作り直し親方

MASTRO ACCONCIA-E-GUASTA

ルイージ・カプアーナ Luigi Capuana

田原勝典訳




 昔あるところに、粗末な店を構える年寄りの木工職人がいました。仕事道具といえば、のこぎり、きり、かんな、のみ、金づち、やっとこ、それに仕事台だけで、その他の物は何一つありませんでした。
 働き者で、よく作り直しのための古物が持ち込まれたことから、作り直し親方と呼ばれていました。客の要望に沿って、戸口をばらして箱と小机とたんすの開き扉に作り変える、といった具合です。そのためののりとくぎは、客の方で買って来なければなりません。
「どうして、作り直し親方になったんだね?」
「さあ、どうしてだかな」
 使い残したくぎは客に返し、のりは返さずわきへのけておきます。
「どうして、作り直し親方になったんだね?」
「さあ、どうしてだかな」
 そう答えては、たばこを一服吸い込むのでした。
 実入りが少ないというのに、親方は、まるで王子さまのようにぜいたくな暮らしをしていました。一体、どこにそんなお金があったのでしょうか?
 ある朝、親方はいつものように店に買い物に行きました。
「肉屋さん、この牛ヒレ肉はいくらだね?」
「そいつは、わしらの口には入らんよ、作り直し親方。王さまの食卓に上るのさ」
「わしにも、同じ口があるわい!」
 店のあるじたちは、いつも親方をからかって、わざとそう言わせるよう仕向けるのでした。すると、周りから歓声が上がります。
「いいぞ、作り直し親方!」
「魚屋さん、このチョウザメはいくらだね?」
「そいつは、わしらの口には入らんよ、作り直し親方。王さまの食卓に上るのさ」
「わしにも、同じ口があるわい!」
 すると、周りから歓声が上がります。
「いいぞ、作り直し親方!」
 そして親方は、肉、魚、チーズ、サラミ、野菜、果物などのおいしい食べ物を山のように買って帰るのでした。
「だれが、そんなにたくさん平らげるんだい、作り直し親方?」
「わしと、せがれたちだよ」
「おや、息子たちがいたのかい?」
「いるとも。のこぎり、かんな、のみ、金づち、やっとこ、それにきり、こいつが末っ子だ」
 すると、人々は笑っていいました。
「みんなでたんとお食べよ、作り直し親方!」
 店に戻ると、食材を入れたかごを隅に置いて、遅くまで我を忘れて働きます。
「夕飯の時間じゃないか、作り直し親方?」
「台所で、用意してくれてるよ」
 日が暮れるとすぐに、作り直し親方は、店の奥に引っ込んで戸口にしっかりとかんぬきをかけます。
 するとどうでしょう、皿がガチャガチャとぶつかり、グラスがチンチン音を立て、銀食器やナイフがこすれる音がして、家の中ではまるで盛大な晩餐の準備がなされているかのようです。そしてしばらくすると、笑い声とわめき声の中、作り直し親方が大声を張り上げます。
「行儀よくしろ、のこぎり! ……気をつけろ、のみ! わしはびんを壊すところだったぞ! ……よく見ろ、汚れるじゃないか、やっとこ! ……金づち、下品なまねをするな! ……かんな、きり、手をしまえ!」
 玄関の前では、近所の人たちが、一体何が起きたのかと聞き耳を立てました。
 翌朝、
「ごちそうだったかい、えっ、作り直し親方? 息子たちには、手を焼くだろう」
「なあに、あいつらはあそこでゆっくりしてるさ」
 粗末な店の壁には大工道具が掛けられていましたが、買い物かごはすっからかんになっています。あんなにたくさん仕入れた食べ物は、影も形も無くなって、魚の骨はおろか、果物のしんひとつ見当たりません。
 近所の者たちが、作り直し親方のところで起こる不思議な出来事の真相を暴こうと頭をひねりましたが、時間を無駄にするだけでした。
 日中は、ずっとこの巣穴のように狭い仕事場にいて、暗くなるまで腕を動かし仕事に精出すだけの年寄りなのに、あの大量の食べ物はどこに消えてしまうのか? あの皿の重なり合う音、笑い声やわめき声はどうしたことなのか?
