黄色い鋼鉄船

三岸好太郎




高い北の窓から朗かな光線が流れ、ストーブは居心地よく調節がとれた。整頓されたアトリエで画を描く事は実に気持ちがよい。
一時間、二時間、三時間。
少つとした疲労がくる。ソフアーに横になる。ウトウトと眠くなる。
安心とつかれが同時に自然な安眠をさそつたのだ。
        ○
彼等の全勢力を尽して築き上げた鋼鉄の船、エンヂンは完全に燃えて赤い火を吹き、船体は黄色に塗られた。船員は全部赤いジヤケツを身軽に着込み、大きな大きな靴をはいてガンヂヨウに大船に立つて並んでゐる。
船長も居なければ事務長も居ない。パイロツトも居ない。行先さえもわからない彼等の大きな船。
而し彼等は彼等の部処を完全に守れる豊潤な頬を持つた青年達。
正に出発をしようとしてゐる。
        ○
肩を誰かにたゝかれた。
びつくりして目をさます。
真剣な激情的な視線を僕は僕の体中に感じた。
僕はすぐ立ち上つて前進した。
そうしてデスクの上に白い紙を展げ宣言文を書き始めた。
「僕はかねがねからこれ等の人達に魅力を感じ、シツトをほしいまゝにして居たのだ。そうしてそれ等の強い刺戟の中に飛び込む事は、僕にとつて大きな幸ひだ。これ等の精鋭な新人達と共に新芸術の研磨開拓に精進し、新しいゼネレーシヨンの実現に全力を尽す事は、男子一生の仕事として愉快だ。勿論僕は僕達が既知数だとは云ひ得ない。熱と若さとをふくむ未知数なのだ。未知数こそ僕達の友でこそあるのだ。」
        ○
各員各部処について大いに元気だ。
ドラが鳴つて、スクリユーは十三の急廻転を始めた。
グン/\前進。
前進、前進、前進。
この巨大な行先を持たない鋼鉄船は何処まで進むか。
進め、進め、進め、大きな船
幸ひ空には緑色の雲さえも見えない
暴風雨が来ても、如何に強い海流が来ても、警報を出さないこの大きな黄色の船。
或ひは暗礁に乗り上げるとも、
前進、前進、前進。
(「アトリヱ」昭和五年十二月)





底本:「感情と表現」中央公論美術出版
   1983(昭和58)年7月1日発行
初出:「アトリヱ」
   1930(昭和5)年12月号
入力:かな とよみ
校正:The Creative CAT
2020年3月28日作成
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