新憲法の解説

解説

山浦貫一




 新日本建設の基礎となる新憲法は、國民の眞摯なる※[#「執/れんが」、U+24360、1-2]意と自由なる意思により、第九十議會を通じて成立した。
 新日本の世界に於ける平和的使命と文化國家としての出發は茲に始まり、全世界は大なる關心を以て之を見守るであらう。之がためにはまづ國民大衆のすべての人が、この新憲法を讀むことである。理解することである。國民的教典として親しむことである。
 今囘たまたま新聞人山浦貫一君の筆を通じて新憲法解説の書が作成上梓されることになつた。その内容と形體においてわれわれの要請を充分に滿たしてくれるものと信ずる。
 民主主義憲法は國民の總意によつて作られたと同時に國民の總意によつて解釋せらるべきであることは言ふを俟たない。この書の出版がこの國民的期待の方向をめざしてまづ力強き第一歩を踏み出す意味において喜びと期待とを新にする次第である。
昭和二十一年十一月
吉田茂
[#改ページ]

 私は世にも珍らしい幸運者であつた。今囘の改正憲法の議會審議に當り、百餘日に亘つて、兩院の有力なる議員諸君と共に、論議を交換し、或る時は氷よりも冷かなる態度を以て法理の徹底を計り、或る時は熔鐵よりも※[#「執/れんが」、U+24360、2-4]き心意氣に乘つて運營の將來を痛論した。
 斯くして日々の檢討に依り改正案の有する各面を内外表裏より事細かに考へた。そしてこれこそは日本國が遲かれ早かれ踏み行かねばならぬ大道を端的に明示するものであり、これに依つて進むことのみが日本國民に負はされた必然の運命であるとの確信を、いやが上に深めた。此の樣な立場に置かれた一身を顧みるとき、此の憲法改正に關連して前述の如く多數の識者に依り斯くも廣く斯くも強く心を開發せられたことは、世にも稀な幸運に惠まれた者と言ふの外に何の言葉があらうぞ。以上は現下の私の心境であるが、これにつけても、國民諸君が速に此の憲法の本體に親しみ、之と融合し、言はば之と一體と爲り、歴史の導く新なる段階に、全身を歡喜に震はせて、突入せられんことを希望して止まない。
 所で私が思ふのは、此の改正憲法に親しむには如何にしたらばよいかの點である。一見すれば憲法は文字を以て書き現はされてゐるが、本質は國民の結晶した精神の表現である。從つて國民が精醇化された精神を以て之に對面するとき、卒讀卒解であるべき筈である。
 私は斯く考へる。勿論個々の法律的解釋は、其の樣にはゆきかねるが、基本原理に付ては上述の如くであるべきこと疑ない。唯之が爲には若干の精神的な準備を要する。それは僅でよい。それさへあれば各人の清純な常識が萬事を解決する。
 斯くて民主的精神に基く憲法は民主的解釋に徹底するを得て、其の歸趨を誤ること無い筈である。換言すれば改正憲法は何一つむづかしい原理を有してゐるものではない。人間を尊重し、平和と正義を正視し得る者にとつては、其の人の直感が恐らく憲法に合一する。技術的な規定に目をくらまされて憲法を親しみ易からぬものと考ふるのは大きな錯覺である。但し斯くは言ふものの憲法全體を學理的に究明し又其の技術的規定を明確にすることは專門家にとつても蓋し容易ではない。一般人が輕々しくこれを自負するとすれば弱體を露呈するの虞なしとせぬ。
 今囘山浦貫一君の筆を通じて作成せられた新憲法の解説は、前述の難解な學徒的研究を平易明朗な文章の中に織り入れて、憲法の原理と應用とを一般國民に容易に呑み込み得る樣にしたものである。内容が完備してゐるか、解釋が正しいか等は主たる問題ではない、憲法普及の現下の要請に照して妥當なる書物である。
 ミケランヂェロの彫刻は「語言はぬ」事のみが缺點とせられた。此の憲法に在つては、國民の※[#「執/れんが」、U+24360、4-8]情と努力とに依る所期の運營が殘された課題である。而して此の書は實に其の運營を圓滑ならしむるに付ての有力なる滑潤劑であらう。
昭和二十一年十一月
金森徳次郎
[#改ページ]

 第九十議會で、再建日本の在り方を規律する憲法の改正が行はれ、ここに民主的、平和的、文化的日本建設への指標が示されたのである。然し乍ら、單に憲法が改正せられ施行せられただけでその目的は達せられないのであつて、まづ、その趣旨が正當に理解せられ浸透せられることが必要である。この爲には、能ふ限り平易且簡明な、讀み易い解説書が必要である。この考へ方から資料等については、法制局の渡邊佳英、佐藤功の諸君の助力をも煩はして新聞人山浦貫一君に依頼し、この解説を得た。
 幸にして前記諸君の非常なる御努力に依り短期間に稿を脱して公刊し得たことは、邦家の爲眞に感謝に堪えぬ所である。
昭和二十一年十一月
林讓治
[#改丁]
[#ページの左右中央]


解説



[#改ページ]

總説


 鎌倉幕府樹立以來七百年にわたる封建國家、明治新政府發足以來八十年に及ぶ軍國主義國家としての日本は、あけやすい夏の夜の夢と消え、こゝに新しく、平和主義に徹した文化國家として起ち上るべき時が來たのである。
 日本が、再び名譽ある地位を國際社會の中に占めるためには、内には民主主義を徹底し外に對してはポツダム宣言の忠實なる實行によつて、新らしい角度から世界の文化的進運に參加貢献する態勢を整へることが、何より根本的な解決策である。すなはち、焦土の裡から美しき國家を再建すべき民族の理想をかゝげ、この理想實現のために具體的な方途を講じたものが、第九十議會で可決された改正憲法、すなはち新憲法である。
 舊憲法はいはゆる明治憲法であり、改正された新憲法は昭和憲法といふべく、以下順を追つて新憲法の解明を試みようと思ふ。
 まづ、憲法改正の動機は何であつたか。二つの要因をあげることができる。
 第一は國内的要因である。すなはち終戰以來、わが國民の中には祖國日本を不幸のどん底に陷れた原因は何處に在るか、といふ反省が深められた。國民の總意を無視してこれを衆愚となし、群羊を逐ふ如く、戰爭にかり立てたところの、所謂軍國主義勢力をして、再び國政を專斷せしめる餘地なからしめることが先決問題である。そのためには一切の封建的武力尊重の考へ方を拭ひ去らねばならぬ。かういふ意識がたかまつてきた。
 この要因をみたすためには、まづわが國政治の根本法たる憲法に根本的な改正を加へることが、目前の急務とされたのである。
 また、他の一つは、日本が敗退したことに基因する國際的な要因である。
 日本は敗れた。その結果、聯合國から要求された降伏條件としてポツダム宣言を受諾した。これを忠實に實行することが與へられた義務であり、この義務を完全に履行することによつて、初めて再起の途がひらかれるのである。そのポツダム宣言、及びこれに關聯し聯合國から發せられた文書に「日本國民の間における民主主義的傾向の復活強化に對する一切の障礙を除去し、言論、宗教、及び思想の自由、並びに基本的人權の尊重を確立すべきこと」及び、「日本國の政治の最終の形態は、日本國民の自由に表明する意思により決定さるべきこと」の條項がある。
 これは、まさに平和新日本の向ふべき大道を示したものであり、これを完全に實現するためには、國内的要因の場合と同じく、國家の基本法たる憲法に大改正を加へることがその要諦である。
 以上述べた通り、平和主義、民主主義に徹し、明るく正しい新日本を建設しようとする國民の熱情と、ポツダム宣言履行といふ國際的要請とが一つに結ばれて新憲法制定の原動力となつたわけである。
 かういふ内外の情勢にかへりみて、終戰直後、昭和廿年十月から政府は憲法改正の準備調査に着手し、昭和廿一年三月六日、憲法改正草案要綱を發表し、四月十七日には、全文口語體平假名といふ、從來の法文の體裁を打ち破つて、正に「新しき革袋に新らしき酒を盛る」劃期的な憲法改正草案を發表したのである。
 そして、この草案は六月下旬、勅命を以つて第九十議會の議に付せられ、貴衆兩院の熱心な審議により、若干の修正を加へて、可決確定されたのである。かくして十一月三日にこの歴史的な新憲法は公布され、六ヶ月の猶餘期間を置いていよ/\施行されることになつたのである。
 新憲法は前文のほか、十一章百三ヶ條に上る大法典であつて、その基調とするところは左の三點に在る。
 第一に徹底した民主主義の原理によつて、國會、内閣、裁判所等の國家機構を定め、第二には、フランス革命の最中に制定されたラファエットの人權宣言や、アメリカの獨立宣言に謳はれてゐる、彼の基本的人權擁護の原則、たとへば言論の自由、思想の自由、信教の自由、勤勞の權利等、さらに、男女兩性の本質的平等にまで及んで、民主主義政治の確立を期すると共に、第三には、竿頭一歩を進め、全世界に卒先して戰爭放棄の大原則を明文化し、自由と平和を求める世界人類の理想を、聲高らかに謳つてゐるのである。この三つの基調は改正された新憲法の各條項に詳しく表現されてゐる。
 基本的人權の擁護については、世界の歴史的變動期にあつた十八世紀のフランス革命とアメリカの獨立をかへりみる必要がある。
 フランスが、ルソーの天賦人權論に刺戟されて革命を起したのが一七八九年であり、ジョーヂ・ワシントンが、獨立したアメリカの初代大統領に就任したのが、やはりこの同じ年である。而して、フランスは、ラファエットが、革命軍たる國民軍を指揮し、國民議會の名によつて發布したのが有名な人權宣言であり、その目的は封建貴族の打倒であつた。ラファエットは、アメリカの獨立運動を援助した人である。
 一七七六年、本國であるイギリス政府の壓迫をしりぞけ、米大陸獨自の權利を主張するために、獨立宣言は發せられた。その中に、
『われ/\は自明の眞理として、すべての人々が平等に造られてゐること、各々創造主により、讓渡すべからざる權利を賦與せられ、これらの權利の中には、生命、自由、及び幸福の追求があることを主張する。いづれの政府もこれらの目的を破壞するに至れば、これを更改または廢止して、新政府を組織し、平等の安全及び幸福に最も適すると思はれる原則を基礎とし、そのやうに新政府を構成するのが、人民の權利なることを主張する』と宣言してゐる。過去の日本は、公卿時代、封建時代から、軍閥官僚の時代を通じて國民大衆は餘りにも人權を忘れさせられてきた。人權は、決して外國の特産ではないのである。
[#改ページ]

