ひやめし物語

山本周五郎





 大四郎は一日のうち少なくとも二度は母の部屋へはいってゆく、「お母さんなにかありませんか」と、云うことはきまっている。云わないで黙っているときもある。ながいあいだの習慣だから母親の椙女すぎじょは、彼がそう云おうと黙っていようと、茶箪笥だんすのほうへ振返って、「上の戸納とだなをあけてごらんなさい、鉢の中にあめがあった筈ですよ」と云う、菓仙の饅頭まんじゅうや笹餅のこともあるし、茶平の羊羹ようかんのこともあるが、たいていは黒い飴玉だ、彼は欲しいだけ皿に取って自分の部屋へ帰り、うまそうにしゃぶりながら古本いじりをやる。
 大四郎は、柴山家の四男坊である。父の又左衛門は数年まえに死に、長兄が襲名して家を継いでいる。次兄の粂之助くめのすけ家禄かろく三百石の内から五十石貰って分家し、三兄の又三郎は中村参六へ養子にはいった。中村は新番組の百九十石で、なかなか羽振りのいい家である。……大四郎は二十六歳になるが、いわゆる部屋住で兄の厄介者だ、思わしい養子の話もないし、次兄が五十石持っていったので家禄を分けて貰うわけにもいかない。縁が無ければ、一生冷飯で終るより仕方がないのである。裕福でない武家の二男以下はみなそうだし、これはなんともいぶせき運命であるが、大四郎はかくべつ苦にしていないようだ。彼に限らずいったい柴山の家族は暢気のんき者ぞろいで、誰も四男坊に就いて積極的に心配するようすがない、「そのうちなんとかなるさ」くらいの、ごく軽い気持でなりゆきに任せていた。
 然し大四郎も、自分のいぶせき運命に気づく時が来た、彼は或る佳人をみそめたのである。名も住居も知らないし、そう美しいというわけでもないが、どうしようもないほど好きになってしまった。……彼は月づきの小遣をめて古本を購うのが道楽だった。百万石の城下でもそのころ古本屋などはない、藩侯がひじょうに学芸を奨励していたため、江戸、大阪、京都などの書肆しょしの出店が五軒ほどある、それらで古書を扱っていたし、古道具屋などでもときに奇覯きこうの書をみつけることが無くはない、臨慶史りんけいしとか歳令要典とか、太平記人物考とか改元記などという史書は、彼の蔵書の中でも珍重に価するものであるが、これらはみな古道具屋のがらくたの中からみつけだしたものだ。買って来る書物はたいていいたんでいる、頁が千切れたり、端がまくれたり、綴糸とじいとがほつれたり表紙が破れたり、題簽だいせんの無いものなども少なくない、それを丹念に直して、好みの装幀をして、新しい題簽をって、さいごに艸雨堂そううどう蔵という自分の蔵書印をすのだが、これがまた云いようもなく楽しい仕事で、かかっているあいだはまったく我を忘れるくらいだった。
 佳人をみそめたのは、その道楽の古本あさりをする途上のことだ。片町通りの古道具店を出て歩きだすとすぐ、香林坊のほうからその人が来た。すれ違うときこちらを見て、ぱちぱちと三つばかり目叩またたきをした、利巧そうな、はっきりした眼つきで、目叩きをした瞬間なにか眸子ひとみがものを云ったようにみえた、彼はどきっとして急ぎ足に通り過ぎた。五日ばかりして、同じ道の上でまた会った、それから三たび、四たびと、たいてい同じ時刻に同じ町筋で会う、……濃い眉毛が緑色にみえるほど色が白い、生え際のはっきりした三角額で、薄手の唇をきゅっとひき緊めている、決して美人ではない、よく云っても十人並というくらいだろう、然し眼だけは際立って美しい、殊にこっちを見て、ぱちぱち目叩きをするときなどは、そこだけ花が咲くように美しくなる。……帯も着物もじみな柄で、いつも若い下女を供につれている、さっさっと裾さばきも鮮やかな足どりで、まっすぐ前を見て歩く、晴れた秋空の下で桔梗ききょうの花を見るような印象だ。
 大四郎が幾ら暢気でも、その人のほうへ傾く自分の感情が、どんな意味をもっているかわからないほど木念仁ではない、そこでその意味に気がつくとすぐ、彼は母のところへ相談にいった。大四郎のこういうすなおさは類が少ない、椙女は継ぎ物をしていた。
「中の戸納をあけてごらんなさい」はいって来た大四郎を見ると、椙女は例のとおり茶箪笥のほうへ振返った。「残り物だけれど、栗饅頭がありますよ」
 栗饅頭はあった。彼は二つ皿に取ったが、出てはゆかずにそこへ坐った。椙女は縫目を爪で緊めながら、「お茶をれましょうか」と云った。彼は饅頭を一つ摘んで、べたものかどうか考える風だったが、そのまま皿へ戻して母の顔を見た。
「お母さん、私も二十六になってしまったんですね」
「そうですよ」椙女も息子を見た、「それがどうかしたんですか」
「ついこないだ気がついたんですが、さもなければまだ気がつかなかったかも知れません、人間なんてうっかりしたものですね」
「人間がではなくあなたがでしょう、でも、……さもなければって、なにか年に気のつくようなことでもおありだったの」
みそめちゃったんですよ」


