的に違うところがある」、と彼は呟いた、「――松山家の死んでいった船子たち、祖父や父に海で死なれながら、やはり松山家の船子になり、海で死んだ人たちや、その遺族たちの悲しみや嘆きは、人間だけのものだ、愛も憎しみも、人を信頼することも不信も、これらすべてをひっくるめたものが人間なんだ、不義不正を犯す者も、それをあばき、憎むのも、人間だからできることだ」
 松山隆二は母のことを考えた。腹腔ふくこう中の汎発性はんぱつせい癌で死んだ母は、苦痛も訴えず、呻き声さえもらさなかった。
 ――この病気は苦しいものです、と病院の医師は云った。いつか禅宗の坊さんを扱ったことがあります、五十歳くらいですかな、自分は悟りをひらいているから、病苦や生死に関心はない、そういばっていましたがね、病状が悪化してくると苦しがって、医者をののしり医学を罵り、しまいには助けてくれなどと喚くしまつでした。
 いまは鎮痛剤もあるが、きみのお母さんはそんな注射を欲しがりもせず、あぶら汗をかきながら、看護婦にさえ一度も苦痛を訴えなかった。こんな病人は初めてです、とその医師は云った。
「母は人に心配させたくなかったのだ」と隆二はまた呟いた、「――人に心配させたくない、人によけいな気遣いをさせたくない、これも人間だけがもっている感情だ」
 海で死んだ船子の遺族たちも、不満足な慰藉料いしゃりょうに対しても文句らしいことは云わず、亡くなった良人おっとや息子や父のことを、悲しむ思いで心がいっぱいだったにちがいない。飾らずに云って、人間生活を支えるのは経済力、つまり金であろう、けれども死んだ船子や船員の遺族たちは、僅かな慰藉料などよりも、死んだ家族をいたみ悲しむ気持のほうが、強く深いのだ。
 ――うちの子方の人たちにはびのしようがないね。
 母親は死ぬまえにそう云った。三代も網元をしていて、そのあいだに海で死なせた船子たち、そしてその遺族たちのことが、死ぬまぎわまで頭をはなれなかったのだ。野獣でも親と子の死別には、自分の命を忘れて悲しむという。母の嘆きもそれと同じだろうか、いや違う、親子のつながりではない、顔を見たこともない相手のために、――それが親方と子方という関係にあるとしても、――死ぬまで申訳ないとか、いたましかった、悲しかった、と思い続けるのは人間だけだ。
「あの人たちには詫びのしようがない」と隆二は声にだして呟き、空を見あげた、「――ぼくは忘れません、お母さんのあのときの言葉は忘れませんよ、決して」
 竹中啓吉の娘のりつ子が、細い踏みつけ道の坂を登って来た。粉雪が髪の毛に降りかかり、頬が赤くなっていた。
「せんせい、どうかなすったんですか」
 先生と云われて隆二は戸惑い、「ぼくがどうかしているように見えるの」ときき返した。
「昨日より痩せたようだわ」とりつ子が云った、「いちにちでこんなに変った顔つきを見たのは初めてだわ」
 松山隆二はどきっとした。りつ子の観察には、少女よりもにちかいものを感じたからである。そして、それがすぐりつ子にも反射的に感じられたとみえ、眼つきや身ぶりに、それとわかるほどの羞らいとこびがあらわれた。
「なんでもないよ」彼はできるだけなにげなく、りつ子の肩を叩いて云った、「――お父さんのとこへいくのかい」
 りつ子は首を振った、「ううん、せんせいを迎えに来たのよ」
「どうしてお父さんのとこへいかないの」
「ブラジルってどんなとこかしら」りつ子は眼は伏せながら云った、「あたし、ほんとは、せんせいといっしょに東京へいきたいの、ブラジルなんていやなのよ」
「それじゃあお父さんが可哀そうじゃないか、そう思わないの」
 りつ子はちょっと考えてから答えた、「あたし東京のほうが好きなの、そこにいるお友達といったほうがいいかもしれないけれど、――ねえ、せんせい、日本人は日本で住むのが本当じゃあないでしょうか」
 いまはねと云いかけて、隆二は口をつぐんだ。現在は日本もブラジルもない、欧米も東洋もない、その人の気持で、どこへいってもそこに自分の好ましい生活ができるのではないか、と云いたかったのであるが、そんなことを云っても、十四歳の少女にはわかるまいと思ったからである。そしてまた、女の子はこのとしごろでもう、感情的に親からはなれてゆくのだな、とも思った。
「古くさいことを云うようだが」と彼は吃り吃り云った、「――親子はどこへいっても、いっしょのほうが本当じゃないだろうか」
「そうかしら」りつ子は云った、「せんせいに叱られるかもしれないけれど、――あたし、お父さん嫌いよ」
 本当だろうか、女の子にはファザア・コンプレックスがあって、恋人のできるまえに、または初めての恋人に、しばしば父親のイメージを感じるものだといわれている。父が嫌いだというりつ子の表現は、そのまま受取るべきではなく、その反対の無意識な欲求もあるのではないか。
 ――ばかな、なにを小むずかしく考えるんだ、と彼は首を振った。このとしごろの少女の心は、理由もなく揺れ動いているものだろう。言葉そのものについていちいち解釈をしようとしても、徒労にすぎまい。
