そらもよう
 


2006年12月31日 青空文庫と翻訳と
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」(大久保ゆう訳)を、2006年最後の公開作品として、皆様にお送りする。

私(大久保ゆう)の翻訳が初めて登録されたのは、今から8年前の1998年12月28日のことで、作品はアーサー・コナン・ドイル「ボヘミアの醜聞」だった。青空文庫も生まれてから1年と少ししか経っていなかった。

今年の青空文庫を振り返ってみると、著作権(法)がらみの、あるいは著作権を考えさせられるような内容が多かったように思える。そして青空文庫そのものも、今や自ら著作権を考えさせるものとして、この社会の中で機能しているように感じられる。

だが、青空文庫は最初からそのような存在であったかどうか、8年前のおぼろげな記憶を遡ってみると、また違ったイメージが浮かび上がってくる。私が読者として会った青空文庫は、とりわけ〈著作権〉に対する何かを感じさせることもない、ただ何か便利な図書館だった。もし〈著作権〉を意識させることがあるとすれば、それは当時の青空文庫が犯した失敗としてである。

本が共有できるという考えの面白さ、単純な素晴らしさだけを感じて、その可能性について考えることはなかったし、その意味ということにもほとんど気づかないまま、私は自分の能力向上と楽しみのために翻訳を始めることとなった。

8年というと、私の年齢が24歳であるから、その3分の1である。しかもその3分の1というのは、人の人生でいちばん多感な時期に当たっている。その時期を寝ても覚めても翻訳のことを考え、翻訳をしながら過ごした。そのせいか何でも翻訳してしまう癖がついてしまっている。外国語の本だけでなく、日本語の本でも翻訳しながら読んでいるし、人の気持ちや心もまず翻訳しようとしてしまう。ちょっとした〈翻訳人間〉のようなものになってしまったのかもしれない。

そんな翻訳人間になった今からしてみると、自分の中での〈青空文庫〉なるものの意味も変わったし、〈翻訳〉という行為に対しての意識も生まれてきた。

翻訳というのは、誰かになることである。もしくは、誰かの代わりになることである。ひとつのテクストがあって、それが誰かに伝わらないという現実がある(正しくは、その現実に気づく)。その現実を変えるため、誰かにそのテクストを伝えるため、自分の身体を使って、もう一度テクストを書き出すのである。

それは自ら好んでやる場合もあるだろうし、誰かに依頼されてやることもあるだろう。だが、わからないはずのものをわかるようにして伝える、という基本的なところは、変わることはないだろう。その元のテクストのため、原著者のため、そしてこれから読むかもしれない人のために。

もちろん、その伝えるための努力や労力の見返りは、著作権法という枠組みで保障されてしかるべきである。確かに創作とは別の仕事ではあるが、翻訳は創作よりもはるかに肉体労働の芸術であるからだ。だが、翻訳するからにはできるだけ有効に、有益に伝わることを希望するものでもある。なぜなら、その〈伝える〉ということのために翻訳という行為をするからだ。それが人によって〈伝えられている〉ことを意識させないくらい、媒介としての自らを消そうと望んでいる者さえある。

そういう考えを持つ翻訳人間にとって、自分の死後、一定の年限を経たのちに著作権が切れるということは、ある意味嬉しいことでもある。そのとき、テクストは何の縛りもなく〈伝わる〉ものとなるかもしれない。テクストにおける自己は本当の意味で透明になり、ただ自己の名前が付されたテクストだけが存在することになる。そのテクストは、誰かがその作品を伝えたいと思ったとき、あるいは自分に伝えてほしいと思ったときに、自由に使うことができるようになる。もちろん、時を経て言葉が変化していることもあるだろう。しかし、それでもなお〈伝わる〉ための役には立つかもしれない。

翻訳が〈伝える〉ために作られたものだとするなら、その目的のため、意味のためにも、それが正当な理由なく阻害されるようなことは起こってほしくない。もし著作権の保護期間が死後50年から死後70年に延長されれば、それだけその翻訳が活用される可能性が薄くなる。それだけ〈伝える〉という役目のために貢献することができなくなるのだ。

8年の月日が経ち、青空文庫から様々なことを学び、著作権のことを考えるようになった。著作権法のことに考えを巡らせるようになった。

私はひとりの翻訳人間として、これ以上の著作権保護期間の延長を望まない。そして〈伝える〉という意識があるからこそ、〈既に著作権の切れたテクスト〉を仕事でなく自ら好んで訳す場合には、自分の著作権でそのテクストに新しく制限を加えることをしたくない。いったん自由になったものを、また不自由な形に戻すとは、いったいどういうことなのか、少し立ち止まって考えてみたい。

本日公開の「あのときの王子くん」は、その自己主張のひとつの形でもある。そのことを、ご利用くださる皆様にも知っていただきたく、この一文をしたためた次第である。(U)

2006年12月29日 「作業着手連絡システム」臨時休業のお知らせ
真新しいサーバマシンで、レイアウトも一新した「新館」を、胸躍らせて運用開始したのは、4年前の2002年。
翌2003年には、「作業着手連絡システム」がスタート。入力や校正の受付が、ずいぶんスピーディになった。
運用開始から4年、サーバマシンは、一日も休まず、青空文庫の屋台骨を支え続けてきた。しかし、当時に比べるとデータ量も増えてきたせいか、最近、疲れが見えるようになってきた。具体的には、更新の時間帯が、大幅に遅れるようになってきたのである。
日々じわじわと遅れ、正午を過ぎたあたりで、こりゃさすがにマシンを変えるべきだろうということになり、品定めなどしていたのだが、もたもたしているうちにさらに遅れ、現在は19時を過ぎてしまった。
更新の遅れと競争しつつ、マシン交換の検討をすすめてきたが、後継のマシンは、機種の選定も終わり、現在セットアップ作業中。2007年1月中には、リプレースできそうだ。

ゼロからのスタートだった前回と違って、今回は、すでに動いているシステムを、新しいマシンに移行するという作業になる。データを移行するときには、「新しいデータが増えない」という状態にしておかなければならない。
加えて、疲労が蓄積している(と思われる)現行のマシンに、できるだけ負荷をかけない状態にしておきたい。
といった事情で、しばらくの間、「作業着手連絡システム」を、お休みさせていだたくことにした。
お休みしている間、作業に関する連絡は、メールで受け付ける。つまり、連絡システム稼働前の状態に戻ることになるわけだ。全てを人手に頼ることになるので、若干の遅れが発生することもあると思うけれど、そのあたりは、ご容赦願えるとありがたい。

詳しいことは、作業着手連絡システムに掲載している「お知らせ」を、ご参照ください。移行の前後には、システムの全面ストップが予想されますので、こちらにも「お知らせ」を掲載しておきます。
作業に協力してくださるみなさんには、不便をおかけすることになってしまいますが、しばらくの間、ご辛抱くださいますよう、お願い申し上げます。(LC)

2006年12月16日 デュモッフ オシップ「襟」森鴎外訳、ブテー フレデリック「橋の下」森鴎外訳、プレオー マルセル「田舎」森鴎外訳、モルナル フランツ「破落戸の昇天」「最終の午後」「辻馬車」森鴎外訳の入力をご担当いただいている方にお願い
デュモッフ オシップ「襟」森鴎外訳、ブテー フレデリック「橋の下」森鴎外訳、プレオー マルセル「田舎」森鴎外訳、モルナル フランツ「破落戸の昇天」「最終の午後」「辻馬車」森鴎外訳の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達でした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、これらの入力を引き継いでいただこうと思います。

2006年12月05日 「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」改定
本日付けで、「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」を改定する。
その狙いと、論議の過程は、11月5日付けの「そらもよう」からたどってほしい。

先に「こもれび」で、XHTML 版の表示に利用している JIS X 0213 文字画像ファイルを、誰でも自由に使って良い旨、明示してほしいと求められていた
「規準」の改定に合わせて、「早わかり」もそのことに言及したものに差し替えた。

