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『コッペリア』 E・T・A・ホフマン原作/アルテュール・サン=レオン&シャルル・ニュイッテル翻案/レオ・ドリーブ作曲/大久保ゆう訳
Coppélia, or the Girl with the Enamel Eyes (1870)

【登場人物】
スワニルダ:若い町娘
フランツ:その恋人
コッペリウス:老人
コッペリア
町長、鐘つき係、副町長、スワニルダの友人八名
領主、僧侶の一団、若い男女の一群、町の大人たち、衛兵隊、農夫たち、その他
【第一幕】
(東欧ガリツィア地域の辺境にある小さな町の広場。明るい色に塗られた背の高い木造家屋が並び、フレスコの施された家屋もある。他と比べて目立つ家屋が一軒あり、その窓は格子入りガラスで、その扉も鉄のかんぬきで固く閉ざされている。これがコッペリウスの住まいである。)
広場の奥にある家屋のひとつで、二階の窓が開いている。ひとりの町娘が姿を現し、その家の戸口を見据えて立ち止まる。きょろきょろと目をやってから、誰にも見られていないことを確かめると、ずいずいと前に進んでいく。
町娘ひとりだけである。コッペリウスの家に近づきながら、視線をその大きな窓へと上げると、その向こうに少女が見える。本を手にしつつ座っており、見たところ読書に夢中のようだ。
この町娘スワニルダは、その少女がコッペリアという名で、コッペリウス老人のひとり娘であると知っている。毎朝この少女はいつもこの窓のところに現れ、必ず読書をしてから、いなくなる。ところが、この謎多き建物から外へは一切出てこない。対面した人もおらず、声をじかに聞いた者もない。とはいえ、見た目は美少女であるので、この町の青年どもはこぞって、少女の座る窓の下をだらだらと通りがかっては、ひと目こちらを見てくれないものか、微笑みかけてくれないものかと、すがる思いである。なんとかコッペリウスの家に押し入ろうとしてしくじった男もひとりどころではない。いやはや、どの戸も必ず閉ざされてあり、窓の格子も固く、コッペリウス老人も誰も招き入れはしないのだ。
ところが、スワニルダはうずうずと知りたい気持ちががぜん高まっている。というのも、自分の婚約者であるフランツが、コッペリアの美貌に興味津々なのではないかと、気が気でないからだ。きっと恋人はこの美少女にぞっこんだ。スワニルダは自分の恋敵をいぶかしげに見るものの、相手はどうにもずっとぴくりともせず、押し黙っている。そこで相手の気を引いてみようと、家の前を行ったり来たりする、踊ってみる。そうしたあと見上げてみるのだが、こちらにまったく関心を示さない。コッペリアはいつでも本のほうへ目を据えており、そのくせ一ページもめくりさえしないのだ。
いらいらするスワニルダは、ついにしびれを切らしてしまう。その家の戸をどんどんとたたき出すのだが、ふと手を止める。物音が聞こえる。一階の窓に顔を出したのは、コッペリウスだ。とっさにスワニルダは建物の陰にひそむものの、ちょうどフランツもこちらへやってくるのが見えたので、かくれたまま恋人の次の行動を見極めることにする。
フランツはまずスワニルダの家のほうへと向かいかけるも、ふいに足を止める。ちらりとコッペリウスの家を見やる。コッペリアが窓のところにいる。フランツが会釈をする。その瞬間、この美少女の首が回り、本を持つ手が下がって、空いた手でフランツの挨拶に応じたように見える。そのあと少女はあわてて座り直す。
あっという間の出来事だった。フランツはコッペリアに投げキッスをしてみせるが、たちまちコッペリウス老人がまた窓を開けて顔を出す。どうやらこのなりゆきを承知の上で、何やら楽しんでいるらしい。スワニルダはそんな老人を目の当たりにして、どういうつもりなのかといぶかしむ。フランツを家のなかへ誘い込もうというのか。この町娘は、コッペリウスにもフランツにも怒り心頭だ。ともあれ何も口に出さず、何も見ていないふりをする。ちょうど蝶が飛んでいるので、それを追いかけるそぶりで姿を現す。気づいたフランツも同じように蝶を追い回すも、つかまえたあげく、ピンで上着の襟に挿してしまう。スワニルダはあまりに残酷だと恋人に文句を言う。「かわいそうに、この蝶があなたに何をしたっていうの?」との言葉を皮切りに、あれこれとなじったあと、いきおいでこの町娘はついつい言ってしまう。何もかも知っている、自分をだましている、コッペリアにぞっこんで、さきほどは投げキッスまでしたではないかと。フランツは言い訳するもまったくの無駄で、スワニルダは聞く耳も持たない。町娘はもう恋人に愛想を尽かしたのだ。
