1998年12月29日
 j.utiyamaさんが入力された芥川のテキストを校正しているかとうかおりさんから、ひらがなの「へ」であるべき所が、カタカナの「ヘ」になってしまっているのを見逃してしまったとの報告がありました。OCRを使用した場合、一番見付けにくいのがこのパターンです。肉眼ではほとんど区別が付かず、検索をかけて見つける他、方法はないと思います。ただ、かとうさんの訂正リストを見ていると、ある一定の規則があることがわかりました。

1.「カッフェへ」
2.「テエブルの上へピラミッド形に」
3.「思わず口へ」

 1と2のパターンは、カタカナの単語の前後に「へ」がある場合です。OCRのソフトが、おそらく、一連の続いたカタカナの文字と認識してしまっているようです。
 3のパターンは、「口(くち)」をカタカナの「ロ」と認識してしまって、1と2のパターンと同じ現象に陥ってしまっているのではないかと思われます。

 おそらく他にも、このような間違えのあるテキストがいくつかあると思われます。いつか洗いざらい点検する必要があるかもしれません。(AG)



1998年12月28日
コナン・ドイルのホームズものの短編
「ボヘミアの醜聞」を登録する。よく知られているように、1892年にイギリスで刊行された短編集『シャーロック・ホームズの冒険』の巻頭を飾る一作である。これまで、わが国でも多数の訳書が出され、現在までベスト・セラーを続けているが、今回登録するのは大久保友博さんによる新訳。大久保さんは滋賀県在住の高校生である。19世紀末の作品が20世紀末の若者の手で新しい命を吹き込まれたことになる。原書をお読みになったことのある方も多いと思うが、翻訳についてお気づきになった点があれば、ぜひ青空文庫宛にお寄せいただきたい。(楽)



1998年12月28日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『魚河岸』『お時儀』『女』『往生絵巻』『黒衣聖母』『猿蟹合戦』『じゅりあの・吉助』『女体』『沼地』『羅生門の後に』を登録する。校正者は、earthianさんです。(AG)



1998年12月24日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「玉鬘」「初音」「胡蝶」を登録する。校正者は、「玉鬘」「胡蝶」が渥美浩子さん、「初音」が双沢薫さんです。(AG)



1998年12月23日
青空文庫では、入力や校正をお手伝いいただいている方々を「工作員」の名で呼んで いる。工作員志願の方々はどんどん増えていて、毎週のように連絡をいただく。とて も嬉しいことだが、1つだけ不安があった。作業の手引きである「工作員マニュアル」の改訂がなかなか進まなかったことである。遅くなってしまったが、きょう、どうやら新マニュアルをアップロードできた。新マニュアルは、ファイル全体の構成を変え、著作権に関する青空文庫の基本的な考え方を示した
「青空文庫からのメッセージ―本という財産とどう向き合うか」、入力・校正作業の実務的手引きである「工作員作業マニュアル」の二本立てにした。後者については、WWWの基本フォーマットであるHTML版に加え、PDF版も用意した。継続的に作業をお手伝いいただける方は、PDF版をプリントなさってお手元に置き、参照しながら作業をしていただければと思う。なお、内容上の不備やわかりにくい点がまだまだあるだろうし、こんな内容が欲しいなどの要望もきっと出てくることだろう。気づいたことがあれば、ぜひご連絡ください。(楽)



1998年12月23日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『西郷隆盛』『首が落ちた話』『袈裟と盛遠』『開化の良人』を登録する。校正者は、かとうかおりさんです。(AG)



1998年12月21日
 田島曉雄さんが入力された
辻潤『ふもれすく』を登録する。校正者は松陽さんです。(AG)



1998年12月19日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『お律と子等と』『神神の微笑』『奇怪な再会』『奇遇』『俊寛』『捨児』『報恩記』『妙な話』を登録する。校正者は、かとうかおりさんです。(AG)



1998年12月14日
 j.utiyamaさんが入力された
『大日本帝国憲法』梶井基次郎『闇の書温泉』を登録する。校正は、『大日本帝国憲法』が柳沢成雄さん、『闇の書・海』がJukiさん、『温泉』が二宮知美さんです。(AG)



1998年12月13日
藤下真潮さんの『インターミッション』をリンク登録する。先に登録ずみの『イブ』の続編である。近未来を舞台にしたタイプの小説がお好きな方はぜひ一度読んでみてほしい。青空文庫は「インターネット図書館」をうたっているが、実態は正直なところ「本棚」であると思っている。この本棚にいろいろな人がどんどん「自分の本」を預けていってほしい。青空文庫という本棚を通じて商業出版一般の網からこぼれ落ちた、もしくは最初から網にかかりようのない作品と読者との関係が豊かになればと思う。商業出版の網は、「大型の魚」しかつかもうとしない特殊なものなのだから。(楽)



1998年12月11日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『アグニの神』『早春』、古川順弘さんが入力された宮沢賢治『農民芸術概論農民芸術概論綱要』を登録する。校正は、『アグニの神』がかとうかおりさん、『早春』が奥西久美さん、『農民芸術概論・農民芸術概論綱要』が丹羽倫子さんです。(AG)



1998年12月10日
小熊秀雄全集の
第20分冊『大波小波』を登録する。入力は八巻美恵さん。もともとは新聞に掲載された時評集で、内容的には美術、文学、さらには政治にまで及んでいる。新聞の匿名コラムなので、さすがに小熊らしい大胆さには欠けるところがある。しかし、小林秀雄が一刀両断されたり、当時次々に転向していった知識人たちが槍玉にあげられたり、表現は抑えてあっても、その視線は鋭い。読み進めながら知識人のいいかげんさを知るにつれ、なんだ、当時もいまも結局は同じじゃないか……という気持ちにもおそわれる。(楽)



1998年12月8日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『竜』『疑惑』『妖婆』『魔術』『葱』『尾生の信』を登録する。校正者はかとうかおりさんです。(AG)



1998年12月7日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『片恋』『英雄の器』『るしへる』『邪宗門』『毛利先生』『犬と笛』を登録する。校正者はかとうかおりさんです。(AG)



1998年12月6日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介『仙人』『忠義』『二つの手紙』を登録する。校正者はかとうかおりさんです。(AG)



1998年12月2日
 earthianさんが入力された
芥川龍之介『地獄変』とj.utiyamaさんが入力された芥川龍之介『六の宮の姫君』を登録する。校正者は、『地獄変』がj.utiyamaさん、『六の宮の姫君』が林めぐみさんです。師走に入って、この2作品を読むのは中々辛いものがあります。(AG)



1998年12月1日
 先月22日付けで文庫の書棚に迎えた、
『われらリフター』『五味氏の宝物』に続いて、佐野良二さんの『闇の力』『飛び出しナイフ』『尾なし犬』を登録する。三作はいずれも、構想社から刊行された佐野さんの第二創作集、『闇の力』からのもの。表題作は、第27回北海道新聞文学賞を受けている。
 佐野さんのページには、『闇の力』に対する「本を出してしまってからのあとがき」が置いてある。その一節の「人は暗闇にあっては眼を見ひらいてかすかな光をも得ようとし、逆に明るすぎれば眩しさに眼をつぶってしまうものだ。」という言葉が、読み終えた今、闇に揺れるろうそくの炎のように心に灯っている。
 ファイルを閉じて、佐野さんにこんなメールを書いた。

「人が結局のところ残酷であったり、自己の生存や利得を最優先したり、そうした人同士が演じる劇があくまで無慈悲であり、突然の生物的死が強いる結末が文脈を構成しなかったりといったすべての〈無意味〉は、私にとって、至極当然のことのように思えます。
 神なきところ、〈意味〉を生じさせうるのは唯一、人の高次の精神機能以外なにがあるのでしょう。
 一人の表現者にとっては新しい発見であるのかもしれませんが、〈無意味〉なものを〈無意味〉であると描かれても、「それで?」と聞いてみたい以上の、心の動きはありません。
 私が見たいのは、〈無意味〉の中で意味を生じさせようとする、一瞬の意識のきらめきです。
 直接は知らない。
 けれど、今ここで膨大な歴史の集積の上に立って、出現の頻度においては希有であっても確かに存在する美しいものの数々と向き合って、私はそうしたきらめきが人の歴史の闇を、繰り返し流れ星のように駆け抜けてきたことを知っています。
 人の力を合わせれば、星を飛ばすくらいの力は発揮できるのでしょう。
 そうしたまとまりとしての業に人を向かわせるのは、闇の中で微かな光を求め、無意味の混沌の中でせめて掌に綴れ織りの一つを編み上げて一生を終えたいと願う心であろうと思います。
 あくまで闇を描きながら、『闇の力』は、流れ星が今まさに現れようとする予感にあふれています。
『われらリフター』と『五味氏の宝物』の登場人物が、ほんの一瞬かいま見せる横顔の陰の深みを、『闇の力』を読んではじめて測れたように思いました。」

 佐野さん、あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。(倫)



1998年11月30日
「日本語の文字と組版を考える会」は、DTPに携わる専門家のグループだ。「雑誌や書籍の組版工程をコンピューター化することには、合理性も、可能性もある。けれど、作業を担う人の大幅な入れ替わりを伴いながらDTPが普及していく中で、活版、写植時代に育まれてきた、美しく、読みやすいページを組み上げるプロの知恵が失われてしまった」こうした危機感を持つ人が集い、DTPという新しい場で、継ぐべき伝統を継ぎながら組版の秩序を再構築しようと試みている。
 世話人である柴田忠男や前田年昭さんが、JIS漢字コードで「漢字が殺される」といった見解に、正面から対峙する論陣を張ってこられたことは、ご存じの方もあるだろう。
 同会では、二月に一度のペースでセミナーを開いている。参加者における頑固者の割合がきわめて高い催しで、フロアーと壇上とで厳しい質疑が続き、講演者が論破されて立ち往生といったスリルが味わえる。次回セミナーのテーマは、「『新しい読書』をめぐって…」で、副題として「意義と意地(とやせがまん)」が付いている。青空文庫から、富田倫生。紙で作るか、電子ファイルとしてまとめるかを問わず、コンピューターの力を最大限活かしながら、自分たちの出版の拠点を固めていこうと奮闘する
ひつじ書房から、松本功さん。エキスパンドブック、T-Timeの開発元であり、青空文庫にサーバーを提供してくれているボイジャーから、萩野正昭さんが講師として並ぶ。
 12月6日(日曜日)12時30分〜16時30分。会場は東京の飯田橋。詳細は、同会のウェッブページで。用意していただいた会場の席が、少し多めに残っている。「電子テキストを交換する上では、T-Timeが指し示す〈レイアウトを消失させた方法〉も有効なのではないか」と、レイアウト職人のまっただ中で話し、見事花と散ってこようと思う。是非、ご参加ください。(倫)



1998年11月30日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「乙女」とearthianさんが入力された芥川龍之介『春の心臓』を登録する。校正者はどちらもj.utiyamaさんです。(AG)



1998年11月29日
中原中也の詩集『山羊の歌』を登録する。中也の作品は青空文庫では初の登録である。「汚れつちまつた悲しみに……」や「生ひ立ちの歌」など著名な作品が多く含まれているが、他の作品にもぜひ目を向けていただきたいと思う。そこから放射されてくる若々しい精神は、現在のようて騒がしい時代だからこそよけいにまぶしく、感動的である。(楽)



1998年11月28日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「薄雲」と「朝顔」を登録する。校正者は渥美浩子さんです。(AG)



1998年11月27日
 j.utiyamaさんが入力された
梶井基次郎『筧の話』『器楽的幻覚』を登録する。校正者は、福地博文さんです。(AG)



1998年11月26日
 earthianさんが入力された
芥川龍之介『猿』『バルタザアル』を登録する。『猿』の校正は高橋美奈子さん、『バルタザアル』の校正は山本奈津恵さんです。みなさんありがとうございました。(AG)



1998年11月23日
 青空文庫のテキストを使って、縦書き版のNewton Bookを作りたいと申し入れてくれた楠本紀雄さんから、「公開開始!」の連絡をいただいた。
 文庫作品のNewtonへの利用は、
Quiet PressのRIKIさんに続いて、二度目だ。今回の楠本さんのものには、新たに縦書きという要素が加わっている。
 Newtonを持っておられる方は、『或日の大石内蔵助』縦書版へどうぞ。楠本さんのページには、これ以外にもNewton用に作られた自作のソフトが用意されている。Newtonのない方も、我々のために楠本さんが用意してくれたサンプルページで、どんなふうに読めるか、感じがつかめる。ちなみに表示例は、「MessagePad2100J上でGothicフォントを使用した時のもの」ということだ。
 自分で育てる気がなくて、売り先も見つけられないのなら、せめてAppleはNewton関連の技術を公開してほしい。それが、このプラットフォームとユーザーに対する、最低限の責任の取り方ではないか。とここまで書いて、しばらく考えてみても、それ以上なにも言いようがない。ため息一つ。

 と書いたとたんに、多村栄輝さんと楠本さんから、「RIKIさんの前に難波哲夫さんが、文庫のテキストによるNewtonBook作成に着手されていた」と指摘があった。難波さんによるブックは、NIFTYのFNEWTONで公開されている。難波さん、皆さん、失礼いたしました。(倫)



1998年11月22日
 佐野良二さんの
『われらリフター』と、『五味氏の宝物』を登録する。
 佐野さんの作品は、「ryojiの書斎」と名付けられたページにおじゃまして、まず『五味氏の宝物』から読んだ。ページをめくるうち、減っていく残りが惜しくなる作品がある。『五味氏の宝物』がそれだった。悪書コレクションの最終的な行方が、もう少しで明らかになってしまうのが悔しい。もっともっと夜がうんと更けるまで(^^;)、その道の先輩から、ワ印の蘊蓄を聞いていたかった。
『われらリフター』は逆に、引きずられるように先へ先へと読み進み、クライマックスではT-Timeのページをめくる一瞬の間が、もどかしくてしょうがなくなった。面白い。うまい。深い。リフターの影が、西陽に長く伸びて跳ねる場面で、はっきりと絵が見えた。そこから先は、周防正行監督の手並みで造形されたシーンの中を、登場人物が動き始めた。そんなふうに感じたのは、私一人ではなかったらしい。
 読み終えて、抱腹絶倒のこの物語には、佐野さんの人生がかかっていると思った。作品の余韻にしばらくひたっていると、熟成したこんな豊かな実りを分け与えてくださった佐野さんに、私はなにが返せるのか、気になりだした。(倫)



1998年11月19日
 真先芳秋さんが入力された
夏目漱石『私の個人主義』を登録する。校正者は、かとうかおりさんです。この『私の個人主義』は、1914年11月に行われた学習院での講演をまとめたものです。当時の日本、および日本人と、現在の日本、および日本人の、その根本的な部分は何も変わっていないのではないかと考えさせられました。(AG)



1998年11月18日
 いままでトップページに「改版された作品」というコーナーを設け、ファイルに訂正が行われた場合には、そこに作品名を載せるようにしていました。しかしアップしてすぐに、入力者、または校正者が間違えを見つけた場合などは、そこに載せていませんでした。
 今回、そういった曖昧な点を解決するため、
「訂正のお知らせ」というページを新たに作り、ファイルの訂正が行われたらすべてそこに記載するようにしようと思います。そして、間違えを見つけた方のお名前もそこに一緒に記載するようにいたします。もしテキストを読んでいて、「?」と思われることがありましたら、例えそれが正しい可能性がある場合でも、メールをいただけると大変嬉しいです。(AG)



1998年11月17日
 j.utiyamaさんが入力された
梶井基次郎の『ある崖上の感情』を登録する。校正者は、多村栄輝さんです。(AG)



1998年11月16日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「絵合」と「松風」を登録する。校正者は、いつも芥川などの作品を入力していただいているj.utiyamaさんです。(AG)



1998年11月13日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『南京の基督』、earthianさんに入力していただいた芥川龍之介『酒虫』、そして平松大樹さんに入力していただいた中島敦『山月記』(新字・新仮名)を登録する。校正者は、『南京の基督』が柳沢成雄さん、『酒虫』と『山月記』が林めぐみさんです。みなさんありがとうございました。(AG)



1998年11月11日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『さまよえる猶太人』『道祖問答』『父』『野呂松人形』『ひょっとこ』『煙管』『MENSURA ZOILI』『運』を登録する。校正者はearthianさんです。そして同じくj.utiyamaさんに入力していただいた石川啄木『弓町より』『初めて見たる小樽』『石川啄木詩集』を登録する。校正者は八巻美恵さんです。みなさんありがとうございました。(AG)



1998年11月10日
夢野久作『瓶詰地獄他』を登録する。青空文庫初の久作作品の登場である。体裁としては中短編集の形をとってあり、収録したのは
「死後の恋」「瓶詰地獄」「悪魔祈祷書」「あやかしの鼓」の4作。うち、はじめの3作は林裕司さんが入力なさり、ご自身のウェブサイトhttp://member.nifty.ne.jp/lynn/pdd.htmlで公開されていたものを使用させていただいた。また、「あやかしの鼓」も同じく林さんのウェブサイトで公開中のものだが、もともとはディスクマガジン『電脳倶楽部』に掲載されたもので、こちらの入力者は上村光治さん。電子本としては小さなものだが、いろいろな人の力の集積である。転載を快く承諾してくださった『電脳倶楽部』の発行元、満開製作所にも御礼申し上げます。
なお、文体も用語も個性的な久作作品はルビつきで読みたいという要望が強いことと思う。エキスパンドブック版だけでなく、HTML版もT-Timeを使えばルビ表示ができるようにした。(楽)



