三次実録物語

稲生武太夫




 一、三次五日市奥近在、布野村と申す所に、まづしき百姓夫婦に男子壱人もち、相くらし居けるが、其の子うまれ付殊の外じやうぶにて、六七歳ぐらひにも相成候へば、近所の十歳ばかりより十四五歳ぐらひの子供をあつめ、すもふなど取り候へども、なか/\寄付くものもなく、其外けんくわなどいたし候へども、及ぶものもなく候へば、親どもよろこび、まことに鳶が鷹とやら、此方じきが子にしておくも口おしきことなりと申ければ、女房申よふ、わづかの田地のことは、おまへと弐人しても手守護相なり候へば、五日市へ御出のせつ何卒よき所を御聞合せ、おん預なされ候へと申せば、夫より右の子供九ツに相成候とし、五日市へ出てだん/\聞合候へば、か□□(この箇所空白)の棚と申す所は、至て相撲取なり。とくげんきなる人も御座候者夫ゆへに所も、げんき小路ともふし候、咄しうけたまわり候へば夫よりかゆいの棚、関取のところへ参り、わが子のごふぜいなる次第かたり候へば、せきとり志よふちにて此方にも、供弟子御座候へば着の身きのまゝにて何分、明日つれて参られ候へ。如何様にもおん世話いたし申べくと申候へば、親よろこび厚く一礼をのべ夫より我家へかへり、女房へそのよしはなし聞せ、明るを待かね子供を連いで行き、右のせきとりの所へまゐり候へば、関とり、子供を見て殊の外歓び、近所の十三四五の弟子どもを呼び寄、相撲とらせ見るに、弟子勝者なく、なを/\主大によろこび、親父も歓かへりけるが、又/\五日市へ出候へば、様子聞にまいり、夫よりだん/\と相撲稽古いたさせ、近在へ連れあるき十二歳の度、広島へ出、名だかき師を頼み段/\所々の国々へ参り、拾八歳にて、大坂にて上の内へ入。三ツ井権八と改名して程なく江戸表へ参り、さる御大名に召抱られ、凡、弐拾年ばかり居申候所、段/\わが儘に相成り、無紋の白無垢に、三尺あまりの刀、車をこじりに付、所々人多く集る所にて、喧嘩いたしたる事御屋鋪へ相聞。夫より日本相撲御かまひにて御暇下され、夫より二三度は諸道具、其外の物売相暮し候得ども、夫より追々難渋に及び候に付、はじめて親の事思ひいだし、誠に親のばつとおもひ、せめて何卒親の墓所へ参詣いたし度おもひなにとぞ、手筋を求め、芸州様御屋敷へまゐり候。様々とだん/\心懸居もふし、御家中御供して広島まで帰り候へば、夫より在所までは二十里程のこと、夫からはいかよふ共相成り候間、段々人々相頼候に付、御屋敷に壱人心やすき人出来、夫より御上屋しきへ折/\参り候。様々相なり候内、平田五左衛門家来出、相口の家来、相頼み、折々人やとひいたし、ことの外こまり申候。其咄を権八へ申候得ば、夫こそさひわゐに御座候。御切米も入り申さず候間、連れおん帰り下され候よふに、御頼み下候へと、くれ/″\相頼候に付、其段五左衛門へ申候へば歓び、随分召抱可申候間、早々世話いたし呉候様申に付、早々五左衛門方へ参り候よふ取斗、扨、まゐり候処、喰物拵も殊外不都束、相口の家来にそひざたし、様々間に合候よふに相成り、追々、草履など作り候事もならひ、相くらし、無程春にも相成り召連れ帰り候様子、三次へ相聞。取/″\沙汰いたし候ば、五左衛門殿、三井と申す名高き相撲取、今では日本相撲とめられ、せんかたなく五左衛門殿へ附帰ると、御家中、町中の取さたにて御座候が、無程帰る。夫より町方若き相撲取共参り、この五左衛門と申人、御国にて独身くらしにて、家来にまかせ、日々夜々、出歩行申候に付、若者共、はばかりなく権八をしたひ、大勢参り、内々にて稽古いたし候に付、我等も毎夜見物に出候処、見物ばかりにては益なしと存じ、家来権平へ申、見物をいたすより直に権八が弟子となって相撲手稽古せんと申候へば、権平も歓。夫より毎夜罷出候が、弟召連れ行事もあり。又は内へ寝させ出候事も是あり候。脇に材木、石垣御座候、夫へ腰かけ、権八其外弟子相休み候せつ、権八所々国々にての手柄ばなしの内、権八おそろしき物なく、我が力には武芸も及び申さず。たとへ剣術達者たりと申とも、手ごろなる材木にても振りさばき、打なや時は、受たる刀も受る人も断落に相成候へば力より能きものなき候と咄す。それわが耳にとまり、扨もおのれが力にまかせ、武芸も不及と申すこと、悪き奴なり。いで/\此事つのらして、そのぶんに捨置れず、おもひ、其後は相撲は二ノ手にして権八が休し所へ行き、我この間も武芸も力には及ばずと申が、いよ/\力には武芸も及ばず候か、と申せば、いまだ年はも行かず候に、兎角私が申事を御とがめなると申事候や。誠に弐拾里さきの事は御存もなく候。いつわりは申さず候、と申せば、われ申候は、力強く相撲よく取候へば、武士、武芸も及ず候とは、大なる心得違ひなり。相撲はひつぷの業なれば、取るにたらず。今、我、其方が弟子となって相撲取候へば、百番/\共、其方なげし候へ共、今また喧嘩等致し候へば、いかな事、その方まけることこれなく候、と申せば、かく別の返答なく、其夜九ツ時にも相成候へば、皆々引取。扨、わきの者、権八へ申聞せ候は、この已後、御武家方の事は御咄なさるな。上と下との事なれば、如何に強くとも勝事相ならず。外の四方山の咄しばかりこそ、よろしく候、と申聞候もの有、之に付てや、われ、翌晩権八が休候脇へこし打懸まゐり候へば、扨、打てかへたる詞にて、わたくし此間より申候は大なる過言にて御座候。中/\ひつぷの私共が、武芸にはいかな及事は相成申さず、と申。其内、野宿等度々いたし候へども、追剥の三四人打殺し候事も御座候得ども、外に少しにても恐しき事はいかう御座なく候。狼、山犬、其外変化のものにあい候事は一度も御座なく候に、ばけ物本とて、いろ/\変化のかたち御座候はいかなる事に候哉。一向、今ではなき事とぞんじ候、と申せば、なる程、其方が申通り、此方も四五度横引に参り候が、狐狸まみの類は取候へども、終に化物、変化のものは出申さず候と申せば、あなたは、わたくしが申同じ様仰せられ候が、私は日本国中駈廻り、あなたはよふ/\此近辺の事。それ、わたくしが化物はないと申せば、あなたも同様に被仰候は、いよ/\あるかなきか人の得被参ざる所、国の内には二、三ヶ所あるものにて候へば、互にとり、ためしにも相成候へば、御互まゐり申べし、と申候得ば、夫こそいとやすき事なり。いつにても参るべくに、私御国の事は一向存し申さず候間、いづ方なりと人の得まゐり不申候所へ参り、更に取持、そのしるし立置可申、と申候へば、後よくかんがへ、申所を定め申べくと申。みな/\其夜引取候が、われ能/\かんがへしが、権八事故、大概なるところへは参り候に違ひなくぞんじ、誠にかんたんを砕き、考しが、我九ツの年、中山源大夫、津田嘉伝次、岡野庄大夫、申合にて、比熊山に能きから笹あり候事を聞、五月粽、から笹にてよき粽まかんと思ひ、三人に家来壱人召連れ、比熊山へ参り候を聞、早朝、源大夫方へ我参り、何卒、私を御連御出下され候、と申せとも、中/\子供の参られ所にあらず。山くゐ、かや、岩にて、上る事不相叶、と申せば、若、上る事成り不申候へば、道よりかへり可申候間、是非/\御連御出被下、とせがみ候内、連なども追々まゐり、是非なく付行候が、其山、いただきは千畳敷と申候。山八分程参り候へば、手斧をかたぎ、横の方より山子出申候は、扨/\あなた方は何とて爰まで御上り候哉。此上には城主墓所と申候て、大成る岩御座候。それへあたり候へば即死いたし、又はゆびさし候ても、悪心か吐血いたし申候。代/\申伝えにて、私共も、是より上へは上り不申候間、ひらに御かへり被成、から笹は安き物にて御座候間申。から笹はやすけれど、宜しきから笹とり度参り候が、それならば上り申さず、と皆/\打連下りけり。われおもふやう、所々人おそれいかざる所も御座候得ども、権八事故、たいがいの所は参るに違ひなき存是をかんがへ、其明る晩、我権八へ申様、いさゐのことは申さず。よき所をかんがへ出し候。とふくかしこの比熊山へ上りつめ、尋ね候へば、大なる岩有之候間、細引にて印遣し候間、それを結び付置帰り候へ、と申。それ、此方、取に参るべし、と申候得ば、権八申候は、いさゐ承知いたし候へ共、わたくしは幼少よりわきへ参り候へば、御当地の事は不都束に御座候へば、私、印を拵候間、それ持、あなたまづ御出被成候へ。其上にて、印取りがてら、わたくし参り候、と申。少しもいやらしき気色なく、いさむで、成程我まゐるべし、所々印を拵らへわたせくれと申せば、草履作る引苧の縄にて、板切に火箸やき、心覚のしるし付、ふた尋斗りに切拵らへしが、御出時分御渡し申。夫迄はわたくし、かくしをく、と申候。それ、まゐるべし、と度/\せがみ候得ども、まづ、私よき時分申候間、御待被成候、と申。闇になり候を相待候とぞんじ、四月廿二日、また/\せがみ候へども、まづ御待候。それよりせがみ申さず候。毎夜相撲に出候ひしが、四月廿八日、夕方より雨ふり、夜に入候程、雷強くなり、稲光りなどきびしく相成り、いつにても雨降り程、角力けいこの者も多くまゐり居申内、夜四ツ時頃、権八片わきへわれ呼び、只今より山へ御あがり候へ。