1998年2月4日
 青空文庫の活動にたずさわるようになってから、日々つくづくと思い知らされるのは、「ほんのわずかの見知っていること以外、私はな〜んにも知らない」という事実である。ウィリアム・ブレイクに関しても、私の頭には、見事に何の知識もなかった。
 長尾さんはご自身のウェッブページに、「詩関連リンク集」を整えておられる。ここに The William Blake Page が紹介されていたので、行ってみた。
 18世紀の半ばから19世紀の初頭にかけて生きたブレイクは、イギリスのロマン派を代表する詩人の一人であるという。画家、版画家でもあったらしい。すっかり居直って平凡社大百科事典の記述をそっくり引用すれば、「ロマン主義は、18世紀末から19世紀前半にかけてイギリス、ドイツ、フランスを中心にヨーロッパ各地で展開された文学・芸術・思想上の自由解放を信奉する革新的思潮であり、合理主義の普遍的理性に対抗して個々人の感性と想像力の優越を主張し、古典主義の表現形式の規制を打破して自我の自由な表現を追求しようとした文芸運動」(田村毅)なのだそうだ。
 上記ウエッブページには、「12歳からほとんど独学で詩作を学んだブレイクは、14歳の時にロンドンの彫刻版画家のもとに弟子入りして修行した」とあり、彼の詩と美術作品は、分かち難く結び合っているともいう。もともと詩画集として刊行された『無垢と経験のうた』と『天国と地獄の結婚』の英文テキストに加え、このページでは、ブレイク自身による挿し絵も見ることができる
 ウェッブブラウザーのページを二つ開き、挿し絵と長尾さんの訳を並べて読んでみた。
 日本とアメリカのページが呼応して、ウィリアム・ブレイクが少しだけ、私にも近くなったように思えた。

 インターネットに作品を載せる詩人たちがいる。青空文庫にも、鈴木志郎康さんや清水哲男さんの作品を登録させてもらった。書肆山田という詩を中心にした出版社は、しっかりしたページを用意して、「我ここにあり」と声を上げている。
 現代詩は、出版産業の中で隅へ隅へと追いやられてきた。だが、紙の器が運びにくくなったとしても、わき上がる言葉は止まらない。詩人がインターネットに居場所を見つけることは、自然の流れのように思う。
 ただし、高みの窪地に水はたまったとしても、巧みに導く人が現れなければ、流れは勢い良く走らないだろう。駆けてよいはずの水が、淀み、沈潜して地面に消えないとは限らない。
「たしか九五年の十一月だったと思うけど、長尾高弘さんというコンピュータにくわしい詩人がホームページを開いた。ぼくは長いこと彼と手紙のやり取りをしていて、その話をきかされていたんです。そこで早速プロバイダーと契約して、長尾さんのページを見て、『これならぼくにもできそうだ』と、翌年一月に自分のホームページを開くことにしたんです。」(『本とコンピュータ』創刊号、「詩人がインターネットにハマるとき」)
 鈴木志郎康さんは、インターネットとの出会いをそう振り返る。清水哲男さんの『増殖する俳句歳時記』に、検索機能を付けたのも長尾さん。書肆山田のページ構成も、長尾さんの仕事であることに気づいた。
 今回作品を登録させてもらった清水鱗造さんは、『Booby Trap』という詩の雑誌を出してこられた。鱗造さんも同じく、二年ほど前からウェッブページを開いていて、同誌のHTML版やエキスパンドブック版、加えてWindows Help版(これに関してはすっかり好奇心を引き付けられてしまって、すぐにでも一言書きたい)が、長尾さんの協力によって用意されている。

 はじめての、そして決定的なドミノは、表現者以外には倒しようがない。
 だが、倒れかかる一枚のその力を、遠く広く渡らせるには、繋ぐ人がいる。
 新しい動きに目を配って、すかさず声を受け渡す仕事は、ある領域への心からの思いを育てた人にしか担えない。
 詩人たちのバトンを最初に受け取る役割は、自らも詩人である長尾さんのような人だけが演じ得る。
 すみれ文庫で渡辺洋さんが進めておられるのも、私たちにはけっして担うことができない、そんな大切な仕事であるように思う。
 必然のあるところに人を得れば、インターネットを表現の場とする動きはますます勢いを増して行くだろう。穏やかに、けれど遠く永く、波紋は広がる可能性がある。背筋を伸ばし、〈良きヴァイブレーション〉を繋ぐ、何個めかのドミノになりたいと願う。(倫)



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