1998年11月10日
小林多喜二『党生活者』を登録する。テキスト入力は細見祐司さん。底本には、いまは品切れ状態と思われる新日本文庫版が使われている。日本のプロレタリア文学を代表する作品といわれる中編小説だが、現在、この傾向の作品は書かれることも読まれることもほとんどない。日本が無謀な戦争へと突き進んでいった時代、そうした国策の賛美者はもちろん、現代のわれわれとも全く違う価値観を持ち、自らの信条に従って生きた一群の人間たちの像を読みとっていただければと思う。(楽)



1998年11月7日
 視覚障碍者読書支援協会の浦口明徳さんにお目にかかった。
 直接顔を合わせるのは、呼びかけ人の野口(AG)さんが二度目、私(富田)は初めてだ。
 その名の通り、協会は、視覚障碍者がより幅広く本に親しめるようにと活動している団体だ。「視覚障碍者への読書支援」と聞いて、まず、思い浮かぶのは点字だろう。一方、協会が重きを置いているのは、大きな文字を使った、拡大写本だ。
 視覚に障碍を持つ人は、日本に約35万人いるという。そのうち、まったく目の見えない全盲の人は12万人で、点字を読める人はさらにその三分の一の、4万人に限られる。23万人の弱視者と、全盲でも点字に親しんでいない人には、異なった読書のための支援がいる。具体的には、文章を声で読んだ朗読テープと、拡大写本だ。
 音訳と呼ばれる、本を読んで朗読テープを作るボランティアと、点訳を担ってくれる人はそれぞれ、1万5000人ほどいるらしい。私の義理の母も音訳の手伝いをしていて、『本の未来』を書いたときには、一冊丸ごと吹き込んでくれた。それに対し、拡大写本作りにあたる人は、1500人と極端に少ない。
 拡大写本の作り方を聞いて、驚いた。今でも、手書きが中心なのだという。
 点字や音訳による全盲者への支援は、あくまで比較の問題ではあるが、体制が整っている。一方、視覚障碍者の65パーセントを占める弱視者への、拡大写本によるサポートは、極端に立ち後れてきたらしい。
 学生時代から点字ボランティアに携わってきた浦口さんは、パソコンやワープロが普及していく中で、これを利用すれば、弱視者への支援を強化できるのではないかと考えるようになった。本をテキスト化しておけば、弱視者の視力に合わせた大きさの文字で、彼らにとって望ましいゴシック系の文字を使って簡単に打ち出せる。(縦に対して横の細い明朝は、弱視者にとって読みにくいのだそうだ)製本には金がかかるが、印刷に比べれば安くすむし、いろいろと自由度が高い。
 本がテキスト化してあるのなら、プリントアウト以外にも、さまざまな展開が考えられる。
 たとえばT-Timeのように、自由にフォントや文字サイズの変えられるブラウザーがあるなら、弱視者はコンピューターの画面で本を読める。
 音声合成の技術がもっと頼りになれば、パソコンに読んでもらえばいい。
 点字文字の凹凸を、特殊なパッドに出力する専用の装置を使って、指先で読んでもらうこともできる。もちろん、紙に出力した伝統的な点字で利用してもらっても良い。
 浦口さんたちのグループは、大本となるテキストを原文データーと呼び、拡大写本や音訳、点字への流れを付けていこうと考えている。手薄になっている点を考慮して、特に重点を置いているのが拡大写本だ。

 青空文庫が始まって間もない時期、野口さんが協会の勉強会に参加した。
 文庫の作業の進め方を示す、青空工作員マニュアルをまとめる際には、協会が準備した、『原文入力ルール』を参考にした。電子テキスト化に際しておさえるべきポイントを学ぶことと、文庫のファイルを協会に利用してもらう点を意識してのことだ。入力者注を「[*」で示したり、ルビを「《》」内におさめたり、連続する漢字の中でルビの付く部分を区切る際に「|」を用いるといったルールは、協会のものをなぞっている。
 これまで文庫では、このルールに則って入力したファイルをテキスト版として用いると共に、HTML版もそこに単純にタグを付加して作ってきた。けれど、ブラウザー上で読む性格が強く、T-Timeに流し込まれる可能性の高くなるHTML版には、もっと読みやすくする配慮が合って良いのではないかと声があがった。合わせて、エキスパンドブック版の外字処理も、もっとも読みやすいだろう、本文中にグラフィックスを埋め込む形に移行することを検討した。
 こうした方針変更を行うか否か判断する材料として、浦口さんたちが『原文入力ルール』に込めた意図と、文庫のテキストを視覚障碍者に使ってもらう上で、方針変更が足を引っ張らないかを確認するために、時間をとっていただいた。
 打ち合わせの結果、テキストは従来、工作員マニュアルに示したとおりのルールで今後も入力し、HTML版とエキスパンドブック版は、もっと読みやすい形式に変更していくことにした。

 視覚障碍者読書支援協会は、テキストを源流に据えて、拡大写本、音声、点字のそれぞれに活用していこうとする、いわば「ハイテック派」だ。こうした認識は、青空文庫の考え方と重なり合っている。私には、浦口さんの話がよく分かる。
 けれど、視覚障碍者を支えるボランティアの人たちが、こうしたやり方にすぐに賛同してくれるとは限らない。支援者はこれまで、目の前にいる、支えるべき人の顔を直接見ながら、手作業で一冊の本を書き写し、点字本を仕上げ、本を朗読してきただろう。受け取ってくれる人との直接のつながりが、作業にあたる力を引き出してくれていたはずだ。規模の小さなボランティア・グループが、横の連絡なしにそれぞれの活動を続け、支援体制が分散化されたままだったことは、手作業による「一品生産」の時期にはむしろ、当然だったのかもしれない。
 こうした時期を担ってきた人たちに、まったく異質のコンピューター流の考えを押しつけるのは難しいだろう。コンピューターやネットワークに慣れた者には当然に思える考えを、視覚障碍者支援の場に持ち込むことがいかに困難か、体験を語ってくれる浦口さんの話を聞きながら、「大地はゆっくりあたたまる」と、この日もまたそう思った。
 私たちがテキストを用意しておけば、やがて浦口さんのような人が増えて、視覚障碍者へと続く流れが、幾筋も育っていくだろう。焦ることも、非力を嘆くこともない。自分たちの役割を、ここで淡々と果たしていくことなのだろう。
 視覚障碍者読書支援協会の活動の詳細は、
彼らのウェッブページで知ることができる。先を行く浦口さんたちにならって、私たちも自分の足許から、ゆっくり大地をあたためたい。(倫)



1998年11月7日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『雛』『貉』を登録する。校正者は、『雛』が福地博文さん、『貉』がearthianさんです。みなさんありがとうございます。また、渡辺宏さんが開いているホームページ「森羅情報サービス」に、宮沢賢治『春と修羅』初版本のエキスパンドブック版が登録されました。図書カードにリンクを張りましたので、そちらも御覧ください。(AG)



1998年11月6日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「蓬生」と「関屋」を登録する。校正者は渥美浩子さんです。渥美さん、いつもありがとうございます。(AG)



1998年11月5日
長谷悟さんの現代語訳による
『落窪物語−第三巻・第四巻』を登録する。「継子いじめの物語の先駆」と言われる王朝物語の後半部であり、これで青空文庫版の『落窪物語』は完結となる。(楽)



1998年11月5日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「澪標」と柴田卓治さんが入力された宮沢賢治『風の又三郎』を登録する。校正者は、「澪標」が渥美浩子さん、『風の又三郎』は私が行いました。(AG)



1998年11月3日
 サーバーのメンテのため、アクセス出来ずに大変ご迷惑をおかけいたしました。お詫び申し上げます。

 佐藤和人さんが入力された
横光利一『時間』を登録いたしました。校正者は、かとうかおりさんです。ありがとうございました。(AG)



1998年10月29日
 j.utiyamaさんが入力された
国木田独歩の『たき火』を登録する。校正者は八巻美恵さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年10月28日
 小林徹さんが入力された
有島武郎『水野仙子氏の作品について』水野仙子『輝ける朝』を登録する。校正は、『水野仙子氏の作品について』を山本奈津恵さんが、『輝ける朝』を丹羽倫子さんが行ってくださいました。みなさん、ありがとうございました。また、小林さんが開いている「水野仙子ホームページ」も一緒に合わせて御覧ください。(AG)



1998年10月27日
 先日登録いたしました
新美南吉『ごん狐』に、校正ミスがあることを篠宮さんが発見してくださいました。ありがとうございました。(AG)

(誤)森の中に穴をほって住んでいました。
(正)森の中に穴をほって住んでいました。



1998年10月26日
 石井健児さんが入力された
宮沢賢治『やまなし』を登録する。校正者は高橋美奈子さんです。そして、Hitoshi Naganoさんが入力された中島敦『名人傳』(旧字・旧仮名)と大内章さんが入力された中島敦『名人伝』(新字・新仮名)を登録する。校正者は両方ともj.uiyamaさんです。旧字・旧仮名バージョンと新字・新仮名バージョンの同時登録は今回が初めてです。特に旧字・旧かなの入力、校正は大変ではなかったかと思います。私も「JIS漢字字典」を手放せませんでした。みなさんご苦労さまでした。(AG)



1998年10月24日
 渡辺宏さんが開いているホームページ
「森羅情報サービス」にある、復刻初版本を元に入力された宮沢賢治『春と修羅』を登録させていただく。渡辺さんはこの初版本『春と修羅』の他に、マイクロテクノロジー社から発売されているCD-ROM「宮沢賢治全童話集」のテキストを使って、すべての童話作品をHTML化されています。このCD-ROMのテキストは、「購入したみなさんの自由な発想のもとで再構成、校正、挿し絵、解説、注釈付加などをし、健全な出版文化の拡大再生産に貢献する形で利用すること」は許されています。つまり、そのテキストを使って、自分なりに手を加えてホームページを作ることは許されています。一度、渡辺さんのホームページもお立ち寄り下さい。(AG)



1998年10月23日
岩本良子さんの『先生まるちょうだい』を登録する。もともとは印刷物の書籍として自費出版された作品で、それを著者の岩本さんが「60の手習い」で習得なさったというパソコンを駆使して入力。すでにご自身のホームページで公開されていたものを今回エキスパンドブックにまとめさせていただいた。内容は、40歳になって始められたという学習塾での経験について子供たちとの出会いを中心につづられた回想記。学習塾とはいっても昨今大隆盛の「受験のための塾」とは全く質を異にするものであることは、本文を読んでいただければだれにでもわかるだろう。中学生の子を持つ親としては、読みながら、こういう塾が身近にあればいいのに……と、再三思ったことだった。
なお、HTML版(リンク登録)には多数の写真や図版が掲載されているが、エキスパンドブック版ではファイルサイズを考え、最少限にとどめた。(楽)



1998年10月23日
新美南吉『ごん狐』を登録する。テキスト入力は林裕司さん。もともと林さん個人のウェブサイトで公開されていたテキストを引き取らせていただき、HTMLやエキスパンドブックに仕立て直した。その際、入力時に使った底本が不明ということなので、テキストファイルも含めて、表記は最もオリジナルに近いと思われる岩波文庫版に合わせた。改変前のテキストは、林さんのサイトhttp://member.nifty.ne.jp/lynn/pdd.htmlから別途ダウンロードできる。
こういう形ですでにインターネット上にあるテキストを提供していただけるのは、とてもありがたい。林さんのサイトには夢野久作の中短編が置かれていて、こちらもじきに青空文庫に登録させていただく予定である。(楽)



1998年10月23日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「明石」を登録する。校正者は、横木雅子さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年10月22日
10月7日の「みずたまり」で藤下真潮さんが
「オリエントの舌」の誤植を指摘してくださいました。著者の藤本和子さんにお願いして、青空文庫開設にあたって電子化した作品です。当時は(といってもたった1年前ですが)HTML版は視野になく、テキストデータとエキスパンドブックだけを用意しての出発でした。誤植の訂正をきっかけにHTML版も用意しました。そのうちHTML版を作らなければと思い続けていましたので、藤下さんには二重の意味で感謝しています。次の目標は『砂漠の教室』(「オリエントの舌」はその一部)全編の登録ですね。
この本が出版された1978年当時は入手しにくかった材料も今では容易に手に入ります。「オリエントの舌」のレシピを参考に、文化と深く結びついた中東料理をぜひ作ってみてください。意外にかんたん、味は保証します。(八巻)



1998年10月21日
 j.utiyamaさんが入力された
国木田独歩の『源おじ』『武蔵野』を登録する。校正者は八巻美恵さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年10月20日
 j.utiyamaさんが入力された
梶井基次郎の『蒼穹』芥川龍之介の『湖南の扇』を登録する。校正は、『蒼穹』は私が、『湖南の扇』は柳沢成雄さんが行いました。(AG)



1998年10月19日
 昨日を持ちまして、
新潮社さんから提供していただきました夏目漱石の10作品を削除させていただきました。ちょっと気落ちしていた所に、早速、いつもテキスト入力の協力をいただいている柴田卓治さんと真先芳秋さんから、「吾輩は猫である」と「坊っちゃん」を入力しましょうとの嬉しい申し出がありました。本当にありがとうございます。どちらも長編ですので、大変でないかと思うのですが、よろしくお願いいたします。(AG)



1998年10月17日
 j.utiyamaさんが入力された
梶井基次郎の『冬の日』、そして、古村充さんが入力された宮沢賢治『毒もみのすきな署長さん』を登録する。ありがとうございました。(AG)



1998年10月15日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「須磨」を登録する。校正者は、福地博文さんです。ついに源氏の君は左遷されてしまったんですね。(AG)



1998年10月14日
 PalmPilotと名付けられた、小さな電子機器がある。
 アップルコンピュータのNewtonよりももう少し小振りの、PDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)と総称されているものの一つだ。電子手帳的な使い方に加えて、アダプターと組み合わせれば通信に対応できる。青空文庫のような、ウェッブページの閲覧も可能だ。本当に小さいから、胸のポケットにでも入れて、どこにでも気軽に持っていける。

「このPalmPilotで読めるように、青空文庫の作品をファイル変換させてもらえないだろうか」という申し入れがあった。
 文庫の収録作品自体を売り物にするという、直接的な商業利用をのぞいて、波紋が広がるように利用の可能性が開けていくのは大歓迎だ。著作権の生きている作品に関してはそのたびに権利所有者の了解を得る必要があるが、切れたものならどんどん進めてもらってかまわない。
 これまでもQuiet PressのRIKIさんが、文庫作品をNewton用のファイルに整え、
ご自身のウェッブページに置いて下さった。
 ところが、「こちらこそ、お願いします」と答えたのと前後して、夏目漱石の作品を取り下げることが決まった。大変申し訳ないことに、提案して下さった方がまず用意されたのが、夏目作品だった。
「PDP Pilot Data Paradise」と名付けられたサイトで公開されているPalmPilot用の夏目作品は、青空文庫からの削除とタイミングを合わせて、10月18日いっぱいで取り下げていただくことになった。
 サイト上で名前を示しておられないので、ここでも伏せさせていただきますが、これに懲りず、是非PDP用へのファイル変換を推し進めてくださいますよう、お願い申し上げます。青空文庫PalmPilot分室が育てば、確かな波紋が、また一つ広がるでしょう。(倫)



1998年10月14日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『玄鶴山房』を登録する。校正者は、かとうかおりさんです。ありがとうございました。(AG)



1998年10月13日
 青空文庫には夏目漱石の作品が幾つか収められています。このうち、『虞美人草』『行人』『こころ』『三四郎』『それから』『彼岸過迄』『坊っちゃん』『明暗』『門』『吾輩は猫である』
の10作品は、新潮社さんのご厚意により、CD-ROM『新潮文庫 明治の文豪』に収められているテキストをご提供していただきました。  ただ、このテキストを青空文庫にアップするということは、新潮社さんにとっては、あくまで実験的なことにすぎず、もし何かしら問題が起きたときには、すみやかに取り下げると言うことが一つの条件でした。

 そこで一つの問題が発生しました。青空文庫を御覧頂いた地方の出版社の方が、このテキストを使って夏目漱石の本を出版させて欲しいと新潮社さんに申し出たということです。電子テキストを入力するという作業は、そこにお金も発生しますし、校正にもお金がかかります。それ自体に権利が発生するということは難しいのですが、一企業としては、そういうお金がかかったテキストを他で営利目的で利用されることは心中おだやかではありません。このまま青空文庫にテキストをアップしている限り、このような問い合わせが続く可能性があります。そこで、現在アップしている10作品を取り下げて欲しいとのことでした。

 私たちも、問題が起きたら取り下げる、ということが一つの条件でしたので、このような問題が起きた以上、テキストを取り下げたいと思います。上記の10作品ですが、残念ながら、10/18を持ちまして、青空文庫から外させていただきます。この10作品はいずれ新規に入力・校正して青空文庫に再登録したいと思います。

 私たちも「出版社の権利」というものは尊重したいですし、この情報化時代に即したガイドラインを提示していただければそれに沿って、この青空文庫を運営していきたいとも考えています。このような時代のはざまに、実験とは言え、テキストを提供していただきました新潮社さんに感謝いたします。(AG)



1998年10月13日
 j.utiyamaさんが入力された
梶井基次郎の『ある心の風景』を登録する。校正者は陸野義弘さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年10月12日
藤下真潮さんの『イブ―覚醒儀式―』を登録する。小説だが、冒頭に大きな表組が使 われているなど、レイアウト上の問題があって、今回はHTMLのみの登録とする。以下、著者の藤下さんから本来図書カード用として送られてきたメッセージの一部を引いておく。(楽)