 椙女は手を止めて彼を見た。武家の婦人でもそのくらいの言葉は知っている。然しこの暢気な四男坊が、その意味を知って云ったのかどうかが疑わしかった。
「はっきりおっしゃいな、どうしたんですって」
「或るむすめをみそめちゃったんです」
「大四郎さん」椙女は思わず仏間のほうを見た、「あなたそんな不作法なことを仰しゃっていいんですか、お位牌いはいが聞いておいでですよ」
「それでどうしたらいいか、御相談にあがったんです」
 彼は別にれもせずに云った、「考えてみると私も二十六になったし、もう嫁を貰っても早すぎはしないと思うんですが」
「それは早すぎはしませんとも、けれど……」
 椙女はここでちょっと言葉に詰った、大四郎の考え方はごく自然だし、自分もついそれに乗ろうとしたが、四男坊の冷飯ということに気づいてはっとしたのだ。
「けれどって、……いけませんかね」
「そのことはいけなくはないけれど、ちょっと嫁に貰うというわけにもいかないでしょう」
「どうしてです」こう云ってから、彼は母の表情ではじめてそのことに気がついた、「ああそうか、冷飯でしたね」
「粂之助さんが分家しているし、そのうえあなたに分けるということもむずかしいでしょう、でも、その方はどういうお身の上の人なの」
「まったく知らないんです、ただ時たま道でゆき会うだけですから」
「縁組のできるような方だといいけれどね」
 椙女はこう云ったが、慰めにしても希望のもてない言葉つきだった。その娘がうまく婿を取る立場にあるとしたところで、男のほうから養子にゆこうという縁談はあり得ない、大四郎はもうあきらめたようすで、こんどはまさしく衒れながら、饅頭の皿を持って母の前から立った。
 彼は四五日ぼんやりと過した。今まで考えてもみなかった四男坊の運命というものが、千丈の断崖だんがいでも眼の前に突立ったように、動かし難いおおきさと重たさで感じられ、幾たびも部屋の内を見まわしては溜息をついた。前例はいくらでもある。その中でも母方の叔父で中井岡三郎という、もう四十七八になる人のことが思いだされる。三男なのだが、その年になってもまだ部屋住で、尺八を吹いたり、庭いじりをしたり、暗い陰気な部屋で棋譜を片手にひっそりと碁石を並べたりして暮している。ひところ庭へあいや紅花や紫草などという染色用の草本とか、二十種ばかりの薬草を栽培していた。
 ――道楽じゃないよ、とんでもない。
 その叔父は人の好さそうな顔で笑いながら、左手の指で輪をこしらえて、なにかをあおるまねをした。――これだよ、みんな飲みしろだよ。
 大四郎は、いまそのことを思いだしてうんざりした。それからまた身のまわりを眺め、すっかり装幀を仕直して積んであるのや、買って来たままつくねてある古本の数かずを見、北向きの窓から来る冬ざれた光りのさす、畳もふすまも古びきった部屋の内を見やって、自分もやがては中井の叔父のように、ここで鬱陶しく一生を終るだろう、といったふうな、やりきれないもの思いに閉ざされたりした。
 然し、そんなことは長くは続かなかった。元もと暢気なたちだし、年の若さがそんな薄暗い考えにいつまでも執着させては置かない、彼はまた古本あさりに出歩き始めた、ただ要慎して片町通りへは近づかなかった、そっちにはごく心安くしている古道具屋があって、彼のために古書類を特に買い集めていて呉れる、たいてい下らない物だが、時には珍しい物もあるし、出して呉れる茶を啜りながら、詰らない道具の自慢ばなしを聞くのも面白かった。
 ――私はまがい物やこけおどしな品は扱いません、金をもうけるにはそのほうが早みちでございましょうが、性分でどうも筋の通った物でないと手に取る気にもならないんでございます、此処ここにあるこの茶壺などは貴方……。
 こんな風に云って、恐ろしくひねこびた、土釜どがまの化けたような物を、大事そうにひねくってみせたりする。欲の深いくせに人が好くて、自分はたいそうな目利めききだと信じているところに愛嬌あいきょうがあった。大四郎はふとするとその店のほうへ足を向ける、また自慢ばなしでも聞いてやろうという気になる、然し武蔵ヶつじまで来ると娘の姿を思いだすので、渋いような顔をしては道をれるのだった。
 北ぐにの春はおそく来て早く去る、お城の桜が散ると野も山もいっぺんに青みはじめ、町なかの道は乾いて、少しの風にも埃立ほこりだつようになる。……そんな或る日、中村へ養子にいっている三兄が客に来た、彼はちょうど武経考証という本の綴じ直しをしていたところで、あによめから知らされたが、手が放せなかったから続けていると、おいどうしたと云いながら、三兄がずかずかやってきた。


「おまえの部屋は相変らず混沌たるものだな、まだその道楽がまないのか」又三郎は障子を明けてのぞきこんだ、「読みもしないものをこうむやみに溜め込んでもしようがないじゃないか、本屋でも始めるのかい」
「読まなかあありません、読みますよ」
「読みますかね、へえ、なんのためにさ」
