一休さん

五十公野清一




かあさま


 こどものとき 一休いっきゅうさんは、千菊丸せんぎくまるという なまえでした。
 ある はるのの ことです。千菊丸せんぎくまるは うばに つれられて きよみずでらに おまいりに いきました。
 おてらの にわは さくらの はなが まんかいでした。
 はらはらと ちる さくらの はなびらの したでは、おばあさんや おかあさんに つれられた どもたちが、あそびたわむれています。
「きれいだなあ ばあや。」
 しばらく はなに みとれていた 千菊丸せんぎくまるは、ふと、むこうの いしだんの ところに いる おやづれの こじきを みて、ふしぎそうに たちどまりました。
 きたない きものを きた こじきの ははおやが、いつつかむっつぐらいの どもを そばに すわらせて、おもちゃを やっているのでした。
 やがて 千菊丸せんぎくまるは うばの を ひいて、たずねました。
「ばあや、あれなあに。」
「おやの こじきです。まずしいので さんけいの ひとに ものを もらって たべているのです。」
「そうじゃあないの、ばあや、千菊せんぎくは あの おんなの こじきは あの どもの なんじゃと きいているのだよ。」
「あれは、おかあさんと どもです。」
「ふうーん。」
 と、千菊丸せんぎくまるは いかにも ふしぎそうです。
「こじきにも おかあさまが あるの、ばあや。」
「はい。こじきにも おかあさまが いますよ、千菊せんぎくさま。」
「ふしぎだ なあ。」
 千菊丸せんぎくまるは かわいい くびを かしげて、しばらく じっとして いましたが、
「あんな きたない こじきにも おかあさまが あるのに、千菊せんぎくに  どうして おかあさまが ないのだろう。ばあや、どうして 千菊せんぎくには おかあさまが ないの。」
 と、ばあやの を ぎゅっと にぎりしめて いいました。
「ええ、千菊せんぎくさまには……千菊せんぎくさまには……。」
 うばは、はたと こたえに つまって しまいました。
 と いうのは、つぎの ような ふかい わけが あるからでした。

ちちは てんのう


 一休いっきゅうさんの うまれたのは おうえいがんねん、いまから ざっと 五ひゃく六十ねんばかり まえの ことです。
 おとうさまは ごこまつてんのうで、おかあさまは いよのつぼね と いいました。
 ほんとうならば 一休いっきゅうさんも てんのうの おうじさまとして、きゅうていで そだてられる はずでしたが、おかあさまが、わるものの ざんげんで てんのうの おそばに いられなくなったので、一休いっきゅうさんも おかあさまとも わかれて きょうのみやこの かたほとりに、うばと ふたりで すむことに なったのです。
 おかあさまも きょうのみやこに すんでいましたが、一休いっきゅうさんは うまれたばかりで おかあさまと わかれわかれに なったので、おかあさまの あることさえ しりませんでした。
 それで みんな おとうさまも おかあさまも あるのに、じぶんだけ うばと ふたりきりなのは どうしてだろうと、いつも かなしく おもって いたのでした。
 それが こじきのおやこの むつまじい ありさまを みて、きゅうに むねが こみあげてきたのでした。
 一休いっきゅうさんが、あんまり かなしそうに おかあさまの ことを きくので、うばも、
「いっそ おかあさまが おなじ きょうのみやこに いることを はなして、おかあさまに おあわせして あげようか。」
 と、おもいましたが、また おもい なおして、
「いやいや、それはいけない。」と、そっと なみだを ぬぐって、
千菊せんぎくさま、ぼっっちゃまにも おかあさまが あります。けれども、いまは とおいとおい ところに いらっしゃるので、とても あえません。」と、いいました。
「まろにも おかあさまがあるの!」
 はじめて おかあさまの ことを きいた 一休いっきゅうさんは、きらきらと めを かがやかして、きっと うばの かおを みあげると、
「ばあや、まろは どんな とおい ところにも いく。おかあさまに あわして ください。」と、ねだりました。
「とても、千菊せんぎくさまの いけるところでは ありません。」
 うばも こまって しまいました。そして、
千菊せんぎくさまが これから うんと がくもんして、えらいひとに なったら、きっと おかあさまが あいにきて くださります。」と、そのは、やっと なだめて かえりました。

ゆきのあさ


 こういう わけですから、うばも 一休いっきゅうさんを りっぱな ひとに そだてたいと とても しんぱいしました。
 一休いっきゅうさんは どもの ときから 一をきいて 十をしる、と いうほど りこうな でしたが、また たいへんな いたずらっでした。
 それが うばの しんぱいの たねでした。
 ある はるの ことでした。
 きょうのみやこに めずらしく おおゆきが ふりました。
 いたずらッの 千菊丸せんぎくまるは おおよろこびです。まるで いぬころの ように はだしで にわに かけだしたり、ゆきを なげつけたり、まどを やぶくやら、ろうかを ゆきだらけに するやら おおあばれです。
 うばが みるに みかねて、
千菊せんぎくさま、そんなに いたずらを する は、りっぱな ひとに なれません。」
 と、たしなめて、
「そんなひまが あったら ちと べんきょうなさい。むかし、すがわらのみちざね と いう えらいかたは、七つのとき りっぱな うたを おつくりに なりました。千菊せんぎくさまも、おうたでも おつくりなさい。」
「うたを つくるより、ゆきなげの ほうが、おもしろいわい。」
「いけません。おおきくなって、ごてんに あがっても、うたが つくれないようでは はじを かきます。」
 それをきくと、一休いっきゅうさんは きゅうに まじめに なって、
「ばあや、その みちざねの つくった うたは、どんな うた だい。」
 と、ききました。
「うるわしき べにの いろなる うめのはな
   わこが かおにも つけべかりけり
 と、いうのです。うめのはなを みて おうたいに なったのです。」
 うばが いうと、一休いっきゅうさんは、ちょいと、おどけた かおをして、
「そんな うたなら、いくらでも つくれらあ。」
「まあ、千菊せんぎくさまに できますかしら。」
「できるよ。ばあや、おどろくな。」
 一休いっきゅうさんは、これは どうだい、といいながら、
ふるゆきが おしろいならば にといて
  おくろの かおに つけべかりける
 と、すらすら、と、うたいました。
「まあ!」と、うばは びっくりしました。
 すがわらのみちざねの つくったうたの、いみは こうです。
 むかし きゅうちゅうに いる、わかいひとは、おとこでも うすく おしろいや ほおべにを つけていました。
 わこ と いうのは わたし と いうことです。みちざねはあかい、うめのはなを みて、あの うつくしい うめのはなの いろを わたしの かおに つけたい と うたったのです。
 それで、一休いっきゅうさんの うたですが、おくろ と いうのは うばの ことで、この うばの かおは くろいので、みんなが うばのことを「おくろさん、おくろさん。」と、よんでいました。
 それで 一休いっきゅうさんは、しろい ゆきを うばの くろい かおに つけてやろうと、ふざけたのでした。
「まあ、ひどい。」
 うばは、あきれてしまいましたが、この あたまの よさには、すっかり かんしんしてしまって、
千菊せんぎくさまは、きっと えらくなります。」と、おおよろこびでした。

むっつの ひなそう


 一休いっきゅうさんは、むっつのとき いなりやまの きたに ある あんこくじと いう おてらに はいって、ぼうさんに なることに なりました。
 これは おかあさまの いよのつぼねの かげながらの とりはからい でした。
 と いうのは、そのころは くにが みだれていて、さむらいや きゅうてい の ひとたちも おたがいに ねたみあい うたぐりあって いましたが、一休いっきゅうさんの おかあさまは、もし じぶんを ざんげんして、きゅうていを おいはらった ひとたちが、一休いっきゅうさんを ねらって、ころして しまったりするかも しれないと しんぱい したからです。
 けれども ごこまつてんのうの おんとして うまれた 一休いっきゅうさんを なんとかして、えらくしたいと おもいました。
 そのころ、えらくなるには さむらいに なるか、おぼうさんに なるかしか、なかったのです。
 それで、おかあさまは 一休いっきゅうさんを さむらいに して、ころしたり ころされたり するよりは おぼうさんに しよう、と うばにも はなして、一休いっきゅうさんを あんこくじの ひなそうに したのでした。
 あんこくじの ひなそうに なった 一休いっきゅうさんは、しゅうけんと いう なまえを もらって、まいあさ おしょうさまから おきょうを ならいましたが、りこうなので すぐおぼえます。
 ことに その とんちの いいことは、大人おとなも したを まく ばかりでした。
 あんこくじには、ななつ やっつ ぐらいの こぞうが 十にんばかりも いました。一休いっきゅうさんは そのなかで いちばん としした でしたが、いちばん りこうで、とんちが ありました。
 つぎに、一休いっきゅうさんの とんちばなしを しましょう。

みずあめと どくやく


 あるの ことです。ぞうたちが みんなで ひたいを あつめて ひそひそばなしを していました。
「おしょうさまが わたしたちに かくれて、まいにち こっそり みずあめを なめて いるよ。」
「みずあめ――あまいだろうなあ。なめたいなあ。」
「どこに あるの。」
「おしょうさまの いまの とだなの うえに、ほら、かべつちいろの かめが あるだろう。あの なかに あるんだよ。」
「ほんとに みたのかい。」
「ほんとさ。」と いって、を くるくる まわして みせたのが、てつばいと いう、いたずらぞうです。てつばいは いかにも てがらがおに、
「わたしが ゆうべ しょうじの かみに あなを あけて、おしょうさまの みずあめを なめて いるのを、そっと のぞいて みたんだもの。」
「ふーん。」と、ぞうたちは したなめずりを しました。すると てつばいは、
「おしょうさまだけ なめるなんて ずるいや。わたしらにも すこし なめさせて もらおうではないか。」
 と、いいだしました。
「そう しよう、そう しよう。」
 みんな さんせいです。
「だれか いって おしょうさまに たのんで こいよ。」
「おこられるよ。いやだよ。」
 みんな しりごみ します。
「しゅうけん、おまえ いってこいよ。」
 てつばいは、いちばん とししたの 一休いっきゅうさんに おしつけようと しました。
「それが いい、それが いい。しゅうけん いってこいよ。」
 みんな そう いいます。
「うん そうか。それでは ちょっと いって きいてくる。」
 いたずらっでも とんちが あっても、まだ むじゃきな 一休いっきゅうさんは、すぐ たちあがって、おしょうさまの へやに でかけていきました。
 おしょうさまは ぼんやり にわを ながめていました。
「おしょうさま。」
 と、一休いっきゅうさんが しきいの そとに を つきました。
「なんじゃ。」
 と、おしょうさまが 一休いっきゅうさんを ふりかえりました。
「おしょうさま、みずあめを なめさせて ください。」
「なんじゃと。」
「たなの うえの かべつちいろの つぼの なかにある みずあめを、すこしずつで いいですから わたしたちに なめさせて ください。」
 おしょうさまは びっくりして、まじまじと 一休いっきゅうさんを みつめました。
「たれが そんな ことを いった。」
「みたものが あります。おしょうさま、大人おとなの おしょうさま ばかり なめて、どもの わたしたちに なめさせない なんて、おしょうさま ずるいや。」
「うん、そうか。ゆうべ しょうじに あなを あけたのは おまえじゃな。」
「わたしでは ありませんが、たしかに おしょうさまが みずあめを なめているのを みたものが あります。」
「うん、そうか。」
 おしょうさまは ひとつ、こらしめて やろうと おもって、
「みんなを ここに よんでこい。」と、いいました。
 そんな こととは おもいも よらない 一休いっきゅうさんは、さっそく みんなの ところに もどってきて、
「おーい、みんな、こいよ。おしょうさまが みずあめを くださるぞっ!」と、おおごえに さけびました。
「そうか。くださるか。」
「みんな いこう。」
 ぞうたちは おおよろこびで、おしょうさまの へやに とんでいきました。
 ずらり おしょうさまの まえに ならんだ ぞうたちを、じろり みわたした おしょうさんは、
「みんなに いって おくことがある。よく きいておけ。」と、おごそかに いいました。
 これは へんだぞ……ぞうたちは かおを みあわせまた[#「みあわせまた」はママ]。おしょうさまは いいました。
「じつは この かめの なかにある みずあめの ような ものは、ほんとうは、みずあめでは なくて、てんじくから とうらいした ちゅうふうの くすりじゃ。」
 てんじくは いまの インドです。ぶっきょうの わたってきた ところです。この くすりは ぶっきょうと いっしょに にっぽんに わたって きたのでしょう。
「あれッ!」と、みんなを ぱちくり させました。
「いいか。あれは ちゅうふうの くすりじゃ。ちゅうふうという びょうきは どもには かからぬ、わしの ような ろうじんにだけ ある びょうきじゃ。いいか、よく きけ。あの くすりは、ろうじんの ちゅうふうには よく きくが、どもが なめたら いのちが なくなる。まちがっても あの くすりを なめたりするでは ないぞ。」
「へんな ことに なった もんだなあ。」
「わかったか――わかったな。」
「はい。」
「わかったら、でて いって よろしい。」
 へんだなあ と、おもいながら みんな はんぶん べそを かいて、おしょうさまの へやを でて いきました。

ぬ つもりで!