印御渡し申候、と申す。心にははや、西江寺門も、つみ上り候、道もなく候、と存候へども、それ申候へば、われ上りかね候故、申候、とおもふべし。成程承知いたしたと、しるし受取、単物に、竹の皮笠、わらじはき、早速出。はや西江寺よりは行れ申さず、とおもひ、中山源大夫屋鋪は裏門御座候が、それが町へ口付、夫より太歳大明神と申す氏神御座候。これへ参り候へば、ひくき玉垣御座候。それを越し候へば、舞殿まほりのさはしを上れば、御殿いまし。夫が比熊山の麓にて御座候へ共、一向に道は御座なく候得ども、夫より上らばやと存候。中山源大夫と申人は、我養父の兄にて、養父新八は実母病気に付、あの方へ逗留に参り居申候。其上自分も少/\不快にていまし。夫故、留守は、われ、弟勝弥、権平と申家来にて御座候。右、源大夫方へ参り、何卒裏門御通し被下。急に罷出申度事御座候、と申せば、兄新八申候は、留守はよろしき哉と相尋申。留守は随ぶんよろしく権平へ申付置、ちと参り申度候。御明させ被下候。帰りは、外の門相頼み帰り可申候。直に跡〆させ可被下候と申。裏門罷出、夫より太歳玉垣相越し、舞殿へ上り、よくつまをからげ、身ごしらへして、きざはし上り、扨、雨は厳敷ふり、雷神、稲妻たへやらず。まことに草木繁り、道はなく、やう/\水のながれをたよりに、かゝ志りのぼり、上ほど木立ならび、通りにくし。笠は破れ、程なく笠もぬぎすて、しやじくをながし、顔ふくものもなく、目もあくも明ぬも同じ事。くゐ、草木の中をしき、やう/\七ツ時頃上り候処、平地に相なり候へば、せんじやう敷には井これある、と聞。夫よりははい、だん/\とふみまわり候へ共、是社石塔らしきもの、手あたり申さず候処、少しまたかたき所あり。それだん/\さぐり見るに十四五間もたかく間あり候。其上へ上り中程に石とも土共しれず、四五尺廻りの物あり。よく/\さぐり見れば、こけかづらにて埋れ候岩と相見へ、いよ/\これに違ひなくとぞんじ、腰にはせたる印の縄取出し、其石塔とおもふ岩をまわし、結候と存候ひしが、縄みじかく、結ばれ申さず。それ故、下にまわし置、わき、石とう廻り跡小石、土のかたまり、右の印の縄の上へ置。夫より真直に下り候へしが、大に方角違ひ、太歳の上にあらず、西江寺の上なり。帰りにも雨、鳴神、光りはつよけれど、道はいぜん甲笹の時、上り道なれば、帰りは殊の外せわなく候て、墓へおりしが、其下は西江寺の町家中の墓所あり。其所よりは、我が名申大なる声にて、我をよび、われだん/\答へ下りしが、火のひかり二ツ三ツ見へ、近寄程よびし。少し其人あるを見れば、近所の若者五人。留守より相頼、われあまり御帰りのおそく候に付、権平、権八へ相尋候ひしが、権八かけそくにとし、ためしにあの比熊山へ御のぼり候へしが、いまもつて御帰りなされずはふしぎの事、と申候へば、夫より留守を権八へ相頼、中山源大夫方へ権平参り候へば、源大夫始め新八大に驚き、直に同道して帰り、一家内、影山、川田へ申遣し候得共、金左衛門、仙之丞参り、隣家五左衛門も呼寄、権八はじめ大そふどうにて御座候間、少しもはやく御帰りは成候へ。わたくし共五人、御頼みあり候へ共、あまり大雨にて明松の火きへ、釣燈にも水入、とぼりかね、得上る事相叶申さず。あんじ候所へ、よび申声聞候へば、誠に仏神御かげとぞんじ候。参りがけ、西江寺叩おこし、其訳申候へば、住持大におどろき、御堂へも、縁がわへも、火とぼしおかれ候へば、一先づ西江寺へ御帰り被成候様子申、御内には、御一家中御出、権八召連れ五左衛門殿にも御出、おんかへり御待被成候程、少しもはやく帰るべしとて、西江寺へ覗き、唯今これへおり、御帰り被成候。段/\かたじけなしと申候へば、住持罷出、怪我なく御帰り、扨々御無ぶんの事哉、申、はや夜明にて御座候へば、程なく御願にはまいり申べくと申、奥へ入。扨、申候は、いつかう権八が業にあらず。我ほつきして上り候。何分其訳は帰り可申と申。みなうちつれ帰候へば、権八かた脇にて、いづれもきうめいいたし候所へ帰り候ひしが、源大夫、新八、我を大にしかり付、まづ其儘怪我もなく帰りしが、若怪我などいたし、内へは大に騒動かけ、無分別の者なりとて、皆/\大に叱り候へば、われ申しけるは、一向、其御気遣ひ無御座候。中/\けがなどいたし候事、少しも無御座候。其上見れば、権八が業なりとて、権八御叱り被成候よふに御座候は、大に間違ひにて御座候。誠に夜歩参り候は私壱人とし、ためしたことに、武士はいか様なる所へ参り候が、武士のたしなみと存参り候間、なか/\権八がわざにては毛頭無之候、と申せば、五左衛門も大に安心して、権平が申とは大にちがひ、夫なれば、家来一向とうかんは無御座候得ば、拙者帰り可申、と権八めしつれ帰りける。其外一家の人々、身一此、已後つゝしみ候へ、と皆/\帰りける。扨、我、権八は知らぬ事なり、と申候は、ほどなく権八を右の所へ上らせん、とおもふに付、申候なり。其日、夕方、五左衛門も出候へば、権八まゐり、さて/\驚き入たることにて候。比熊山へ御上り候事、一向にすこしも御紛ひ申さず候。何ぞ替りたること御座候哉。御聞せ下さるべし、と申。我申候は、何の相替ることすこしも無之、と申せば、夫なれば、いよ/\ばけものと申ものは御座なく候。いろ/\変化の形ちなど絵本に書候も、みな作りごとにて御座候。しかし私、江戸ある人に伝受申候百物語いたし候へば、かならずばけもの出す申事うたがひ御座なく候、と申。其次第は、青帋にて行燈を張り油四合四尺にともし、片手一束に百筋きり、壱ツ咄ば壱筋けし、段々咄し候ては、壱筋づゝけし候へば、何処ともなく、おそろしく物淋敷相成り候て、変化の物出すと申事は一向御座候、と承り候間、私右之通りあんど拵、油、燈心各調へ、此間御上り被成候比熊山へ御供いたし参り、岩の脇にて百物語りいたし度、序に、わたくし上げ申候しるしも取がてら、御出不被成候哉、と申候。我すこしも跡は引ず。成程、其方壱人しるし取に参るべき事に候得ども、まづ此度は百物語御座候得ば、此方もさたなく参り可申候間、其方もわきへ沙汰いたさず、旦那脇へ参候、と申、暮時分、西江寺門のかからぬ内、墓原のすみ相待居もふせ、此方は暮過には外へまゐり候、と申。参るべしと申。夫よりは権八、あんど、大土器、燈心、油などとゝのへ、じぶんの部屋に大風呂敷にて包みかくし置。扨、天気見合候ひしが、五月三日に相成り候時、何分、今晩御供申参るべしと申。承知いたしたり。何ぶん暮過には、墓のうしろ迄まゐり可申、と申せば、わたくし暮には、なにも落のなきよふにいたして、持参るべしと約束にて、われ暮過には握めしとゝのへ、右のやくそくの所へ参り、夫より一緒に山へのぼりしが、山半分斗登り候へば、権八われを見て、扨/\驚入候御人かな。此天気よく候得ども、きつい上りにくき此山、大雨、大鳴神の夜御上り候は、只なる御人とは覚申さず候、と申せば、われ申候は、是は本道にて先日上り候は、道もなく、草木、くゐの中をふみ上り候ひしが、しかし是へ参り候ても、程なくくゐ、草しげりて、道程なく、相知れ申さず候。夫より進み、登り候ひしが、千畳敷に相成候得ば、井ありと聞ば、互にさぐり/\に這ひ、右の岩に尋あたり候処、われ、権八へ申候は、此岩は三次殿御墓、当れば即死、ゆびさし候へば悪心又は吐血すると申伝へ、其訳申さず。われ上げ、あたらして、ものみせん存候処、此方に、先へあがり候へ、と申に付、止事を得ず、命かぎりあがりしが、たとへ申伝にても、武士の身では御とがめにも逢ふ共思はず候、と咄し聞せば、あきれ果たる斗にて候。夫より火打取出し、火打、付木につけ、あんどへとぼし、墓の廻りへ置たるしるし取、権八へ相渡せば、いよ/\驚き入風情也。夫より墓の前にあんどを置、左右にすわり、咄しはじめる。墓は苔にて青し。そふまわりは草にて、青紙のあんど、互ひの顔移り、青ぼふふらのいろの如くに相見へ候。恐しき噺し、われ十四五、権八も十四五ほど咄し候へば、本より百もの語りせんのみ。連立居り候へば、はなし互に尽き、俤おもひ出し申さず。扨/\せつかく百物語りせんと思ひまゐり候に、咄さぬも口惜しき次第なり。是からは互に作りおそろしきはなしを申べくと、夫からはつくりばなしをして我咄せば、権八ともしび壱ツ消、権八はなせば、われまた一ツ消し、凡燈火百筋の内、残り十五六筋にも相成候へば、まことに明りはき/\見へがたく御座候時分、妙栄寺六ツ時の半鐘の音、誠に蚊なくがごとく、ほのかに聞へ候得ば、かならず寺がたの半しやうの音なり。夜明ぬ内に、すこしすはやく咄ばや、とて、三口四口おそろしき事申。顔をしかめ、互に形恐しき様に見せ、残る十五六のともしび壱筋もなくなし候へば、何事も少しもなく、真黒に方角わからず、木立ならぶ所なれば、雲壱ツも見へねば、風ばかり声つゝふく斗。さて、夫からは程なく夜明候へば、少々道も見へ、いよ/\化物はなきもの也、と連立あんどして帰りけり。

