1998年3月25日
 出版社から本を出すと、書いた側はたいてい、〈印税〉という形で金銭的な見返りを受ける。
 通常、定価の10%に、部数をかけた額が著者の取り分だ。例えば2000円の本を4000部発行すると、200円×4000部で、80万円がもらえる。

 原稿を書きたい。できれば、書くことに集中し、それで暮らしも立てたいと思う者にとって、著者に支払いを約束する出版の仕組みはありがたい。
 けれどもう一方で、出版の契約を取り交わすと、書き手は制約も受ける。
 この点は私も当然と思うが、契約期間中は、同じ原稿をよそからは本にできない。つまり、出版する権利を独占される。最初に作ったものが全部売れた段階で、増し刷りするかしないかも、出版社の一存で決まる。
 在庫がないのに気づいた著者が、「追加で刷ってくれ」と申し入れる。そこから三か月たっても実行してくれないときは、申し入れによって契約を破棄できると著作権法は定めている。在庫切れの段階で、「もう我々には増刷の意思がない。この本は、絶版です」と出版社が言ってくれれば、著者は新しく契約を結んでくれる別の版元を捜せる。ところが多くの出版社は、在庫がなくなって刷る気もなくても、「絶版」と言うのを避けようとする。「品切れで、再版の予定は未定」と言い張り、独占権だけは手放そうとしない。

 何冊か本を出してみて、私も出版社に縛られることを、「不自由だな」と感じたことがあった。だが、一方で金銭的に助けられるからには、縛られるのはやむを得ないとも考えた。
 その諦めに似た感覚に疑問を持ったのは、『書物の出現』(リュシアン・フェーヴル、アンリ=ジャン・マルタン著、関根素子、長谷川輝夫、宮下志朗、月村辰雄訳、筑摩書房)を読んだときだった。

 15世紀に活版印刷の技術が確立されてからしばらくたつと、印刷業者は、自分が印刷し、販売する作品を、他人が作れないよう縛る権利を、権力者に求めるようになった。著者に対する見返りとは無関係なところで、まず、本にする権利の独占要求が始まった。
 ではその当時の著者は、どうやって暮らしを立てたのだろう。彼らはできあがった本の何冊かをよこすように印刷業者に要求しはしたけれど、原稿の使用料は求めなかった。その代わり「伝統的な文芸庇護者」である裕福な貴族に本を贈り、金銭的な見返りは、本が手写しされていた時代と同様、こうしたパトロンから受けていた。
 その後、ずいぶん時間をかけてようやく、別個に成立した出版を独占する権利(コピーライト)と、著作者の権利が結びつけられるようになる。
「我々が出版を独占するのは、著者に金を払っているから当然なのだ」という理屈を、出版社は後になって立ててくる。
 そこに至るまでには、金銭的に実に弱い立場にあった多くの著者が、自前の印刷、頒布を試みた。書籍商や印刷業者はこれを大変不愉快に思い、さまざまに妨害したとあるのを読んで、なるほどと感心した。

 著作者の権利とコピーライトは、最初から一つのセットとして生まれたものではない。後から、くっつけられたものだ。ならば、紙の出版から電子出版へと大きく枠組みを変える際には、著作者の権利と排他的なコピーライトの結びつきをほどき、書き手の権利を別の何かと結びつける道も開けるのではないかと、直感的にそう考えた。
 著作権とコピーライトが結び付く経緯をしっかり勉強すれば、この思いつきを深め、今は見えていない〈何か〉を、見極められるかもしれないと思った。
『書物の出現』は、アスキーから出そうとしていた『本の未来』を準備するために読んだ。原稿の仕上げに追われ、片づいてからも目の前のことにとらわれて、勉強には手が付かなかった。

 白田秀彰さん『コピーライトの史的展開』は、その時私が学びたいと思ったことを、法律学の知識の土台に立ってしっかりと調べ、しっかりと考え抜いて書いた作品だ。
 白田さんも私も、テキスト交換の基盤としてインターネットを使えるようになった、歴史の変わり目に生きている。著作権とコピーライトの関係を点検し直すべき時に、問題がいち早く浮上する場に顔を突っ込んでいる。そこで私自身は、努力と知識と頭の切れのすべてを欠いて問題を解きほぐせなかったが、我々の時代の優れた知性は、なすべき仕事を着実に推し進めてくれている。その成果が、ここにある。
 この作品と共に、今回登録できた『著作権の原理と現代著作権理論』は、同じテーマに関する学会報告の草稿として書かれた。論文と比べれば、著者には「粗削り」との思いがあるようで、当初は登録を躊躇された。だが、初めてこの問題に踏み込んで行くには、敷居を低く感じさせてくれる雰囲気はむしろありがたいと思い、無理に図書カード化をお願いした。白田さんは、青空文庫の幅広い読者層を頭に置いて、この作品に手を入れることも、考えて下さっている。
 加えて、秩序紊乱者の精神を腑分けする、『ハッカー倫理と情報公開・プライバシー』を紹介できることも、感慨深い。
 青空文庫の試みに共感してくれる人にも、本の世界の常識をかき乱す我々の「マナー違反」を不快に思う人にも、共に是非読んでみて欲しい。(倫)



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