 なかでも いちばん へんだなア、と おもったのが、いちばん りこうな 一休いっきゅうさんでした。
 つぎの おしょうさまは、どこかの ほうじに でていって、るすでした。
「よし、この あいだに あの かめの なかの ものが みずあめか どくか、ためしてみよう。」
 いたずらものの 一休いっきゅうさんは したなめずりを して おしょうさまの へやに しのびこんで いきました。
 さっそく たなの まえに たちましたが、あいにく たなが たかくて、どもの 一休いっきゅうさんには てが とどきません。一休いっきゅうさんは そばに あった ちゃだんすを ひきずってきて、どっこいしょ、と そのうえに のると、かめに りょうてを かけ、そろそろと ひきおろそうと しました。
 が、かめが おもいものですから つるりと てが すべって、あッ と おもう まも あらばこそ、かめは どしーんと、一休いっきゅうさんの ぼうずあたまの うえに おちました。
「しまったッ!」
 そう さけんだ 一休いっきゅうさんは、かめと いっしょに すってんころりと ちゃだんすの うえから ころげおちました。
 その ひょうしに、一休いっきゅうさんは あたまから、どろどろと みずあめを かぶって しまいました。が、一休いっきゅうさんは みずあめの なかに つかりながら、ぺろぺろと みずあめを なめています。
「あまい あまい。」
 やっぱり ちゅうふうの くすりだなんて うそだ。くすりなら にがい はずだ! 一休いっきゅうさんは むちゅうです。
 が、はらいっぱい みずあめを なめてから、一休いっきゅうさんは、「これは しまった ことをした。」と、あおく なりました。
 一休いっきゅうさんは そっと なめて、しらないふりを しているつもりだったのに、こんなに ありたけ こぼして しまっては、おしょうさんに わかって おおめだまを くうに きまっている! 一休いっきゅうさんは おおあわてに あわてて こぼれた みずあめを ふきとりましたが、とても どもの ちからでは ふききれません。
 そればかりではなく、ふと みると、そばには おしょうさまの たいせつに している おちゃのみぢゃわんが こなごなに こわれて いるのでした。
 すると うんの わるいときには しかたの ないもので、そこに ガラリと へやの しょうじが あいて、おしょうさまが かえってきました。
「わっ!」
 一休いっきゅうさんが あめだらけの あたまを かかえると、これを みた おしょうさまは、
「しゅうけん、なに しとるのじゃ。」と、おおごえで しかりました。
「は、はい、はい。」
 一休いっきゅうさんは を しろくろ させています。
「なにを しとると いうのじゃ。」
 一休いっきゅうさんは わーんと なきだして しまいました。なきながら 一休いっきゅうさんの あたまには、一つの とんちが おもい うかびました。
「おしょうさま、おしょうさま。わたしは おしょうさまのだいじな だいじな おちゃわんを こわして しまいました。それが かなしくて わたしは んで おわびしようと おもって、こんなに たくさん おしょうさまの くすりを いただきましたが、ちっとも しねません。」
 そう いうと、一休いっきゅうさんは りょうてで かおを おおって、まえよりも はげしく わんわん なきだしました。
「なに、ちゃわんを わったと……。」
「そうです。おしょうさまの おるすの あいだに おへやを そうじして おこうと おもって、おちゃわんを わりました。おしょうさま、ああ、わたしは しにたい、しにたい。」
 一休いっきゅうさんは そう いいながら、また こぼれた みずあめを ぺろぺろと なめました。
 おしょうさまは あきれかえって、一休いっきゅうさんを みつめていました。そんなことは うそに きまっています。
「うそじゃ。」
 と、おしょうさまは しかりました。
「ちがいます。うそでは ありません。」
「そうか。」
 じっと かんがえこんだ おしょうさまは、とつぜん あっはっはっは……と、わらいだして しまいました。そして、いいました。
「しゅうけん、わしが わるかった。これは わしが おまえたちを だました、ほとけの ばちと いう ものじゃ。」
 それを きくと、こんどは 一休いっきゅうさんが おしょうさまの まえに りょうてを ついて、
「おしょうさま、わたしが わるうございました。わたしは うそを つきました。」
 と、あやまりました。
「いいや、しゅうけん。はじめに うそを ついたのは わしじゃ。わるいのは この わしじゃ。」
「いいえ、わたしが わるうございました。」
「いや、わるいのは わしじゃ。」
 一休いっきゅうさんと おしょうさまは こんどは おたがいに じぶんが わるい、と いいっこです。
「わかった、わかった。」
 おしょうさまが、とうとう まけて しまいました。そして、一休いっきゅうさんに、
「しゅうけん、おまえの とんちには おどろいた。これからは わるいことを するなよ。わるいと きづいて さっそく あやまったのは、いい こころがけだ。」と、やさしく いいきかせました。

かたわれの つき


 なにしろ どもですから、一休いっきゅうさんは たべものと なると、むちゅうに なることが あります。
 そのとしの としの くれの ことでした。
 くれの ことなので、おしょうさまは 今日きょうは ぞうたちを みんな つれて たくはつに でかけました。
「しゅうけん、今日きょうは おまえが るすばんだ。きを つけて おるすを するんだよ。」
 おしょうさまは 一休いっきゅうさんに るすばんを いいつけました。
 すると、おしょうさまたちが でかけて だいぶ たってからの ことです。
「ごめん ください。ごめん ください。」
 と、おしょうさまの おへやの ほうで ひとの こえがしました。
「おや、さっそく おきゃくさまだな。」
 たった ひとり、あとに のこされて ぼんやり していた 一休いっきゅうさんは、さっそく とびだして いきました。
今日きょうは、おしょうさんは るすかな。」
 うらぐちに たって いるのは、あんこくじの だんかの もとべえさんでした。
 おいものとんやの もとべえさんは、かずおおい だんかの なかでも いちばん この おてらに よくして くれる だんかです。今日きょうも たくさんの おもちを ついて、でっちの ちょうまつに せおわせて きたのでした。まるい まるい まんげつの ように まるい かがみもちです。
「これは これは、もとべえさんですか。あいにく、おしょうさまは たくはつに でかけて おるすです。」
 一休いっきゅうさんが ていねいに いうと、もとべえさんは、
「それは かまいません。今日きょうは としの くれで、おもちを ついたので、もって きました。どうぞ、おしょうさまが おかえりに なりましたら、ほとけさまに あげてください と いって ください。」
 と、いって、でっちの ちょうまつに せおわせてきた たくさんの おもちを おいて いきました。
「うまそうだなア。」
 つつみを といて、一休いっきゅうさんが ちょっと さわってみると、おもちは まだ ほっかりと あたたかくて、まるで ごむまりの ように ぷかぷか していました。
 一休いっきゅうさんは ごくん と、つばを のみこみました。むちゅうで、一つの おもちに かじりつきました。
「うまいなア。」
 一休いっきゅうさんが おもわず にっこりした ときです。がたがたと おもてに ひとの あしおとがして、おしょうさまたちが かえってきました。
「あっ、たいへんだ。」
 一休いっきゅうさんは あわてて おもちを のみくだそうとします。が、あんまり たくさん、いっぺんに おもちを くちの なかに いれたので、なかなか のみくだすことが できません。
 一休いっきゅうさんが を しろくろ させて いると、さきに きた あにでしが、
「しゅうけん、また いたずらを したな。おしょうさまに みつかると おおめだまだぞ。」
 と、一休いっきゅうさんの せなかを たたいてやりました。
「うわあ、くるしい。」
 一休いっきゅうさんが やっと おもちを のみくだした ときでした。あとから はいってきた おしょうさまは この ようすを みて くすくす わらいながら、一休いっきゅうさんの まえに、かけた かがみもちを だして、
「しゅうけん、しゅうけん、十五やの つきは まんまるなのに これは どうしたことだ。」
 と、なぞを かけました。
 すると 一休いっきゅうさんは、にこりとして、
「くもに かくれて ここに はんぶん。」
 と、こたえながら じぶんの はらを ゆびさしました。
 これは 一つの うたになります。
十五やの つきは まんまる なるものを
  くもがくれして ここに はんぶん
 おしょうさまのは かみの く、一休いっきゅうさんの は、しものくです。
 おしょうさんは、この 一休いっきゅうさんの とんちに すっかり かんしんして しまって、
「しゅうけん、でかした でかした。」
 と、を たたいて 一休いっきゅうさんを ほめ、
「さあ、おもちを たくさん あげるから、みんなで たべなさい。」
 と、たくさんの おもちを くれました。
「しゅうけん、うまく やったな。また たのむぞ。」
 あにでしたちも おおよろこびで、おもちに、ぱくつきました。