……無為の日々の繰り返し過ごしていると、自分の中に澱のような物が溜まってくる のが感じられる。村上春樹はその澱を「無力感」と呼び、それを「回転木馬によるデ ッドヒート」の結果だと言った。
 そうなのかもしれない、日々は回転木馬のデッドヒートであり、時代は単なる繰り 返しに過ぎないのかもしれない。けれど、その繰り返す時代が、やがて我々を見知ら ぬ地平へと向かわせる様な気がする。その見知らぬ地平に立った時、繰り返す日々が 本当の意味で重要だったと思う日が来るのかもしれない。この作品は作者のそんな想 いを根っこに抱えています。
 本作品は21世紀中盤に発生した10億人の累積餓死者をだす未曾有の惨劇から、 50年経過後のとりあえずの混乱が収束した世界を舞台にしています。プランツと呼 ばれた合成人間の”少女”が制作者である老科学者のもとに戻ってきたときから始ま ります。単なる機械仕掛けに過ぎなかった”少女”が人間としての自我を持ち始めた とき、老科学者の胸に去来した惨劇の記憶。これはそうゆうSF作品です。
 ある惨劇が発生するにはそれに至る経緯と環境を含めた時代のなせる技という側面 があります。その意味で冒頭の年表は面倒かもしれませんが、お読みになっていただ くと作品が理解しやすいかと思います。
 この作品は3部作の予定でおります。今後の作品の為にも感想、非難(^^;叱咤激 励など、お待ちしております。
mail: mash@m-net.ne.jp
 なお作中の”プランツ”と呼ぶ合成人間の設定に、川原由美子著「観用少女」(朝 日ソノラマ刊)の”プランツドール”の設定を借用させて頂いております。



1998年10月12日
 earthianさんが芥川龍之介の『秋』に、j.utiyamaさんが芥川龍之介の『羅生門』に、そして高橋じゅんやさんが横光利一の『機械』に、それぞれ入力ミスを発見してくれました。みなさん、どうもありがとうございます。(AG)

芥川龍之介『秋』、ルビ付きテキスト

(誤)不相変気《あひかはらず》の利いた冗談
(正)不相変《あひかはらず》気の利いた冗談

芥川龍之介『羅生門』、すべてのフォーマット

(誤)日の目が見えなくなると
(正)日の目が見えなくなると
 *エキスパンドブック版4ページ12行目

(誤)云ばどうにもならない事を
(正)云わばどうにもならない事を
 *エキスパンドブック版6ページ15行目

(誤)さきから朱雀大路に
(正)さっきから朱雀大路に
 *エキスパンドブック版7ページ1行目

(誤)ばたの土の上で
(正)道ばたの土の上で
 *エキスパンドブック版7ページ10行目

(誤)うして、この門の上へ
(正)そうして、この門の上へ
 *エキスパンドブック版7ページ11行目

(誤)虱をとるうに
(正)虱をとるように
 *エキスパンドブック版12ページ15行目

横光利一『機械』、すべてのフォーマット

(誤)細君の何に彼に反感をさえ感じて来て
(正)細君の何に彼に反感をさえ感じて来て
 *エキスパンドブック版21ページ12行目




1998年10月11日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『大導寺信輔の半生』『世之助の話』を登録する。校正は、『大導寺信輔の半生』がearthianさん、『世之助の話』が柳沢成雄さんです。みなさん、ありがとうございました。(AG)



1998年10月10日
 j.utiyamaさんに入力していただいた梶井基次郎の
『Kの昇天』『桜の樹の下には』を登録する。校正は、『Kの昇天』を私が、『桜の樹の下には』はearthianさんが行いました。ありがとうございました。(AG)



1998年10月8日
桑原一世さんの『人間の基本−いじめっ子はなぜ生まれるか』を登録する。桑原さんはすばる文学賞を受賞した『クロス・ロード』など主に小説の分野で活躍してきた人だが、今回の登録作品は「人間という動物が犯してきた数々の悪行」を振り返りながら、「ヒトの本質」について徹底的に考察した評論。約1年を費やした書き下ろしである。読んでいただけばわかるが、こういう豪速球タイプの文章は、いまの出版界では発表の場がとても限られる。登録受付担当者としては、いずれ印刷物の書籍にもなることを願いつつ、まずは青空文庫を支持してくださる皆さんに贈りたい。(楽)



1998年10月8日
 幾人かの方から、夏目漱石の各作品のHTMLファイルに文字化けがあるとの指摘を受けました。調べてみると確かに文字が化けている。化けているどころか、変な文字のだぶりもある。しかし、テキストファイルを見てみると何ともない。
 今の所原因ははっきりとわからないのですが、一度サーバー上のデータをすべてまとめて圧縮し、それをローカルのハードディスクに持ってきて解凍したときに問題が起こったのではないかと考えています。それ以外に何もやっていないので、このことしか疑う部分がありません。
 とにかくすべてのHTMLファイルを修正するつもりでいます。ご指摘下さったみなさん、ありがとうございました。(AG)



1998年10月7日
 j.utiyamaさんが入力された
梶井基次郎の『雪後』と、haseさんが入力された與謝野晶子訳『源氏物語』の「花散里」を登録する。校正は、『雪後』は私が、「花散里」は福地博文さんです。みなさん、ありがとうございます。(AG)



1998年10月6日
長谷 悟さんが現代語訳をなさった
『落窪物語−第一巻・第二巻』を登録する。『落窪物語』はいわゆる王朝物語の1つで、「継子いじめの物語の先駆」ともいわれる作品。男性の作と想像されており、この後に出現した『源氏物語』その他、女性による作品とはずいぶん趣が違う。今回登録するのはその前半部だが、後半部もじきに登録できることと思う。(楽)



1998年10月6日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介の『年末の一日』を登録する。この『年末の一日』は、夏目漱石の墓参りをスケッチしたほんの短い作品。(AG)



1998年10月5日
 j.utiyamaさんが入力された
芥川龍之介の『点鬼簿』『尾形了斎覚え書』を登録する。校正は、『点鬼簿』が山本奈津恵さん、『尾形了斎覚え書』は私が行いました。このままj.utiyamaさんの入力ペースで行くと、芥川龍之介全集が出来てしまうかもしれません。そうしたら、CD-ROMか何かにまとめたい気もします。(AG)



1998年10月4日
 福田芽久美さんが入力された
芥川龍之介の『偸盗』を登録する。
 福田さんはこの作品を読むと映画のように場面が浮かぶそうです。映画好きな私も、ちょっと色々キャストを考えてしまいました。このキャティングのポイントは、何と言っても「沙金」の配役でしょう。もし、黒澤明が70年代くらいに『偸盗』を撮っておいれば、「沙金」には原田美枝子を起用したかもしれない。でも、現在の女優で、果たしてピッタリ当てはまる人がいるのかどうか? しいて言えば、少し痩せすぎだけど天海祐希くらいかな。などと、くだらない事を考えてしまいました。(AG)



1998年10月3日
 山根鋭二さんが入力された、
葉山嘉樹の『淫賣婦』『セメント樽の中の手紙』を登録する。校正者は、かとうかおりさんです。ありがとうございました。(AG)



1998年9月30日
 小林徹さんが入力された
三島霜川『解剖室』を登録する。校正は関延昌夫さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年9月29日
 鈴木厚司さんが入力された
岡本かの子『鮨』テニソン作・坪内逍遥訳『シャロットの妖姫』を登録する。鈴木さんは自分のホームページを持っていて、そこに青空文庫からリンクさせていただいています。自分で入力されたテキストを自分で管理することができるというのは一つの利点かもしれません。鈴木さんはその利点を生かして、ボイジャー社のT-Time対応のHTMLファイルなども用意されています。鈴木さん、今後ともよろしくお願いいたします。(AG)



1998年9月25日
藤下真潮さんが入力とHTMLファイル化をなさった
『實語教』を登録する。『實語教』といっても多くの方がぴんと来ないのではないかと思うが、

山高故不貴 以有樹為貴 山高きが故に貴からず。木有るを以て貴しとす。
人肥故不貴 以有智為貴 人肥えたるが故に貴からず。知有るを以て貴しとす。
富是一生財 身滅即共滅 富は是一生の財なり。身滅すれば即ち共に滅す。
人不学無智 無智為愚人 人学ばざれば知なし。知無しを愚人とする。

と、冒頭の部分からいくつか抜き出せば、ああ…と、納得なさる方が大半だろう。日本人の意識の中に定着していて、ことわざ集などにも必ず出てくるが、しかしながら出典は多くの人が知らない。個々ばらばらに知られてはいても全体を知る人は少ない、不思議な運命のアフォリズム集である。文学作品に偏っている青空文庫の「一般教養部門」第一号というべきか。藤下さん、ありがとうございました。(楽)



1998年9月25日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「榊」の帖を登録する。校正者は渥美浩子さんです。これで、底本の上巻の143ページまで来ました。この本は二段組なので、角川文庫版で言うと358ページまで来たことになります。こんなに順調に来るとは思いませんでした。みなさんどうもありがとうございます。(AG)



1998年9月22日
 白田秀彰さんが、また入力ミスを発見してくださいました。
梶井基次郎『城のある町』ですが、エキスハンドブック版でいうところのp28、「そは指の傷だったが」は「それは指の傷だったが」の誤りでした。訂正させていただきます。白田さん、ありがとうございました。

 そして、haseさんが入力された與謝野晶子訳『源氏物語』の「葵」の帖を登録する。校正者は渥美浩子さんです。渥美さんには、この『源氏物語』の校正で大変お世話になっています。いろいろお忙しい中ありがとうございます。(AG)



1998年9月21日
 樋口和男さんが
泉鏡花の『外科室』の入力ミスを発見して下さいました。エキスパンドブック版でいうところのP19、「軽く見を起こして」は「軽く身を起こして」の誤りでした。樋口さん、ご指摘大変ありがとうございました。(AG)



1998年9月20日
 夏目漱石
『薤露行』を登録する。
 入力者は鈴木厚司さんです。鈴木さんはアーサー王伝説がお好きとのことで、漱石がアーサー王伝説を題材にして書いたこの作品にひかれて入力されたそうです。他の漱石作品とはひと味違った、中世ヨーロッパの雰囲気をお楽しみ下さい。
 鈴木さんはこの作品のために、HTMLと外字のGIFファイルとをセットにした圧縮ファイルを作って下さいました。ダウンロードして、そのままT-Timeやウェブブラウザで読むことができます。ありがとうございました。
 夏目漱石『幻影の盾』を登録する。
 『薤露行』と同様、中世ヨーロッパに材をとった作品です。こちらは元となった伝説は不明と言われていますが、より幻想色の濃い作品となっています。『薤露行』とあわせてお楽しみ下さい。
 校正者は、かとうかおりさんです。ありがとうございました。(LC)



1998年9月19日
 j.utiyamaさんに入力していただいた梶井基次郎の
『過古』を登録する。そして、haseさんが入力された與謝野晶子訳『源氏物語』の「花宴」の帖を登録する。校正者は渥美浩子さんです。みなさん、ありがとうございました。(AG)



1998年9月17日
 青空文庫開設当時、
X68000の電脳倶楽部にならって、まず日本国憲法を入力しよう、と思いながら、何故かそのことが後回しになってしまっていた。そうしたら、いつも入力をしてくれているj.utiyamaさんが入力してくださいました。何から何までいつもありがとうございます。ということで200冊目は『日本国憲法』です。(AG)



1998年9月16日
 j.utiyamaさんに入力していただいた梶井基次郎の
『路上』を登録する。そして、青空文庫初登場の幸田露伴の『突貫紀行』を登録する。入力者は真先芳秋さん、校正者は丹羽倫子さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年9月15日
 校正をお手伝いしていただいている丹羽倫子さんが、
八木重吉『秋の瞳』の入力ミスを発見してくださいました。エキスパンドブック版でいうところのP11の最終行、「みささざ」は「みささぎ」の誤りでした。丹羽さん、どうもありがとうございました。(AG)



1998年9月14日
小熊秀雄全集の分冊
11、『小熊秀雄詩集1、2』『風物詩篇』を登録する。このうち、4と5は、すでに登録ずみの『飛ぶ橇』と並んで詩人としての小熊秀雄の頂点を形づくる記念碑的詩集。昭和10年に刊行され、その独自の作風が日本の近代詩、現代詩の歴史にリアリズムの楔を打ち込んだ。都会の風物を描写した『風物詩篇』の軽妙にして鋭い批評精神もぜひ味わっていただきたい。(楽)



1998年9月14日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介の『手巾』を登録する。校正者は柳沢成雄さんです。みなさん、ありがとうございました。(AG)



1998年9月12日
 
束原和多志さんの『いないないヴァーチャる』を登録する。
 束原さんはチェコのプラハに在住の方です。この『いないないヴァーチャる』は、エキスパンドブックのエフェクト機能をふんだんに使い、不思議な雰囲気を醸し出している詩の本です。真っ黒なページも出てきますが、1ページずつ、焦らずに読み進めていって下さい。

 そして、j.utiyamaさんに入力していただいた梶井基次郎の『泥濘』を登録する。次は『路上』です。(AG) 



1998年9月11日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「紅葉賀」の帖を登録する。校正者は福地博文さんです。そして、j.utiyamaさんに入力していただいた芥川龍之介の『煙草と悪魔』を登録する。校正者は吉田亜津美さんです。みなさん、どうもありがとうございました。(AG)



1998年9月10日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「若紫」「末摘花」の帖を登録する。校正者は「若紫」がらんむろ・さてぃさん、「末摘花」が渥美浩子さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年9月8日
小熊秀雄全集の第10分冊、青空文庫での公開は4作目となる
『流民詩集2』を登録する。収録されているのは小熊秀雄の詩業の集大成ともいうべき最晩年の詩集の後半部、「漂泊詩集」と「愛情詩集」。なお、最初に公刊された詩集である『小熊秀雄詩集』、新聞のために書かれた都会の風物スケッチ『風物詩篇』もすでに入力が完了しており、近日中に登録できると思う。お楽しみに。(楽)



1998年9月8日
 j.utiyamaさんに入力していただいた梶井基次郎の
『城のある町にて』を登録する。
 この「城のある町」とは、三重県松坂市のことのようです。どんな小説でもそうですが、読むとその場所へ行きたくなってしまいます。本屋で旅行書を見てみると、城跡の写真があり、「城跡は高台になっていて、見晴らしが良い」と説明されている。梶井基次郎は、この高台から、結核で亡くした異母妹のことを思ったのだろうか。(AG)



1998年9月5日
 佐藤和人さんが入力された
横光利一『鳥』を登録する。
 私はこの『鳥』という作品を初めて読んだのですが、その不思議な雰囲気にすっかり魅了されてしまいました。このような作品をなかなか読むことが出来ないとは何とも悲しいです。佐藤和人さん、どうもありがとうございました。(AG)



1998年9月5日
 
平田剛士さんの『漁民解体』を登録する。
 平田剛士さんは北海道在住のフリーライター。この『漁民解体』は、北海道の泊村に原子力発電所が建設される際のその複雑な経緯が、その当時問題に携わった人達のインタビューを元に構成されている。国がどのようにして原子力発電所を建設する場所を決め、そしてどのように地元の人達を説得していくのか? 最終的に、安全性や環境破壊の問題に焦点が集まるのではなくて、補償金をいくら貰えるかということに集約されていってしまうのが悲しいです。(AG)



1998年9月4日
青空文庫初登場の
北村透谷『楚囚之詩』を登録する。明治元年に生まれ、銀座・泰明小学校時代に早くも(といっても、当時の小学校は8年制。透谷がこの小学校に転校したのは最上級生の8年、12歳のとき)自由民権運動の洗礼を受けた早熟の天才、透谷が20歳で公刊した長篇詩である。日本近代文学初の自由律による長篇叙事詩といわれる。
24歳で自殺した透谷は、一般的には内向的で内面だけがアンバランスに発達した典型的文学青年のイメージがあるが、実際はそうではない。少年時代は戦争ごっこが大好きで剣道の稽古に明け暮れる生活だったという彼は、長じてからも行動の人だった。そのことは、牢獄に捕らわれの身となった囚人の自由への渇望をダイナミックな語り口で描くこの作品からもはっきりとつかむことができる。この時代の作品には珍しい「!」や「?」が頻出する独特のスタイルも魅力的である。(楽)



1998年9月1日
 
『もう一つの著作権の話』などの作品を青空文庫に登録させていただいている白田秀彰さんから、早速『檸檬』に入力ミスがあるとのメールをいただきました。
 エキスパンドブック版でいうところのP17の冒頭、「どうしたこどだろう」はもちろん「どうしたことだろう」の誤りです。訂正させていただきました。白田秀彰さん、ご指摘ありがとうございました。(AG)



1998年8月31日
 j.utiyamaさんに入力していただいた梶井基次郎の
『檸檬』を登録する。
 j.utiyamaさんは、旺文社文庫『檸檬・ある心の風景』に収められている22篇(『橡の花』を除く19篇と遺稿3篇)をすべて入力済みなので、校正が終わり次第それらの作品を順次登録していく予定です。(AG)



1998年8月28日
梶井基次郎の最晩年の
短編小説『交尾』を登録する。テキスト入力はkakuさん。kakuさん、ご苦労さまでした。なお、青空文庫には、今後、梶井の作品が次々に登録される予定である。皆さん、お楽しみに。(楽)



1998年8月28日
 福田芽久美さんが入力した
萩原朔太郎の詩集『月に吠える』を登録する。
 この詩集の最後の方に、室生犀星が「健康の都市」という文章を寄稿しています。室生犀星が亡くなったのは1962年。残念ながら、テキストを載せることはできませんでした。青空文庫が運良くこのまま存続できれば、2013年には完全な詩集『月に吠える』を掲載することができます。でも2013年なんて、まるでSFの世界ですよね。(AG)



