そらもよう
 


2017年12月31日 吉川英治の少年小説(ラノベ)
 2017年も大晦日を迎えました。今年は青空文庫の20周年であり、久々にオフ会も開かれました。オフ会は好評でしたので、来年も是非開催したいと考えています。
 さて、大晦日に公開するのは吉川英治「神州天馬侠」です。吉川英治は、有名な作品を含めて多数公開されています。その中で「神州天馬侠」が特徴的なのは、少年小説として書かれたものだということです。ジュブナイル、もしくはヤングアダルトと、今なら言われる分野でしょうか。つまりはラノベです(ラノベにしては説教くさいですが)。
 物語は武田滅亡後の、武田勝頼の息子、伊那丸の大冒険。時代的に、徳川、北条、豊臣の思惑が絡み、混沌とする中で、伊那丸が徐々に仲間を集めて、どんな活躍を見せるのか、果心居士まで登場する波乱万丈の物語です。物語の構造としては、「宮本武蔵」に似て、表の主人公である『伊那丸』と裏の主人公である『蛾次郎』が良い対比になっています。理想を求める『伊那丸』と現世での幸せを願う『蛾次郎』が、武蔵と又八のようです。物語の最後で、二人は求めるものに手がとどくのか、それは読んでみてのお楽しみ、ということで。(門)

2017年11月06日 青空文庫20周年の声明
先日は、青空文庫20周年記念シンポジウム「青空文庫の今とこれから」へのご来場ありがとうございました。登壇者の方々にもご協力心より謝意を表したいと思います。当日お越しになれなかった皆様にも、青空文庫へのこれまでのご支援についてあらためて感謝申し上げます。

当日の模様は、多くの人に twitter 上でツイートされ、また参加者のおひとりが togetter にもまとめてくださっています。各登壇者の公開資料へもリンクされておりますので、ご参考まで。(「青空文庫20周年記念シンポジウム「青空文庫の今とこれから」に行ってきた」)

また、前半のセッション「青空文庫の20年間について」「青空文庫の仕組みとボランティア入門」については、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)さんのご協力で、動画アーカイヴが公開されております。
当初から当文庫にご支援いただいているボイジャー社のページにも、その動画のまとめがあります。(「青空文庫誕生20年記念シンポジウム映像公開」)

こうして青空文庫が20周年を迎えるなか、著作権保護期間延長問題とTPPをめぐる情勢は、大きく動きつつあります。アメリカがTPPから離脱したことで、一部項目の凍結が各国間で議論される一方で、凍結如何に関わらず知財に関しては保護期間の延長を押し切ろうとする動きもあるようです。

先日、TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム(ThinkTPPIP)では、「非親告罪化と著作権延長の時計の針は、1秒前で止まっています。」と題した緊急アピールが公開されました。

青空文庫からも、あらためてその態度を表明するために、先日行われた20周年記念シンポジウムの最後に読み上げた声明を、ここに掲げたいと思います。

ただの争いの勝ち負けではなく、あるいは一方的な忖度の結果でもなく、当文庫が願うのは、豊かな文化を生むはずの柔軟な社会のあり方です。そしてそこへ向けて、経済や外交の枠組みのみに囚われることなく、社会全体で広く議論してゆくことです。密室の論理で、わたしたちの文化の未来が左右されないことを望んでいます。



「青空文庫20周年記念シンポジウム「青空文庫の今とこれから」声明文」

多くのボランティアに支えられ、青空文庫は今年20年という節目を迎えることができました。著作権の精神を尊重しながら、誰でもいつでもどこでも自由に本が読めるという理念のもとに、多くの作品を天に積み上げ、青空文庫というパブリックドメインの空間を広げ深めてきた20年でした。青空の作品は多くの人たちに読まれ、活用され、新たな創作活動の一端を担うまでに成長してきました。可能性は無限に広がっています。

わたしたちは、これまで通りこうした活動をこれからの20年、そしてその先もずっと続けていきたいと思っています。けれど現実はどうでしょう。見上げる青空の景色が変わろうとしています。これからの20年、新しい作家の作品が青空文庫に加わることができなくなるかもしれないのです。そうなれば、青空文庫だけでなく、文化のさらなる発展、創造にはかりしれない損失をもたらすでしょう。20周年を迎えたこの時に、これからの20年のあり方をともに考え、伝え、行動していきたいと、そう思います。