かわもんどう


 あんこくじの おぼうさんに なって 二三ねん たった ときでした。
 はたやじくさい という ひとが、まいばんの ように あそびに きて、おしょうさまと おそくまで はなしあったり、ごや しょうぎを していきました。
 このひとは ながさきで うまれたのですが、おとうさんは オランダじんでした。いまで いえば アイノコです。その おとうさんが、オランダに かえる とき、にしきを おる ほうほうを おしえて いきました。じくさいは きょうとに きて はたやを ひらいて、たいへん はんじょうしました。
 これが、いまでも なだかい にしじんおりの もとです。
「あれ、じくさいの やつ、また きたよ。」
 ある、あにでしの てつばいが げんかんの ほうを みながら、そう いいました。
「ほんとだ。こんやも また おそくまで いるんだろうな。あいつが くると、わしらが いつまでも ねられなくて よわるよ。」
 ぞうたちは おゃきくさまの[#「おゃきくさまの」はママ] いるうちは ねるわけに いかないので、じくさいが くると、みんな いやがるのでした。
「なんとかして あの じくさいめが、こない ように する くふうは ないものかなあ。」
 ぞうたちは みんなで こんな そうだんを はじめました。
 一休いっきゅうさんも これは どうかんです。ついと、みんなの まえに すすみでると、
「わたしが じくさいさんの こなくなる まじないを しましょう。」
 と、いいだしました。
「ほんとに そんなことが できるかい。へんな ことを すると、また おしょうさまから おおめだまだよ。」
 あにでしたちは しんぱいそうです。
「だいじょうぶです。もし しくじったら、みんな わたしが つみを きます。」
 一休いっきゅうさんは とても じしんが ありそうです。
「それじゃ、たのむよ。うまく やってくれよ。」
 よくじつの ゆうがたの ことです。一休いっきゅうさんは、もう じくさいさんが やってくるころだな、と おもいながら、はんしを 五まいも つぎたして、すみ くろぐろと、おおきな じで、
かわを きたるもの てらの なかに はいるべからず
 と、かいて、げんかんに はりつけました。
 まもなく、せかせかと げたの おとを させながら、じくさいさんが やってきました。
 アイノコの じくさいさんは いつでも、けものの かわで つくった どうぎを きているのです。
「どうするかな、じくさいさん。」
 一休いっきゅうさんや ぞうたちは しょうじの かげに かおを あつめて、じっと じくさいさんの ようすを のぞいていました。
 おしょうさまと なかよしの じくさいさんは、いつでも あんないも こわず、ずかずかと げんかんを はいってきます。
 ふと みると、げんかんに なにか かいてあります。
「おや、なんだろう。」
 じくさいさんは、たちどまって、じっと、はりがみを ながめて いましたが、すぐ ハハハ……と おおごえで わらって、
「ははは……ぞうども、わしが いつも よる おそくまで いるもんだから、こんな いたずらを しおったな。」
 と いうと、そのまま おくに はいろうと します。
 そのとき いきなり 一休いっきゅうさんが とびだしました。
「この はりがみが みえないのですか、じくさいさん。」
「ははあ、これは しゅうけんぼうずかい。はりがみは よみましたよ。」
 じくさいさんは、にやにや わらって います。
「よんだなら、なぜ はいってきた。」
ぞうさん、どうして かわを きたものが はいって いけないのかね。」
「おてらに けだものの かわを きて くると けがれます。これは ほとけさまの おしえです。かえって ください。」
「はっはっは……ぞうさん、あんたは、りこうものだと ききましたが、やっぱり まぬけですね。」
「どこが まぬけです。」
「では、ききますが、てらにも じこくを しらせる たいこが ありましょう。たいこは けだものの かわを はって あるでしょう。わたしも けものの かわを きて いますから、たいこの ように、ずっと おくまで とおりますよ。はい、ごめんなさい。」
 じくさいさんは そう いうと、ちらと 一休いっきゅうさんを からかうような わらいを みせて、おくに いこうとしました。
 すると 一休いっきゅうさんは、なにを おもったか、ちょこちょこと じくさいさんに さきまわりして、ほんどうから たいこの ぱちを[#「ぱちを」はママ] もって くると、いきなり じくさいさんの はげあたまを ぽかぽかと たたきました。
「これ、なにを する、ぞうさん。」
 じくさいさんは、一休いっきゅうさんを にらみつけて おこりました。が、一休いっきゅうさんは すましたもので、
「じくさいさんは、たいこの ように おくに とおると いったでは ありませんか。たいこと おなじなら いくら たたかれても、もんくは ないでしょう。」
 と、いって、また ポカリ。
「まいった。」
 すると じくさいさんは きゅうに あともどりすると、ぬいであった げたを つかんで、はだしで にげていきました。
「うまい、うまい、しゅうけん――ああ、むねが すーッと した。」
 あにでしたちは を たたいて おおよろこびです。

この はし わたるな


 つぎの 、じくさいさんの おつかいが おしょうさまに てがみを もって きました。ひらいて みると、
「ゆうがた、ごちそう したいから、しゅうけんさんを つれて あそびに きてください。」と、かいて あります。
 おしょうさまは、にこにこ わらいながら、一休いっきゅうさんを よんで、
「しゅうけん、じくさいさんが、こんな てがみを よこしたよ。きっと きのうの かたきうちを するつもりだよ。」
 と、いいました。
「ははあ、じくさいさん よっぽど くやしかったと みえますね、おしょうさま。」
 一休いっきゅうさんも にこにこ しています。
 ゆうがた 一休いっきゅうさんは おしょうさまに つれられて、じくさいさんの いえに でかけました。
 じくさいさんの いえは おおきな おやしきで、やしきの まえに おがわが ながれ、そのかわに はしが かかっていました。
 おしょうさまと 一休いっきゅうさんが そのはしを わたろうとすると、どうでしょう、つぎのような たてふだが たっていました。

この はし わたるな

「おやおや、やっぱりだね、しゅうけん。」
 おしょうさまは そう いって うしろの 一休いっきゅうさんを ふりかえりました。
「つまんないこと かいてありますね。」
 しかし、一休いっきゅうさんは おどろきません。
「おしょうさま、まんなかを わたって いきましょう。」
「だって、はしを わたっては いけない、と かいてあるでは ないか。」
「だから、まんなかを わたるのです、おしょうさま。この たてふだには、わざと はしを かんじで かかないで、はしと かなで かいて あります。これが なぞを とく かぎですよ、おしょうさま。」
 一休いっきゅうさんは そう いうと、すたすたと はしの まんなかを わたっていきます。
 じくさいさんは いえの まえまで でて、一休いっきゅうさんが どうするだろう、と ながめていました。
 すると 一休いっきゅうさんと おしょうさまが、へいきな かおで はしを わたって きたので、
「しゅうけんさん、おまえさんは あの たてふだが みえなかったのかね。」
 と、いいました。
「いいえ。わたしは このとおり ふたつの めが ちゃんと そろって いますから、たてふだは よく みてきました。」
「なに、みてきた。――では、なぜ はしを わたってきましたか。」
「いいえ。はしの ほうを わたっては いけないと かいて ありましたから、まんなかを わたって きました。じくさいさん、この はしは はしの ほうが くさって いるんですか。そうでしたら、あぶないから はやく なおしておいて ください。」
 一休いっきゅうさんが すました かおで いうので、じくさいさんは、また、
「まいった。」
 と、おもわず ひたいを たたいて、おしょうさまに、
「しゅうけんさんの とんちには、おとなの わたしも とても かないません。」と いって、したを まいてしまいましたが、すぐ おもいかえして、
「でも、しゅうけんさん、こんどは まけませんよ。しゅうけんさんとの とんちきょうそうは これからですよ。」
 と、いいながら にこにこして、おしょうさまと 一休いっきゅうさんを ざしきに あんないしました。
 さて、じくさいさんは どんな、なんもんを ようい しているのでしょう?

したから うえに さがるもの


 りっぱな へやに たくさんの ごちそうが はこばれてきました。
 くいしんぼうの 一休いっきゅうさんは ごくごくと のどを ならして、
「どれから さきに たべようかな。」
 と、おぜんの うえを にらんでいました。
 すると じくさいさんは、ゆうゆうと おちつきはらって、
「さて、しゅうけんさん、わたしが これから なんもんを だしますから、りっぱに こたえてください。もし、しゅうけんさんが わたしの なんもんに こたえられなかったら、今日きょうの ごちそうは おあずけにします。」
 と、いじの わるいことを いいだしました。
 一休いっきゅうさんは くやしそうに じろりと じくさいさんの かおを にらみつけましたが、ぐっと がまんして、
「さっきの かたきうちですか。だめですよ じくさいさん、おやめに なった ほうが よいでしょう。」
 やせがまんを いいます。
「なあに、こんどこそ しゅうけんさんを ぎゅう というめに あわしますよ。」
 じくさいさんは、そう いって おいて、
「しゅうけんさん、したから うえに さがるものは なあに……。」
 と、いって、
「さあ、しゅうけんさん、ごちそうばかり ながめて いないで はやく こたえて ください。」
「ははあ、そんなこと わけも ありません。」
 一休いっきゅうさんは にこりと して、すらすらと、つぎの ような うたを よみました。
ふじだなの みずに うつりし ふじの はな
  したより うえに さがるなりけり
「はい どうです、じくさいさん。では、いただきますよ。」
 一休いっきゅうさんは うたいおわると さっそく ごちそうを ぱくつきました。
「えらい、えらい。やっぱり わたしは しゅうけんさんに かないません。さあ、たくさん、めしあがってください。」
 じくさいさんは おおよろこびで いいました。
 こんなふうに まけても かっても こだわらないで よろこんで いるのが、ぜんしゅうと いう しゅうしの えらい ところです。

びょうぶの とら


 そのころは、ぶっきょうの なかでも ぜんしゅうが とても さかんでした。
 ぜんしゅうを しんこうする ひとたちは、もんどうが だいすきでした。
 それで、一休いっきゅうさんの とんちは たちまち だいひょうばんに なって、
「あんこくじの しゅうけん という ぼうずは たいへんに とんちが すぐれて いるそうだ。」
 と、いう うわさが、ぱっと きょうの まちじゅうに ひろがりました。
 そして、そのことが いつか しょうぐんけにも きこえました。
 ときの しょうぐんは あしかが 三だいしょうぐんの よしみつこうです。一休いっきゅうさんの はなしを きいた よしみつこうは、
「ほほう、それは おもしろい。では ひとつ その しゅうけんと いう ぞうを よんで、ごちそう して やろうでは ないか。」
 と、いって、つぎの さっそく あんこくじに つかいを よこして、
「あす ぞうの しゅうけんを つれて きんかくじに きなさい。」
 と、いいました。
 よしみつこうは そのころ あたまを そって ぶつもんにはいり、天山てんざんと いいましたが、きんかくじを たて、そこに すんで いたのでした。
 むかしは ぶしが としを とると、おてらを たてて ぼうずに なり、いんきょ することが はやったものです。
 しょうぐんさまから まねかれる ことは たいへんな めいよですから、おしょうさまは さっそく しゅうけんを つれて きんかくじに いきました。
 ふたりは すぐ りっぱな おおひろまに とおされました。
 じょうだんの まんなかに よしみつこうが すわっています。その みぎと ひだりには、えらい さむらいたちが ずらりと ならんでいます。おしょうさまは しずかに をついて、
「おめしにより、しゅうけんを つれ さんじょう いたしました。」と、いいました。
「おお ごくろうじゃった。」
 よしみつこうは おしょうさまの うしろで あたまを さげている 一休いっきゅうさんを じろりと ながめ、
「くるしゅうない。あたまを あげい。」
「はい。」
 一休いっきゅうさんは あたまを あげて、あからがおの ずんぐり ふとった よしみつこうを じっと みあげました。
 すると よしみつこうは とつぜん 一休いっきゅうさんに いいました。
「しゅうけん、おまえは なかなか とんちの よい ぞうじゃと きくが、どうじゃ、おまえの よこに ある その びょうぶに かいて ある トラは、まるで いきて いるようじゃろう。」
「はい。おおせの とおりで ございます。」
「ところが、そのトラが まいばん そのびょうぶから ぬけだして、いたずらを するので ほとほと こまるのじゃ。ついては そのほう ただちに そのトラを しばって わしの もとに つれてまいれ。」
 よしみつこうは なんもんを だしました。
 おしょうさま はじめ そこに いるひとは、みんな あっけに とられて、一休いっきゅうさんが この なんもんに どう こたえるか じっと みつめていました。
 ところが 一休いっきゅうさんは へいきのへいざで、にこにこ わらいながら、
「はい、しょうち いたしました。」と、さらりと こたえました。
 これには こんどは なんもんを だした よしみつこうのほうが、あっけに とられました。
「ただちに めしとるのじゃぞ。」
「はい、わけが ありません。」
 一休いっきゅうさんは よしみつこうに かるく あたまを さげると、びょうぶの まえに たって いき、ころもの したから ぬぐいを だして きりきりと はちまきをし、いかにも トラを つかまえそうな かっこうをして、
「しょうぐんさま、おなわを おかしください。」
「おお、たれか しうゅけんに[#「しうゅけんに」はママ] なわを かしてやれ。」
 けらいは すぐ なわを もって きて、一休いっきゅうさんに わたしました。
 どうするのだろう? 一休いっきゅうさんは ほんきで えに かいた トラを なわで しばる つもりでしょうか。
 いならぶ ひとたちも に あせを にぎり、じっと 一休いっきゅうさんの ようすを ながめています。
 が、一休いっきゅうさんは へいきで じっと びょうぶの なかのトラを にらんで いましたが、ふと よしみつこうの ほうを むいて、
「よういは できました。すぐ しばりますから、どうぞ たれかに この トラを びょうぶの なかから おいださしてください。」
 と、いいました。
「う、う、うむ……なんと、その トラを おいだせと もうすか。」
 よしみつこうは おもわず うなりました。
「はい、おいだして くだされば しゅうけん ただちに しばります。はやく ごけらいに いいつけて おいだしてください。」
「う、う、うむ。」
 よしみつこうは おおきな だまを ぎろりと むきだして いつまでも うなっています。
 これは はっきりと よしみつこうの まけです。そう おもった よしみつこうは、すぐ、
「いや、あっぱれじゃ。いかにも そちの とんち みあげた ものじゃ。」
 と、ひざを たたいて 一休いっきゅうさんの とんちに かんしんし、
「それ、ものども しゅうけんに ごちそうを だしてやれ。」と、けらいに いいつけました。
 おしょうさまと 一休いっきゅうさんの まえには やまもりどっさりの ごちそうが たくさん はこばれてきました。一休いっきゅうさんは にこにこ おおよろこびで ごちそうに ぱくつきました。

