だんまり伝九

山本周五郎





「どうだい、赤松あかまつさまは、いつ見ても恐ろしいなあ、あのかっこうを見てくれ」
「じつにどうも人間とは思えねえ」
「や、や、今日はじまんの樫棒かしぼうだぜ」
 ここは土佐とさの国浦戸うらどの城中。大館の広庭では、領主長曾我部元親ちょうそかべもとちかをはじめ家臣のならぶ前で、いましも二人の武士が試合を始めようとしているところであった。そのようすを外庭の生け垣のかげから、十四、五人の足軽たちがのぞき見しながら、口々に品さだめをしている。
「なにしろ五十人力の鬼剛兵衛こうべえさまだからな。勝たせてあげてえが、どうも別部わけべさんには勝ち目がねえぜ」
「まったくだ、あの樫棒でやられちゃたまらねえ、本気でやられたら殺されてしまう」
「まあ腕の一本でもぶち折られるがおちだろ」
「だまれ、こやつら!」
 足軽たちの中で一人の老人がわめいた。
「だれだいどなるのは」
 一人がふりかえって、「おや、弥平やへえじいそこへきていたのか」
「何をぬかす、だまってきいていればなんだ、おらが旦那だんなの別部さまに勝ち目がねえの、ぶち殺されるの腕を折られるのと、とんでもねえことをいうやつらだ。勝つか負けるか見てからものをいえ。北畠きたばたけ浪人で別部伝九郎でんくろうさまといえば、中国すじから関東まで知られた勇士だ、いまに鬼剛兵衛なんぞは地面へはわせてやるから見ていろ」
「おいほんとうかい弥平じい」
 みんなあきれた。
「ほんとうだとも、おれはまだ嘘とかっぱをついたことはねえ。もしおれの旦那が負けたら、おらの頭を気のすむほどなぐらせてやらあ」
 弥平じいさんひとりでりきんでいる。
 広庭では、いよいよ支度をととのえた二人が、元親の前へすすみ出た。赤松剛兵衛は、身のたけ二メートルあまり、体重百五十キロをこす大男、鬼と異名をとった長曾我部家第一のごうけつである。――それにくらべて別部伝九郎は二十五歳、色白の中肉中背で、骨つきこそたくましいが、剛兵衛とならぶと大人と子どもほどちがう。剛兵衛は六尺(一・八メートル)ばかりの八角にけずりあげた筋金入りの樫棒、伝九郎は三尺二寸(一メートルたらず)無反りの木剣を持っている。
 今日は、ちかごろ新しく召しかかえられた伝九郎の腕をみようと、元親みずから命じた一番勝負なのである。やがて二人は、御前へむかって一礼すると、
「――いざ」
 とばかり左右に立ちわかれた。
 剛兵衛はなんのこの若ぞうがといったようすで、樫棒をななめにかまえてねめつける。伝九郎は木剣を青眼につけ、唇には微笑さえうかべながらしずかに気合いを計った。
「まいるぞ。えーい!」
 剛兵衛がわめいた。伝九郎は動かない。
「えーい、やあっ!」
「…………」
 やはり伝九郎は目も動かさぬ。
「やあっ、おっ※(感嘆符二つ、1-8-75)
 三度目を叫ぶと、剛兵衛はふみだしざまぶうんとうちこんできた。すさまじい一撃、伝九郎は受けでもすることか、わずかに半身を反らして棒をかわすと、ひらり! つばめのように身をひるがえして相手の手もとへつけいる。
「や、えいッ!」
 するどい気合いとともに、木剣が光のごとくひらめく、刹那! 刹那! 剛兵衛の棒がうなりを生じて、
「とう※(感嘆符二つ、1-8-75)
 と面上へくる。それよりはやく、伝九郎はぱっと三メートルばかりうしろへとびのいて、どうしたことか――いきなり木剣をかついでどんどん逃げだした。その逃げ足の速いこと、見ていた人はもちろん、剛兵衛もこれにはおどろいた。
「逃げるとは心得ぬ、返せ、もどせ」
 どなりながら追いかける、広庭をぐるぐるまわって、やっとのことに追いつめると、伝九郎はにっこり笑いながら、
「まいった、手前の負けでござる」
 といって木剣をおろした。
「な、なに、負けだ?」