「ねえきみ」と彼はやさしく云った、「親は子供を愛するもの、それも親子二人っきりとなればね」
「おじさんは知らないのよ」とりつ子は答えた、「ブラジルへいくのはあたしたち二人じゃないの、お父さんは新らしいおっ母さんと結婚するのよ、あたしその人が大嫌いなの」
 松山隆二は口をつぐんだ。急に重荷を背負いでもしたような、不快な圧迫を感じながら、りつ子といっしょに坂をおりていった。

 明くる日の午後、竹中啓吉が炭を背負って帰って来たとき、竹中の住居には油屋の親方が来て、酒を飲んでいた。松山隆二はまず、油屋の力士のように逞しい躯や、顔つきに吃驚びっくりした。りつ子に教えられて、それが油屋の親方であることがわかった。しかし姓名も職業も不明であり、油屋は持って来た濁酒どぶろくと、なにかわからない野鳥の焼いたのをかじりながら濁酒を湯呑茶碗で飲み、りつ子をしきりにからかった。
 帰って来た竹中啓吉はいやな顔をし、炭を片づけてから、うがいをしたり手や顔を洗ったりしてから、炉端へ来てタバコをふかした。
「おめえ本当にブラジルへゆこうってのかえ」と油屋が云った、「いってえそんなとこへいってなにをするつもりだね」
「できる事ならなんでもやるさ、なにしろ広くて大きい国だからな」
「逃げて帰る者もだいぶあるって聞くがな」と油屋は持っていた湯呑茶碗を差出した、「まあ一杯いこうか」
「日本の国の中でだって」と竹中は酒を啜ってから云った、「――出世する希望をもって東京や大阪へ出てゆくが、失敗して帰って来る者が幾らもいるさ」
「云えばどうでも云えるさ、まあもう一杯」と云って油屋は振り向いた、「りつ子、湯呑をもう一つ持って来てくれ」
「ぼくはもういい」と竹中は酒を干して、茶碗を油屋に返した、「腹がへってるんでね、すぐめしにしたいんだ」
 飢え、飢え、と松山隆二は思った。おれは飢え渇いていた。それをこの少女に救われた。干飯崎での自分の能力範囲外のことだ。それも自分たちは粟、稗、もろこしなどで、かつかつに生きてきた。この住居をも含めて、とうてい人をたすけるような状態ではない。それなのに、おれをここまで背負って来て、少ない米の粥を作り、治るまで看病をしてくれた。なぜだろう、どうしてそんな気持が起こるのだろう、「どこへいったっておんなしこった」と油屋の親方は云っていた、「この山でおめえはむずかしい炭を焼いている。ブラジルへゆこうがアフリカへゆこうが、生活はみんな楽じゃあねえし、危険だって避けようがねえ、どこへいったっておんなしこったよ」
「それじゃあきみは、ここにおちつけって云うのかね」
 油屋は大きく頭を振り、「そんなこたあ云わねえさ」手酌で酒を啜った、「人間のくらしってものは、北海道だって九州だって、世界じゅうのどこだって同じようなもんだ、――島田村長の口まねをすれば、この世の中のあらゆるものごとや出来事はみな、神の意志によるものであり、ついには神の意志によって亡ぼされるもんだという、むろん、おらあ信じちゃあいねえがね」
「きみが信じようと信じまいと、それは神とは少しも関係のないことだ、それから、人間のくらしや苦楽は、世界じゅうどこでだって同じだというのもね」竹中は云い返した、「――きみはイギリスもフランスも、ドイツも知らない、もちろんブラジルのことも知ってはいない、どこにどういう生活があるかも知らないのに、みんな同じことだと平気で云うことができる、きみだけじゃあない、世界じゅうどこにでもいるだろう、つまり現在の状態を変えたくない、という気持から出るものだろうね、物理学の初めに、物体は外から力を加えられない限り、その位置を変えようとしないという」
「いいだ、いいだ、おめえは、東京で中学校の先生をしていたってえからな」油屋は酒を啜りながら片手を振った、「おらあ学問もねえし、物理学なんてものはちんぷんかんだが、人間だって自分の土地を持ち家を持って、そこに何代でもおちつこうってえ考えがあるだろう、物体なんてひちむずかしいことをもちださねえでも、人間さまだって、そこに根を据えてえっていう、本能があるんじゃねえのかい、先生」
 りつ子は炉に掛けた鍋をおろし、味噌汁の鍋を掛けた。松山隆二は炉の片方に坐って、二人の会話を聞きながら、頭の中ではまるで違うことを考えていた。――りつ子は父親を好かないという、それが事実かどうかは、誰にも判断のつかないことだろう、けれども現実には存在することだし、それは人の力ではどうしようもないことだ。とすると、それをつなぐのはなんだろう。人間が人間を嫌い、好き、愛したり憎んだりする「本質」はなんだろう。東西の神話がいずれも混沌から始まっていること、ソドムとゴモラという想定の生れるのは、ここから出ているのではないか。親子のあいだにさえ好悪や嫌厭けんえんがある、まして個性を持った他人どうしに、嫉視しっしや敵対意識や、競争心や排他的な行動のあるのが当然じゃあないだろうか。人間の生きかたにはどんな規矩きくもない、現在あるようにあるのが自然なのだろう。
