そらもよう
 


2016年07月07日 19年目の誕生日に四つのお知らせを
今日で19年目を迎える青空文庫は、ボランティアの手により今日も淡々とテキストを青空に開き続けています。成果の一つとして、本日ゴーゴリ作・平井肇訳「死せる魂 または チチコフの遍歴 第一部第一分冊」を公開致します。

二番目のお知らせは、今月末のイベントについてです。
既にSNSなどでの告知でご存知かもしれませんが、
今月の30日、“#aozorahack”主催で「aozorahack hackathon #1」が開催される事になりました。
“#aozorahack”は、昨年5月に開催された「Code for 青空文庫」アイデアソン(資料)から生まれたエンジニアコミュニティです。「hackathon(ハッカソン)」とはエンジニアのみなさまが集まってアイデアや開発を共同で競い合うイベントです。
http://aozorahack.connpass.com/event/33921/
今回のテーマは「未来の青空文庫」。申込み締切は今月23日です。

福岡でも、リモート開催を行うことが決定しています。
http://aozorahack.connpass.com/event/34818/
こちらは今月8日が締切ですので、ご興味がある方はお早めに。

「青空文庫が気になる」「なんとかしたいと考えている」「そういえば昨年「アイデアソン」があったけれどその後どうなっているの?」とお考えのエンジニア・デザイナーの皆様、リンク先の情報をご覧下さい。
 
三番目のお知らせは、サーバー移転についてです。
昨年の「Code for 青空文庫」アイデアソンで取り上げられていた議題の一つに「老朽化したサーバーの問題」がありました。今夏、新サーバーへの移転が予定されています。時期が決定次第「そらもよう」でお知らせします。

そして最後のお知らせは、オフ会です。
10月上旬の週末、東京にて久しぶりにオフ会開催を予定しています。目下8日開催の可能性が高いですが、日程と会場が決定次第同じく「そらもよう」にてお知らせします。

TPPによる著作権保護期間延長を控えながら、青空文庫は来年20周年の節目を迎えます。青空の下にいつも本があるように、さまざまな努力をみんなでしていければと思っております。今日の「そらもよう」をご覧のあなたも、ご一緒に。

2016年06月02日 アーカイブサミット2016の開催について
本の未来基金は、来たる2016年6月3日、アーカイブサミット組織委員会・文化資源戦略会議との共催で、「アーカイブサミット2016――アーカイブ資本論:アーカイブによる価値創造とビジネス創生」と題して、デジタルアーカイブとパブリックドメインについて深く考える機会を作りたいと思います。

 日程:2016年6月3日(金)午後1時~午後8時30分頃
 場所:千代田区立日比谷図書文化館
 生中継:ニコニコ生放送
 (詳細なプログラムはこちらから)

第一回サミットの開催から一年、日本のデジタルアーカイブは急速な転換期を迎えつつあります。世界に伍するナショナルデジタルアーカイブのあり方とは、そして人類の共有地としてのパブリックドメインはいかなる社会的・経済的価値を生み出すべきかについて、各界第一線の専門家と徹底的に討論します。

本の未来基金では、午後2時30分からの「特別企画シンポジウム 著作権消滅。―社会資本としてのパブリックドメイン―」を共催し、青空文庫をはじめとするパブリックドメインを社会資本としてどう捉えるかについて、議論する予定です。
 登壇者:大久保ゆう[青空文庫]/ 野口祐子[弁護士]/ 平田オリザ[劇作家・演出家/東京藝術大学特任教授]
 司会:吉見俊哉

プログラム参加は定員に達したため申込みが締切られておりますが、当日ニコニコ生放送から中継がなされる予定ですので、生中継またはタイムシフトでご覧頂けると幸いです。

2016年01月01日 いまだ来ない本のための青空
2016年1月1日、新たに多くの作品が社会の共有財産に、つまりパブリック・ドメインとなる今日この日に、青空文庫は以下の13名の著作者による、13作品を公開いたします。

 安西 冬衛「大大阪のれいめい
 梅崎 春生「桜島
 江戸川 乱歩「二銭銅貨
 大坪 砂男「浴槽
 河井 酔茗「ゆづり葉
 蔵原 伸二郎「岩魚
 式場 隆三郎「発端・電話事件
 高見 順「死の淵より
 谷崎 潤一郎「春琴抄
 中 勘助「島守
 森下 雨村「三十六年前
 山川 方夫「その一年
 米川 正夫訳「身体検査
(※なお各作家の作品の本格的公開は、昨年と同じ2月からになります)

