「簡素で一元的な権利処理」意見募集について


青空文庫は、著作権法の改定検討に対して、折に触れて公に意見を表明・提出してきました。2021年9月15日に開かれた文化審議会著作権分科会基本政策小委員会におきまして「簡素で一元的な権利処理」について審議が行われ、論点整理されるとともに、9月22日~10月14日のあいだにパブリックコメントが募集されることとなりました。(参考:文化庁ホームページ

 以下の文書は、文化審議会著作権分科会基本政策小委員会の審議を経て作成された「簡素で一元的な権利処理に係る具体的検討に当たっての論点」というとりまとめに対して、長く民間のデジタルアーカイヴを運営してきた立場から、意見表明したものです。(とりまとめの詳細は、e-govの当該案件ページから確認可能です。)

 提出意見は、意見募集の結果ページでも、集約整理されたかたちで閲覧可能ですが、ここでは提出された原テキストのままで再録したいと思います。


青空文庫(運営チーム一同)
info@aozora.gr.jp

「簡素で一元的な権利処理」意見募集について
パブリックコメント提出資料


目次

  1. 目指すべき方向性と留意すべき点
  2. 想定される場面
  3. 具体的な方策

Ⅰ.目指すべき方向性と留意すべき点


 著作権法ではその第一条に、権利を定めて保護を図る一方で、作品が広く公正に使われることにも意を払うこと、保護と利用、双方を支えとして文化の発展を目指すことが謳われています。この文化の共有を公的に保証するあり方は、インターネットを得てはじめて、実効性のある仕組みとして機能しはじめ、そして簡便な電子端末を得てようやく、その益を広く享受できはじめています。
 しかし、本パブリックコメントの論点として提示された「新たな対価の創出」のみに、文化的アーカイヴの価値を見いだし、主として経済価値のためだけに「簡素で一元的な権利処理」を目指すのであれば、それはあまりにも拙劣です。
 著作権の保護期間が満了するまで経済的価値を持つ作品はごく少数です。その数少ない作品の利益(の復活)のみを主目的とし、それをもって文化振興とするならば、かつての多様な成果物を社会のなかで長く大切にしていく文化共有のあり方が、まったく価値のないものと断じられているも同義です。もちろん、過去の作品が社会で再発見され、再び人々に共有され、その上で新しい創作が生まれることは、喜ばしいことです。ただし文化のアーカイヴにとっては、まず豊かで自由な文化の土台やプールを築くことが目的であり、その後の創出はあくまで、そうした文化の下支えを得た個々の創作者の個性的な文化受容と努力の結果です。「新たな対価の創出」を目的にしてしまえば、本来の結果と目的が転倒し、現在から見て経済価値のありそうなものだけをアーカイヴしてゆくことにもなりかねません。過去の著作物の「再発見」という行為は、必ずしも「対価」のためになされるものではなく、多種多様な文化の中で生まれる偶然や信念・努力のたまものであることを忘れてはいけません。その可能性をできるだけ大きくするために、青空文庫を初めとする文化的なアーカイヴはその活動を日々続けています。
 過去の多様な著作物が共有されることは、経済的な利益のみにとどまりません。日本の文化関連デジタル・アーカイヴは、今では在外邦人や、日本に興味を持つ海外の方々にとっても大事な娯楽・研究リソースとなっています。そして国内のみならず海外も含めて、インターネットを介して貴重な文化的財産を国際的に共有するという素地ができあがることで、海外での日本の理解や友好を深める役割もあります。
 文化にまつわることを経済的なものさしだけで測るのではなく、文化の保存共有と国際交流や親善をも視野に入れた上で、社会における豊かな文化財共有を支援し包含する大局的な「簡素で一元的な権利処理」についての文化政策が実施されることを、強く希望するものであります。

Ⅱ.想定される場面


 青空文庫のような文化的デジタル・アーカイヴの場合、少なくとも利用者には二重の層があります。ひとつは、過去の著作物をアーカイヴした上で公開し、社会と共有する青空文庫自身。もうひとつは、そのアーカイヴされた著作物を読んだり、翻案などさらなる活用を行ったりするおおぜいの人たちです。自由な著作物の利用は、何重にも活用のバトンをつないでいくことにも意義があります。
 しかし、従来の「簡素で一元的な権利処理」の議論では、提供者(裁定者)と受益者のあいだの単純な一次的利用許諾に、観点が制限されがちです。青空文庫では、オーファンワークス実証事業の推進実験に伴って、孤児作品の裁定利用を試みようとしましたが、その際、「裁定公開作品」の利用が「裁定されたサイト内での閲覧に限られる」という硬直的な一般認識の壁に突き当たることとなりました。
 しかし、裁定公開作品であれ、少なくとも著作権の制限の範囲内での非営利利用は認められるはずで、青空文庫などのアーカイヴから、教育機関における複製や営利を目的としない上演などへは、バトンをつなげるはずではないかという、疑問が生じました。
 過去の文化財の利用を単なる「公開」と捉えるならば、著作物の活用は(施設内での展示にも似た)ただ見せる事例にとどまってそれ以上広がらず、次なる創作へ資する可能性も少なくなるでしょう。ここで想定すべきは、「社会における文化財共有」という場面であり、その権利処理に利用のバトンをつないでゆける可能性があるかどうか、なのです。「文化共有」の概念を軸として、広くさまざまな場面の検討をお願いします。

