早稲田大学の教旨

大隈重信




 閣下、諸君、今日は早稲田大学の三十年の祝典を挙ぐるに当り、見渡す限りこの大なる式場にほとんどあふれる如く参列されたのを感謝するのである。ことに吾人ごじんの最も光栄と致すのは、欧米諸国先進なる文明諸国の百有余の大学から祝辞を送られたのを衷心より感謝するのである。ことに著名な欧米の名誉ある大学から参列者を送られたことを早稲田大学の名誉として深く感謝致すのである。私はここに強大なる列国の全権大使全権公使諸閣下にもご案内致しておきまして、その多数はご出席のご承諾を得た。これまた学校として深く感謝致すところである。抑々そもそも教育はその意味に於て世界的であるのである。世界の文明は何にって導かれたかと申すと、全く世界の学術の結果である。世界の文明は学術が根本である。しかして学術の根本は大学に在る。真理には国境なし。真理は大学を透して世界の上に働いているのであります。この早稲田大学は創立以後わずかに三十年であるが、吾人はこの大学より時代の要求に応ずる人才の数多あまた輩出することを希望しておったのである。ご承知の通り明治十五年にこの大学は現れたのである。専門学校として現れたのである。その時に学問の独立を標榜して現れたのである。而してこの三十年間に日本の文運、政治上、法律上、社会上の状態は非常に進歩したと同時に、この学苑の教旨きょうしそのものも次第に拡充されたのである。ここに於てこの創立三十年祝典を機とし、我が早稲田大学の教育の趣旨、即ち教旨を宣言するの必要を感じたのである。即ちこの場合に於て、数ヵ条の宣言を朗読致します。

早稲田大学教旨
早稲田大学は学問の独立を全うし学問の活用をいたし模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す
早稲田大学は学問の独立を本旨と為すを以てこれが自由討究を主とし常に独創の研鑽けんさんつとめ以て世界の学問に裨補ひほせん事を期す
早稲田大学は学問の活用を本旨と為すを以て学理を学理として研究すると共にこれを実際に応用するの道を講じ以て時世の進運に資せん事を期す
早稲田大学は模範国民の造就を本旨と為すを以て立憲帝国の忠良なる臣民として個性を尊重し身家を発達し国家社会を利済しあわせて広く世界に活動すべき人格を養成せん事を期す

 これが本大学の教育の大綱である(拍手喝采)。これを少しく説明する必要を感ずるのである。世界の文明は停滞するものでない。世界の文明は日に進歩しつつある。すべて世界の思想感情、すべて社会の状態は日に月に変化しつつある時に当って国を立て社会を為し、またこの国と社会とのために大学教育を施さんとするには、その根本として雄大なる理想がなくてはならぬ。今日本はまさに東西文明の接触点に立っている。吾人の大なる理想は文明の調和者として東洋の文明と西洋高度の文明と並行せしめ、調和せしむるにある。吾人はこの理想の実現に努めなくてはならぬ。この理想を実現するには何としても学問の独立、学問の活用を主とし、独創の研鑽けんさんつとめ、その結果を実際に応用するにある。而してこれに任ずべきものは個性を尊重し、身家を発達し、国家社会を利済し、広く世界に活動することを以て自ら任じ、またその任にゆるところの人格にある。これ即ち模範国民である。全体大学に学ぶものは多数ではない。多数国民の少数である。この少数の高等教育を受けたるものが国民の模範となる。国民の中堅はここに存する。国民の勢力はここにもといするのである。それが国家を堅実に発達せしめ、すべて文明的事業の急先鋒となるのである。
 しかして模範的国民とならんとすれば知識のみではいかぬ。道徳的人格を備えなければならぬ。而して一身一家一国のためのみならず、進んで世界に貢献する抱負が無ければならぬ。これを支那古代の語を以て説明すれば、修身、斉家、治国、平天下である。治国平天下、世界の平和を計らんとすれば、まず国を治めなければならぬ。立国の意味は現在の思想からいえば二つに別れる。一つは国、一つは社会、社会が堅実に発達しなければ国も治まらない。而してその根本は家である。一国のもとは一家である。家庭は即ち国を成す根本である。道義の根本もまたこの家に発する。善良の風俗もこの家庭から生ずる。故に教育は人格の養成を根義とする。ただ専門知識を吸収するのみに汲々きゅうきゅうとしてこの点を閑却するに於ては人間は利己的となる。進んで国と世界とのために尽すという犠牲的精神は段々衰えて来るのである。恐るべきことである。これ文明のへいである。この弊を避けてその利を収むるのは模範国民たるものの責任である。これが早稲田大学の教旨の最も根本を為すべき要点である(拍手喝采)。模範国民の国家に対し社会に対し自己に対する観念の根本を為すべきものはここにある(拍手喝采)。この理想を実現するためには吾人は終身努力しなければならぬ。
 また、ただいま学長から報告された如く、この大学の今日の盛んなるゆえんの本は全く帝室にある、皇恩にある。明治大帝の御沙汰書ごさたしょ且つ金弊を賜わり、今上陛下は東宮にいらせられる当時、この学校の教授及び実験を親しくご覧になったという有難き学事奨励の思召おぼしめしがこの大学を盛んならしめた本源である。ここに於て私は断言する。吾人はまさに国家開闢かいびゃく以来の皇恩に対し、努力して報恩の誠を致さねばならぬ。この皇恩に報ずるの道は吾人の理想を実現するにある。吾人の理想とは如何いかん。東西の文明そのものを調和し、ついに世界の平和を来すというのが吾人最後最大の理想である(拍手喝采)。この理想を実現することに力を尽すが国家開闢以来三千年の皇恩に報ずるゆえんなりと私は信ずるのである(拍手喝采)。
 吾人がこの大学のために力を尽せばこの大学は愈々いよいよ盛んになる。この大学が盛んになると同時に国家も愈々益々盛んになる。国家の目的とこの早稲田大学の目的は必ず一致するのである(拍手喝采)。しかして教育の事はなんら国際上に扞格かんかくを生ずることなく、世界に大なる貢献を為すことが出来る。学術は世界共通のものである。真理に国境なし、真理は共通である。これ世界百有余の大学からあるいは代表者を参列せしめ、また祝辞を送られたゆえんなりと私は信ずるのである。私は衷心喜びに堪えぬ。満場の諸君が世界的の事業に力を尽さるることを実に感謝致すのである。しかしながらこの大学はまだすべての点に於て甚だ不十分である。世界文明の進んで止まない如く、大学の拡張発展も進んで止まないものである。この大学の将来愈々盛んになることを望む。ここに於て常に社会のために力を尽さるる有力なる諸君は、今後益々この大学のために助力さるることを信じて疑わぬのである。今日は天候の悪いにかかわらずかくの如き盛会を開くを得たのは心衷喜びに堪えぬ次第であります。多数ご参列の諸君に私は衷心感謝の意を表するのであります(拍手大喝采)。





底本:「大隈重信演説談話集」岩波文庫、岩波書店
   2016(平成28)年3月16日第1刷発行
底本の親本:「大隈伯演説集 高遠の理想」早稲田大学出版部
   1915(大正4)年5月8日発行
初出:「早稻田學報 第貳百貳拾五號」早稻田大學校友會
   1913(大正2)年11月10日発行
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
※本文冒頭の編者による解題は省略しました。
入力:フクポー
校正:門田裕志
2018年9月28日作成
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