「なんのためと云ったって、そりゃあ、読みたいからでさあね」
「まるっきり尻取り問答だ、いいからあっちへゆこう、酒とさかなを持って来てあるんだ、粂さんもすぐ来るだろう、今日は四人で飲むんだよ」
「なにかあったんですか」
「飲みたいからでさあね」
 又三郎が去ってからも、大四郎はなお暫く綴じ直しを続けていた。かれら兄弟は性格がよく似ている、暢気なところも、無欲で物にこだわらないところも、ひょうひょうと楽天的なところも、ただ三男の又三郎だけは口が達者で、四人分を独りでひきうけたように饒舌しゃべる、母親に云わせると三つの年に縁側から落ちて頭を打って以来だそうだが、少年じぶんは朝めがさめるとすぐ饒舌りだして、夜は寝入るまで殆んど舌の止まることがなかった。父がずいぶん根気よく叱ったり折檻せっかんもしたけれど、半日と利き目のあったためしがなかった、しまいには精を切らして、「こいつの口にはひもが無いんだ」と投げてしまった。今はそれほどでもないが、兄弟で集まる時などは自在に舌の健康なところを示した。
 嫂が催促に来たので、ようやくそこらを片付けて立った。客間にはもう灯が入れてあり、次兄の粂之助も来て、三人で飲み始めていた。彼の席は三兄の隣りに設けてあった。又三郎は例によって独りで饒舌っていたらしいが、大四郎が坐ると、そのさかずきに酌をしながら、長兄のほうへ振向いて妙なことを云いだした。
「兄さん、四郎に艶聞えんぶんがあるのを知っていますか」
「知らないねえ」又左衛門はほうというように末弟を見た、「そんなことがあるのかい四郎」
「四郎は知らないんですよ、或る家の娘が四郎をみそめたというんです」
「本当かね、それは」粂之助はもう赤く酔いの出た顔で疑わしそうに笑った、「また三郎のでまかせじゃないのか」
「まじめな話ですよ、今日の酒は半分はそのお祝いという意味があるんです、とにかく四郎がよその娘にみそめられたというんだから、祝杯の値うちはあるでしょう」
「それが本当なら大いに祝杯の値うちはあるが、半分というのはどういうんだ」
「そこが問題なんですが、まず四郎を少し酔わせましょう」
 大四郎は立ってゆきたかった。彼には三兄の話が片町通りの事を指すので、みそめた立場を反対にしたのはいやがらせだと思えたし、そのあとには、独特の揶揄やゆが飛ぶだろうと考えられたから。然しむろん立てはしなかった、そのうえ又三郎の話は彼の臆測とはかなり違ったものだったのである。……相手はやっぱり片町通りで会った娘だった、そして途上での幾たびかの邂逅かいこうは、娘のほうで時刻と場所を計ったのだという。
「今どき武家にそんな娘がいるのかね」
「まだ先があるんですよ」又三郎は興に乗った調子で続けた、「そうして刻を計っては道で会っているうちに、ふいと四郎が来なくなった、時刻を変えてみたり、道筋を違えてみたりした、然しやっぱりゆき会わない、そこで娘は古風にも病気になってしまったんです」
「三郎の話は、この辺から眉へ唾をつけて聞かなくちゃあいけないんだ」
「まあお聞きなさい、病気といってもむろん寝たり起きたりで、あおい顔をして部屋にこもって、涙ぐんだ眼を伏せては千代紙で鶴を折っている、折った鶴を糸でずらっとって、それを見上げながら溜息をつく、いちにち夜具をかぶって忍び泣いていたと思うと、物も喰べずにまた鶴を折る、そんな風で鶴ばかり折っているんですね、どの医者にみせても気鬱という他にみたてがないというわけです」
「それをかくかく)の病いというんだ」こんどは又左衛門が冷やかした、「胃のがんの出来るやつさ、藤蔓ふじづるこぶをやぶれば治る」
「みんなだんだん心配するんですがわからない、そのうちにいつも供をして出る下女が感付いたんですね、それとなく当ってみると間違いない、そこで下女がひそかに四郎を捜し始めた、くわしく話すとこの辺は、涙ぐましいところなんだが、とにかくかなりな日数をかけてとうとう突き止めたんです、十日ばかりまえにうちへ寄ったことがあるな、四郎」
「風が吹いた日でしたっけかね」大四郎はこう云って、いつもの古本あさりの帰りに、中村の表を通りかかったので立寄ったこと、そのとき土塀どべいの際にある山椿が、血のように赤く咲き競っていたことを思いだした。


「下女は武蔵ヶ辻から跟けて来て、四郎がうちへはいるのを見届けて帰った、そして娘の母親にあらましの事を話したんです、どんないきさつがあったかわからない、一昨日、その娘の兄が私の役部屋へやって来て、こういう若君がうちにいるかとく、いない、いやいる筈だというんで、考えてみると四郎なんですね、どうかしたのかと訊き返すと、自分の妹を嫁に貰って欲しいというわけです」
「いきなり縁談とは思い切ったものだな」
「その男とは私が中村へいってから役向きの関係で親しくしていたんですよ、そしてみそめから鶴の病いまで精しく話すんです」
「恥から先に話す相談だね」と、粂之助が云った、「然しよっぽど妹を愛しているんだ」