 剛兵衛はあきれたというように目をむくと、むちゅうで追いかけた疲れが一時に出て、息をはずませながら、どかっとしりもちをついた。
「け、け、けしからん、こんなばかなことが、あるものではない。これでは、武術くらべか、か、か、かけくらべかわからんではないか、ばかばかしい――だ、だれか水をくれ」
 大汗を流して怒っている。


 二人が主君の御前へ進んで平伏すると、元親はじろりと伝九郎を見やって、
「じつに奇妙な試合だの、伝九郎。そちほどの者が、一太刀合わせただけで逃げだすとは、どうしたわけじゃ」
「は、べつに仔細しさいもございませぬが――逃げ足の速いのも一得かと心得まして」
 伝九郎は『だんまり伝九』というあだながあるくらい無口な武士、主君の問いに対してもことばすくなにそう答えたきりだった。
「なに――?」
 なみいる家臣は、思わずどっとふきだしたが、元親はするどい目でじっと伝九郎の顔をみつめる――伝九郎はわるびれたようすもなく、澄んだ目で主君の方を見上げていた。その目と目、
「うん、そうか」
 元親はきゅうに微笑しながらうなずいて、「よし、さかずきを取らせる、剛兵衛もすすめ」
 とあかるい声でいった。
 さかずきをいただいて御前をしりぞいた伝九郎が、お小屋へ下がろうとして出ると、ぞうりを取っていた老僕弥平の額に、ふと――大きなこぶができているのをみつけた。
「じい、その額のこぶはどうした」
「どうでもようござります」
 弥平じいさんぷりぷり怒っている、察するところ伝九郎が負けたので、約束どおり足軽たちになぐられたらしい。
「あんな化けそこねのさいみてえなやつに負けなさるなんて、まったくわけがわからねえ」
「――なにをぶつぶついうか?」
「へえ、こっちのことでございますよ」
 ごきげんひどくななめであった。
 さて、この珍妙な勝負がたちまちのうちに家中へひろまったのはいうまでもない。なにしろ豪勇果敢をもってお国ぶりとする土佐武士のことだから、伝九郎の評判はことごとく悪かった。
「なんだあのざまは」
「そうよ、満足に木剣も合わさず逃げだしたかっこう――あれが二百貫で召しかかえられた武士か」
「逃げ足の速いのも一得だとよ」
「あいつは臆病者おくびょうものの腰ぬけだ」
 よるとさわると悪口が出る、――そこへもってきてもう一つ事件がもちあがった。
 それから十日ほどたったある日のこと、伝九郎が城へ上がって遠侍とおさぶらいの前を通りかかると、不意に横合いから一人の武士が出てきて、どしんと突き当たった。伝九郎は身をかわしてゆきすぎようとしたが、相手は廊下へのめりころんで、
「やい、まて、まて!」
 と、わめきたてた。
「拙者を突きころばしておいてだまってゆく気か」
「や、これは失礼をつかまつった」
「うぬ、そんなことではすまさんぞ」
 目をいからせて起き上がるところへ、「なんだなんだ、どうした孫作まごさく
 といいながら、ばらばらと四名の者がかけつけてきた。――これは田中たなか孫作、大浜弾兵衛おおはまだんべえ中島民部なかじまみんぶ河井良平かわいりょうへい渡辺忠右衛門わたなべちゅうえもんという連中で、『むこうみず五人組』とよばれる荒武者のひと組だった、――いうまでもなくわざとしかけたけんかである。
「それはけしからん」
 孫作が口からあわをとばして説明するのを聞くと、四名の者は大形おおぎょうにおこりだした。
「城中でかかる無礼をされたからには、孫作もわびごとぐらいではすませまい」
「そうだそうだ、これはわびごとなどですむことではない。孫作、ぬけ! 武士が恥辱をそそぐ法は一つしかないはず」
「果たし合いをしろ、後見はわれらが引き受けるぞ」
「心得た。別部――外に出ろ」
 田中孫作は大剣をひきよせて叫んだ。伝九郎はおどろいて手をふり、
「これはめいわく、どうぞおまちください」