 一、寛延二己巳年七月朔日、夕方より小雨ふり、夜入候ても、鳴神とふくに聞へ、さほど雨にてはこれなく、やはりいつもの通り、相撲など取候所へ出、九ツ時前にみな/\引取。我も権平も帰り、毎夜いつにても帰りと、戸棚の食継を取出し手のくぼいたし、直に臥り候へしが、いつにても草臥、枕を付候へば直に寝入候ひしが、一向に目すみ、ねむたく候へどもねられ申さず。まことにくたぶれ過て、ねられ申さずとぞんじ候所、権平申候は、私は、今晩殊の外何ともなくおそろしく、一向爰に得ふせり申さず候間、何卒あなた様の蚊屋のはしにねさせ被下候、と申。これ一向相ならず、纔の人、且一ツ所へふせるは不用心なり、と申せば、一向に握み付くよふに、天窓の毛たち、おそろしく御座候間、何卒天窓ばかりなりと、蚊屋へ入させ下され候、と申せば、いかな事相ならず、其方が恐しきと思ふは毎夜の事故、相撲にて草臥過て得寝入申さず。それを恐しきおもふなり。此方もいつもと違ひねいりがたく、と申内、前の弐枚障子、まことに明松を打懸たるごとくあかくなり、やれ、ぬき口よりやけしが、枕をあがれば直に真黒になり、又あかくなり、せふじ大にたかくやれ、火をとぼせとおらべ共、権平、念仏二声三声となへしが、いか様に申ても、声いだし申さず。家ひゞき、がた/\いたし、明くなり、また黒くなり候に付、弟へ蒲団打懸置。おれ、火とぼすべし、おもひ、蚊屋より出、先つ、障子明け見ん、とせふじへ手かけ、あけんとすれども、外より明けさせず。段々障子の子おれ候ても、明ず。縁へ手を懸、たて付の柱ふまへむりあけんとすれば、せうじくだけて、はづれ候上、其儘われが両肩とおびを握り、ちうに引。向ふ大手上へに、牛ならば五六疋程の真黒なる内に、扇たきのまなこたてに長く見へ、其ひかり明松をふるがごとく、又眼かくれ、見えぬ内はまくろくなり、其内より、ひとかゝへほどのひげ手にて握り、はや縁迄いつとなく引おとされしが、縁柱しだき付候ひしが、柱、家とも動き、引とらぬする。やれ刀持て、こひ、と声をかぎりおらべども、権平、近所の者こず。誠に汗は五体にいで、ぬれ手のごひをしぼりし如く、段/\我右の手にて、かべりつめり候ひしが、石に毛のはゑたるごときなれば、少しも向ふへこたへず。其内に、はかに引、柱にまとひはなさねば、着もの肩よりちぎれ、帯も切れ、其拍子にわれ仰向に倒れしが、直にのびあがり、枕元の刀引抜き、向へしが、直にまひらになり、床下へ渋紙引づる音にて這入しが、右光目玉、床の下の奥に見候。われ少し床下はいりしが、中/\あのかたきけだもの、横に突き候ては立申さずとおもひ、上より畳あげ、座板の間よりつき留可申、と直に駈あがり候えば、弟寝居申候畳斗のこし、何処もたゝみ壱枚も無之。ざ板の間より、段/\つきまわり候へども、一向土斗突、何処におるともしれ申さず候処、権八抜身にて駈来り、扨/\何事にて御座候哉。火をとぼせ、刀をのぞけよ、とおらび給ふも、能く聞へ候へども、私も相撲場より帰り、直に蚊屋釣ふせり候処、格別恐しくもなく、十ばかりなる小坊主、目の一ツある者、手に白き天目を持、わたくしが廻りを二三篇廻り候しが、扨、夫からおそろしく相成り、やれ、あなたへ参らぬ、脇差持候ところ、五体すくみ、手足叶わず、爰が大事と心おさめ候得ば、正気うしない申さず候へども、一向に手足覚へず候うち、あなたのおらび被成候声、私方の家に響き大にきこへ候。何卒参り申度存候へども、右の通故、止事を得ず、得まゐり申さず候処、あなたの方、騒動やむに付、やう/\手足叶ひ候故、やう/\参り候ひしが、如何様の事にて御ざ候哉、と申せば、先づ、其事は跡にて咄べし。権平、宵の口には拙者蚊屋へ入、ねさせ呉候やうに度/\せがみしが、夫からそふどうに相成り候前、念仏の声二口三口いたし候が、火をとぼせ、とたび/\呼候へども、答なく、又、刀を持来れ、と申候へ共、一向に答ず。それ、畳残らず上げ無御座候へば、台所、寝所にも、蚊屋もなく、畳もなくと存候間、はやく火打とぼし、権平があり所見たく候間、はやく火とぼし候へ、と申ば、火打とぼし見れば、庭のはしりの下に、畳三枚落かさなりたる。畳あげ候へば、其下に、うつ向にこげ死したる体に相見しを、権八ひんだきあげしが、顔へ水ふき夫より気付取出し飲せんとすれ共、歯喰しばり、口明かず候へば、小刀にて歯を割、権八、水にて吹込候へば、少しのんどへ通りしが、程なく、しよふねは入候へども、ふぬけのよふに、何も申さず。夫より権八、畳尋出し先一間引き、内、気遣候程、と申帰る。程なく夜明、われはよひの口より得ねられず候に付、少し寝候処、追々権平正気廻り、むかうへ参、いさゐはしらねども、先づ騒動の事申候へば、新八殿へ知らせ申せ、と申候に付、中山氏参り、あらまし申候へば、源大夫、新八をどろき、急ぎまゐり、其外、追々一家内参り候。扨、権平、直に暇をねがひ候へ共、代りをたて候はゞ、暇遣べし申。弟は中山へ預置。権平、暮前より宿へ遣し、明日は早々戻り候様申遣す。扨、われも一家内へ一緒に相成候様に、皆/\申候得ども、われ、何分に参り申事は相ならず。少しの事恐れ、家を明けたると、人申も口惜しく御座候へば、何分、私壱人外へは参り申さずと申。新八も病気に御座候へば、程なくまた中山へ行申候。其外、一家、其日見合、追々帰りける。権平も三日程は日内かよひ相勤め候へしが、病気申立、一向にまゐり申さず。夫より権八食拵いたしくれ候に付、壱人くらし居申候。其外、人/\参り候事は略す。

 一、扨、二日夜、行燈とぼし候処、ともしびだん/\長く相成り、程なくあんどの上出、小筋して四五尺斗に相なり、直に天井に付、天井残らず焼候。火花ほこりちり、屋根見へ、直に屋根へ付、ほろ/\燃候ひしが、あの燈火やけ候は変化の業、とわが身へ火付までうろたへ申間敷候、とおもひ、まことなれば、外より人さわぐべし、と思ひ、打捨置しが、無程元のとふりの天井に相なる。夫より寝所して寝候処、なまぐさき匂ひはげしく、水を耳へ吹込み、蚊屋、ふとん、臥筵、畳大にぬれしが、其儘無程寝入る。夜明て見れば、なまぐさき匂ひは少しもなく、そこら中水にてぬれ候なり。

