ミル
「日本へ行ってみたいな。そしたら、もう船乗りをやめてもいい。」
爺さんはながい間、海の向うにある桜の咲く小さな島国を、絵のように美しく
この爺さんが、ある日船長から、今度の航海には日本まで行くことになった、ときかされたときのよろこびようたらありませんでした。
「セルゲイ、お爺さんはね、日本へ行くんだよ、日本へ。おまえには、何をおみやげに買って来てやろうね。」
爺さんは、その晩
「ぼく、大将の着た赤い
セルゲイは言いました。いつか絵本で、日本の大将が、まえだてのついた
「よし、よし。」
爺さんはにこにこして言いました。
ミル爺さんは、船が長い波の上の旅をつづけている間も、毎日のように受持の
爺さんは、船が
ある
「やア、セルゲイのほしがっている鎧だ。よしよし買って行ってやろう。」
爺さんは、さっそく店に入っていって、船の中で習い出したばかりのまずい日本語でたずねました。
「これ、いくらですか。」
「百五十円です。」
骨董屋の主人は、じろりと爺さんのみすぼらしい服をみて、ぶあいそうにこたえました。
爺さんは、百五十円ときいて、がっかりしましたが、それでも念のため、
「少し、たかいです。」と、言葉をつづりつづり申しました。
「いくらならよろしいのですか。」
そこで、爺さんは、もういくらも入っていないがま口をしらべました。中には十円
「二十円に。」
爺さんは一生けんめいに申しました。
主人はあまり値段がちがうので、少し腹を立てたのでしょう、だまって首をふりました。爺さんはそれをみると、今はもうあきらめたように、悲しげなようすで、いくどもこの立派な鎧の方をみいみい、暗くなりかけた表の通りへでて行きかけました。
すると
「これならお安くねがいます。」と言いました。
爺さんは、その人形を
まもなく爺さんは、四角な
「やれやれ、やっとセルゲイとの約束をはたすことができた。わしはもう日本もみたし、今度国へかえったら、これで船乗りはやめよう。」
ミル
「爺さん、出帆は今夜の十時だよ。おまえ早くかえって用意をしてくれ。」
船長が申しました。
「船長さん、きっと、ひどいあらしがきますよ。さっき燈台のまわりに、鳥がたくさん飛んでいましたからね。」
爺さんは、長年船にのっていますので、夕方燈台のまわりに鳥がとんでいたり、犬の毛がしめっていたりすると、きっとあらしのくるということをよく知っているのでした。
「なに、大丈夫だよ。外にでてみなさい。とてもたくさん星がでているから。」
船長は平気でした。
その晩、出帆したミル爺さんの船は、印度洋のまん中であらしに会い、いつのまにか航路を
「ボウトを下ろせ、ボウトを下ろせ。」
船長は叫び立てました。かわいそうにミル爺さんは、せっかく日本から買って来た
次の朝ミル爺さんは気がついてみると、海のまん中にある大きな岩の上に
「ミル爺さん、気がついたかね。」
「おやジムさん、ぜんたいどうしたんだねわしは。ボウトが恐ろしく高い波の上に放りあげられたのを知っているが、それからあとは夢のようだよ。」
ミル爺さんは、ほんとにまだ夢のつづきではないかと、穴のあくほどジムの顔をみつめました。
「あのときボウトがひっくりかえったのさ。そこでおまえさんをかかえて、わしはやっとここまで泳いできたんだよ、のんきだな、ミル爺さんは。」
ジムは笑い出しました。
爺さんは、はじめて、親切なジムのおかげで命びろいをしたのだと知ると、うれしくって涙がぼろぼろこぼれました。それにしても船の人たちはどうしたろうと、遠い沖の方をみると、船はもうすっかり波につかって、帆柱だけが青い海の上にみえます。せっかく爺さんが日本から買ってきた山雀も、武者人形も、みんなきれいに海の底へ沈んでしまったのです。それでも爺さんは海に沈んだ船長さんはじめ大ぜいの仲間たちのことを考えると、武者人形ぐらいなんでもないと思いました。
ミル爺さんとジムは、まず、お日さまにきものをかわかしながら、どうかして沖を通る船をみつけたいものだなどと、話し合いました。それからお
「や、ジム、小鳥の巣があるぜ。」
ミル爺さんは叫び出しました。
「そうだ、きっと中に卵があるよ、どら。」
ジムは蟹のあしをくわえたなりで、いきなりうろの中に手をつっこみました。中は
「や、あるある。」
ジムは、爺さんの前に小さな青い色の卵を
「おやおや、きれいな卵だね、ジム。それをわしにおくれよ。そうしたら、この蟹をみんなおまえにやってもいい。」と言いました。爺さんは、このめずらしい小鳥の卵を、せめてものみやげにしようと考えたのです。
「ああいいとも。じゃこの蟹はわしがもらったぜ。」
ろくろくお
「これで、やっとおみやげができたよ。」
ミル爺さんは、うれしそうに言って、その卵を大切にハンカチにつつんで、上着のポケットにしまいこみました。
ミル
ミル爺さんは、家へ帰ると、さっそくテイブルのまわりに三人の家族をよんで、はじめてみた日本のこと、それから、難破してイギリス船に助けられたことを、涙をうかべながら語りました。
「つまんないな。じゃあ、お爺さんのおみやげはみんな海の中へ沈んでしまったんだね。」
セルゲイはつまらなそうに言いました。
「そうだ、日本で買ったおみやげはね。だけど、セルゲイや、お爺さんのおみやげは、ちゃんとあるよ。」
爺さんは、
セルゲイは、眼をくるくるさせて、ぜんたいお爺さんのポケットからは、何が出るだろうとみつめています。
すると爺さんは、ハンカチにつつんだれいの卵をとり出しました。
「これさ。これがお爺さんのおみやげさ。」
「なんだ、卵か。つまんないな。」
セルゲイはがっかりしたように言って、ころころとテイブルの上で卵をころがしています。
「ああ、これを割ってビスケットにぬって食べるとそりゃおいしいよ。わたしは子どものとき、市長さんのとこのお誕生日に食べさせてもらったことがあったっけ。」
お
「そうだ、婆さんや。早くお茶を入れてビスケットにぬっておやり。」
爺さんは言いました。しかしミル爺さんは、せっかく遠くから大切にして持ってきたのに、今割ってしまうのは惜しいと思いました。
「婆さんや、今度の航海の記念に、せめてこの卵のからだけでもしまっておきたいから、
爺さんは言いました。するとセルゲイが、
「ぼく、とてもいいことを考えた。」と言いながら立っていって、
これをみてミル爺さんもお婆さんも、お
セルゲイは、三つの卵がすっかりからになると、それに糸を通して、お窓につるしました。それはなんともいえない美しい窓かざりでした。お日さまの光があたるたびに、青いからがすきとおって、宝石よりもずっとずっときれいです。
「これはいい思いつきだ。こんな窓かざりは、市長さんの
爺さんは、子どものように手を打ってよろこびました。
ミル
爺さんはある日セルゲイに、こんなことをいいました。
「セルゲイや、わしはこれをみていると、海の上でみたお星さまを思い出すよ。いつも北の方に光っていた、北極星のことをね。そうだ、おまえが大きくなってから、どんないいものをお爺さんにおくってくれたとしても、きっと、これには及ばないだろうよ。」