 近所の人たちは、何度も扉にのぞき穴を開けようとしましたが、扉の木が半分腐っているようで、反対側まで突き通せるきりがありません。
「どうなってるんだいこの扉の板は、作り直し親方!」
「軟らかいリコッタチーズでできた板なのさ」
「じゃあ、どうして食っちまわないんだい?」
「リコッタチーズは、苦手でね」
「冗談はよしてくれよ、作り直し親方!」
 親方は肩をすくめ、たばこを一服吸い込んで言うのでした。
「さあ、行った行った」
 うわさが、王さまの耳にも届きました。
「なに! わしにも同じ口があるだと!」
 王さまは、親方に惨めな暮らしを強いるため、作り直し親方には店の中で一番悪い品物を売るよう店のあるじたちに命じました。
 次の朝、作り直し親方は、犬もそっぽを向くような悪い肉と、腐った魚、虫食いチーズに、うらなりの果物しか手に入れることができませんでした。
「そんなもので満足できるかい、作り直し親方?」
「わしが満足せねば、不満に思うやからがおるでな」
「どういうことだね?」
「そういうことさ」
 王さまは、いつものように宮殿で、大臣や高官たちとごちそうを囲んでいました。料理が運ばれてくると、王さまも大臣も高官も顔をしかめました。肉はむくろのような悪臭を放ち、チーズは皿の上で発酵してうじがわき、果物は腐った嫌なにおいがしています。
「どうしたというのじゃ?」王さまは、声を荒らげました。「ふざけた料理人め、顔を見せよ」
 哀れな料理人は、仕入れたのは新鮮な食材で証人もいる、と言い張りました。台所では、主菜の料理が、死肉に逆戻りしたように臭気を放っています。
 王さまも大臣も高官も、辛抱しながら硬いパンを水に浸して、わずかに口へ運ぶほかありませんでした。そうしなければ、お腹が空いて死んでしまったことでしょう。
「これは、作り直し親方の仕業に違いない!」大臣の一人が言いました。「確かめに行ってやる」
 大臣は変装し、名目のための古い木箱を背負って、木工職人の元へ向かいました。
「この木箱を治してもらえないかね、作り直し親方」
「そこに、お置きなさい。くぎとのりを買って来てもらいましょうか」
「のりは、たんまり持って来たよ!」
「そりゃ、ありがたい」
「いいにおいがするじゃないか、作り直し親方」
「ごちそうの残りがあるのさ、あっちにね」
 大臣は、思わずよだれを垂らしました。そこには、こんがりと焼き上がったヒレ肉の塊と、ソースのかかった魚の半身が、食べてくれ! 食べてくれ! と言わんばかりに置かれています。
「だが、こんなに上等な食材を、どこで手に入れたんだね?」
「市場で売ってるのさ」
「あんたにはいい物を売るなという、王さまのおふれが出たそうだが」
 作り直し親方は、肩をすくめると、たばこを一服吸い込みました。
 大臣は、一部始終を王さまに報告し、対策が話し合われました。
「この作り直し親方という男は、魔術師に違いない! 道具をすべて取り上げて、どうなるか見てみようではないか」
 兵士たちが親方の家に向かい、かんな、きり、金づち、のこぎり、それらの道具をすべて取り上げました。王さまは、その道具たちを自分の執務室に続く部屋へと運び入れ、念のためにとその扉の鍵を自身の腰にぶら下げました。
 昼の間、道具たちは大人しくしていましたが、夜中の一時を過ぎると、この部屋の中からけたたましい物音が聞こえてきました。のこぎりがギコギコ、かんながシュッシュッ、金づちがコンコン、きりがシュルシュル、やっとこがカチカチ、そしてそのすぐ後で、わめき声と泣き声が聞こえます。
「お腹が空いた! お腹が空いた!」
 王さまが、飛んで行って扉を開けると、道具たちは放り込まれたままの姿でそこに置かれていました。ところが、王さまが扉を閉めるやいなや、またしてもわめき声と泣き声聞こえてきます。
「お腹が空いた! お腹が空いた!」
 その夜、王さまは一睡もできませんでした。
 その次の夜は、それがさらにひどくなりました。あの大臣が、助言しました。
「陛下、やつらに食材を与えてみてはいかがでしょう」
 のこぎりがギコギコ、かんながシュッシュッ、金づちがコンコン、きりがシュルシュル、やっとこがカチカチと騒いでいます。