 一、扨、三日の夜、其前、畳表替いたし候に付、納戸のすみ下柱御座候に付、畳すみ夫へあわし、すみ切り候。畳を、居間すみへ引置しが、畳のすみ明き居申其内より髪毛出しが、たゞまゐに長く相なり、後には四尺あまりなりしが、直に女の切れたるくび、髪にて引出し、切小口上へ向き、髪三ツにわかり、髪にて歩行候。音遠にて畳を打如く、段/\われ居申候所へ参り、よく見候へば、おとがひ四五寸斗長くそりかへり、目三角に黒眼こしたへ付、色何共申がたく、我前へ参りしが、余り不気味相見へ、わが身へあたらぬ内、つかまへばや、とおもひ、飛びかゝり握りしが、其儘消へ、又跡に、かわり出、前のとふり参り候を捨置見候へば、髪ひろげ、膝の上へあたまのきり/\をもたせ、切小口上にむき、其おもたさ、石うすを置候如く也。われ手をこまぬき、歯を喰しめ、こたへしが、夫よりとんで、肩先つき、髪にてわれをつゝみ、髪毛一筋づゝわかり、いごく。夫れ切かと存候ところ、横に舌を出し、我が目顔をねぶる。段/\ぬれ舌にて顔不残ねぶり、夫よりくびすじ上辺をねぶる。夫よりは舌たわばやとおもふに、だん/\舌長くなり、歯ぎわ後へ廻り、ほぞの下、うしろにては腰尻残らずねぶり、夫からはちらばへ、それより蚊屋ふせり候へば、天井より青瓢箪さがり、長くなり、又、じるくなり、其内にわれ寝入るなり。

 一、扨、四日暮過、茶の下焚ん、と思ひ、瓶水汲んとせしが、瓶水氷り、いごかず。茶釜の蓋とらむとしても、ふた明ず。庭へおりて田子水も氷り、逆さまにふれどもこぼれず。夫より茶がまの下焚候、とおもひ、焚付に火付もやせしが、火吹竹にてふかんとすれ共、息かよわず。すかし、先を見れば、穴はあれ共火へこたへず。手の裏へ吹き候へば、手には風あたるに付、茶涌させず候に付、めし給へ、水茶のまず。それなり臥りしが、枕もとにありし鼻紙、十五枚もつゆにぬれ、所々ちり、其内寝入る。明朝見れば、唐紙、障子、かべに付候なり。

 一、扨、五日暮過、表の座の上に、新道石橋の脇にある、八九人抱のあかき石、座の上にこれ有り。見る所、其儘目数/\付、ゆびも数/\付。其指にて我が方へころげ参り、段/\われ行さきへころげしが、台所へ、板の間上り口へ、ころげ参り候を、足にて蹴落し候へば、そふに向の見えぬけぶり、寝るまで大に煙りしが、其夜は寝、朝見れば台所の庭にこれあり候也。

 一、六日、毎夜、大勢門口大手の脇へ、人せうじたゝき、畳上り候音きこへたてるに付、支配方より新八呼に参り、町方御家中、此已後たてらぬ様に御触御座候。其内、深切とて加勢に有り候ものは勝手次第。一家内は猶参り候ても苦しからず、今日、御触出候事。其夜より畳あがり候事やむ。同夜、暮過に、前の小屋へ用事御座候出、われ戻り候ひしが、小屋の口四尺程の口に、すみよりすみまで、婆のしかみたる顔あつて行れ申さず。若、所かわるかと跡へ戻り、踏石より小屋までに、十一飛石御座候。雨ふり候ても、草履にて参られ候に付、其飛石、小屋の口真中に御座候。それ真直に参り候処、違ひなく、四尺口一杯に、右の顔御座候て、通し申さず。夫相応に目鼻口付、はむかば二ツはくろ付へさしたるやうにて、顔のぬくみ、人のごとく、いか様に押候ても、動き申さずに付、内へ戻り、脇差の小刀持居り、いろ/\に打立候ても、一向に立申さず。夫から、手水所の、すゐもんの廻りの手頃なる石を取出し、小刀左の方持替、石を右にもち、目二ツ間に打付しが、かたくとうりにしが、自然と小刀先、目の方すべりしが、少したつ儘に叩込み、小柄までたゝき込み、手を放し見れば、いよ/\立候へども、一向血すこしも出ず、顔其儘あり。夫より程なく蚊屋を釣りふせりしが、足の先に死人ありて、冷く相成しが、右の足にてふみのけん/\。左の足は死人下なり。右の足にて踏めども動ず。死人の上に右のあしを置、寝んとせしが、死人、足さきより直に股へ入。其冷き事氷のごとし。其内、我寝、寝入。あくる朝何もなく、夫から、小刀いづ方へ立置しか、先づ見ん、とおもひ小屋の口を見れば、立置し所に、宙に小刀、糸にて釣たるがごとくに是有候へしが、又は柱のき割目にもたて置しが、おもふに、矢張、顔の中とおもふ所にたてしに違ひなく、と見る内に、下石の上にちんと落候なり。

 一、扨、七日夜暮過、庄大夫、たゐとう和尚のしゆつぺいと申借出し持来る。まことに、是をふり上げ、もとを打ば、いかな変化のもの、寄付くこと叶わず、退去る事妙也。夫故、かり参り候と申。また甚左衛門、八幡奉納の名弓かり出し、持居る。此弓を蟆目の如く弦を張り、弦音いたし候へば、七里四方の魔おる事叶わず、と申事、権八、其座におり聞しが、夫なれば、御家の内に変化の物居ること叶わず候へば、必ず初手出し、南方の大手方へ帰り申べく候へば、私鑓持、もしかわりたる形見へ候て、直に突留め申候間、まず私は鑓持、外へ出、相待可申、と権八は素鑓持外へ参る。扨、庄大夫、右のしゆつぺゐふり上、畳打、其音にたがわぬ音空にする。又打、また空におとする。三ツ打三ツともにたがわぬおとする。また、甚左衛門、弓張り、弦音をさせければ、又其音に違はぬ音すれば、大手の上、黒きもの、権八が目にあたれば、これこそ、と思ひ、やり突き出し候へば、鑓取はづし、つきはなし、鑓取らるれば、其鑓、障子やぶり、甚左衛門と申人持し弓をこすり、台所の唐紙にたつ。夫より権八立戻り、黒きもの相見へ候に付、突とめんとせしが、握りし鑓すはぬけ、鑓とられし、とて息をきり帰り候へば、みな/\浮無きことなり。何にても叶ふまじ、とて四ツ時、皆/\帰りける。

 一、同八日の夜、或る人六人居り、車座におり候に、塩俵天井の下たにふわり/\として、其人の真中へ落。又木履、天井のした、角少し壁の落たる処より出、次の鴨居の所にて、すこし低ふなり、夫よりまた高くなり、次の押込のから帋に、木履のはま喰付候、それを見て、みな/\帰り、夫より寝候へば、蚊屋真白くなり、浪打如く也。

