Rosellinia necatrix (R. Hart.) Berlese の子嚢殻の裂開性について

Sur la dehiscence des peritheces du Rosellinia necatrix (R. Hart.) Berlese

エドゥアール・エルネ・プリリュー Edouard Ernest Prillieu

竹本周平訳






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Rosellinia necatrix (R. Hart.) Berlese の子嚢殻の裂開性について

(著者のプリリューは,最外殻の子嚢子座および内部の子嚢殻の両方を合わせてこうよんでいると思われる.以降,多くの場合,子嚢子座と読み替えて差し支えない)

国立学院教授(原文では「M. PRILLIEUX, de 〔l'Institut〕」.確証には至らなかったが,「M.」は教授職などの専門職を表す敬称Ma※(サーカムフレックスアクセント付きI小文字)treの略とみなし,仮に「教授」の訳をあてる.不可解なことに,ハルティヒやベルレーゼにはこの敬称が付されていない),プリリュー著


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 ロベルトハルティヒ(ドイツの森林病理学者,菌学者 Robert Hartig)Dematophora necatrix と名付けてくわしく研究した菌こそは,多年性植物や果樹,ブドウ樹を侵す菌類のうち最も危険で最も名の知れたもののひとつである.この菌は南仏のブドウ農家が根朽病ねくちびょう(野村彦太郎(1901)の用いた病名にならう.原文では単に「le Pourridi※(アキュートアクセント付きE小文字)」)とよぶ病害の主たる病原菌である.その病害は,パリ近辺ではモントルイユ(パリ郊外の東に位置する市)庭園などで桃の果樹檣(垣根状に仕立てた果樹園)に被害を及ぼしている.
 他の土壌生息菌と同様に,Dematophora には通常は栄養菌糸しか見られないが,根朽病の罹病樹の上には特徴的な菌糸が見られる.そこに見られる構造的特徴については,いまやよく知られている.ただし,その構造物は常に不稔である.枯死枝が長い間地面に埋まっていると,その中で Dematophora は腐生的に生き続けているのだが,分生子はそうした枝の表面にだけ発生する.このことはハルティヒがよく調べており,この分生子の形態的特徴をつぶさに記載して Dematophora の名を与えたのだった(1)
(1)ROB. HARTIG, ―― Untersuchungen aus dem forstbotanischen Institut, III, 1883. ―― Ibid., p. 126.
 1891年までは,本菌がこれ以外の胞子形成様式をとることは知られていなかった.ハルティヒは Dematophora の菌糸の上に子嚢果を探したが,結局見つからなかった.彼は子嚢果が存在するのではないかと疑っており,それまでに研究していた Rosellinia quercinaD. necatrix との類似を,菌糸束からなる胞子形成菌糸(原文では「filaments fructif※(グレーブアクセント付きE小文字)res」)や分生子に着目して鋭く指摘してもいる.その論文に基づくなら,本菌が Rosellinia 属または近縁の菌の分生子形態だと考えるのは合理的だ.
 ハルティヒの見事な研究論文からわずか数年のことだ.ヴィアラ(フランスの植物病理学者 Pierre Viala)教授はモンペリエ農学院の研究室で枯死ブドウ樹を長らく観察していたが,叢生する D. necatrix の間に子嚢殻をはじめて見出した.彼は根腐れと D. necatrix の完全時代とを対象に据え研究にとりかかった.それは,それまで誰も見たことのなかった子嚢殻を世に知らしめる重要な研究となった(プリリュー自身はこの論文に明確に引用していないが,「Viala P (1891) Monographie du pourridi※(アキュートアクセント付きE小文字) des vignes et des arbres fruitiers. C. Coulet et G. Masson, Montpellier et Paris.」のことを指している.ヴィアラの博士論文となった大作である.ちなみに,審査員のなかにプリリューの名は見当たらない)
 子嚢殻の構造を見たヴィアラ教授は,ハルティヒの考えに合点がいかなかった.Dematophora の子嚢果の中には Tuberaceae(セイヨウショウロ科)のような非裂開性の内腔(原文は「conceptables」であるが,「conceptacles」の誤植とみなした)があり,その内部には子嚢を取り巻く糸状組織が見られたためだ.彼はそれをグレバとよんだ.
 ベルレーゼ(イタリアの植物学者,菌学者 Augusto Napoleone Berlese)はそのような内腔を直接に観察することなく,またヴィアラ教授の記載や図でしか知らなかったのではあるが,ヴィアラ教授の発表した事実に対して全く新しい解釈を与えた(1).ベルレーゼは自身の研究していた R. aquila がヴィアラ教授の記載した Dematophora と構造上酷似していることに衝撃を受けた.彼はまた,かなりの確度で,ヴィアラ教授のいうグレバの繊維は非常に細長い側糸であろうと述べ,子嚢の先端部にある,空気の部屋と名付けられた特徴的な奇妙な構造は,すでにハルティヒが R. quercina において記載し,彼自身もまた R. aquila において観察していた先端栓(原文では「le bouchon solide」.直訳すれば「中実の栓」.しばしば頂環ともよばれる)に他ならないと考えた.