「静かにしろ、王の命である! さあ、これで腹を満たすのだ」
 そして、扉を閉めました。するとどうでしょう、皿がガチャガチャ、グラスがチンチン、銀食器やナイフが触れ合う音がして、部屋の中ではまるで盛大な晩餐の準備がなされているかのようです。しばらくすると、笑い声とわめき声がしました。
「おなかいっぱいだ! 腹が裂けてしまう! もう食べられない!」
 皆は、耳を疑いました。
「おお、作り直し親方は、魔術師に違いない!」
 王さまは、兵を差し向け、作り直し親方を目の前に引き立てました。
「これは、どうしたことじゃ、作り直し親方? そなたの道具どもが、しゃべったり、食べたりしておるぞ?」
 作り直し親方は、肩をすくめると、たばこを一服吸い込みました。
「この不思議を説き明かさねば、そなたの首を切り落とすことになるが」
「不思議だろうが何だろうが、陛下! こいつらは皆、わしの息子たちなのだ」
「どうしてまた、そのようなはめになったのじゃ?」
「食っていくために、わしを助けてくれておるのさ」
 王さまは、親方の言うことを信用し、道具をすべて返してやるよう命じました。
「わしにも同じ口がある! などと、金輪際言わぬことじゃ。後悔することになるぞ」
 作り直し親方は、また元のとおり仕事を始めました。しかし、お客さんは数える程しか訪れませんでした。皆、作り直し親方とかかわり合いになりたくなかったのです。仕方なしに、作り直し親方は、通りを歩き回り、その先々で声を張り上げました。
「作り直し親方でござい! 壊れ物や直し物はないかな!」
 誰も、作り直し親方を呼び止める者はいません。
「どうするつもりだね、作り直し親方?」
「のりがあるから、それで食いつなぐさ!」
 確かに、のりは仕事場に腐るほどありましたが、今日、明日と食べるうち、日に日にその量は減って行き、とうとうのりも底を突いてしまいました。
「どうするつもりだね、作り直し親方?」
 作り直し親方は、肩をすくめると、何度もたばこを吸い込みました。
 王さまには、六人の子供たちがいました。三人の息子と三人の娘です。どの子も美しく、すくすくと育っていました。ところが、ちょうどその頃、六人とも病にかかってしまい、お医者さんにも何の病気か分かりませんでした。体が弱り、食欲が衰え、おなかに一番優しい食べ物ですら受け付けませんでした。診断の上に診断を重ねて、薬や様々な調合を試みますが、一向に効果がありません。ついに、一番上の娘が死んでしまいました。
 人々が埋葬に向かう途中、作り直し親方が小さなひつぎを肩に乗せて参列者の後ろを歩いていました。
「誰か亡くなったのかい、作り直し親方?」
「のこぎりのやつだ!」
 次の日、男兄弟の一人が死んでしまいました。すると、人々が埋葬に向かう途中、作り直し親方が小さなひつぎを肩に乗せて参列者の後ろを歩いていました。
「誰か亡くなったのかい、作り直し親方?」
「金づちのやつだ!」
 こんなふうに、毎日のように王さまの息子や娘が死んでいき、参列者の後ろには、小さなひつぎを担いで歩く作り直し親方の姿がありました。
「誰か亡くなったのかい、作り直し親方?」
「のみのやつだ! かんなのやつだ!」
 抜け目のないあの大臣が、王さまの子供たちの参列の後には決まってひつぎを担いだ作り直し親方の姿があるのに気付いて、言いました。
「陛下、お子さまを皆失いたくなければ、作り直し親方をここに呼び出すことです。全ての元凶は、やつにあるのですから」
 王さまに残されたのはもはや娘が一人だけで、その娘も死の床に伏していました。
「ああ、作り直し親方、わが愛しい娘の命を助けてくれ!」
「ああ、国王陛下、わしの愛しいきりのやつを助けてくれ!」
「どうすれば、よいのじゃ?」
「方法はただ一つ、二人を結婚させることだ!」
 娘のことを思う王さまには、即座に承諾するほか手はありませんでした。心の中では、こうつぶやきながら。
「今に見ておれ、作り直し親方め!」
 兄弟が皆いなくなったことで、残された娘は幾日もしない内に王女さまになりました。
