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「ねこばんばんせんせん」ワンダ・ガアグ/大久保ゆう訳
Millions of Cats, written by Wanda Gág




むかしむかし あるところに ずいぶんな おじいさんと ずいぶんな おばあさんが おりました。 そのすまいは、 こぎれいな おうちで、 とぐちを のぞいて ぐるりと かだんが ございます。 ところが わびしい くらしなので、 しあわせな きもちには なれなかったのでした。
「ねこさえ いてくれりゃあねえ。」と おばあさんは ためいき。
「ねこ?」と おじいさんが たずねます。
「そう、 かわいらしい もふもふの こねこ 1ぴき。」と おばあさん。
「そんなら、 ちょっと つかまえて こようかね。」と おじいさん。


こうして でかけた おじいさん、 おかを いくつも のぼって ねこを さがしました。 ぎらぎらした おかから おかへ えいさ こらさ、 ひえびえした たにから たにへ えっちら おっちら。 えんえん ながなが あるきつづけて、 とうとう たどりついた おかには なんと いちめん ねこばかり。

ここも ねこ、 そこにも ねこ、
ねこ こねこ いたるところ、
ぞろぞろと ねこ、
わらわらと ねこ、
ねこ ばんばんせんせん、 おくせんまん、 おくちょうまん。


「おお。」と うれしい こえを はりあげる おじいさん。「これなら いちばん めんこい ねこを えらんで、 うちに つれて かえれるなあ!」そこで 1ぴき えらびました。 しろねこです。
ところが かえりかけたところで、 またべつの しろくろのが めのまえに いて、 はじめのと おなじくらい かわいかったのです。 なので、 そのこも ひろいました。



なのに そのあと めに とびこんできたのが さきに いた はいいろの ふわふわ こねこ。 どこもかしこも まえと まけないくらい かわいいものですから、 また そのこも ひろいました。
そして ふと めにはいる かえりみちの かどのところの 1ぴき。 かわいすぎたので ほうっておけず、 そのこも またまた ひろいました。


そのすぐあと むこうに おじいさんが みつけたのは たいへん うつくしい くろの こねこ。
「こいつを すておくなんて なが すたるってもんだ。」と おじいさん。 そこで やはり ひろいます。

ふと そのさらにおく、 めのまえに あかちゃん とらのような ちゃいろと くろの しましま ねこ。
「まったく ひろうしか ないわい!」と こえを はりあげる おじいさん、 そのとおりに いたします。

そうして なりゆきに まかせて、 おじいさんは みつけるたびに めのまえの ねこが かわいくて ほうっておけないと、 じぶんでも わからないまま ねこを みんな つれていくことに いたしました。

こうして ぎらぎらした おかから おかへ ひきかえし、 ひえびえした たにから たにへ ぬけていき、 おばあさんに かわいい ねこ みんなを みせに かえるのです。

おじいさんの うしろから ぞろぞろと わらわらと、 ばんばんせんせん、 おくせんまん おくちょうまんと、 ねこが ついてくるのは ゆかいな みもので ありました。

みんなして いきあたったのは いけのところ。
「みゃあ、 みゃあ! みんな のどが かわいたよ!」と こえを あげていく ねこ、 ぞろぞろ わらわら ばんばんせんせんの ねこ、 おくせんまん おくちょうまんの ねこ。
「ふむ、 ここに おおきな いけが あるぞ。」と おじいさん。
どんどん ねこが みずを ひとなめずつ していくと、 なんと いけが ひあがりました!


「みゃあ、 みゃあ! みんな おなか すいたよ!」と いいだす ねこ、 ぞろぞろ わらわら ばんばんせんせんの ねこ、 おくせんまん おくちょうまんの ねこ。
「おかには くさが ふんだんに あるぞ。」と おじいさん。
ずんずん ねこが くさを ひとくちずつ たべていくと、 なんと 1ぽんも のこりません!