「この期におよんでまてとは――なにごとだ※(感嘆符疑問符、1-8-78)
「おわびはいかようにもつかまつる、果たし合いだけはひらにごかんべんねがいたい、ひらに――」
「ならん、貴公も武士なら刀のぬきようぐらいは存じておろう、さあこい!」
「そうおおせられずにまげてごかんべんください、かくのとおりおわびをつかまつる、ぜひおゆるしねがいたい」
 伝九郎は廊下へすわって手をついた。五名の者はじろりと目くばせをしあったが、やがて、――孫作がせせら笑ってわめきたてた。
「そうまでいうなら、今日のところはかんべんしてつかわそう、だがそれではいかん、本心からわびるという証拠に、拙者の足をいただいてゆけ」
「――かようでござるか」
 なにごとぞ、伝九郎は孫作のあげる足を手にとって、額へ三度までおしいただいた。
「わっはっはっは、あのざまを見ろ」
「犬のように足をなめおった、この腰ぬけをみんな見てやれ」
「いいざまだ、わっはっはっは」
 さんざんにあざける五人、――伝九郎はうつむいたままじっと唇をかみしめていた。


 わるい評判ほど早くひろがるものはない。
 御槍奉行やりぶぎょう原田鉄兵衛はらだてつべえの推挙で、一浪人からいきなり二百貫という高禄をたまわった伝九郎、どんな勇士かとねたみ半分で見張っていた人たちが、まっさきになって嘲笑ちょうしょうを投げつけた、――だんまり伝九というあだ名が、いつか『逃げ足の伝九』となり、『足なめ伝九』となった。
「今度もし戦争があったら、伝九郎は退却の一番乗りをやるぞ」
「なあに敵の足をなめて降参するさ」
「どっちにしても腰ぬけの見本ができよう」
 と勝手ほうだいにののしりたてた。
 しかし当の別部伝九郎は、そんなうわさもきくかきかぬか、あいかわらずむっつりとして、べつに世間を恥じるようすもなく勤めていた。――かくてさらに半年あまり、天正てんしょう十年六月の初めとなった。
 そのころ、阿波あわ讃岐さぬきは右大将織田信長おだのぶながの領地であって、三好笑厳みよししょうげんがこれをあずかっていた。土佐の元親も、勢いはあったが、英傑信長の威勢にはまだ遠くおよばず、いつも三好におされ気味だった。
 これが、元親はじめ長曾我部一党にとっては、骨身にしみてくやしいことだったのだ。
 さて、六月十一日の夜のこと。馬をとばして浦戸うらどの城へかけつけた使者によって、右大将信長が、京都本能寺ほんのうじ明智光秀あけちみつひでのためにほろぼされたことが、元親につたえられた。
「よし、今こそ百年の大望を達すべき時だ、土佐に合わせて、阿波、讃岐、伊予いよ、四国全部をわが手におさめる日がきたぞ」
 と、ふるいたった長曾我部の軍勢は、たちまち阿波の国になだれ入って、かたっぱしから出城を攻め落とし、とうとう一気に三好笑厳の本城へと、攻めかかった。
 信長という後ろだてをうしなって、一時は気を落とした三好勢も、敵を本城にむかえて、いよいよ決死の戦いとなるとさすがにつよい。いままで勝ちに乗じた長曾我部軍も、四国三郎とよばれた吉野川よしのがわの河ほとりに食い止められ、すさまじい乱戦となったのである。
 もうもうと立ちこめる硝煙、だだだだあーんととどろく銃声、剣は槍とあい打ち、騎馬ととびかい、あい組み、あい討ち、おしつかえしつもみあううち、どうしたことか、長曾我部勢の一角がどっとくずれたった。
 これを見た元親は、
「ええ、ふがいなし、三好の残兵なにほどのことやある、ひともみにけちらせ!」
 と大槍をとって叱咤しったした。
 しかし、ひとたびくずれたった勢いはどうしようもない。日ごろ勇武のきこえ高い旗本勢までが、意気地なくも退却をはじめたではないか、元親は馬上で歯がみした。その時であった。突如として長曾我部軍の右翼に、
「わあーっ」