そのとき、おおぜいの若い男女と大人たちが広場に出てくる。
(舞曲「ポルカ・マズルカ」)
町長が人々を集めて告知をする。明日は大々的に式典を行い、領主さまが町に鐘を献納してくださるとのこと。踊りの催しもあり、みなで楽しく祝典を行って一日をしめくくりたい、うるわしい乙女たちも参加予定であると。人々が町長のまわりに集まる。誰もがこのよろこばしい知らせを口にする。ところがその瞬間、コッペリウスの家から物音があって、人々の関心がそちらに引きつけられる。窓から妙ちきりんな光がぱっと漏れる。この不気味な建物を怖がって縮こまる町娘もいる。
実はただハンマーが鉄床を叩く音であり、光も炉の照り返しにすぎない。コッペリウスはいつでも何かをしている頭のおかしな老人だ。何かとは何か。誰にもわからない――わかったところでどうなるものか。この老人ははみ出し者で、その楽しみの邪魔は何ぴともできない。
町長がスワニルダに歩み寄る。その話では、明日は領主さまが数組の男女に結婚のゆるしを出し、祝い金もくださるという。この町娘とフランツは婚約中であるから、なるほどあるく日に結ばれてしかるべきなのだが。
ああ! まだ時間の猶予はあるので、この町娘はうらめしそうにフランツを見やりながらも、町長に事情を話し出す。
そこで持ち出されたのが、あらゆる秘密があらわになるという麦の穂の言い伝えだ。
(舞曲「麦の穂の言い伝え」)
スワニルダは麦の穂から藁を一本抜いた上で、それを耳に当てて、声を聞いてみるそぶり。そのあと、フランツにも聞いてみろと手渡す。さてその藁は、自分は不誠実で、スワニルダには恋心もなく、別人にぞっこんだと、本人に伝えるだろうか。フランツは何も聞こえてこないと答える。その実、聞こえては困るということだ! そこで、スワニルダはフランツの知り合いひとりに、同じことを試してもらうと、その人物はにっこりして、藁の声がはっきりとわかるというそぶりをしてみせる。フランツが不満をこぼそうとするも、スワニルダは押し切って、その恋人の目の前で麦の穂をへし折ってしまい、自分たちの関係もみな真っ二つだと言い放つ。
去ってゆくフランツを尻目に、スワニルダは友だちに見守られながら踊ってみせる。グラスが卓上に置かれてあり、みんなして領主と長長の健康を祈って乾杯する。
(舞曲「チャルダーシュ:ハンガリーの民俗舞曲」)
やがて夜が来て、人々もじわりじわりと散会していくが、明くる朝には式典でまた会おうとの約束だ。町長も帰ってゆく。
さてコッペリウスは外出で、戸締まりを確かめる。家を出て数歩も行かないうちに、おおぜいの若者に取り囲まれる。老人を連れていこうとする者あれば、強引に踊らせようという者もある。かんかんになった老人は、一同をふりほどいて、悪態をつきながらその場を去ってゆく。
スワニルダも帰宅しようとする。仲良しの町娘たちにさよならを言っていると、そのうちの幾人かが地面に何かあると気づく。鍵だ。しかもコッペリウスの家の鍵だ。ついさきほど、取り囲む若者連中を無理に押し通るときに、コッペリウスが落としたにちがいない。
コッペリウスの姿はもう見えない。そこで仲良しの町娘一同は、都合よくあいつが留守であるから、あのあやしい建物に忍び込んでみようとスワニルダに持ちかける。よそ者がこれまで立ち入ったことはなく、あの建物については色々な噂がささやかれているのだからと。
初めこそスワニルダはためらったものの、みんな以上にコッペリウスの家に押し入りたいわけがある。フランツが投げキッスをした相手の顔をじかに拝んでみたいのだ。ところがフランツもずっと茂みの裏にひそんでおり、コッペリアをひと目また見る機会をうかがっていることがありありとわかる。たちまち嫉妬心がふくれあがり、スワニルダの良心を押さえつけてしまう。「なら、じゃあ、みんなで入ろ」と、仲良しの町娘一同に呼びかける。
町娘のひとりが、重々しい鍵を錠に差し入れて、扉を開ける。
足を踏み込まないほうがよいのではと町娘一同も考えはしたが、わくわくする気持ちが高まりすぎている。スワニルダと仲良しの町娘一行は、コッペリウスの家に忍び込む。その姿が建物のなかに消えるやいなや、表に出てきたフランツが梯子を持ってくる。スワニルダには勘づかれたものの、コッペリアと関わり合いになる好機がありそうならとりあえずやってみると心に決めていたのだ。「まさか?」とひとりごつ。「あれはお返しの投げキッスだったのでは? もしかすると、この家から逃げ出したい一心だったのかも。溺愛してくる爺さんが箱入りにするから出たいんだ。またとない絶好の機会だ、コッペリウスが留守にしているなんて!」