1998年8月26日
 j.utiyamaさんに入力していただいた島木健作の
『赤蛙』『ジガ蜂』を登録する。校正者はかとうかおりさんです。みんさん、どうもありがとうございます。(AG)



1998年8月25日
 鈴木厚司さんが入力された有島武郎の
『私の父と母』『広津氏に答う』を登録する。鈴木厚司さん、いつもありがとうございます。(AG)



1998年8月25日
大杉栄『日本脱出記』(テキスト入力は山根鋭二さん)を登録する。社会主義や無政府主義の同志との交流を目的にひそかに海外へ脱出した折りの体験記だが、記述は必ずしも声高な調子一本槍ではなくて、ところどころには随筆風のやわらかさもある。ことに前半部、娘の魔子ちゃんにふれた箇所などは思わず微笑させられた。政治的な文章は苦手という人もぜひ読んでみてほしい。(楽)



1998年8月25日
物理学者としての多忙な日々の合間に魅力的なエッセイを数多く残した
寺田寅彦の『映画時代』を登録する。タイトルから想像されるように、映画について論じたエッセイである。個人的な思い出を交えつつ、随筆スタイルで書かれてはいるが、内容は濃く、映画の本質論にまで及んでいる。テキスト入力は野村裕介さん。野村さん、ありがとうございました。底本の岩波文庫版『寺田寅彦随筆集』には、これ以外にも映画をテーマに書かれたエッセイがいくつもありますが、そちらの入力予定はないのでしょうか? おっと、押しつけてはいけませんね。(楽)



1998年8月22日
関西在住のジャーナリスト・
畑仲哲雄さんの初の小説『スレイヴ』をリンク登録する。題名の“スレイヴ”というのは作中に出てきて重要な小道具としての役割を果たす手のひらパソコンのことで、これを手にしたパソコン音痴の亀井課長が電脳作家を志す……という筋立てで話は進む。登場する人物はパソコンユーザーなら誰もが知っている人物によく似た名前をもっていて、そのあたりについてはテキスト中の注釈やエキスパンドブック版の「脚注」を読んでいただくとさらに興趣が湧くだろうと思う(たっぷり笑えるはず)。
畑仲さんは、この作品でたいへん興味深い試みをなさった。『スレイヴ』は実は印刷物の書籍としてこの8月21日にポット出版から発売された。ただし、印税はゼロ。というのも、畑仲さんはこの作品を「ドネーションソフト(シェアウェア)」と位置づけ、「読んでその気になった読者からいただく」という方法をとっているのだ。それだけではない。この作品は、書籍の発売に先んじて、畑仲さん個人のウェブサイトで公開された。そして、エキスパンドブック版を加えていま、青空文庫にも登録されることになった。
なお、印刷物の書籍に興味のある方は版元であるポット出版のウェブサイトhttp://www.pot.co.jp/を覗いてほしい。また、ドネーションについては、畑仲さんのウェブサイトhttp://ing.alacarte.co.jp/~press/やエキスパンドブック版の末尾を見てほしい。(楽)



1998年8月20日
大杉栄『鎖工場』を登録する。小説なのかエッセイなのか判断に迷う作品だが、少なくとも評論に見られる語り口とは明瞭に異なる。朝日を浴びて目覚める寸前に見た夢なのだろう、鎖工場の奇妙な光景に時代の縮図が描かれている。テキスト入力は、今回も山根鋭二さん。山根さん、今後ともよろしくお願いします。(楽)



1998年8月20日
 
八木重吉の『貧しき信徒』島木健作の『癩』宮沢賢治の『よだかの星』を登録する。『貧しき信徒』の入力者はj.utiyamaさん、校正者は丹羽倫子さん。『癩』の入力者は 山形幸彦さん、『よだかの星』の入力者は佐々木美香さん、『癩』と『よだかの星』の校正は私が行いました。みなさん、どうもありがとうございます。(AG)



1998年8月17日
大杉栄『大杉栄評論集:奴隷根性論他』を登録する。大杉栄が「征服と被征服」という観点から人類の歴史と社会を論じた3つの評論「奴隷根性論」「征服の事実」「生の拡充」が収録してある。テキスト入力は、山根鋭二さん。山根さん、ありがとうございました。(楽)



1998年8月13日
 佐藤和人さんが入力された
横光利一『機械』を登録する。校正者はかとうかおりさんです。

 今回、佐藤和人さんは、底本を元に、自分の手で旧かなづかいは現代かなづかいに、旧字体は新字体に改めています。原則的には底本通り入力していただきたいのですが、しかし、旧かな、旧字では読みにくいとの判断もとることができます。
 現在の出版界では、
・全集を編む際などは、原則的な「書かれたまま」主義が優勢。
・文庫化に際しては、歴史的仮名遣いから現代仮名遣い、旧字から新字への変更を適用。
と、二つの方針が使い分けられていると思います。
 佐藤和人さんは今回、「文庫化」の方針の方をとったわけです。このような方法も入力者の判断で行っても良いとは思いますが、「旧かな、旧字」「新かな、新字」の両方とも揃っているのが理想かもしれません。(AG)



1998年8月12日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「夕顔」の章を登録する。校正者は渥美浩子さんです。ありがとうございました。(AG)



1998年8月11日
石川啄木の歌集『一握の砂』を登録する(テキスト入力はj.utiyamaさん)。これで啄木の生涯を代表する二つの歌集が揃った。いずれ詩集『あこがれ』が加われば、啄木の文学者としての著作は、少なくともその骨格についてはすべて青空文庫でふれることができるようになる。
啄木の著作を一通り読むとき、最も鮮やかに印象づけられるのは、詩集『あこがれ』と歌集『一握の砂』との対照である。禅寺に生まれた啄木は、事情あって父親が寺を放棄する20歳のときまで、貧乏を知らなかった。田舎の寺だから豊かではなかったが、毎日の米を心配することはなかった。『あこがれ』を上梓した啄木は、意気揚々として東京から帰郷した。寺の放棄は、そのときに知る。以後、啄木は両親と新妻そして妹を抱えて、餓死すれすれの貧苦のどん底に落ちることになる。芸術至上主義の『あこがれ』と生活に根ざした『一握の砂』の双方を読むことで、啄木という人物の全体像がはじめて見えてくる、といっていいだろう。(楽)



1998年8月11日
 テキスト入力をいつもしていただいている今中一時さんが、
富田倫生『青空のリスタート』の入力ミスを発見して下さいました。文中に出てくる「谷川ユズル」という人名が、1カ所「谷川ユルズ」になっていたのです。今中さん、どうもありがとうございます。(AG)



1998年8月11日
 小林徹さんが入力された
素木しづ子『三十三の死』を登録する。
 小林さんからいただくメールを見る限り、テキスト入力を楽しんでおられるようです。一つ終わると、次は何を入力しようかな? と考えることが一つの楽しみになっているとのことです。「何かを楽しみにして待つということが、そのうれしいことの半分にあたるのよ」とアン・シャーリーが言ったように、「何を入力しようかな?」と考えることが、テキスト入力の楽しみの半分にあたるのかもしれませんね。(AG)



1998年8月10日
青空文庫では初の全集となる「小熊秀雄全集」がスタートする。今回登録するのは、
『短歌集』『詩集・飛ぶ橇』『詩集・流民詩集1』の3点。全体は20分冊となる予定で、呼びかけ人仲間の八巻美恵さんと浜野が入力と校正を分担する。いつ頃完了するかは目処が立たないが、急いで片づけられるような量ではないのでじっくり腰をすえて進めていきたいと思う。
90年代に入ってすぐに創樹社から刊行された『新版・小熊秀雄全集』はいまも入手可能だし、小熊の地元である北海道では地道な出版活動が続けられているようだが、残念ながら作品が全国で広く読まれているとはいいがたい。「気取屋の詩人に」という作品中で「僕たちは働く詩人だ/たくさん喰つて/太い糞をするよ」などと語る(これは書斎でのんべんだらり欠伸をかみころしているような詩人ではないから、あちらこちらへと動きまわり、あれやこれやに首をつっこみ、大量の詩を生産する」という意味)この魂熱き詩人の詩・短歌・童話・小説・評論が、青空文庫への登録を機に一人でも多くの方に知られることを願う。(楽)



1998年8月8日
 
小栗虫太郎の『失楽園殺人事件』を登録する。ちょっとした小品ですが、小栗虫太郎の手始めに。今回の校正者は、小浜真由美さんです。いつもありがとうございます。(AG)



1998年8月7日
 haseさんが入力された
與謝野晶子訳『源氏物語』の「帚木」と「空蝉」の章を登録する。 校正者は「帚木」が瀬戸俊一さん、「空蝉」が渥美浩子さんです。みなさん、こちらからの応募に答えてくれた方々です。本当に感謝しています。
 ところで、私は今まで『源氏物語』なんて全然興味がなかったんですが、こうして電子テキスト+「T-Time」で読むと何か新鮮な気持ちでスラスラ読めてしまう。不思議なものです。(AG)



1998年8月6日
泉鏡花の短編小説『外科室』を登録する。テキスト入力は今中一時さん。この作品が書かれたのは鏡花22歳のときで、実質的な文壇デビュー作の1つに数えられるものだが、いわゆる若書きの印象はあまりない。独特の文体と華麗で妖しい作風をお楽しみいただきたい。(楽)



1998年8月6日
 真先芳秋さんに入力していただいた
森鴎外『安井夫人』を登録する。今回の校正者は日隈美代子さんです。みなさんどうもありがとうございます。

 青空文庫にはなぜ海外の作品がないのかとよく聞かれます。海外の作品を日本語で読もうとした場合、どうしても翻訳という作業が入り、そしてそこには翻訳者の著作権が発生します。もちろん翻訳者の方がお亡くなりになって50年たてば著作権は消滅するのですが、なかなかこの二つをクリアするのは難しいようです。もしクリアしたとしても、翻訳の文章が古くさく、ちょっと気に入らない、なんて言うことになってしまいます。イアン・フレミングの007シリーズが最近改訳されたように、有名な作品ほど何度も訳し直されたりします。
 そんな不満に一つの解答を出してくれたのが能美武功さんです。自分で訳されてしまったのです。訳すという行為は、語学力と知識、そしてもちろん日本語にも精通していなければならないので、誰にでも出来るというわけにはいけませんが、好きな作品を自分で訳すというのも一つの方法です。
 ということで、能美武功さんが訳された、ヴォルテールの『ザディッグ 又は宿命』を登録します。(AG) 



1998年8月5日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
織田作之助『聴雨』を登録する。『聴雨』は坂田三吉を描いた作品です。映画などに見る坂田三吉のイメージは、ただハチャメチャなだけ、という感じもあったのですが、この作品では68歳の坂田三吉を描いているだけに、そのようなイメージとはちょっと違います。九四歩を打たなければならない彼の性にスポットがあたっています。(AG)



1998年8月4日
 著作権と聞いてすぐに思い浮かぶことはなんでしょう? CDのコピー、ビデオのコピー、パソコンのソフトウェアのコピー、などが違法だと思うことぐらいではないでしょうか。人が創造した物を勝手にコピーしたりしてはいけないことは、誰にでも理解できることの一つです。しかし著作権は、そのようなことだけにとどまりません。著作権はいろいろなことを考えさせられます。特に今の時代、この情報化社会にはなおさらです。最近では、衛星放送から流れる音楽が、CD並みの音質でMDにコピーされることが問題となりました。でも、だとしたら、MDは何のために存在するのでしょう?
 
白田秀彰さんの『もう一つの著作権の話』を読むと、改めて著作権とは何だろう?と考えさせられます。(AG)



1998年8月3日
石川啄木の歌集『悲しき玩具』(テキスト入力はj.utiyamaさん)を登録する。啄木の歌集ははじめての登録だが、ご存じない方のために一言添えておくと、同じく短歌といっても啄木のそれは3行で書かれる形式。5−7−5−7−7の定型は一応守られているが、かなりゆるやかであって、「短詩」の名で呼ぶのがふさわしい作品もある。啄木というと「暗い」というイメージがあり、ことに『悲しき玩具』の後半は病に臥してからのものなのでいっそうその感があるが、一番の特色は実は「平明さ」である。若い方にぜひ読んでもらいたい、と思う。(楽)



1998年8月1日
石川啄木『時代閉塞の現状』を登録する。入力は、青空文庫に頻繁にアクセスなさっ ている方ならおなじみだろう、j.utiyamaさん。啄木の作品についても、しばらく前、入力が完了したものをどさっと送ってくださった。
青空文庫の主体は著作権切れの作品だが、実際にはビッグネームがまだまだ欠けてい る。啄木もその一人。今回登録するのは晩年の評論だが、啄木の評論家としての一面 を知っていただけると思う。もっとも、晩年といっても、啄木の場合は30歳にもなら なかったわけで、すっくと直立したような文章から伝わってくるのは若さと気負いだ ろう。
なお、啄木はやはり短歌を読みたいという方も多いことと思うが、『悲しき玩具』を 一両日中に、『一握の砂』をこれまた近日中に登録する予定なので、お楽しみに。( 楽)



1998年7月28日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
二葉亭四迷『あいびき』を登録する。今回の校正者、およびエキスパンドブック作成者は八巻美恵さんです。暑い最中、みなさんありがとうございます。(AG)



1998年7月25日
 
小林徹さんが入力された平出修『計畫』を登録する。今回の校正者は、かとうかおりさんです。みなさん、いつもありがとございます。(AG)



1998年7月24日
 東秀憲さんが、夏目漱石『吾輩は猫である』のテキストの入力ミスを発見して下さいました。これはどうも、テキストを提供していただいた新潮社さんが、CD-ROM『明治の文豪』用エキスパンドブックを作成するときに付けたタグが、そのまま除去されずに残ってしまったようです。東秀憲さん、どうもありがとうございました。(AG)



1998年7月21日
 あの膨大な
與謝野晶子訳『源氏物語』をhaseさんが入力して下さいました。最初、この入力されたテキストをいただいたとき、さあ、校正をどうしようか、と悩みました。お金をかけて、プロの校正者に頼まなければ、いつまでたっても終わらないのではないかとも思いました。でも、まず「校正者募集」をやるだけやってみようという意見が、青空文庫内の一致した意見でした。と同時に、やはり校正者もそんなに集まらないのではないかとの不安から、寄付の募集もすることにしました。寄付もそんなに集まることを期待したわけではないのですが。
 最初に、『源氏物語』の校正者の募集に応じてくれたのが伊藤祥さんでした。さっそく、「桐壺」の章の校正をお願いいたしました。その校正が早々とあがってきてまた考えてしまいました。すべての章の校正が終了してから一括してアップするよりも、終わった章から順次アップしていく方が、haseさんにも、校正者の方々にも、いいんじゃないかと。
 そこで今回、HTML版のみ「桐壺」の章をアップさせていただきました。

 それから、もう一つの新しい試みとして、ボイジャーから発売している『T-Time』専用のHTMLタグを入れました。これは『T-Time』上でルビを正しく表示させるタグです。普通のインターネットブラウザで見る分には、語句の後ろに()でルビが表されます。これを『T-Time』に流し込むと、語句の脇にちゃんと表示されるようになります。ちょっとボイジャーの宣伝になって大変申し訳ないのですが、でも、日本語を正しく画面上に表示させることを真剣に考える会社がもっと増えてもいいなじゃないでしょうか。ボイジャーに限らず、そういうことを真剣に考えている会社のソフトがあれば、積極的に青空文庫は採用いたします。(AG)



1998年7月21日
 真先芳秋さんに入力していただいた
森鴎外『山椒大夫』を登録する。
 真先芳秋さんは他に菊池寛の作品も精力的に入力していただいています。太宰治と同様に登録はまだ先ですが、来年の1月1日はこの二人の作家で大賑わいになるでしょう。(AG)



1998年7月12日
 はじめて買った音楽雑誌は、『ミュージック・ライフ』だったと思う。たぶん、1964年の4月号あたりから読み始めたはずだ。この年、ビートルズがアメリカに渡って、日本のラジオでも彼らの曲がかかるようになった。小学校6年生のガキにも、誰がジョージでどいつがジョンなのか、見きわめる必要が生じていた。
『ミュージック・ライフ』はビートルズの追っかけ雑誌として、一頭地を抜いていた。だからその後も、ポイントポイントで買うには買った。けれど、中学生の生意気盛りに突入した当方としては、あまりのミーハーなつくりが気に障った。とっておくとバカがうつるような気がして、読み終えるとすぐ捨てた。毎号毎号定期的に買って、本棚に残すようになったのは『ポップス』だ。上質の紙を使った高級感のある雑誌で、署名の原稿はやたらと格調が高かった。
 1990年代の半ばを過ぎて青空文庫の活動に携わるようになった時期、
『楽(GAKU)』というウェッブ雑誌を知った。主催者は、音楽評論家の浜野サトルさんだ。この名に、かすかなひっかかりがあった。いくつかのやりとりがあって、浜野さんはその後、文庫の呼びかけ人に加わって下さった。
 浜野さんがはじめて文庫に送り込んでくれたのは、立花実さんの『ジャズへの愛着』だ。続いて豊田勇造さんの『歌旅日記』に取りかかっている最中、山頭火の俳句集を進めたいという提案があった。『楽』で浜野さんの書かれたものを読んできた私としては、なぜご自分の作品を登録していただけないのか、納得がいかなかった。是非ともブックにまとめ、文庫に送り込んでほしいとお願いしたメールに、ふと「定期的に読み出した雑誌は『ポップス』だった」と添えてみた。
 浜野さんからの返事には、「はじめて原稿を書いた商業誌は『ポップス』です」とあった。1969年10月号に掲載された、オーネット・コールマンに関する「永久革命者の悲哀」が最初と記憶されているという。翌年の1月号には、「単独者の転機について」と題するボブ・ディラン論が載ったらしい。「浜野サトル」という、気鋭の若手評論家の名前を私の記憶に刷り込んだのは、高校2年生のときに出合った、ディランに関するこの記事だったのだろうか。
 あのときから私はたくさんの音楽を聴いて、今、浜野さんとここにいる。私たちはほとんど、音楽について話したことはない。けれど『新都市音楽ノート』に盛られた原稿を通して、たくさんの〈楽〉が浜野さんの心に残した響きを、私は聴くことができた。
 浜野サトル『新都市音楽ノート』を登録する。
 ちなみに、浜野さんのはじめての本は、『都市音楽ノート』と題されていた。(倫)