 王さまは、作り直し親方に言いました。
「きりを、宮殿へ連れて来るがよい」
「気を付けなされ、陛下。昼間はただのきりだが、夜は違う。今のところ、それがやつの定めなのだ」
「これから先は、どうなるのじゃ?」
「この先のことは、神のみぞ知るだ」
「それなら婚礼は、ひとまず棚上げじゃな」
「我が陛下のお考えとあらば」
 それからというもの、折に触れて、王さまは作り直し親方に尋ねるのでした。
「きりはどうじゃ、夜はひょう変するか?」
「相変わらずです、陛下」
「では婚礼は、ひとまず棚上げじゃな」
「我が陛下のお考えとあらば」
 数年が過ぎました。王女さまときりとの結婚がどんどん先に延びて、うれしくてたまらない王さまは、作り直し親方をからかうようにこう言いました。
「これは、固まらないミルクのようなものじゃ! さあ、どうするかな、作り直し親方? もはや引き下がることもできまいし、そなたの元にはもうあのきりの他おらぬしのう」
「きりのやつには、おとぎ話をしてやっております。昨日などは、なかなか見事な話になりました。陛下も、お聴きになりますか?」
「ぜひ聴かせてもらおうではないか、作り直し親方!」
「昔あるところに、二人の息子を持つ王さまがいました。一人はいい息子で、一人は悪い息子でした。いい息子は王子となり、父亡き後は王さまになることになっていました。悪い方の息子は、それが気に入りませんでした」
 王さまがうろたえて、途中で話を遮りました。
「どうも、その話は好みではない」
「まあ、お聴きなさい、陛下。ここからが、いいところです。さて、いまいましく思った悪い息子は、いい息子を始末しようと考えました。そうすれば、父亡き後に彼が王さまになれるからです。悪い息子は兄弟を『狩りに行こう』と誘い、二人は出かけました。森に入り、付き人たちから離れて二人きりになると、悪い息子は刀を抜いて、裏切りを悟る暇も与えず背後から兄弟に切りかかりました」
 王さまはますますうろたえて、途中で話を遮りました。
「いかん、いかん、その話は好みではない」
「いや、ここが山場なのだ。陛下、まあお聴きなさい。悪い息子は兄弟が死んだと思い、そのまま立ち去りました。その内に、草や木の枝に覆われることだろうと。そして、父にはこう告げました。『兄弟は、猛獣たちに食いちぎられました!』」
「ああっ!」王さまは、悲鳴を上げました。「わが兄弟よ! 許してくれ!」
 そして、震えながら涙を流してひざまずきました。
「勘弁してくれ! ……そら、王冠だ! 許してくれ! 王はお前に譲る!」
「王は、お前でもわしでもない!」作り直し親方は言いました。「王は、きりのやつとお前の娘の王女じゃないか」
 作り直し親方は、王族の衣装に着替えると、まるで別人の姿となってきりを迎えに行きました。
 しかし、きりの姿はなく、その代わりに、まさに王になるべく生まれた美しい若者の姿がそこにありました。王女さまも、この若者に負けず劣らず美しくていらっしゃいます。
 二人の兄弟は、抱き合って、互いのほおに和解のキスをしました。そして、さっきまで作り直し親方と呼ばれていた老人は、死を免れて木工職人となった自らのてんまつを話して聞かせました。それは、「鬼の娘」という名で語り継がれるおとぎ話なのですが、またの機会にお話するとして。
 きりと王女さまは、盛大な結婚式を挙げ、たくさんの子宝に恵まれて、末永く幸せに暮らしたということです。

そう、思いはいつか、遂げられるもの。





翻訳の底本:“Mastro Acconcia-e-guasta”(1894). Il Raccontafiabe. (『物語りおじさん』より)
原作者:Luigi Capuana (1839-1915)
   上記の翻訳底本は、日本国内での著作権が失効しています。
翻訳者:田原勝典
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2023年11月27日作成
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