 と喊声かんせいがあがる。見ると、さいの角の一本前立てうったかぶとに、黒糸おどしのよろいをつけた武者が、馬上に三尺二寸(一メートルたらず)の大太刀をふりかざしつつ、
「やあ、土佐武士の死すべきはここぞ、名をおしむ者はつづけ、死ねや死ねや――」
 大音声だいおんじょうによばわりつつ、猛然と三好勢のまっただ中へ斬りこんだ。――それにつづく者三、四十騎、どっとばかり面もふらず、殺到する。見るより元親は、
「おおやったな!」
 と馬上にのび上がり、「返せ者ども、おくれて卑怯者ひきょうものの汚名をのこすな、元親みずから冥途めいどの先がけしようぞ、つづけ!」
 わめき、わめき、馬をあおってつっこんだ。
 大将みずから決死の突撃、なんぞ一軍奮起せざらんや。くずれたった軍兵も思わず踏み止まると、こんどは必死の勢いで、喊声すさまじく猛烈な逆襲をはじめた。


 勝ちにのった三好勢は、とつぜんの逆襲に、みごと不意をくらって、陣形を立て直すひまもなく、ぎゃくにくずれたった。
 元親は馬上に槍をふるって、右に左に敵兵をつきふせながら遮二無二突進する、ふと見れば――かなた乱軍のなかに、あの鬼とよばれた赤松剛兵衛が、じまんの樫棒かしぼうを水車のごとくふりまわしつつ、悪鬼のごとく奮戦している。
「剛兵衛めが、やりおる、やりおる」
 思わずにっこりとして目をかえせば、右手にはかの犀の角の兜きた武者が、縦横無尽に馬を乗りまわしている、見よ! 彼の馬のゆくところひづめをもって雑兵をけちらし、彼の太刀のひらめくところ、血けむりにじのごとく立ちのぼって敵兵のしかばねをつむ、壮絶まさに鬼神の勇である。
「うむ――、小気味よくやりおるわ」
 元親はひくくうめくと、馬腹をけって若武者の方へかけつけた。
「おお! そちは伝九郎」
 それはまさに別部伝九郎、あの『逃げ足の伝九』であった。元親は感嘆の声をあげ、
「やりおったな伝九!」
 と呼びかける。伝九郎はふりかえってにっこり笑うと、走りよる敵兵を一刀に斬りふせて、さっと馬首をめぐらす。
「殿――戦いは勝ちでござりますぞ」
 大音にさけんで、そのまままた敵軍の中へ突っこんでいった。元親はそれを見おくりながら、会心の微笑とともにつぶやいたのである。
「はたして伝九郎、ただものならずとは思ったが、かくまでの人物とは知らなかった、――今日の一戦、彼伝九郎のために勝利を得たも同様じゃ、おお、やりおるやりおる」
 元親の目にはいつか涙さえうかんでいた。
 戦いは勝った。敵将三好笑厳は敗戦と見るよりはやく、船にのって海上へにげたので、その首をあげることはできなかったが、もはや、阿波一国、三好党の一兵をもとどめぬ大勝利である。――そしてこの一戦が元親の武運をうごかぬものにした。阿波を手におさめた長曾我部は、つづいて讃岐の三好隼人はやとをやぶり、さらに伊予に入って河野こうの党を討ち、ついに四国全島をしたがえたのである。――かくて元親は、天正十一年五月、赫々かっかくたる武勲に勇む将士をしたがえ、堂々と土佐の浦戸城へと凱旋がいせんしたのであった。
 土佐一国が勝ちいくさの祝いでわきたっているとき、浦戸城中では、大広間に元親が出て、手柄のあった勇士にそれぞれほうびがさずけられることになった。
 上座には元親。右左にはずらりとおもだった家臣がいならんで、功名帳を書きあげられた順に、なに城の一番乗りはだれだれ、かれ城の一番槍はだれだれ、兜首かぶとくび何級はだれだれ――と、手柄によって、あるいは食禄を増されるもの、あるいは賞与の品をもらうものなどがある。それがひとわたりすむと、元親はひとひざのりだして、
「別部伝九郎、これへ進め」
 と声をかけた。伝九郎はつつましく膝をすすめる。元親は一座にひびく声でいった。