前文


 新憲法の前文は、憲法が何故改正されたか、そしてその内容はどんなものかをかいつまんで述べてをり、日本國の新らしい進路を大づかみに現はして、その決意と心構へとを世界に向つて宣言し、宣誓したものである。
 その冐頭に「日本國民は、正當に選擧された國會における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸國民との協和による成果と、わが國全土にわたつて、自由のもたらす惠澤を確保し、政府の行爲によつて再び戰爭の慘禍が起ることのないやうにすることを決意し、こゝに主權が國民に存することを宣言し、この憲法を確定する」、と述べてゐる。
 ここに、主權とは國家意思の實質的源泉、換言すれば、國家の行動の原動力ともなるべき意志の、現實の源を指したものと解すべきであり、從つて「主權が國民に存する」といふのは、日本國の國家意思の源泉が日本國民の全體に存することを宣言したものである。而して國民とは、國家の構成員といふ意味であり、決して君主と對立する人民といふやうな意味ではないから、天皇も個人たる資格においては、この國民の中に含まれてゐることは當然である。
 次に、前文は曰く「そもそも國政は國民の嚴肅な信託によるものであつて、その權威は國民に由來し、その權力は國民の代表者がこれを行使し、その福利は國民がこれを享受する。」と、人類普遍の原理である民主主義の精神によつて、國民の地位がいかに尊く重いものであるかを示してゐる。民主主義を説いたアブラハム・リンカーンの有名な言葉「人民のための、人民による、人民の政治」といふ考へ方がはつきり盛られてゐるし、またルソーの天賦人權論の精神もとりいれられてゐる。この人類普遍の原理である民主主義の精神は、憲法もふくめてすべての制定法の上に、また前にあるものであり、これに反する制定法は、憲法、法令、詔勅を問はず、すべて排除せられるのである。
 次にこの前文は續ける「日本國民は恒久の平和を念願し、人間相互の關係を支配する高遠な[#「高遠な」はママ]理想を深く自覺するのであつて、平和を愛する世界の[#「世界の」はママ]諸國民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、專制と隷從、壓迫と偏狹を地上から永久に除去しようと努めてゐる國際社會において、名譽ある地位を占めたいと思ふ。われらは全世界の國民が、ひとしく恐怖と缺乏から免かれ、平和のうちに生存する權利を有することを確認する。」と。
 世界にさきがけて戰爭放棄を規定した日本は平和愛好國である。そして、平和主義の日本を、武力の脅威から守ることは、平和愛好國民の信義に委せる、信を人の腹中に置くといふ立派な態度を示し、決意を宣言してゐるのである。かくして、同時に、この地上に醜惡と慘忍の種子をまき、人類平等の理想に反するところの專制とか、奴隷のやうに、使ひ使はれるとかいふ、非民主的な現象を排斥し、強い者が弱い者を壓迫することや、獨善的で排他的な偏狹といふやうな、不道徳を永久に除去しようと努力してゐる國際社會の一員として、名譽ある地位を占める日の早からんことを願つてゐるのである。
 このことこそ、世界恒久平和實現への、日本國民の眞面目な、積極的な※[#「執/れんが」、U+24360、17-2]情を表明したものであつて、この平和愛好の精神こそは、第二章の戰爭放棄の規定と表裏一體をなして、新憲法の最も大きい特色をなしてゐるのである。次に、前文はなほ續ける。
「われらは、いづれの國家も、自國のことのみに專念して他國を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に從ふことは、自國の主權を維持し、他國と對等關係に立たうとする各國の責務であると信ずる。」
 平和主義のすべての國民が、平和のうちに生存する權利をもつてゐることを確認するためには、國境を越えた政治道徳の普遍性に從ふことが、各國の責務である、といふ信念を強調して、やがて國際社會の一員たる名譽ある地位を占めた場合の、覺悟と決意とを明らかにしてゐるのであつて、まことに調子の高い、平和愛好の歌ともいふべきである。
 前文は、その最後に、堂々たる誓ひの言葉で結んでゐる。
「日本國民は國家の名譽にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
 これで前文は終つてゐるが、この中に盛られた新生日本國民の新らしい哲學、人生觀と世界觀とが、十一章百三ヶ條の規定となつて具體的に表現されてゐるのである。
[#改ページ]

第一章 天皇


 新憲法の最も重要な點は、天皇制を如何に規定するか、國體は變革されたかされないか、といふ、日本國存立上の根本的な問題である。
 新憲法は「天皇は日本國の象徴であり、日本國民統合の象徴であつて、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。」(一)
と冐頭してゐる。そしてこれが天皇の基本的地位を示してゐるのである。
 まづ言葉の解釋をつけなければならない。象徴とはもと、英語のシンボルに相當する言葉である。一九三一年のウエストミンスター議定書の中に、イギリス國王を以て英帝國諸領結合の象徴としてゐる用例がある。ペンは文の象徴であり、劍は武の象徴である、といふ如く、抽象的な精神を具體的な形に現はす場合に使はれる。天皇は日本といふ國柄の具體的な形であらせられ、國民の統合された形であるといつてもよく、すなはち、天皇の御姿を仰ぐことによつて、そこに日本國の儼然たる姿を見、そこに國民が統合され統一された渾然たる姿を見ることができる、といふ意味である。
 明治憲法では、天皇は統治權の總攬者であらせられたが、新憲法では、天皇は、かゝる地位を有せられないことになつたのである。そして「正當に選擧された國民の代表」すなはち國會が國家の最高機關となるわけである。
 すなはち、新憲法は、「天皇はこの憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、國政に關する權能を有しない」(四)と規定し、たとへば、國會の指名に基いて内閣總理大臣を任命せられること、内閣の指名に基いて最高裁判所の長たる裁判官を命ぜらるゝこと、その他、憲法改正、法律、政令及び條約の公布等、天皇の行はせらるべき一定の事項を明文に列擧してゐるが、これらは何れも政治の實質を決定するものではなく、しかも、これらのことを行はせられる場合には、すべて内閣の助言と承認とを必要とし、その責任はすべて、政治の局に當る内閣が負ふことになつてゐる。
 認證といふ言葉が、第七條の第五・六・七項に出てくる。平たくいへば、認める、といふことであるが、これを「裁可」と改めては如何といふ論が議會の質疑に出て來た。「裁可」は天皇の行爲の方向を實質的に決する意味をもつが、「認證」はある行爲の存在を確認する行爲であつて、新憲法における天皇の「象徴」たる御地位と照し合せれば、適當な表現といふべきであらう。
 また、天皇の地位は、日本國民の總意に基くものであることが規定されてゐる。これによつて皇位、すなはち天皇の御地位は、もはや神話や傳説に見受けられる如き架空なものではなく、現實的、合理的な基礎の上にあることが明確に示されたことになる。
 なほ、新憲法では、皇位の世襲性はこれを認めるけれども、その繼承については皇室典範で定めることにしてゐる。皇室典範は、從來は皇室自律主義により議會の議決の外にをかれてゐたが、これを法律の一つとして、國會の議決を要することに改められた。また皇室財産は國家に移管され、皇室の費用は國會が議決してさし上げることに規定されてゐる等、なか/\に重大な變更である。
 このやうな變更によつて皇室の御地位は、合理的基礎の上に置かれることとなり、いはゆる天皇制の下に、天皇の御名にかくれて、或る一部の者が民意を歪曲して國政を專斷し、無暴な政策を施行し、戰爭をまき起して國家を危局に陷れ、災ひを全國民に及ぼすやうな危險は取り除かれるわけであるから、いはゆる、雨降つて地固まるものといふべきであらう。
 さて、天皇の地位が、このやうに變化してゐることについて、議會その他においては、新憲法によつてわが國體が變革されたのではないか、といふ議論が活溌であつた。國體の問題は成文憲法の基礎に横たはる問題であつて、憲法の條項に直接關係のある事柄ではなく、各人の判斷、各個の學説に委されて然るべきものであるが、こゝでは政府の説明の趣旨を紹介して、各人の自由な批判に委せようとするのである。
 國體といふ言葉は、幾通りもの意味にとれるが、その正しい意味としては、國の基本的特色と解釋することが妥當である。さう解した場合に國體とは、國家存立の基底であり、國家と運命を共にするものであつて、もしこの國體が變革を蒙むるか、あるひは失はれた場合は、直ちにその國家は存立を失ふ。かりに、そこに新しい國家が成立したとしても、この新舊の兩國の間にはもはや同一性が存しない、と見なければならない。國體をかう考へて、わが國につきこれを觀れば、それは即ち、日本國民がその心の奧深く根を張つてゐる天皇とのつながりを基礎とし、天皇を、いはゞあこがれの中心として仰ぎ、それによつて全國民が統合され、日本國存立の基礎をなしてゐるといふ、搖ぎなき嚴肅な事實であるといふことができる。
 これに反して從來、公法理論で多くの學者が、萬世一系の天皇が統治權の總攬者にましますといふ事實を以て、わが國の國體であると斷じ、明治憲法第一條乃至第四條の規定を以て、いはゆる國體規定であると稱して來たのは、今日冷靜に考へると、明治以降の、その時々の制度上の特色に囚はれたきらひを免れないのであつて、これ等は正しくは、國體といふよりもむしろ政體に屬する事項であると解すべきである。從つてこの意味での國體、すなはちわが國の政體が今囘の改正によつて大巾に變更したことは勿論である。
 今囘の憲法改正が、明治憲法第七十三條の規定によつて行はれたといふことも、國體の不變、從つて、國家の同一性、さらにひいては、憲法の繼續性を前提にをいてはじめて、矛盾なく理解できる。なほ、國體の問題に關聯して、わが國の主權の所在の問題があるが、金森國務大臣の意見を紹介する。
 主權在國民の原理によつて、主權の所在が變つたか否かゞ問題となる。從來の一學説たる主權在君説から論定すれば、憲法の改正によつて、それが國民に移つたことになるのは當然の歸結である。しかしながら他の考へ方からすれば、主權は從來から國民全體にあつたので、天皇は國權の總攬機關であつたのである。この主權在國民の原理は、從來國民が十分意識しなかつたのであつて、主權在國家説などの姿をもつてゐた。それが今囘自覺期に入つたのである。過去においても、天皇の地位は國民の納得を伴なつてゐたものであつて、これを基として靜視すれば、主權在國民の本質が過去に於て存在したといひ得る。つまり、實質的變化か、認識的變化かの何れかであるが、何れにしても變化はある。しかし自分(金森國務相)は後の考へが正しいと思ふ。
 以上が、國體及び主權の問題に關する政府の見解であるが、議會の兩院では、活溌に論戰が展開された。特に貴族院では、法律學者が揃つて質問陣をはり、國體は變革されたではないか、と政府に迫つたけれども、政府は、變革されたのは政體であつて國體ではない、といふ信念で一貫した。この見解の相違は、新憲法解釋の學問的命題として、將來にまで殘ることになるであらう。
[#改ページ]