「そうですとも、まったくしんけんなんです、けれど残念ながら嫁に出さなければならない、それでこちらも四男坊で、分家の出来ないという事情を話すと、たいへんがっかりして、帰ってゆきました」
「いったい相手は誰なんだ」又左衛門がこんどはまじめにこう訊いた。
まとまる話なら云ってもいいですが、両方の条件がいけないから名を云うのはよしましょう、それに惜しいほどの相手じゃあないんです」又三郎はあっさり云った、「ただ四郎がよその娘にみそめられたというのがばかに嬉しかったので、みんなで祝杯をあげたくなったんです、なにしろ我われ三人すっかり末弟にさらわれたかたちですからね」
「残り物に福があったわけか」
「それじゃあ小遣もふやさなければなるまいなあ、四郎」
 又左衛門が笑いながらこっちを見た、「そういう仕儀だとすると、もう飴ばかりねだってもいられないだろうから」
 こうして三人の兄たちは、陽気に話したり飲んだりした。少年のように思っていた末弟がいつかそんな年齢になり、つやめいた話題の主になったということが、どれほどか彼等を楽しく興がらせたのである。その縁を纒めようとか、纒めるために方法を考えようなどという相談はまったく出なかった。向うが嫁にらなければならず、こっちが四男のひやめしという条件では、もちろん思案する余地などありはしない、それはわかりきっていたが、大四郎は淋しいような、かなしいような孤独感にとらわれ、ほどをみはからってその座を立った。
 又三郎の話は、彼には実感が来なかった。桔梗ききょうの花を思わせるような娘のおもかげは、いまでもおぼろげには眼に浮ぶし、さっさっと裾さばきのりんとした歩きぶりなどは鮮やかに思いだせるが、その娘が自分を恋いわびて、病む人のように寝たり起きたりしているとか、泣きながら独り折鶴を作っているとかいうことは、どう想像しても現実感が伴わないのである。だいいち、自分が想われているということからして、妙に具合の悪い、あやされているような、空ぞらしい感じだった。
「ともかく漠然としたもんだ」彼は独りでこうつぶやいた、「下女の独り合点でなにを間違えたか知れもしないし、色紙で鶴ばかり折っているったってどうしようもありゃしない、つまり、それっきりの話じゃないか」
 そして三十日ほどするうちに、そんなこともいつか記憶の底へ沈み去ってしまった。翌月の末になって、長兄は本当に小遣を増してくれた、然も三月分を纒めてれたのである。
「これからずっとこうするよ、そのほうが遣いみちもあるだろう」又左衛門はそう云った、「けれども遣ってしまうと三月めが来るまでは出さないぜ、前借はお断りだよ」
「たいてい大丈夫です、いただきます」
 大四郎はちょっとわくわくした、額にすればたいしたことではないが、そういうように纒まった金を自分のものにした経験がない、それだけあれば安心して物も買えようし、また望むならちょいとした贅沢ぜいたくくらいはできそうだ、そして彼は初めて遊興ということを考えた。
「ひとつ豪遊をしてやろう」
 彦三町の地端れに「河重かわじゅう」という料亭がある、浅野川に望んだ野庭づくりの風雅な家で、富裕な藩士の宴席などによく使われる、ゆうべは河重でね、などと云うことが若い仲間にはみえの一つになるくらい、ふつうではちょっと近づきにくい場所だった。どうせ遊ぶなら詰らない処の五たびより河重で一どのほうがいい、大四郎はこう考え、或る日ちゃんと着替えをしてでかけていった。
 昼だったので客も少なく、障子襖の明けはなしてある座敷には初夏の微風が吹き通っていた。若木の杉やならの樹立にはぎすすきをあしらっただけの、なんの気取りもない庭のはずれに、浅野川が藍青の布を延べたように迂曲うきょくして流れている。風はその川からまっすぐに若草の原をわたり樹立をそよがせて、その座敷まで清すがしい瀬音を送って来た。
「お腰掛けでございますか、御昼食でございますか」
「酒を飲みたいんだがねえ」大四郎は正直にこう云った、「こういう家のしきたりをなんにも知らないんだ、どういう料理ができるのか、ひとつなにかに書いて来て貰えますか」


 廊下を隔てた小座敷のほうに、身装みなりの卑しからぬ初老の武士がひとり、静かに独酌で飲んでいた。大四郎は気がつかなかったけれど、こちらは彼が案内されて来たときから時おり横眼で見ていた。初めはとがめるような、冷たいまなざしであったが、大四郎の容子が気にいったものかだんだん和やかな色を帯び、「こういう家のしきたりをなんにも知らないから」と云うのを聞くと、唇の隅に微笑を浮べさえした。
「これは鯉のあらいというんだね」向うでは大四郎が、女中の持って来た書出しを見ながらこんなことを云っていた、「芽たでというのはつまか、ではまずこれを貰おう」
「鯉のあらいに御酒でございますね」
「そうだ、然しちょっと待って呉れ、あらいの値段は幾らだい、酒はどのくらいするのかね」