本日改めた「ファイルの取り扱い規準」をまとめようと呼びかけたのは、1999年5月のことだ。
提案文書やその後の論議を確認してもらえれば、著作権者が権利を失うことによってはじめて「公有」となりえた作品を、ファイルをつくったことを理由に、もう一度しばるべきではないとする共通認識に向けて、ほとんどの人が考えをそろえていった過程を確認してもらえると思う。
にもかかわらず、ファイル作成にまつわる情報を残してほしいという要望を強く表そうとして、これを削らないことを再利用の条件のように書くという、不適当な文案のとりまとめを行った。
これを放置すれば、抜きづらいトゲとして長く残ってしまうのではないかと怖れていた。

静かな支持を得て、改定を終えることができた今、胸の奥で、安堵のため息を付いている。(倫)

2006年11月28日 「国民会議」第一回シンポジウム詳細
「国民会議」発足の記事(11月09日付け)で触れた、保護期間の延長問題に関するシンポジウムの詳細が決まった。
死後70年まで延ばすべきとする立場から、小説家の三田誠広さんと漫画家の松本零士さんが、講演者、パネリストとして参加される。
青空文庫からも、呼びかけ人の富田倫生がのぞむ。

12月11日(月)、午後5時30分〜午後8時。
東京ウィメンズプラザ円形ホール(東京都渋谷区神宮前)。
入場は無料だが、事前の申し込みが必要。登録は、こちらから。
皆さんの、ご参集を乞います。(倫)

2006年11月09日 「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」発足
かつてノンフィクションの記事を書いていた頃、記者発表には、取材者として何度も顔を出した。
だが、昨日は初めて、取材される側として、その場にのぞんだ。

これまで作者の死後50年まで保護されてきた著作権を、さらに20年延ばし、死後70年までとする検討を、文化庁が進めている。
去る9月22日には、日本文藝家協会、日本音楽著作権協会(JASRAC)などからなる、「著作権問題を考える創作者団体協議会」が、70年への延長を求める声明を出した。

そんな中で、弁護士の福井健策さんと、ライターの津田大介さんは、「このまま、延長への流れが加速するのを見過ごして良いのか」と考えた。
「著作権の保護期間延長は、私たちの文化や社会にとって、大きな問題だ。単に権利者団体と利用者団体の対立に矮小化されてしまったり、エンドユーザーやクリエイターなど、この問題に関係する人抜きで、十分な話し合われないまま延長が決まるのは残念だ。文化的、経済的にどのような影響が出るのか、データを集め、いろいろな考えをもつ人に集まってもらって、論議をつくそうじゃないか」
この呼びかけに、劇作家の別役実さん、平田オリザさん、ノンフィクション作家の佐野眞一さん、落語家の三遊亭圓窓さん、評論家の山形浩生さんら64人がこたえて、「会議」の発起人となった。
その内、16人が出席し、11月8日、東京国際フォーラムで「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」の記者発表がおこなわれ、この場で、会議の正式発足が宣言された。
「国民」の枠から外れるとして、オブザーバー扱いとなったが、ローレンス・レッシグさんも名を連ねている。私も、発起人のひとりとして、記者発表にのぞんだ。

国民会議の立ち位置は、「もっと論議を!」だ。
発起人にも、はっきりと延長反対の立場をとる人に加えて、「よく考えてみたい」、あるいは、条件付きながら賛成の人もいる。
会議は本日、論議の場となるウェッブページをオープンし、12月11日(月)午後5時30分から、東京ウィメンズプラザ・ホールでシンポジウムを開く。
入場は無料。シンポジウムへの参加申し込みは、上記ページで。

青空文庫は、2005年元旦2006年元旦と、延長反対のメッセージを掲げてきた。
その立場から、記者発表では、以下のように述べた。
「著作権制度の大黒柱は、まず、権利を守ること。加えて、利用を促していくこと。
新しく見えてきた利用の可能性は、青空文庫で確認できる。電子テキストになっている青空文庫の「本」は、見える人には文字で、見えない人は音声や点字で、よく見えない人には拡大文字で読んでもらえる。だが、私たち全員が、青空のように分かち合える、文化財のぬくもりに、70年延長は厚い雲をかける。それは残念だ。
そのことを踏まえた上で、延長問題を考えたい、考えてもらいたい」
明日を選ぶ手がかりとして、青空文庫が活用されることを願う。(倫)

2006年11月05日 「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」改定の提案
呼びかけ人から、「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」の改定を提案したい。

これまでの「規準」は、著作権の切れた作品を複製、再配布する条件として、ファイル作成に関わる情報を削除しないことを求めてきた。
また、作業履歴の明記を、底本を変更しての字句の修正や、用字用語の書き換えの条件としてきた。

だが、これらを条件として求める法的な根拠はない。
また、青空文庫の成果物を、より広く活用してもらおうとする「規準」取りまとめの意図に照らしても、この規定は妥当とは思えない。

そこで、ファイルの出自を示す上では有用と思われるこれらの記載を、「青空文庫からのお願い」と位置づけ直そうと考え、呼びかけ人は文案を準備し、メーリングリストに文言の検討を委ねた。

こうしてまとめた改定案を、本日広く示し、全ての作業体験者にメールで連絡して、あらためることの可否と文言の妥当性に関して、検討を求めることとする。

話し合いの場として、しみづさんの掲示板を使わせてもらう。
ご意見は、今のところ名前のないこちらまで。
なにもコメントがつかなかった場合にも、今日から一ヶ月、12月4日までは、次のステップに進めないでおく。

1999年の春から初夏にかけて進めた、「規準」とりまとめの経緯は、「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準作成に向けて その1」「その2」から、たどることができる。

広がり始めた波紋を、さらに遠く広く行き渡らせるために、もう一度、もう一仕事。(倫)

2006年10月31日 第7期(2005年9月1日〜2006年8月31日 )会計報告
「あなたの好きそうなものがあるよ」
ある人に教えてもらい、青空文庫をはじめてのぞいたのは、もうずうっと前のことです。
会計報告のページがあり、納税までしていることにとても驚きました。
そんなきっちりしているところに惹かれ、安心できるサイトだろうとリンクをつつき、ファイルをダウンロードしたものでした。
調べものや楽しみのために青空文庫を利用することは、自分にとってだけでなくまわりの人々にとっても自然のことでした。見回すと工作員をしている知人までいました。
そうして瞬く間に、青空文庫はわたくしにとってがっちりと確立した存在になっていたのです。
ある時、今はなき掲示板「みずたまり」で、当時会計を担当されていたらんむろ・さてぃさんが会計をお辞めになるとの書き込みを目にしました。わたくしは何の気の迷いか、工作員である知人に、次期会計担当のコンペでもあれば参加したいので取り次いでほしい、と連絡をしてしまいました。2005年の11月 1日のこと、だったと思います。
そしてご縁が繋がりお引き受けするはこびとなり、この度最初の決算を迎えました。
わたくしが最良の作業者であるとは思えませんが、なんにせよつなぎは必要なのでなるべく善きつなぎでありたい、と願うものであります。
わたくしは呼びかけ人という立場ではなく、八巻さんを会計部代表と仰ぐ一会計係にすぎません。でも、そんな立場で青空文庫の存続に加わっているのを、わたくしはこっそり楽しんでおります。

会計報告のページを更新いたしました。
ここにご報告いたします。(団雪)

2006年09月26日 日本語学習支援ポータル「uPal」から望む青空文庫
日本語学習にインターネットを利用する人に、さまざまなサービスや情報を提供するウェッブページの紹介を受けた。
岩手大学工学部情報システム工学科の三輪譲二さんが開発された、「uPal(United Portal for Advanced Learning of Japanese Language)」だ。