昨今、日本の文化をめぐる情勢はますます息苦しく、そして抗う暇さえなく現実さえも不穏になりつつあります。自由な文化がそこに存在し、過去・現在・未来の人々が、お互いに創ったものと付随する想いを受け止め、育み、交わすことは、人間生活においてかけがえのない大切なものです。そして広く自由な青空のもとでこそ、作品は幾度となく再発見され、社会で共有されることでさらなる活用や創作へも結びついていきます。

今このときに脅かされているのは、単なる政治・経済の問題だけではありません。私たちの、命ある心の拠り所そのものである、文化のあり方が揺るごうとしているのです。未来の文化と、それを支える仕組みを、あらためて考えるべき時が来ているのだと、そう思います。

(富田倫生による「紹介・朗読」)
 時々私は廿年の後、或は五十年の後、或は更に百年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。その時私の作品集は、堆だかい埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚の餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。しかし――

 私はしかしと思ふ。

 しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。

 私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。だから私はかう云ふ私の想像が、如何に私の信ずる所と矛盾してゐるかも承知してゐる。

 けれども私は猶想像する。落莫たる百代の後に当つて、私の作品集を手にすべき一人の読者のある事を。さうしてその読者の心の前へ、朧げなりとも浮び上る私の蜃気楼のある事を。(芥川龍之介「後世」)


20年、50年、さらには100年のあとにまで、社会のなかで作品を残し続け、いつでも、どこでも、誰の手にでも触れられるようにするには、読者と本の偶然の出会いをあまねく許すような、そんな社会を作るためには、どうすればよいのか。その手段を常に模索しつつ、それとともに共有アーカイヴの意義を、これからも世の中に問いかけ続ける活動でありたいと、そう願っています。

青空文庫は20年を経て、社会における利活用や世界じゅうでの読書生活も含め、単なるボランティア活動や電子アーカイヴを越えたひとつのコミュニティにもなっていると実感しています。これからも、ともに豊かな文化を支え、創っていきましょう。(富田晶子/大久保ゆう)

2017年09月15日 青空文庫20周年記念シンポジウム「青空文庫の今とこれから」とオフ会
青空文庫は1997年の創設以来、「青空文庫の提案」をひとつの理念として、20年にわたって「青空の本」を集め、この文庫という場で誰の手にも取れるようにしてきました。

そして20周年の節目に、本の未来基金との共催で、これまでの歩みを記念し、これからの発展へとつなげるシンポジウムを開くとともに、青空文庫のボランティア耕作員や支援・活用してくださる方々との交流・情報交換の場を持ちたいと考えています。

(1)青空文庫20周年記念シンポジウム「青空文庫の今とこれから」
主催:本の未来基金、青空文庫
日時:2017年10月14日(土)13:00~
会場:スマートニュース株式会社 イベントスペース
東京都渋谷区神宮前6-25-16 いちご神宮前ビル 2F
参加費:無料[閉会後の懇親会費別]
(詳細は、申し込みページをご覧下さい)

(2)青空文庫20周年オフ会
主催:青空文庫
日時:2017年10月15日(日)10:00~
会場:日比谷図書館文化館セミナールームA(予定)
参加費:無料[昼食会費は各自]
(オフ会に参加希望の方は、info@aozora.gr.jpまで)

(1)の記念シンポジウムでは、青空文庫の20年を振り返るとともに、青空文庫の入力・校正などの実際を見せるデモや、これまでに青空文庫をご活用くださった皆様からその例をお話し頂くセッション、また著作権保護期間延長問題に関連した話題など、対外的な催しにしたいと考えています。

一方で、(2)のオフ会は、現在活動中の耕作員や、かつてボランティアしてくださった方々、あるいは最近はじめた新人さんたち、そのほか青空文庫の利用者・活用者の皆様等々で、気軽に集まって、実際の作業や利活用にあたっての情報交換や相談ができる場、日頃の問題点を話し合う機会、想い出を振り返る日、そして親睦を深める会にしたいと思います。

両方の参加、またどちらか一方の参加も歓迎致します。それぞれ申し込み先が異なりますので、ご注意ください。

2017年08月02日 横光利一「馬車」の校正をご担当いただいている方にお願い
横光利一「馬車」の校正をご担当いただいている方に申し上げます。

作業を引き継げないかとの打診を受けて、進捗状況とお気持ちの確認のためメールをお送りしましたが、お返事がありませんでした。 reception@aozora.gr.jp宛に、ご一報をお願いします。