「このたびの戦いに、吉野川の一戦こそはわが軍の大事であった。あの時もしそちの働きがなかったなれば、ひとたびくずれたった味方の、あるいは敗北におちいったかもしれぬ。――まことに九死一生の場合、よくぞ機をはずさず逆襲の先鋒せんぽうをきった。このたびの功名ずい一である、よって五百貫の加増をもうしつけるぞ」
 伝九郎は無言のまま平伏した。
「なおまた、他にのぞむことがあればもうせ、元親にかなうことなればききとどけてつかわす、どうじゃ」
「は、おそれいりたてまつる」
 伝九郎はしずかに面をあげた。
「分にすぎたるおことば、お礼のもうしあげようもござりませぬ、おおせにあまえ、三カ条お願いがござります」
「ほう、よくばったな、なんじゃ?」
「第一に御加増の儀辞退つかまつりまする」
「なに辞退というか」
「なんとなれば、なんの手柄なくして知行二百貫をいただきました私、もしこのたびの戦いにいささかご馬前の働きありとするも、それははじめて二百貫のお役にたちましたので、その上に御加増をいただく理由がござりませぬ、この儀はかたくご辞退もうしまする」
 きっぱりいいきると、伝九郎はひと膝すすめて、
「さて第二のお願いは」
 とつづけた。ご家臣の内――田中孫作、中島民部、大浜弾兵衛、渡辺忠右衛門、河井良平と以上五名の方々へ、ただいまこの御前において、私と真剣勝負をお許しくださるよう、たってお願いつかまつりまする」
 元親は、さてこそ来たな! と思ったが、こころよくうなずいて、
「よし第二は許す、して第三は」
「勝負のすみし上にて言上つかまつりまする、――いざ五名の方々お出会いなされい」
 声をはげまして伝九郎はたった。


 いや五人のおどろいたこと、あの時はてっきり臆病者おくびょうものと思ったればこそ、満座の中ではずかしめたのであるが、戦場の働きをみると臆病どころか、こんどの戦いずい一の功名をあげた勇士であった。
「いえ、その、て、手前どもはけっして」
「じつにその、それはめいわく、どうぞおゆるし」
 とあおくなってしりごみをするのを、まわりの者が、よってたかって、まるで追い立てるように大庭へおしだした。――伝九郎はすばやく身仕度すると、愛剣のさやをはらって進みよる。
「さあまいられい、意趣はそちらにおぼえがござろう。伝九郎は一人、貴殿方は五名――えんりょなく一時におかかりなさい、いざ!」
「それがその、あれで……」
「ぬかぬかーッ」
 大喝一声、がんと耳へたたきこまれて、五名はわれしらず抜刀した。とたんにやぶれかぶれの暴勇、むちゅうでぬいた刀をふりかぶって、
「もうこれまでだ、やっつけろ」
 と一時に斬ってかかる、刹那せつな
「えらいぞ!」
 と一足開く伝九郎、「その意気でこい、いまこそたっぷり返礼してやる、ゆくぞ」
 さけぶとともにきらりひらめく剣、伝九郎の体がつばめのごとく跳躍したと思うと、二度、三度――五度、光のように剣光が空を切る。
「だあ――」
「きゃっ」
「が※(感嘆符二つ、1-8-75)
 あっというまにばたばたと、五名とも顔を血まみれにしてたおれた。――見よ、五人が五人とも寸分たがわず、額の真正面へ一文字のきずを斬りこまれているではないか。
「これで終わった。首まで申し受けるとはいわぬゆえご安心あれ、ふっふふふふ」
 伝九郎はにやりと笑って、大剣にぬぐいをかけながら呼吸もかえずにいった。
「いずれも向こうきず、戦場なれば百貫の値打ちがござろう。足をなめるとはちがって、武士の向こうきずは自慢になりまするぞ、大手を振ってお歩きなされい」
「――――」
 五人はうんともいえなかった。
 なみいる人々はいまさらのごとく伝九郎の手並みに舌をまいた。やがて伝九郎は衣服を正してふたたび御前へ出る、――元親は近くまねきながら、
「や、あっぱれ手の内、じつにみごとな早わざであったぞ、したが伝九郎、そちはそれほどの腕を持ちながら、なんとしてあの時は孫作の足をなめてまで果たし合いを逃げたのか」