第二章 戰爭の放棄


 本章は新憲法の一大特色であり、再建日本の平和に對する※[#「執/れんが」、U+24360、26-2]望を、大膽卒直に表明した理想主義の旗ともいふべきものである。
 いふまでもなく、戰爭は、最大の罪惡である。しかも、世界の歴史は戰爭の歴史であると言はれるやうに、有史以前から戰爭は絶えない。第一次世界大戰の後に出現した國際聯盟は第二次大戰を阻止し得なかつたし、今日新たに、世界平和を念願して生れた國際聯合も、目的を貫徹するためには、加盟國はお互に非常な努力が必要とされるのである。
 しかし、何とかして、人類の最大不幸であり、最大罪惡である戰爭を防止しなければならないことは、世界人類の一人々々が膽に銘じて念ずるところである。
 一度び戰爭が起れば人道は無視され、個人の尊嚴と基本的人權は蹂躪され、文明は抹殺されてしまふ。原子爆彈の出現は、戰爭の可能性を擴大するか、又は逆に戰爭の原因を終熄せしめるかの重大段階に到達したのであるが、識者は、まづ文明が戰爭を抹殺しなければ、やがて戰爭が文明を抹殺するであらうと眞劍に憂へてゐるのである。
 こゝに於て本章の有する重大な積極的意義を知るのである。すなはち、政府は衆議院において所信を述べ、「戰爭放棄の規定は、わが國が好戰國であるといふ世界の疑惑を除去する消極的效果と、國際聯合自身も理想として掲げてゐるところの、戰爭は國際平和團體に對する犯罪であるとの精神を、わが國が卒先して實現するといふ、積極的な效果がある。現在のわが國は未だ十分な發言權を以てこの後の理想を主張し得る段階には達してゐないが、必ずや何時の日にか世界の支持を受けるであらう、」云々。
 日本國民は、正義と秩序を基調とする國際平和を誠實眞劍な態度で求めてゐる。國權の發動たる戰爭と、武力による威嚇や武力の行使は、永久に放棄する旨を宣言したのである。そしてさらに、この目的を達成するためには、陸海空軍その他、一切の武力を持たず、國の交戰權はこれを認めない、と規定したのである。
 侵略戰爭否認の思想を、憲法に法制化した例は絶無ではない。例へば一七九一年のフランス憲法、一八九一年のブラジル憲法の如きはそれである。しかしわが新憲法のやうに、大膽に捨身となつて、卒直に自ら全面的に軍備の撤廢を宣言し、一切の戰爭を否定したものは未だ歴史にその類例を見ないのである。
 これに對して、議會では多くの疑問が提出された。即ちまづ、本規定によりわが國は自衞權を放棄する結果になりはしないか。よし放棄しないまでも、將來、國際的保障がなければ、自己防衞の方法がないではないか、といふ點が、誰しも感ずる疑問であらう。しかし、日本が國際聯合に加入する場合を考へるならば、國際聯合憲章第五十一條には、明らかに自衞權を認めてゐるのであり、安全保障理事會は、その兵力を以て被侵略國を防衞する義務を負ふのであるから、今後わが國の防衞は、國際聯合に參加することによつて全うせられることになるわけである。
[#改ページ]

第三章 國民の權利及び義務


 この章の特色は、基本的人權の擁護にある。
 ポツダム宣言の條項の中にも、『言論、宗教及び思想の自由並びに、基本的人權の尊重』が謳はれてゐるが、この基本的人權を徹底的に保障するといふことは、完成された個人の意思を基調とする民主主義政治の要諦であつて、この意味では、この第三章は、新憲法の基礎をなす重要な部分である。
 本章は、まづ「國民は、すべての基本的人權の享有を妨げられない」(一一)といふ規定ををき、およそ基本的人權と考へられるすべてを保障することを明らかにし、その重要なものを拾つてさらに具體的に規定し、その徹底を期してゐる。即ち、すべて國民は、個人として尊重されるべきこと(一三)、すべて國民は、法の下に平等であること(一四)、公務員の選定罷免は國民固有の權利である(一五)ことといふやうな原則的規定のほか、請願權(一六)、公務員の不法に對する賠償請求權(一七)、人身拘束の禁止(一八)、思想及び良心の自由(一九)、信教の自由(二〇)、集會、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由(二一)、居住移轉及び職業選擇の自由(二二)、學問の自由(二三)、等の保障、婚姻は兩性の合意でのみ成立し、家族に關する事柄についての個人の尊嚴、兩性の本質的平等の確保(二四)、文化的最底生活の保障(二五)、教育を受ける權利の保障(二六)、勤勞の權利についての保障(二七・二八)、財産權の保障(二九)、裁判請求權の保障(三二)、その他刑事手續に關する一般の保障規定が設けてあり、殊に過去において種々な弊害を生じた刑事訴追の關係については、細密に規定されてゐる。
 民主主義政治の要點は、國民の生れながらにしてもつ權利、基本的人權を尊び、人格の尊嚴と自由を重んずることによつて、すべての人に幸福な生活を營ましめんとするところに在る。それで、近代民主主義が第一に要求するところは、國民の基本的人權と自由とを保障するにありとされるが、これは一面、義務と責任とを伴なふ。すなはち人はその權利を保障されてさらに人格の覺醒を促し、その反省によつて各個人の義務と責任感の充實を招き、よりよき民主主義政治が發達することになる。この二つの意味から、人格の尊重と自由の保障とは、民主主義政治の大いなる前提をなすのである。
 だが、與へられた權利と自由とを濫用して、秩序をみだり、國家社會の衰運をまねくが如き行動が時流に乘つて横行する如きは、最も戒しむべき法の惡用といふべきであらう。
 本章にはなほ、個人の尊重に關聯しての「生命、自由及び幸福追求に對する國民の權利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする」(一三)とし、殊に「國はすべての生活部面について、社會福祉、社會保障及び公衆衞生の向上及び増進に努めなければならない」(二五)、といふやうな規定をもつて飾られてゐる。これらは明治憲法に見られない新らしい角度から定められた。殊に後者の如きは國家の不干渉といふやうな消極的立場を脱し、積極的に、國の施策の方向を示し、新憲法の持味を生かしたものといつてよいと思ふ。
 明治憲法においても、一定の事項を拾つて國民の自由權利を保障してゐる。たとへば、居住移轉の自由、みだりに逮捕監禁、審問、處罰を受けぬ保障、住居の不可侵、信書の秘密に對する保障、財産權の不可侵、信教の自由、言論、出版、集會、結社の自由、などであるが、これらの保障と自由とは、多くの場合、「法律に定められたる場合を除く外」又は、「法律に依るにあらずして」といふ限界があつて、しかも、一部の權力者が、この「法律に定められたる場合」を逆用して、つひには憲法が死文と化するやうな状態に陷つてしまつたことは、われわれが、特に既往十數年間、身にしみて體驗したところであつた。
 新憲法では、法律云々の拔け道はつけてない。憲法自ら直接に保障する原則を採用してゐるから、その強さにおいても格段の相違がある。
 特に列擧されたものを見ても、學問、思想及び良心の自由、教育を受ける權利、宗教の自由、生活權の保障、勤勞に關する保障、勞働團結權、團體協約權の保障等、文化的、社會的、經濟的な面において新時代に即した事項が數多くとり上げられてゐる。
 また、婚姻は兩性の合意のみに基いて成立し、夫婦は同等の權利を有し、また家族に關しては個人の尊嚴と兩性の本質的平等を主張してゐる點は、封建的家族制度に一大革新を要請するものであり、また、封建的社會制度に對する改革の規定としては第十四條をあげ得る。すなはち、すべての國民は法の下に平等であつて、人種、信條、性別、社會的身分、又は門地によつて一切の差別をうけない。
 華族制度は認められないので、新憲法施行と共に廢止されるし、榮譽や勳章は、一切の特權を伴はないことに規定されてゐる。
 なほ親子の關係につき新憲法中規定がないのは、政治に關する法たる憲法の性格に起因するものであり、國家が、この關係を輕視するものと速斷してはならないのである。
 この民主主義的な情緒は、口語體平假名で書かれた新憲法のいたるところに、百花みだれるが如く咲きほこつてゐるのである。
 この憲法は、權利と自由とを主張して、その裏づけとなる義務の點については極めて消極的ではないかと評する者がある。なるほど、どの條文を見ても「義務」といふ文字は少ない。普通教育に關する義務(二六)、勤勞の義務(二七)、納税の義務(三〇)の三つの義務が目につくくらゐなもので、これを權利、保障、自由の文字多きに比べては、比重が輕きにすぎる、といふのは一應適切な批評かも知れない。しかし、それは、今日まで、法律の枠内で權利よりも義務を押しつけられることになれて來た悲しい習性ともいへるであらう。個人の人格が完成された國民の場合では、權利の裏づけとして義務の存することは當然とされてゐるのであつて、義務條項の少なきを批評するのは、未だ完成された國民の自覺が不足してゐるからだともいへよう。新憲法第十二條では、正に、その點を述べてゐる、「この憲法が國民に保障する自由及び權利は、國民の不斷の努力によつて、これを保持しなければならない。又、國民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」。
[#改ページ]