ところが、そううまくはいかない。フランツがバルコニーに梯子をかけた途端、目の前には、引き返してくるコッペリウスの姿がある。そわそわと地面を探しており、表戸の大鍵をなくしたと気づいて、探しに戻ってきたのだ。
自宅に近づくと、フランツが梯子を登ろうというところがちょうど見えたので、怒りを抑えきれない。フランツは接近する足音を耳にすると、とっさにぴょんと地面に降りて、逃げ去ってゆく。
【第二幕:第一場】
(コッペリウスの工房――大きな部屋で、各種器具・道具でごちゃごちゃとしている。台座に何体かの自動人形がある。部屋の端には、長い白ヒゲでペルシア風の装いをした老人の人形があり、読書姿勢で机に向かっている。ドア付近には威嚇姿勢の黒人がいる。奥には小柄なムーア人のシンバル奏者がクッションに座りこんでいる。右手には、手前にティンパニを置いた中国人の男が席に着いている。あちこちに書籍が散乱しており、さまざまな色の布きれや作りかけの自動人形もある。)
夜になっている。ランプのあわい光が、室内を飾るあらゆるものをぼうっと照らしている。
町娘一同はスワニルダとともに、裏口から気をつけながらコッペリウスの家へと入る。全員でそろりそろりと、木彫りの手すりのついた階段を上がりきる。思い切って前に進んだあとで、ちょっと後ずさる。まったくの恐怖から身を寄せ合う。暗闇にじっとたたずんでいるあいつらは何者だろうか。気になるのでたちまち気を取り直して、ほんのさきほどまで恐怖の対象であった謎の相手と顔をつきあわせる。
スワニルダは窓際へ近寄って、厚い幕を横に引いてみる。すると目の前にはコッペリアがおり、いつもの通り椅子に腰かけて手には本を持っている。
スワニルダはさっとひと通りのことを調べてみる。会釈をしても、その謎の美少女はぴくりともしない。話しかけても返事もない。眠っているのか。いや、目はしっかりと見開かれている。
仲良しの町娘一同はびっくりするものの、後ろからもっとやってみろとはやし立てる。スワニルダはさらににじり寄り、少女の腕に触れてみたが、ぞっと恐怖が再び戻ってくる。果たしてこれは生きた人間なのか。手を少女の胸に当ててみると、心臓が動いていない。町娘一同もかわるがわる寄ってきて、事の次第を確認してゆく。このうるわしい美少女はオートマトン、つまりコッペリウスお手製の自動人形なのだ。一同は自分たちの勘違いを心から笑う。あのフランツときたら! とスワニルダは思い出す。ここにいるのは、恋人が投げキッスをした美少女ではある。もう恋敵に対する心配はいらないので、スワニルダはあとでフランツに、自分のあばいた事実をありったけぶちまけたら、どんなにゆかいかと楽しくなってくる。
町娘一同は笑いさざめきながら工房をはしゃぎ回る。もう何も怖くない。ふいに、ひとりがティンパニ奏者のそばを通りがかった際に、うっかり手を触れてしまう。自動人形は両腕を挙げて首を回し、演奏を始める。初めこそ町娘一行は戸惑っていたが、すぐに音楽に合わせて踊り出す。そのあと全員でぜんまいを探し、小柄なムーア人の人形にも挿し込んで動かそうとする。無事に見つかると、たちまちその自動人形もシンバルを鳴らし出し、その金属音も相まってティンパニ奏者の音楽はふしぎな調べとなる。
コッペリウスがだしぬけに帰ってくる。裏口の階段から激怒して駆け上がってくる。老人は幕を閉めてコッペリアを見えないようにし、自動人形もすべて止めたあと、町娘一同を追いかける。町娘のほうも逃げ回ってかくれようとする。老人よりも動きが機敏であるから、やすやすと相手をかわして、その手をすりぬけて、ひとりひとり裏の階段から姿を消してゆく。ところがスワニルダはコッペリアの幕の裏、ふたりの町娘は窓のカーテンの裏にひそんでいる。その町娘ふたりが逃げおおせた最後の面々で、スワニルダだけが残ってしまう。幕を開けようとはするも、またさっと閉める。コッペリウスがこちらへと近づいてきている。つかまる! ところが大丈夫。すみっこでうずくまると、相手が幕の内側をのぞいても、見えないままなのだ。老人はコッペリアを調べ、無傷であることを確かめると、ひと安心とばかりに深呼吸する。いや、あの物音は何だ?