 一、同九日の夜四ツ時前まで、なんの事もなく、今宵は、はや出申さずか、とおもひ候処、露地の戸外よりはづし、其戸一家内又は不断参り心安き者より外、そとより外し候事存じ申さずが、此節、夜深に居り候もの不審也、と思ひ、其儘、声懸候て、庄大夫なり、と答へ、扨、わるき人来りし、とおもひ、はや臥り也、と申せば、そこ元御存じ、家に伝わりし名剣を持参りしなり。親兄聞申ては、中/\借して出し申さずに付、兄が長持の鎰、枕箱に入置しを取出し、人しれぬ様に長持明やりて、取出し持居りし也。是にて、今晩化物たいじ、守り刀の奇妙を見せ申さぬと庭より申す。我申候は、中/\刃物さんまいにてはなり申さず候。是非/\御帰りあれ、と申ば、庄大夫と申す人、無めんもくにて、気じやうなる人にて、中/\人並になくゆへ、何を仕出し候もしれず、と段/\申せども、はや縁へ上り、西の方の障子明け、内へ一足ふみ込しが、庄大夫を刎のけ、黒き小犬程のもの、奥へころげまゐる。又、庄大夫、内へ入ぬとせしが、石の如く黒きもの、また刎のけ、これをふたつ、ころ/\、あちらこちらところげしを、早、庄大夫内へ入り、守り刀の錦袋へ入し真紅の紐を解き、鞆糸にて巻たる刀取出し、ころげ候ものを追懸行んとせしを、我留め、つまをつかまへ、いろ/\とめ候ても承知せず、振り切おつ駈行しが、庄大夫より、右転び廻る物はやく、段/\追駈、台所の角へ追詰め、一打にふり上げ、切り伏せ候へば、火わつと出し、其一ツはころげず。残る一ツを追駈しが、行燈へ行きあたり、あんどこがし候ひしが、又すみへ追詰め、振り上げ切りしが、火花ちるを、是は我も見る。やれ変化の物、二ツ共に打切る也。はやく火をともせ、と庄大夫申に付、火をともし候ひしが、前の隅にて切たると申物を見れば、石臼の上台也。夫なれば火の出る事尤なり。又、台所のすみにて切たるものを見れば、是も石臼なり。扨、右の名剣、石を切りし故、庄大夫、行燈の火にて能/\見れば、刀残らずこぼれ、三所ほどむねへ刃きり入、何のやくにもたゝぬものとなりければ、庄大夫大にくつたくいたし、此名剣、家にも身にもかへじ。先祖より伝りものなれば、中/\われ申とて、かし申さずと思ひ、何卒貴様の処の化物をたいじばやと、盗み隠して持居りしが、何にもならぬよふになり候は、扨/\貴様恨めしく候。此儀親へ申すと、直に手打にあゐ候事必定也。又、兄きとても、元いぢわるものなれば、同様のこと。其上段/\大にしかり、油とり、其上にて手打に相成候より、只今爰にて自害せん、と差添をひねくり廻す。われ申候は、夫は大いに心得違ひ、すなをに盗み出したる様子申、断御申候へ。われもとも/\に御断可申、と申せども、かへす/\貴様恨めしく候。畢竟、化物たいじ、安心させんと存、名剣ぬすみ出候は、貴様にかゝりたる事、いよ/\うらめしく候、と申。われ申候は、是大なる心得違ひ、御前に名剣持御出と、わたくしより頼申候へば恨みも御座候に、私は刃物さんまいにては叶ひ申さず。色々御留め申ても、ふり切、向わせ候故、右のとふり也、と申せば、夫からは、兎角いきては居られず、脇差ひねくりしが、抜ばとめん、と鞆を見ておりしが、前にさゝらほふきになりし名剣取、直にのんどへ突通し、仰向になり、しつてんばつとう苦しむ。はや後へ五歩斗りぬけ出しが、中/\助ることは相叶ひ申さず、と思ふ内、程なくいき絶たり。はや九ツにも相成り候が、一向あいよめもなく、我相済ずと思ひ、元より、人にはづれし人なれば、われそゝなかし名剣ぬすみ出させ、名剣さゝらほうきに相成不得候事、自害させじ、と申されても申分なく、扨々馬鹿なる人に付、口惜しき事也、と、我も生てはおられず、と思ひ、脇差取出し、自害せん、とおもへ共、いかにもざん念なり、といろ/\考へ候内、はや九ツ半にも相成候へば、庄大夫を尋ね人居るべし。夫なれば此為体、爰には置れ申さず。其上にて、能分別有るべし。納戸を明、葛籠をはねあげ、庄大夫を抱き、納戸へおし入れしが、跡の畳弐枚、のり大にこぼれしを、ひやいへ入れ、腰張にものり付しをへぎ、ひやいへ入れ置しが、のりこさげ落し、台所の押込の畳跡へ処かんがへしが、迚も生る工面出ず、と思ふ内、納戸へ入れ置し庄大夫、しやう気廻りしか、うなる声出しが、あたり近所へ聞へ、人居り候てはとぞんじ、其上、迚も助からぬ疵なればと存じ、のんどに差したる刀にて、段々に頭をつかまへ、ゑぐりしが、其儘元の如く息絶たり。扨、よく/\おもへば、我ゑぐりしが、自滅とも申されず。われゑぐり殺したるといわれても、あるとめなし。迚も生ては居られず、とおもひ、又脇差抜しが、いかにしても口惜しき事也。とても遁れぬことなれば、今にても庄大夫尋まゐり候へば、わが息にかゝらぬよふに、臍の下をあさく皮をたち切り、我命此通り也と申、一々咄し、ゑぐりし事もはなし、其上にて自害いたすべし、と心を定め、門の戸叩き候へば、直に臍の下きり出、其訳申べし、とおもふ内、はや戸叩きしが、先づ、はやまるまじ。若外の者にても不知。影山よりの人なれば門に待せ置、我内へ這入り、後、右のとふりにおり、いさゐ有の儘に申、其上にて死べし、とおもひ、門を明候へば、案に相違の庄大夫幽霊、青かたびらにて、突込みし名剣のんどに突込みながら、我ゑぐりし跡も見へ、元より藪白眼の目を光らかし、扨々、恨めしき人かな。我壱人命すてしが、今に命惜み自害せんは、誠に、七生恨らみ申す。はやく死べし、と苦しき声にて申候へば、前へも申すとふり、われ頼みもせぬに、家の名高き名剣を盗み出し、親のばつにて石臼を切り、名剣何ともならず候に付、言訳なく、そのめいけんにて自害せしに、我に恨み申が、こんりんならく死る事ならず。飛びかゝり、幽霊を引抱しが、はや妙栄寺のはんしやうの音聞へ候へば、はや夜明る、とおもふ内、向、吉村の飛石見へ、壁も見ゆるよふになりしが、抱〆たる庄大夫亡魂も消へ候へば、誠にわれ途方にくれ、暫く其処を動き不申候ひしが、颯も夜明け、内へはいり、納戸へ入れし庄大夫、からだもなく、葛籠ばかりこれあり。樋合へ入れ候畳を見れば、のりもつかぬを入れ、腰張りはぎ入しも同様也。扨々、危き事なり。其以後にては、誠の人も疑はしくおもふなり。

 一、同十日、十日市町相撲取、周防屋貞八暮過居り。台所の敷居口よりかがみ候が、其儘頭二ツに割れ、其内より赤子はい出、われに這付。凡十ばかり出あちらこちらとはい廻り、血の付たる赤子也。貞八と申男は五十斗にて、きんか頭の赤面の大男也。右のあか子、段々あちこち這廻る内にわれ蚊屋釣り寝所へ入しが、其赤子十ばかりが一ツになり、大きなる目玉となる其内に寝入る。

 一、同十一日夜、一家内心安くする人、十三人程まゐり、我いろ/\一家内より申ても、一緒に相ならず候に付、何卒、参り申聞せ、何れも一所になり候よふに申べし、とて申合参りしが或人申候は、頃日の事なればいかよふ成ること有候ても、互に刀、脇差抜申間敷、今晩は御互に刀さしとめなどいたし、帯刀にて咄し申べし、とて皆其とふりにして居申処へ、彦之丞、長倉と申者を連れ参りしが、其申合はしらず、次の間に刀抜き脇差斗にて其処へ居りしが、やれ、矢張、刀差、これへ御出被成候、と人に申候へば、ぬき置置し敷居の脇に居る市大夫と申す人に、我そこに刀置候、憚りながら其刀のぞけ下され候、と申せば、市大夫、直に後へ向き、長くなり、刀、手にてさくれば、ひやしと手にあたれば、御刀抜け居申候と存られ候、と申。鞆をつかまへ見れば、身ばかりにてぬけありしを渡せば、彦之丞、人々興ざめ、鞘は其辺にあるべし、とて、火とぼし、みな/\色々に尋ぬれ共無之、抜身を前に置候処、しばらくして、天井に、薬種紙袋其外物たね釣りたる其袋、にわかに動きしが、其中より右の鞘落し。早速取上げ鞘へ納め、夫より長倉連れ帰りしが、其跡一度に皆帰る也。夫より寝候へば、庭のはしりの上に棚あり、すり鉢揚げありしが、飛でおり、棚の下、連子に掛たるすり子木、すり鉢の中へ入、所々すりまわりしが、其内に我寝入る也。

 一、扨、十二日、昼九ツ時、上田次郎右衛門参り、魔除の札を書、四方の柱の上に張置しが、又、夕方八ツ時過、西江寺住持参り、是は薬師の御直筆の御判、大切なるものなれども、御用に立申べく候間、明日人をつれ、私方へ取に御出、其内、私留守にて御座候と申置候間、納所へ御申し、御請取被成候、と申。其事申参しが四方に張り置し札を見て、あの札書きたるは、上田氏と見る。能き魔除の札にては御座候へど、文字二所ほど違ひ御座候間、わたくし書替へ進じ申べく、とて、硯取出し、四枚かき候に付、直に糊付け、矢張り次郎右衛門が書たる札の上へ張置しが、西江寺帰るに付、こし送りに出、内へ入見れば、住持かき候札はなく、上田氏書きたる札の真中、四方ともに、輪違ひ書きこれあり。誠に六七間程歩行内也。夫より夜五ツ時前、蚊屋釣り、寝所に這入りしが、庄大夫、時分に重ねおきし葛籠、唐紙明け飛び出、やはり形は葛籠にて、前へ手付、どん蟇となり、蚊屋のまわり、あちらこちらと歩行しが、蚊屋の内へ這入、われ寝候上へあがりしを、下より手を出し、葛籠くゝりし紐を握り、其内に寝入候が、朝見れば、葛籠ばかり枕もとにころびあるなり。

 一、扨、十三日、暮前より比原の狩人長倉まゐり、其外一家内六人居り候うへ、西江寺薬師御判借りに、長倉を連れ、私参り候処木全氏の藪動きしが、夫より小桶程なる黒きもの、我を目懸け眉間へあらむとせしを、われ刀をそり打、白眼み付ると、直に後におる長倉が胸へ打当る。長倉即座に倒れ、殊の外胸痛み得参り申さずに付、我肩へ手懸させ、内へ連れかへり其由を人々へ申。われ壱人、又かりに参り、取かへり、扨、長倉が胸へあたりし赤き石も、一緒に取り帰るなり。