さかなと にくと おさけと かたな


 が、よしみつこうは もひとつ 一休いっきゅうさんの とんちを ためして みようと おもって いたのでした。
 ぜんしゅうでは さかな にく からいもの、おさけ などを たべたり のんだり することを きんじています。そういう ものを てらの なかに もってくる ことさえ きんじていました。
 ところが、いま 一休いっきゅうさんの の まえに はこばれた ごちそうには、さかなも にくも ありました。
 おしょうさまは ごく したしいところでは さかなも にくも たべますが、いまは しょうぐんさまの まえなので たべようか たべまいか ためらっていましたが、一休いっきゅうさんと きたら そんなこと へいちゃらで、あたりしだい むしゃむしゃ たべました。
 すると よしみつこうが いいました。
「こりゃ、しゅうけん、おいしいか。」
「はい、わたくしは くいしんぼうですから、おいしくて たまりません。」
「ほう。では、ひとつ きくが、しゅっけは にくや さかなを たべても いいのかな。わしは、しゅっけは なまぐさものは たべないものだ、と きいていたが……。」
「はッ!」
 と、いって 一休いっきゅうさんは しばらく かんがえこみました。それから にこりとして、
「しょうぐんさまも たべて おいでですね。」
「おお。わしは さむらいじゃ。にくも さかなも たべる。」
「でも、しょうぐんさまも あたまを ぼうずに して いらっしゃいますね。」
「そうだ。わしも ぶつもんに はいったのじゃ。」
「そうすると やはり ぼうさんの なかまいりを したのでしょう。」
「その とおりじゃ。」
「おなじ ぼうさんなら しょうぐんさまも さかなや にくを たべては いけないのでは ないでしょうか。」
「うむ、うむ……わしは しかし ほんとうの ぼうさんではない。」
「なまぐさぼうず ですか。なまぐさぼうずなら いたしかた ありません。」
 一休いっきゅうさんは ぎゅうっと まず よしみつこうを とっちめました。すると よしみつこうは、
「すると おまえも なまぐさぼうずかな。」
 と、ぎゃくしゅう して きました。
「いいえ、ちがいます。」
「へいきで なまぐさを たべる ところを みると、なまぐさぼうず だろう。」
「いいえ、わたしのは ちがいます。」
「どう ちごう。」
「にんげんの のどには、しょくどうと きどうと ございます。」
「ほう、ふたつ あるか。」
「このみちは、とうかいどうと かまくらかいどう みたいな ものです。」
 しょくどうは たべものを たべるみち、きどうは くうきを すったり はいたり するみち――みなさんは、のどに 二ほんの くだなど ないことは ちゃんと しっているでしょう。しかし これは とんちもんどうですから、また べつです。
「ほう。」
 よしみつこうは 一休いっきゅうめ なにを いいだすか、と にこにこしています。
「かいどうならば、もちやも とおれば、さかなやも とおります。とうふやも にくやも とおります。」
「かいどうなら とおるじゃろうな。」
「はい。それで、わたしの かいどうを ただいま さかなやと にくやと とうふやが とおった わけで、けっして にくや さかなが ひとりで とおった わけでは ございません。」
「ははあ、ぞう うまく にげたな。」
 よしみつこうは おもわず にっこりと しましたが、すぐ ぎゅっと 一休いっきゅうさんを にらみつけて、ぐっと そばの かたなを 一休いっきゅうさんに つきつけると、
「これ しゅうけん、かいどうならば ぶしも とおるであろう。すみやかに この ぶしを とおしてみよ。」
 さあ だいなんだいです。かたなを とおしたら、しんで しまいます。が、一休いっきゅうさんは へいきで、
「いや、むやみ やたらには おとおし できません。」
「なぜじゃ。」
「おそれながら もうしあげます。ただいまは よのなかも しずかでは ありますが、まだまだ かたなを さした とうぞくも おれば、しょうぐんさまに むかい しようと ねらっている ものも あるかも しれません。さかなやや にくやや とうふやは そんな わるい ことを しませんが、かたなを さした ぶしは、いちいち しらべないと とおす ことは できません。」
 一休いっきゅうさんは まんまと いいのがれて しまいました。ことに よしみつこうに むかいするものが あるかも しれない。それを しらべないで とおす わけには いかない、と いったのが、とても よしみつこうの おきにいったので、よしみつこうは、
「しゅうけん、でかしたッ!」
 と、おおよろこびで、
「しゅうけん、これからも よくよく がくもん して りっぱな そうりょに なれよ。それ、しゅうけんに ほうびを とらせよ。」
 と、けらいに めいじて たくさんの ごほうびを しゅうけんに あたえました。

ほんとうの ぼうさん


 しかし 一休いっきゅうさんは こんな とんちもんどう ばかりして いたのではありません。
 おしょうさまに ついて ねっしんに がくもんに はげんで いました。それで、一休いっきゅうさんは ほんとうの にんげんの みち、ほんとうの ぼうさんの みち、と いうものも だんだん わかって いきました。
 あるときの ことでした。
 一休いっきゅうさんが おしょうさまの おつかいで まちを とおりますと、
「もしもし、あなたは あんこくじの ぞうさんでは ございませんか。」
 と、ひとり みしらぬ おばあさんが 一休いっきゅうさんを よびとめました。
「はい、そうです。あんこくじの しゅうけんです。なにか ごようでしょうか。」
 一休いっきゅうさんが おどろいて たちどまると、おばあさんは 一休いっきゅうさんを おがむように して、
「やっぱり ほとけさまの おみちびきです。」と、いいます。
 が、一休いっきゅうさんは なんの ことか わかりません。
「どうしたのですか、おばあさん。」
「はい、はい。じつは けさ はやく おじいさんが なくなったのです。どうぞ いんどうを わたして いただけないでしょうか。もしも おねがいが できれば、ほとけも うかばれます。」
「でも、おばあさん、それでしたら あなたの だんなでらに おねがい したら よくは ありませんか。」
「それが だめなので ございます。わたしの いえは おじいさんの ながわずらいで、一もんの おかねもありません。けさ おてらに いんどうを わたして ください とたのみに いきましたら、おてらさんでは、わたしが おふせを だせないことを しっていて、きて くれません。どうぞ おねがいします。」
 おばあさんは かなしそうに なみだを ながして ぴたりと じべたに すわり、一休いっきゅうさんに をあわせて たのみました。
「そうですか。」
 一休いっきゅうさんは ぐっと むねが あつく なりました。おばあさんが かわいそうなのと、それよりも おふせが だせないからと いって、おきょうも あげてやらない その てらの ぼうさんに たいする いきどおり のためでした。
 ぶっきょうの もとを ひらかれた おしゃかさまは おうじの みぶんを すてて、やまに はいり、こじきのような くらしを しながら、だれにでも おんなじに おきょうを よんで くれました。
 ところが そのころの ぼうさんの なかには おかねもちや、えらいひとにばかり こびへつらって、たくさんの おかねを もらい、ぜいたくを することばかり かんがえている ぼうさんが たくさん いました。
 そんなことは ぼうさんと しては、いちばん わるいことです。ほんとうの ぼうさんの みちを みっちりと こころの なかに いれている 一休いっきゅうさんは、はらわたが にえかえるほど いやな きもちになりました。
「ああ、なげかわしい ことだな。」
 そう おもうと、
「そうですか。それは こまりましょう。それでは わたしが おきょうを よんで あげましょう。」
 と、いって、一休いっきゅうさんは すぐ おばあさんと いっしょに おばあさんの いえに いきました。
 なるほど、おばあさんの いえは ひどい いえでした。やねも かべも くずれかかり、ちょっとの かぜにも ふっとんで しまいそうな きたない いえです。
「さあ おばあさん、おきょうを よんで あげましょう。」
 一休いっきゅうさんは ねんごろに おきょうを あげてやりました。おばあさんは、
「あなたは いきぼとけさまだ。」
 と、いって よろこびました。

くちと 


 さて また 一休いっきゅうさんの とんちばなしに、うつりましょう。
 あるの ことです。おしょうさまが、一休いっきゅうさんを よんで、
「しゅうけん、ほんどうの おとうみょうを けして きなさい。」
 と、いいつけました。
「はい。」
 一休いっきゅうさんは すたすたと、ほんどうに いって、ふっ ふと、おとうみょうを ふきけしました。
 すると、これを みていた おしょうさまが、また、
「しゅうけん、しゅうけん、ちょっと おいで。」と、よびました。
「はい、なんで ございますか。」
 一休いっきゅうさんが おしょうさまの まえに くると、おしょうさまは、
「しゅうけん、いま おまえは なにで おとうみょうを けした?」と、ききました。
「はい、くちで ふきけしました。」
「それは、いけません。くちは いろいろな ものを たべるところです。くちの なかは きたなく なっています。そのくちで、おとうみょうを ふきけしては、ほとけの ばちが あたります。おまえも もう、まるまるの どもでは、ありません。そのくらいの ことは おぼえて おきなさい。」
「…………」
 はい、と こたえるかと おもいのほか、一休いっきゅうさんは いかにも わからない という かおつきで、
「では、おしょうさま、おきょうも くちで よんでは なりませぬか?」
「なぜじゃ。」
「ただいまの おはなしですと、くちは きたないから おとうみょうを ふきけしては いけないと おっしゃいましたが、その きたない くちで、とうとい おきょうを よんでは、なおさら ほとけの ばちが あたりは しないか、と しんぱいです。」
「うむ、なるほど……。」
 おしょうさまも、これには へんじの しようが ありません。
 しかし、これは けっして へりくつでは ありません。どんな ことも こういう ぐあいにして、わるいところが あらためられて いくのです。