奥の窓が開いたままになっている。目をやると、梯子の上部が見えて、やがてフランツが顔を出す。フランツが自分のたくらみを強行しているのがありありとわかる。コッペリウスは姿をかくし、フランツが邪魔なく入れるようにする。
ぴょいと小窓をぬけてきたフランツは、自分ひとりだと思い込む。コッペリアの顔を拝みに、定位置へ向かおうとするものの、その瞬間、がっしりした二本の手につかまれて、力強く押さえつけられて動けなくなってしまう。
フランツはもう死ぬほど怖くなって、目の前のコッペリウスに許してくれと泣きつく。逃げようとしても、老人に力づくでねじふせられてしまう。「何しにここへやってきた? なにゆえ、わが家に入ったのだ?」と老人は問う。フランツは少女にぞっこんなのだと白状する。「ふむ!」と答えるコッペリウス。「わしは世間の噂ほど悪人じゃあない。座りたまえ。いっしょに酒でも傾けて、ちょいと話をしよう。」
コッペリウスは年代物のワインと、ふたつ酒杯を取ってくる。老人はフランツと一口飲んでから、そのあとフランツが見ていないすきに、自分に注いだワインを捨ててしまう。
フランツはワインが妙な味だと気づくも、ぐっとあおってしまい、そのせいでいい気分になって、あけすけに打ち明けたくなってくる。
「金は多少あるのか?」とコッペリウスがたずねる。「ない、まったくない!」とフランツは答える。「なら、あるのはいっぱいの愛情だけか?」「そう! それならたくさん!」
さらにコッペリウスは相手にどんどん飲ませるので、とうとうフランツは思いのたけをコッペリウスに話してしまい、コッペリアを目にした窓のそばへと行こうとする。ところがその頭はくらくらめまい、足元もふらふらおぼつかない。コッペリウスから小突かれて、フランツは机のほうにふらつき、ずどんと長椅子に倒れ込み、たちまち眠りこける。
コッペリウスは勝ちほこって手をぶんぶんと振る。これで魔法が本当に実行できる。老人は魔道書を手に取って、中身を確かめる。
それから幕を開けて、コッペリアを据えた台座を転がし、その人形を眠っているフランツのそばへと運んでくる。そのあと、ふるえる手を青年の心臓と額に当てて、その魂をぬき取って、丹精こめて造り上げた娘に命を与えようとする。繰り返し呪文を唱えつつ、どんどん魔力の経路をつなげてゆく。コッペリアは普段通りに起き上がり……いつもの機械じみた動きを始めるも、ぽろりと手に持っていた本が落ちる。
コッペリウスは喜びと驚きのあまり立ちつくす。娘を一心に凝視すると、コッペリアはわずかにぴくりとする。片足を床に下ろし、もう片足も下に着けてみせる。台座から一歩進み、もう一歩前へ出る。歩いている! 生きている!!
