ルイス・キャロル『アリスの地底めぐり』第3章(草稿)
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カテゴリー: | 投稿者:OKUBO Yu | 投稿日:2012年10月2日 |

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みっつめ

「第1にやるべきことは、」とアリスは森をうろうろしながらひとりごと。「元の背たけになること、それから第2は、あのすてきなお庭へ出る道を見つけること。どうもそうしてみるのがいちばんよさそう。」

たしかに、してみるにうってつけで、すっきりわかりやすい思いつきに聞こえるんだけど、ただひとつこまったことに、とっかかりがさっぱりわからなくってね、そうして、あたりの木々のあいだをそわそわとのぞきこんでいると、ワンとほえる声が頭の上からして、それはもうびくっと顔を起こしたんだ。

1ぴきの図体のでかいワンコが、くりくり大きなお目々でこっちを見ていてね、ぷるぷると前足をのばしてさわろうとしてくる。「よしよし!」とアリスはあやす言葉のあと、口ぶえを強くふこうとしたんだけど、相手がはらぺこだと気づいたらふるえがとまらなくなっちゃってね、そうなってくると、いくらなだめてもやっぱりむしゃむしゃ食べられちゃうわけで。もう思わずとっさに木ぎれをひろい上げてワンコにつきだしてみた。するとワンコはたちまちおどりあがって、きゃんきゃんはしゃぎながら木ぎれにとびかかる、どうもじゃれたいみたいでね、そこでアリスもふみつぶされないよう、でっかいアザミのかげにひらりとよける、そして反対がわから出ると、すぐさまワンコが木ぎれめがけてまたつっこんできたんだけど、でもつかまえようとあせるあまりすってんころりん、これはもう、考えてみれば馬車馬とふざけ合ってるみたいなものだから、アリスも足でふみつけられそうなときには、そのたびごと、はっとしてかけ足でアザミに回りこむ、だからワンコにしても小きざみに木ぎれへしかけるようになってね、じわじわ前につめるかと思いきや大きく後ろ、しじゅうぐるるるとほえっぱなしだったんだけど、はてにはとうとうはなれたところでへたりこんで、はあはあと口から舌を出して大きなお目々も半びらき。

これにアリスも、にげるのは今しかないとふんで、すぐさま動いてかけ足、やがてワンコのほえる声も遠くかすかになっていってね、そのうちこっちもへとへとで息ぎれ。

「まあでも、あんなワンコ、かわいらしいものね!」とアリスはひと息つこうとキンポウゲにもたれかかり、花のはっぱであおぎながら、「芸をしこんでみるのも面白そう、その――元の背たけになったらの話だけど! もう! もう少しで元通りになるのをわすれるところよ! う~んと、どうやればうまくいくのかしら。たぶん何かしら食べるかのむかすればいいんだろうけど、いったいぜんたい、何を?」

その通り、いったいぜんたい、何を? アリスがあたりをながめまわしても、草花あれど、つごうよく食べられそうなものはその場に何も見あたらない。ところがそばに大きなキノコ、背たけと同じくらいで、見上げたり、両わき、後ろに回ってみたりするうち、かさの上に何があるのか、目を向けてたしかめたいという気持ちになってくる。

 つまさき立ちで背のびして、キノコのへりからのぞきこむと、目にとびこんできたのが、こっちを向いた大きな青虫、すわりこんでうでを組み、ひそやかに水ぎせるをふかして、こちらにも何にも気にとめるそぶりさえない。

しばらくだまったまま目を合わせていると、とうとう青虫が口から水ぎせるを外して、けだるそうに声をかけてきた。

「おぬしはだれじゃ。」と青虫。

こんなきっかけでは話もはじめづらくって、アリスもどこかもじもじしながら答えてね、「あたくし――よくわかりませんの、今のところ――少なくとも今朝起きたときにはだれだったかわかってたのに、そのあとあたくし、どうも何どか変わってしまったみたいで。」

「どういうことなの?」と青虫。「はっきりしてくれ!」

「だからはっきりしませんの、あいにく!」とアリス。「あたくしがあたくしじゃないの、わかって?」

「わからん。」と青虫。

「あいにく、これ以上何とも言えませんの。」とていねいに受け答えするアリス。「だって自分でもよくぞんじませんし、ほんと、1日でこんな色々な背たけになれば、頭もこんがらがってよ。」

「そうでもない。」と青虫。

「ふん、きっとあなたはまだあんまりおわかりでないのね。」とアリス。「でもあなただってほら、いずれさなぎになって、そのあとちょうちょに変わったりしたら、そういうのやっぱりちょっとけったいに思えるものでしてよ、そう思わない?」

「いささかも。」と青虫。

「少なくとも、」とアリス。「あたくしにはけったいに思えるってこと。」

おぬしとな!」と青虫は鼻でわらいながら、「そのおぬしはだれなのじゃ。」

というわけで、また話はふりだしに。アリスは、青虫のそっけなすぎるしゃべり口にちょっといらいらしてね、そこでむねをはって、いたけだかに言う、「まずはご自分から名のるのがすじとぞんじますけど?」