「さあ……」女中ははたと当惑した、「わたくし存じませんが、いてまいりましょうか」
「ああ訊いて来て貰おう」
 この問答を聞いた小座敷の客は、もういちど微笑した。そしてなるべく気づかれぬように注意しながら、じっと大四郎のようすを見まもっていた。
 女中はすぐ戻って来て、あらいと酒の値段を告げた。大四郎は安心したという風で、それから独りで飲み始めたが、盃を持つ手つきもぶきようだし、肴の注文がちぐはぐである。焼魚の次ぎに汁椀を取ったり、箸休はしやすめの小鉢の代りを命じたり、蒸し鳥のあとで、り鳥を注文したりする、そしてその一品ごとに必ず値段を訊くのである。こういうとひどくぶまで品の下ったように思えるが実際はそれとまったく反対で、ひじょうにおおらかでのんびりした感じがあふれていた。たいがいなら面倒がって厭な顔をする筈の女中が、むしろ興がっているとさえみえるほど、愛想よく云われるままになっている、値段も書出しへいちどにつけて来ればよいものを、いちいち訊きに立った。それで大四郎の不拘束なやり方が、ますます際立つわけである。
「たいへんなやつがいるものだ」小座敷の客はこう呟きながら始終をじっと眺めていたが、やがてこの家の主婦とみえる女が、酒を代えにはいって来ると、「あれは馴染か」と、低い声で訊いた。
「さあ、おみかけ申さない方のようでございますね」
「馴染でなかったら頼まれて貰いたいことがある、聞かれては悪い、寄って呉れ」
 そしてこの客は、なにごとか主婦にささやいて聞かせたのち、間もなくその小座敷から立っていった。
 大四郎は心持よく酔っていた。酒もうまいし肴もうまかった、若葉の樹立を透して見える浅野川の流れや、広びろとうちわたした草原の上に、まぶしいほど真昼の光りのみなぎっている眺めも申し分がない、そのうえ胸算用をしてみるとたいてい飲んでも喰べても金は余りそうだ、河重などと云ってもこのくらいのものなんだな、こう思うとますますいい心持で、そのうちにいちどひやめし仲間を呼んでやろうか、などとおおようなことさえ考えた。……そうしているうちに女中が来て、申し兼ねるが座敷を変って貰いたいと云った。
「こちらへは間もなく大勢さまがみえますので、まことに勝手ではございますが」
「ああいいとも」彼は気軽に立った。
「ではどうぞこちらへ……」
 女中は膳部ぜんぶを持って、廊下を隔てた小座敷へ案内した。今しがたまで老武士のいた部屋である、もちろんきれいに片付いて、敷物も直してあった。女中が向うの物を運び終り、酒の注文を聞いて退ると、大四郎は敷物に坐ってまわりを眺めた。前の座敷よりはるかに上等である。床間には誰かの消息を茶掛に仕立てた幅がけてあり、小さな青磁の香炉からは煙が立っていた。違い棚の船形の籠に若い葦を活けたのを見ながら、「これは儲けものをした」などと呟いていた彼は、やがてひざの下になにか固い物がはさまっているのに気がついた。膝をどけてみると敷物の下らしい、まくるとそこに紙入があった、古渡り更紗さらさの高価な品のようである。
 ――客が忘れていったんだな。
 彼はそれを脇に置いて、また盃を取上げた。間もなく女中が酒を持って来たので、こんな物があったと出してやると、女中は困惑したようすで取ろうとしなかった。
「それでは明けて見るから立会って呉れ」
 なにげなくそう云って、中をあらためた。金もかなりあるようだが、それには手は付けず、名札の入っているのをみつけて取出した、それには中川八郎兵衛、堤町と書いてあった。堤町の中川といえば藩の中老で、五千石の扶持である。そのまま預けようとすると、女中はいちど帳場へ訊きにいったうえ、こちらで預かるのは困るという返辞を持って来た。
「今日は中川さまはおみえになりませんそうで、お紙入が此処にあるわけがございませんし、もしや掛り合にでもなるようですと……」
「じゃおれが届けよう」彼は面倒くさくなってそう云った、「帰りに届けるからと帳場へそう云っておいて呉れ」


 いわゆる豪遊が済むと、彼は半刻はんときばかりうたた寝をやった。酔っていたからではあろうが、ちょっとした度胸である、それから顔を洗って、ゆっくり茶を啜って河重を出た。日はようやく傾いて、やや冷えてきた風が酔いの残っている肌を快くでてゆく、彼はなに事かやってのけた者のような、自信のついたゆたかな気持で悠然と歩いた。……堤町へはまわりになるが、さして遠くはない、その屋敷も見覚えがあるので、捜すまでもなくやがてゆき着いた。五千石の格式だけに土塀を取廻した屋構え大きく、門をはいった横のところには火見櫓ひのみやぐらが建っていた。うまやがあるのだろう、すぐ近くに馬のいななきが聞えた。彼はちょっと考えて、脇玄関へ訪れた。
「さる処でこの品を拾いましたので」家士が出て来ると、彼はこう云いながら紙入を差出した。
「御当家の名札が入っていましたからお届けにまいりました、どうかお受取り下さい」
「それは御迷惑でござりました、しばらくお控え下さい」
