文明の強売

(断じて不正なり)

大石誠之助




○野蛮時代には腕力の強きもの勝ち、文明の世には正義なるもの勝つ。今日世界に於て文明と自称する列国は、皆野蛮から文明に遷る過渡の時代にあるもので、一方には腕力の極点なる戦備を維持し、又一方には正義を口にし人道を鼓吹しつゝある。我国の如きも近く日清戦争の頃までは、国民の目的は唯いくさに勝つと曰ふだけで有つたらしいが、今度露国と開戦するに就て、只日本が強いと云ふ事を世界に誇るのみに満足せず、之と同時に正しい国であると云ふて欲しい望が出て来た。仮令たとへば露国が列国へ通牒を発して日本ママ開戦態度と韓国に対する行動が公法違反なるを風聴すれば、直ちに我政府も亦之が反駁と弁妄の労を採り、欧米の新聞が黄禍を唱ふれば我国の新聞は露禍を痛論する。其他エール大学のウルシー博士が日本の行動を是認したとか埃及エジプトなるマホメツト教の新聞が我国の態度を賞讃したとか、おまけに日本の政府に大禁物な仏国の社会党が公然露国に反対であるなどゝ云ふ事を此上もない有り難い事と考へて居るらしい。是等の事実を考へて見れば今日の主戦家は道義的の神経も随分鋭敏なもので、其胸中にはナポレオンや秀吉が夢にも知らぬ苦労を経験しつゝあるので、随つて我国民一般の思想も余程進歩したと云ふ事がわかる。
○以上は政略家として時局に処する人の苦心を諒察した話であるが、翻つて理想を鼓吹する学者の立場から考へて見るに、此野蛮と文明を兼ね腕力と正義の両刀使ひに符合させる学理を作り主義を拵へるの困難は一層甚しいものと思はれる。而るに今日の主戦論者が口を揃へて絶叫する大主義と云ふを聞くに、東亜の文明を扶植して永遠に平和の保障を与へるのが我大和民族の使命であって[#「あって」はママ]、之を果す為には殺戮も止むを得ず併呑も辞せずと云ふのである。斯の如き主戦論は剣を右にしコーランを左にして教を拡めたマホメツト教の如く、平和会議を主唱し乍ら軍備を拡張する露国皇帝の如く、善を強ゐんが為に暴力を用ゐ大なる平和を得んが為小なる平和を犠牲にすべしと云ふので、或人は之に倫理的帝国主義と云ふ至極都合のよい名を附けたが、余は之を文明の強売であると思ふ。
○然るに此文明と云ふは売方の目から見ての文明であつて、果してそれが真箇の文明であるや否やは一つの疑問であるが、仮りに売方の見解を誤りなきも〔の〕ともせよ、若しもこれが買方の気に入らず快よく受け容れられぬ場合には強て之を売り附けらるべきものであらうか。茲に於て倫理的帝国主義者は無垢なる少女を姦せんとする悪漢の口吻に習らひ、可愛さ余つてくさが百倍なりとし、兵力に訴へてまでも我意を達せんとするか。
○マクスミユラー博士が印度の人生観を説くの条に左の一節あり。
生存の為に競争するを欲せず、領土の拡張を願はず、富と権力と快楽を追求することを知らず、而かもそれ以上に一箇の幽玄高大なる目的を保持せし可憐なる印度民族が滅亡したるを歎じ、古来自国以外に国あるを知らず、征服なるものを知らず、戦争なるものを知らず、ヒマラヤ山脈と印度洋の怒濤に繞囲せられ、自然の楽園に満足して他に何物をも要求せざりし幸福なる人民が、卒然異国の武人に侵入せられ隣人を殺すの術を練習するに怠慢なりし外、何の過失なくして脆くも征服せられたるなり――彼等は自ら勝つを欲せず、単に他の差し出と世話を受けずして自己の人生観を楽まんとせしに、防禦と攻伐の術を忽にせし為、猛烈なる獣力の前に斃れたるなり。下略。
