そのとき千珠は、屋形の
あと絶えて浅茅 が末になりにけりたのめし宿の庭の白露
いかにもはかなく寂しげな詠みぶりである。口ずさんでいると、荒涼とした秋の野末に、たった独りゆき暮れたような、かなしいたよりない気持になって、千珠は思わずほっと「千珠、ことができた」と有綱は低いこえで云った、「河越城へにわかに鎌倉から兵が寄せて、重頼どのをお討ち申したというぞ」
千珠の額がさっと蒼くなった、それはまことでございますか、そう
「急ぎの使者で、くわしいことがわからないから、すぐようすをさぐらせに人をやった、鎌倉へも使をだしたが、伊予守どののゆかりになってお討たれなすったとすれば……」
そこまで云いかけて、有綱はあとをつづけることができなくなり、「わが身もそなたも、心をきめておかなければ」とつぶやくように云って、対屋のほうへ出ていってしまった。
いよいよそのときが来た。千珠はそう思った。二年まえ、文治五年の夏に、伊予守義経がみちのくの衣川で討たれたときから、こうした日が来るのではないかと案じていた。そのときが来たのである。河越太郎重頼は義経の
今にもと思っていたが、なにごともなく日が経っていった。河越へやった者も、鎌倉へやった者も帰って来たけれど、太郎重頼の討たれたことが
――河越のことを聞いたからだ。
有綱はそう直感した。そこですぐにいとま乞いをして伊豆へ帰ると、屋形の内はいろめきたっていた、留守の間に鎌倉から「千珠どのを鎌倉へさしだすように」という使者が来たというのである。
「いずれひと合戦と存じまして、その支度をしているところでございます」
留守の侍たちはいきごんでそう云った。庭には
「千珠いよいよ時が来た」
そう云って有綱が坐ると、千珠はしずかに向き直って、「御前のごしゅびはいかがでございましたか」と訊いた。有綱は気ぜわしくそのときのことを語った、頼朝が案外きげんよく会ったこと、ひきで物のこと、そして兄広綱のことなど。……千珠はしずかにうなずきながら聞いていたが、やがて「あらためてお話し申したいことがございます」とかたちを正して云った。
「わたくしを鎌倉へやって下さいませ」
有綱はおどろいて眼をみはった、千珠は良人のおどろくさまをかなしげに見あげながら、「このたびのことは千珠ひとりにかぎり、お屋形にはなんのおかかわりもないのでございますから」
「ばかなことを云ってはいけない」
「いいえお聞き下さいまし」
千珠はしずかに押し切って云った、「鎌倉の大殿(頼朝)が父伊予守をお討ちあそばしたのは、御自分の小さなおにくしみだけではございません。平氏は武家でありながら、都に住み、公卿ぶりに染まって、あらぬ栄華に
父のことを
「それはよくわかった、けれどもそのおにくしみがなぜ千珠にまで及ぶのだ、河越殿はなぜ討たれたのか」
「伊予守のゆかりでもし反旗でもあげるようなことがあってはならぬ、そうおぼしめしてでございましょう、それが禍の根を刈ることになって、世の中がおさまり、天下が泰平になるのでしたら、河越さまの御さいごもあだではなく、千珠も死ぬことはいといませぬ、わたくしは覚悟をきめました、どうぞ鎌倉へおやり下さいまし」
そう云って千珠は、心のきまった、いかにも爽やかな眉をあげて良人を見、いつぞや京の
「わたくしはお歌の意味をこうだと存じました」
「兄ぎみ駿河守さまはおゆくえ知れず、今またあなたさまが千珠の縁にひかされて、鎌倉へ弓をひかれるようなことになりましては、世の中を騒がす罪も大きく、故三位(頼政)さまのお血筋も絶えて、まったく浅茅が末のあさましい終りとなってしまいます」
妻への情に負けて、多くの人を傷つけ、世を騒がし、ひいては家を廃絶するような、みれんなことはして呉れぬよう、自分ひとりの命はもういずれとも覚悟をきめているから、千珠は心をこめてそうねがった。有綱には妻の心がよくわかった、その言葉にも誤りはない、今はなにごとをおいても天下を統一し、世を泰平にしなければならぬときである、そして妻はおおしくもおのれの覚悟をきめているのだ、
――だが、そうだからといって、みすみす妻ひとりを死なせにやれるだろうか。
有綱は苦しくかなしく、胸いっぱいにそう叫びたかった、おそらくその気持がわかったのであろう、千珠は涼しげに微笑さえうかべながら云った、
「千珠は命をめされるかも知れません、けれどもそれは、世のために大きく生きることだとおぼしめして下さいませ」
有綱は眼にいっぱい涙をため、やさしく妻を見まもりながらうなずいていた。それから数日して、或晴れた日の朝、千珠は迎えの
附記 千珠という名は仮のものである、義経の女 というだけで名が伝わっていないため、筆者がかりにそう呼んだにすぎない。またその生死のほども、明らかに記した書をまだ見ない。駿河守広綱は、のちに醍醐寺 へはいって出家したそうである。二条院の讃岐という人は「沖の石の讃岐」といわれて、新古今集などにも多く歌を載せられている。