 家士は紙入を持って奥へいったが、代って出て来たのは主の中川八郎兵衛だった。読者諸君はもう河重の小座敷で面識がある、老人はあの時より渋くれたふきげんな顔つきで、まずじろりととがめるようににらんだ。
「紙入を届けてまいったのは其許そこもとか」
「さようでございます」
「戻す……」こう云って老人は紙入を大四郎の手に返した、「これは受取るわけにはまいらぬ」
「然しお名札が入っておりますが」
「名札は入っておる、わしの紙入にも間違いはない、だが中の金が足らぬのだ」
「ははあ……」大四郎は老人の云う意味がよく解せなかった、「さようでございますか」
「この中には三両二分二朱ある筈だ、それが二両一分二朱しか無い、つまり差引き一両一分不足しておる」
「それはけげんなしだいですな」仕方がないので彼はこう云った、「申すまでもないと思いますが、私は中の金に就いてはなにも存じません、お名札を拝見したのでお届けにまいっただけですから」
「いやそれだけでは済むまい、届けて来た品にうろんがある以上、届けて来た人間に責任のない道理はないだろう、わしとしては、明らかに金の不足している紙入は受取らぬからそう思って貰いたい」
 さすがに暢気な大四郎も、これにはむっとした。中の金が幾らあるか知ったことではない、わざわざ届けに来て礼はともかく、逆にうろんをかけられるなんて合わな過ぎる話だ、「宜しゅうございます」彼はこう云って紙入をふところへ入れた。
「それでは、持ち帰って元の処へ置いてまいりましょう」
「元の処へどうすると……」
「お受取り下さらぬというのですから、元あった処へ置いてまいります」
「待て、そうはなるまいぞ」
「然し他に致しようがございません」
「ないで済むか」老人は眼を怒らせて叫びだした、「武士たる者が、金に不審のある紙入を持参してなにも知らぬ、元の処へ置いて来るという挨拶で済む道理はない、またわしとしても済ませはせぬぞ」
 これは、たいへんな爺さんにぶっつかったと思った。そしてこんな頑固爺にはなにを云ってもわかるまいと考え、面倒くさくなって、「ではお待ち下さい」と玄関の外へ出た。遣い残りの金では足らないので、肌付の金一枚をとりだし、それに一分を加えて紙入へ入れた。いかに貧乏しても肌に一両の金を付けているのは、武士のたしなみである、仕方がないからその金を流用したわけだ。
「ではもういちどお検め下さい」こう云って彼は老人に紙入を返した。
「たしかに、こんどは間違いなくある」老人は入念に調べてから頷いた、「わざわざ届けて呉れてかたじけなかった、念のため姓名を聞いておこうか」
 定番、柴山又左衛門の弟で大四郎と名を告げ、ひょうひょうとたち去るうしろ姿を感嘆したように見送っていた八郎兵衛は、やがて振返って、「見たか梶」と呼びかけた。はいと答えながら、対立ついたての蔭から婦人がひとり出て来た、老人の妻で梶という。
「たいへんな者だろう」八郎兵衛は奥へはいりながら、上機嫌でこう云った、「あの無条理をくって、理屈もこねず怒りもせず、自分の金を加えて出すところなどはたいしたものだ、肚が寛いとか心が大きいなどという類ではない、性分だ、おれが欲しかったのはあれなんだ」
「お人柄も、ゆったりと品がございました」
「八重の婿はあれにきめるぞ」
「そう仰しゃいましても貴方……」
「なに取ってみせる」老人は確信ありげに肩を張った、「おまえだってもし河重のありさまを見ていたらおれより乗り気になるだろう、なにしろ鯉のあらいから始まって……」


 大四郎は酔いがめてしまった。豪遊まではよかったが、差引をすると三月分の小遣が消えたうえに肌付の金まで欠けてしまった。
「うっかり拾い物もできやしない、届けてやってこっちの金を出すなんていい面の皮だ」そう呟きながら彼はふと首をかしげた、「いい面の皮……いい面の皮とはなんだ」
 こんな場合にはよくそういうことを云う、いい面の皮鯉の滝登り、などとも云う、今つい知らず彼も口にしたが、考えてみると、どういうところから来た言葉かちょっとわからない、はてどういうわけだろうと、首をひねるうちに、暢気の徳で中川邸の事は、さっぱり頭から拭い去られてしまった。
 家へ帰って自分の部屋へゆこうとすると、嫂に呼止められた。来客だという、兄が客間で相手をしているそうなので客間へいった、見ると平松吉之助といって、藩校で机を並べたことのある友人だった、向うが奥小姓にあがって正経文庫に勤めだしてから、殆んど往来が絶えていたのである。……彼にひきついで兄が去り、挨拶が済むとすぐ、吉之助は、「蔵書を見せて貰いたい」と云いだした。
「だいぶ奇覯書があるというじゃないか」
「冗談じゃない、蔵書などと云われては恥をかく、好きで集めたがらくたが少しあるだけで、人に見せるようなものはありはしないよ」
「然し臨慶史を持っていると聞いたがね」
「ああ史類は二三ある」
「とにかく見せて呉れないか、そのために来て一刻も待っていたんだ」