でるか はいるか


 ひさしぶりで、じくさいさんから てがみが きました。
「なかなか あついが つづきます。こんなときは、とんちもんどう でもして あつさを しのぐに かぎります。どうぞ、おししょうさまと いっしょに あそびに きてください。そのかわり、ごちそうは たくさん ようい しておきます。」
「おしょうさま、じくさいさんから こんな てがみが きましたよ。」
 一休いっきゅうさんは おしょうさまの へやに とんで いきました。
「ほう、よしよし。それでは さっそく でかけるとしよう。」
 一休いっきゅうさんと おしょうさまは そろって じくさいさんのいえに でかけました。
 こんどは、はしの たてふだも ありません。
「じくさいさん、今日きょうは どんな なんもんを よういしているかな。」
 どこから なにが とびだすかも わかりません。一休いっきゅうさんは ようじん おさおさ おこたりなく、いえに はいりました。
 が、今日きょうの じくさいさんは、とても きげんが よくて、なかなか なんもんを だしません。
 そのうち めしつかいたちが どんどん おいしい ごちそうを はこびました。
 と、ひとりの めしつかいが、いま へやを でて いこうと して、しきいを またいだ ときです。
「これこれ、ちょっと まちなさい。」
 と、じくさいさんが その めしつかいを よびとめました。
「はい。」と いって、めしつかいは しきいを またいだまま たちどまりました。
 すると じくさいさんは 一休いっきゅうさんに むかって、
「しゅうけんさん、あの めしつかいは、へやを でますか、それとも もどって きますか?」
 と、ききました。
 ははん、きたなと おもった 一休いっきゅうさんは、ぽんぽんと を たたいて、
「じくさいさん、いま なった は みぎですか、ひだりですか?」
 と、いいました。
「はははあ……。」
 じくさいさんは なにも いわないで わらっています。
 これで、もんどうは じくさいさんの まけです。
 みなさん わかりますか。
 を たたいて なった ほうは みぎと こたえても、ひだりと こたえても、りょうほうです、と こたえても いいでしょう。
 ですから、みぎ、と こたえれば、ひだりです、と いうかも しれません。
 じくさいさんの よびとめた めしつかいも、一休いっきゅうさんが、
「でる。」
 と、こたえれば、もどって くる つもりです。
「もどる。」
 と、こたえれば、でていく つもりです。
 へんじの しようが ありません。へんじの しようが ないでは ないか、と いうことを、一休いっきゅうさんは を たたいて こたえたのです。

とりの もんどう


 この もんどうだけで ごちそうが おわりました。
 三にんで えんがわに でて にわを ながめて いると、ひとりの こどもが ちょこちょこと めの まえに でてきました。
 その こどもは みぎてに とりを いちわ にぎって いました。それを みた じくさいさんは、そしらぬ ふりで、一休いっきゅうさんに はなしかけました。
「しゅうけんさん、あの どもの に にぎられている とりは、しんで いますか、いきて いますか?」
 一休いっきゅうさんは にこにこして、すーっと たちあがりました。そして、さっき じくさいさんの めしつかいが したように へやの さかいの しきいを またいで、
「じくさいさん、わたしは へやを でますか、もどりますか?」
 と、いいました。
 それをみた じくさいさんは、わらいながら、
「わたしの まけです。」
 と、いって おじぎを しました。
 これも さっきの もんどうと おんなじことで、一休いっきゅうさんが どもの に にぎられた とりを、
「いきて いる。」
 と、いえば、にぎりころす つもり、
「しんで いる。」
 と、いえば、
「ほれ、この とおり いきて いる。」
 と、いきた まま だして みせる つもりに ちがいないのです。

十三ねん


 一休いっきゅうさんは いつか 十八さいに なっていました。すると ある、おしょうさまが 一休いっきゅうさんを よんで、
「しゅうけん、おまえも いつの にか 十八に なりましたね。」
 と、しんみりと いいました。
「ええ、おかげさまで いつか 十八に なりました。おししょうさまの もとに まいりましたのは、むっつの ときで ございますから、いつの まにか 十三ねん たちました。まるで ゆめの ようです。」
 と、一休いっきゅうさんも しんみりしました。おしょうさまは、
「ついては しゅうけん、おまえに おりいって はなしたいことが あるのだがね。」
「はい、なんでしょうか?」
「じつは ね、しゅうけん、わしは もう おまえに おしえる ことが、なんにも なくなったのだ。わしの もっている がくもんは、みんな のこらず おまえに おしえつくして しまったのじゃ。このうえは たれか わしより えらい かたに おまえを おたのみして、おまえに もっと もっと がくもんを ふかめて もらいたいのじゃ。」
「はい。」
「十三ねんも いっしょに いた おまえと、いまさら わかれるのは わしも つらい ことじゃが、おまえの がくもんの ためには これも いたしかた ないことじゃ。」
「はい。」
「ついては、ここに さいごんじの おしょうに てがみが かいてある。さいごんじの おしょうは てんかに かくれない がくもんの ふかい おしょうじゃ。この てがみをもって、これから すぐ さいごんじに いきなさい。さいごんじの おしょうには もう よく はなしてある。」
「はい、おししょうさま、ありがとうございます。」
 一休いっきゅうさんは その さっそく さいごんじに いきました。
 さいごんじの おしょうさまは、あんこくじの おしょうさまの そえてがみを みて、一休いっきゅうさんを へやに とおすと、
「しゅうけんと いう ぞうは おまえか?」
 と、どなりつける ように いいました。
「はい、しゅうけんと もうします。よろしく おねがい いたします。」
「おまえは たいへん けんか こうろん、とんちもんどうが すきだそうだが、ほんとか?」
「いや、おしょうさま、わたしは けんかも こうろんも すきでは ありません。」
「なに、すきでない。それじゃあ おんなみたいに よわむしか?」
「でも ありません。」
「では、けんか こうろんは すきじゃろ?」
「ほんとは すきですが、しない ことにして おります。」
 さいごんじの おしょうさまは、じょうひんで きだてのやさしい、まえの あんこくじの おしょうさまとは まるで はんたいで、かみなりの ような おおごえで がみがみいう ひとでした。一休いっきゅうさんを じろりと みおろして、
「おまえを でしに するまえに、ひとつ きいておこう。」
 と、もんどうを はじめました。

あたまは いし


「おまえは いま けんか こうろんは せぬ、と いったな。」
「はい、もうしました。」
「では、ひとに つばや たんを はきかけられても、けんかを せぬか。」
「はい、おしぬぐって じっと だまり、おこらない しゅぎょうを したいと おもいます。」
「ほう、それでよい。それが おまえに、ほんとうに できるか?」
「はい、できます。できる ように しゅぎょう いたします。」
「そうだ。こちらが ただしいのに、つばや たんを はきかける ような やつは、いわば、ハエみたいなものじゃ。にんげんでは ない。そんな やつを あいてに けんか こうろん すれば、こちらが ばかに なる。」
「はい。」
「では、あいてが ぽかりと あたまを なぐって きたら、どうする。」
「がまん します。」
「いや、ただ がまんする だけでは いけない。そんな やつには、いくらでも なぐらせて やるがいい。わけの わからん やつがなぐった ときは、じぶんの あたまを あたまと おもうな。いしだと おもえ。」
いしだと おもうのですか?」
 一休いっきゅうさんは、にがい くすりを のんだような かおをしました。
「そうじゃ。わしの あたまは いしじゃ。おまえの は さぞ いたかったろうと あいてを ながめ、あいてを あわれんで やるのじゃ。」
「はい。」
 こんどの さいごんじの おしょうさまは、こんなふうに てっていした こころを もっており、そのころ がくもんも おこないも、天下てんか一だと いわれていた えらい ぼうさんでした。おしょうさまは、
「おまえは なかなか できている。どうじゃ、わしの ところで しんぼう できそうか。」
「いたします。」
「それでは 今日きょうから そうじゅん と 名前なまえを かえろ。」
 一休いっきゅうさんは こうして、そのから さいごんじの ぞうに なりました。

こめがない


「そうじゅん、さっそくだが でしいりと きまったら、めしを たいて もらおう。」
 でしいりが きまると、おしょうさまは さっそく しごとを いいつけました。
「はい。こめびつは どこに ありますか?」
「だいどころに ある はずじゃ。」
 だいどころに いって みると、こめびつは あるが、こめびつの なかには おこめが ひとつぶも ありません。
「おしょうさま、おこめが ありません。」
「ないなら、どこからか さがして こい。」
 たいへんな ことに なったものです。
 こんどの おしょうさまは がくもんや、がくもんを かんがえる じかんが おしくて、たくはつに でて、おこめを もらうのも わすれて いるのでした。三日みっかも、四日よっかも ごはんを たべないで、じっと がくもんを して いることが ありました。
 今日きょうも あさから なんにも たべないで、みずばかり のんで いたのです。
 そのときは 一休いっきゅうさんが すぐ きんじょの いえに いって、おこめを もらって、おしょうさまに ごはんを たいて あげましたが、そんな ぐあい ですから、がくもんでは きょうのみやこで いちばんだ と いわれる さいごんじの おしょうさまも ころもは ぼろぼろ、みちを あるくときは みぞの わきで ひろった たけのぼうを つえに ついて あるくので、みちで あそんでいる どもたちは、
「やーい、こじきぼうず。」と、はやしたてる ほどでした。
 おてらの なかも ぼろぼろ――それでも、おしょうさまの おへやには ほんが やまのように つまれて いました。
 つぎの、おしょうさまは、一休いっきゅうさんを へやに つれていって、
「そうじゅん、これを よめ。」
 と、かべに はってある かみを ゆびさしました。
 そこには むそうこくし と いう えらい ぼうさんのかいた、ぼうさんの わけかたが はって ありました。

じょうとうの ぼうず――もうれつに しゅぎょうして、ほんとうの ぼうずの みちに たっした ぼうず。
ちゅうとうの ぼうず――しゅぎょうが ふつうで、ものわかりの いい ぼうず。
とうの ぼうず――おてらの しきたりだけを まもって いる ぼうず。
 この とうの ぼうずが ふたつに わかれて いました。
一、ほんは たくさん よんでも、うたなどばかり つくって ほとけの おしえを わすれた ぼうず。これは あたまを そった ただのひと
二、ごちそうばかり ほしがって、かってなことを しているぼうず。
「せけんには とうの二の ぼうず ばかり おおいですね、おしょうさま。」
 それを よんで 一休いっきゅうさんが いいました。
「そうだよ。十にんの うちの 八にんまでは とうの 二だ。」
「あんこくじの おしょうさまは どのくらいでしょう。」
 あんこくじは まえの おてらです。
「そうだね。まず、ちゅうとう かね。」
「よしみつこうは とうの 二ですね。」
「まだ、とうの 二にも いかないよ。」
「おしょうさまは どのくらい ですか?」
「おれか。おれは じょうとうに はいりかけて いる ところだ。おまえも ぼうずに なったからには、じょうとうのじょうに ならなくては いけないよ。」
「はい!」

かたい けっしん


 一休いっきゅうさんは さいごんじで ねんかん。みっちり しゅぎょう しました。
 さすがの おしょうさまも、もう 一休いっきゅうさんに おしえることが なくなってしまいました。
「そうじゅんは いくつに なったな。」
 ある、おしょうさまが いいました。
「二十一さいに なりました。」
「もう、ひとりだち しても いい ころだな。わしは もうおまえに なにも おしえる ことが なくなったよ。」
「おししょうさまの ごおんは けっして わすれません。」
 ひとりだちして どこかの じゅうしょくに なれ、と すすめられましたが、一休いっきゅうさんは、
「いいえ、もっと がくもん します。」
 と、いって、しばらく さいごんじに とどまっていました。
 すると、そのとしの 十二がつに、おしょうさまが ぽっくり なくなりました。みんなが、
「そうじゅんさん、おしょうさまの あとを ついで、さいごんじの じゅうしょくに なって ください。」
 と、たのみました。が、もっと もっと べんきょうしたい 一休いっきゅうさんは、
「わたしは まだまだ しゅぎょうが たりません。とても あの がくもんの ふかい おしょうさまの あとを つぐことなどは できません。」
 と、いって、さいごんじを でていきました。