 ――これも繰返しだ、いつも同じところへ戻ってしまう、ロシア革命も、三十年経ってみれば、やはり権力や階級が生じ、有産者と無産者、貧富の差も出てきたようだ、あの悲惨な大量殺人と破壊によって実現したソビエット・ユニオンは、それによって人間性のなにを、たしかめることができたのだろうか。
 油屋の親方はまだ饒舌しゃべっていた。りつ子はおろした鍋から、中の物を椀へすくい入れた。隆二はそのどろどろした粥のような物を見、それが粟であることを感じた。竹中から聞いた餅粟でなく、うるち粟だということが、すぐに想像できた。りつ子は味噌汁を椀に注いで出したが、汁ばかりで、ほかになにもはいっていないことも認めた。
 ――まるで禅僧か、西欧の修道僧のようだな、と隆二は思った。いっそのこと、ここでくらすことにしようか、竹中さんに特殊な炭の焼きかたを習って、稗や粟の粥を啜り、泉の水を飲み、この静かな山中で一生をすごしてもいいじゃあないか。
 しかしそうすれば、りつ子はどうなる。竹中は本気でブラジルへゆく気らしいし、りつ子はそれを嫌っている。自分がここに住みつくとすれば、りつ子もここにとどまるだろう。馴れない炭焼きをして、こんな少女をかかえて、不自由な生活が自分にできるだろうか。
「先生も一杯どうかね」
 油屋の呼びかける声を聞きながら、隆二は「いや」と頭を振った。いやだめだ、そういうことは不可能だ、自分にはできない。


 松林で風がさわぎ、道の左右で枯草が音荒く揺れそよいでいた。
 仏峠はさして嶮しくはなかった。杉や松やとちノ木の林に囲まれた細い坂道は、土よりも石や岩のほうが多く、靴が滑って幾たびか転んだ。その幾たびめかのとき、彼は転んだまますぐ起きようとせず、坂道に突き出た岩の、眼の前にある一つを見まもった。
「何百年、何千年まえからこうしてあるのだろう、ここに坂道が出来るまえには、おそらくいまとは形も違い、もっと大きかったであろうか」と彼は呟いた、「――坂が出来てから、どれほどの人間が登ったりおりたりしたことだろう、そのうえ風に吹かれ雨に打たれて、いまのこの形になったに相違ない」
 踏み削られ、形を変え、しだいに小さくなってゆく。それがここにあるこの岩の、どうにもならない運命だ。どんなにもがいてもそのわくからぬけ出ることはできない。人間にも同じような運命からぬけ出ることができず、その存在を認められることもなく、働き疲れたうえ、誰にも知られずに死んでゆく者が少なくないだろう。
「この世には、ただ一つのものを除いて、永遠につながるものはなにもない」彼はまた呟いた、「――ただ一つのもの以外には」
 強い風が吹きつけて来、林の木々や枯草がやかましく揺れ騒いだ。風のその強くなり弱くなるのが、自分の呼吸としだいに合ってゆくように、彼は感じた。そればかりではない、心を澄まして聞き入ると、坂道の土の中でも、林の落葉の下でも、同じように呼吸しているのが感じられ、隆二は一種の深い歓喜と、恐怖に似た昂奮におそわれた。それは説明しようのない、本質的な感動であった。
「自然は生きている」と彼は自分がふるえているのにも気づかずに呟いた。「人間は自然を破壊することができるかもしれないが、征服することはできない、プルトニューム239を創りだし、水素爆弾の投げあいで、地球ぜんたいを破滅させることができるだろう、しかしそれは破壊であって征服ではない」
「間違いだ、まるで思い違いだ」彼は表情をひき緊めて、立ちあがりながら云った、「――人間には自然を征服するどころか、破壊することもできやしない、山を崩し、谷を埋め、海や川を改変し、死の灰で地をおおっても、自然の一部に小さな、引っ掻き傷をつくるくらいがせきのやまだ」
 松山隆二は坂を登りながら思った。いちど台風や豪雨や旱魃かんばつがくれば、人間の造りあげたものなどはけしとんでしまう。それは自然の脈動と呼吸だ、人間はその中で生きているのだ、悲しみや絶望、よろこびや貧窮、戦争や和平、悪徳や不義の中にさえ、自然の脈動や呼吸は生きているのだ。
「だがそれだけではない、なにかはかり知れない力が人間を支えている」と彼は呟いた、「どんなに打ちのめされ叩き伏せられても、それであきらめたり投げてしまったりはしない、切れた堤を築き直し、石を一つずつ積み、崩れたがけらし、流された家を再建したりして、逞しく立ち直ってゆく、――これはただ自分の生活を取り戻したいからだろうか、いや、そうは思えない、表面的にはそう見えるが、決してそれだけではない」