ほどなくして おばあさんの めのまえに みんなが やってきました。
「おやまあ!」と びっくり。「なにごとだい? ねだったのは こねこ 1ぴきなのに、 このありさまは? ――
ここも ねこ、 そこにも ねこ、
ねこ こねこ いたるところ、
ぞろぞろと ねこ、
わらわらと ねこ、
ねこ ばんばんせんせん、 おくせんまん、 おくちょうまん。」

「いやいや、 これじゃあ えさが まにあわん。」と おばあさん。「こっちが くいつぶされて、 いえが かたむくよ。」
「これは うっかり。」と おじいさん。「どうしたもんか。」
おばあさんは しばらく かんがえてから こう いいました。「よし! そんなら どのねこが のこるかは、 ねこのうちで きめてもらえば ええ。」
「そうだな。」と おじいさんは ねこ みんなに よびかけます。「いちばん めんこいのは どのねこだ?」
「はい!」
「おう!」
「いや ぼくだ!」
「わたしが いちばん!」
「うちだ!」
「いや われだ! わしだ! わらわだ!」と あがっていく こえ、 ぞろぞろ わらわら ばんばんせんせんの、 おくせんまん おくちょうまんの こえ。 どのねこも じぶんが いちばん かわいいと おもっていたものですから。

かくして おおげんかの はじまり。

どのねこも おたがいに ひっかき ぐっさり、 ものすごい ものおとで、 おじいさんと おばあさんは おおいそぎで うちのなかに かけこみました。 ふたりとも こういう あらそいごとは にがてなのです。 ところが しばらくすると ものおとも やんだので、 おじいさんと おばあさんが まどの そとを のぞきますと、 ことの しだいが わかりました。 めのまえには 1ぴきも ねこが いなかったのです!
「どうやら ともぐい しちまったみたいだね。」と おばあさん。「こまったねえ!」
「でも ほれ!」と おじいさんは くさむらを ゆびさします。 そのなかで しゃがんでいたのは、 ぶるぶる ふるえた こねこ 1ぴき。 そとへ でた ふたりは そのこを ひろいあげました。 がりがり ぼさぼさの ねこです。

「かわいそうな こねこ。」と おばあさん。
「けなげな こねこだ。」と おじいさん。「どういうわけだか くわれずに すんだのか、 ぞろぞろ わらわら ばんばんせんせんの、 おくせんまん おくちょうまんの ねこどもに?」
「その、 わたくし とても じみな こねこですので。」と こねこ。「あなたさまが いちばん かわいいのは どいつだと よびかけましたときにも、 なんとも もうしませんで。 それで だれからも ちょっかい だされずじまいで。」

ふたりは そのこねこを いえへと つれていき、 なかで おばあさんに ぬくい おふろに いれてもらい、 けなみに くしを かけてもらうと、 こねこは ふわふわ つやつやに なりました。

まいにち ふたりは たっぷりの ぎゅうにゅうを やり ――

―― すぐに こねこは こぎれいで ふくよかに なりまして。

「やっぱり かわいいのは このねこだね。」と おばあさん。
「よのなかで いちばん うつくしい ねこだとも。」と おじいさん。「そりゃあ わかるとも。 なにせ わしは ――
ぞろぞろと ねこ、
わらわらと ねこ、
ばんばんせんせん おくせんまん おくちょうまんの ねこを ――
みてきたが こいつほど めんこいのは おらなんだよ。」


訳者コメント
■本邦では『100まんびきのねこ』としても知られるワンダ・ガアグの絵本Millions of Cats (1928)は、2024年1月1日にアメリカ合衆国でパブリック・ドメインになりました。というわけで、Internet Archive, Project Gutenberg, Wikisourceなどで続々とデジタル化され、せっかくなので翻訳したいなと思っていたのでした。
■Wanda Hazel Gág (1893.3.11-1946.6.27)本人は、早々に日本で著作権の保護期間が満了していたので、近年ではいろいろと翻訳も出ているみたい。Millions of Catsは、現在刊行が継続している絵本のなかではアメリカ最古のもの、と言われていたそうな。
■タイトルにもある”Millions of”は、別に「100まんびき」という具体的な数字ではなくて、多数を示す慣用句。原文では”Hundreds of cats, / Thousands of cats, / Millions and billions and trillions of cats”とたたみかける語呂のよさとその繰り返しが小気味よいので、翻訳でも語呂のよい言葉を用いました。内容の元ネタは「キルケニーの猫」かしら。
■今年は、研究でも翻訳でも猫ざんまい。そのうち、英語論集にも猫についての記事が掲載される予定。それからこちらの本も出ます。
■『猫にご用心:知られざる猫文学の世界』(soyogo books)は2月刊行予定。ずっとウェブ連載していたものが、たくさんの増補などをした完全版としてお目見えします。どうぞよしなに。