わかれを つげて


 まだ おかあさまが じょうぶで、京都きょうとの はずれに すんでいました。さいごんじを でた 一休いっきゅうさんは、ひさしぶりに ははの もとを たずねていきました。
「おかあさま、わたしは びわこの ほとりに しゅぎょうに いきます。しばらく おわかれに まいりました。」
「びわこの どこに いく つもりじゃ。」
「かそうさまの おでしに して いただきたいと おもいます。」
 かそう という ぼうさんは むらさきの だいとくじ という りっぱな おてらの じゅうしょく でしたが、そのころの だらくした ぼうさんばかり いる 京都きょうとを のがれ、びわこの かただの ほとりに、みすぼらしい いおりを たてて、そこで ふかい しゅぎょうを している、よにも まれな とくの たかい ぼうさんでした。
「それは けっこうです。でも おまえは どなたかの てがみを いただいて いますか?」
 おかあさまは たずねました。
「いいえ。」
「それでは むずかしいのじゃないか。かそうさまは めったに でしを とらぬと もうします。」
「でしに してくださらなければ、いおりの まえに ざぜんを くんで、しんでも うごかぬ かくごです。」
「そうですか。それほどの けっしんが あるなら、かそうさまも きっと でしに してくださるでしょう。」
 それから 三日みっかめの ことです。一休いっきゅうさんは、かそうさんの いおりを たずね、でしに してください、と たのみましたが、でしの 一人ひとりに、あっさりと ことわられ、かそうさんには あうことも できませんでした。
 そのの ことです。つきあかりの したで ひとりの としよりの りょうしが、びわこで あみを かけていますと、なにか とても おもいものが あみに かかりました。
 あみを ひきあげて みると、おもいのも そのはず、わかい ぼうさんの したいでした。
 かそうおしょうに もんぜんばらいを くった 一休いっきゅうさんが、かなしみの あまり、びわこに みを なげたのでした。
 まだ しんぞうの こどうが ありました。
 しんせつな りょうしは 一休いっきゅうさんを いえに つれてきて かいほうして くれたので、一休いっきゅうさんは いきかえりました。
「どうして みなげなど したのです。」
 じいさんと ばあさんが ききました。
 一休いっきゅうさんが わけを はなしますと、じいさんと ばあさんは、
「それでは しばらく わたしの いえに とまっていて、ねっしんに たのみなさい。」と、いってくれました。
「ああ、わたしは かそうさまの ゆるしを うけるまでは、いおりの まえで しぬまで ざぜんを くむ つもりだったのに、こんな ことでは とても だめだ。」
 一休いっきゅうさんは そう おもいかえして、それからも なんども なんども かそうさんの いおりを たずねましたが、そのたびに おいかえされました。

ゆきの あさ


 としも あけて 一がつ七日なのかの あさでした。
 よるから ふりだした ゆきは、あたり いちめん まっしろに しています。
 一休いっきゅうさんは あさから びわこの ほとりに でて、
「どうぞ かそうさまが でしに してくださるように。」
 と、ねがいながら ざぜんを くんで いました。
 すると、ひょっと きが つくと、の まえに、まゆの ながい としおいた おしょうさんが たっていて、じっと うつくしい みずうみの けしきを ながめて いました。
「あッ! かそうさまだ。」
 一休いっきゅうさんは、おもわず そう さけんで、おしょうさまの まえに をつき、
「どうぞ わたしを でしに してください。」
 と、たのみました。
「おまえは そうじゅんと いったな。」
 かそうさんは いいました。そうじゅんが いのちがでけで[#「いのちがでけで」はママ] でしに してくれと たのんで いることを しって いました。
「びわこに みを なげた そうじゃな。」そんな ことまで ちゃんと しって いました。
「はい。」
きょうで しゅぎょう したと いうが、だれの もとで まなんだ。」
「さいごんじの おしょうさまに 四ねんかん まなびました。」
「そうか。さいごんじの おしょうに ついたか。さいごんじの おしょうも おしいことを したな。」
「はい。」
「さいごんじの おしょうも がんこ だったが、わしは もっと がんこじゃ。おまえは うわさに きいておろう。」
「はい、ぞんじて おります。」
「しんぼう できるか?」
「どんな しんぼうでも いたします。」
「そうか。ゆきの なかは さむい。それでは、いおりの なかに はいろう。」
「はッ! ありがとう ございます。」
 こうして、一休いっきゅうさんは やっと かそうさんの でしに して もらうことが できました。

からすの こえ


 一休いっきゅうさんは 五ねんあまり、この かそうさんの もとで しゅぎょうして いました。
 そのあいだに こんな ことが ありました。
 いつか、一休いっきゅうさんを たすけてくれた あの としよりの りょうしは そのあとも 一休いっきゅうさんの めんどうを みていて くれましたが、ある つきあかりの うつくしい よるの ことでした。
 一休いっきゅうさんが、その りょうしの ふねに のせてもらって びわこの うえで ざぜんを くんで いますと、そらの どこかで からすの なきごえが しました。
「あッ!」
 ざぜんを くんで いる 一休いっきゅうの しずかな こころの そこに、その からすの こえが しみわたって きました。
「ああ、わしは なんと いけない こころを もって いたのだろう。」
 一休いっきゅうさんは、きゅうに こころの が あいたように さとりを ひらきました。
 どんな さとりを ひらいたのでしょうか。
 一休いっきゅうさんは、これまで うつくしい ころもを きて、ごちそうを たべ、ほとけの みちに はずれた おこないをしている ぼうさんたちを、おこったり けいべつ したりしていました。
 すみとおった びわこの うえで、なんの こだわりもない からすの なきごえを きいた ひょうしに、一休いっきゅうさんは「ああ、それは いけない ことだ。」と、おもいあたったのです。
 ひとの わるい ところを みて、ぶつぶつ いったり、けいべつしたり することは、いけない ことだ。そんな ことに きを かけず、じぶんさえ ほんとうの みちを あるいて おれば よい。そして、じぶんが ほんとうの みちを あるくことで、ほかの ひとが かんしんして、ひとりでに ほんとうの みちを あるくように なってくれるのが、ほんとうの ほとけの みちだ。
一休いっきゅうさんは そう さとったのでした。
 これは、ほとけの みち だけではなく、にんげん みんなの ほんとうの みちでしょう。

一休いっきゅうと いう なまえ


 また あるの ことでした。
 一休いっきゅうさんが やはり あの としよりの りょうしの ふねに のせてもらって、うつくしく すんだ びわこの うえで、がくもんの ことを かんがえて いました。
 すると、どこからとも なく、うつくしい かなしい うたごえが ながれて きました。
 ふと みると、みずうみの ほとりで、ひとりの こじきが びわを ひいて、うたを うたって いるのでした。
 うたの きょくは、うつくしい しなの まいこが、おうさまに しりぞけられたのを かなしんで、あまさんに なる、と いう、あわれな うたでした。
 一休いっきゅうさんは その きょくを きいて、ひとの うんめいの かなしさに うたれ、しみじみと かんげき しました。
 一休いっきゅうさんは ふねから あがると、さっそく そのことを おしょうさまの かそうさんに はなしました。
 すると、おしょうさまは だまって へやに ひっこむと、一休いっきゅう と かいた おおきな を、一休いっきゅうさんに わたしてくれました。
 それまで そうじゅん と いっていた 一休いっきゅうさんは それから を 一休いっきゅう と あらため、それを いっしょう かえなかったと いわれます。

たびに でる


 こうして、一休いっきゅうさんは かそうさんの もとで、いろいろだいじな べんきょうを しましたが、五ねんの あるよの ことです。
 あんなに きびしい おしょうさまが、そのは にこにこして、
一休いっきゅう、おまえは わしの もとにきて 五ねん あまりになるな。」
 と、はなしかけました。
「はい、ゆめの ように すぎました。」
「わしは おまえに わしの がくもんの すべてを おしえた。また おまえの こころは どんなに わるい ぼうずと まじわっても、もはや けっして けがれる ことの ない、ふかい ところに たっした。もう おまえは この いおりを そつぎょうして いいぞ。」
「はい。みな おしょうさまの ごおんで ございます。」
「ついては、おまえに さしょうを あたえたい。」
 さしょうと いうのは、いまの そつぎょうしょうしょと おなじものです。わしの もとで 五ねんあまり こっくべんれいして、ぶっきょうの おうぎに たっしたと いう しるしです。
 かそうさまの さしょうは、どんな りっぱな てらの じゅうしょくにも なれる たかい ねうちの あるものです。
 が、一休いっきゅうさんは いいました。
「おしょうさま、ありがとうございます。でも、わたしは ごじたい いたします。」
「いらぬか?」
 おしょうさまは やさしく いいました。
「はい……。」
一休いっきゅうよ。おまえは わしの あとを ついで、だいとくじの じゅうしょくに なって もらわねばならぬ。それには この さしょうが いるのじゃ。」
 かそうさまは 一休いっきゅうさんを じぶんの あとつぎにして、むらさきの だいとくじの じゅうしょくに しようと して いたのでした。
「はい。おしょうさまの おなさけに そむくようで こころが いたみますが、わたしは てらの じゅうしょくには なりたく ございません。てらの じゅうしょくに なれば、いろいろ わずらわしい ひととも、また えらいひととも つきあわねば なりません。そう すると わたしの こころは けがれます。それよりも わたしは いっしょう ひとの みちを さぐり、ほとけの みちを たずねる きゅうどうしゃと して おくりたいと おもいます。」
 かそうさまは それを きくと、
「そうか。一休いっきゅう、よく いった。わしも そのみちを あゆみたいと おもった くらいじゃ。一休いっきゅうよ、おもう みちを あるくが よい。」
 と、いって、一休いっきゅうさんを はげまして くれました。
 ある一休いっきゅうさんは おしょうさまの ゆるしを えて どこへとも しれぬ たびに でました。