 一、扨、十四日、昼九ツ時過、つきもせぬ、小屋のから臼独りつく。扨此節はから臼借り人なく、こちらにも、われ壱人故、米もいらず搗ことなくに、何迚から臼搗なり、と小屋へ参り見れば、から臼の棹の上に、明俵、縄、叺ありしを、其儘置き搗く。一向止ざる故、棹おさへ候ても、われともにつく。夫、黒米取出し、七八升程入つかせ候へば、音かわりだん/\搗く。しばらく搗き候間、もし搗過粉になり候ては、と存じ、米取出さばや、としても、唯ものつき候へば、米出され申さずに付、から臼の棹外し、わきへ持居り候へば、搗く事ならず、夫から米あげ見れば、一ツもはげず候也。其夜は五ツ時まへ、蚊屋釣り寝。天井を見れば、天井一杯嫗の顔あつて、蚊屋をこし舌をのぞけ、わが顔を舐る。顔に手あて候へば、手を越しねぶる。其舌幅広く、先細くおもわれ候。ねぶる内に寝入也。

 一、扨、十五日夜五ツ時頃、蚊屋をつり、這入しが、惣蚊屋白くなり、浪打ごとく、夫から畳白く、蒲団、臥筵、白くなり、蒟蒻をせゝる様なり。其内にわれ寝入るなり。

 一、扨、十六日昼九ツ時頃、われは湯殿方参り内、影山庄大夫脇善六まゐりしが、表のがく、とんとここゝにと申。夫よりわれを呼び候へしが、三ツ申一ツわれ聞候に付、ふみ上げいたし、がくの打釘を外せば、鼠ふんとごみ、其中より、前へ見へ申さぬ、家来権平が脇差の鞘おち候也。夫より夜に入り、木全番五、津田市郎右衛門、内田源次郎と申人参り、此間御触は出候得共、われ/\別て懇意之事なれば、貴様よく寝入申事なれども、中々思ふ様には得寝入候まじ、とおもひ、三人申合、今宵はわれ三人伽いたし、早く寝入申させ申さんと思ひ、今市郎右衛門方にてよくしたゝめいたし酒など飲みて貴様、世話なきやうにして参り候間、はやく寝候へ、と申候へば、段々参存候。しかし私は毎夜よくふせり候間、まづ、それ宵口おん咄し申。夫よりはやくふせり申べし。しかし、先づ風呂へ茶入と申べく、とて、風呂炭の火おこし、ほふろく懸、茶煎らぬとすれば、番五、われいるべし、とて茶をいる。序に、いりものをせんとて、豆、米、沢山にとり出し渡せば、いり、大重箱へ入、茶も程なくにへしが、台所みな/\あがりし所、すす/\とふき出し声にてどんと落たる音聞へれば、三人仰天しければ、何の、あの位の事驚き給ふな、と申。まづ行燈の火をむけ、見候へば、珠程なる白きものあり。あれを御出、何か御覧候へ、と申せども、壱人も居らず。夫より、われ居り、握り候へば、じるきもの、手ににぎらせしが、行燈にて能く見れば、塩はゆき匂ひして、われ、二三日前、茄子沢山にとんぶりへ糠入、漬置きし小屋にある桶なり。皆茶を呑みしに、茶口とおもひ、持参りし也。なすび、五ツばかり取出し、洗ひのぞけれ共、みな、気味悪し、とて喰ずゆへ、われ漬しに違ひなく、と我喰見せ候てもくわず。夫から、蚊屋つり這入らばや、と思ひしが、いつもわれ釣る蚊屋は狭く、四人はゐり咄し候へば、表の間、蚊屋つり申べくとおもひ、大きなる蚊屋出し、釣りて拵へ、弐人先きに寝、我と弐人して蚊屋つりしが、何ほど釣りてあげ候ても、兎角蚊屋の天井あがらねば、内に居る人、まだひくし、と申に付、はや、是より高く相成らず、と申。よく/\蚊屋の天井を見れば、三人の刀、わきざしあげこれあるに付、蚊屋ひくきはづなり。明日迄、われ大小を御預け候へ。明日御帰りの時分、出し申べく、迚、其大小櫃へ入置きしが、人の寝間へ、薬師の御判懸おきしは如何、と思ひ、此間には置れじ、とて巻納め、箱に入、仏壇の内へ入置き、われも蚊屋へはゐらばや、と思ひ這入りしが、床に残るは机、其上に置し香炉居へながら、机、蚊屋廻り、こそ/\と歩行けば、皆/\あきれ果て、これはどふか、と狼狽候へば、あれはいつもの。いはでも無御座、まだいか様の事出候もしれ申さず、と申内に、香炉ばかり蚊屋の内へはいり、宙に駈廻れば、灰おり、目に入り困りしが、ある人の枕へ香炉あたり、二ツ割けると、外ある人、あまりの事ゆへ、むかづき出、寝たる人のあたまへ犬悦し、夫より耳へはき候もの入り、やれ御出、と水所へ連れ行に、残らずみな参り、水にて頭洗ひ、大そふどういたし候也。其内に夜明候へば、みな/\帰り候。其夜は、我一向に得寝入申さず候なり。

 一、扨、十七日昼、石川文兵衛と申者の女房、名はくうと申者、昼四ツ半時頃参り、文兵衛、何卒あなたへ御見舞に居り呉候様、度々せがみ候へども、臆病ものゆへ、いまに参り申さずに付、御様子御尋に私参り候と申。台所の敷居口にて申候と、行水盥次ぎの棚より、おくうが方へころげしが、誠におらび、はだしにて駈出しが、其たらひ、おつ駈出る。われ跡より出て声掛ると、盥とまり、すわり候へば取帰る。おくうは其儘はだしにて直に帰る也。扨、其夜五ツ時過より、小坊主の天窓に串さしたるもの十ばかり鴫焼を見るごとく、差たるくし先き頭へぬけ出し、串にて飛び、頭ふたつ一と所へ付、また離れ、踊りおどるごとくにて面白く、一ツになり大なまずになり、我が(以下欠落)

 一、扨、十八日四ツ時過、表の畳を残らず、魚釣糸にて天井へ釣たる。権八参り見付、下よりつくに被成。壱度に落ると浮雲し。わたくし踏上げをして卸し申べしとて、権八おろし、敷き置候也。扨夜に入候へば、尺丈三ツづゝ行先/″\に宙になる。其内に我ふせる也。

 一、扨、十九日、御船奉行御勤申、向井次郎右衛門と申者、昼参り申候は、時に新八殿方へ参り申せしが、この前、松尾藤助と申人の所へ変化のもの出、いろ/\にしても止ず候に付、鳳源寺へ頼み、大般若読み、祈祷いたし候へば、其経宙に巻きあげ、又藤助、表より家来を呼ば又奥よりもよび、どちらへ参りても、旦那おり候へば、家来狼狽し事度々に付、十兵衛と申者の家に伝へし秘伝の罠御座候へば、十兵衛右の罠をかけしが、馬の三才子ほどある古狸取り候事、聞伝へ候間、其十兵衛へ右の罠懸けさせ見たく、其事、新八殿へ申候へば、何分貴様次第也。参り、其由申呉候へと申され候間、我申付候へば格別の礼も入申さず候間、夫故、鳥渡参り候と申。新八も承知に御座候へば、兎角、宜敷御頼み申といえば、直に、今晩参り候様に申付べし。必ず弁当は持まゐり候間、土瓶に茶わかし、茶碗一ツ御やりなされ、其外は何も世話御座なくと申、帰り候へば、其日七ツ時前より、大竹、樫杭、大綱箱、三人連にて持参り、下拵いたし、箱の内より張たる弓のよふなる物取出し、竹を綱にて引付掛しが、弐人掛仕舞候へば、明日はやく我共にまゐるべしとて帰り、十兵衛斗猪を突く鑓を持、のこり、湯殿前庭に莚を敷き居申せしが、何も見えぬに顔をなで、鼻を撮に付、湯殿へあがり候へば、猶空に握み付くよふにて忍へがたし。雪隠へ這入わたり居候へば、尻を髭手にてせゝりはや、こらへ兼て飛び出、なか/\今晩わたくしは、御家に居申事相ならず。明朝はやく参りて申候間、此罠へかゝらぬといふことは御座なく、かゝり候へば、此綱引付この杭木へ括り置て被下。扨、此弓へ日あたり候へば、一向用に立申さず候間、わたくし共はやく居りて仕候へ共、自然、其内少しにても日あたり申さずやうに、夜明け候へば、早速此所より御外し被成られ候様に相頼置、帰りける。扨、夫より程なく寝候へば、罠がた/\いわし、其上にて踊など踊るやうに聞ゆ。其内に寝入。夜明候と早速出見れば、大竹取杭木も多分抜き、右の頼置し弓はなし。綱は一ツに丸め脇に置きすて、其所へ十兵衛連れにて参りければ、其よし申候へば、夫にては相済ず申さず。先づ大切なる弓、日あたり候てはと申、床の下、樋合、其外、隣近所尋候へ共、一向無御座、はや、たづね候処なく、くつたくして家の棟を見れば、はや、日のあたるだんでなく、昼の九ツ時頃棟にさし居り。夫を取り諸道具持帰りける也。