「uPal」のトップページを下にたどると、漢字を仮名に変換してくれるらしい、「Universal Kanji-to-Hiragana Converters」という見出しが確認できる。
ここに「Books」のカテゴリーがあって、下位に「Aozora Bunko」が並んでいる。
三つ目の「Index of Aozora Bunko (Reading using by uPal helper) 」をクリックすると、青空文庫のトップページが、見慣れない飾り付きで開く。
リンクをたどるときは、紐のかかったギフトボックスのようなアイコンをクリックする。

作品を開いてよう。
青で表示された単語をクリックすると、別ウインドウに、平仮名で読みが示される。ここから、検索エンジンの辞書機能を使って意味を調べたり、音声で読み上げさせたりできる。
日本語を学ぶ人にとっては、ありがたい支えだろう。

三輪さんによれば、現段階では、「uPal」には以下のような課題があるという。
 1000行以降の文章が削除されること。
 単語音声合成が停止する場合があること。
 文章音声合成機能はないこと。
使っていると、単語の区切りそこねや、読み間違えにも気付く。
だが、今後、確実に改善を積み重ねて行ける、確かな出発点から「uPal」が歩み始めたことは、間違いがない。

「自分たちのできることは限られていても、『どうぞご自由に』と扉を開いておけば、誰かが別のなにかと結びつけて、新しい価値を生み出してくれる。」
著作権切れ作品の電子化を進めてから、繰り返し体験してきたこのことを、今回は「uPal」に教えられた。
何度でも確認し、何度でも感動したい。
さまざまな努力を持ち寄ることで、私たちは公有となった作品を、社会の富みに育てて行ける。(倫)

2006年09月07日 岡倉天心「茶の本」村岡博訳の入力をご担当いただいている方にお願い
岡倉天心「茶の本」村岡博訳の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達でした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、岡倉天心「茶の本」村岡博訳の入力を引き継いでいただこうと思います。

2006年07月29日 芥川竜之介「田端日記」、芥川竜之介「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集4」からの入力をご担当いただいている方にお願い
芥川竜之介「田端日記」の入力、芥川竜之介「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集4」からの入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

これらの作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達でした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、芥川竜之介「田端日記」、芥川竜之介「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集4」からの入力分を引き継いでいただこうと思います。

なお、「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集4」からの入力分として登録しているのは、以下の諸作品です。

「悪魔」「或社会主義者」「案頭の書」「イズムと云う語の意味次第」「一番気乗のする時」「伊東から」「永久に不愉快な二重生活」「槐」「鸚鵡」「O君の新秋」「鬼ごっこ」「解嘲」「蛙」「かちかち山」「学校友だち」「南瓜」「「仮面」の人々」「寒山拾得」「鑑定」「教訓談」「京都日記」「孔雀」「囈語」「講演軍記」「骨董羹」「才一巧亦不二」「鷺と鴛鴦」「雑筆」「沙羅の花」「詩集」「支那の画」「蒐書」「商賈聖母」「饒舌」「小説の読者」「娼婦美と冒険」「食物として」「西洋画のやうな日本画」「創作」「続澄江堂雑記」「続野人生計事」「その頃の赤門生活」「大正十二年九月一日の大震に際して」「田端人」「近頃の幽霊」「澄江堂雑記」「点心」「東京小品」「東西問答」「動物園」「偽者二題」「日本小説の支那訳」「日本の女」「入社の辞」「沼」「念仁波念遠入礼帖」「俳画展覧会を観て」「売文問答」「パステルの竜」「はっきりした形をとる為めに」「八宝飯」「微笑」「一つの作が出来上るまで」「一人の無名作家」「病牀雑記」「病中雑記」「比呂志との問答」「風変りな作品に就いて」「拊掌談」「二人の友」「文章と言葉と」「変遷その他」「僕の友だち二三人」「本の事」「翻訳小品」「正岡子規」「又一説?」「亦一説?」「窓」「三つの指輪」「身のまわり」「無題」「野人生計事」「雪」「世の中と女」「リチャード・バートン訳「一千一夜物語」に就いて」「臘梅」「わが散文詩」「わが俳諧修業」「わが家の古玩」「忘れられぬ印象」

作業の継続が難しくなった際は、どうぞお気軽にreception@aozora.gr.jpまでご連絡ください。
メールアドレス変更の際は、reception@aozora.gr.jp宛にご一報をお願いします。(倫)

2006年06月18日 金田千鶴「霜」「夏蚕時」、辻潤「書斎」、逸見猶吉「火を喰った鴉」の校正、萩原朔太郎「夏帽子」の入力、上田敏「月」、川端茅舎「夏の月」、北原白秋「お月さまいくつ」、小島烏水「霧の不二、月の不二」、徳冨蘆花「良夜・花月の夜」、与謝野晶子「月二夜」の入力、西田幾多郎「読書」の入力、織田作之助「肉声の文学」の入力をご担当いただいている方にお願い
金田千鶴「霜」「夏蚕時」、辻潤「書斎」、逸見猶吉「火を喰った鴉」の校正、萩原朔太郎「夏帽子」の入力、上田敏「月」、川端茅舎「夏の月」、北原白秋「お月さまいくつ」、小島烏水「霧の不二、月の不二」、徳冨蘆花「良夜・花月の夜」、与謝野晶子「月二夜」の入力、西田幾多郎「読書」の入力、織田作之助「肉声の文学」の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

作業引き継ぎの打診を受けて、また、作業が長期に及んでいるものの進捗状況とお気持ちの確認のため連絡を取ろうとしましたが、果たせませんでした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、金田千鶴「霜」「夏蚕時」、辻潤「書斎」、逸見猶吉「火を喰った鴉」、萩原朔太郎「夏帽子」、上田敏「月」、川端茅舎「夏の月」、北原白秋「お月さまいくつ」、小島烏水「霧の不二、月の不二」、徳冨蘆花「良夜・花月の夜」、与謝野晶子「月二夜」、西田幾多郎「読書」を他の方に引き継いでいただきます。
合わせて、織田作之助「肉声の文学」、同時にご担当いただいていた、薄田泣菫「朝顔の花の動悸」「恋妻であり敵であった」「中宮寺の春」「春の賦」、泉鏡花「一景話題」「瓜の涙」「おばけずきのいわれ少々と処女作」「白花の朝顔」「誓之巻」「遠野の奇聞」「夫人利生記」「山吹」を入力取り消しとします。(倫)

2006年05月26日 寺田寅彦「異郷」「塵埃と光」「瀬戸内海の潮と潮流」「戦争と気象学」「凍雨と雨」、楠山正雄「瓜子姫子」「姨捨山」「人馬」「山姥の話」の校正ご担当にお願い
寺田寅彦「異郷」「塵埃と光」「瀬戸内海の潮と潮流」「戦争と気象学」「凍雨と雨」、楠山正雄「瓜子姫子」「姨捨山」「人馬」「山姥の話」の校正をご担当いただいている方に、申し上げます。

進捗状況とお気持ちの確認のため連絡を取ろうとしましたが、果たせませんでした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は寺田寅彦「異郷」「塵埃と光」「瀬戸内海の潮と潮流」「戦争と気象学」「凍雨と雨」を他の方に引き継いでいただき、楠山正雄「瓜子姫子」「姨捨山」「人馬」「山姥の話」を校正待ちに戻します。

作業の継続が難しくなった際は、どうぞお気軽にreception@aozora.gr.jpまでご連絡ください。
メールアドレス変更の際は、reception@aozora.gr.jp宛にご一報をお願いします。(倫)

2006年05月13日 菊池寛「極楽」、宮沢賢治「函館港春夜光景」の入力ご担当にお願い
菊池寛「極楽」の入力をご担当いただいている方。宮沢賢治「函館港春夜光景」の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

これらの作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達、もしくは連絡を取り合うに至っていません。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、今回申し入れてくださった方に引き継いでいただこうと思います。(倫)