1998年7月10日
 ページのデザインを一新した。バナー広告をバランスよくおさめるための処置だ。
 これまで私たちは、財政基盤の整備には正面から取り組まないできた。文庫本体は株式会社ボイジャーに、「みずたまり」と名付けた掲示板は、Edo Nagasakiインターネット事務局のサーバーに、無料で置かせていただいた。必要な経費は、呼びかけ人が負担した。底本のコピーやゲラのやりとりに際しては、工作員の皆さんに送料を負担していただく場合もでてきた。居候を決め込んで迷惑をかけない程度のアクセスとファイル数、手弁当で続けられるくらいの作業量を思い描いて、私たちは文庫をスタートさせた。
 ところが、事前の想定をはるかに越えて、文庫の活動にははずみが付いた。エネルギーを与えたのは、この場をたずねてくれたあなただ。目覚ましく回り始めた歯車を見て、私たちは励まされた。一所懸命についていこうと、努力したとも思う。けれど、「今、取り組まなければ」とあせりながら、積み残してしまった課題も多い。経費も膨らんだ。先日報告した、太宰治の著作権をめぐる過ちをおさめるにあたっては、少しまとまったお金が必要になった。最近は、なかなか文庫に接続できなくて、いらいらされることが多いのではないだろうか。アクセスを数えてみれば、それもやむを得ないと納得がいく。けれどこのままでは、早晩図書館としての機能が果たせなくなる。
「青空文庫の提案」をまとめてから、1年。これからの活動をどう進めるべきか、見直すべき時にきたと私たちは考えた。あくまで自分たちで支えられる規模に活動を限定し、たとえ歯車の勢いは抑えることになったとしても、マイペースで進むのか。それとも、自立性の確保を肝に銘じつつ、集められる力は広く集め、作品の電子化を推し進めていくのか。思いを寄せ合い、考えを進めた結果、呼びかけ人は新しい体制作りに取りかかろうと決めた。
 当面の目標としては、「専用線接続したサーバーを確保し、その上で、図書カードやリストの整備を効率化するために、文庫全体をデータベース化する」ことと、「呼びかけ人仲間の一人に、文庫の活動に専念してもらう」ことを据えた。
 こうした体制を継続して維持しようとすれば、これまでとは桁の違う金銭が必要になる。今後は公的な支援の可能性を探り、バナー広告受け入れの体制を作り、支援・募金を求めて、文庫の活動を元気よく、長期間にわたって進めていきたいと思う。
 体制整備への第一歩であるバナー広告に関しては、当面60ドット×400ドットのサイズで、月間掲載料を2万円でお願いしようと考えている。広告が2本入れば、私たちはOCNエコノミーの専用線接続を確保できる。5本入れば、専従者に支払うべきもののうち、5万円前後を広告でまかなえる。
 体制の整備をどのように進めたとしても、青空文庫の力の源泉が、呼びかけ人と工作員の自発性にあることは論を待たない。私はあなた方の無償の働きにあらためて感謝し、あなた方を深く恐れながら、もっとも献身的な働き手である私たちの仲間に、文庫の活動に専念してもらうことを提案したい。呼びかけ人と工作員の皆さんおひとりおひとりの名前を唱えながら、私はこの報告を終える。(倫)



1998年7月9日
岡本綺堂「半七捕物帳」シリーズの第一作
『お文の魂』を登録する。入力者は、小山(おやま)純一さん。底本には昭和25年発行の書籍を使用なさっており、その底本に従って旧字旧かなで入力してくださった。しかも、底本にはないルビを振って、現代人にも読みやすいよう配慮してくださっている。
戦後まもない頃に生まれた私も旧字旧かなは得意ではないが、例えば宮沢賢治の作品などあえて現代かなづかいでない書籍で読むことがある。黙読とは声に出さずに音読することだが、旧かなの発音は新かなとはあきらかに異なり、これが本来の日本語の音ではないかとも感じられるからである。『お文の魂』の校正をしたときも、似たような思いをもった。
それにしても、大好きな半七ものが青空文庫に入ったのはうれしい。他の作品もぜひよろしくお願いします、小山さん。(楽)



1998年7月9日
 小林徹さんが入力された
水野仙子『嘘をつく日』を登録する。小林さんは、明治、大正の一般的には知られていない(すみません、私の尺度でものを言っています。)作家の作品を精力的に入力されている方の一人です。底本を見ると、漢字の入力が大変だったのではないかと思われます。「顔」が「顏」であったり、「様」が「樣」であったりと。ご苦労様でした。(AG)



1998年7月7日
「みずたまり」で樋口守さんが、そしてメールにて伊藤敏朗さんが、
津野海太郎著『本はどのように消えてゆくのか』の入力ミスを指摘していただきました。
 私たちは、入力者も校正者もボランティアで賄っているため、このような入力ミスが多々あるかとは思います。私たちは「通りすがりの読者からの誤植の指摘」を歓迎いたします。この点についてあまりお気を遣わないようにしてください。指摘されたからと言って気分を害すようなことは絶対にありませんので。(AG)



1998年7月6日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『開化の殺人』を登録する。
 j.utiyamaさんの入力ペースに、校正がなかなか追いついていないので本当に申し訳なく思っています。でも、校正をやっていただける方が徐々に増えてきているので、j.utiyamaさんのパワーに負けないようにがんばりたいです。また、『源氏物語』の校正に応募していただいた方々、本当にありがとうございました。引き続き募集していますので、もしよろしければご応募お願いいたします。

「青空文庫」を始めてからもうすぐ1年になろうとしています。1年後にこのような状態になろうとは、夢にも思っていませんでした。「青空文庫」のページは近々がらりと変わります。そこには広告が入ってくるようになると思います。目障りだと感じる方もいらっしゃるかも知れませんが、「青空文庫」のサーバー独立、ドメイン取得、データベース化と、タイトルが増えてきたことによって、やるべきこと、お金がかかることが増えてきてしまいました。その点、ご了承願いたいと思っています。(AG)



1998年7月3日
「作品入力についての素朴な疑問」を、ぺろんさんから、みずたまりにいただいた。おたずねは、青空文庫が抱えている困難をまっすぐに突いているように思った。
 先日報告した、太宰治作品をめぐるトラブルもきっかけの一つとして、呼びかけ人はこの間、〈自立〉について話し合った。ボイジャーに間借りしているサーバーを独立させ、仲間の一人に文庫の活動に専念してもらえないか論議した。ぺろんさんの指し示す困難を乗り越え、文庫をより力強く前進させたいと願っての検討だ。
 もちろん、そうした体制をとろうとすれば、資金が必要となる。多くの方に無償で働いていただいている一方で、広告を取ったり、通常の給与体系に照らせばきわめて少額とはいえ、賃金を払ったりすることで、青空文庫の力の源である工作員の意欲を削がないかと恐れた。今も、その懸念は拭えない。けれど、すべてを本業の合間を縫ってこなすという今の体制では、どうしても積み残しが出てくることも事実だろう。いったんは先送りした財政基盤整備の問題に、今回は正面から取り組もうと考えている。「許される」と判断した手は、臆せず打っていきたいと思う。
 なぜ今、そんなことを考えるのか。ぺろんさんへのお答えは、結果的にその回答となった。みずたまりでかわした問いと応えを、
ここにコピーしておく

 青空工作員の皆さん、私たちはそんなふうに考え始めています。
 お気持ちに懸念や違和感が浮かんだときは、お考えをお聞かせ下さい。(倫)



1998年6月28日
 太宰治は、1948年6月13日に他界している。
 著作権は作者の死後50年で切れるから、太宰の作品は、今年の6月13日から公開できると思いこんでいた。
 この誤解に足をすくわれて、私たちは深刻な問題を引き起こした。
 事の顛末を、「直面した課題」の
「3.『ヴィヨンの妻』著作権侵害未遂に関する報告 」にまとめた。

 長谷川集平さんと米田利己さんが、呼びかけ人の立場を離れられることになった。
 上記の報告で、お二人の決断に至る経緯にも触れている。
 集平さん、米田さん、これまでありがとうございました。
 これからも、新しいリンクの道を探していきましょう。

 最後に大きな声で、もう一度確認しておく。
 著作権の存続期間は、作者が死んだ翌年から数え始める。
 太宰の場合、1949年1月1日から起算して50年間。権利が切れるのは、来年の元旦だ。
(倫)



1998年6月28日
木下杢太郎の初期の戯曲
『南蛮寺門前』を登録する。杢太郎は詩人として著名だが、劇作家でもあり、また、実生活においては有能な医学者だった。ただし、残念ながら、現在、文学者としての杢太郎が多くの人に注目されているとはいいがたい。詩の作品はアンソロジーなどで入手可能だが、戯曲となると印刷物ではまず目にふれる機会はないのではないか。その意味で、青空文庫への登録は大きな意味があると思う。入力は福岡茂雄さん。テキストの校正は奥様がなさったという。ご苦労さまでした。作品自体とても個性的な作品で、とてもいい仕事をしていただき、感激しています。(楽)



1998年6月25日
 深谷由布さんは精力的にテキスト入力をしている人の一人です。深谷さんのホームページ
『文學のためにできること。』横光利一の『春は馬車に乗って』が登録されましたので、リンクさせていただく許可を得、図書カードを作成させていただきました。深谷さん、今後ともよろしくお願いいたします。(AG)



1998年6月22日
 鈴木厚司さんが入力された有島武郎の
『小作人への告別』『宣言一つ』『想片』『卑怯者』『二つの道』を登録する。鈴木さんはこの他にも作品を多数入力中で、今後その作品が上がってくるのが楽しみです。

 j.utiyamaさんに入力していただいた芥川龍之介『あの頃の自分の事』『きりしとほろ上人伝』を登録する。今回の校正者は、『あの頃の自分の事』が小浜真由美さん、『きりしとほろ上人伝』がかとうかおりさんです。(AG)



1998年6月17日
青空文庫の登録作品を多数入力なさっているj.utiyamaさんからメールをいただき、
種田山頭火の『英語対訳版草木塔・抄』のファイルのうち、エキスパンドブック版にミスがあることに気づいた。

161ページ:「草をしいておべんとう分けて食べて右左」の「左」が見えなくなっている。173ページ:全く異なる和文の句が入っており、正しくは「秋空をただよふ雲の一人となる」である。

たいへん恥ずかしいミスで、ダウンロードしていただいた方にはお詫びするしかない。そして、j.utiyamaさんには感謝の一言あるのみです。(楽)



1998年6月14日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『奉教人の死』を登録する。今回の校正者は八木正三さんです。みなさんありがとうございます。



1998年6月8日
英語対訳版の種田山頭火『草木塔・抄』の訳者の一人ジム・グリーンさんがいま日本に来ていて、長野県辰野町にあるもう一人の訳者三浦久さんのお宅に滞在中である。いい機会なので、青空文庫の読者の皆さんへのメッセージを寄せていただいた。
グリーンさんは、現在はハワイのマウイ島在住。竹細工か何かをつくって生計を立てながら、文明の毒をできるだけ遠ざけた生活をなさっているという。(楽)

I would like to thank Mr. Hamano for his efforts in making our translation of Santoka's haiku available to people via the Internet, 24 years after Hisashi and I translated it.

To me, Santoka is a very inspirational person. He was someone who was willing to risk his life in order to grow spiritually and come to a greater understanding of life. To me, this is living authentically.

I also want to live my life like this, and I think others may want to do the same. It helps when we can have an example to inspire and motivate us.

Jim Green



1998年6月6日
宮沢賢治の晩年の詩作品
『疾中』を登録する。入力は今中一時さん。入力ずみのテキストを送付してくださり、「素材が詩、しかもこの程度の分量であれば多くの人が気軽に入力できるのでは」という意味のアドバイスが添えてあった。おっしゃるとおりで、詩1作だけというのでは扱いに困るが、今回のように、原作者が複数の詩をまとめて独自の標題を付したものであり、それが比較的気軽にチャレンジできる分量であれば、ぜひ多くの方にトライしていただきたいものだと思う。ただし、賢治の作品でいえば、『春と修羅』はやはり詩集として定着した形を守らなければまずいだろう。いずれにしても、ありがとうございました、今中さん。(楽)



1998年6月4日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『枯野抄』『続西方の人』を登録する。『枯野抄』の校正はかとうかおりさん、『続西方の人』の校正は私が行いました。みなさんありがとうございます。(AG)



1998年5月25日
 鈴木厚司さんが入力された
有島武郎『火事とポチ』を登録する。今回の校正者は八木正三さんです。みなさん、ありがとうございます。
 鈴木厚司さんはこの他多数作品を入力中で、八木正三さんも国木田独歩の作品を入力していただきました。青空文庫を初めてもうすぐ1年になりますが、現在のこのような活発な情況を誰が想像し得たでしょうか。ただみなさんに感謝するのみです。(AG)



1998年5月25日
1992年度晩翠賞を受賞した
詩集『飼育記』(著者は関富士子さん)を登録する。関さんのホームページに掲載されているテキストをもとにエキスパンドブック及びHTMLを制作したのは、桐田真輔さん。20年以上現代詩から遠ざかっているので関さんのことも『飼育記』のことも全く知らなかったが、登録の申し出をいただいてから桐田さんのホームページを訪れて読み、引き込まれるものを覚えた。インターネット上で人と人、作品と作品がリンクし合っていく。あらためてインターネットの可能性を感じた。(楽)



1998年5月23日
 八木正三さんが入力された
国木田独歩『牛肉と馬鈴薯』を登録する。今回の校正者もLUNA CATさんです。みなさん、ありがとうございます。(AG)



1998年5月21日
 青空文庫を訪ねてくれる人のコンピューターなら、まず間違いなくJIS漢字コードが使えるはずだ。ここには、第一水準、第二水準合わせて6355の漢字が登録されている。
 このJIS漢字コードを、拡張する計画が進められている。
 第三水準、第四水準として新たに約5000字を加え、私たちが日本語文書を交換する際の、より頼りがいのある基盤を提供しようという目論見だ。

 JIS漢字コードは、〈現代の日本語を書き表せる〉ことを目標に置いている。漢籍や古文書をカバーすることは、当初から想定されていない。
 1978年の制定以来、この規格は三度改訂されてきた。1997年の改訂に当たったチームは、制定から二度の改訂を経る過程を洗い直し、どこに誤りがあったのかを見きわめ、規格を厳密に定義し直した。
 その作業をもとに、〈現代の日本語〉という目標に照らして、やはり足りない漢字と記号があると結論づけた。
 そこから出てきたのが、拡張計画だ。
 目標は相変わらず、〈現代の日本語〉に置かれている。
 これを満たすために、具体的には、
1 いわゆる“合成文字”(これに関しては、私が
メモを書いています
2 教育用の漢字・記号類
3 地名用の漢字
4 人名用の漢字
の中から、新たに補充するものを選ぶ。(計画の詳細は、こちらへ

 コンピューターを使って原稿を書いてきて、私自身は「この文字がなくて困った」と思ったことがない。〈現代の日本語表記〉という目標に、JIS漢字コードはかなり立派に応えてくれている証拠だと思う。
 けれど、青空文庫の活動をはじめてからは、かなりの頻度で「ない文字」に突き当たるようになった。
 こうしたいわゆる外字には、〈現代の日本語〉からは外れた作品で出合うことが多い。その意味では、JIS漢字コードに文句を言うのも筋違いかもしれない。けれど、これだけ我々がお世話になっている基盤なのだから、より頼りがいのあるものになって欲しいとも思う。
 その願いを、私たちは拡張の作業に当たっているチームにぶつけようと考えた。
 青空文庫の収録作品に現れた外字を、リストアップする。
 どんな作品の、どんな文脈の中に現れたかを示し、字典に当たってその字が間違いなく認知されたものであることを確認する。
 こうしてまとめた資料を、チームに送るのだ。

 今回の拡張の目標は、〈現代の日本語表記〉という要求に、より高いレベルで応えることにある。近代以前の文学作品が中心となる私たちの外字リストは、少し的外れだろう。
 けれど、日本語の文章の中で漢字がどう使われてきたかに関する資料を集めておくことは、今回の拡張に貢献できるか否かを置いても、意味があると思う。

 まず欲しいのは、〈現代の日本語〉を表記するための、頼れる基盤だ。
 だが、より幅の広いテキストをネットワーク上で交換したいと望むなら、つまり、青空文庫のような活動をさらに発展させようと考えるのなら、〈現代の日本語〉以外にも対応できる漢字コードが欲しくなる。
 そうした、第四水準を越えたコードを評価したり、新しくまとめようとする際には、漢字がどこでどんなふうに使われているかを示す基礎データーがきっと役に立つと思う。