本日から一ヶ月、ご連絡を待ちます。 一月を経て、連絡を取り合えない場合は、これらの入力を引き継いでいただこうと思います。

作業の継続が難しくなった際は、皆さん、どうぞお気軽に、reception@aozora.gr.jpまでご連絡ください。 メールアドレス変更の際は、reception@aozora.gr.jp宛にご一報をお願いします。(門)


2017年07月07日 青空文庫20周年を迎えて
7月7日といえば七夕だけれど、この日は青空文庫の誕生日でもある。誕生して20年めのきょう、多くの「育ての親」たちのおかげで、成人となった。おめでとう、青空文庫! これまでの20年間に関わってくださった人たちと、それを公開まで導いてくれているスタッフの人たちとにあらためて感謝いたします。

いまここにある青空文庫の姿だけを見るなら、なぜ自分の求めるあの作品は登録されていないのか、そんな疑問がふと湧き上がってくることがあるかもしれない。いま確認したら、収録作品数は14258(著作権なし:13977、著作権あり:281)であり、アクセス数は47320395だった。堂々とした数量ではあるけれど、それも20年という年月が培ってくれたからこそのもの。そしてすべてはヴォランティア精神の積み重ねだということは忘れないでほしい。完璧ということはありえないのが青空文庫のいいところなのだから、もしあなたの読みたいものが収録されていなかったら、そのときはそれを入力するチャンスだと考えてみてほしい。あるいは読みたい作品があなたの校正を待っているかもしれない。すべてはそこから始まる。

そして、きょうは片岡義男『彼のオートバイ、彼女の島』を公開した。一年に一作公開できるかどうかのスローなペースではあるけれど、片岡さんだけでなく、新たに自作を公開したいと申し出てくれる現役の書き手や翻訳家たちがふえてきたことは率直にうれしい。現在というまだ歴史にはなっていない時にこそ、未来のためにちょっと手を延ばして窓を開ければ、風は吹き抜けていく。(八巻美恵@星に願いを!)



本日は加えて、青空文庫サイト本体のページも、いくつか更新しています。

近ごろ、新しいボランティアや利用者の方々が着実に増えつつあることもあって、「青空文庫早わかり」「作業着手連絡システム」のトップページ、および「青空文庫FAQ」について、現状に沿うよう内容をアップデートしました。利用や作業の際、疑問点がありましたら、まずこちらの方をご参照お願い致します。

また「直面した課題」のページにも、この20年を振り返るような資料を追加しました。

「クラウドソーシングを先取りした青空文庫の軌跡 -ボランティアによる電子ライブラリ活動-」「青空文庫から.txtファイルの未来へ:パブリックドメインと電子テキストの20年」は、それぞれ専門誌の求めに応じて書かれたもので、青空文庫をめぐる人の関わり方、そして青空文庫におけるデジタル翻刻技術の展開についてまとめられています。(当該誌のサイトへリンクしています)

そして、「ある、私設テキスト・アーカイブの試み――青空文庫 1997〜2012」は、富田倫生さんが2012年の図書館総合展に際して制作したもので、元はスライド資料です。複数の関係者からこの資料の存在をご教示いただき、今回あらためて収録しました。

多くの皆様にご心配頂いた青空文庫管理サーバの老朽化についても、厚いご支援の甲斐あって、本年3月にクラウドへの移管作業が無事終了し、さらに昨年6月に開催された「aozorahack hackathon #1」で取り組まれた青空文庫の技術的な改良案も、本の未来基金およびaozorahackの協力のもと、導入に向けて進んでおります。

なお今年で20年を迎えた青空文庫ですが、10月には本の未来基金主催による20周年記念のイベントと、久々の青空文庫オフ会も予定しております。(詳細が決まりましたら、あらためてこの「そらもよう」で告知申し上げます)

気づけば20年。青空文庫に付き合っている時間が、人生の半分を超えていました。

これまで通りゆっくりとマイペースな歩みではありますが、青空文庫をよろしくお願い申し上げます。そしてご協力してくださっているボランティアの皆々様、自分たちひとりひとりにできるペースで、ともにぼちぼちと歩んで参りましょう。(U)

2017年03月30日 メンテナンスのお知らせ
「そらもよう」でも折に触れてお知らせしてきましたように、青空文庫に収録されている作品を管理するサーバの老朽化に伴い、クラウドへ移管することになりました。

メンテナンス日時:2017年3月30日 19:00-24:00頃
利用出来ないサイト:作業着手連絡システム(http://reception.aozora.gr.jp)

移管作業中は「作業着手連絡システム」に入る事が出来ませんので、入力や校正の申込みをご希望の方も、メンテナンス終了まで暫しお待ちいただくようよろしくお願いいたします。