てんぐの どうじょう


 たびに でた 一休いっきゅうさんは、いつか えちぜんのくにの たけう と いうまちを あるいて いました。
 えちぜんの くには、いまの ふくいけん です。
 このまちに ありた はやと という けんじゅつの せんせいが いて、おおきな どうじょうを かまえて いました。
 一休いっきゅうさんは、まちの ひとから、この けんじゅつの せんせいは、うでは りっぱだが、こころが わるく、いつも うでを はなに かけては、まちの ひとに めいわくを かけ、まちの ひとから はなつまみに されて いると いうことを ききました。
 一休いっきゅうさんは ひょっこりと その どうじょうの まえを とおりかかりました。
「ああ、ここが うわさにきく てんぐの どうじょうか。」
 一休いっきゅうさんが そう つぶやいたとき、どうじょうの まどから くびを だした ひとりの もんじんが、ふしぎそうに 一休いっきゅうさんの すがたを ながめました。
 たびに でた 一休いっきゅうさんは いつも 木刀ぼくとうを こしに さし、尺八しゃくはちを ふいて いたと いうことです。もんじんは 木刀ぼくとうを こしに さした こじきぼうずを、ふしぎに おもったのです。
 その もんじんが一休いっきゅうさんの ひとりごとを、ききつけて、
「おい、ぼうず、てんぐの どうじょうとは なんだ。」
 と、さけんだので、ほかの もんじんも たくさん まどぎわに あつまってきて、
「なんだ、なんだ。」
 と、さわぎだしました。
「あの ぼうずが へんな ことを いいやがったんだよ。」
「けしからん ぼうずだな。」
 一休いっきゅうさんは たちどまって、にこにこ もんじんたちを ながめて いましたが、なにを おもったか、ずかずかと どうじょうの げんかんに はいって いって、
「たのもう。」
 と、こえを かけました。すると つきの わるい もんじんが でてきて、
「これは たびの ぼうさん、どちらから おいでか?」
「うん、あちらから きた。」
「いや、うまれた ところは どこかと きいているのだ。」
「ははは、ききかたが まちがって いる。ぼうずには うまれた 土地とちが ないものじゃ。むりに いえば てんじくからか。」
 もんじんは むっとしました。
「ここは きよき どうじょうじゃ。こじきぼうずなどの くる ところではない。なにか ほしければ だいどころに まわれ。」
「なるほど。」
 一休いっきゅうさんは くるりと むきを かえて、どうじょうの かってぐちに まわりました。そして おおごえで いいました。
「この どうじょうは、よこぐるまを おしては まちの ひとを くるしめ、おおもうけを して いるそうじゃから、かねもちだろう。わしは はらが へった。ごちそうを たのむ。」
 ほかの もんじんが でてきましたが、一休いっきゅうさん ずうずうしく どなって いるので、かんかんに おこって、
「せっかくだが、ここは ぶげいの どうじょうだ。こじきぼうずに めぐむ ものなど ない。はらが へったら めしやに いけ。」
「なにか ほしかったら、かってぐちに まわれと いったぞ。」
 この さわぎを ききつけて おくにいた せんせいが、
「なんじゃ、そうぞうしい。」
「せんせい、こじきぼうずが めしを くわせろ、と いっています。せんせいの ことを てんぐと いっています。」
「だいどころに とおして、めしを くわしてやれ。」
 もんじんは せんせいが そう いうので、
「ぼうさん、こちらに きて ください。」
「それは かたじけない。」
 一休いっきゅうさんは わらじを ぬいで、どんどん どうじょうにはいり、かみざに ある せんせいの ざぶとんに、どっかと あぐらをかいて、
「ちょっと ことわって おくが、わしは まずいものは きらいじゃ。たんと おいしいものを もって まいれ。」
「ぼうさん、そこは ちがいます。だいどころに きて ください。」
「いや、ここの ほうが よい。」
 もんじんは また せんせいの へやに きて、
「せんせい、こじきぼうずが せんせいの ざぶとんに すわって、いばって います。」
「そうか。」
 なにか わけが ありそうだと おもったらしく、せんせいが どうじょうに でてきて、
「これこれ、どうじょうには どうじょうの れいぎがある。かってなことを しては いかん。」
「もんくを いう まえに ごちそうを たのむ。」
 どうじょうの せんせいも おこって しまいました。
「あまり かってな ことを すると、すてては おかんぞ。」
「どう なさろうと いうのじゃ。」
 せんせいは ふと 一休いっきゅうさんの さしている 木刀ぼくとうを みて、
「おや、ぼうさんは けんじゅつを なさるか?」
「いや、いたさぬ。」
「では、その木刀ぼくとうは なんの ために おもちじゃ。」
「よのなかの にせものに みせる ためじゃ。」
「にせもの?」
「そう。よのなかには この 木刀ぼくとうの ような にせものが たくさんいる。こうして こしに さして いると、かたなのように みえるが、木刀ぼくとうは かたなの にせものじゃ。」
「わしを にせものだと いうのか?」
「おまえも そう おもうだろう。」
「くそぼうずッ!」
 と、せんせいは まっかに なって おこりました。いきなり そこに あった 木刀ぼくとうを とりあげると、やっと ばかりに ふりあげ、
「ぼうず、もいちど いってみろ。ただでは おかぬぞ。」
 が、一休いっきゅうさんは へいぜんと しています。
「にせもの、どこからでも うって こい。」
 もんじんたちは、ああ、かわいそうに、この こじきぼうず あたまを たたきわられるだろう、と じっと みつめています。
 が、ふしぎな ことに じっと 一休いっきゅうさんを にらんで、木刀ぼくとうを ふりあげて いる せんせいの てが、ぶるぶると ふるえだし、ひたいから、じわじわ あぶらあせが ながれだして きました。
「なぜ うたぬ。」
 一休いっきゅうさんは はらの そこから いいました。すると、さすがは うでの ある ぶげいしゃです。じぶんの わるいことを さとったか、がらりと 木刀ぼくとうを すてて、
「うたれるのは わたしで ございます。」と いうと、ぴたりと 一休いっきゅうさんの まえに りょうてを つきました。
「ぼうさま、あなたは かねがね れんにょ上人しょうにんから うけたまわって おります 一休いっきゅうさまでは ござりませぬか?」
「ほう、そなたは れんにょの しんじゃか?」
「はい、この あたりの ものは、みな れんにょ上人しょうにんの しんじゃに ござります。」
 れんにょ上人しょうにんは そのころ の きこえた えらい ぼうさんでした。この たけうの まちから 十りばかり はなれた、しばたこの ほとりの よしざき と いう まちに おおきな おてらを たて、この あたりの ひとたちから、いきぼとけと いわれて いました。
 れんにょは 一休いっきゅうさんより 二十二さいも わかいのですが、一休いっきゅうさんとは なかよしでした。
「そうか、れんにょの しんじゃなのに、きさまが はなつまみもの とは、わけが わからぬ。」
「もうしわけ ありません。」
「うでを みがくだけでは だめじゃ。こころを みがけ。」
「はい、が さめました。」
 ありた はやとは もんじんたちに いいつけて 一休いっきゅうさんに たくさん ごちそうを だし、
一休いっきゅうさま、おねがいが ござります。」
「なんじゃな。」
「この どうじょうの どの 木刀ぼくとうでも よろしゅうございますから、一休いっきゅうさまの 木刀ぼくとうと とりかえて いただきとう ございます。」
「こんな ものを なんに いたす。」
「ぶつぜんに かざって、まいにち おがみ、こころを みがきます。」
「そうか。それは よい こころがけじゃ。」
 一休いっきゅうさんは、ごちそうを たべ、木刀ぼくとうを ありた はやとにあたえると、また どこともなく でていきました。

かさ もんどう


 一休いっきゅうさんが かんとうの ほうへ むかって たびを つづけて いる ときの ことでした。
したにい――したにい。」
 と いう やかましい かけごえが きこえて、うしろから だいみょうぎょうれつが やってきました。
「ああ、うるさいものが やってきたな。」
 一休いっきゅうさんは、まつなみきの そばの いしの うえに こしかけて、ひとやすみ しました。
 すると、一休いっきゅうさんの まえを とおりすぎようと した とのさまが、かごの なかから、一休いっきゅうさんの ようすを みて けらいの ものに いいました。
「これこれ、あの おぼうさんは、この あついのに かさも もたずに おきのどくな ようす、たれか かさを ひとつ おぼうさんに あたえよ。」
「はっ。」
 かしこまった けらいの ひとりが、さっそく かさを もって 一休いっきゅうさんの ところに とんで きました。
「おぼうさん、とのさまの おおせで、かさを もって まいりました。この あついのに、かさなしでは さだめし おあついことで ございましょう。どうぞ この かさを かぶってください。」
 すると、一休いっきゅうさんは さだめし よろこぶだろうと おもいの ほか、
「それは まことに かたじけないが、わしは うまれおちるとから[#「うまれおちるとから」はママ]、あおぞらを かさに かぶっているから、せっかくの おことばだが おかえし いたします。とのさまに よろしく もうして ください。」
 と、を ふって、えんりょもなく ことわって しまいました。
 けらいの ものは あきれかえって しばらく ぼんやりと 一休いっきゅうさんの かおを みつめて いましたが、いらないと いうのですから、むりにとも いえないので、
「なんと、がんこな ぼうずだろう。」と、おもいながら、とのさまの ところに かえって、そのことを はなしました。
 とのさまは しぶいかおをして けらいの いうことを きいて いましたが、やがて にこりとして、
「あおぞらが かさか。なるほど おもしろい ことを いう ぼうさんだな。そんなことを ずけずけ いう ぼうさんなら、きっと ただの ぼうさんでは あるまい。そそうの ないように いたせ。」
 と、けらいを いましめて、そのまま いきすぎて しまいました。
 ゆうがたに なって、とのさまが やどやに とまると、一休いっきゅうさんは いつ ぎょうれつを ぬいた ものか、もう ちゃんと その やどやに とまって いました。
「おやおや、あおぞらを かさに かぶって あるく、と いった あの ぼうさん、いつ わしの かごを とおりぬけたものか、もう ちゃんと とまって いるぞ。」
 とのさまも びっくり しましたが、どうも あの ぼうさん おもしろそうだ、ひとつ よんで みようと、けらいにいいつけて、
「これこれ、あの ぼうさんを おまねきしてこい。」
 と、いいつけました。
「はい、これは ありがたい。」
 一休いっきゅうさんは すぐ しょうちして のこのこと とのさまの へやに はいろうと しました。すると、とつぜん へやの なかから とのさまが、
「おぼうさん、しばらく おまちを ねがいたい。」
 と、こえを かけました。
「なんじゃ。」
「おぼうさん、たとえ おぼうさんとは いえ、ひとの ざしきに はいるのに、かさを かぶったままとは、ちと しつれいでござろう。かさを とって おはいりください。」
 もちろん 一休いっきゅうさんは かさなど かぶって いません。しかし、さっき みちばたで、あおぞらを かさに かぶっている、と いったのですから まだ かさを かぶって いることに なります。
 それを とのさまは もんどうにして いったのでした。
 が、一休いっきゅうさんは そんな ことでは へこたれません。
「いや、いわれるまでもなく かさを とって はいりたいのは やまやまだが、なにぶんにも わしの かさは、あまり おおきすぎるので ぬいでも おくところが ない。しつれいとは おもうが このままに する。」
 なるほど、あおぞらでは とっても おくところが ないだろう。とのさまは これを きくと、
「おぼうさんは 一休いっきゅうさんで ござろう。」
 と、いいました。
「ははあ、ばけの かわが はげたか。」
 一休いっきゅうさんは おもしろそうに わらって います。
 とのさまは、一休いっきゅうさんに たくさんの ごちそうを だして、いろいろ はなしを ききましたが、そのなかに こんな はなしが ありました。
一休いっきゅうさん、よのなかには ゆうれいと いうものが いるでしょうか。わたしは はなしには きいて いますが、まだ みたことが ありません。ゆうれいは ほんとに いるのでしょうか?」
 と、とのさまが ききました。
「ははは……よく きかれる ことじゃが、わしは とちゅうに ぶらぶら、と こたえることに して いる。」
「とちゅうに ぶらぶら とは、どう いう ことですか。」
「それがな、ゆうれいと いう やつは、ひとの こころの もちかたで、でたり でなかったりする。だから、でると いえば でる。でないと いえば、でない。つまり とちゅうで ぶらぶら……」