 5月18日に、符号化文字集合(JCS)調査研究委員会、芝野耕司委員長宛に送らせていただいた外字リストを、本日アップする。
 私たちは今後、このリストの拡充を図っていく。

 そして、電子翻刻を進めておられる方、すべてに呼びかけたい。

 作業の中で出合った外字に、典拠情報、同定情報を添えてリスト化していこうではありませんか。
 そしてこのリストを公開し、漢字コード問題について考えるすべての人に、基礎データーとして提供していきましょう。
 あなたがまとめるリストの拡充のためなら、私たちのリストは自由に使って下さい。
 もしも青空文庫の外字リストを集約場所として選んで下さるのなら、情報の提供をお願いします。
 私たちは、ネットワークされたコンピューターを使って文書を交換する〈当事者〉です。
 確かに漢字コードの問題に、何らかの貢献の手がかりを見付けるのは難しい。
 けれど、外字情報の集約に関してなら、私たちは〈当事者〉としての責任と誇りを持って、働き場所をみつけられる。

 さあ、始めようじゃありませんか。(倫)



1998年5月20日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『秋』『杜子春』を登録する。
 先日j.utiyamaさんが、以前私が入力した芥川龍之介『藪の中』のテキストにミスがあることを指摘してくださいました。「青空文庫」を始めたころのテキストで、外字の知識があまりない時のミスでした。人のミスを指摘することは、何か心証を悪くするのではないかと思われがちですが、「青空文庫」の場合は逆です。ほんの些細なミスも見逃さずに指摘していただけると大変助かります。(AG)



1998年5月18日
種田山頭火の句集『草木塔』から抜粋した150の句及び『草木塔』以後の24の句に英訳を付した
『英語対訳版草木塔抄他/FIRE ON THE MOUNTAIN』を登録した。英訳者は、三浦久とジェイムズ・グリーン。二人はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の学友で、ともに仏教を学んだ人たちである。英訳原稿は、彼らの卒業後、ジム・グリーンが来日していた折りに作成されたもので、当初はアメリカでの出版を考えていたそうだが、実現せず、24年後のいま青空文庫で公開されることとなった。すでに英語として定着したhaikuは3行詩だが、この英訳も基本的にはその形式を踏襲している。自由律俳句である山頭火の作品ができるだけ3行詩の定型に近づけながら翻訳されているところが、おもしろい。青空文庫にアクセスしてくださる方々は大半が日本人と思うが、英語圏からのお知り合いがいらっしゃったら、ぜひ一読をおすすめください。(楽)



1998年5月18日
 
新潮社さんのご厚意により、CD-ROMタイトル『新潮文庫 明治の文豪』より、夏目漱石のテキストデータを十篇登録させていただく。
『虞美人草』『行人』『こころ』『三四郎』『それから』『彼岸過迄』『坊っちゃん』『明暗』『門』『吾輩は猫である』

「青空文庫」の活動は出版社から見れば一つの脅威に見えるかもしれません。私たちは出版界のマナーにも違反しているのかもしれません。そのような中で新潮社さんが私たちに示してくれた厚意は、簡単な感謝の言葉だけで表せるものではありません。私の何度ものしつこい要求に、いつも誠実に、親身になって聞いていただいた新潮社メディア室の村瀬さん、本当にありがとうございました。(AG)



1998年5月13日
 八木正三さんが入力された
国木田独歩『酒中日記』を登録する。今回の校正者はLUNA CATさんです。みなさん、ありがとうございます。(AG)



1998年5月11日
 村上聡さんが入力された
森鴎外『追儺』を登録する。
 校正をする上で底本を探すのが一苦労です。でも底本探しもなかなか楽しいものです。村上さんが底本とされている『ザ・鴎外』もやっと森鴎外記念図書館で発見することができました。団子坂上にある森鴎外記念図書館は、森鴎外が住んでいた観潮楼があったところです。昔仕事で、森鴎外のドキュメンタリー映画をレーザーディスク化し、コンピュータと連動させる仕事をしたことから観潮楼には詳しく、銀杏の大木はどこだ、鴎外と幸田露伴と斎藤緑雨が一緒に写真を撮った三人冗語の石はどこだ、と図書館の回りをうろうろ探し回ってしまいました。(AG)



1998年5月9日
 植松眞人さんの
『コーヒーメーカー』『新世界交響曲』を登録する。

 今回の登録にあたっては、植松さんにいろいろとご面倒をかけた。HTML版、テキスト版、ネットエキスパンドブック版の置き場を、ご自身のウェッブページに新たに用意していただいた。
 手間だけを考えれば、とっとと文庫のディスクスペースに置いた方が、双方にとって面倒がない。だが今回は、そうしなかった。その理由を説明しておきたいと思う。(倫)



1998年5月8日
先頃登録した『尾崎放哉選句集』の制作の際、「編集権」の扱いで不明な点があったことは、以前ここでお知らせした。その件についての簡単なレポートをまとめたので、関心のある方は
こちらへ。(楽)



1998年5月2日
5月2日、
豊田勇造『歌旅日記−日本編』を登録した。これで81年に発行された原本が完全に復刻できた。校正用のプリントの返送時に、著者から以下のコメントあり。「自分のものでありながら、教えられたり、ちょっとドキッとしたり」ジャンルに限らず、歌い手・ミュージシャンは「旅して生活する人」でもあるが、ツアーの模様をここまで克明にのぞかせてくれる本はほかにない。音楽が好きな方も、そうでない方もぜひご一読を。(楽)



1998年5月1日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
八木重吉『秋の瞳』を登録する。今回の校正者は富田倫生さんです。みなさん、本当にお忙しい中ありがとうございます。(AG)



1998年5月1日
 青空工作員マニュアルの「4 入力に取りかかる」を、少し書き換えました。

 強調のため、語句のわきに打つ点を、「傍点(ぼうてん)」と呼びます。
 エキスパンドブック版の傍点に、どの記号を用いるか、これまでは指針を示していませんでした。今回、「ヽ」(区点コード0119、JISコード2133、シフトJISコード8152)を使って下さるよう、書き加えました。
 読点「、」を用いるより、バランス良く表示できると思います。

 もう一つ、「入力者注」の項目中に示した例文を変えました。
(例)天界の牧羊者[*「天界の牧羊者」のすべての文字に傍点]を、
(例)天界の牧羊者[*「天界の牧羊者」に傍点]
と変更しています。

「のすべての文字」を削っても、損なわれる情報はありません。
 にもかかわらずこれを加えていたことで、工作員の皆さんに迷いと判断の揺れを生じさせていた、と考えての対処です。(倫)



1998年4月30日
 何年前になるでしょうか。Appleは『ナレッジナビゲーター』というコンセプトビデオを発表し、その中に持ち歩けるコンピュータを登場させていました。Newtonという名前の情報携帯端末が発表されたとき、『ナレッジナビゲーター』の世界に近づきつつあるなあ、と輝かしい未来の到来に興奮したものです。そしていろいろな会社も情報携帯端末に注目しはじめ、最初Appleと共同開発するなんて話もあったシャープは「ザウルス」を発表し、SONYもアメリカで「Magic Link」なんて端末を発表していました。現在でも「ザウルス」は健在で、その他の会社もいろいろな情報携帯端末(モバイルマシン、ハンドベルトコンピューター)を発表する時代となってきました。そんな矢先のAppleのNewton開発中止です。Appleは、このことで、また一つ魂を無くしてしまいました。人間にとってコンピュータとは何なのか。現在では誰もそんなことは真剣に考えていません。
 と前書きが長くなってしまいましたが、AppleがNewtonを開発中止しても、日本のNewtonユーザーは元気です。RIKIさんが、青空文庫のテキストを使ってNewtonBook(Newtonでは、本も作れるのです!)を作成してくれています。興味のあるかたは、
Quiet Pressに行ってみてください。(AG)



1998年4月30日
J.Utiyamaさんが入力なさった
種田山頭火の『草木塔』のエキスパンドブック化を担当してから、自由律俳句のもう一方の代表である尾崎放哉の句集を青空文庫に登録できないかと考えていた。俳句だから入力の手間はそうおそれるほどではない、よし、やろうと決めて「入力中の作品」欄に掲載してもらったら、Utiyamaさんからメールをいただいた。「荻原井泉水編の放哉の句集『大空』(たいくうと読む)ならすでに入力ずみ」ということだった。ただし、添え書きがあった。「編集権の問題をどう考えればいいのか」と。その間の事情についてはいずれ別欄で報告するが、結局は新たに句を選んで編集し直すこととした。それが、4月28日にアップロードされた『尾崎放哉選句集』である。テキストの8割ほどはUtiyamaさんが入力なさったものを使わせていただいている。なお、『草木塔』のエキスパンドブック版について身近なウィンドウズユーザーから「文字が見にくい」という苦情をもらった。あいにく手元にはウィンドウズマシンはないので、別ルートで確かめてもらったところ、白ヌキの文字の視認性がよくないらしい。『尾崎放哉選句集』のブックも同じタイプのつくりにしてあるので、結局は全面的につくりかえた。放哉だけでなく、山頭火のものもすでに再登録されているはずである。(楽)



1998年4月27日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『歯車』『西方の人』を登録する。今回の校正は、『歯車』がかとうかおりさん、『西方の人』は私が行いました。みなさん、ありがとうございます。(AG)



1998年4月26日
 津野海太郎さんの『新・本とつきあう法』が、中公新書から出た。

 津野さんは、晶文社で本を作ってきた人だ。
『季刊・本とコンピュータ』を軌道に乗せて、編集長をつとめておられるのも津野さん。
 これまでも、書く側、作る側から見た、「本の本」を出してこられた。
 だが今回は、読む側に重心を移して、一冊をまとめておられる。
 書き下ろし。紙の本、電子本、インターネットでの読書、図書館と見渡す世界が、そもそも広い。〈読みの大食漢〉が自分の体験を踏まえ、誰にえこひいきすることもなく、率直に本とつきあう喜びを語っている。
 後書きでは一言、青空文庫にも触れていただいた。

 この本で、私がネットワーク上の仲間に出した報せが紹介されていた。
 青空文庫のお手本になった、グーテンベルク・プロジェクトのピンチを伝えるメールだ。
 コンピューターが絡むと、ものの〈持ち〉がよくなるな〜。送信箱を開くと、1996年の11月10日に出した
メールが、すぐに出てきた。
 あの頃はまだ、自分が似たようなことを始めるなんて、思ってもみなかった。

 グーテンベルク・プロジェクトは、ボランティアを支えとした試みだ。マイケル・ハートという言い出しっぺの個人的ながんばりで、70年代はじめからもってきた。
 このプロジェクトを見舞った危機を総括して、津野さんはこんなふうに書いている。

「そのおおくが大小のボランティア活動に発するウェッブサイトを、10年、20年と持続させようと思えば、個人や小集団の自発性を押しつぶさないかぎりでの最小限の制度化が必要になる。そこへの道筋がうまく見つけられなければ、『プロジェクト・グーテンベルク』にかぎらず、その他のサイトだって、いつ同様の危機にみまわれないともかぎらない。いま『切実にあなたの支援を求めて』いるのは、インターネットの初発の精神そのものなのかもしれないのである。」

 赤のボールペンでそこにギュッと線を引き、付箋まで貼った。

 4月11日に報告したとおり、私たちはひとまず「金銭的な支援を表立っては求めない」と決めた。
 だが、文庫の試みをそれこそ10年単位で元気よく進めていこうとすれば、津野さんの指摘する「最小限の制度化」が絶対に欠かせないだろうと、少なくとも私はそう思う。
 付箋を貼った『新・本とつきあう法』のあの頁を、私は繰り返し心の中でなぞることになるだろう。(倫)



1998年4月23日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『或阿呆の一生』を登録する。今回の校正者は、細渕紀子さんです。細渕紀子さんは、妹さんの真弓さんとともに太宰治の作品の入力もお手伝いいただいています。そしてなんと、『人間失格』がもう上がってきているのです。今年の6月13日で、太宰治が亡くなって50年になります。その翌日には『人間失格』をアップできるようにしたいと考えています。(AG)



1998年4月20日
 j.utiyamaさんに入力していただいた
芥川龍之介『或旧友へ送る手記』を登録する。今回の校正者は、小浜真由美さんです。みなさん、ありがとうございます。(AG)



1998年4月11日
 昨日から、トップページの構成が変わった。
 ずいぶん軽くなり、分かりやすくもなったと思う。
 特に、本のリストへの道が近くなり、図書カードが扱いやすくなった。
 川端敏支さんの注文を聞いて、野口英司さんが再構成してくれた成果だ。

 トップに加わった、「青空文庫のしくみ」についても、紹介しておきたい。

 この項目を設けようと思ったそもそものきっかけは、「みずたまり」に寄せられた、矢野浩さんからの問い合わせだった。
「金銭的に協力させてもらえないか」とたずねられ、私たちは、これまで詰めて考えないできた財政基盤について話し始めた。
 3月5日付けのそらもようで、
議論の中間結果を報告している。(ジャンプしたところから下にスクロールさせて、「3月5日」を見つけて下さい)
 その時点では、活動資金を集めることもなすべき仕事の一つと位置づけ、「寄付を求めています」と宣言する方向に傾いていた。
 だが、入力や校正への協力申し入れが続くうちに、気持ちが揺らいだ。

 お金の使い道としてまず浮かぶのも、入力と校正だ。誰でも知っているような作家の、著作権の切れている作品は、とっととテキスト化して収録したい。
 だが、テキスト化の一部をお金を払って進めたとき、作業を無償で担ってくれる人はどんな気持ちを持つだろうかが気になった。
 それでも、協力し続けてくれる人もいるだろう。
 けれど、自分の手を動かして、直接青空文庫を支えようとする熱意は、どうしても薄らいでいくように思えた。
 青空工作員に志願してくれる人が現れるたびに、懸念は深まった。
 呼びかけ人の一部には、積極的に寄付を求めることへの強い異論もあり、結局、金銭的な支援を表立って求めることは、少なくとも当面は控えようと決めた。

 そう決心したとき、わきあがってきたのが、どんなふうに文庫の活動が進められているのか、ここを訪れる人に分かって欲しいという願いだった。
 新しい作品の登録を確認したら、入力にあたった人のキーボードや、校正にあたった人のボールペンがたてるかすかな音に、耳を澄ませてほしい。
 心に触れる一冊を見つけたら、あなたのために手を動かした人の背中を、思い浮かべてもらえないだろうか。
「青空文庫のしくみ」は、そんな願いを込めて用意した。(倫)

 

1998年4月10日
 j.utiyamaさんが入力してくださった
種田山頭火の『草木塔』を登録する。そして、そのテキストを元に浜野智さんが美しいエキスパンドブックを作成してくれました。みなさんありがとうございます。
 それから、トップページをリニューアルしました。その中に「青空文庫のしくみ」というコーナーを設けました。今まで、どういう人たちが青空文庫をやっていたのかわからなかったのですが、これで少しわかります。(AG)

1998年3月30日
 村上聡さんが入力してくださった森鴎外の『歴史其儘と歴史離れ』を登録する。村上聡さん、ありがとうございました。(AG)

1998年3月27日
 織田作之助の『競馬』を登録する。

 先日の『夫婦善哉』に引き続いて、今回も校正で江戸尚美さんにお世話になりました。
「もうこれで、一つも誤植はないんじゃないか」と、鼻を膨らませてゲラをお渡ししたのだけれど、しっかりいっぱい見つけていただきました(^^;)。やはり、別の方に読んでもらうのは大切ですね。

 たくさんの方が入力にあたって下さり、源氏物語といった超大物のテキストを提供していただいたこともあって、校正の備蓄が充実してきました。
 私たちは誰も、急げません。ご自分のペースで、ゆっくり手伝っていただける方は、aozora@voyager.co.jpまで、是非ご一報下さい。(倫)

1998年3月25日
 白田秀彰さんの『コピーライトの史的展開』『著作権の原理と現代著作権理論』『ハッカー倫理と情報公開・プライバシー』の登録を、大声で報告したい。
 なぜ私が声を響かせたいと願うのか、その理由をぜひここで、読んでいって欲しい。(倫)

1998年3月24日
 j.utiyamaさんが入力してくださった、石橋忍月の『罪過論』『舞姫』芥川龍之介の『トロツコ』『闇中問答』『舞踏会』を登録する。(AG)

1998年3月22日
 野口さん。
 漢字の字体に関してお書きになった、3月20日付けの「そらもよう」を読んで、私なりの見方をお伝えしたくなりました。
 青空文庫の本を読んで下さる皆さんにも、訴えたいところなので、同じく「そらもよう」に書き込む形を取りたいと思います。

 先ず、結論から示します。
・字体の揺れ(文字の形が細部で多少違ってくること)を許容しないと、文字コードというものは成立しません。
・我々がお世話になっているJIS漢字コードも、当然、字体の揺れを許容しています。
・だから、フォントによって文字の細部が異なる現象は、ある割合で確実に生じます。
・それでは困る。字体が揺れるのは許せない、と言うことであれば、紙面をキャプチャーしたものを、ビットマップデーターでやり取りするしかないでしょう。
・私は字体の揺れを許すことに、不都合を感じません。逆に、ビットマップの巨大なデーターを青空文庫の本筋とするのは、まっぴらです。
・だから、どういう背景があって、どれくらい字体が揺れるのかを理解することは意味があると思うのですが、そこが頭に入った後は、細部の揺れなど気にしないで、これまで通りの道をおおらかに進んでいけばよいと思います。