第四章 國會


 國會は、國權の最高機關であつて、國の唯一の立法機關である(四一)
 新憲法は、國權發動の機關として、國會、内閣及び裁判所の三つの機關を設けてゐるが、その中で、國會を國政の中樞、國權の最高機關としてゐる。新憲法の下におけるわが國の政治機構は、完全に國會中心主義になつてゐるのである。この點は「男を女とし、女を男とする以外」のことは何事も可能とされる英國の議會政治と共通するものがあり、明治憲法の如き制約された議會政治とは全く趣を異にしてゐる。
 勿論、内閣總理大臣は、議會の多數黨から選出され、閣員は總理大臣の任命によるので、英國の場合と同じやうに議院内閣制をとるわけであるが、内閣の地位は、國會の下に在つて、どこまでも國會の權力は強大である。
 しかし、一方、アメリカ式に、判然たる三權分立主義をも加味した結果、立法機關としての國會が憲法に違反する立法をなした場合は、最高裁判所がこれを審査する權利を保有し、また同時に、國會は罷免の訴追をうけた裁判官を裁判する權利をもつてゐるから、司法權と立法權とは相互牽制の妙味を發揮してゐるわけである。
 國會の權限は、法律の制定、條約の承認、豫算その他財政に關する權限等、國政の基本たるべき事柄のすべてにわたつてゐるが、前述のやうに内閣總理大臣が、國會議員の中から議決指名されることは、この憲法における國會の地位を端的に示してゐるものであり、政府に對して、優越の地位にあることを現はしてゐるわけである。
 國會は、衆議院及び參議院の兩院で構成する(四二)
 明治憲法における帝國議會は、衆議院及び貴族院の兩院制度を採用してゐるが、新憲法で、貴族院は消滅し參議院がうまれる。而して、新しい兩院制度は、從來のそれとは餘程趣を異にしたものになるのである。まづ、兩院とも、民主主義の原則に基いて、いづれも「全國民を代表する選擧された議員」を以て組織され(四三)、その議員及び選擧人の資格を定めるに當つては、人種、性別の外、門地、教育、財産又は收入によつて差別してはならない(四〇)[#「(四〇)」はママ]徹底的な普通選擧であつて、これは參議院にも適用されるから、從來の貴族院のやうな、皇族、華族、多額納税者、勅選議員等を以てする特權的な構成は許されないことになるのである。
 以上の原則は兩院共通であるが、兩院の組織實態は法律にこれを讓り、右の原則の範圍内で、各議院の本質に應じた適切な選擧法が決められるのである。それは、新憲法が通過した次の議會の議を經て出現する筈であるが、既に新憲法に明文化されてゐる。議員の任期は、衆議院議員については四年であり(四五)、參議院議員は六年とし、三年毎にその半數を改選するものとし(四六)兩院についての差を設けてゐる。アメリカの上院が二年毎に三分の一づゝ改選される制度に似て、參議院の構成に繼續性をもたせ、その特質を發揮せしめるためである。なほ、衆議院には解散があり、參議院にはこれが無いことも、兩院の本質に觸れた大きな差異である。
 兩院によつて國會が構成される。明治憲法では帝國議會と呼ばれたが、新憲法では國會と稱するのが公式で、「議會」は一般的な普通名詞となるわけである。
 さて、國會を構成する兩院の機能についていへば、衆議院は參議院に對して著るしく優越してゐる。例へば、法律案の議決について、參議院が衆議院と異つた議決をした場合、衆議院で出席議員の三分の二以上の多數で再び議決したときには、それが法律として確定するのであり、しかもその場合、參議院が、いはゆる握りつぶしの方法をとることを妨げる意味で、參議院が衆議院より法律案の送付を受取つた後、六十日たつても議決しないときは、衆議院は參議院がその法律を否決したものと見なして、右に述べた手續をとることができる、と定められてゐる(五九)
 内閣總理大臣の議決指名についてもこれと同樣な規定があり、これについては、法律案の場合よりも一層衆議院の意思に優越性が認められてゐる。すなはち、法律の定めるところにより、兩議院の協議會を開いても意見が一致しない場合、又は衆議院が指名の決議をした後、國會休會中の期間を除いて十日以内に、參議院が指名の決議をしないときは、衆議院の議決を以て、國會の議決とする(六七)
 英國の議會では上院の力を制限し下院の議決權を強力ならしめ、その兩院制度を一院制度に近からしめたものとして有名であるが、その規定によつても、日本の新憲法による衆議院の方がもつと強力である。すなはち、英國議會では、法律案が三會期にわたつて連續下院を通過したときには、あくまで上院が否決しても議會の議決があつたものとして、國王がこれに署名して成立することになつてゐる。
 もう一つ、豫算の場合である。
 豫算はまづ衆議院に提出される。豫算先議權は明治憲法と同じであるが、その審議に當つて、參議院が衆議院と異つた決議をした場合には兩院協議會を開くが、協議會を開いてもなほ意見が一致しないとき、または參議院が衆議院の可決した豫算を受取つた後、國會休會中の期間を除いて三十日以内に議決をしないときは、衆議院の議決を國會の議決とする(六〇)のである。
 これを英國議會に比較してみるに、金錢法案に關しては他の法律案の場合よりも重く、下院で可決した金錢法案を上院が受理して後、一ヶ月以内に上院が可決しなければ、下院はこれにかまはないで王の署名裁可を求めることができるから、事實上、上院に反對權はないわけである。ほゞ、わが新憲法の規定と同じである。
 これによつてもわかるやうに、新憲法は國民の意思を新鮮に代表するものとして、衆議院に中心をおく。參議院は衆議院の足りない所を補ひ、國會における審議を周密ならしめると共に、衆議院の多數黨が黨利黨略にかられて横暴を極めたり、一院制に近い權限をふるつて、ともすれば輕卒過激にわたる議決をせんとする際、輿論の動向推移を正しく見究め、同時に其の特質を發揮してこれを是正するブレーキの役割をつとめる。
 かくして國會の議事に對する輿論の反映と信頼とを確保する機能を期待して、この二院制が採用されたわけである。
 國會は常會として、必ず毎年一囘は召集される(五二)のであるが、常會の外、臨時會は必要に應じ何時でも召集される。しかもこの臨時會の召集については、議員の方から自ら進んでこれを要求し得るものとし(五三)國會の機能發揮に遺憾なきを期してゐる。
 かゝる國會の地位と、その使命からいつて、國會は何時でも活動できる態勢にゐなくてはならないのだが、衆議院が解散されて、まだ新議院が成立してゐない間は、國會としての活動は不可能であり、もし國に緊急の必要があつた場合の措置に不都合が生じる。そこで新憲法はこのやうな場合に處するため、參議院の緊急集會の制度を設け、内閣が參議院に對しその手續をとつて國會の權能を代行させることゝしてゐる。但しそれは、あく迄臨時的の措置であるから、衆議院が成立した時にはその同意を求め、もし同意を得られないときは、その措置は效力を失ふことゝされてゐる(五四)
 明治憲法においては、緊急勅令、緊急財政處分、また、いはゆる非常大權制度等緊急の場合に處する途が廣くひらけてゐたのである。これ等の制度は行政當局者にとつては極めて便利に出來てをり、それだけ、濫用され易く、議會及び國民の意志を無視して國政が行はれる危險が多分にあつた。すなはち、法律案として議會に提出すれば否決されると豫想された場合に、緊急勅令として、政府の獨斷で事を運ぶやうな事例も、しば/\見受けられたのである。
 新憲法はあくまでも民主政治の本義に徹し、國會中心主義の建前から、臨時の必要が起れば必ずその都度國會の臨時會を召集し、又は參議院の緊急集會を求めて、立憲的に、萬事を措置するの方針をとつてゐるのである。
 新憲法の下における國會は、國政の中樞をなすものであつて、わが國政の將來は、國會及び國會議員が、憲法上與へられたこの重大な職責を正しく行ふかどうかにかゝつてゐるのである。
 而してこのことは、終局においては、その議員を選擧するわれら國民の双肩にかゝつてゐるわけである。議會政治は要するに國民全體の政治である。われら國民は國政に對する批判を怠らず、國政を擔當するものは究極においてわれら自身であるといふ事實を深く考へなければならないのである。
[#改ページ]