(1)BERL※(グレーブアクセント付きE)SE.―― Rapporti tra Dematophora e Rosellinia. Rivista di Patologia vegetale. Vol. I, 1892.
 このたび私自身で R. necatrix の子嚢殻を直接観察し,ベルレーゼの見解の正しさを完全に確認することができた.
 Dematophora necatrix 菌により枯死した種々の果樹の根の断片を,私は植物病理研究所の園地で数年間適湿に置いておいた.それらは茂った分生子柄束(原文には「un gazon de fructifications conidiennes」とある.gazon は芝生の意.直訳すれば,「芝生のように分生子形成したもの」である.プリリューの文体の癖なのかもしれないが,このような装飾的な表現が随所に見られて面白い)に何度も覆われて分生子を産生し,ついに今回の研究対象である子嚢殻ができた.
 ヴィアラ教授の指摘したとおり,子嚢殻は分生子柄(原文では「conidiophores」.分生子柄束のことをこうよんでいると思われる.以降,同様な箇所がある)のすでに生えている子座層から出てくる.それらは,枯死根を長期間覆っている褐色フェルト状の菌糸層の中に形成される.
 それらは数多くが互いに押し合いながら,分生子柄束の残骸や,まだ分生子を着生している分生子柄束に取り囲まれている.それらはたいへん大きく,直径およそ 1.5 mm,球形,頂部がやや凹で,その中央部は孔口を持つ乳頭となり突き出す.それらは褐色がかった灰色だが,乳頭部は黒色であり暗色のハローかさによって囲まれる.
 これらの子嚢殻は二重の壁を有する.外側のものは炭質で硬くもろいが,内側のものは柔軟で白みがかった袋のようになり,周縁部から中心へと放射方向を向いた側糸と子嚢とを包む(この「二重の壁」のうち,外側のものが子嚢子座,内側のものが本来の子嚢殻である)
 側糸は糸状で非常に長い.子嚢には柄があり糸状で細長く,多数の側糸の中に発達するが,若時は側糸と容易に見分けられない.子嚢の中にはひとつあたり8つの胞子が作られ,それらは縦1列に配置される.胞子はやや湾曲した舟形をしており,片側がより凸で,熟時暗褐色となる.
 胞子形成に先立つ非常に早い時期に,子嚢の末端の壁の内側に沃素で青変する斑点が形成されるが,次いでその側方が肥厚して環状になる.この肥厚部も沃素で青変する.このようにして,ハルティヒとベルレーゼによって R. quercinaR. aquila のなかにすでに描かれているコルク栓様のものができあがるのだ.子嚢は,若時にはそれらを取り巻く側糸と往々にして混同しがちだが,末端が沃素でこのように青変するおかげで側糸とは識別できる.
 熟時,側糸と子嚢壁はゲル状になる.黒い列をなす胞子は子嚢に包まれている.子嚢はゲル化しており,末端に沃素で青変するコルク栓様のものをもつが,このコルク栓様のものはゲル化しない.胞子の列は,ゲル化した側糸の間をなめらかに動き,子嚢殻の中心部まで達する.そうした子嚢殻を壊すと,中身全部が粘塊となっており,中心部には成熟した胞子の列からなる暗色の線が集中しているのがわかる.
 これらの胞子はどのようにして子嚢殻から外に出て行くのだろうか.
 私は,子嚢殻の頂部にある乳頭が常に孔口をもつことを確認しようとしたが,徒労に終わった.しかし,7月半ばになってから,その乳頭の末端に小さな黒色の丸い塊があるのを何度も発見した.それは,顕微鏡で見ると,子嚢殻の内部から柔らかいペースト状の物体となって押し出された成熟胞子が集まってできたものだと分かった.
 一方で私は,きわめて湿潤な環境におかれた成熟した子嚢殻の頂部あるいは側部,底部に大きな球状の粘質で透明な液滴があるのを観察した.ルーペで見ると,その内部には,胞子でできた多数の黒い筋がはっきりと見えた.
 成熟した子嚢殻のなかには,大きな裂け目が開いて空になっているものがあった.成熟した子嚢殻を非常に湿潤な環境から乾燥した環境に移しておくと,そのうちのいくつかには乳頭の頂部に暗色の胞子が蕾状になって付着していたが,それらは乾いて自然に崩壊した.
 子嚢殻の壁は非常に割れやすい.通常の条件では,微小な亀裂が最もできそうなのは乳頭の組織だ.そしてそこからペースト状の粘液に取り巻かれた胞子が押し出される.しかし,こうした亀裂は壁のいろいろな場所に発生し,しばしば亀裂が拡がって大きな裂け目となり,ついに殻が割れて不整形の破片になることもある.
 遅い時期になると,子嚢殻はすべてが空になり,しばしば壊れている.
この子嚢殻は非裂開性であると考えられてきたきらいがあるが,壁に生じる裂け目や亀裂によって開かれるのだ.私は,自然を写し取った素描によってこの特異なプロセスを知らしめるのがよいと考えた.
 私は,ヴィアラ教授の描画し記載した Dematophora の分生子殻については何も言うべきことがない.植物病理研究所では,分生子柄および子嚢殻が繰り返し多数形成されて茂みのようになっているが,分生子殻はひとつとして見たことがない.