 大四郎は苦笑しながら、立って、自分の部屋へ彼を案内した。すでに暗くなりかけていたので、行燈に灯をいれると、吉之助はそれを書棚の側へ持っていって見はじめた。それから部屋の隅や床間に積んであるもの、まだ表装を直さずにつくねてあるものなど、……幾たびも嘆息をもらしながら、熱心にひとわたり見終るとこっちへ来て坐った。
「これだけ独りで集めたのかね」
「たいてい破損して、紙屑かみくずになりかかっていたものが多いからね、むろん保存がよかったら、手は届かなかったろうね」
「それにしてもよく集めた、これほどとは思わなかったよ」こう云ってから吉之助はかたちを改めた、「済まない、これを類別に書いて出して呉れないか」
「……どうするんだ」
「まだ内密だけれど、きょう見に来たのはお上の御命令だったんだ、書肆の難波屋が其許のことを申上げたらしい、だいぶ奇覯書があるそうだから見て来いという仰せで来たんだ」
「すると、献上ということにでもなるわけかね」
「あぶないね」吉之助は笑いながら立った、「私が見ただけでも御文庫に備えたいものがだいぶあるもの、然しそれもまた御奉公だろう」
 今日は悪日に違いない、吉之助を送りだしながら彼はそう思った。冷飯の乏しい小遣でぽつぽつ集め、綴直したり好みの装幀をしたりして、だんだんえるのを楽しみにしていたのに、ここで召上げられてはとんびに油揚だ、あの紙入といいこれといいなんと不運な日だったろう、大四郎はすっかりくさってしまった。
 明くる日、書名の類別表を書いていると、嫂が来て客を告げた、「堤町の中川さまと仰しゃる方です」という。大四郎はびっくりした、また金が足りないなんて云うんじゃあないか、そんなことさえ思いながら玄関へゆくと、中川八郎兵衛が例の渋くれたような顔で立っていた。邪魔ではないかと云う、なんの用かわからないが客間へ上って貰った。「昨日は済まぬことをした」座へくとすぐ老人はこう云って、小さな紙包をそこへ差出した、「一両一分足らぬと申したがあれは思い違いであった、買い物をしたことを失念していたので、まことに済まなかった」
「それはどうも……」大四郎はついにやりとなった。なにはともあれ一両一分という金が返ったのだから大きい、中を検めて受取って呉れ、そう云って出された紙包をそこへ置いて、彼は母親のところへ茶を頼みにいった。
「なにか菓子も頼みますよ、御中老の中川八郎兵衛殿ですからね」
「堤町のかえ」椙女は眼をみはった、「本当かえ大四郎、それならどうしてまあ早くそう云わないんですか」
「なに騒ぐことはないんです、訳はあとで話しますよ」
 茶と菓子を持って、母親が挨拶に出た。八郎兵衛は、椙女を暫くひきとめて話した。読者諸君にはおわかりだろう、老人は家庭のようすを見に来たのである、そして半刻ばかりとりとめのない話をして帰った。……あきらめていた金が戻ったので気を好くした彼は、その午後、書上げたものを吉之助の家へ届けたあと、たいそうおおような気持で古本あさりに廻った。夜の食膳は、母が話しだした紙入の話で賑わった。
「両方とも豪傑だな」兄はこう云って笑った、「然し四郎はそれだけ出して、あとをどうする積りだったのかね」
「どうする積りがあるもんですか、いい面の皮だと思っただけですよ、ああそれで思いだしたけれど、いい面の皮ってどういうところからきたんですかね、兄さん」


「いい面の皮鯉の滝登りか」又左衛門は妻に茶を注がせながら云った、「それはおまえ落ちて来る滝を逆に登るくらいだから、鯉の顔はすばらしく丈夫なんだろう、よっぽどいい面の皮だろうというわけじゃないか」
「それじゃあ厚顔あつかましいという意味ですか」
「言葉を解けばそうなるよ」
「すると逆なんだな、拾い物を届けたうえに金を取られて、先方はいい面の皮だ、こう云わなくちゃあいけないんだ、然しこれじゃあ変ですよ」
 こんな話になると、柴山の家族はきりがない、母親までが加わって、つまらないことをいつまでも話し興ずるのだった。……それから中三日おいて、平松吉之助が来た、御内意で来たと云って麻裃あさがみしもを着けていた、さては書物のお召上げかと訊くと、「そうだ」と云う、然しただお召上げだけではなかった。「奥小姓にあげて正経閣出仕の仰せが下る、分家をするまで十人扶持ぶちということだ」
「だって、なにをするんだ」
「書上をごらんになって驚いていらしった、これだけ集める鑑識を捨てて置くのは惜しい、文庫の購書取調べに使ってみよう、そう仰せになった」吉之助はそこで声を低くした、「この役目は百石以下ではない、分家をすれば屋敷も貰えるぞ」
 大四郎はそのときなんの理由もなく、中井の叔父のことを思いだした。飲み代に染料用の草や薬草を作っていた、あの叔父のことを。
「献上を申付けられる書物はこれだけだ」吉之助は目録をそこへ披げてみせた、「骨折りとしてお手許てもとから三十金下るそうだ、あまり嬉しくもないだろうが、まあ辛抱するんだな、書物は明日いっしょにお城へ持ってゆくことになっているから」