Ⅲ.具体的な方策


1.はじめに
 資料「簡素で一元的な権利処理に係る具体的検討に当たっての論点」内、「(6)その他」の「○ 保護期間の複雑な計算や著作権者等の没年不詳の場合の扱いに対する方策。例えば、一定の場合に保護期間を推定させる仕組みなどは考えられるか。」について、今後、円滑な利用へと向けた改善が行われることを期待します。
 当団体・青空文庫は、インターネットさえあれば誰にでもアクセスできる〈青空〉をひとつの公開書架として、自由な電子本を集める活動であり、ボランティアの皆さんの自発的な作業によって進めています。その上で、民間のデジタル・アーカイヴとして、法律を遵守して活動することを旨とし、公正な利用と保護によって文化の発展を目指す著作権法の理念に基づいて、保護期間の満了した著作物を電子化しております。

2.背景
 もちろん著作権の侵害がないよう細心の注意を払って著作権の有無については調査しておりますが、そのたびに著作者の没年調査の困難さや、判断の難しい事例にぶつかることも多くあります。著作権保護期間が満了しているか確認し、公開に至るまで、複数のボランティアや関係者が協力して多大な労力を費やしたことも、たびたびありました。
参考1:井沢衣水の例
https://www.aozora.gr.jp/aozorablog/?p=4029
参考2:渡辺千吉郎の例
https://www.aozora.gr.jp/aozorablog/?p=4806
 保護期間を主として生存期間に基づいて計算する現行の制度は、必ずしもすべての著者の来歴が明らかでないこともあり、あまりに多くの孤児著作物を生んでいます。そのため、青空文庫を初めとする民間および学術的デジタル・アーカイヴ計画にとって、大きな障害となっています。そしてその活用が困難となるために、現時点でも大きな社会的・経済的可能性を失っているものと考えられます。  また、かつての著作物で、翻訳権十年留保の規定に基づいて翻訳されたとおぼしきものを扱うにあたっても、その合法性の再確認に手を尽くしてもなお、確証の持てない事例がありました。
参考3:上田敏の例
https://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyou2011.html#000377
 また翻案では、長らく著作者自身の作として扱われながら、原作が不明であったり、のちに判明したりするなどした著作物について、原作者の著作権をアーカイヴ上でいかに判断・処理すべきか、翻訳権十年留保の規定をこちらにも適用してよいのか、悩むことも少なくありません。
 著作権保護期間の相互主義の範疇では処理しきれない、万国著作権条約の特例法以前のアメリカの著作物や、国外著作物に対する保護期間の戦時加算も、確認の煩雑な例外事例として、実務作業者としては悩みの種になっています。

3.方策について
 そこで取り得るのは、現在アメリカ合衆国で「1926年1月1日より前に公表された著作物はパブリック・ドメイン」とされているように、ある特定の年以前に公表された著作物に関しては、一律パブリック・ドメインとする措置をとることです。アメリカ合衆国と国際的な歩調を合わせるとすれば、少なくとも「1926年(大正15年)」より前の著作物はすべてパブリック・ドメインとすることも案として考慮できるはずであり、あるいはまた、積極的に推し進めて何らかのみなし規定をもって、すでに公表から70年以上経過している1945年(昭和20年)以前の戦前著作物は、登録の申し出がなければパブリック・ドメインにするといった、思い切った解決策も、(戦前の人物履歴について調査が難しい現状を考えれば)現実的に検討しうるものと思われます。
 翻訳権十年留保の規定から翻訳可能となっている作品については、何らかのかたちで一元的な情報共有があれば、実務としてのアーカイヴや新規翻訳・復刊にも資するものとなるでしょう。同時に「翻訳権」の定義が曖昧で、旧法上インターネットでの利用やさらなる二次創作・翻案などについても想定されていないため、翻訳権十年留保規定で翻訳可能な著作物が、本当にインターネット上での利用が可能なのか、また朗読や劇化などが自由に許されうるのか、パブリック・ドメインと同等に扱ってよいのか、翻訳権および翻案の定義の明確化が強く望まれるかと思われます。
 またアメリカ合衆国の著作物については、本国ではパブリック・ドメインとなっているものでも日本では保護されている作品があり(万国著作権条約の特例法以前のアメリカの著作物)、これも確認が難しく、また権利者自身に日本でのみ保護が継続している自覚がない場合もあって、利用がしにくくなっています。さらに、現時点でも万国著作権条約の特例法以前のアメリカの著作物については、過失による侵害の可能性も少なくないため、はっきりと相互主義を適用すべきでしょう。
 国外著作物に対する保護期間の戦時加算についても、将来的な撤廃を強く望みます。2018年末に発効された環太平洋連携協定(CPTPP/TPP11)に伴って行われた著作権保護期間の延長のため、国外著作物の保護期間に関して極端に長くなっている事例があり、過去の翻訳をアーカイヴするにあたっても、阻害要因のひとつとなっています。
 文化的・学術的に過去の記録を保存公開していくプロジェクトをこれからも発展的に継続可能とするためにも、また、そういった各種アーカイヴ活動そのものを萎縮させないためにも、積極的な方策が必要かと思われます。

以上



更新履歴:「青空文庫」
   2022(令和4)年1月1日
2022年1月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




戻る