○然り、数年前余が印度に到り親しく彼等に聞た所も全く其通りである。彼等は自ら好まざる文明を輸入せられ、汚れたる快楽を得んが為生存競争の必要を生じ、人生最高の快楽を得るの機を失ふたと云ふ事である。又余は彼等の或ものに向ひ将来英国の統治を免れ独立し得るの望ありや否やを尋ねしに、有形の独立は到底望み難きも無形の思想に於て早晩英人を服せしむるであらうと答へた。
○之を今日の極東外交に考ふるに、露国政府が韓国に対する暴状は別問題とし、彼に向つて正義の軍を起したと云ふ我国の態度が、果して毫もやましき所なきかは大に顧慮すべき事である。近時対韓の外交に就て臆病なる新聞は報ずべきを報ぜず、怯懦なる政治家は論ずべきを論ぜず、余等は其消息を詳くせぬものであるが、事実の公にせられたるもののみを総合すれば、
日韓同盟の議は最初一月二十日林公使より之を韓廷に提出せしが、閣臣の内輪もめを生じ容易に纏まり兼ね、国王に奏上したるに、国王は卿等の勝手にせよとて取り合はず、其儘沙汰止みとなり居しが、二月九日仁川開戦の結果とし、勝ち気に乗じて国王に迫り、其後彼の閣臣及び我外交官の間に多少の波瀾を見て我公使の強硬手段に出で、ついに日韓議定書の調印を了したり。然るに親露派なるもの之に反対して、訂約者たる外部大臣の邸内に爆弾を投ずるなど日本派排斥の声高きに至り、林公使は韓廷が親露派に対する処分手ぬきを詰り、又日韓議定書の遂行を妨ぐるものは、日本の軍律によつて処刑する事としたるも、依然として我に反抗するもの多く国王の如きも我に信頼する様子なしと曰ふ。
○これだけは新聞の報ずる所であるが、斯の如き我国の態度が列国から如何なる批評を受けたか、又我国の当路者中何等の物議を醸したか、余等は到底窺ひ能はぬ。併しながら兎に角我外交官が多少手荒い事をしたと云ふは争ふべからず。又之が尻拭ひとして八方美人の伊藤侯が韓廷の御機嫌を取りに行つた事だけは確実である。彼が天性の愛嬌と我陸海軍の後援を以てせば、至極都合よき彌縫策を施し所謂満足なる結果を得て、不日帰朝の暁には国民が狂喜を以て歓迎するは予め明言し得る所である。
○併しながら韓国が或は露に親み又日に従ふと曰ふも、それは韓国にある多数の平民でなく最も僅少なる重臣と政府者が、自己の名利を得んとする政略から出た事である。斯の如く野心の為日本に従ふものは亦野心の為よく露に親しむべきもので、決して之を頼みとするに足らぬ。又此等の野心家の何れもが日露戦争の為受くる所の苦痛と損害は、或は自業自得として諦めらるゝかも知れぬが、若しも韓国平民の内、前に引例した印度人の如く一点の野心と私慾なく、日本に媚びず露国におもねらず、其他何れの国のお世話も差し出も願はず、小さき半島の自然に満足して気楽なる生涯を送らんとするものがあるならば、我倫理的帝国主義者は如何なる口実と権利を以て、彼の国土に血を流し之を修羅場に化せんとするか。余は茲に於て敢て曰ふ、文明の強売は断じて不正である、不義である。若しも我国の国是が侵略的膨張であり戦に勝つのみを以て目的とするならば兎も角、いやしくも正義を標榜し人道を云々するにあらば、断じて行ふべからざるは文明の強売である。
〔紀伊禄亭・週刊『平民新聞』第二一号・明治三七年四月三日〕





底本:「大石誠之助全集1」弘隆社
   1982(昭和57)年8月5日発行
底本の親本:「平民新聞 第二一号」
   1904(明治37)年4月3日
初出:「平民新聞 第二一号」
   1904(明治37)年4月3日
※初出時の署名は「紀伊禄亭」です。
※本文中の〔 〕内の注記は、底本編者による加筆です。
入力:大野裕
校正:持田和踏
2022年10月26日作成
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