 もう峠の頂上に近く、坂道の勾配はゆるくなったが、風が強くなると、こまかな雪がちらちら舞いだした。第一次大戦のとき、これで戦争は終ったといわれた。第二次大戦のあとでも同じことがいわれたし、二回の大戦争による破壊と大量殺人にもかかわらず、廃墟と化した瓦礫がれきの中から、まえよりも堅固で立派な都市が建ち、人間の数もはるかに多くなった、未開発国が開発され、植民地は次つぎに独立した、戦前よりはるかに繁栄し始めているが、片方ではもう幾つかの大国が原子爆弾の強化を進めている、破壊と大量殺人の準備だ。人間の本性にはいろいろの悪があるけれども、同時に悔恨や慈悲、反省や自制心もある。にもかかわらず、破壊と大量殺人が繰返されるのは、人間の意志が、なにか説明することのできない未知のちからに支配されている、と考えるほかはないのではないか。
「あなたがいかなる神々かは知らないが」彼は眼にかかる粉雪を払いながら呟いた、「もしもあなたにとって私が必要なら、私を生かし、私のやりたい事にちからをかして下さい、しかしもしも私が必要でなかったら、どうぞあなたの思うままに」
「お兄さんなにをぶつぶつ云ってんの」
 突然、脇のほうから呼びかけられ、松山隆二は吃驚して振り向いた。古い風呂敷で頭をネッカチーフのように包み、小さなリュックサックを背負い、もんぺに雪沓ゆきぐつをはいている、りつ子であった。
りっちゃん」と彼は口をあいた、「こんなところへ、どうしたの」
「あたし先まわりをして待ってたの、お兄さんといっしょに東京へゆくのよ」
 村にいるときは「おじさん」と呼んだ。いまはお兄さんと云うし、その云いかたには意識的な媚さえ感じられた。
「お父さんが心配しているだろう」
「心配なんかするもんですか」りつ子は云った、「あしたお嫁さんが来るんですもの、そいで、いっしょに二人っきりでブラジルへいくんですもの、あたしのことなんかなんとも思ってやしないわ」そしてまた云った、「きっと厄介者がいなくなって、さばさばしてるにちがいないわ、きっとそうにきまってるわ」
「――こんどのお母さん、そんなに嫌いなの」
「そのことだけはきかないで、口に出すのもいやらしいわ」
「でもね」隆二はなだめるように云った、「ぼくは金もないし、無銭旅行のようなものなんだよ、本当に東京までゆけるかどうかさえわからないんだよ」
「あたし乞食こじきをしたって平気よ」とりつ子は自慢そうに云った、「東京からこっちへ来る途中でも、幾たびか乞食のようなまねをしたことがあるわ、ほんとよ」
 隆二は心臓に痛みを感じた。まだ十歳にもならない少女のころ、父親といっしょとはいえ、乞食のようなまねをしながら、見知らぬ国へ旅をして来たという。干飯崎の死んだ船子の遺族たちの、貧しい、希望のない生活ぶりを見てきて、それがかれらの宿命だ、というように思っていた自分の考えを、いまこの少女のひとことで、刺しつらぬかれるように感じたのであった。
「寝るところがなければ、どこかの藁小屋へもぐり込んで寝なければならないんだよ」
「いままでだって同じようなもんだったもの、あたしやぶの中だって平気だわ」
 りつ子は昂奮しているためか、それとも新らしい世界へ出てゆくという、強い好奇心のためか、健康そうな頬が赤く、眼がきらきらし、どんな困難や抵抗にも屈しない、という気持をその態度ぜんたいで示していた。米穀通帳や移動証明は持って来たのかと、きこうとしたが、そんなものに関心のないことはわかっていたので、隆二は黙っていた。
「そんな恰好で寒くはないのか」
「伴れてって下さるのね」
「お父さんが訴え出れば、ぼくは誘拐罪になるんだよ、きみは未成年だからね」
「あたしが自分でついて来たのに」
「それは証明できないからね」
 りつ子はふーんと、考えぶかそうに頭をかしげた。でもあたしがそうしたくってしたのに、どうして誘拐罪になんかなるの。それが法律というものなんだ、人間の意志とは関係なしに、法文というものが一律に人間の生活を縛っているのだ。それが不条理であっても、一条の法文を変えることもできないのだ、と隆二はわかりやすいように云った。
「それじゃあお兄さんに悪いのね」
「どうしても東京へゆくのか」
「もしお兄さんに悪いのなら、あたし独りでもいくわ」
 じゃあいこうかねと云い、彼はりつ子の雪を払ってやった。頭にかぶった風呂敷や、着物に雪がはり付いていたからであるが、隆二がそれを払ってやろうとしたとき、ほんの一瞬ではあるが、りつ子はぴくっとからだを避けようとした。

 りつ子の防禦ぼうぎょのけはいはほんの一瞬間のことであり、自分では意識しない本能的なものであったが、それを感じたとたん、松山隆二はふいに身ぶるいをした。――これだけは二度と思いだしてはいけない、と自分に誓ったアメリカの潜水艦と、二条の魚雷の航跡と、そして浮上した潜水艦の砲撃をあびたときの恐怖が、烈しく彼の心を緊めつけたのである。――いけない、だめだ、あのことだけは忘れるんだ、と彼は心の中で自分をどなりつけ、強く頭を左右に振った。

 峠を越すと風も弱くなり、雪もやんで、雲のあいだからときどき、あたたかな陽がさした。坂の勾配もゆるくなり、枯木や杉林なども、峠のこちらではかなり明るく、のどかに牛のなく声が聞えたりした。
「あたしおなかがすいちゃったわ」
