西洋美術館めぐり

安井曾太郎




 若い人が歐洲の新しい美術に影響される事は、それは當然ではあるが、然しそれと同時に西洋古典美術の深き研究がなければならない。古典を充分知らなければ新しい繪や彫刻はほんとに判らないのである。今の若い畫人は外國の新しい繪は比較的見る機會はあるが古典畫に接することは稀である。その爲にそれ等の畫家はしぜん新しい畫の外面的な模倣に陷り易い。その事は我國美術の前途の爲全く心配な事である。
今度[#「今度」はママ]西歐美術に造詣深い兒島君の「西洋美術館めぐり」が出されたことは、たしかにその變態的新畫病からそれ等の青年畫家達を救ふに充分である。同書は古典繪畫、彫刻中の名品がよく撰ばれてあり、それが部分的に大きく印刷されてある爲、その繪や彫刻の表現技巧がよく分つて充分參考になる。そしてそれ等の内に我々は現代美術の源を發見するのも愉快であり、現代の美術のかなり革命的なものでも古典なくしては生れてゐない、と云ふ事もよく分る。そしてそれ等の作品をよりよく現はす爲にその各々に附された解説は深切で、歴史的で、研究的で、非常に興味深い名解説である。
 西歐美術の陳列室を有せない今の我國に於てこの「西洋美術館めぐり」は我々畫家にとりては全くよき教科書である。僕は友人なる著者兒島君に感謝する。
昭和十年一月





底本:「改訂版西洋美術館めぐり 第一輯」座右寶刊行會
   1936(昭和11)年12月29日発行
入力:かな とよみ
校正:木下聡
2019年11月24日作成
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