「おたずねおそれいりまする」
 伝九郎は両手をついて、
「おことばによりもうしあげます。およそ臣下たる者の命は主君にささげたてまつりしものにて、御馬前に討ち死にするこそ本分、みだりに私の争いをいたすは不忠これにすぎずと存じます……ましてや、私は一介の浪人より二百貫の高禄をもってお召しかかえを受け、一度の戦場にも働かぬ身の上でござります、いかなる恥辱を受けましょうとて、どう剣をぬくすべがござりましょうや――それゆえに、孫作どのの足をいただいてまですませました。しかし今日は殿にも大望をとげさせられ、四国全土平定の事もなりましたれば、もはや伝九郎の一命なくともよしと、改めて先の恥辱をそそいだしだいでござります」
「うむ、そうであったか」
 元親は膝を打って、ふとかなたを見やり、
「どうだ剛兵衛、いま伝九郎の申したことを聞いたか?」
「――ははっ」
 赤松剛兵衛は両手をついて、
「おおせまでもなく、手前はとくより別部うじの胸中を推察しおりました」
「ずるいぞ剛兵衛、いまになってそのことばは」
「あいや」と、剛兵衛はいそいでさえぎった。「あの試合に勝ったおりは、まだそうとも気づきませんでしたが、吉野川の一戦に真の腕前を見た時――ああこれはあやまった、あの時の試合は古参の剛兵衛に花を持たせたのだと心づき、はじめて夢のさめたごとく存じました。それ以来……剛兵衛はいつも、心に泣いていたのでござります。――別部うじ、いまあらためておわびをもうす、かくのとおり……」
 涙をながして剛兵衛は頭を下げた。伝九郎はあわてておしとどめ、
「いや、そうおおせられてはかえって恥じ入ります。赤松氏こそ長曾我部家の宝、手前などの及ぶところではありません。どうぞお手を」
「あっぱれ、あっぱれ、美しき武士道ぞ」
 元親は思わず感動していった。
「豪勇同志がゆずりあう情誼じょうぎ、これこそわが家中の宝であるぞ、――みなの者も聞いたであろう、伝九郎の心得は武士にとって金鉄のおきてじゃ、きもに銘じて忘れるなよ――さて伝九郎、第三の望みをきこう」
「おそれいりまする」
 伝九郎は両手をついて、
「第三のお願いは、ただいまの五名の方々、なにとぞこれまでどおり、御家臣の列にお加えおきくださるよう、ぜひおねがいもうしあげまする」
「なに、五名の者を許せとか?」
「ただいまの勝負にて、うらみはきれいさっぱり、五名の方々も土佐武士なれば、これしきのことを含んで大切の主家をしりぞかれるような、未練なことはなさらず――もしお許しなき時は、おそれながら伝九郎こそおいとまを頂戴ちょうだいつかまつる」
「よくぞもうした。それでこそ伝九郎じゃ」
 元親は声をうるませてふりむき、「五名の者、いまのことば聞いたか」
 末座にひかえていた田中孫作はじめ五名は、かえすことばもなく、むせび泣きながらそこへ平伏するばかりだった。――元親はなんどもうなずきうなずいていった。
「よい、よい、それでよい。五名とも食禄相違なく許すぞ、さても――さても伝九郎は心にくいやつじゃの」
 そういう元親の目にも、いまはおさえかねたよろこびの涙が光っていた。そして伝九郎の顔には、いまこそ日本晴れの微笑がうかぶのであった。





底本:「春いくたび」角川文庫、角川書店
   2008(平成20)年12月25日初版発行
初出:「少年倶楽部」大日本雄辯會講談社
   1936(昭和11)年9月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:noriko saito
2022年11月26日作成
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