尚、青空文庫本体(http://www.aozora.gr.jp/)は通常通りご利用いただけます。

2017年01月09日 校正待ちの壁を突き崩せ
青空文庫には、入力は済んだが校正がまだであるために公開できないでいる作品がたくさんあります。校正をする人が現われるのを待っている作品のリストを作ってみました。

青空文庫校正待ち作品検索

青空文庫では、現在、約14,000の作品が公開されていますが、それに加えて6,000近い作品が作業中になっています。これを書いている時点での詳細を見てみると(同じ作者の違う筆名とか作者と翻訳者で2回数えられていたりするので、実際にはこれより若干少ないです):

公開(公開日の予定が決まっているもの):37
校了(校正が終了した段階のもの):467
校正中(ファイルが校正者のもとにあるもの):350
校正予約(校正担当の申し込みを受け付けたもの):68
校正待ち(校正担当者がまだ見つかっていないもの):3071
入力中(まだファイルが入力者のもとにあるもの):1965

という内訳で、入力はできているけれど校正作業が始まる見込みが立っていない作品が最も多いことが分かります。

今回作ったリストでは、校正待ちとなっている作品を抽出し、作者や作品名での検索のほか、作品の長さ(さまざまな理由で機械的に処理できなかったものは「0」になってしまっていますが)や、いつから校正待ちになっているかで並べ替えができるようにしました。リンクで底本情報が記されているページに飛ぶこともできます。青空文庫の活動に参加してみたいけど、何か手軽な作品はないだろうか、などとお考えのかたに見ていただきたいです。

実は、青空文庫では、入力や校正の受け付け作業に使っているサーバーを2、3か月のうちに移転することになっていて、それに伴って、このリストを更新するプログラムも書き換えなくてはならないのですが、まだその準備はできていません。なので、このページは短いお付き合いになるかもしれませんが、どんな作品が舞台裏で出番を待っているか、ちょっとのぞいてみてください。(Y)

2017年01月01日 土地とともにあるパブリック・ドメイン
幾たびもの危機を乗り越えて、再び無事にこの日、2017年のパブリック・ドメイン・デイと20回目の新年がやってきたことを、喜びとともに迎えたいと思います。
青空文庫からは、今日から社会での共有が許されるものとして、以下に掲げる19人の作家の19作品を公開いたします。

 安倍 能成「初旅の残像
 新井 紀一「怒れる高村軍曹
 上田 広「指導物語 或る国鉄機関士の述懐
 大下 宇陀児「擬似新年
 亀井 勝一郎「馬鈴薯の花
 河井 寛次郎「社日桜
 川田 順「枕物狂
 楠田 匡介「
 小泉 信三「この頃の皇太子殿下
 小宮 豊隆「知られざる漱石
 佐佐木 茂索「ある死、次の死
 柴田 宵曲「古句を観る
 鈴木 大拙「時の流れ
 中島 哀浪「かき・みかん・かに
 中野 秀人「第四階級の文学
 野間 清六「百済観音と夢殿観音と中宮寺弥勒
 番匠谷 英一(訳)「ユダヤ人のブナの木
 深瀬 基寛「悦しき知識 ――停年講義(昭和三十三年九月十六日)
 山中 峯太郎「小指一本の大試合

このパブリック・ドメイン・デイにいちどきに公開する数としても、19作品は、年始公開を始めて以来これまででも最大となります。
青空文庫が新年元旦に公有作品を公開し始めたのが1999年、Happy Public Domain Day! と謳いだしたのが2010年で、時を経て年始にPDを考えることはそれなりに定着してきたものと思われます。

ただそのかたわら、ある年を「当たり年」というような風潮が生まれてきたことも事実です。
有名作家が数多くパブリック・ドメイン入りする年だけを言祝ぐというのは、必ずしも本意ではありません。

パブリック・ドメイン・デイは、かつて存在した様々な作家をあらためて見つめる機会でもあります。
有名・無名を問わず、過去に数多くの作家がおり、そして多彩な作品が書かれたことに、誰もが自由に向き合い、想いを馳せることができるようになるのです。

本日ここに揃えられた19作品は、かつてなされた創作という人の営みに再び光を当てたいという、願いの結晶でもあるわけです。

たとえば中島哀浪という歌人は、佐賀で多くの短歌を作りましたが、中央歌壇に出ることはなく、郷土の人として生涯を過ごしました。
そのためその当地では親しまれていますが、全国的によく知られているとはいえず、Wikipedia にも項目は立っていません。