 一、扨、廿日昼九時前、女の声にてものもをかひ、扨、頃日女参り候事不思議也。女は扨おき、臆病なれば男にてもわれ方へは得参らずおもひ、不審ながら出候へば、十六七位の美女、浅黄小紋の帷子にくろ緒の帯せし、風呂敷包を持居り、わたくしは御屋敷の内中村平左衛門さま方より、ことづかり参りし也。嘸御淋敷御くらし被成候。是を差上可申と、右の風呂敷包を出しけるが、又跡へひかへ、わたくしは多葉粉好にて御座候間、おたばこ御呑せ被下候と申、上へあがりしが、我は煙ば子のみ申さず候へ共、随分煙草もあり候へば、のみ候へ、と丸き煙草盆に煙筒を付け、多葉粉入にたばこ入出し候へば、矢張、風呂敷包は我の前に置、多葉粉のむ/\色々の咄し、物たづね問候内、よく見れば風俗、手先、爪はづれまで、誠に是が美人と申もの。あれ程なる女、爰元におり候ものなれば聞及んと申事はあるまじ。其上、此処の者なれば、頃日の事聞及び、中/\、女、わが方へ参り候ことはあるまじ。近在のよき百姓の娘にて、一家内へ参りし者とおもわれ、夫が此辺へ参るに付、こと付おこし候とおもひ見る内、いろ/\の事尋、又は煙ば子のけむりわれにふきかけ候ても、そしらぬ顔して居申候へば、わたくしは帰りますと、右の風呂敷をのぞけ、私は使に御座候へば、此入物は御便りに遣わされ候へ、と申帰りしを、中/\はや、あれ程の美女と申は見ることなし、跡を追ひあがり口へ覗き見れば見えず、どちらへ帰り候共しれ申さず。夫より内へ帰り風呂敷包を明け見れば、大重箱へ拵へだちの牡丹餅沢山に入れ、すみへ白砂糖二勺ばかりも入あり。さゐわい、夕飯たきほしたるばかりにて何もたべ申さずに付、右の牡丹餅大かた喰ひ、夫故、夕飯は喰申さず。扨、其後二た月程過ぎ、脇善六、我が方へ参りしが、咄しいたし候内、押込の前に其時の重箱、風呂敷置候をつく/″\と見候ひしが、はやこらへかね、あの重箱と風呂しきは此方ので御座候か、と尋候故、此方のでは無之、夫に付だん/\咄しも有之候と申せば、善六、あれは大かた私方の重箱、風呂敷にて御座候。跡々月廿日、私母の親里祖父が年回御座候に付、親ざとに餅も搗候へ共、せめて牡丹餅をこしらへ、近所へもやり、親ざとへも遣し申すべしとて、親さとへ遣す分、格別砂糖もたんと入候て、程なく遣し可申おもひ候処、ぼた餅重箱とも一向なく、いろ/\尋候へ共、見へ不申不思議におもふ内、今日あなたへ参り、見候へば、扨よく似たるものゝあるものかと、段/\気を付見候ひしが、先づあなたへ御尋申みんとおもひしが、此方ので御座なきよし御申なされ、扨/\不思議なる事とて驚き入、重箱、風呂敷は後程とりに上げ申べしとて、帰りける。其夜はいつもの頃ふせり候処、蚊屋釣手四所壱度に落しが、起て釣り候へばまた落し。又釣候へ共また落候故、其儘にいたし置、寝候也。

 一、扨、廿一日夜、行燈ともし候と、其あんどへある人の顔移り、講釈をする。寝る迄声せねども、顔、手斗見へ、ゆびにて度々見台の上に本置き明候なり。

 一、扨、廿二日昼九ツ半時より、棕櫚箒宙にはづれ、座敷中を掃き廻り又転びしが、又起きあがり、はく事四五度、すみからすみまで一向ほこりもなきよふにはく、夫より夜に入寝候、後大きなる音三度聞。其響き床の下へ落つく也。

 一、扨、廿三日昼、隣の五左衛門は西江寺にて、俳徊の添削いたし候に付、見に参り、家来権八は急に用事あつて外へ居り、大門を建外より錠をおろし参りしが、扨、其留守大に内騒敷聞へ候に付、無程権八かへし相待、其事申聞せ候へば、先づ錠明戸あけんとすれど、戸明ず、内より掛金かけ栓をさし候と、わが方の楷子かり大手を越し、帰り見れば戸口かけがねをかけ、栓さし叩き入これあるに付、いろ/\と致しはづし、夫より内を見れば書物不残出し、膳椀、上下弐十人前出しならべ置、箸まで有しを、五左衛門帰らぬ内取あつめ、元のごとく片付しが天井大にふくれ、権八飛あがり脇差にて突ば、糊のよふもの付しを、われに見せ候。われよく見れば、のりにてはなく、濡しすゝの付たる也。其夜寝候へば、天井より蜂の巣数/\さがり、其穴より黄なる泡を吹。其内、我寝入也

 一、扨、廿四日昼九ツ半時頃、外より四尺位の蝶内へ入、所々飛廻りしが、夫より其蝶、五歩程なる小き蝶かづ/\になる。夫よりいつとなくうせしなり。夜に入り寝所に這入り候が、行燈、石塔となり、青き火とぼり候なり。

 一、扨、廿五日暮過、小屋へ用事あり。参らぬとて縁よりおり、ふみ石をふみ候へば、ふみ石の上に死人あり。其死人酒気にてはれ、ひさしくなるよふにて皮たゞれはげ、冷きこと天窓の頭へこたへ、飛んでおりんとせしが、死人の腹の皮と、わが足の裏の皮付て離れず。右の足にて左の足をはなせば、糊付くものをへぐよふに片足は離れしかど、両足共には一向にはなれず。其内、死人目斗生き動く。其目瞬をする音、木こり虫のぼけ/\するよふ也。また両足にてふみ、一足にとびはなさんとして見れば、死人に両足共付、死人ともに飛び、夫よりひやくなり候に、殊の外困り、いろ/\にしても、はなれ申さずに付、元のふみ石へ戻り、縁に腰掛しが、程なく眠たくなり、直に敷居を枕にして寝入。夜明て見れば何もなく候也。

 一、扨、廿六日の夜五時頃、床の下に木やりの声あつて、女の首、宙に出、其内より廻り、七八寸、長さ弐間程のずゝわたさがり、首宙にあちらこちらと飛内に、其ずゝわた我にまゐ付、ひやき事たとへがたし、首巻付、またはなれずゝわた生たるごときしはらのごと。夫かまわず、蚊屋へ入、ふせりしなり。

 一、扨、廿七日昼四ツ時過より、外の壁黄黒なり、又白く也、幕を引がごとし。九ツ時過やむ。夜に入、空に拍子木の音あつて、其音、床下へひゞく。夫より蚊屋へ這入りしが、其儘、女の声にて長き溜め息つく。其響き、床の下へおちつく。其内寝入る也。

 一、扨、廿八日暮六時より、虚無僧三人、ちうに、尺八を口にあて、音はなく候へ共、吹く形にて、われ行さきに三人づゝおりしが、其内に蚊屋を釣り、寝候へば蚊屋をたぐり内へ、ちう、わが上におる。其内に寝入るなり。

 一、扨、廿九日、朝より風吹。其風、西の方からも、東の方からも、南の方からも、きたからも、みな内へ吹込むことたへず。暮時よりは、星を内へ吹こみ、矢張、下より見るとふり太さにて所々へ吹こむことやまず。其内に、われふせるなり。