2006年05月02日 田山花袋「田舎教師」、林芙美子「放浪記」の入力ご担当にお願い
田山花袋「田舎教師」と、林芙美子「放浪記」の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

田山花袋「田舎教師」の作業を引き継げないかとの打診を受けて、両作品の進捗状況とお気持ちの確認のため連絡を取ろうとしましたが、果たせませんでした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、田山花袋「田舎教師」を引き継いでいただき、林芙美子「放浪記」を入力取り消しとしようと思います。

作業の継続が難しくなった際は、どうぞお気軽にreception@aozora.gr.jpまでご連絡ください。
メールアドレス変更の際は、reception@aozora.gr.jp宛にご一報をお願いします。(倫)

2006年04月22日 「ウィキペディア」と結ぶ
著者紹介のために用意し、作家別作品リストと、個々の作品の図書カードに記載している「人物について」から、ウィキペディアにリンクした。
芥川竜之介を例に取れば、「人物について」の最終行に、ウィキペディアのバナーと「芥川龍之介」という項目名を置いた。
バナーからは、ウィキペディアのメインページに、項目名からは、「芥川龍之介」の項にジャンプする。

「ウィキペディアにリンクしよう」との提案は、門田裕志さんによる。
バナーは「Wikipedia:Banners and buttons」にあったもの。
作業にあたっては、Kzhrさんによる「青空文庫収録著者一覧」を参考にした。

ウィキペディアにすでに項目がありながら、リンクできていないものや、今後、新たに書かれるものなどを補っていくために、「こもれび」に「ウィキペディアへのリンク漏れを補う」というテーマを立てておく。
不備に気付かれた方には、ご指摘をお願いします。(倫)

2006年04月13日 「青空文庫早わかり」を更新
使いこなしの手引きとして用意している、「青空文庫早わかり」を更新した。
azur で XHTML 版を縦組み表示させた画面のキャプチャーを冒頭に置き、文章を読むためのソフトをまとめて紹介した、鈴木厚司さんの「テキストビューワー」にリンクした。
加えて、これまで記載してきたもののうち、死に体になっている内容を外し、新たに開かれた、活力ある青空文庫関連のページを盛り込んだ。

長く放置してきた「早わかり」を直そうと思い立ったのは、ゼファー生さんが「こもれび」で案内してくれた、Tecnorati を眺めていたときだ。
この検索エンジンは、設定した語句に対するコメントを、ブログから集めてくる。
並び順は時系列で、1時間前に書かれた内容が、もう拾われていたりする。
リストアップされた文庫に関する記述を追うと、XHTML 版をウェッブブラウザーで開いて、「読みにくい。やはり紙の本がいい。」と背を向けたコメントが、何度か、目尻のあたりに刺さった。

私だって、読むなら今でも紙がいい。
けれど、作るにも置くにも配るにもお金のかかる紙の本では、青空文庫のような仕組みは作れない。
そんな袋小路に、読みやすさの電子本は、突破口を開くと思ったのが、文庫の開設につながった。
初心をまとめた「青空文庫の提案」には、設立呼びかけ人が惚れ込んだ、エキスパンドブックという電子本への期待が、今となっては気恥ずかしいほど、こめられている。

後に青空文庫は、そのエキスパンドブックを捨てた。
だがそれも、読みやすさを放棄してのことではない。
作ることの負担や、ファイル形式が古びてきたという問題もあったが、踏ん切りが付いたのは、文章を表示する汎用ソフトの台頭があったからだ。
一つ一つを電子本に仕立てなくても、テキストや HTML を、表示ソフトがそのつど、縦組み、ページめくりにしてくれるなら、それでよい。
さらにエキスパンドブックから離れた後も、青空文庫は日本語組み版の表現力継承を目指して注記のルールを細かく定め、XHTML のタグに置き換えるスクリプトを用意し、タグに従って表示を組み直す、azur を作ってもらった。
こうした積み上げの過程は、主観的には、針り飛びしたレコードのように繰り返し繰り返し、なけなしの人望も失いつくすまで宣伝したつもりでいた。
だが、甘い甘い。全然足りてない。

Tecnorati 経由でコメントを読むと、自分たちが何をサボっているかが良くわかる。
テキストがわいてでる自然現象のような青空文庫の扱いには、脱力感も覚えないわけじゃないが、使っている人の生の声は、実に興味深い。(倫)

2006年03月15日 「青空文庫 分野別リスト」にリンク
トップページの「メインエリア」に、新しく「青空文庫 分野別リスト」という見出しをたて、当該ページにリンクした。
「分野別リスト」では、公開中の作品が、内容別に分類されている。
これまでの、作家名、作品名からの検索に加えて、ここでは「こんな内容」という観点から、作品を選べる。

青空文庫のデータベースには、分類番号のデータ欄だけは用意してあった。だが、どんな形でデータをそろえるか、これまでは詰めてこなかった。
今回リンクする「分野別リスト」は、日本十進分類法(NDC)を採用している。
これを使ってみて、皆さんから「分野別は便利」、「この形が適当」という声が上がれば、青空文庫のデータベース自体に、NDCの分類データをもたせることも、考えてみたい。

分類データの作成に当たられたのは、しだひろしさん、Jukiさん、あすなろさん。検索システムに仕立ててくださったのは、おかもとさんだ。
今日に至る経緯をJukiさんにご紹介いただく前に、まずは私から、作成に当たられた皆さんにお礼を。
大きな贈り物を、私たちに、ありがとう。(倫)


青空文庫のトップ頁に、しばらくの間「青空文庫 分野別リスト」をリンクさせていただくことになりました。URLは、
http://yozora.kazumi386.org/
です。
このサイトでは、青空文庫の公開作品を日本十進分類法(NDC)で分類しています。あちこちクリックしてみてください。使い心地はいかがでしょうか。これは不要と思われたり、逆になぜこれがないのかと不満を覚えられたり。色々気が付いた点があることでしょう。
その際は、どうぞ掲示板[よぞら / Night Sky] に貴方のご意見をお寄せ下さい。

・経緯
昨年(2005年)の5月、掲示板「みずたまり」に書かれたある発言が、aozora blogで保存されています。

>ジャンル別は便利!
>青空文庫をジャンル別にわけてくれませんか?本をよく知らない人には、利用しにくいと思います。さらに、利用する人がふえるのではないでしょうか・・
「ジャンルは便利!」より)

例えば自分の読みたい作品の名前や作者が既にわかっている場合、青空文庫のトップ頁から探す事が出来ます。一部しか解らない場合であっても、同じ頁上部にあるGoogle、又はゼファー生さんが作成された「青空鯰」で探し出す事ができます。

ただ、どんな作品がここにあるのか、自分の読みたいジャンルの作品はここにあるのか、といった視点で探しはじめると、これはなかなか大変です。キーワードをいくつか決めてそれで探す事もできますが、それでは「キーワードを含まないが、自分の求めるジャンルにあてはまるかもしれない作品」を取りこぼすことになります。

ましてや、公開点数5000点を超えた現在、作品を片っ端から読んで判断するには余りにも時間がかかります。

自分の読みたい作品への手がかりの一つとして、図書館で見る分類のように、作品一つ一つをNDC番号で分類してみたらどうだろう、と提案したのがしださんです。

学校の図書室や図書館の本の背表紙に、三段組で数字や文字が書かれているシールが貼られているのを見た事があると思います。その内一番上の段に振ってある数字が日本十進分類法(NDC)によって分類された種類を表しています。これがNDC番号です。

しださんは、先程紹介した「ジャンルは便利!」という記事を立てて、2005.05.31現在の公開中リスト・作業中リストのデータ、日本十進分類法(NDC)のデータを募集しました。
それに答え、富田さんはそれらのデータの存在場所を紹介しました。作品一つ一つにNDC番号を付けていく作業は、しださんの他、あすなろさん、私が参加しました。