「ぼくもさ、水のあるところを捜していたんだ」と云って彼は肩のリュックサックを揺りあげながら、左のほうを指さして、あそこがよさそうじゃないかと云った。若い杉林に囲まれた陽だまりの窪地くぼちで、枯草がいかにもあたたかそうであり、すぐ脇に細い流れがきらきらと光っているのが見えた。二人はそこで背負って来た物をおろし、りつ子は頭の風呂敷をとりのけながら、どしんと枯草の上へ腰をおろし、両足をなげだした。――思ったとおりそこはあたたかで、陽に蒸された枯草の匂いが、空気の中にあまく匂っていた。
 松山隆二はリュックサックからすずのカップをはずし、細い流れまでいって、清らかに澄みとおった冷たい水を満たし、こぼさないように用心しながら戻った。そして竹中啓吉に焼いて貰った、もろこし餅の包みをひらき、りつ子と二人のあいだに置いた。
「あら、あたしそれいらないわ」りつ子は背負って来た包みをほどき、中から竹の皮に包んだ物を出して見せた、「これなんだと思って、お兄さん」
「断わっておくけれど、そのお兄さんはやめてくれないか、としからいったっておじさんのほうがいいんだから」
「でもきょうだいのようにしているほうが、人から怪しまれないんじゃないかしら、東京までは遠いんだし、おじさんなんて云えば、却ってへんに疑ぐられると思うわ」とりつ子は云った、「それよりもさ、これなんだかわかって」
 隆二は大きな竹の皮包みを見て首を振った。りつ子はおとなっぽく、自慢そうに微笑しながら、誇らしげに竹の皮包みをひらいた。そこには大きな焼きむすびが三つ、重たげに並んでいた。包みはほかに二つあり、りつ子はその二つのほうへ手を振った。
「これは」と隆二はとがめるように云った、「お米のむすびじゃあないか」
 りつ子は彼のおどろきを待っていたように、また自慢そうに頷いてみせた。隆二は少女の心をはかりかねた。米は彼が飢え死しかけていた数日、おも湯やかゆにして喰べさせてもらっただけだし、回復してからあとは、いつも粟粥かもろこし餅であり、こんど出立するときにも、竹中啓吉が持たせてくれたのは、同じ物であった。
「お父さんが拵えてくれたの」
 りつ子は頭を振った。すると髪の毛が大きく揺れて顔にかかったので、髪の毛を短く切ったことがわかった。父が炭焼きにいったあと、自分で拵えて来たのだ、とりつ子は云った。
「それは悪いよ」と彼は眉をしかめた、「お米はそうたくさんあるわけじゃないだろうし、あとでお父さんが困るじゃないか」
「もうすぐ女の人がうちへ来るの、あたし大事なお米を、そんな人に喰べさせたくなかったのよ」
 隆二はどきっとした。少女の言葉よりも、そう云ったときの口ぶりに、とうてい十四歳という年齢とは思えない憎しみと、するどい嫉妬しっとが感じられたからである。竹中啓吉の再婚する相手がどんな女性か、としが幾つかは知らない。けれども、たとえその女性が三十歳を越し、多くの経験を身につけていたとしても、いまのりつ子のいだいている憎しみと、嫉妬にうちかつことはできないだろう、と彼は思った。――しかしこのままではいけない、ここでなにか助言をしなければならない、と彼は気持をたて直したが、そのとき二人のうしろで、突然どなりだした者があった。
「おめえら、そこでなにをしてるだ」
 なまりが違うので、すぐにはわからなかったが、振り返ってみて、そこにつえを突いて立っている老人をみつけるまでに、およその意味は察しがついた。
「弁当を喰べるところです」
「たったいま出ていけ」老人は隆二にみなまで云わせずに喚いた、「ここはおらの地所だ、よそ者のへえるところじゃあねえ、その水もせきへ戻すだ、ひとしずくだって飲むじゃあねえぞ」
 隆二は水を満たした錫のカップを見、老人の顔を見た。
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川には魚がいた




 あまり広くはないが、白く乾いた大小の石の多い河原で、松山隆二とりつ子は食事をした。彼は焼いたもろこし餅、りつ子は焼きむすびを食べた。
「あのおじいさん、なにをあんなに怒ったの」
「きっと」もろこし餅をみながら隆二は答えた、「きっと虫のいどころでも悪かったんだろうね」
「でもさ、水も飲ましてくれなかったじゃないの、たったいまここを出ていけって」
「あの人は牛を飼ってるんだ」
「ええ、あたし牛のなき声を聞いたわ」
「あれは泉からのき水でね、牛を飼うのに大切な水なんだよ」
「でもさ」りつ子は喰べながら云った、「あんなコップ一杯ぐらいの水まで返せなんて、あれでどれだけの牛が飼えるんでしょ、それにさ、ここはおらの地所だから、よそ者ははいっちゃいけないなんて、そんなことってあっていいのかしら」
 彼は黙って、かちかちになったもろこし餅を噛んでいた。初めて喰べたときには香ばしくってうまかったが、いまではただぼそぼそするだけで、およそ人間の食物とは思えなくなっていた。
「ところによってはね」と彼は答えた、「――海でさえ同じことがあるんだよ」
「海にも地所があるの」