コッペリウスは我を忘れんばかりに大喜びだ。ついに達成だ、自分の作品は、これまで人の手で作られてきたあらゆるものを凌駕したのだ! 歓喜を噛みしめているうちに、これまでこわばっていた少女の顔にだんだん生気が満ちてくる。まずは警戒する態度を取りつつも、元の位置へと戻り、視線をコッペリウスに据える。そうとも! 娘は自分を見つめている……夢ではないか! そこからまた動き出して、両肩から腕を回しにかかるものと思っているのに、どうにもそうはならない。
老人はさらにフランツから命の輝きをぬき取って、コッペリアに移し替えてみる。さて娘は歩いてゆく。一歩ごとにその動きはどんどんよくなり、軽やかに前へ進んでゆく。たちまちゆるやかに踊り始め、やがていきなり走り出したので、その速度にコッペリウスはもはや追いつけない。かちこちの顔も急に生気のみなぎった表情となり、ほほえむその頬に色が差し、生命感にあふれてゆく! まさしく生きた女となる!!
(舞曲「自動人形のワルツ」)
そうなると、生命とともに好奇心も生まれようというもの。コッペリアはまったく気まぐれで、フランツに一服盛るのに用いた薬の瓶を見つけると、それを飲もうと口に付けるのだ。コッペリウスはすんでのところで瓶を娘の手からひったくる。またコッペリアは床に投げ出された本に気づき、足でそのページをめくって、コッペリウスに書かれている文の意味をたずねる。「それは計り知れない神秘なのだ。」と答えて、老人は本を閉じる。
そのあとコッペリアは興味津々のていで自動人形をあらためる。
「どれもわしのお手製だ。」とコッペリウスは言う。
コッペリアはフランツの前で立ち止まる。
「それじゃあ、こいつも?」と聞いてみる。
「他のものと同じだ。」と老人は答えて、娘の気をそらそうとする。
コッペリアは短刀を見つけて、つまみ上げる。
「気をつけよ。」と言うコッペリウス。「少女の手に負える代物ではない。」
コッペリアは短刀の先で指をちくりと刺したあと、楽しそうにそのまま小柄なムーア人の人形に突き入れる。
コッペリウスは大きく引き笑いをする……ところが娘はフランツににじり寄り、何かいたずらでもしようという心づもりのようだ。老人が止めると、くるりと向き直った娘は、今度は老人を工房じゅうで追いかけ回す。
何とかして老人は娘の獲物を取り上げる。とはいえ、どうやってこの娘を落ち着かせたものか、わからない。とりあえずマントを娘の肩に放り投げると、そのマントの感触で、コッペリアは色々のことを思いついたようである。
(舞曲「ボレロ」)
そのあとコッペリアはマントにスカーフ留めがあるのに気づいて、そこを両手でつかみながら、ジグを踊る。
(舞曲「ジグ」)
コッペリウスは娘を捕まえようとするも、ひらりとかわされてしまう。コッペリアはぴょんぴょんと跳ね回って、手の届くところにある何もかもを床に投げつけて壊してしまう! どう見ても元気がよすぎる! 親としてはどうすればいいのか! ちょうどそのとき、物音と混乱のまっさなか、酔いつぶれていたフランツは意識を取り戻し、目を覚ます。手を額に当てながら、気を取り直そうとする。
コッペリウスはようやくコッペリアにしがみつき、力いっぱい元の台座へと置き直して、幕を閉める。老人はフランツのもとへ行き、その男を窓のほうへと押し出しながら、来たときと同じように出て行けと言う。「行け! 行ってくれ!」と声を張り上げる。「お前は何の役にも立たん!」
その瞬間ふと老人は手を止め、聞き耳を立てる。自動人形の動作につきもののあの物音が聞こえるではないか! 跳び上がってコッペリアのほうをじっと見やると、以前のように機械らしいぎくしゃく動きを始めている。そのすきにスワニルダは気づかれず幕の裏から跳びだして、さらに二体の自動人形のぜんまいを回して動作させる。「何!……あの二体も自分で動いている?」とコッペリウスは声を張り上げる。
とっさにコッペリウスがぐるりと見回すと、フランツと仲良く逃げ去ってゆくスワニルダが見える。いったいどういうことなのか、しばらく気づかなかったが、やがてぼんやりとわかってくる。自分はもてあそばれたのだと。自分はのぼせ上がっていただけなのだと理解して、老人は自動人形に囲まれながら、がっくりとひざをつき、うなだれる。周囲の自動人形は、あたかも作り手の悲しみと絶望をあざ笑うかのように、動き続ける。