 一、扨、晦日、夜五ツ時になりても何事もなく、はや、致す事共尽き出申さずかとおもひ、少しは出候を待心におもひしが、五時半、四ツ時前とおもふ頃、大門の明く音もなかりしが、露地の戸はづれ、明くと、直に表の障子壱枚残らず明け、鴨居、すさはらひの四角四面の男、浅黄小紋の上下を着し、帯刀しながら、直に居り、扨/\、長々御家へ参り、狼藉を致し候付、其御断に仮に人間の姿となり、其訳申べしとおもひ、参り候と申。我、是こそ形あきらか也。だまし打にせんものと、次に出、脇差を引抜き後へかくし、惣体変化のものは、中より下を切らねば切、と申ことをおもひ、向へすこし居るよふに見せ、畳すりはらひに、なぐり切に切ると何もなく空に申よふ、中/\刃物ざんまいにて切らるゝ者でなし。何分刃物を納め、扨、長々狼藉をいたしたる其次第、御聞下さるべし、と申す声が、只石と石とをたゝくやうに聞へ、耳突ぬく声也。夫より我もしづまり、脇ざし奥間へやり、今出るかと表へ参り待候ひしが、真中よりすこし脇へ火燵御座候が、内には灰少しあり。たゝみすり切に、蓋いたし置候が、其ふた、本などを明るよふに、ふかりわかりと明共、其内の少しの灰、只さま沢山になり、後には其間一杯になり、向灰にて見へぬ様になり、上は天井ちかくなり、我、灰に、手ひざあたりしが、其灰ふつをつぶすごとく、ばつとけりしが、其跡、其間にはびこる青坊主の頭となり、唐子の髪ある所へ、さしわたし壱尺六七寸程のひくき疣ありしが、火燵の内に首あり。あたまじやぐいにて、蜻蛉の目なりの色なりしが、床の下より火をたき候、殊の外床の下さわがしく、やれ、たけ/\と申よふにて、段々たき候程、あたま赤くてれしが、程なくあたまこぶにへ、其内より泡にへこぼれ、その煮こぼれし、内よりみゝづ出し。只さまたくほど、蚓すさまじく這ひ出、畳を這ひ我方へ斗はいかゝる。われ至つて蚓きらひにて、一ツ見ても気あしくなる蚓なれば、はいかゝるを身へつけまじと、指の爪にて刎けれ共、数の蚓なれば、はや手の裏へ取付。夫より身がら一ぱいへ、あき間なく取付きしが、致しかたなく手をこまぬき、歯を喰しめてこたへし内、其あたま二ツの目玉とじしめん間、いちばい有りしが、直に元のごとくきへ候へば、はじめに出たる男、やはり上下にて帯刀いたし、最初居申す所に見へしが、扨々、驚き入たる事にて候。我は日本へは出雲大社へ御願申、御赦し蒙り、三年跡日本へ渡りしが、三千世界の魔王なり。外にわれに劣らぬもの又あり。どちらも魔王なれば、どれを上へ付け、どれを下へ付くことも相ならず。よつて人間は、万物の王なれば、其人間の内、中に別して気じやうなるもの出生いたし候を、十六歳になる年、通力を以ていろ/\に変化、しやう気うしなわせ候へ。其人数、百人残らず正気うしなわせ候て、我を上へ付申べく候、と堅く約束に候。われは仮名山本太郎左衛門と申す。若、われ同様の魔王は、仮名信野悪太郎と申。扨、人十六歳なる人を相待、たぶらかし候と申は、十六七なる者は、格別分別もなきものなれば、前後のかんがへもなきもの也。人、魂のよくなるも十六、又あしく成るも十六、鬼も十六と申。夫故、十六なる人を悪らかす。われに、たぶらかせと申候へども、扨、今迄は唐、天竺、日本は此度で弐度渡り、百人の内八十五人、かくべつに力入ず、おもふ様にたぶらかし、正気うしなわせ候ひしが、扨、御自分さまへは、我秘術を尽し候へども、中/\相叶ひ申さず。驚き入たるに、ことに御人に出合われ、大願相叶申さず、悪太郎が下に付く事、扨/\口惜しきこと也と、我を白眼み、歯ぎりをかみしこと、いまにわすれずがたき也。扨、向ふを見れば、我がかたより五寸程高き人、冠を著、直垂を着し、笏を手に持、太郎左衛門申こと、大かた受答せしが、われ能くねじ向き見れば見えず。影の如くして、ちう見へたり。扨、初めて日本へ渡りしは、源平両家のおりなり。かへす/″\も悪太郎が下へ付候事、扨、口惜しき也、と申。又、歯がみぎり/\とかむ。若、悪太郎、自分の通力を持、また御自分さまをたぶらかし見んとおもひ、千に一ツ参る間敷くも知れず。中/\居り候共、我より上の仕形はなし。而も、いか様の知恵めぐらしても、驚き給ふ事なき人なれば、われも秘術をつくし候へ共、此方に致すこと、莵角、それ程に見へこたえず。此上は、今一両日も居候へば、誠に我通力をうしない、御自分さま御手にかゝる故、長々の狼藉いたし御断申、今晩限りに帰り候也。併、万一、右の悪太郎参り候へば、此槌を以て、西南の間の椽を、おもふ儘、御たゝき候へば、即座にわれ出、御自分様の御威勢をかり候へば、直に悪太郎通力を失なひ申べくこと、疑ひなし。其外、御自分様、一生懸命のこと御座候て、右のとふりに椽を御打候へば、其難遁れ給ふに疑ひなしと、何処から出し候とも見えず、ふり廻し、併、このよし五十年過ざる内は、必ず人に見せ申こと相ならず。御自分様壱人、親類迚も見せること、五十年過ざる内は御無用。尤、其内、他人の至極懇意の人へ、よく他言なきよふにかため、百日過候て御咄し置候へ。御暇申候程に、御見届可被下と申立候に付、直に参り候処、彼方から少しかゞみ候故われもかゞむ。其儘あたま押しが、岩を置きたるよふに一向に頭あがらず。其内に、はや鐘なるよふの音聞へ、又大勢かける音致し候に付、いろ/\といたし、のらんとする内、五体の汗ながれ出し候ことしばらく、其内、ひざま付し足をやう/\向ふへ出し、頭おれ候とおもひ、のり候へば、其廻り、小屋の屋根の上、四角なる頭長き頭の大きなるけだ物、人間の歩行く如きもの、宙に足を運び、腰のまわりにぼろの様なるもの少し纏ひ、長き色/\なるものを持たるもあり。其けだもの獣物数しれず。其内より大なる駕籠を出し、椽の上へ置、直に太郎左衛門乗りしが、駕籠の内より髭あしふみ出し、われ鼻さきへ出し、壱間半斗の足の甲と見へしが、即座、其大足駕籠の内へ納る。直に舁あげ、ちうにあるき、釣燈のよふなるもの火も先に見へ、宙に西南の間へまわり、燈籠を見るやうに雲の内へ入なり。夫より自然、夢にてはなきかとおもひ、椽へつめにてきづを付、障子はあけ、其儘置、直に蚊屋の内へ入りしが、程なく夜も明候へば、椽に爪のあと付候も聢と見へ、障子も明けこれある也。太郎左衛門居申処に、右の槌のこし置候へば、まづ人に見られてはとおもひ、渋紙、きれに包み、小屋のすみへよく埋置也。全く、われきじようにあらず。法華経日本の仏神の御かげなり。有がたし/\。
 稲生武大夫[#「稲生武大夫」はママ]
 右直書は
 弘化元申辰年、自昌山、国前寺へ納之

 槌之次第覚
 一、寛延二己巳年七月晦日、夜七ツ時より六ツ時迄之内、請伝。
 一、同八月三日、小屋之角へ、箱へ入、埋め置。五拾年過さる内、堅く人に咄し見せぬ事。其内、至極懇意之他人壱人に能堅め、他言無之やう、百日過候上咄し置事。
 一、宝暦三酉年四月四日、山門御手伝御用に付、彼地に被遣候に付、掘て包からめ、葛籠の底へ入持参る。
 一、同年霜月十四日、三次へ帰着。中山源大夫方へ同居に付、厚き箱に入、西之方、菜園なき明地へ埋メ置。
 一、同戌の二月十一日、川田茂左衛門方へ同居に付、やはり箱に入、北之方、小米左五右衛門方之垣根へ深く掘り埋メ置。
 一、同寅の八年、極月十四日、三次より御城下引越に付、袷に包み能くからめ、人足に道具と一緒に持せ、可部迄参り、下り船に而、一本木高橋左衛門方へ参り、無程、同所藤田屋平次方借家へかり受参る。当分渋紙に包み、床の下へ埋置。
 一、同卯の九年二月廿五日、六丁目拝領地家作出来に付、引移り、北之方、仏間の下へ深く掘、箱に入れ、瓶に納め、厚板に而蓋をし、土厚くかけ置。
 一、安永八亥年十二月十三日、類焼に付、失念之、下可部屋伝七裏座敷借請参り、同十四日、六丁目焼跡へ参り、槌斗、掘出し取帰り、油紙に包、南之方、築山の岩下たへ掘埋メ置。
 一、同九年戌四月廿三日、六丁目、家作出来に付引移り、同廿五日、北之方、れんじの下た、したじの箱、瓶に入蓋ヲし、厚土ヲかけ納置。
 一、享和元年酉の七月十七日、白得沖の秀八郎御貸家の相対願通計、取出。同廿七日引越に付、十九日、掘り候処、前方大水瓶の口破れ、水、底に溜り、箱、腐割、やう/\箱引出し、板之角披き、莚打かけ置、本物斗取帰る。当分床の下箱へ入、埋メ置。同七月廿三日之夜、やぶれ箱、瓶之蓋取帰り、一緒に床の下へ入置。
 一、同二年六月八日、国前寺に預置。右に付、御上乍恐御武運長久、国土安全。連中之方角、家内武運長久、子孫繁栄。御祈祷相頼。





底本:「平田篤胤が解く 稲生物怪録」角川書店
   2003(平成15)年10月1日初版発行
底本の親本:「妖怪 いま甦る 「稲生武太夫 妖怪絵巻」の研究」三次市教育委員会
   1996(平成8)年1月21日第1輯
※「しゆつぺい」と「しゆつぺゐ」、「親ざと」と「親さと」の混在は、底本通りです。
入力:骸骨
校正:砂場清隆
2022年6月26日作成
2022年7月3日修正
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