ところで、作業をした私たちは司書の資格を持っていません。ですから、NDC番号をどう作品にふっていくのかがわからず、ほぼ手探りで作業を進めました。結局その時点では、付けてはみたが自信がないNDC番号、わからないNDC番号の頭に「?」を付けました。複数のNDC番号を付けた作品もあります。後に提案される「青空文庫 分野別リスト」では、?は外し、複数付いているものはそのまま生かしています。

10月には、NDC番号付けがほぼ出来上がりました。「ジャンルは便利!」、およびコメント欄を御覧いただくと、この間の経過と、その後の経過がわかるかと思います。

データは出来上がりました。しかしこれからどうするのか。青空文庫の作業について話し合うメーリングリストの中でも迷いや疑問が出、解決する糸口がなかなか見えませんでした。一時、プロジェクトは休止していました。

12月の初め、新しい動きがありました。aozora blog上で私たちに助言をして下さっていたおかもとさんが、処理済データを「青空文庫 分野別リスト」という具体的な形で表現してくださったのです。拝見して、やはり文学が多いなと再確認したり、全分野それぞれに作品が収録されているという事に意外さを感じました。

「青空文庫 分野別リスト」の頁にはもう一つ、「児童書(じどうしょ)トップ」というリストもあります。NDC番号付け作業の際にしださんは、児童向け作品が分るようにするため、該当する作品のNDC番号の頭にKを付けることも提案していました。その結果が反映されています。青空文庫にやってくる子ども達への、もう一つの道しるべです。(もちろん大人にも参考になるはずです。)

NDC番号の訂正は随時行っています。しかし、私たちが見落としている間違いも沢山あるはずです。その際も、専用掲示板[よぞら / Night Sky]に情報を寄せていただけると有り難いです。よろしくお願いします。

そして、最後に。
新しい収録作品にNDC番号付けをしたり、番号を修正したりするなど、作業はしばらく続けていく必要があります。ただ、現在のメンバーではどうしても手が回らないことが多々あります。
ここまで読んで下さった方の中に、自分も分類作業をしてみたい!と思われた方はいらっしゃいませんか。どうぞ、[よぞら / Night Sky]まで御連絡下さい。(Juki)

2006年03月07日 夢野久作「名娼満月」の校正ご担当にお願い
夢野久作「名娼満月」の校正をご担当いただいている方に、申し上げます。

これらの作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達でした。

reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。
本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、今回申し入れてくださった方に引き継いでいただこうと思います。(倫)

2006年03月04日 夢野久作「所感」「ナンセンス」の校正ご担当にお願い
夢野久作「所感」「ナンセンス」の校正をご担当いただいている方に、申し上げます。

これらの作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達でした。

reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。
本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、今回申し入れてくださった方に引き継いでいただこうと思います。(倫)

2006年02月25日 岡本かの子「渾沌未分」、林芙美子「河沙魚」「魚の序文」「清貧の書」「風琴と魚の町」、正岡子規「花枕」の入力ご担当にお願い
岡本かの子「渾沌未分」の入力をご担当いただいている方。
林芙美子「河沙魚」「魚の序文」「清貧の書」「風琴と魚の町」の入力をご担当いただいている方。
正岡子規「花枕」の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

これらの作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達でした。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、今回申し入れてくださった方に引き継いでいただこうと思います。

取り組みが長期にわたっている皆さんに、お願いいたします。
継続が困難なら、reception@aozora.gr.jpに、その旨、ご一報ください。
別の方に取り組みのチャンスを与えていただくことも、ありがたい貢献です。
作業途中の成果があるなら、生かした形で引き継げないか、可能性を探ります。
メールアドレス変更の際は、reception@aozora.gr.jp宛にご一報をお願いします。(倫)

2006年02月01日 著作権保護期間延長の対象となるりうる作品への取り組み方針
2006年に入って数分後、久生十蘭の入力申請があった。
これまでなら、迷わず受理してきたはずの申し入れに、今回はたじろいだ。

将来、著作権が切れる作家に対し、どこまで先回りして取り組むかの目安を、青空文庫は、「2年先」に置いている。翌々年の1月1日で公有となるものまで申請を受け入れ、「作業中の作品」リストに記載してきた。
1957(昭和32)年10月6日に他界した久生の著作権は、2008年1月1日で切れる。青空文庫のルールに照らせば、2006年に入った段階で、申請を受け入れることになる。
そうした事情を踏まえての、新年早々の申し入れだった。

それに戸惑ったのは、著作権保護期間延長の動きが頭に浮かんだからだ。
文化庁は、これまで作者の死後50年までだった保護期間を、さらに20年延ばす方向で、検討を進めている。(「著作権法に関する今後の検討課題 (6)保護期間の見直し 」文化審議会著作権分科会)結論は、2007年度中に得ると、締め切りも設定されている。
延長の法改正が2008年に行われるなら、久生は多分、影響をまぬかれる。だが、2007年中にまとまれば、公開は、2028年に先送りされかねない。
世話役と点検メンバーで協議し、以下の対処方針を青空文庫メーリングリストに諮った。

・受け付けはこれまで通り、2年先の元日から公開できるものまでを対象とする。
・2008年以降に著作権切れを迎えるものの申請があった際は、公開が20年遅れるかも知れない旨を伝えた上で、そのリスクを受け入れてくれるのであれば、受理する。
・影響を受ける可能性のある作家の作品リストにも、その旨を記載する。
・延長の動きが、青空文庫の活動に直接影響し始めたことを示し、なにが、なぜ起ころうとしているのかを明らかにしていく。

保護期間延長の対象となるりうる作品に対して、青空文庫は今後、この方針でのぞむ。
加えて、延長への反対を訴える
懸念を、杞憂に終わらせるために。(倫)

2006年01月21日 1月25日、ミラーサイトが一時停止
サーバーの移転作業のため、1月25日(水曜日)、青空文庫のミラーサイト(http://mirror.aozora.gr.jp/)に、一時的にアクセスできなくなります。
停止期間は、午前0時から午後9時。作業の都合により、回復のタイミングは前後する可能性があります。
青空文庫のミラーサイトは、ON TV Japan のご支援により維持されています。(倫)

2006年01月09日 泉鏡花「天守物語」、泉鏡花「化銀杏」「琵琶伝」、宮沢賢治「ビジテリアン大祭」、宮沢賢治「ありときのこ」「ざしき童子のはなし」「シグナルとシグナレス」「虹の絵の具皿(十力の金剛石)」、オマル・ハイヤーム「ルバイヤート」の入力ご担当にお願い
泉鏡花「天守物語」の入力をご担当いただいている方。
泉鏡花「化銀杏」「琵琶伝」の入力をご担当いただいている方。
宮沢賢治「ビジテリアン大祭」の入力をご担当いただいている方。
宮沢賢治「ありときのこ」「ざしき童子のはなし」「シグナルとシグナレス」「虹の絵の具皿(十力の金剛石)」の入力をご担当いただいている方。
オマル・ハイヤーム「ルバイヤート」の入力をご担当いただいている方に、申し上げます。

これらの作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、不達、もしくは連絡を取り合うに到っていません。
reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。
一月を経て、連絡を取り合えない場合は、今回申し入れてくださった方に引き継いでいただこうと思います。

作業の継続が難しくなった際は、どうぞお気軽にreception@aozora.gr.jpまでご連絡ください。
メールアドレス変更の際は、reception@aozora.gr.jp宛にご一報をお願いします。(倫)

2006年01月01日 全書籍電子化計画と著作権保護期間の行方
坂口安吾「風博士」、下村湖人「次郎物語 第一部」、豊島与志雄「」、下村千明「泥の雨」、相馬黒光「一商人として」(相馬愛蔵との共著)を公開する。
彼等はともに、1945(昭和20)年の敗戦を経て、戦後の混乱期を生き、1955(昭和30)年に没した。そこから、まる50年を過ぎて迎える、今日ははじめての元旦。著作権法の定めにより、本日から彼等の作品は、自由に公開し、複製できる、公有のものとなった。

