「利根水源探検紀行」の著者、渡辺千吉郎の没年調査報告
244

カテゴリー:青空文庫 | 投稿者:tomita akiko | 投稿日:2021年9月25日 |

今から126年前の1895(明治28)年9月、当時の越後(新潟)、岩代(福島西部)、上野(群馬)の国境を特定するとともに、地質、原野開拓の可能性、動植物、鉱物の調査を目的とした利根川水源の調査探索が行われた。その記録は「利根水源探検紀行」として後世に残されている。

最初に掲載されたのは明治の総合月刊誌「太陽」の創刊号。翌年には「太陽」の出版元博文館から探検もの二本立てとして「台湾生蕃探検記」に収録された。これは国会図書館のデジタルライブラリーで一般公開されている。また1943年2月発行の川崎隆彰編「尾瀬と檜枝岐」那珂書店にも収録されている。

「利根水源探検紀行」の著者は渡辺千吉郎とある。格調高い文章で緊迫感溢れる探検隊の行動が逐一記されている。明治中期に成人であることから没後70年が経過して著作権も消滅していると思われるが、著者の渡辺千吉郎という名前の人物は当初不明であった。手がかりとしては太陽創刊号掲載の「利根水源探検紀行」には記者の前文として著者を「群馬県師範学校教諭」と紹介しており、後年の「尾瀬と檜枝岐」においても巻末の著者紹介の中で、渡辺千吉郎を群馬師範教諭としている。また著者自らは作品の中で博物学を学んだと記している。

こうしたわずかな手がかりをもとに、横浜市立図書館の司書の方に相談したところ資料調査で協力の申し出をうけ、後日調査結果の説明を受けた。師範学校教諭という役職から教育畑の資料を深掘りした結果得られた情報だった。

東北大学大学院教育学研究科研究年報第54集第1号(2005)年、清水禎文、「明治期の群馬県における教育会の歴史的展開」27頁、表3「県官吏現員表」(注1)の師範学校教員及び県学務課員名簿によると、明治26年12月現在〜明治28年12月現在の教諭欄に渡辺千治郎という一字違いの名前が掲載されている。

「日本名家肖像事典 第十巻」の「教育家名鑑」(注2)によると、渡辺千治郎は1869(明治2)年滋賀県南杣村生まれで、1893(明治26)年3月、県下高等師範学校博物学科卒業後、群馬県師範学校に教諭兼訓導として赴任、在職四年とある。これにより、後年教育家として足跡を残している「教育家名鑑」の渡辺千治郎と同人物であると推測される。

さらに、福山市立大学教育学部研究紀要2016年vol.4、中村満紀男他「師範学校附属小学校特別学級設置勧奨に関する明治40年文部省訓令第6号の政策的再評価」75頁(注3)では、群馬県において師範学校への盲唖学級開設に尽力した群馬県師範学校長で後に県教育会長を務めた大束重善の記載とともに大束の薫陶を受け後年徳島師範学校長になった渡辺千治郎に関する言及と生年、没年の記載があり「1869ー1942」年とされている。

以上から、渡辺千吉郎は渡辺千治郎と同一人物であり、没年は1942年であると推定することができると考えた。したがって著作権はすでに消滅しており、青空文庫による一般公開、利用が可能であると判断した。

著者の没年調査と合わせ、現在文化庁が進めている著作者情報が得られない作品利用を促すための「裁定制度」を利用してみた。実際の運用は文化庁が権利者団体に委託している。従来の裁定制度は手続きが煩雑で使い勝手が悪かったが、使いやすくするための実証実験が行われており、その担い手であるオーファンワークス実証事業実行委員会のサイトで手続きをし、あわせて渡辺千吉郎の本名は渡辺千治郎であると判断する資料一式も提出して判断をあおいだ。

結果としては、どれだけ状況証拠をそろえても100%の裏付けがない場合は文化庁としての公式見解として同一人物であると認めることはできない。けれどさらに踏み込んで問い合わせると、そこは個人の判断に委ねるという回答を得たことに言及しておきたい。

終わりに、著作者の没年調査で資料収集に多大なご尽力をいただいた横浜市立図書館司書の方にこの場をかりてお礼申し上げます。

(注1)https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3445&item_no=1&page_id=33&block_id=38
(注2)https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002055028-00
(注3)http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/fcu/detail/1207020160317162300


青空文庫’21/07月-’21/08月の月間アクセス増率分析
243

カテゴリー:,電子書籍,青空文庫 | 投稿者:POKEPEEK2011 | 投稿日:2021年9月12日 |

●’21/08月のアクセス増率ランキングに入ったXHTML版とテキスト版の15作品のうち、共にランクインした作品は4作品。須川邦彦「無人島に生きる十六人」、宮沢賢治「星めぐりの歌」、夢野久作「いなか、の、じけん」、同「瓶詰地獄」。
須川邦彦「無人島に生きる十六人」は椎名誠が紹介したことで、人気を呼んだようで、新潮文庫も再版されたとのこと。
宮沢賢治「星めぐりの歌」は、オリンピックの閉会式で歌われたから、アクセスが増えたことはすぐに分かった。
夢野久作「いなか、の、じけん」、「瓶詰地獄」はダークサイドミステリー 「読むと危険?奇書“ドグラ・マグラ”と夢野久作の迷宮世界」(NHKオンデマンド)で紹介されたとのこと。テキスト版で15作品の中で11作品が夢野久作作品であるのも、このためだろう。

●前月(’21/07)新規公開作品で今月にXHTML版ランキングに入っている作品は3作品。森鴎外「舞姫(新字新仮名)」と江戸川乱歩「猟奇の果」、「黄金仮面」。

(more…)


This work is licensed under a Creative Commons Attribution-Noncommercial-Share Alike 3.0 Unported License.
(c) 2024 aozorablog | powered by WordPress with Barecity