第五章 内閣


 新憲法は「行政權は内閣に屬する」(六五)旨を定め、内閣を以て行政の最高責任者とした。そしてこの憲法は、いはゆる議院内閣制の主義に則つて、内閣の組織及び運營の方法を定めてゐる。
 議院内閣制とは、内閣が國會の基礎の上に存立してゐることをいふ。國會は國民の代表であるから、結局において内閣の行なふ政治は民意による政治となる、といふことをその基本とするものである。
 この制度は英國において模範的に發達をとげてゐる。すなはち英國では、下院に多數を占める政黨が内閣を組織するから、閣員は原則として政黨員であり、又、下院もしくは上院の議員である。わが新憲法においては、總理大臣と、閣員の過半數とは國會議員たることを必要としてゐるから、これとほゞ軌を一にしてゐるのである。たゞ英國の場合は、不文律であるが、わが新憲法は明文をもつてこれを規定した。
 内閣はその首長たる内閣總理大臣、及びその他の國務大臣を以て組織される(六六)のであるが、内閣總理大臣は、國會議員の中から國會の議決でこれを指名し(六七)その指名に基いて天皇が任命する。他の國務大臣は、内閣總理大臣がこれを任免するが、その過半數は國會議員の中から選ばなければならない(六八)。而してその場合、内閣總理大臣その他の國務大臣は「文民」でなければならない(六六)ことになつてゐる。
「文民」といふのは、日本語では全く新らしい熟語である。英語に飜譯すれば「シビリアン」(市民)で、直ちに諒解されるところであるが、まだ使ひなれぬ字句なのでもの珍らしく感ぜられる。この條文の趣旨は、前文及び第二章に示された平和主義の精神をうけて、軍國主義的人物がかゝる國家の要職に就くことを排除する規定なのである。
 内閣總理大臣は、明治憲法の下においては、いはゆる「大命降下」で、天皇が選任された。尤も大命降下までには、元老とか重臣といはれる人々が、あらかじめ候補者を協議選定して、後繼内閣組織の御下問に奉答し、天皇が御下命になる不文律になつてゐた。
 これが、天皇制の名の下に、一部權力者が國政を私し、國を今日の悲境に陷れた原因であるとして、嚴肅に批判されてゐる點である。この故に、國民の代表である國會が、民主主義的な方法によつて總理大臣を議決指名することになつたのであるが、このやうな例は議院内閣制の模範國といはれる英國にもない。すなはち英國では、總理大臣も國務大臣も國王が任命する形式をとつてゐる。
 三權分立を嚴格に解釋してゐる米國では、大統領の組織する内閣は全く議會から獨立し、大統領の任命する各省長官は議員たるを必要とせず、行政權の立法司法の兩權に對する對等性を示してゐるが、わが國では、從來專制的權力を握つてゐた行政府の地位を弱めたともいへるのである。
 内閣は行政權の行使について國會に對し、連帶して責任を負ふ(六六)。いはゆる一蓮托生である。而して、衆議院が内閣不信任の決議をなし、又は信任の決議案を否決した場合には、内閣は衆議院解散の手續きをとつて直接信を國民に問ふか、あるひは直ちに總辭職をするか、その何れかの途を選ばなければならない(六九)
 また、内閣總理大臣が缺けた時、または衆議院議員總選擧の後に初めて國會の召集があつたときは、内閣は、總辭職をしなければならない(七〇)。これらは何れも議院内閣制の主義を遺憾なく採りいれたものといふことができる。
 新憲法は、内閣の權限として、一般行政事務の中から、特に重要な事項を掲げ、法律を誠實に執行し國務を總理すること、といふやうな原則的なものゝ外、條約の締結權、政令の制定權などを列擧してゐる(七三)
 條約の締結については、事前に又は、場合によつては、事後に國會の承認を經ることを必要とする旨規定し、政令については、この憲法及び法律の規定を執行するために、これを制定し得ることを明かにしてゐる。政令といふのは、從前の勅令に近い形のものであるが、新憲法の本旨からいつて、國民に義務を課し、負擔を命じ、その他國民を拘束するやうな規定はすべて、國會の議決する法律に基くべきことは當然であり、從つて法律の特別の委任がない限り、たゞ憲法または、法律の規定を執行するためにのみ、發せられるべきことを明かにしてゐるのである。
 本章で目につくことは、内閣の權限のうちに、從來は天皇に屬してゐた大權事項が多く移管されたといふことである。明治憲法では、内閣は天皇に對してのみ責任を負ふことになつてゐたが、こゝでは議會に對してのみ責任を負ふと規定されてゐるし、天皇を輔弼する責任は、助言と承認の方法に變つてをり、「裁可」の代りに「認證」となつてゐる。前にも述べた國務大臣任免の權限などは、特に著るしい變化といはなければならない。
[#改ページ]

第六章 司法


 司法は社會生活における法と秩序の維持及び正義の實現の機能を營むものである。この機能は一般政治及び行政にくらべて消極的であるが、社會生活における重要性の點で決してこれ等に劣るものでない。この機能は良心的に公正に發揮されねばならず、從つて政治的行政的干渉に對して獨立が保障されなければならない。この故に司法權の獨立は明治憲法にも謳はれてをり、わが國の裁判官は、その精神を守つて、法治國の面目を立てゝ來たのであるが、この司法權の獨立は、新憲法においてさらに強化された。たとへば、最高裁判所は、從來の樞密院が自負してゐたところの「憲法の番人」たる役割を擔ふことになつた如きはその一例である。
 最高裁判所の長たる裁判官は、内閣總理大臣と相並んで、内閣の指名に基き天皇が任命する(六)ことになつてゐるが、最高裁判所の、その他の裁判官は、内閣がこれを任命するのである。
 而して、これ等の裁判官の任命については、任命された直後及び十年を經過する毎に、衆議院議員總選擧の時を利用して、廣く國民の審査に付し、國民の多數が罷免を可とするときは、その裁判官は罷免されることになつてゐる。
 裁判官はいはば國民が選任しかつ監督するのであつて、裁判官の地位も究極においては、國民の總意を以て決するものであることを示したものであり、民主主義の建前から見て、筋の通つた規定であらう。なほ、この制度は類似のものが米國の一部の州に行はれてゐるだけで、諸外國にもあまり例を見ない新しい制度である。最高裁判所のもつ、違憲立法審査權などの重要な權能にかんがみて、適切な方法であるといひ得ると思ふ。
 なほ、最高裁判所、下級裁判所の裁判官は、何れも法律の定める年齡に達した時、退官し(七九・八〇)又、心身の故障がある場合に罷免されることはあるが、それ以外は、公の彈劾によらなければ罷免されない(七八)。この彈劾については國會議員で組織する彈劾裁判所が裁判することになつてゐる(六四)
 このやうな嚴重な身分の保障と相俟つて、憲法は特に一條項を置き「すべて裁判官は、その良心に從ひ獨立してその職權を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(七六)と規定して、その公正にして獨立なるはたらきを要請してゐる。
 新憲法は「すべて司法權は、最高裁判所及び法律の定める所により設置する下級裁判所に屬する」(七六)と定め、裁判所の組織及び機能に關し、人權保障の最後の堡壘として、裁判の公正、司法權の獨立を確保するため適切な諸規定を設けてゐる。
 明治憲法では、特別裁判所及び行政裁判所に關し、規定してゐるが、新憲法は、特別裁判所の設置は明かにこれを否認し、また、行政機關は、終審として裁判を行ふことができないものとしてゐる。特別裁判所といふのは、從前の軍法會議のごときがその一例であるが、單に權限が特別である、といふだけでなく、その特殊な構成または作用からして、人權保障の上に好ましくない沿革をもつてゐる制度であるだけに、この憲法では明白にこれを否認したのである。
 なほ、新憲法においては、從來の行政裁判所の機能は、今後一般の司法裁判所の權能に移されることゝなつた。
 この憲法は、違憲立法等に對する裁判所の審査權について、特に規定を設け「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則、又は處分が憲法に適するかしないかを決定する權能を有する終審裁判所である」(八一)としてゐる。
 これは、裁判所は、命令等はもとより法律についても、いはゆる違憲立法審査權を有すること、即ち、裁判所は訴訟事件の裁判にあたり、適用すべき法規が憲法に違反するものと判斷した場合には、その無效を宣言して適用を拒否し得ることを定めたものであつて、このことは、憲法が國の最高法規であるといふ建前を貫く、有力な保障であるといはねばならない。
 しかも、新憲法は、この違憲立法審査について、最高裁判所を終審裁判所としたのであるから、これによつて最高裁判所は、いはゞ憲法の番人として、この憲法の權威を擁護する、大きな責任を與へられたことゝなる。
 なほ、裁判の對審及び判決公開の原則も、明治憲法よりははるかに嚴重に定められ、殊に政治犯罪、出版に關する犯罪、又はこの憲法第三章で保障する國民の權利が問題となつてゐる事件の對審は、常にこれを公開すべきものとし(八二)あくまでも裁判の公正を期してゐる。
[#改ページ]