敗戦の翌年に発表した「堕落論」で、焼け跡、闇市のオピニオン・リーダーとなった坂口安吾は、太平洋戦争が始まってまもない、1942(昭和17)年2月に発表した「日本文化私観」ですでに、「京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである。」と、戦後につながる論説の筋を示している。
きれいごと殺しの精神は、本来、彼にあった。
真珠湾攻撃に特殊潜航艇で参加し、「軍神」とされた九人に対するオマージュとして書かれた「真珠」でも、生きることの足許から人の実相をみきわめようとする精神は、否応なくわき上がってくる「神」への敬意とのあいだで、緊張をはらみながら、そこにある。
そして、「戦争は終わつた。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によつて胸をふくらませてゐるではないか。人間は変りはしない。たゞ人間へ戻つてきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによつて人を救ふことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救ふ便利な近道はない。」とする「堕落論」。昨日まで、精神の梁としてきた倫理や徳目の瓦解を経験した日本人の多くが、ここではじめて安吾に共振したということなのだろう。生きて、堕ちて、堕ちきることも出来ず、やがて何かにすがらざるを得なくなる、それが人というものとの見切りは、幅広い共感を得て、彼を人気作家へと押し上げた。

安吾の作品が今なお備える力は、今日を目指して進められた、青空文庫におけるファイル作成作業にも、よく現れていると思う。彼の「作家別作品リスト」に目を通して欲しい。すでに校了となり、公開を待っている作品、校正中、校正待ちまで到達した作品は、合わせて300近くに及んでいる。
下村湖人「次郎物語」全5巻の入力は、すでにお一人の手によって完了し、別のお一人によって、校正が進んでいる。本日の「第一部」に続いて、明後日には「第二部」の公開を予定している。
小説家、翻訳家として、数多くの作品を残した豊島与志雄に関しても、幅広い取り組みが進んでいる。公開はまず、エッセーから。
坂口、下村、豊島で予定していた本日の公開分に、下村千明を加えることができたのは、入力にあたられた林幸雄さんの尽力による。掘り起こしにあたられている若杉鳥子夫妻と親交があったことから、林さんは、間もなく著作権の切れる下村千明を青空文庫にと、思い立たれた由。
加えて、相馬黒光、相馬愛蔵「一商人として」も、校正ご担当の尽力によって、ぎりぎりのタイミングで間に合った。

公有となった作品を、利用可能なファイルに仕立てることで、「作者の死後50年で著作権を切る」という、著作権法が用意した仕組みに生命を吹き込んで下さった皆さんに、心からのお礼を、あらためて申し上げたい。

【著作権保護期間を巡る「国際的動向」】

日本の著作権法は、権利の保護期間を、作品が生み出されたときから作者の死後50年までと定めている。
この間、作品の複製やインターネットでの公開は、権利を持つ者の許諾がなければ行えない。だが、保護期間を過ぎれば、このしばりはなくなる。
この規定の背後には、ある期間を過ぎた段階では、複製物を安く作ったり、自由に公開できるようにして、よりたやすく作品に触れられるようにした方がよい、とする考え方がある。
ならばと、私たちは「公有作品の樹」を社会に育て、四方にのびた枝先に、電子ファイルに仕立てた作品を置こうと志した。
その結果、昨日までに5000作品を、青空文庫という樹に実らせることができた。

そんな活動を進める中で知ったのが、保護期間を作者の死後70年まで延ばそうとする動きだ。
70年となれば、たとえば今日公開できた坂口安吾の著作権切れは、20年先に遠のく。青空文庫という樹のたたずまいは、ずいぶん寂しいものになるだろう。
細るのはもちろん、青空文庫に留まらない。国立国会図書館は、所蔵する明治期の刊行図書を画像ファイルで公開する、「近代デジタルライブラリー」プロジェクトを進めている。これを大正期、昭和期へと拡張できれば、利用価値はさらに高まるはずだが、保護期間の延長は、その発展の道筋をふさいでしまう。
ことは、本の世界に留まらない。インターネットを利用して、これから発展していくだろう、音楽やラジオ、テレビ番組、映画など、音声、映像関係のアーカイヴィングの可能性も縮む。

そんな著作権保護期間の延長を、誰が、どんなメリットがあるとして、進めようとしているのか。
そこを見きわめた上で、反対の意思を示そうと、青空文庫呼びかけ人は「著作権保護期間の70年延長に反対する」と題したそらもよう記事をまとめて昨年の元旦に掲載し、トップページに延長反対のロゴを掲げた。昨年11月に刊行された、野口英司さん編著の「インターネット図書館 青空文庫」(はる書房)でも、反対を訴えた。
こうした中で検討を加えてきた、保護期間延長を支持する論拠の中でも、今後もっとも強く押し出されると思われるのが、「国際間の制度の調和」である。

1993年10月、EUは域内各国でばらつきがあった著作権制度をならす決定を行い、保護期間については、最も長い国に合わせて、70年とする方針を打ち出した。
このEUの動きを受けて、アメリカは1998年に著作権制度の改正に踏み切った。それまで、個人の著作物は死後50年まで、法人のそれは公表後75年(もしくは創作後100年のどちらか短い方)とされてきたが、それぞれが20年延長された。
以降、アメリカは世界の各国に向けて、保護期間延長の圧力をかけ始めた。
日本に対しても、然り。
2001(平成13)年6月、小泉内閣総理大臣とブッシュ大統領は、「規制改革及び競争政策イニシアティブ」を設置し、以来、両国は、双方に改善を求める点について年次改革要望書を交わし、交渉を重ねている。米国政府の要望書には2002(平成14)年以来、「一般的な著作物については著作者の死後70年、また生存期間に関係のない保護期間に関しては著作物発表後95年という、現在の世界的傾向と整合性を保つよう」日本の著作権保護期間を延長するという主張が一貫して盛り込まれている。
2005(平成17)年11月2日付の、「日米間の「規制改革及び競争政策イニシアティブ」に関する日米両首脳への第四回報告書」には、「II.情報技術(IT)」の「B.知的財産権保護の強化」の中で、「日本国政府は、著作権保護期間延長について、国際的な動向や権利者・利用者間の利益の均衡を含む様々な関連要因を考慮しつつ検討を続け、2007年度までに著作権保護期間の在り方について結論を得る。米国政府は、音声録音を含むすべての著作物について保護期間を延長することが世界的な傾向であると認識しており、日本国政府は、この点についての米国政府の懸念を認識する。」と、今後のスケジュールを含めた対処方針が明示されている。

日本における、著作権保護期間延長の動きの背景には、娯楽産業や音楽産業の利益を代表した、アメリカ政府の意向がある。締め切りとして設定された2007年度いっぱいまでに、この構図が変化することは、おそらくないだろう。
だが、2005年末にアメリカに現れた、本の電子化を巡る大きな動きは、保護期間延長を各国に迫る張本人の足許で、「延長こそが善」とする図式が変化するのではないかとの予感を抱かせる。
長くなるが、この場で、アメリカにおける変化の兆しについて、紹介しておきたい。