【第二幕:第二場】
(領主の館の前に、大きな木々に挟まれた芝地がある。奥には領主の献納品として、複数本の柱でつり上げられた鐘があり、花輪や旗で飾られている。寓意の図案が施された山車には、式典に参加する多様な面々が乗っており、ちょうど鐘の前で停車する。演壇が設けられ、領主と賓客のための飾りもある。衛兵たちが集まった人々をその手前で押さえている。)
僧侶の一団が鐘に祝福の祈りを捧げる。それから領主に対し、婚約中で今日の式典で契りを交わす予定の男女数組を、祝い金をもらう資格のある者たちとして紹介する。初めの二組が領主の前に出て挨拶をするかたわら、フランツとスワニルダはお互いにすっかり仲直りをする。フランツは一時の気の迷いだったと自分の浮気心を反省し、かつてコッペリウスの家で目にした謎の少女のことはもう心のなかにない。自分に仕掛けられたひどいおふざけだったのだとの認識だ。スワニルダは恋人を許し、手を差し出して、いっしょに領主の前へと進み出る。
だしぬけに、集まった人々のあいだに騒ぎが起こる。コッペリウス老人が衛兵を押しのけてやってくる。公正な裁きを直訴しに来たという。自分のとことん全力で手塩にかけた傑作の数々が粉々に壊されてしまっている。誰がその弁償をするのか? 誰がその損害の埋め合わせをするのか?
スワニルダはちょうど祝い金を受け取ったばかりなので、すぐさまそのままコッペリウスに差し出す。ひたすらに、どうかこの金を受け取ってほしい、今後は自分とフランツにちょっかいをかけずに、ふたり幸せに暮らさせてほしいと頼み込む。ところが領主がスワニルダに待ったをかけ、その祝い金は取っておくといいとして、領主はコッペリウスを正当に扱う意思を示す。そしてこの老人に金一封を授け、そのあと壇上のある自分の席へとのぼってゆく。金銭を手にしたコッペリウスが去ってゆくなか、領主は式典の始まりを合図する。
【第三幕】
(舞曲「鐘の献納祭」)
鐘つき係がまず山車から降りてくる。
〈朝の精〉の一団が呼び出される。
(舞曲「朝のワルツ」:演奏は上に含む)
その出番のあと、〈野の花〉の一団に囲まれた〈あけぼのの女神〉が颯爽と現れる。
鐘が鳴らされる! 〈祈りの時間〉だ。
〈あけぼのの女神〉が姿を消すと、続いて〈昼の精〉の一団がやってくる。
鐘がまた鳴らされる! 結婚式の合図だ。〈婚姻の神〉が、小さなキューピッドをひとりお供にして現れる。
だしぬけに、空が不協和音でつんざかれる。〈戦い〉であり〈騒ぎ〉でもある。武器が掲げられ、火炎が暗い空を照らす。
ところがすぐに静けさが戻ってくる。ついさきほど武器を呼び出した鐘も、今度は心地よい音を響かせて、その場に平穏を取り戻す。不協和音は立ち消え、宵の口がやってくるとともに、喜びと楽しみが始まるのだ。
(舞曲「ディベルティスマン」「終幕」)
訳者コメント
■2025年クリスマス翻訳のふたつめ。E. T. A. Hoffmann (1776-1822)の「砂男」を原案とするバレエ『コッペリア』(1870)のリブレットを訳出しました。台本を作ったのはArthur Saint-Léon (1821-1870)とCharles Nuitter (1828-1899)の両名で、作曲はLéo Delibes (1836-1891)。現在の公演では、サン=レオンの原振付は逸失し、物語も改変されているので、引き続き採用されている音楽のレオ・ドリーブのみが作者として掲げられることも多いでしょうか。
■訳出の底本は、19世紀末ごろに刊行された英語版リブレット。1889年刊のイタリア語版リブレットと内容はほぼ一致しているので、元となったフランス語原文がどこかにあったのでしょう……
■せっかくなので、音楽も埋め込みました。1958年のMinneapolis Symphony Orchestra版(Antal Dorati指揮)のものです。
■ホフマン「砂男」を訳すという案もあったのですが、それでは芸がないし、久しぶりに舞台関係のものをやりたいなとも思っていたので、『コッペリア』となりました。機械モチーフの作品が好きな私としては満足です。