第七章 財政


 財政はいふまでもなく國政の基礎である。これが確立し安定しなければ、他の法的基礎がどんなに美しく描かれても、空中樓閣になる惧れがある。ちやうど、設計圖を書いても、基礎工事の材料が足りなければ、建築はできないのと同じである。
 新憲法は、どうして財政を健全ならしめるかを、民主主義的な方法で規定してゐる。すなはち、國會中心主義の建前から、國の財政は全面的に國會の統制の下に立つものとしてゐる。「國の財政を處理する權限は、國會の議決に基いて、これを行使しなければならない」(八三)と大原則を掲げ、これを基本として、國費の支出、國の債務負擔、豫算、豫備費等について所要の規定を設けてゐる。
 明治憲法でも、大體如上の趣旨に變りはないが、議會の議決を經ないで、政府の獨斷で決定するところの、財政上の緊急處分、豫算不成立の場合における前年度豫算の踏襲等について認める規定があるが、新憲法では、國會尊重の立場から、このやうな例外規定を認めない。これらの事柄について、もし必要があれば臨時議會の召集、解散等により衆議院のないときは、參議院の緊急集會によつて立憲的に措置さるべきことを期待してゐるのである。
 新憲法の財政の章で特に目につくのは、皇室財産及び皇室費についての規定である。「すべて皇室財産は、國に屬する。すべて皇室の費用は、豫算に計上して國會の議決を經なければならない」(八八)としてゐるのがそれである。
 この規定は、天皇の御地位、皇室、皇族の新しいあり方を具體的に示したものであり、そして、皇室關係の財産授受についての第一章の第八條と照應するものである。その趣旨とするところは、元來、皇室が國の財産とは別に公的な財産をもたれることが適當ではなく、天皇が公の地位において、國事に關する行爲を行はれるために必要な財産は、すなはち國の財産たるべきであるとの見地から、皇室の公的財産はすべて國に屬するとした。皇室の費用は、豫算の中に組み入れて國會が議決し、國民がわれらの皇室のために必要な費用をさし上げる、といふ建前をとつたのである。
 かうすることによつて、皇室の經費も國民の前に公開され、皇室と國民との間にへだゝりが無くなつて親しみが増し、そして皇室の純粹性と御安泰とが確保されることになるのである。なほ、この規定は、天皇及び皇族のお持ちになる純然たる個人財産までも國に屬するものとしたのでないことは勿論である。
 次に信教の自由が保障されたことに伴ふ新しい趣旨が規定されてゐる。すなはち、國又は公共團體は、宗教活動の自由を保障する建前から、全く無關係でなければならない。そこで、國又は公共團體の財産が、宗教團體の事業の利用に供される等の特別な保護をしてはならないとし、慈善、教育、または博愛を目的とする民間の事業に、公の財政から援助を與へることは、やゝもすればこれ等の事業の援助といふ美名の下に、公費の濫費が行はれ、または、ある宗教團體其の他に對し偏頗な取扱をなすおそれがあるので、公の支配に屬しないこれらの團體に對し、このやうな援助を禁止する規定を置いてゐる(八九)
 最後にこの章では、國の財政状況を一般國民に周知させるために、内閣は、國會及び國民に對し少くとも毎年一囘、國の財政状況について報告しなければならない(九一)ものとしてゐる。
 國の財政は國民生活の上に最も大きく、直接深刻な關係があり、國民がこれをよく知り理解する必要があることは勿論、また國の政治の實體は、國の財政状況の中に如實に現はれて來るものであるから、これを知り、理解することによつて國民は、國の政治に對する批判の眼をひらき、政治をよき方向に導くために努力する機會を與へられるのである。
[#改ページ]

第八章 地方自治


 地方自治制は、立憲政治の基盤である。これを一本の樹にたとへれば、幹は中央における國政であり、根や枝や葉は地方自治の政治である。國會第一主義に改められたわが國政治の將來に、繁榮をもたらせるためには、地方自治制をよりよく養ひ育てなければ、佛つくつて魂を入れぬものであらう。
 ところが、明治憲法には、この地方自治に關して何等の規定をも設けず一切を法律に委ねてゐた。そのためといふのではないが、從來のわが地方自治には、官治的色彩が強く、民主的な風潮が薄かつた。たま/\民主的傾向が現はれてゐると思へば、過去の政黨によるボス政治的惡弊に毒されることも少からず、その害の及ぼすところ、はなはだ深いものさへあつたのである。
 新憲法は、中央地方相まつて眞の民主政治が實現されることを期待し、基本法の中にこれを盛つたもので、中央集權から地方分權へ、官治政治から民主政治へ、移つて行くわけである。
 本章は、地方公共團體の組織及び運營はすべて地方自治の本旨に基いて法律によつて定められるものとする(九二)、と共に、地方公共團體の長、その議會の議員及び法律の定めるその他の吏員は、何れも住民によつて直接選擧さるべきものとし(九三)その機關の構成について徹底した民主主義の原則をとつてゐる。
 これによつて、都、道、府、縣の長官たる知事は公選によつて決められることになるのである。
 こゝで注意しなければならないことは、かゝる廣い範圍の自治制を運營するに當つて、自治體の住民がよほど訓練された政治常識と判斷力とをもつてゐない場合には、自由の濫用による政黨的色彩強化のため、かへつて自治がみだれる惧れなしとしないことである。
 府縣制、市制、町村制のやうに、すべての地方公共團體に適用される一般法でなく、たとへば、東京都だけに適用されるやうな、特別の法律を、國會だけの議決で制定してしまへば、その住民の直接の利害を考へる上に不十分であり、また、地方自治の本旨に添はないことにもなるので、このやうな特別の法律は、國會の議決の外、その住民の直接投票に付し、その過半數の同意を得なければならないことにした(九五)
 これは、第三章の國民各個人の自由の保障と照し合せて、地方公共團體各個人の自由を保障したものとも見られるのであつて、新憲法を貫く根本精神の一つの現はれといひ得るのである。
[#改ページ]

第九章 改正


 新憲法は將來その改正さるべき場合、主權在國民の原理に徹した新しい手續を定めてゐる。すなはち、憲法改正は、國民代表の機關たる國會が、各議院の總議員數の三分の二以上の賛成によつて發議し、國民に提案してその承認を經なければならない。
 この承認には、國民投票において、その過半數の賛成を必要とすることになつてゐる(九六)。そして、國民の承認があつたならば、天皇はその象徴たる御地位において、國民の名でこれを公布されることになつてゐる(九六)

第十章 最高法規


 新憲法が、眞にわが國の最高法規であることは、改めて述べるまでもない。
 そこで特にこゝに一章を設け、この憲法の保障する、基本的人權の特に貴重なる理由を明かにする(九七)と共に、この憲法は國の最高法規であつて、その條規に反する法律、命令、詔勅及び、國務に關するその他の行爲の全部又は一部は、その効力を有しないことを示し、併せて、條約及び國際法規はこれを誠實に守るべきことを規定した(九八)。而してなほ、天皇又は攝政及び、國務大臣、國會議員、裁判官、その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負ふべきこと(九九)を明かにしてゐる。

第十一章 補則


 新憲法は何時から實施され、効力を發するか。公布の日から起算して六ヶ月を經過した日からである(一〇〇)
 憲法が改正されても、これに附屬する多くの法律ができなければ、實際上の運用はできない。六ヶ月の間に參議院法等の法律をつくつて形影相伴なふ日を待つ必要があるからである。
 參議院法は出來ても參議院それ自體は未だ成立してゐない、と思はれるので、その場合は、衆議院が國會としての權限を行ふこと(一〇一)、第一期參議院議員の半數の者の任期は三年とすること(一〇二)、及び、新憲法施行の際、現に在職する國務大臣、衆議院議員、及び裁判官、並びに、その他の公務員で、新憲法の下でもその地位が認められてゐる者は、必ずしも當然にその地位を失ふものではない、といふことを定めてゐる。

むすび


 舊憲法を送り新憲法を迎へるに當つて、國民は誰しも感慨なきを得ないのであるが、徒らに過去に對する感傷にふけつてゐる時ではない。一日も早く、更生日本の基礎をかため、焦土に立派な國家建築を再興して、再び國際社會に名譽ある獨立國たるの地位をしめるには、まづこの憲法の精神を誤たぬことが最も必要であり、この新憲法の下で、力強く生きぬく覺悟を新たにしなければならないのである。
[#改ページ]