【企業間競争とオープン・ライブラリー構想】

IT業界の主だった企業が、本の電子化をめぐって角突き合わす状況を生むきっかけを作ったのは、Amazonだ。
2003年10月、Amazonは自社のサイトで販売する書籍の本文に対して検索をかけられる、「Search Inside the Book」と名付けたサービスを発表した。
それまでもAmazonでは、著者名、作品名等、いくつかの切り口で、取り扱っている書籍に対して検索がかけられた。だが、書籍の中味である本文にまでは、検索の手はのびなかった。一方、例えば青空文庫なら、トップページのGoogle窓に適当な言葉を入れて、収録作品の本文に対して検索をかけられる。こうした機能を、取り扱っている書籍に対して提供するのが、Search Inside the Bookだった。
実際にキーワードを入れて検索してみると、その言葉が使われている作品が、当該箇所の前後数行を含む引用付きで、リストアップされる。さらに、このリストからのクリックで、ページのスキャン画像を開き、前後2ページずつ、都合5ページを参照できる。(同様のサービスは、2005(平成17)年11月から「なか見!検索」の名称で、Amazonジャパンでも始まっている。)
提供されている機能から推測すれば、Search Inside the Bookは、いわゆる「透明テキスト」と呼ばれる、新しいタイプのOCR技術を利用しているものと思われる。
従来のOCRでは、本のページのスキャン画像から認識された文字情報は、別個のテキスト・ファイルとして切り出される。それに対して透明テキストでは、認識されたテキストが、対応するスキャン画像に重ね合わせて、配置される。いわば、ページ画像の上に透明なフィルムを重ね、そこに対応するテキストを、透明な文字で配置したかのような形となる。この透明テキストに対して検索をかけ、ヒットした文字をハイライトさせれば、スキャン画像の文字が検索でひっかかったような効果を生み出せる。

このAmazonの動きに、検索のGoogleがすばやく対抗策を打ち出した。
Search Inside the Book発表の二ヶ月後には、「Google Print」と名付けた同様のサービスの試行を開始し、翌2004年10月には、正式なスタートにこぎ着けた。
電子化の手法は、Amazon同様、透明テキストをプラスしたスキャニング画像だった。検索結果の表示ページには、オンライン書店へのリンクが添えらており、Search Inside the Bookと同じく、Google Printも、商品として現役の、書籍の販売促進に貢献するという枠組みで設計されていた。

Amazonが先行し、Googleがあとを追ったここまでのサービスは、基本的に、出版社側との協力の下に進めるという性格のものだった。
だが、Googleは続いて、そこから一歩踏み込んだ。
2004年12月、同社は、アメリカの主要な図書館と提携し、各館の所蔵図書を電子化する、「Google Print Library」の発表を行った。
プロジェクトに加わるのは、ニューヨーク公立図書館と、オックスフォード大学、ハーバード大学、スタンフォード大学、ミシガン大学の各大学図書館、計5館。このうち、スタンフォード大学とミシガン大学は、所蔵図書のほぼ全てに相当する、それぞれ800万冊と700万冊を電子化。ハーバード大学は、まず4万冊に限定して取り組む。オックスフォード大学は、1900年以前に刊行された図書に限定。ニューヨーク公立図書館は、著作権保護の対象となっていない、痛みやすいものから取り組んで行くと、各館で作業方針は異なっていた。だが、保護対象のものも排除しないとしていた点が、出版社や著者側の警戒感を刺激した。
寄せられた疑問や批判に対してGoogle側は、著作権で保護されたものについては、検索キーワードを含む前後のほんの数行のみを表示するのであり、これはアメリカの著作権制度で認められている、フェアー・ユースに相当すると主張した。しかし、保護期間にある著作物の全体をスキャニングし、サーバーに置くという行為がそもそも、権利を侵害するものだとの反発を抑えることはできなかった。
2005年8月、Googleはスキャニング作業を3ヶ月間停止し、この間に申し入れのあった著者、出版社の書籍はプロジェクトの対象から外すという対応策を示した。
だが、こうした妥協案でも事態は沈静化せず、この間進められてきた交渉でも合意がまとまらないまま、同月には、会員8000人を擁する米作家協会所属が、Googleに対する著作権侵害の訴えに踏み切った。さらに10月には、米出版者協会が、同様に提訴した。
11月初頭、Googleは停止していたスキャニング作業を再開し、プロジェクトの名称を、Google Printから「Google Book Search」へと変更した。

Amazonが先鞭を付けた、「本を電子化し、中味にまで検索の手をのばそう」とする試みを、Googleは大きく拡張しようと試みた。
書籍の販売促進という枠を越えて、これまで書籍の中に蓄えられてきた知識や表現全体に、検索の網をかぶせるという課題を、企業の成長戦略に組み込もうとした。
このGoogleのプロジェクトの行方は、著者、出版社側の提訴があって不透明である。
だが、本の網羅的な電子化によって、書籍とインターネットの世界を連携させることに、IT企業の成長の伸び代を見いだそうとするGoogleの企業戦略はやはり、大きな衝撃力をもっていたということなのだろう。残された業界の大手企業と、アーカイヴィングの分野で革新的な試みを行ってきた組織の連携による、新たな提案が飛び出してきた。
Yahooは、非営利組織のInternet Archiveと連携して、著作権の切れた書籍のスキャニングを軸とした、大規模なアーカイヴィング・プロジェクト、「Open Content Alliance(OCA)」を組織した。
プロジェクトを牽引し、統括する役割は、世界中の主要なウェッブ・ページを時間軸にそって保存し、「昔の姿」を参照できるようにする、「Wayback Machine」のInternet Archiveが担う。作成されたファイルを蓄積するほか、Internet Archiveは、各分野でのデジタル化の支援を行う。Yahooは電子化された素材のインデックスづくりを担当し、カリフォルニア大学が選定した、アメリカ文学の書籍の電子化を財政支援する。AdobeとHPは、デジタル化に際して用いるソフトウェアの支援を行う。カナダのトロント大学と出版社のO'Reillyは、書籍素材の提供を行う。Prelinger Archivesと英国立公文書館は、映像の素材を提供する。

こうした役割分担のもとプロジェクトを進めようとするOCAは、2005年10月25日、旗揚げの発表イベントを催した。
会場では、プロジェクトに向けてInternet Archiveが用意した、スキャニング用装置のデモが行われた。グーテンベルクによって活字印刷技術が取りまとめられるまで、ヨーロッパにおける本作りはもっぱら、写字生(scribe)による手書きによっていた。ここから、スクライブと名付けられたシステムは、布に囲われた小さな暗室のような仕立てで、中には本を置くV字型の架台がしつらえてあり、同じくV字型のガラスのおさえが上下して、本を固定する仕組みになっている。ここに照明をあて、左右から斜めに紙面を狙う2台のカメラで、ページの画像を得る。ページめくりは、装置に張り付いているオペレーターが行い、ペダルを踏んでシャッターを切る。これで、ページあたり10セントのコストでスキャニングが可能になるというふれこみだ。スクライブでは、人がめくれば、本を傷める可能性が低くなる点が強調されているが、この装置の開発に協力したKirtas Technologyはすでに、ページめくりも自動化した、スキャニング・ロボットとでも呼びたくなるシステムを開発し、販売している。
スクライブと並んでデモの目玉となったのが、Internet Archiveがこれまで進めてきた、インターネット・ブックモービルの試みだ。小型のバンに両面印刷対応のレーザープリンター、裁断機、製本機とラップトップ・コンピューター、インターネット接続用のパラボラアンテナを積んだブックモービルでは、求められる本をその場で安く作って、渡しきりにしてしまう。これまで、アメリカ国内やエジプト、インド、ウガンダで試験的に運用してきたブックモービルと、OCAで今後作りためられていくページ画像データを組み合わせれば、届きにくいところに本を届ける、豊富なメニューを備えた新しい仕組みが生み出せるだろうという発想だ。
イベントの開催に合わせて、IT業界のもう一人の大物からも、OCAへの参加表明があった。マイクロソフトは、書籍の中味を検索対象とする「MSN Book Search」と名付けた機能を、同社の検索サービスであるMSN Searchに追加すると発表し、あわせてOCAに加わることを明らかにした。声明によれば、MSN Book Searchではまず、著作権で保護されていない書籍を対象とし、Internet Archiveと協力してデジタル化したものを用いて、2006年中にも試行サービスを開始する。さらにその後は、著作権で保護されたものにも対象を広げることを目指すが、その際はあくまで権利を尊重し、情報提供側との合意に基づいて機能のあり方を模索していくという。