「広いようにみえるけれど、漁場といって、魚の集まるところがあるんだよ」と彼は云った、「そうすると、もともとそこを漁場にしていた漁師の隙を覘って、よその漁師たちが魚を捕りに来るんだ」
「それは魚を盗みに来るんでしょ。あたしたちはただ地面へ坐って、弁当を喰べようとしただけじゃないの、コップ一杯の水をんだだけで、草一本も抜きゃあしないわ」
 老人はそうは思わなかったのだ。人にもよるだろうが、人間の貪欲には限度がない、「自分の土地」という考えは、合理不合理とは無関係に、人間を独占欲で縛りあげる。そこから根拠のない誇りと貪欲が生れるのだ。あの老人はコップ一杯の水を惜しんだのではない、あの空地の枯草を心配したのでもない。ただ、そこが「自分の所有地」であることを誇示したいだけだったのだ、と松山隆二は思った。
「日本は狭いからね」と穏やかに云った、「アメリカのテキサスだったかカリフォルニアだったかは、一州だけで日本の二倍も三倍もあるそうだ、そういう国だと自分の地所だとか、コップ一杯の水なんかは問題ではないだろうね」
「ふうん、だとするとお父さんがブラジルへゆきたくなるのもむりはないわね」
「ブラジルのことは知らないけれど」と彼は噛んでいた物を飲みこんで云った、「アルゼンチンだったかな、人間が二千万、牛がその倍の四千万頭もいるそうだ」
「んーまあ」りつ子は眼をまるくした、「牛のほうが人間の倍もいるの」
「それに比べれば、日本の国がどんなに小さくて、その小さな狭い国に、一億ちかい人間がひしめきあっていること、一メートル四方の地面、コップ一杯の水さえ大切だということがわかるだろう」
「でもさ」りつ子はまた焼きむすびを取りながら云った、「それだから空地や水の少しぐらい分けあうのがほんとじゃない」
「そうだね、それが本当だろうと誰だって思うだろうよ」と彼は云った、「でも実際にはそういかないらしいんだ」
 アメリカの某州の三分の一しかない国土だからこそ、僅か十メートル四方の土地を持ってもそれを誇りにし、そこに生える一本の草も「おれの地所の物だ」といばる。コップ一杯の水は「おれの地所の物」なのだ。りつ子のいうとおり、それで牛が飼えるわけではない。草原で弁当を喰べても、なに一つ減るわけではない。ただあの老人は、そこが自分の「地所」であるということを誇示したいだけだったのだ。もちろん彼はそんなことは口にしなかった。りつ子も興味はないのだろう、焼きむすびを噛みながら、両手をひろげて伸びをした。
「ああ、あったかいわ」とりつ子は云った、「峠ひとつ越しただけでこんなに違うのね」
「いまはね、でもこっちにも雪だって降るんだよ」
「でも涸沢とは風が違うわ」とりつ子は云った、「涸沢の風は針の刺さるようにひりひりするわ、でもこっちの風だって寒いけれど、針が刺さるようじゃないわ、あっ」
 あっと云ってりつ子は川のほうを指さした。
「ほらほら、魚がいるわ」少女は指示した手を動かした、「ほら、あそこにも、あそこにもよ、あれなんの魚かしら」
「よくわからないけれど、たぶんはえかなんかだろうね」
はえっていうのね、知ってるわ」
「土地によってはえともはやとも云うらしい、夏になるまえには腹が赤くなるので、赤っ腹ともいうらしいね」
「どうしておなかが赤くなるの」
 交尾期になるからである、と彼はすぐにはいえなかった。しかしそれはかえって不自然だと思い、そのとおりに説明した。りつ子は少しも恥ずかしがらず、感心したように「ふうん」と云っただけであった。
「それまでは黒いだけなのね」
「そうらしいね、黒いだけではなく、よく見ると点々があるんだけれどね」
「あ、またあそこにいるわ、あそこにも、すばしっこいのね」
「いいね」と彼はいった。
 大小さまざまな石と、透きとおるような水の流れと、その中を活溌に泳ぎまわる魚と、それは自然の活きているあかしそのもののようにみえた。
「ああ、あったかい」りつ子は食いかけのむすびを持ったまま、河原へ仰向けになった、「まるで春のようだわ」
 そのとき半袖のブラウスのわきから、茶色っぽい腋毛が見え、隆二はいそいで眼をそらした。
「風邪をひくぞ」
「だいじょぶよ」とりつ子は云った、「あの峠ひとつ越しただけで、こんなにあったかいのね、ああいい気持」
 せきれいが一羽、ちちと鳴きながら、河原の乾いた石から石へ飛び移っていた。
 ――こんな静かなけしきがいつまで続くんだろう、と松山隆二は思った。

 坂の勾配が急になり、ゆるやかになり、川に沿ったり離れたりしながら、しだいに里のほうへおりていった。枯草のあまやかな匂いや、杉やひのきのさわやかな香りが、空気を濃く染めていた。
「聞くのを忘れていたけれど、東京に知っている人でもいるの」
「うん」りつ子は大きく頷いた、「本所に友達がいるの、紙箱工場で仕事があるんですって」
「だって小学校時代の友達だろう」
「うん、松野志気雄っていうの」
「じゃあ、男の子じゃあないか」
「そうよ、男の子じゃあいけないの」