日本國憲法


 日本國民は、正當に選擧された國會における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸國民との協和による成果と、わが國全土にわたつて自由のもたらす惠澤を確保し、政府の行爲によつて再び戰爭の慘禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主權が國民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも國政は、國民の嚴肅な信託によるものであつて、その權威は國民に由來し、その權力は國民の代表者がこれを行使し、その福利は國民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本國民は、恒久の平和を念願し、人間相互の關係を支配する崇高な理想を深く自覺するのであつて、平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、專制と隷從、壓迫と偏狹を地上から永遠に除去しようと努めてゐる國際社會において、名譽ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の國民が、ひとしく恐怖と缺乏から免かれ、平和のうちに生存する權利を有することを確認する。
 われらは、いづれの國家も、自國のことのみに專念して他國を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に從ふことは、自國の主權を維持し、他國と對等關係に立たうとする各國の責務であると信ずる。
 日本國民は、國家の名譽にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
[#改ページ]

第一章 天皇

第一條 天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であつて、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。
第二條 皇位は、世襲のものであつて、國會の議決した皇室典範の定めるところにより、これを繼承する。
第三條 天皇の國事に關するすべての行爲には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四條 天皇は、この憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、國政に關する權能を有しない。
 天皇は、法律の定めるところにより、その國事に關する行爲を委任することができる。
第五條 皇室典範の定めるところにより攝政を置くときは、攝政は、天皇の名でその國事に關する行爲を行ふ。この場合には、前條第一項の規定を準用する。
第六條 天皇は、國會の指名に基いて、内閣總理大臣を任命する。
 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七條 天皇は、内閣の助言と承認により、國民のために、左の國事に關する行爲を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び條約を公布すること。
二 國會を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 國會議員の總選擧の施行を公示すること。
五 國務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免竝びに全權委任状及び大使及び公使の信任状を認證すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復權を認證すること。
七 榮典を授與すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認證すること。
九 外國の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第八條 皇室に財産を讓り渡し、又は皇室が、財産を讓り受け、若しくは賜與することは、國會の議決に基かなければならない。

第二章 戰爭の放棄

第九條 日本國民は、正義と秩序を基調とする國際平和を誠實に希求し、國權の發動たる戰爭と、武力による威嚇又は武力の行使は、國際紛爭を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海軍その他の戰力は、これを保持しない。國の交戰權は、これを認めない。

第三章 國民の權利及び義務

第十條 日本國民たる要件は、法律でこれを定める。
第十一條 國民は、すべての基本的人權の享有を妨げられない。この憲法が國民に保障する基本的人權は、侵すことのできない永久の權利として、現在及び將來の國民に與へられる。
第十二條 この憲法が國民に保障する自由及び權利は、國民の不斷の努力によつて、これを保持しなければならない。又、國民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三條 すべて國民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に對する國民の權利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四條 すべて國民は、法の下に平等であつて、人種、信條、性別、社會的身分又は門地により、政治的、經濟的又は社會的關係において、差別されない。
 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
 榮譽、勳章その他の榮典の授與は、いかなる特權も伴はない。榮典の授與は、現にこれを有し、又は將來これを受ける者の一代に限り、その效力を有する。
第十五條 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、國民固有の權利である。
 すべて公務員は、全體の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
 公務員の選擧については、成年者による普通選擧を保障する。
 すべて選擧における投票の祕密は、これを侵してはならない。選擧人は、その選擇に關し公的にも私的にも責任を問はれない。
第十六條 何人も、損害の救濟、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廢止又は改正その他の事項に關し、平穩に請願する權利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
第十七條 何人も、公務員の不法行爲により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、國又は公共團體に、その賠償を求めることができる。
第十八條 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る處罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第十九條 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十條 信教の自由は、何人に對してもこれを保障する。いかなる宗教團體も、國から特權を受け、又は政治上の權力を行使してはならない。
 何人も、宗教上の行爲、祝典、儀式又は行事に參加することを強制されない。
 國及びその機關は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
第二十一條 集會、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 檢閲は、これをしてはならない。通信の祕密は、これを侵してはならない。
第二十二條 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移轉及び職業選擇の自由を有する。
 何人も、外國に移住し、又は國籍を離脱する自由を侵されない。
第二十三條 學問の自由は、これを保障する。
第二十四條 婚姻は、兩性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の權利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 配偶者の選擇、財産權、相續、住居の選定、離婚竝びに婚姻及び家族に關するその他の事項に關しては、法律は、個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第二十五條 すべて國民は、健康で文化的な最低限度の生活を營む權利を有する。
 國は、すべての生活部面について、社會福祉、社會保障及び公衆衞生の向上及び増進に努めなければならない。
第二十六條 すべて國民は、法律の定めるところにより、その能力に應じて、ひとしく教育を受ける權利を有する。
 すべて國民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
第二十七條 すべて國民は、勤勞の權利を有し、義務を負ふ。
 賃金、就業時間、休息その他の勤勞條件に關する基準は、法律でこれを定める。
 兒童は、これを酷使してはならない。
第二十八條 勤勞者の團結する權利及び團體交渉その他の團體行動をする權利は、これを保障する。
第二十九條 財産權は、これを侵してはならない。
 財産權の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
 私有財産は、正當な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
第三十條 國民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
第三十一條 何人も、法律の定める手續によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十二條 何人も、裁判所において裁判を受ける權利を奪はれない。
第三十三條 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、權限を有する司法官憲が發し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第三十四條 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに辯護人に依頼する權利を與へられなければ抑留又は拘禁されない。又、何人も、正當な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその辯護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第三十五條 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、搜索及び押收を受けることのない權利は、第三十三條の場合を除いては、正當な理由に基いて發せられ、且つ搜索する場所及び押收する物を明示する令状がなければ、侵されない。
 搜索又は押收は、權限を有する司法官憲が發する各別の令状により、これを行ふ。
第三十六條 公務員による拷問及び殘虐な刑罰は、絶對にこれを禁ずる。
第三十七條 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける權利を有する。
 刑事被告人は、すべての證人に對して審問する機會を充分に與へられ、又、公費で自己のために強制的手續により證人を求める權利を有する。
 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する辯護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、國でこれを附する。
第三十八條 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不當に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを證據とすることができない。
 何人も、自己に不利益な唯一の證據が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
第三十九條 何人も、實行の時に適法であつた行爲又は既に無罪とされた行爲については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
第四十條 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、國にその補償を求めることができる。

第四章 國會

第四十一條 國會は、國權の最高機關であつて、國の唯一の立法機關である。
第四十二條 國會は、衆議院及び參議院の兩議院でこれを構成する。
第四十三條 兩議院は、全國民を代表する選擧された議員でこれを組織する。
 兩議院の議員の定數は、法律でこれを定める。
第四十四條 兩議院の議員及びその選擧人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信條、性別、社會的身分、門地、教育、財産又は收入によつて差別してはならない。
第四十五條 衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間滿了前に終了する。
第四十六條 參議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半數を改選する。
第四十七條 選擧區、投票の方法その他兩議院の議員の選擧に關する事項は、法律でこれを定める。
第四十八條 何人も、同時に兩議院の議員たることはできない。
第四十九條 兩議院の議員は、法律の定めるところにより、國庫から相當額の歳費を受ける。
第五十條 兩議院の議員は、法律の定める場合を除いては、國會の會期中逮捕されず、會期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、會期中これを釋放しなければならない。
第五十一條 兩議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
第五十二條 國會の常會は、毎年一囘これを召集する。
第五十三條 内閣は、國會の臨時會の召集を決定することができる。いづれかの議院の總議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
第五十四條 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の總選擧を行ひ、その選擧の日から三十日以内に、國會を召集しなければならない。
 衆議院が解散されたときは、參議院は、同時に閉會となる。但し、内閣は、國に緊急の必要があるときは、參議院の緊急集會を求めることができる。
 前項但書の緊急集會において採られた措置は、臨時のものであつて、次の國會開會の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その效力を失ふ。
第五十五條 兩議院は、各※(二の字点、1-2-22)その議員の資格に關する訴訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多數による議決を必要とする。
第五十六條 兩議院は、各※(二の字点、1-2-22)その總議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
 兩議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半數でこれを決し、可否同數のときは、議長の決するところによる。
第五十七條 兩議院の會議は、公開とする。但し、出席議員の三分の二以上の多數で議決したときは、祕密會を開くことができる。
 兩議院は、各※(二の字点、1-2-22)その會議の記録を保存し、祕密會の記録の中で特に祕密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。
 出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを會議録に記載しなければならない。
第五十八條 兩議院は、各※(二の字点、1-2-22)その議長その他の役員を選任する。
 兩議院は、各※(二の字点、1-2-22)その會議その他の手續及び内部の規律に關する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多數による議決を必要とする。
第五十九條 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、兩議院で可決したとき法律となる。
 衆議院で可決し、參議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多數で再び可決したときは、法律となる。
 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、兩議院の協議會を開くことを求めることを妨げない。
 參議院が、衆議院の可決した法律を受け取つた後、國會休會中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、參議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
第六十條 豫算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
 豫算について、參議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、兩議院の協議會を開いても意見が一致しないとき、又は參議院が、衆議院の可決した豫算を受け取つた後、國會休會中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を國會の議決とする。
第六十一條 條約の締結に必要な國會の承認については、前條第二項の規定を準用する。
第六十二條 兩議院は、各※(二の字点、1-2-22)國政に關する調査を行ひ、これに關して、證人の出頭及び證言竝びに記録の提出を要求することができる。
第六十三條 内閣總理大臣その他の國務大臣は、兩議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について發言するため議院に出席することができる。又、答辯又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。
第六十四條 國會は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、兩議院の議員で組織する彈劾裁判所を設ける。
 彈劾に關する事項は、法律でこれを定める。