IT産業界の主要なメンバーを集めていることに加えて、OCAで特徴的なのは、この試みが、人を得ていることだ。
Internet Archiveの設立者、ブルースター・カールである。
マサチューセッツ工科大学で、マーヴィン・ミンスキーやダニエル・ヒリスに師事して人工知能学を学んだ彼は、1983年、並列処理スーパーコンピューターの開発を目指したヒリスのThinking Machinesの設立に加わった。同社に6年間籍をおいてから、1989年に独立して、インターネットを利用したはじめての出版システムと称する、WAIS(Wide Area Information Server)の開発会社を起こした。これを1995年にアメリカン・オンラインに売却し、1996年には、ウェッブページへのアクセス・ランキングを得る技術の、Alexa Internetを設立した。(1999年には、同社もAmazonに売却。)
同じく1996年に、非営利の組織として彼が起こしたのが、Internet Archiveである。
「図書館は、社会の文化的所産を蓄積し、公開するために存在する。もし図書館が、デジタル技術の時代においても教育と学問に貢献し続けようとするなら、その機能をデジタルの世界に拡張していくことは不可欠である。」
その役割を担うとして設立されたInternet Archiveは、映像や音声、テキストの収蔵、公開に加えて、Wayback Machineの提供でも、大きな役割を果たしてきた。

OCAの中核となるInternet Archiveにはブルースター・カールという人がいて、彼には、デジタル時代の文化的所産を包括的に蓄積し、自由なアクセスを保証していこうとする、確乎たる信念がある。
また、さまざまな考え方やアイディアを受け入れ、大きな構想の枠の中に位置づけようとする柔軟性も、この人物にはある。大学や図書館、非営利の組織などを、企業と連携させる度量と、才覚も、備えているようにみえる。
Internet Archiveは、OCAの成果を公開するインターネット図書館のイメージを伝える場として、「The Open Library」と名付けたページを開いている。そこでは、プロジェクトの中でスキャンされた本をすでに何冊か参照できるが、ブルースター・カール名義でまとめられた「The Open Library」と題した小冊子も、公開されている。
「人類が刊行してきた全ての書籍を、世界中のあらゆる人が参照できる夢の図書館に向けて、我々は一歩を踏みだそうとしている。」と謳うこの本には、目的達成に向けた作業方針や要素技術が説明されている。スクライブ、ブックモービル、加えて、マサチューセッツ工科大学メディアラボが中心となって、発展途上国の子どもたちにとどけるために準備を進めている100ドル・ラップトップも、OCAの成果を参照する電子本リーダーとの位置づけで紹介されている。

新しいテーマを巡って、IT企業が大きな構想を競って示し合いながら、結局は実質的な成果を生み出せなかった例は、何度も見てきた。書籍の世界と、インターネットの世界をつなぐという今回の一件にも、そうならない保証はない。
ただし、Amazonが先鞭をつけた動きは、OCAの形成にまではつながった。ブルースター・カールは、Googleにも参加を呼びかけているようで、著作権訴訟を抱えた同社が舵を切り直し、協力関係の輪がより大きく広がる可能性もなくはない。
スクライブの開発に協力したKirtas Technology、Googleのプロジェクトで使われている装置の開発元である4DigitalBooks等によって、スキャニング作業の効率は、根こそぎの電子化にも耐えられるレベルまで上がっている。
視点を引いて長めの時間軸で見渡せば、インターネットという基盤や記憶装置の大容量化、スキャニング・ロボットなど、書籍をデジタルの世界に組み入れる準備は整ってきている。
この延長上にIT産業界には、「長い著作権保護期間を望まない」勢力が、組織的な背景を備えて育って行くだろうと、私には思える。

ブルースター・カールと、映像分野のアーカイブ活動にたずさわるPrelinger Archivesの創設者で、OCAにも参加しているリック・プレリンガーは共同で、著作権制度の変更は憲法違反だとする訴訟を起こした。
かつてのアメリカの制度では、著作権の保護を受けるためには登録の必要があり、28年の保護期間を終えた後、さらに更新手続きをとった場合に限って、もう28年間、延長することができた。
そうした独自の仕組みから、アメリカは、著作権の取得に登録を要しない、国際的な基盤となっているベルヌ条約にそった制度に移行した。その時点で、これまでなら著作権の保護から早めに外れていた多くの作品が、作者の死後50年いっぱいまで、無条件で守り続けられることになった。そこからさらに、保護期間が20年延長されたことで、社会の共有物として利用できる作品の多くに、手出しができない状況が生まれたことが、訴えのポイントとされた。
2005年11月、提訴は却下されたが、彼等は上訴してなお、争うという。

【新しい波とこれからの青空文庫】

アメリカは、著作権保護期間の70年延長をはじめとして、日本に知的財産権保護の強化を、一方的に迫るだけの存在だろうか。
そんなことはない。
コンピューター・プログラムの共用の文化を育て、著作物のフェアー・ユースの幅を広くとり、文化的所産を権利で囲い込まないことに可能性を見いだそうとする人たちを多く抱えるのも、彼の国の社会である。Internet ArchiveのWayback MachineやGoogle Print Libraryといった、著作権侵害のグレーゾーンに大胆に踏み込んでいく提案は、アメリカでならばこそ生まれえたものであろう。
そのアメリカに、長い著作権保護期間を望まない企業勢力が、本の電子化を手がかりとして育ちつつある。
OCAが事実、成果をあげれば、インターネット時代のオープン・ライブラリーの作品を、なぜこれほど古いものに限定するのかとの声は、厚みを持ったハーモニーをなし始めるに違いない。
2007年度末という、日本における延長論議の締め切りには、こうした潮目の変化の影響は、及ばないだろう。
私たちは、私たち自身で、延長の圧力に対峙して行くしかない。
だが、「大道は我にあり」との確信は、何がこようとも、何があろうとも、腹に呑み続けていて間違いないと思う。

アメリカに現れた、トップダウン型の本の電子化の試みは、似通った提案を、世界の各国に生むだろう。
そうなっていくことは、基本的には望ましいことと思う。
これまで私たちが積み上げてきた多少の成果を、大きな構造の中にも位置づけてもらえるよう、包括的なインデックスの作成にあたって、どのような書誌情報が求められるか、ファイルの仕立てはどうあるべきかを学び、検討を加えていきたい。
ただ、青空文庫のような草の根の試みが役割を終えたとは、まだまだいえないのではないかと考える。
我々が提供ファイルの形式として選んでいるテキストには、さまざまなコンピューター処理が可能という、大きなメリットがある。
AmazonやGoogle、Internet Archiveなどで、ページ画像に添えられている透明テキストは、決して十分な質を備えたものではない。OCRをかけたものを、そのまま見直しなく貼り込んだレベルで、アルファベットに関してはそれでもかなりの精度があるものの、書体変更や図版、数式、汚れ、折り目などが引き金となって、大きめの乱れが生じている。日本のAmazonで始まった「なか見!検索」の透明テキストは、OCR誤植が満載の状況だ。スキャニングと、信頼性のあるテキストの作成のあいだには、なすべきことが大きく残されており、とりわけ漢字と二種類の仮名を併用する日本語では、課題が大きいことが痛感される。
スキャニングの効率なら、機械化によって大幅に改善できるが、そこから得たテキストの質を高めるには、まだまだかなりの間、人の「心を込めた作業」が求められ続けるはずだ。
著者とその作品への敬意から発した試みにはやはり、存在価値がある。
願わくば、トップダウン型、ボトムアップ型の試みが、呼応し、連携しあって、文化所産を広く分かち合う仕組みが育っていきますように。

皆さん、明けましておめでとう。
本年も、青空文庫を、どうぞよろしく。(倫)


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