こうした郷土作家たちや各地方の作品を、誰にでも届くどこか青空の下に置けば、少し広い世界に届くかもしれない――こうした「かもしれない」という可能性を許すのも、あるいは切り開くのも、「パブリック・ドメイン」という法的に保証された枠組みなのです。

ある土地と文芸作品とのつながりは、作品によっては切っても切り離せないものです。
作家がある土地を読み込んだ作品は、そもそもその土地にあったものを元にしたのかもしれませんが、逆に(もしくは同時に)その作品がある土地を生成していくという側面もあります。

昨年始めに別府大学で催された「文学への誘い 別府を読む×別府を書く」は、その近代文学における作品と土地との関係について「別府」をキーワードとして、青空文庫に収録されたテキストから探っていく試みだったことが、リンク先のレポートからも窺われます。

さらに、この催しに登壇した現役作家である福永信・澤西祐典・円城塔の三氏は、「別府」をテーマにそれぞれ作品を書き下ろし、その成果はのち同年4月30日、「別府×文学」という特集で大分合同新聞に公表されました。

そして三氏の希望により、明日1月2日にその3作品、すなわち
 福永 信「グローバルタワーにて
 澤西 祐典「湯けむり
 円城 塔「ぞなもし狩り
を、青空文庫に迎えることとなりました。
あるパブリック・ドメインの作品群を背景に、新しい創作がなされるというこのあり方は、かつて富田倫生氏が述べた「四方を満たす水と、泡一つ」の関係でもありましょう。

同様の試みはそのあと昨年12月には富山大学でも行われ、今後も各地で回を重ねつつ青空文庫への継続的な提供も検討されると伺っています。
土地と文学を結ぶ新たな作品を、こうして収録できることを嬉しく思うとともに、三氏の厚意に感謝申し上げます。

同じように自身の作品収録を望まれる方は、昨年2016年の元旦に更新した「青空文庫への作品収録を望まれる方へ」にぜひ目をお通しください。
パブリック・ドメイン作品の入力・校正申し込みとともに、自らの手になる作品・翻訳を届けたいという声にも応えられる青空文庫でありたいと考えています。

去年も、現代を生きる人の手になるいくつもの翻訳作品を受け入れることができました。
ところで先年、拙訳によってスコット・L・モンゴメリ『翻訳のダイナミズム――時代と文化を貫く知の運動』(白水社)を刊行した折、翻訳家の鴻巣友季子氏から次の評を頂きました。

モンゴメリが序章で、作者が死んで一定期間たつと、「作品が公有財(パブリックドメイン)となり、他の国や文化に伝わると、そこでおそらくは新たな語彙を生み出すと同時に、個別の文化・歴史の背景を際立つほどに反映させる」というのは、まさにベンヤミンの唱えた「書物の死後の生と翻訳による後熟」という概念をわかりやすく敷衍したものだろう。作者の死をもってその作品は「通約不可能性」を越えて転移し、多様化していく。(毎日新聞2016年10月30日朝刊)

青空文庫における「翻訳」とは海外の作品を日本語に移すことだけに留まりません。
たとえば「他の文化」とは、この島国の過去の文化から見た現在の文化と読んでもいいでしょう。古典の翻案も、古文の翻訳も、また新しい文化を生み出します。
また「他の国」という言葉から、日本から外国への翻訳を考えてもいいでしょう。折に触れて海外の訳者から「青空文庫のテキストを底本にして訳した」ことをお知らせ頂くこともあります。

そして作品とともに「ある土地」も「後熟」するものなのかもしれません。
昨今の「文豪擬人化ブーム」は、文豪の名前とともに共有された作品やイメージを背景にして成り立っており、その盛り上がりは新たな「翻案作品」とのコラボレーションという形で、各地の文学館にも様々な益をもたらしています。

こうした作品の、さらには土地の「後熟」を保証する後ろ盾になるのがパブリック・ドメインであるなら、だからこそその「可能性」を狭めないような法律のあり方を、心から望みたいと思うのです。

会計については第17期財務諸表が近日中に公開予定で、懸案となっていた管理サーバのクラウドへの移管も、年度内に完了する見通しが立ちました。

この2017年の7月、青空文庫は20周年を迎えます。

できるだけ長く、まずは30周年を目指して、願わくは半永久的にパブリック・ドメインとそこから生まれる文化を支えるべく、本の未来基金からみなさまのあたたかい援助を得つつ、当文庫は本年も、そして今後とも活動を続けて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。(U)


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