図版IIIおよびIVの説明


1.―― R. necatrix の子嚢殻に覆われたアンズ枯死根
2.―― 低倍率で見た Rosellinia の子嚢殻および分生子柄(Dematophora
3.―― さらに拡大した Dematophora の分生子柄
4.―― 側面から見た R. necatrix の子嚢殻
5.―― 暗色胞子からなる平らな塊が頂部に付着した子嚢殻を上から見たもの
6.―― 胞子からなる暗色の蕾状のものが頂部の乳頭に付着したふたつの子嚢殻を側面から見たもの
7,8,9.―― 子嚢殻の亀裂.ここからペースト状の粘液に取り囲まれた胞子が押し出される
10.―― 子嚢殻の頂部の乳頭を拡大したもの.胞子がそこを通って押し出される亀裂が断面上に見えている
11.―― 頂部の乳頭の亀裂から押し出された胞子塊
12.―― さらに高倍率で見た成熟胞子
13,14,15,16.―― 内部に胞子からなる暗色の筋がある球状の粘液塊.子嚢殻の壁の裂け目から出ている
17.―― 大きな裂け目の開いている空の子嚢殻を上から見たもの
18.―― 壁に大きな裂け目のある子嚢殻を側面から見たもの

「BULL. DE LA SOC. MYC. DE FRANCE T. XX, PL. 3」のキャプション付きの図
図版1 Prillieux (1904) の原図III. 図1〜4,6,10を含む.

「BULL. DE LA SOC. MYC. DE FRANCE T. XX, PL. 4」のキャプション付きの図
図版2 Prillieux (1904) の原図IV. 図5,7〜9,11〜18を含む.





翻訳の底本:“Prillieux EE (1904) Sur la d※(アキュートアクセント付きE小文字)hiscence des p※(アキュートアクセント付きE小文字)rith※(グレーブアクセント付きE小文字)ces du Rosellinia necatrix (R. Hart.) Berl※(グレーブアクセント付きE小文字)se. Bulletin de la Soci※(アキュートアクセント付きE小文字)t※(アキュートアクセント付きE小文字) Mycologique de France 20, 34-38.”
原作者:Prillieu, ※(グレーブアクセント付きE)douard Ernest (1829-1915)
   上記の翻訳底本は、日本国内での著作権が失効しています。
翻訳者:竹本周平 東京大学演習林助教(所属は翻訳作成時のもの)
   2018(平成30)年5月21日翻訳
   2018(平成30)年6月20日『林業と薬剤』誌 通巻第224号にて公表
   2019(平成31)年1月9日下記の点を修正
   ・地の文に現れる人名および地名をカナ表記に改め、必要に応じてラテン文字表記を註に併記した
   ・註の形式を青空文庫のものに修正し、表現を整えた
   ・第1段落「ワイン生産者」を「ブドウ農家」に修正した
   ・第3段落「分生子柄束」を「胞子形成菌糸」に修正した
   2019(平成31)年3月7日下記の点を修正
   ・第1段落「根腐れ」を「根朽病」に修正し、病名の出典を註で示した
   ・第2段落「根腐れを起こした」を「根朽病の」に修正した
   ・第14段落「成す」を「なす」に修正した
※底本は横組みです。
※この翻訳は、『林業と薬剤』誌に公表した対訳のうち和訳部分を抜き出したものです。
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンス」(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)の下で公開されています。
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2019年2月28日作成
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