正月しょうがつの しゃれこうべ


 あるとしの 正月しょうがつの がんじつの ことでした。
 一休いっきゅうさんは、しゃれこうべを たけの さおに つきさして、きょうの まちを あるきまわりました。まちの ひとは、
「いやな ぼうずだな。」
「この おめでたい お正月しょうがつに、しゃれこうべを もちあるく なんて、なんて ぼうずだろう。」
 と、おおさわぎを しました。
 そのうち 一休いっきゅうさんは 四じょう むろまちの 京都きょうといちばんの おおがねもち ぜにきゅうの いえに あらわれました。
 元日がんじつの ことですから、しゅじんの きゅうべえは いえの ものを みんな あつめて、とそを いわい、おぞうにを たべていました。
 すると そこに、しゃれこうべを もった うすぎたないぼうずがあらわれたのですから、きゅうべえは びっくりして、
「やい、この きちがいぼうずめ。」と、おこりました。すると 一休いっきゅうさんは、おきょうでも よむような ふしを つけて、

かどまつは めいどの たびの 一りづか
  めでたくも あり めでたくも なし

 と、うたい、つづけて、

正月しょうがつの ぎしきは ぬる ことはじめ
 どんどは そう 二十日はつか ほねあげ

 と、うたって、を ぱちくりしている きゅうべえを しりめに、さっさと どこかへ いって しまいました。
 なんと いっても、お正月しょうがつは めでたい ときです。その めでたい ときに、一休いっきゅうさんは どうして そんなことをして、ひとを いやがらせたのでしょう。
 それは、こういう わけでした。
 そのころ 京都きょうとの まちは たいへん ぜいたくに なっていました。それ ばかりでなく、かねかしとか、よくないものが はびこって、たかい りしを とっては ひとびとを くるしめて いました。
 一休いっきゅうさんは それを いましめようと したのでした。
 ことに ぜにや きゅうべえは、かねかしの なかでも いちばん たちの わるい やつで、きゅうべえから かねを かりた ひとは、みな くるしんで いました。それで、一休いっきゅうさんは きゅうべえの いえには わざわざ たちよって、しゃれこうべを つきつけ、
「おまえは、かね かねと いって、びんぼうにんから たかい りしを まきあげ、じぶんだけ ぜいたくをして ひとを くるしめて へいきで いるが、おまえが いくら かねを ためても、しんで しまえば、この しゃれこうべと おんなじに なるのだよ。かねは あのよに もって いかれない。ちと こころを あらためなさい。」
 と、いましめようと したのでした。

とのさまの そうしき


 一休いっきゅうさんが、だいぶ としとってからの なかの よい ともだちに、にながわ しんざえもん と いうひとが ありました。
 しんざえもんは 一休いっきゅうさんの えらさに かんしんして、わざわざ じしゃぶぎょう と いう たかい やくめを やめ、一休いっきゅうさんの しんじゃに なった ひとでした。
 一休いっきゅうさんと しんざえもんさんが いろいろな はなしを していると、ひとりの ぶしが 一休いっきゅうさんの いおりを たずねて きて、
「わたしは うえむら ないき と いうものの けらいですが、このたび とのさまが しにました。その ゆいごんに わしが しんだら ぜひ 一休いっきゅうさんに いんどうを わたして もらえ、と ありました。どうぞ ぜひ、ほとけさまに いんどうを わたして ください。」
 と、たのみました。一休いっきゅうさんは、すぐ、
「しょうちした。」
 と、こたえましたが、すぐ あとから、
「けれど、わしは おともが おおいぞ。それに、わしの ともは、ひとりに ついて、ぜに 一かんずつ もうしうける ことに なって いる。それを しょうち して くださるか?」
 と、つけたしました。
「はい、かしこまりました。それでは よろしく おねがいいたします。」
 と、いって けらいは かえりました。
 それを そばで きいていた にながわ しんざえもんは ふしぎそうにして、一休いっきゅうさんに いいました。
「あなたは よくの ないかただと おもって いましたが、あんがい よくが ふかいのですね。」
「まあ、いいよ。しんざえもん、みておれ。」
 一休いっきゅうさんは ただ にこにこと わらって、しんざえもんの ことばを ききながして いましたが、すぐ、
「さあ、しんざえもん、おまえにも ぜに 一かん もらって やるぞ。ついて こい。」
 と いって、たちあがりました。
 しんざえもんさんも、ははあ これは なにか わけが あるな、と きづきましたから、だまって 一休いっきゅうさんに ついて いきました。
 五じょうの はしを わたって、むこうの かわらに でると、一休いっきゅうさんは、ひとつの こじきの こやに たちよりました。
「もくさん もくさん、ちょいと たのみじゃ。ぜに もうけじゃ。」
 一休いっきゅうさんは ここの こじきと しりあいと みえて、そう よびました。
 こじきの もくさんが でて きました。一休いっきゅうさんは、
「なんびゃくにんでも いいから、おまえの しって いる こじきを みんな あつめて くれ。」
「なんですか、一休いっきゅうさん。」
「うえむら ないきの そうしきじゃ。」
 一休いっきゅうさんは わけを はなして、
「あれは かねもちだから、うんと かねを もらって やるのだ。」
「それは おもしろいですね。では、さっそく あつめましょう。」
 こじきの もくさんは、そこらじゅうの こじきを よびあつめ、京都きょうとじゅうの こじきを みな かりあつめました。
かぞえて みると 三びゃく五十五にん あつまりました。
「さあ、それでは たのむ。」
 一休いっきゅうさんは 三びゃく五十五にんの こじきを ぞろぞろ つれて、とのさまの やしきに のりこみました。
 いくら ともが おおいと いっても、三びゃく五十五にんも くるとは おもいも かけなかった とのさまの やしきでは、びっくりして しまいましたが、かずを きめて やくそくしたわけでは ありませんから、しぶしぶ、三びゃく五十五にんの こじきに、ぜに 一かんずつを はらいました。
 一休いっきゅうさんは おかしさを かくして、しずかに いんどうを わたしました。

じひも せず、あくじも なさず しぬ ものは、ほとけも ほめず えんまも とがめず。

 しんだ とのさまは ただ かねを ためるのが たのしみで、じひの こころを もたないで[#「もたないで」はママ] ゆうめいでした。そんな ひとの かねなら、こじきに やった ほうが いいと、一休いっきゅうさんは こういう ことを したのですが、つづけて こう いいました。

だいみょうも こじきも おなじ つきつきすいふうの うつけものらッ!

 にんげんは とのさまも こじきも おなじ にんげんだ、と いったのです。そう いった 一休いっきゅうさんの には なみだが あふれて いました。

たった 一にちだけの ようし


 しょうぐんや ぶしや えらいひとに こび へつらうことの きらいな 一休いっきゅうさんは、いつも まずしいものの みかたでした。
 いつも 一休いっきゅうさんと したしく して いる、みえいどうという おうぎやの ろうじんふうふが、ある とつぜん 一休いっきゅうさんを たずねてきて、
一休いっきゅうさん、ながく おつきあい いただきましたが、このたび わけあって みせを やめ、くにに かえる ことになりました。」
 と、いいました。
「ほう、おかねが たまったので、くにに かえって しずかに くらす つもりかい。」
 一休いっきゅうさんは そう いいましたが、けっして そうでは ないことを しって いました。ろうじんふうふは、に なみだを ため、
「とんでも ございません。しゃっきんが たまって、みせを やって いけなくなりました。」
「それは きのどくじゃ。しゃっきんは どの くらいか?」
ひゃくりょうで ございます。みせを うると、そのひゃくりょうが かえせます。」
「ほう、ひゃくりょうかな。」
 一休いっきゅうさんは、じっと かんがえこみましたが、ぽんと ひざを うって、
「いい ことが ある。どうじゃな みえいどうさん、わしを おまえさんがたの ようしに して くださらんか。二人ふたりが いなかに かえっても いちもんなしでは こまるじゃろう。わたしが その しゃっきんを かえして あげよう。」
「と、とんでもない。あなたさまの ような かたを わたしどもの ような ものの ようしだ なんて。」
 ろうじんふうふは びっくりして しまいました。一休いっきゅうさんは わらって、
「まあ、わたしに まかして おきなさい。」
 と、いうと、つぎのあさ はやく のこのこと、みえいどうに でかけて いって、
「みえいどうさん、ふでと すずりを かして ください。」
「どうなさります。」
「いいから かしてください。」
 ろうじんふうふから ふでと すみを かりると、一休いっきゅうさんは、
「さあ、わたしは 今日きょうから あなたがたの むすこです。どうぞ ゆうがたまで あそんで きて ください。」
 と、いって、ろうじんふうふを あそびに だして やりました。
 そのあとで、一休いっきゅうさんは とだなから かみを なんまいも だして つぎたし、
一休いっきゅうは 今日きょうから みえいどうの ようしに なりました。その ひろうに、今日きょう 一にちだけ おうぎを かって くださった かたに、むりょうで きごうします。」と かいて、みせの まえに はりだしました。
 きごうと いうのは じを かく ことです。
 さあ、おうぎを かえば、一休いっきゅうさんが ただで じを かいてくださると いうので、たいへんな ひょうばんに なりました。
 ゆうがた、ろうじんふうふが「一休いっきゅうさん どうなすったかな。」と、おもいながら かえって きた ときには、一休いっきゅうさんの わきには やまの ように おかねが つみかさなって いました。一休いっきゅうさんは、
「みえいどうさん、はい おかね。」
 と、いうと、
「では、わたしは これで りえんして もらいますよ。」
 さっさと いおりに かえって しまいました。
 みえいどうさんは しゃっきんを はらっただけでなく、それからは ゆたかに くらすことが できました。

てんのうの おつかい


 一休いっきゅうさんは やましろのくに(いまの、きょうとふ)たまぎむら と いう ところに、しゅうおんあん と いう ちいさな いおりを たててもらって すんで いました。京都きょうとの まちの ちかくです。
 すると ぶんめい六ねん(一四七八ねん)二がつ二十二にちの ことでした。あまがさきの こうとくじ と いう おてらの じゅうしょくの じゅうちゅう と いう おしょうさんが ごつちみかどてんのうの つかいと して、この しょうおんあんに きました。
 一休いっきゅうさんに、だいとくじの じゅうしょくに なって もらいたいと いう つかいでした。
「はい、てんのうの いいつけと あれば、おうけいたしたく おもいますが、ひとつ おねがいが あります。わたしは くさぶきの ちいさな いおりに すむことを たのしみに して います。だいとくじの じゅうしょくに なっても、つねづねは この いおりに すむことを おゆるしくだされば おうけ いたします。」
 てんのうの めいれいと あれば、うけない わけには いきませんが、そんな おおきな てらに すんで、えらい ひとと あったり、つきあったり するのは、一休いっきゅうさんの こころと はんする ことです。
「しょうち して います。いま だいとくじの じゅうしょくに なるような とくの たかい かたは、あなたの ほかにありません。」
「もったいない ことです。」
 だいとくじの じゅうしょくに なってからも 一休いっきゅうさんは おししょうさまの かそうさまが、やはり だいとくじの じゅうしょくで ありながら、びわこの そばの ちいさな いおりに すんで いたように、いつまでも この たまぎむらの いおりに すみ、おおやけの ことが あるときだけ、だいとくじに いくことに して いました。
 そして 一休いっきゅうさんは、日本にほん一 とくの たかい おしょうさんと して、ひとびとに したわれながら、八十八さいのとし、ついに、たまぎむらの つちとなりました。
(おわり)





底本:「一休さん」日本書房
   1954(昭和29)年11月1日発行
※「いたずらっ子」と「いたずらッ子」、「しゅうおんあん」と「しょうおんあん」、「だれ」と「たれ」の混在は、底本通りです。
※本文はほぼ単語ごとに全角空白を挿入していますが、単語の切れ目が行末の時は次の行頭に全角空白を入れていません。本文の他の個所を参照して、適宜判断して全角空白を挿入しました。
入力:sogo
校正:The Creative CAT
2021年5月27日作成
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