作品が社会に還元されるというのは、単に作品が無料で読めることにとどまらず、作品自体が自由なものとして、みんなに共有されるということでもあります。

公開されたテキストから、自分の手で自分だけの1冊の紙の本を仕立てる方もいるでしょうし、名作の胸を借りながら朗読修業に励む人もいるでしょう。また海の向こうで日本語の電子テキストに触れて、その作品を別の言葉に翻訳し始める見知らぬ読者も、きっといるはずです。

そうした人と本との営みが自由であることが、パブリック・ドメインのひとつの意義でもあります。そしてその自由な青空は、次の文化を生む源となるでしょうし、むしろ青空文庫が生まれて今年で19年になりますが、すでにこの青空から育ったクリエイターが世にはいるのかもしれません。

この1月1日から同じく著作権の保護期間が満了する書き手に、山田三良という人物がいます。法学者であった彼の私家版で出された自伝には、留学中の30代前半という若い時期に、著作権の国際的な取り決めであるベルヌ条約の母体となった万国著作権会議に参加し、次の主張をしたことが短く記されています。


「[万国著作権会議]は著作権の永久性を皷吹してベルヌ条約の改正を促進することを目的としているのであるが、私は翻訳権についてはこの趨勢に反対して、東洋と西洋との如く言語の系統が全然異なる国の間においては互に翻訳の自由を認むべきであると主張したが、何人も耳を傾けるものがなかった。」(『回顧録』四一頁)


翻訳自由論として知られるその主張は、今では一部の研究者が知るのみですが、留学当時に山田が書き残した論説「學藝協力と飜譯權問題」を読むと、いかに彼が「文化の融和接近」と「全世界に於ける学芸協力の発達」を真剣に考えていたかがわかります。


「何れにしても著作権の目的は著作者の財産的利益と人格的利益とを保護するにあることは明である。併し乍ら著作権に関する立法は何れの国に於ても一方に於ては著作者の利益を保護することを期すると同時に、他の一方に於ては社会公衆が成るべく軽き負担を以て文芸的創作の結果を享受することを考慮し、国民文化の向上発展に関する公益を擁護することを目的とするものである……」(「學藝協力と飜譯權問題」二九頁)


山田は論説のなかで、言語と販路の考察に基づいて翻訳の相互自由を唱えるわけですが、その主張の根幹部分とは、「規定は国と事情に依って異なるべきものであって、同一の規定を無差別に適用することを得ずとする主張の正当なること」という論理であり、それは一元的な著作権規定に対する、文化的な視点からの疑問の表明でもありました。

公益としての文化を考える際に、経済的な観点から画一的な規制を当てはめることへの違和感は、かつて青空文庫の呼びかけ人である富田倫生もまた、芥川龍之介の「後世」(英訳)という短文を引きつつ、強く訴えかけていました(動画)。2012年元旦のそらもよう「本を運ぶ者」には、次のように記されています。


「私たちが文庫に積み始めた作品は、著者の完全な独創によって、無から突然に生じたものではない。
人は誰も、ある文化圏に生まれ落ち、言葉と文字を学び、先人の積み上げた表現にくるまれて育つ。まずは真似から始まって、作ろうと志した者のうち、才能に恵まれ、努力を怠らなかった者はやがて、自らの表現をなす。ほめられることもあれば、けさなれもしよう。学びから始まって創造に至る、それらすべての営為は、そして賞賛から罵倒にわたる作品の受容のいっさいもまた、ある文化圏の中で生じるドラマである。
私たちは、過去から未来へと続く文化の大河に生まれ落ち、四方を満たす水に育まれてはじめて自らとなり、創造の神の祝福を受けた者は、泡一つを生み出してやがて消えて行く。
著作権制度はしばしば、権利の保護に焦点をあてて論じられる。だがこの仕組みは、個が全体に育まれ、やがて全体を富ます、相互依存、相互循環的な文化のあり方を十分に踏まえて、設計されている。」


この「四方を満たす水」と「泡一つ」の関係、つまりかつて産み落とされた作品と、そうではない今を生きる作品のふたつがあることは、青空文庫の原点でもありました。開設当初の当文庫は、「青空文庫の提案」にもあるように、「一方で古典の書棚を耕しながら、もう一方で新しい書き手の作品を引き受けることができれば、空にはいつも清々しい風が渡る」ことを目指して、存命である著作権者の作品も受け入れてきました。

しかしその体制はいつからか困難となり、いったん受け入れを中止していましたが、近年それをもう一度再開できないかと模索して、有志による実験的な収録を続けてきました。そして本年より、原点へと立ち返るために、また未来へと一歩を踏み出すために、青空文庫はこの受け入れを再開したいと思います。