 以下、なぜこんなふうに私が考えるのか、その背景を説明していきます。
 できるだけ分かりやすく書こうと努めますので、よろしくおつき合い下さい。(倫)

1998年3月20日
 織田作之助『夫婦善哉』の入力やj.utiyamaさんが入力してくださった芥川の作品を校正していて一番悩んだのは、正字についてです。

 例えば、森鴎外の『鴎』の字は、『メ』の部分が実際には『品』です。現在コンピュータで使われているほとんどのフォントは、その部分が『メ』で表示されます。しかし、新潮社のCD-ROM『明治の文豪』や『大正の文豪』などにバンドルされている大日本印刷のTrueTypeフォント『秀英太明朝体』で表示すれば、それが正しく『品』で表示されます。

 このように『鴎』の字は、『メ』を使う文字も『品』を使う文字も、コンピュータでは同じ文字として扱われています。つまりフォントによって見え方が違うのです。ですから今回の『夫婦善哉』や芥川の作品の場合、底本が正字であっても、入力者注を入れずそのままにしました。(と同時に、工作員マニュアルも紛らわしくなったので訂正しました。)

『夫婦善哉』に出てくる正字が、WindowsのMSゴシックとMacintoshのOsaka、そして、秀英太明朝体でどのように見えるか、くわしくはこちらへ。(AG)

1998年3月16日
 芥川龍之介の『孤独地獄』『虱』『蜜柑』を登録する。すべて、j.utiyamaさんが入力してくれたものだ。j.utiyamaさんは他にも幾つか作品を入力してくれていて、すべて現在校正中です。j.utiyamaさん、ありがとうございました。

 それから、浜野サトルさんから宮沢賢治『銀河鉄道の夜』のテキストに入力ミスがあると言われました。全文見直して見ると、確かに致命傷的なミスが幾つかありました。それをすべて直しました。今後の問題として、校正の流れをいかにシステム化できるかです。テキスト入力を協力していただく方は増えてきたのですが、校正はなかなか難しいようです。(AG)

1998年3月12日
 織田作之助の『夫婦善哉』を登録する。

 今回の新しい試みは、外部の方に校正を頼んだことです。1月の終わりに江戸尚美さんからメールを頂きました。テキスト入力を手伝いたいのだが自信がない。せめて校正を手伝いたいという主旨のメールでした。そこで、お言葉に甘えて校正を頼んだのです。

 その校正原稿が先日送られてきました。その原稿を見て何かとても感激してしまいました。単純に赤の入った紙なのですが、全然見ず知らずの人と共同作業を完成し終えたという、何か不思議な充実感が得られたのです。江戸尚美さん、本当にありがとうございました。(AG)

1998年3月11日
「日本十進分類法」の構造と用語を利用して、青空文庫に内容別のリストを作ろうという提案があった。(詳しくは、2月20日付けのそらもようを参照)
 この規格をまとめている日本図書館協会に、許可を願い出ていたところ、本日「了承」の電話をいただいた。
 作りたいと思っているのは、神戸芸術工科大学のページにあるような階層化された分類表の先に、該当する〈本〉を配置した構造だ。
 リスト全般に言えることだが、こうしたものは文庫全体のデータベース化に踏み切らないと、先々の保守がどんどん面倒になる。大仕事に乗り出して、これと並行して準備するのが賢明だろうから、形にできるまでにはしばらく時間がかかる。
 だが、この問題をリードしてくれた清水鱗造さんや入谷芳彰さんのご協力を仰ぎながら、確実に進めていきたい。
 この件、ご許可下さった日本図書館協会の皆さんに、あらためてお礼申し上げます。(倫)

1998年3月11日
 先月末、芥川龍之介の『老年』を登録し、今回『青年と死』を登録する。これから芥川の全作品を順次登録して行こうと考えています。いつ挫けるかはわかりませんが。と思っていたところ、j.utiyamaさんが『孤独地獄』と『虱』を入力していただきました。とてもありがたいです。さっそく校正して、そちらの作品もアップしたいと思っています。

 芥川の作品は、外字(コンピュータが表示できない文字)が比較的少ないのと短編が多いことで、とても入力しやすいです。もし、テキスト入力を手伝いたいと考えている方がいらっしゃいましたら(催促ではないですよ)、まず芥川から試されるのはどうでしょう。(AG)

1998年3月10日
3月3日、金田泰さんから長いメールをいただいた。メールが長いわけは、『音楽の反方法論序説』のHTML版が添付されていたためだ。

青空文庫がスタートしたとき、一つの作品にはエキスパンドブック版と圧縮されたテキストしか用意されていなかった。当初はそれでいいと考えたのである。ところがこの二つはダウンロードしないと実際に読むことができない。青空文庫という図書館を標榜するからには、その場で内容をたしかめることができないのは、いくらなんでも片手落ちというものだろう。そう反省して最近はHTML版も作るようにしている。でも『音楽の反方法論序説』のように、当初に公開されたいくつかの作品にはまだHTML版の用意されていないものもある。その不備を金田さんが補ってくださった。金田さんのホームページを拝見すると、どうやらコンピュータが本業らしいが、たくさんのリンク集のなかには「出産とベビー」というのもあって、なかなかすてき。(八巻)

1998年3月7日
 報告が遅れたが、長谷川集平さんの『夜の三角形』を登録した。2月20日頃には図書カードが準備できていたのだけれど、黙って載せたので、気づいた人は少ないと思う。
 新しい作品を登録できたときは、すぐにそらもようで紹介したい。それが今回は、2週間以上遅れた。「早くみんなに読んで欲しい」と、とりわけ強く感じていただけに、残念だし、申し訳がない。

 絵本作家としてデビューした集平さんにとって、『夜の三角形』は初めての児童文学作品だ。
 長く絶版状態にあったというが、それにしても集平さんは筆一本で暮らしている。文庫での無料公開は、大きな決断だったのではないかと考えた。
「どう心が動いたのか、聞かせて欲しい」とお願いすると、長い返事が届いた。同じく呼びかけ人仲間のLUNA CATさんがあたたかい言葉を返し、私の読後感に、もう一度彼女からのメッセージが重なった。

 紙の本の世界が、否応なく切り捨てるものがある。そこを、電子出版ですくいたい。青空文庫は、そのための試みの一つだ。だが、新しい本の世界がすべての問題を解決できるかと言えば、そんなことはない。少なくとも、今は違う。
 たとえば紙の本が書き手に約束している金銭的な見返りを、電子本はまだ、満足に保証していない。「無料」の旗を掲げた青空文庫には、確かな役割と意味があると思う。けれど、タダばかりでも困る。創作に対してあくまで献身しようとする書き手の暮らしを、どう支えるのか。この点を繰り込まない限り、電子出版は搖籃期を脱しないだろう。

 児童文学とは、長谷川集平という作家にとって何なのか。『夜の三角形』を読みながら考えた。
 真摯な問い詰めの切なさが、心に痛いこの作品を読み終えてから、集平さんの説明を読み返した。そしてこの書き手に、私は何が返せるのか、もう一度考え始めた。
 とても長くなるけれど、『夜の三角形』をきっかけに、私たちが交わした言葉の数々を、ここに置いておく。(倫)

1998年3月6日
 ほんの昨日まで、書き言葉を運んでくれるのは紙だけだった。
 けれど私たちには今、ネットワークされたコンピューターがある。
 電子出版の可能性が明らかとなって、私たち自身は図書館を始めた。
 だが、この新しい空間でやれることは、もっともっとあるはずだ。
 CyberBook Centerは、インターネット上の書店を。猫乃電子出版は、個人出版社を目標に据えた。
 さまざまな波紋が電子出版の水面に広がる中で、力強い大きな波動で読み手と書き手を結ぼうとする、新しい仲間が現れた。
 ポシブルブック倶楽部代表の多村栄輝さんから、ウェッブページ正式オープンの知らせが届く。(倫)

1998年3月5日
 みずたまりに、文庫への寄付に関する問い合わせがあった。
「私もなにか手伝えれば、と思うのですが仕事に追われてそれもできません。しかし、ただ読むだけの情報乞食にはなりたくないのです。叱られるかもしれませんが、金銭的に協力できないでしょうか。それとも、こんな考え方は間違っているのでしょうか」
 2月25日、矢野浩さんがこんなふうに書いてくれた。

   青空文庫の財政基盤をどう固めるか、あるいは固めないかは、今後の活動をどう進めるかに直結する問題だ。
 これまで通り、有志による無償の働きによってのみ作業を進めれば、金銭にまつわる苦い思いを味う可能性を、最小限に抑えられる。けれど、対価なく読めるテキストを拡充する足どりは、かなり遅くなるだろう。
 一方、個人や企業からの寄付を得て、財政的基盤を固めれば、特に著作権切れの古典的作品をより素早く収録できるはずだ。もしもお金が使えるなら、夏目漱石や芥川龍之介といった幅広く読まれる書き手の作品は、対価を支払って素早く入力、校正し、とっとと掲載してしまいたいと私自身は考える。だが、金銭をどう集め、誰が何にどう割り振るかという問題は、いろいろな程度、さまざまな形で、私たちの間に繰り返し波風を立てるに違いない。
 二つの道のどちらを選んでも、私たちは必ず失敗する。少なくとも、割り切れない思いがどちらを進んでもつのると思う。

 実は、先日文庫に寄せられたある提案をきっかけに、呼びかけ人は、金銭に関する議論を進めていた。結論をまとめるには至っていなかったが、大筋では財政基盤を固め、より大きな仕事にも乗り出そうとする方向に傾いていった。
 ただし、私たちの間には、はっきりとした異論もある。
 そこで今回の矢野さんの提案を受けて、私たちは金銭に対してこれまで考えてきたことを、皆さんの前に示そうと思う。

 大筋では拡充に傾いているから、できれば皆さんの考えを盛り込んで事前にルールを定め、その上で寄付を頂戴する方向で話をまとめたい。
 ただし、論議の過程で私たちが考えを変えれば、呼びかけ人というごく狭い範囲からの拠金、ボイジャーやEDO長崎といったごく少数の企業からの支援のみに頼る、これまで通りのやり方を続ける。
 判断材料として読んでいただきたい、金銭の視点から振り返る青空文庫の歩みは、こちらへ。(倫)

1998年3月3日
 新しく仲間に加わってくれた浜野サトルさんが、呼びかけ人に挨拶を送ってくれた。あんまり興味深すぎるところはカットして、一部を「そらもよう」掲載用にアレンジしてもらった。
 以下は、浜野さんからの「決意表明?」である。(倫)

1.青空文庫は岩波文庫みたいだという声を聞く。……著作権の切れた書物という観点から見れば当然なのですが、「古い作品が多い」という印象があるようです。つまりは、現時点では「メイン・カルチャー寄り」の青空文庫に少しずつ「サブ・カルチャー寄り」のコンテンツを加えていくことが、僕の仕事かなとも思います。

2.新しい作品については登録されている基準がわからないという声も聞く。……はっきり言えば、「なぜ、こんなつまらんものを載せたの?」という疑問ですね。評価というのは人それぞれですから難しいことですが、この先、コンテンツが増え続けていくにつれ、「来る者は拒まず」という姿勢でよいのかを議論していきたいと思います。

3.つまらぬトラブルを防ぐ。……たまたまボランティア運営されているプロバイダーと契約していることもあって、ML上でのボランティア相互のすさまじい罵倒のやりとりをここ9カ月ほどの間見てきました。自分が引き受けている作業の負担が重くなると、あちこちで不満が暴発するといったことが、ボランティア運営を核とした集団にはありがちなようです。しかも、つまらないことがメールの文面では誤解され、その誤解が大きく拡大されていってしまう。これを防ぐには明確な役割分担と協力し合うしくみが必要だと思いますし、積極的に議論し合える関係をぜひつくっていきたいですね。

1998年2月28日
 早稲田のジェリージェフという喫茶店に、豊田勇造さんのライブを聴きに行く。
 小山一つ背負って、全速力で胸元に突っ込んでこられたような衝撃を受ける。強くて太い声が、言葉を腹に押し込んでくる。ギブソンのJ200というどでかいギターの音は、まるで台風だ。
 一曲終わると、勇造さんはライトの中で、雲が切れたようにニコッと笑う。長く歌い続けてきた、ここらへんは本当のプロだ。
 京都生まれの勇造さんは、1966年、高校2年の時に、自作の『ヒロシマ』という歌でフォークコンテストに入賞したという。三つ下の私もこの頃は、広島でしっかり歌い出していた。勇造さんのデビューアルバムは、74年に出た、五つの赤い風船でベースを弾いていた長野隆さんとの、ジョイントライブだった。『さあ、もういっぺん』という本当の意味の処女作は、自分たちで作った会社から出したらしい。今はなき吉祥寺の、ぐわらん堂という喫茶店で、このレコードを聴いたような記憶がかすかにある。
 私自身、勇造さんの歌のすぐ近くを歩いていたはずだ。それがなぜこれまで、じっくり聴く機会を持てなかったのか、不思議に思う。いわゆる関西フォークの昂揚から半歩遅れて、勇造さんはプロの歌い手になった。ニューミュージックと総称される歌手が、内向きのきれいな歌で商業的成功を収め始めた時期だ。正反対の道を、京都から自前で歩み始めた勇造さんとは、それゆえすれ違ったのかも知れない。
 あの時期私が京都にいれば、豊田勇造は聴けても、友部正人やシバはつかまえられなかったのだろう。
 このライブに誘ってくれたのは、勇造さんの『歌旅日記―ジャマイカ編』をまとめてくれた浜野サトルさんだ。この本には、『血を越えて愛し合えたら』というレコードをジャマイカで吹き込む過程が描かれている。会場で買ってきたそのCDをかけながら、今、この文章を書いている。

 文庫の呼びかけ人に加わってもらえないか、ライブが始まる前に浜野さんに声をかけてみた。「いいですよ」とあっさり短く答え、私たちの前に腰を下ろした豊田さんを、浜野さんは紹介してくれた。(倫)

1998年2月26日
 青木栄瞳さんの『野性のセロリ』を登録する。
 詩を書き、絵を描かれる青木さんは、パソコンを使っておられない。青木さんのワープロ原稿を、HTML版とエキスパンドブック版に整えたのは長尾高弘さんだ。

 詩人たちが、作品を提示する場の一つとして、インターネットを選んでいることを知った。
 長尾高弘さんのページをたずね、ウェッブに噴き上げる詩の触媒として、この人が果たしている役割の大きさに気づいた。
 今回の青木さんの作品も、長尾さんの働きを得てウェッブに現れた。

 長尾さんのページ自体にも、新しい企画が生まれている。
「詩的日乗」と名付けられた、エッセイのコーナーができた。これも開店間もない「詩的雑談(会議室)」で、どんどん新作を書いてねとばかり、鈴木志郎康さんがプレッシャーをかけている。
「詩的日乗」冒頭の「予告に代えて」を読んで、私も鈴木さんと同じ気持ちになった。

 青空文庫の活動に関わらなければ、すれ違うこともなかったはずの人と出会い、読むことのなかっただろう作品に触れている。

 長尾さんによれば、青木栄瞳さんは近々パソコンを求め、インターネットも始められるという。(倫)

1998年2月24日
「みずたまり」で、ちょっとしたことがありました。j,utiyamaさんが芥川龍之介のテキストをすでにいくつか入力していただいていて、それを「みずたまり」にアップしてくださったのです。どうもj,utiyamaさんは、メールが不調で、私たちに連絡する術がなかったらしく、このような結果になったようです。大変申し訳ありませんが、「みずたまり」はこのようにテキストをアップする場所ではなかったので、テキストをコピーさせていただいた後、その部分を削除させていただきました。

 大変お手数をおかけしますが、もしテキスト入力をされている方がいらっしゃいましたら、何かしらの方法で、このテキストを入力しているよ、って教えていただければと思います。底本が違えば、だぶって入力してもいいんですが、でも人が入力している作品と違うものを選んだほうがいいと思いますので。今回は『老年』がだぶってしまったようです。(AG)

1998年2月22日
 MacWorld Expoが無事終了しました。「青空文庫」の普及活動も少しは出来たと思います。「みずたまり」に書き込んでいただいた、かとうかおりさん、岡本綺堂を入力していただいている、小山純一さん、わざわざ遠路、会場に足を運んでいただいて本当にありがとうございます。

 現在、パソコンのOSと言えばWindows95です。おそらくMacintoshがシェアを回復することはもうないでしょう。しかし、Macユーザーの誰もが共鳴している、その考え抜かれたユーザーインターフェイス、そのデザインの良さ、この二つは現在のWindows95には皆無と言っていいくらいです。そして、その点にマイクロソフトが注目してブラッシュアップしようとしているとも思えません。そこが何ともパソコンの将来を不安にさせます。

 と、このように、MacユーザーはすぐWindowsの悪口を言ってしまいます。でもそれは、パソコンの本来あるべき姿にWindowsがどんどん遠ざかっていくからに他ありません。誰もが簡単に使えるコンピュータ、それをもっと、もっとマイクロソフトは追求して欲しいです。

 紙の本を読むということは誰でも行える行為です。それをパソコンに置き換えたら、誰にでも出来るわけではない、ということになることに対してとても不安を感じます。そんなことから、私個人としては、最近どんどんPDA(情報携帯端末)に傾注しています。スイッチ一つで、すぐ立ち上がって、すぐ何か行える。それが一番です。(AG)

