北越雪譜

北越雪譜叙

京山人百樹、京水百鶴

岡田武松校訂




世之農商而嗜文雅者、或不知所文雅文雅、徒ラニ韻士墨客之風標、沈文酒、流花月、而置生計於不問、以傾産業者、マヽ亦有之、是豈嗜ムノ文雅ラン哉、其人特自ノミ矣、鈴木牧之翁者北越塩沢之老農也、性嗜文雅、而能尚節倹驕惰、不誦読於経営之中、而務鉛槧於会計之余、以交遠近之墨客、嘗堪忍之二字シテ、以其名久シク遠邑、而生業亦因豊饒矣、嗚呼若翁者不シテカハ文雅之名而能務ムル其実者、非ラズ、余於タリ一面識於江戸、而後特以書訂スル者有コヽニ、今茲乙未、遠シテ其所著北越雪譜ナル者六巻、併スルニ校訂、時方盛夏炎威如燬、乃北※[#「窗−穴かんむり」、U+56F1、11-8]繙而閲レバ之、則越雪恍トシテ騒屑之声、目ルガ上二紛霏之影、使三レ人頓甑中之苦、読レバ積畳埋屋行旅不通人以窮乏柴米或不ルニ一レ、則※[#「冫+亶」、U+20610、11-9]然寒顫肌膚為之粟生セリ矣、余因以謂オモヘラク※(「糸+丸」、第3水準1-89-90)袴軽薄子弟、当微雪俄紛々舞空之際、彫鞍宝勒飛玉塵於郊※(「土へん+炯のつくり」、第3水準1-15-39)氈帽棕鞋蹈瓊瑤於街衢或画舸載或高楼呼以為勝遊楽事、曾不飢寒為ルヲ何物、若三レ其人此書、依以想其種々凍餒之苦状乎、然則安ンカルコト能省シテルコトヲ宴安之公共、而戚々焉生ズル上二戒懼之心者哉、寧梓而行之其有益世教盖非鮮小也、間者コノコロヤヽ秋涼、聊削其駁雑、校訂方三巻、書賈文渓堂見而喜之謀梓行セント、余寄以告翁、々曰※[#「雨かんむり/彗」、U+4A2E、12-1]中閉戸漫筆、豈敢、於是乎、不復俟一レ於翁以付之、翁之嗜文雅而能務其実、此必笑之而已、翁之稿本国字之間漢字者、嘗不音訓之仮名カナ、余今尽之以便スト童蒙、云フハ天保六年乙未秋園菊開日

江戸   京山人百樹  京山人百樹押印の図
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 此書の稿本図は別冊とし、或は其説に大図を描して添たるもあり、皆牧之翁が自筆の草画也。此挙梓行の為にせざれば図に洪繊重復あり、今梓に臨て其図の過半を省き、目を新にするものを存して巻中に夾刺するは単冊に尽し難を以て也。※[#「其+りっとう」、U+5258、13-3]は是刪定の意に係る所也。余嘗て原図を閲するに、雪中の諸状混錯を走墨に失して通暁し難きもの靴中の瘡痒これを何如せん、唯翁が草図に傚ひて真に描せる而已。或原図の梓に入るものは則これを加ふ、或は説有て図無きもの其説に拠て其図を作りしもあり。盖余未だ越地を踏ず、越雪の真景に於て茫然たり、故に雪図に於て違漏あるも知るべからず、其誤を編者に駆ること勿れ。

京山男少年
乙未秋   京水百鶴  京水百鶴押印の図
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掘除積雪之圖
屋上雪掘圖
縋を穿て雪行圖
雪中歩行の用具の図





底本:「北越雪譜」ワイド版岩波文庫、岩波書店
   1991(平成3)年12月5日第1刷発行
   2013(平成25)年5月15日第6刷発行
底本の親本:「北越雪譜 初編」文渓堂
   1836(天保7)年
初出:「北越雪譜 初編」文渓堂
   1836(天保7)年
※「シテ」の合字は、仮名にあらためました。
※底本の親本の発行年は親本の奥付によりますが、実際に発売されたのは翌年の1837(天保8)年秋といわれています。
入力:富田晶子
校正:雪森
2018年8月28日作成
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●表記について

「窗−穴かんむり」、U+56F1    11-8
「冫+亶」、U+20610    11-9
「雨かんむり/彗」、U+4A2E    12-1
「其+りっとう」、U+5258    13-3


●図書カード