明日1月2日、今を生きる著作者である石塚浩之さんの「桃太郎」を公開いたします。文芸誌「三田文学」(第七十七巻第五十三号春季号)からの再録になります。

たとえ書き下ろしの収録は難しくとも、今の青空文庫の活動と同じやり方でなら、すなわち共同作業のための「底本」があり、同様に入力者・校正者のふたりがいれば、今のシステムに負担をかけることなく進めることができる、と私たちは考えました。

青空文庫へ自作の収録を求める方は、新しい「青空文庫への作品収録を望まれる方へ」のページをご一読ください。原則として「底本」と、ボランティア2名の作業が必要ですが、逆に言えばそれさえクリアできれば、「今日作られた本」でも、収録は可能です。

同時に、各種文書を現状に沿う形に、あるいは現在の青空文庫の利用実態に合う形に整えました(「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」「耕作員を志願される皆さんへ」「青空文庫へのリンク規準」)。「取り扱い規準」では、現在すでに自由活用されている図書カードや作家別作品一覧CSVの利用を、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与することで追認しました。

さらに「会計報告」では、第16期財務諸表を公開しました。「直面した課題」のページには、サーバ老朽化問題やTPP問題についての文書も、盛り込みました。

TPP(環太平洋経済連携協定)の大筋合意がなされた結果、多くの本のパブリック・ドメイン化が20年先延ばしになるおそれがあります。著作権の保護期間が延びることは、ごく一部の本の収益が継続される利点がある反面で、そのほか大半の本の死蔵が進んでしまうデメリットもあります。

「いまだ来ない本」のための青空であることとは、もし著作権者が求めるならば、まだパブリック・ドメインにならない本をも受け入れる青空であることでもあり、なおかつ、これから来る未来の本を生むための潤沢な水をたたえる青空でもあるということなのでしょう。

電子書籍サイトの蔵書に青空文庫が加えられることを「水増し」と呼ぶ人々がいる一方で、私も〈また〉、その名称を恥じません。水こそ人が生きるのに必要なものであり、青空の下に豊かな水があれば、きっと緑や花、そして生物も育つにちがいないのですから。(U)




青空文庫にとって19年めの新しい年を無事に迎えた。成人を迎える(?)のが間近に感じられるのは喜ばしいが、一方ではTPP合意による影響を具体的に受けとめるという課題もある。人も組織もそうした外からの圧力や影響を受けとめつつ、次のフェーズに進んでいかなければならない。青空文庫の19年分の蓄積が、おのずと進むべき道を示してくれるだろう。

昨年後半には入力・校正されたファイルを公開するための作業にかかわってくれる人が増えて、その分だけ明るい陽ざしがさしているのを感じる。自由な作品が静かに並んでいる(だけ)という青空文庫の清々しい姿はこのまま変わることはない。いま13000を超えている作品の数が一日また一日と日を過ぎるにしたがって増えていくことも変わらないだろう。

青空文庫の清々しい姿は19年前のささやかな蔵書数のころと同じだ。そうした青空文庫に、収録された作品を自由に使ったいろんなプロジェクトが、それぞれ独立したかたちで、無数にくっついている、あるいはぶらさがっているというイメージが19年前から私にはあったことをあらためて思いおこしている。

たとえば。
今年、パブリック・ドメインの仲間入りをした作家の一人に谷崎潤一郎がいる。マンガアンソロジー谷崎万華鏡(中央公論社)というのを見つけてから、更新を楽しみにしている。
谷崎の作品があり、それをマンガで描き変えるというのは、いわば二次使用のひとつの試みだと思う。マンガ家にはそれぞれオリジナル作品があるから、その作風を知っていれば、どんなふうに谷崎の作品を描くのか、と想像するのもひとつの楽しみとなる。原作があるからこそ、書評や批評のような側面を持つ新たな創作はおもしろいのだ。検索してみればわかるが、こうした試みはすでにいくつもある。

また、たとえば。
自分でもやってみたいと思いつつまだ果たせていないのだが、青空文庫のアンソロジーという試みはどうだろうか。あるテーマを設定し、いくつかの作品を選んで、効果的に並べる。紙の本なら全作品を印刷して固定しなければ成り立たないと思うけれど、青空文庫を利用するなら、編集する人は作品名と作者名とを考えのとおりに並べて、そこに作品へのリンクを貼ればいいのだから、いわば目次だけでアンソロジーが完成する。編集者のひとことがあればなおいいし、さらにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが付いていれば、青空文庫らしい完璧な一冊となる。
書いているだけで楽しそうだ。今年の課題としよう。(八巻美恵)


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