第五章 内閣

第六十五條 行政權は、内閣に屬する。
第六十六條 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣總理大臣及びその他の國務大臣でこれを組織する。
 内閣總理大臣その他の國務大臣は、文民でなければならない。
 内閣は、行政權の行使について、國會に對し連帶して責任を負ふ。
第六十七條 内閣總理大臣は、國會議員の中から國會の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。
 衆議院と參議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、兩議院の協議會を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、國會休會中の期間を除いて十日以内に、參議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を國會の議決とする。
第六十八條 内閣總理大臣は、國務大臣を任命する。但し、その過半數は、國會議員の中から選ばれなければならない。
 内閣總理大臣は、任意に國務大臣を罷免することができる。
第六十九條 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、總辭職をしなければならない。
第七十條 内閣總理大臣が缺けたとき、又は衆議院議員總選擧の後に初めて國會の召集があつたときは、内閣は、總辭職をしなければならない。
第七十一條 前二條の場合には、内閣は、あらたに内閣總理大臣が任命されるまで引き續きその職務を行ふ。
第七十二條 内閣總理大臣は、内閣を代表して議案を國會に提出し、一般國務及び外交關係について國會に報告し、竝びに行政各部を指揮監督する。
第七十三條 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一 法律を誠實に執行し、國務を總理すること。
二 外交關係を處理すること。
三 條約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、國會の承認を經ることを必要とする。
四 法律の定める基準に從ひ、官吏に關する事務を掌理すること。
五 豫算を作成して國會に提出すること。
六 この憲法及び法律の規定を實施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復權を決定すること。
第七十四條 法律及び政令には、すべて主任の國務大臣が署名し、内閣總理大臣が連署することを必要とする。
第七十五條 國務大臣は、その在任中、内閣總理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の權利は、害されない。

第六章 司法

第七十六條 すべて司法權は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に屬する。
 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機關は、終審として裁判を行ふことができない。
 すべて裁判官は、その良心に從ひ獨立してその職權を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第七十七條 最高裁判所は、訴訟に關する手續、辯護士、裁判所の内部規律及び司法事務處理に關する事項について、規則を定める權限を有する。
 檢察官は、最高裁判所の定める規則に從はなければならない。
 最高裁判所は、下級裁判所に關する規則を定める權限を、下級裁判所に委任することができる。
第七十八條 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の彈劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒處分は、行政機關がこれを行ふことはできない。
第七十九條 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員數のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員總選擧の際國民の審査に付し、その後十年を經過した後初めて行はれる衆議院議員總選擧の際更に審査に付し、その後も同樣とする。
 前項の場合において、投票者の多數が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
 審査に關する事項は、法律でこれを定める。
 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齡に達した時に退官する。
 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相當額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
第八十條 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齡に達した時には退官する。
 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相當額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
第八十一條 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は處分が憲法に適合するかしないかを決定する權限を有する終審裁判所である。
第八十二條 裁判の對審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、對審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に關する犯罪又はこの憲法第三章で保障する國民の權利が問題となつてゐる事件の對審は、常にこれを公開しなければならない。

第七章 財政

第八十三條 國の財政を處理する權限は、國會の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第八十四條 あらたに租税を課し、又は現行の租税を變更するには、法律又は法律の定める條件によることを必要とする。
第八十五條 國費を支出し、又は國が債務を負擔するには、國會の議決に基くことを必要とする。
第八十六條 内閣は、毎會計年度の豫算を作成し、國會に提出して、その審議を受け議決を經なければならない。
第八十七條 豫見し難い豫算の不足に充てるため、國會の議決に基いて豫備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。
 すべて豫備費の支出については、内閣は、事後に國會の承諾を得なければならない。
第八十八條 すべて皇室財産は、國に屬する。すべて皇室の費用は、豫算に計上して國會の議決を經なければならない。
第八十九條 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは團體の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に屬しない慈善、教育若しくは博愛の事業に對し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
第九十條 國の收入支出の決算は、すべて毎年會計檢査院がこれを檢査し、内閣は、次の年度に、その檢査報告とともに、これを國會に提出しなければならない。
 會計檢査院の組織及び權限は、法律でこれを定める。
第九十一條 内閣は、國會及び國民に對し、定期に、少くとも毎年一囘、國の財政状況について報告しなければならない。

第八章 地方自治

第九十二條 地方公共團體の組織及び運營に關する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
第九十三條 地方公共團體には、法律の定めるところにより、その議事機關として議會を設置する。
 地方公共團體の長、その議會の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共團體の住民が、直接これを選擧する。
第九十四條 地方公共團體は、その財産を管理し、事務を處理し、及び行政を執行する權能を有し、法律の範圍内で條例を制定することができる。
第九十五條 一の地方公共團體のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共團體の住民の投票においてその過半數の同意を得なければ、國會は、これを制定することができない。

第九章 改正

第九十六條 この憲法の改正は、各議院の總議員の三分の二以上の贊成で、國會が、これを發議し、國民に提案してその承認を經なければならない。この承認には、特別の國民投票又は國會の定める選擧の際行はれる投票において、その過半數の贊成を必要とする。
 憲法改正について前項の承認を經たときは、天皇は、國民の名で、この憲法と一體を成すものとして、直ちにこれを公布する。

第十章 最高法規

第九十七 [#「第九十七 」はママ] この憲法が日本國民に保障する基本的人權は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの權利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び將來の國民に對し、侵すことのできない永久の權利として信託されたものである。
第九十八條 この憲法は、國の最高法規であつて、その條規に反する法律、命令、詔勅及び國務に關するその他の行爲の全部又は一部は、その效力を有しない。
 日本國が締結した條約及び確立された國際法規は、これを誠實に遵守することを必要とする。
第九十九條 天皇又は攝政及び國務大臣、國會議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

第十一章 補則

第百條 この憲法は、公布の日から起算して六箇月を經過した日から、これを施行する。
 この憲法を施行するために必要な法律の制定、參議院議員の選擧及び國會召集の手續竝びにこの憲法を施行するために必要な準備手續は、前項の期日よりも前に、これを行ふことができる。
第百一條 この憲法施行の際、參議院がまだ成立してゐないときは、その成立までの間、衆議院は、國會としての權限を行ふ。
第百二條 この憲法による第一期の參議院議員のうち、その半數の者の任期は、これを三年とする。その議員は、法律の定めるところにより、これを定める。
第百三條 この憲法施行の際現に在職する國務大臣、衆議院議員及び裁判官竝びにその他の公務員で、その地位に相應する地位がこの憲法で認められてゐる者は、法律で特別の定をした場合を除いては、この憲法施行のため、當然にはその地位を失ふことはない。但し、この憲法によつて、後任者が選擧又は任命されたときは、當然その地位を失ふ。





底本:「新憲法の解説」内閣
   1946(昭和21)年11月3日発行
初出:「新憲法の解説」内閣
   1946(昭和21)年11月3日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「熱」と「[#「執/れんが」、U+24360、17-2]」、「效」と「効」の混在は、底本通りです。
※大見出し「解説」の中見出し「第七章」に小見出し「一」がないのは底本通りです。
※下記について、「新憲法の解説 日本國憲法」の本文と読点の有無・位置などが異なっているのは、底本通りです。
〔解説〕わが國全土にわたつて、自由のもたらす惠澤を確保し、
〔憲法〕わが國全土にわたつて自由のもたらす惠澤を確保し、【読点】
〔解説〕こゝに主權が國民に存することを宣言し、
〔憲法〕ここに主權が國民に存することを宣言し、【踊り字】
〔解説〕そもそも國政は國民の嚴肅な信託によるものであつて、
〔憲法〕そもそも國政は、國民の嚴肅な信託によるものであつて、【読点】
〔解説〕日本國民は恒久の平和を念願し、
〔憲法〕日本國民は、恒久の平和を念願し、【読点】
〔解説〕人間相互の關係を支配する高遠な理想を深く自覺するのであつて、
〔憲法〕人間相互の關係を支配する崇高な理想を深く自覺するのであつて、【用語】
〔解説〕平和を愛する世界の諸國民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した。
〔憲法〕平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。【「世界の」の有無、読点】
〔解説〕われらは平和を維持し、
〔憲法〕われらは、平和を維持し、【読点】
〔解説〕日本國民は國家の名譽にかけ、
〔憲法〕日本國民は、國家の名譽にかけ、【読点】
〔解説〕天皇は日本國の象徴であり、日本國民統合の象徴であつて、
〔憲法〕天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であつて、【読点の位置】
〔解説〕天皇はこの憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、
〔憲法〕天皇は、この憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、【読点】
〔解説〕國はすべての生活部面について、
〔憲法〕國は、すべての生活部面について、【読点】
〔解説〕行政權は内閣に屬する
〔憲法〕行政權は、内閣に屬する【読点】
〔解説〕規則、又は處分が憲法に適するかしないかを決定する權能を有する終審裁判所である
〔憲法〕規則又は處分が憲法に適合するかしないかを決定する權限を有する終審裁判所である【読点】
入力:フクポー
校正:The Creative CAT
2020年5月1日作成
2021年5月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について

「執/れんが」、U+24360    1-2、2-4、4-8、17-2、26-2、17-2


●図書カード