 間もなく召されて正式の御達しがあるだろう、そう云って吉之助は帰った。……大四郎はとぽんとしてしまった、一生ひやめしと諦めていたのが、正経閣出仕で十人扶持、分家が定れば百石以上で家も貰えるという、また本には代え難いが三十金という大枚な金もはいる、あんまり思いがけない事ばかりで、すぐには嬉しいという気持さえ感じられなかった。
 然し思いがけない事はそれだけではなかった。翌日、吉之助と二人で書物を城へ運び、正経閣の中や御文庫の建物を見て帰ると、非番で家にいた兄が待兼ねたように、「おいたいへんだぞ」と呼び止めた、母も嫂もそこにいて、にこにこ笑いながら彼を見た。
「横目の不破殿が婿縁組のはなしをもってみえた」
「……へえ」彼は眼をぱちぱちさせた。
「向うは誰だと思う、当ててみろ四郎」
「わかりゃしませんよ」
「なんとあの紙入殿だ、堤町の中川老だよ、八重さんという十八の令嬢がいる、それへぜひという懇望だそうだ」
 そこまで聞くと大四郎は頭の中で、なにかくるくると廻りだすように感じた。すべてが矢継ぎ早で、自然のめぐりあわせとは思えない、なにかしら魔がさしたとでも云いたいくらいである。けれども、頭の中のなにか廻るような感じはそれとは無関係だった。くるくる廻るものの中に、やがてひょいと花が浮び上った、それは桔梗の花のみずみずしい紫である、「縁組」という言葉を聞いて、初めて、記憶の底に沈んでいたものが、よみがえってきたのだ。
「厭ですよ」彼はこうはっきりと云った、「断わって下さい」
「大四郎さん」母親がまずびっくりした、「あなた、考えなしにそんなことを云って……」
「考えるまでもないんです、私は婿にゆかなくともよくなったんですから。まだ表向きには云えないんですが、もうすぐ奥小姓にあげられて、正経閣へ勤めるようになるんです」
「なんだって」こんどは兄がびっくりした。
「お母さん、様と寝ようか五千石取ろか、というのを知ってますか」彼はそこを立ちながらこう云った、「私もやっぱり嫁を貰いますよ」
 翌朝はやく、大四郎は中村の三兄を訪ねた。いつかの話の娘に、改めて求婚する依頼である、その時初めて知ったのだが、相手は郡奉行所に勤める深美新蔵という者の妹で、名はぬひ、年は十七ということだった。次兄はすぐに深美へゆき、縁談はすらすらと纒まった。然しそのひと月は、おそろしく多忙だった。婚約に就いて招いたり招かれたりした。また一方では、召出された挨拶に必要な家々を廻ったり、出仕するとすぐ正経閣の事務に追われたり、殆んど息をつく暇もないようなありさまだった。
 年が明けた四月に三番町に住居を貰って移り、慎ましくぬひと祝言の式をあげた。食禄は百五十石、端数は役料である。……こうして、祝言をして二日めの宵だったが、妻の部屋を覗くと、色いろな物をとりひろげた中で、ぬひが独りでそっとなにかしていた。深美から付いて来た下女はくりやにいるようだった。――ああ明日は里帰りだったな。
 そう思いながら妻の手先を見ると青い色紙で鶴を折っている、大四郎は中村の三兄の話を思いだして笑いたくなった。「まだそんな物を折ってるのかい」
「ああ」突然なのでびっくりしたのだろう。ぬひは身ぶるいをしながら振向いたが、良人おっとが立っているのを見ると赤くなって折鶴を隠した、「まあ少しも存じませんでした。こんなにとり散らかしておりまして申し訳ございません、里へ持ってまいる物をみておりましたので……」
「折鶴もかい」大四郎は笑いながら云った、「なにかそんなしきたりでもあるのか」
「しきたりではございませんの、これは里の近くにある観音堂へ納めるのでございますわ」
「それじゃあ信心というわけだね」
「いいえ」ぬひは低く頭を垂れた。それからまるで祈りのような調子で、静かにこう云いだした、「……願いごとがございますときは、観音様へ鶴を折ってあげますの、一羽ずつに願いをめまして、……九百九十九まであげましたら、あとはお願い申すだけで待っていなければなりません、そしてもしも願いがかなったら千羽めを折って納めるのでございますわ」
「おまえ、まるで自分の……」そう云いかけた大四郎は、ふいに打たれでもしたように口をつぐみ、大きく瞠った眼で妻を見おろした。
「わたくし願いが協いましたの」ぬひは恥ずかしさに耐えぬもののように呟いた、「……これは千羽めでございますわ」





底本:「山本周五郎全集第二十巻 晩秋・野分」新潮社
   1983(昭和58)年8月25日発行
初出:「講談雑誌」博文館
   1947(昭和22)年4月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:栗田美恵子
2021年12月27日作成
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