「いや」彼はまぶしそうに眼をそらした、「そんなことはないさ、もしそんなふうに聞えたらごめんよ」
「男の人ってすぐそんなふうに考えるのね、お父さんもそうだったわ、男の子とちょっと仲よくしてもすぐに怒ったわ」
「それだけきみのことを心配してるんだよ」
「なぜかしら」りつ子は首をかしげた、「どうして男の子と仲よくしちゃあいけないのかしら」
「むずかしいことだね」隆二はゆっくりと云った、「でもそれはもう少し大きくなればわかると思うよ」
「ふうん」とりつ子は首をかしげた、「そんなものかしらね」
 五六人の百姓らしい男たちが、二人を追いぬき、黙って坂道をくだっていった。
「あれ出稼でかせぎにゆく人たちよ」とりつ子がいった、「お百姓だけではくらせないから、大阪とか名古屋あたりへ、冬のあいだだけ稼ぎにゆくんですって」
「百姓ではやってゆけないのか」
「若い人たちは男も女も出てっちゃうでしょ、だから年寄りだの子供だけしか残らないから、田圃たんぼや畑もろくに作れなくなるんですって、それに冬は雪でなんにも出来ないしね」
「それでお父さんはブラジルへゆく気になったんだね」
「どうかしら」少女はつんとした口ぶりで云った、「あたしはそうは思わないわ」
「ほかにわけでもあるの」
 りつ子は暫く黙っていてから、あの女のせいよ、となにかを投げつけるように云った。隆二は、どうして、ときこうとしてやめた。少女十四歳、むずかしいとしごろだ。父親が再婚する、というだけで、相手の女性に本能的な嫉妬を感じているだけだ。ブラジルへゆこうと東京へゆこうと、その感情に変りはないだろう、と思ったからであった。
 坂をおりきった林の中に農家があり、老人夫婦が白菜畑へくわを入れていた。老人はあかだらけのまばらな茫髪に、継ぎはぎだらけの布子ぬのこ股引ももひきをはき、老婆はくの字なりに腰が曲っていた。
「だめだね」老人は隆二の頼みを聞くと、訛りのある言葉で舌ったるく答えた、「――旅の者にはひどいめに幾たびもあってるだでな、この辺じゃあ旅の者を泊めるうちはねえだよ」
「そのな」と老婆が云った、「ここから少しさがると藁小屋があるだよ、へたな蒲団よりよっぽどあったけえもんだ、少し藁臭えけんどな」
 老人はふきげんに、よけいなことをいうな、とでも云いたげにそっぽを向いていた。藁小屋をみつけたときは、もう黄昏たそがれが濃くなり、あたりは紫色のもやが漂っていた。――夕ごはんを作るわと云って、りつ子は川のほうへ出ていった。りつ子は巧みにやった、拳二つほどの大きさの石を三つ並べ、包みの中から平たい鉄の鍋を出して掛け、火を燃しつけてから、もろこしの粉を練り、鍋を油でぬぐってから、もろこしをゆっくりと鍋焼きにした。三つの石は即席の釜戸かまどだったのである。りつ子はほおの木の葉も洗って持って来て、その上へもろこし餅をのせて彼に渡した。
「がまんしてね」と少女は云った、「おしたじがないから塩にしたの、まずいかもしれないけれどしようがないわ」
「有難う」と彼はちょっと頭をさげた、「いまは口にはいるものなら、なんでもいいよ、でも小さいのによくなんでも知ってるね」
「貧乏のおかげよ」
 りつ子は米を出して、また川のほうへ出ていった。彼女はそれからめしを炊き、塩むすびを作って喰べた。
「さっきの魚を捕って来ればよかったわね」とりつ子は云った、「おかずなしじゃあつまんないわ」
「魚もだんだんいなくなるんだよ、お百姓が農薬を使うからだそうだ」
「なぜそんな薬を使うの」
「米や野菜をたくさん作りたいためだろうね」
「そんなにお米や野菜がなければ困るの」
「日本では人間がね、もう一億にもなるんだよ」と彼は溜息をついて云った、「――現にこうして、ぼくはもろこし餅を食べているだろう」
「あたいは」と云いかけ、慌ててりつ子は云い直した、「――あたしそんな物は絶対に喰べないわ」
「飢え死をしてもかい」
 りつ子が「うん」と大きく頷いたとき、頬かぶりをした、肩幅の広い、がっちりした中年の男が近よって来て、そこでなにをしてるだと、とげのある声できいた。隆二が答えると、男は手洟てばなをかんで、そんなところで火をいちゃあなんねえ、と訛りの強い言葉で云った。
「ここあおらの小屋だ」男は噛みつきそうな眼つきで、黄色い大きな歯をき出しながら喚いた、「この頃は浮浪者どもが藁小屋へもぐり込んで来ちゃあ、断わりなしに火を燃しちゃあ小屋ごと焼いちまうだ、――先月も下の太作の小屋、去年はこの上の杉作んところ、――それで一文も払わねえで逃げちまっただ、いますぐに出てってくれ」
 隆二は自分たちはそういう人間ではないこと、決して小屋を焼いたりしないようにすること、また、ほかに寝るようなところのないこと、などを訴えるように云った。
「だめだ」と男はにべもなく首を振った、「すぐに出てってくれ、ふんとうに、この頃のやつらときたらゆだんも隙もなりゃあしねえ、――すぐ出ていかねえと駐在を呼ぶだぞ」
「いきましょ」りつ子は火を踏み消して云った、「こんなところにいたくもないわ」