1998年2月20日
 清水鱗造さんと入谷芳彰さんにリーダーシップをとってもらい、収録作品を内容別に分類する話を、「みずたまり」で進めてきた。(2月8日付けの入谷さんによる「NDCの活用法について」から、議論はスタートしている。)
 すでに作家別と作品別のリストはある。加えて内容別のリストを作れば、開架式の図書館で書架を眺めながら、あるテーマに沿った作品を探すような使い方ができるだろうと、イメージが固まっていった。
 内容別に本を分類して、番号を振る方法には、日本図書館協会が定めた「日本十進分類法」がある。図書館で広く使われているやり方だ。
 これに従って、文庫の作品も分類しようと話が進んだ。
 どうせコンピューターを使うのだから、少し工夫もしようということになった。
 神戸芸術工科大学のページでは、目指すものをクリックするとより細かな分類項目が開かれる、うまい仕組みを作っている。同様の仕掛けの先に、収録した作品を配置するようにしようと議論が進んだ。
 書籍として刊行されている『日本十進分類法』には、引用する際、日本図書館協会の許可を得るよう指示してあるという。上記のような構造をウェッブページ上に作ろうとすれば、表の形式、用語をなぞることになる。これが引用にあたるのではないかと考えて、清水鱗造さんが日本図書館協会に問い合わせてくれた。「利用するときはどこで、どんなふうに使うかを具体的に示して、当方の了解を得て欲しい」との指示があったので、本日、日本図書館協会の担当者宛にメールを送り、電話で着信を確認して「これで検討する」とのお返事を得た。
 私たちの覚えのために、送付した依頼メールをここに置いておく

1998年2月19日
 昨日から、Macworld Expoが始まった。
 初日は私も、呼びかけ人仲間の八巻さん、野口さんといっしょにボイジャーのブースに立って、青空文庫の宣伝につとめた。
 耳を傾けてくれる人の目が輝くと嬉しい。説明をにこにこ聞いてから、私がどこかに書いた、文庫の紹介文を読んで寄ったのだと、種明かししてくれる人もいた。
『ジャズへの愛着』『歌旅日記―ジャマイカ編』をまとめてくれた浜野サトルさん、続いて、OfficeTANTOの小林剛さんとも、久しぶりに会えた。

 小林さんは、初代のハイパーカード版エキスパンドブックが出たとき、真っ先に注目した一人だ。主宰するOfficeTANTOのウェッブページで、さまざまなライブリーを公開されていて、Macの日本語環境に関する突っ込んだ広場も開いておられる。パートナーの小澤真理子さんが書いた『ロン吉百までわしゃ九十九まで』の初版は、初代のエキスパンドブックで出ているが、この作品をプロデューサーしたのも小林さんだ。
 愛犬ロンと小澤家の人々の日常を描いた『ロン吉百まで…』は、「出版社の手を借りずともここまでできるんだ」と、たくさんの人に教えてくれた、記念碑的なブックだ。私自身は続編の『犬と釣り』が書かれてから出合い、あたたかさと、凛とした折り目正しさの同居する視線に惹かれて、一気に二作を読んだ。
『犬と釣り』以来、小澤さんの新作は、エキスパンドブック形式では出ていない。けれど、ウェッブページでは「うちの晩ご飯」と名付けたコラムが日々更新されている。ここに通い詰めるうちに、硬く透き通った刺のようなこの書き手の感覚に気づき、ますます惹き付けられていった。
 朝、マシンを立ち上げるとまず小澤さんにご挨拶に行くが、彼女の深い夜に引き戻されて、そのままブラインドを下ろしたくなることがある。
 この「うちの晩ご飯」を一つの作品としてまとめてもらえないか、小林プロデューサーにお願いしてみた。小澤さんには、その気持ちがあるらしい。一つ、先の楽しみが増えた。

 青空文庫のデータベース化に関して、みずたまりを置いてくださっている長崎のプロバイダー、EDO長崎の米田利己さんから、ありがたい提案が寄せられている。Expoの会場で、米田さんのお仲間とおっしゃる山本頼寿さんが声をかけて下さった。にこにこと静かにやさしく話されるので、最初はどういう立場の方か分からなかった。EDO長崎を経営されている人らしいと分かって、あらためて野口さんと日頃のお礼を申し上げた。

 読売新聞編集局、生活情報部の林栄太郎さんから、文庫に関して取材を受ける。
 会場ではうるさいので、会議場のラウンジで話をしていると、マイクロソフトの古川享さんが通りかかった。青空文庫の一式をおさめた「新しい読書」のCD-ROMを渡し、今後は一図書館員として生きていくと申し上げると、「じゃあ、必ず見てみます」とのお返事。本当に見て下さいね。

 前年に比べて大幅に展示社が減った会場で胸に浮かんだことを、はじめはみずたまりに書こうと思った。それがキーを叩き出すと、またまた長くなったので、ここに置くことにする。(倫)

1998年2月17日
 明日18日(水曜日)から21日(土曜日)まで、幕張で開かれるMacworld Expoというイベントに、青空文庫を居候させてくれているボイジャーがブースを出す。
 文庫からも、野口と八巻が連日ブースに詰めて活動の説明にあたり、初日と最終日には、富田もこれに加わる。
 Expoをのぞかれる方は、是非、私たちに声をかけて下さい。
 会場でお渡しできるはずの小さなプレゼントと、富田が担うもう一つの使命、加え て大家さんが発表する新製品の詳細は、「みずたまり」に書き込んだ「MacworldExpo大宣伝」まで。(倫)

1998年2月7日
 昨日の朝、メールボックスを開くと、浜野サトルさんからのメッセージが届いていた。添付ファイルを解凍してみると、きれいに仕上げた三種類のブックが入っている。
『ジャズへの愛着』を青空文庫に送り込んでくれた浜野さんから、「新しい本の入力にかかる」という連絡を受けた経緯は、1月10日付けのそらもように書いた。「タイピングの速度には自信があるけれど、毎日の時間に余裕がない。半年くらいはかかるかも知れない」と控えめに添えてあったが、一区切りとなる全体のおよそ半分を、あっと言う間に仕上げて下さった。

 この日は原稿の締め切りを抱えていて、構成もまだまとまっていなかった。だが、浜野さんがかっこよく仕上げてくれたエキスパンドブック版の表紙を見ると、すぐに心が決まった。私にしては恐るべきスピードで原稿を書き上げ、登録もほっぱらかしでページをめくっていった。
 現代詩に対して長尾高弘さんが担われている役割を、浜野さんは音楽の分野で、それも青空文庫を送り込み先として果たしてくれている。
 浜野さんの働きを得て、豊田勇造さんの『歌旅日記−ジャマイカ編』を登録することができた。
 『ジャマイカ編』を読みながら、ぼんやり考えていたことに付き合って下さる方は、こちらへ。(「こちらへ」からリンクする部分が長くなっています。ひとまず登録の報告のみ、先にアップします)(倫)

1998年2月6日
「やがていつか、自分は何事かを成し遂げる。何者かになるんだ」
 そんな肩ひじ張った思いが、胃袋の裏あたりをのぞき込んでも見つからなくなったのは、いつからだろう。
 陽射しの肩が少し落ちかかり、今日もまた暮れるのだと腹をくくらざるを得なくなった午後三時、ふと思い立って探し回っても、角張った思いがかつて確かにそこにあったとささやくのは、胸の底にたまった塵の、わずかに薄くなったくぼみの縁だけだ。

「くたびれかけた」ではおさまらない。明らかにがたのきたこの体をどうにか破綻させずに、もう少し遠くまで歩きたい。薄く死にかける体に引きずられ、沈み込む心を平安に保ちたい−。
 随分手近なところで妥協したように見えて、この目標の達成が私にはむつかしい。

 キーボードのBの文字だけを半日眺めて過ごした日の夜、頂戴したメールに誘われて清水鱗造さんのページを訪ねた。
「あの人がもしいるとしたら」で始まる一節が、ふくらはぎを固くしてかかとを上げ、背筋を伸ばして立っていた。
 繰り返し繰り返し言葉をなぞるうちに、哀しいほど鮮やかな像がこめかみの間に浮かんで、今もそこにいる。

 清水鱗造さんの『週刊詩』『連続コラム』を登録する。(倫)

1998年2月6日
 西川光男さんの『砂の惑星』を登録する。
 先日西川さんからお電話をいただきました。出版社から原稿を頼まれ、その原稿を書き上げたのに、最終的にはその企画が頓挫してしまったというお話でした。そして出版社がそれを本として出版しないのなら、自分がエキスパンドブック化して売ってしまおうとも考えている、というお話でした。このような経験から、西川さんはある構想を持つようになったようです。現在の出版事情では、若い人の世に出る機会がどんどん失われていってしまう。自分が中心となって、その発表の場をインターネット上につくってしまおうじゃないか、という構想です。
 西川さんは現在「ふくろうギャラリー」というホームページを開設準備中です。この「ふくろうギャラリー」は、エキストパンドブックを中心とした「ふくろうデジタル文庫」とマルチメディア作品のコーナーに分かれ、誰でも、自分の作った作品を登録することができます。『砂の惑星』は、そのホームページに登録されている西川さんの作品の一つです。(AG)

1998年2月4日
 長尾高弘さんが訳された、ウィリアム・ブレイクの『無垢と経験のうた』『天国と地獄の結婚』、加えて長尾さんご自身の詩集である『長い夢』『イギリス観光旅行』を登録する。
 長尾さんからのリンク経由で文庫を訪ねてくださった、清水鱗造さんの『1992〜1993年 現代詩時評コラム』も、この日、同時に登録できた。
 なお、ウィリアム・ブレイクについて私が知っていることがらに関しては、こちらへ。(倫)

1998年1月29日
 青空文庫がAMD(社団法人マルチメディア・タイトル制作者連盟)Award '97 の特 別賞(The Most Reputable)を受賞しました。今年の特別賞は3作品あり、「SHOCK PRICE 500 SERIES」、「たまごっちシリーズ」と並んでの受賞です。グランプリは「RIVEN」。

 その受賞式が昨日(1月28日)恵比寿ザ・ガーデンホールで行われ、富田、野口、 八巻が出席。青空文庫以外はみな派手なマルチメディア作品なので、なにかの間違い では?という感じに悩まされましたが、審査員がコンピュータ雑誌の編集長たちだと いうことを知るに及んで、疑問は氷解しました。式のあとで「コンピュータはやっぱ りテキストですよ」と熱っぽく言ってくださる人も何人かいました。この賞はそうい う人たちからのエールだと思うことにしました。(八巻)

1998年1月28日
 青空文庫呼び掛け人の一人である長谷川集平さんは今、大きな困難に直面しています。
 文庫を訪ねてくれた方が、この問題に目を向けて下さらないかと考えて、先ほど書き込みコーナーの「みずたまり」に、「集平さんの向き合っていること」と題したメッセージを置きました。より多くの人に読んでいただきたいと思い、それをここにコピーします。
「はせがくんきらいや」という作品を、私は見殺しにしたくありません。(倫)

1998年1月27日
 昨年末から入力作業を行っていた「まざあ・ぐうす」の最終確認を完了。公開の運びとなった。
 今では日本でもよく知られている「まざあ・ぐうす」であるが、白秋の時代には、あまり大きな反響を呼ばなかったらしい。それでも白秋は、精魂傾けて翻訳作業に取り組み、この見事な本を生み出した。イギリスの伝承童謡と日本の詩人との幸福な出会いの産物を、ぜひ味わってみて欲しい。

 入力作業を進めながら、白秋の魂が乗り移ってくるような気がした。何だか、これからは、他の訳ではマザーグースを読むことができなくなってしまいそうだ。 ( LUNA CAT )

1998年1月27日
 呼び掛け人に加えていただいてから、1週間がすぎた。
 自分が入力した本と同時にデビューする結果となり、本をデビューさせるのに忙しくて、自分の挨拶は、すっかり後回しになってしまった。
 そんなわけで、遅くなりましたが、改めて皆様に御挨拶申し上げます。

 好きな言葉とか座右の銘などは特にないけれど、強いて挙げるとすれば「出会い」という言葉。人と人との出会い、人と本との出会い。そのどれもが、不思議に満ちています。
 一冊の本との出会いが、私をここまで導いてきました。青空文庫を訪れて下さるみなさんにも、ここが新しい出会いの場であることを願っています。そして、少しでもその出会いのお手伝いができれば、私にとってこれほど嬉しいことはありません。( LUNA CAT )

1998年1月26日
 報告が遅れたが、清水哲男さんの『増殖する俳句歳時記』を、23日に登録することができた。
 ウェッブページ上で成長するこの歳時記には、長尾高弘さんによって検索機能が加えられている。さらに長尾さんはエキスパンドブック版を用意し、今回の図書カードへの登録にも道を付けて下さった。
 長尾さんはご自身のページに、「エキスパンドブックによる詩集、詩誌」というコーナーを設けている。以前からここはブックマークしていて、登録のお願いを差し上げようと考えていた。それを延ばし延ばしにしているうちに、『増殖する俳句歳時記』の登録に関して、ご連絡をいただいた。長尾さんご自身の作品にも、いずれ図書カードから道を付けさせていただきたい。(なお長尾さんのページは新住所に移行中とのこと。旧ページの中味を、順次こちらに移して行かれるという)
 今回登録した『増殖する俳句歳時記』は、私にとって二つの点で興味深い。胸に響く点の詳細は、こちらへ。(倫)

1998年1月21日
 入谷芳彰さんの『大伽藍』『三つのエチュード』『センティメンタル・デイズ』を登録する。
 これらの作品はいずれも、アドビシステムズ社が開発したPDF(Portable Document Format)と呼ばれる形式でまとめられている。引き落としたファイルをプリントアウトすると、清楚に組み上げられた、B6判の本の頁そのままの感覚で読める。
 これまでDTPの分野を開いてきたアドビは、きちんとレイアウトした文書をネットワークを介して自由に交換できるよう目指して、Adobe Acrobatという技術の普及を図っている。PDFは、このAcrobat用に定められたファイル形式だ。その特長は、アドビ自身の解説を参照して欲しい。
 PDFを読んだり打ち出したりする際には、Acrobat Readerという小道具がいる。最近はよく、パソコン誌の付録CD-ROMにおさめられている。アドビのウェッブページからも、無料で引き落とすことができる
 青空文庫は、テキストとHTML、エキスパンドブックの三つの形式で作品を提供している。PDFによる作品は、今回の入谷さんのものが初めてだ。
 我々はなぜ、基本形式にPDFを採用しなかったのか。その点に関する詳細は、こちらへ。(倫)

1998年1月21日
 昨年末、難波哲夫さんより青空文庫に登録されているテキストをNewtonBook化させて欲しいとのメールをいただきました。もちろん大歓迎とのメールを差し上げましたところ、そのBookが、NIFTYのFNEWTON、データライブラリーの3番に登録されました。もし、Newtonを持っていて、NIFTYにアクセスできる方は覗いてみてください。
 ところで、Newtonとは何ぞやと思う方もいらっしゃるかもしれません。NewtonはAppleのPDA(携帯情報端末)です。ザウルスやWindows CE搭載のマシンみたいに持ち歩けるものです。そしてNewtonBookは、そのNewton上で動く電子本です。ツールがAppleより発売されているので、自由にユーザーが本を作れるのです。本は持ち歩けることが第一前提条件だと思うので、PDAで電子テキストを読むのは、本来あるべき姿のような気がします。(AG)

1998年1月19日
 翡翠さんの『選挙のユーザー インターフェイス』を登録する。
 NIFTY SERVEには、エキスパンドブックに関心を持つ人が集まってくる、ボイジャー・サロン(smss1>3>14)がある。翡翠さんは、ここを覗いている人にはお馴染みの、硬派の論客だ。今回の作品は、昨年の12月、NIFTY SERVEのボイジャー関連データライブラリー(smss1>4>13)に、ご自身がアップされたものだ。直後に興味深く読みながら、青空文庫に登録させてもらうという頭が働かなかった。
 NIFTY SERVEのボイジャー・サロンが果たしてきた役割と、サロンにおける、記憶に残る翡翠さんの発言の詳細はこちらへ。(倫)

1998年1月14日
 そらもように書き込む文章が、あまりに長すぎるとして、八巻さんにメールで叱られる。
 この欄は、「青空文庫の最新情報という性格を持つ場所だとわたしは捉えている。ウインドウが開いたときに、いくつかの項目が見えるべきだと思う」。タイトルをとりあえず見せて、クリックすると全文が開くような構造なら、長広舌にもまだ我慢が出来るかも知れない、という実にもっともなご意見なので、さっそく素直に従う。(倫)

1998年1月13日
『本とコンピュータ』三号に掲載された、「電子図書館で何を変えるか?」という座談会を読んで、文句がたまる。不平不満の詳細は、こちらへ。(倫)

1998年1月10日
 浜野サトルさんから、「青空にのせたい本」と題したメールが届く。
 豊田勇造著、『歌旅日記:ジャマイカ―日本』を、入力したいとの提案。喜びの詳細は、こちらへ。(倫)

1998年1月9日
「古典芸能やその速記本をテキスト化する際は、どのような扱いになるのか?」
 みずたまりに書き込まれた、〈ちょも〉さんのこの問いかけについて考える。
 個別テーマに絞り込んだ、例えば「圓朝電子化」といった試みを組み立てられないだろうか。突発的思いつきの詳細は、こちらへ。(倫)

1998年1月1日
 明けましておめでとう。

 まずなによりも、皆さんが健やかな一年を過ごされますように。

「今年一年で何ができた?」と、この年の暮れにも、ジョン・レノンは歌声で問いかけてくるでしょう。
 そんな時、彼に示すことの出来るものが、一つでも残せる年でありますように。

 新しい年が始まる今日からは、青空文庫にも関わりのある改正著作権法が施行される。同法に関する詳細は、こちらへ。(倫)


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