 隆二は男を憎むよりも、その貪欲と人を疑うその根原にある貧しさ、人間どうしの不信さを感じて、骨までこおるような思いがした。
 ――いや、これが真実ではない、と彼はあるきだしながら思った。よくても悪くても人間が人間であることに変りはない、あの男の性質がどんなであろうと、やはり人間としての嘆きや悲しみはあるに相違ない、彼を憎むよりも、彼のために祈るほうが本当だ。
「ねえお兄さん」とりつ子が云った、「今夜どこで寝るの」


 それから六キロほど坂下の藁小屋で、二人は寝た。仕切り越しに二頭の牛がいて、初めは驚いたのだろう、おちつかなく動きまわっていたが、やがて静かになり、一頭のほうがやさしく、二度ばかり鳴いたと思うと、あとは眠ってしまったのか、なんの物音もしなくなった。
「牛って臭いのね、いやだわ」とりつ子は云った、「ああ寒い、お兄さんのほうへいってもいいでしょ」
 いいよ、と彼は答えた。もぐり込んでいた藁の中で、りつ子は彼のほうへにじり寄った。りつ子は牛の匂いが臭いと云った、藁のあまやかな香りよりも、そばへ来たりつ子の躰臭たいしゅうのほうが、彼には強く感じられた。あるき疲れたので、いつか彼はうとうとと眠ったが、ふと気がつくと、りつ子が抱きついてい、その躰温の高さと、躰臭の強さに激しい欲望をそそられた。そのうちにりつ子は、彼の躯に足をからみつけ、ごく自然に乗りかかってきた。
 ――女の子にはそういう一時期があるんだ、という言葉が思いだされた。竹中啓吉の家で寝ていたとき、医者と啓吉の話が、おぼろげな記憶の中からよみがえってきたのである。
 そういう時期が過ぎると、少女たちは急に潔癖になり、男性に対して強い警戒心をもつようになる、と医者はいっていたようであった。
 自分のほうがよっぽど不純だ。彼はそう思い、静かにりつ子のするままに任せた。

 明くる日。かれらは川に沿ってくだり、野口という村で昼めしを喰べた。河原はもっと狭くなり、水の流れも急になり、しきりに白い泡をあげていた。りつ子はもんぺを脱ぎ、太腿ふとももまであらわにして、川の中へはいり、魚を捕ろうとして、にぎやかに騒いでいた。――少女とは思えないゆたかな太腿も、当人はべつに恥ずかしさも感じないらしく、ゆたかな両腿を水だらけにし、冷たい水をはね返しながら、ついに一尾の大きな魚をつかみあげて、歓声をあげた。
「これなんの魚かしら」りつ子は三十センチあまりの、ぴちぴちはねる魚を持って、川からあがって来た、「――あら、やっぱりそうだわ、これ岩魚いわなよ」
「いまじぶん岩魚がいるのかい」
「岩の下で休んでるの、涸沢でも幾たびか捕ったことがあるわ」
 隆二はりつ子の太腿から、眩しそうに眼をそらした。
「岩魚は夏のものじゃあないのか」
「冬のあいだは休んでるのよ、だから、岩の下をさぐるとつかまえやすいの、その代りいまはせていておいしくはないのよ」
 火をもっと強くしよう、と隆二が云い、りつ子はまた川の中でばしゃばしゃ始めた。そしてたちまち、七尾の魚を掴みあげた。岩魚もありはえ山女やまめもあった。みな九センチ以上の大きさで、河原に投げあげられると、それらは勢いよくはねながら、水苔みずごけの匂いをあたりにふりまくようであった。
 隆二は枯れた木や枝を集めて来、焚火にくべながら――まだ川にはこれほど魚がいるんだ、自然はまだ生きている。
 彼は深い感動にうたれ、殆んど涙ぐましくさえなった。
 このあいだに、りつ子は魚の一尾ずつの頭を石で叩いて殺し、焚火のまわりにある熱くなった石の上へ魚を並べた。魚というものは捕ったらすぐに殺しちまわないと、味がおちてしまうとか、いちばんうまく喰べるには、こうして熱くなった石の上で焼くのがいいのだとか、もし囲炉裏があるなら、竹串に刺してり焼きにするのがいちばんうまいのだとか、おとなびた口ぶりで話し続けながら、焼けてくる魚に塩を振りかけたり、幾たびも裏表を返したりした。
 しみとおるように、すがすがしい山の空気と、高い流れの音を聞きながら、川にまだそんなに魚のいる、という感動にひたっていた。
 ――日本の近海から魚類がいなくなり、インド洋やアフリカや地中海まで漁撈ぎょろうにでかけなければならない。





底本:「山本周五郎全集第十六巻 さぶ・おごそかな渇き」新潮社
   1981(昭和56)年12月25日発行
初出:「朝日新聞日曜版」
   1967(昭和42)年1月8日〜2月26日
※「喰べ」と「食べ」、「原子時代」と「原子力時代」の混在は、底本通りです。
※著者の急逝により中断された著者の最終作品です。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:北川松生
2022年1月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




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