「なぜかね?」と青虫。

これはまたまたなやましい。とっさの言いわけもできないアリス、青虫もひどく気げんをそこねているみたいなので、ぷいっと歩きさろうとしたんだけど。

「そこへもどれ!」と青虫がうしろから声をかけてきてね、「大事なことを教えてやる!」

わるくない話に思えたから、アリスはくるっとして引きかえす。

「そうおこるな。」と青虫。

「それだけ?」とアリスは、なるだけいらいらをのみこむ。

「いや。」と青虫。

ほかにすることもないので、とりあえず待つことにすれば、そのうちきっと青虫も耳をかせるだけのことを話してくれる、そうアリスはふんだ。しばらくのあいだ、もの言わず水ぎせるをぷかぷかさせてたんだけど、やがてうでをほどいて、ふたたび口からきせるを外して、ひとこと。「自分が変わったともうすのじゃな?」

「そうですの。」とアリス。「前知ってたことが思い出せないの――『がんばるミツバチ』を歌ってみたけど、ぜんぜんちがってて!」

「ならばどうだ、『ウィリアムじいさん』は。」と青虫。

アリスは手をかさねて、歌いだす。

 「もう年なんだ、ウィリアムじいさん。」

  わかもの言った、「頭は白髪《しらが》、

  なのにいつでも、さか立ちばかり――

  自分の年をわきまえろよ!」

 2

  むすこに向かって、じいさん言った、

 「わかいころは、ケガおそれた、

  だけどもともとバカだと気づき、

  それからあとは、打ちこむのみよ。」

 3

 「もう年なんだ、わかってくれよ、

  どっから見ても太りすぎだよ、

  なのに戸口でバク転なんて――

  いったい何を考えてんだ?」

 4

  しらがふりわけ、じいさん言った、

 「わかいころには、しなやかじゃった、

  このぬり薬のおかげでな――

  ひと箱5シル、どうじゃふた箱?」

 5

 「もう年なんだ、はぐきも弱い、

  やっとあぶらみ食えるくらいで、

  ガチョウをほねごとがりがり食べる――

  こりゃいったいどうなってんだ?」

 6

 「わかいころには、へりくつばかり、

  ことあるごとに、にょうぼと言い合い、

  おかげでアゴもきたえられてな

  死ぬまでずっとそのままじゃろな。」

 7

 「もう年なんだ、ふつうだったら、

  目のほうだってしょぼしょぼのはず、

  それでも鼻にウナギを立てて、

  じいさんどうしてバカほどきよう?」

 8

 「3べん言えば、わかるじゃろ!

  いいかいお前、いい気になるなよ、

  こんな話はもうたくさんじゃ。

  いなねば上からけりおとす!」

 

「正しくないのう。」と青虫。

わりとね、あいにく。」とアリスはおずおず。「ところどころちがってはいてよ。」

「はじめからおわりまでまちがっておる。」と青虫はばっさり、そのあとしばし、しぃん。さきに口をひらいたのは青虫。

「どれくらいの背たけになりたい?」とたずねてきてね。

「べつに、背たけにこだわりなんかなくって、」とあわてておへんじするアリス、「ただ、ころころ変わるのはいただけなくてよ、やっぱり。」

「今は足りておるのか?」と青虫。

「う~ん、もうちょっとばかり大きいほうがいただけそう、といったところね。」とアリス。「7センチの背たけって、なってみるとみじめなものよ。」

「こりゃほどよい背たけなんじゃぞ!」とおこった青虫が声をはりあげて、しゃべるままに背すじをのばす(ちょうど7センチのたけにね)。

「でも、こんなのしっくりこなくてよ!」と、弱ったアリスはみじめたらしく食いさがりながら、こう思う。「ここの生きもの、こらえしょうってもの、ないのかしら!」

「そのうちしっくりこようて。」と青虫は口に水ぎせるをくわえて、またふかしはじめる。

こんどもアリスは、相手がまた話す気になるまでじっと待ってね、数分すると青虫は口から水ぎせるを外して、キノコからおりて、草むらへとくねくねと立ちいり、さりぎわのすて言葉。「かさのところでのびる、えのところでちぢむ。」

のかさ? のえ?」と思うアリス。

「キノコのじゃ。」と青虫、口に出てない言葉にへんじしたと思いきや、まばたきするともう目のまえからきえていて。

 アリスは少しのあいだキノコにうたがわしい目を向けていたんだけど、そのあともぎって、おそるおそるふたつにぽっきり、かた手にえのところ、もうかた手でかさを取って。「どちらがえのところ?」とか言いながら、ためしにちょびっとかじってみると。またたくまもなく、いきなりアゴにどんと何かがぶつかる。なんと足とごっつんこだ!

このいきなりの変わりように、たいへんおそれをなしたものの、ちぢむのはそこまで、キノコのかさもとりおとしてないから、まだあきらめたるところじゃない。アゴが足にくっついているから、口をあけるのもむりに近いのに、なんとかやりとげて、ついにキノコのかさをちょびっとかみちぎる。

*  *  *  *  *

「うん! ようやく頭が楽になってよ!」とアリスがはしゃいだのもつかのま、すぐにうろたえだしたのは、自分のかたがどこにも見えなくなったからだ。かぎりなくのびた首をながめおろすと、遠く下に広がる緑の葉の海から1本つき出ているみたいで。

「あの緑のしろものは、何だっていうの?」とアリス、「それにあたくしのかたは、どこに行って? それから、もう! なんてこと、あたくしの手は? どうやったらそんな迷子《まいご》に!」と口にしながら、あれこれ動かしてみたんだけど、どうもそのあとにおこったのは、はっぱのざわざわだけ。そこで頭を手のところまで下ろしてみようとしてね、しかもうれしいことに、なんと首はあらゆる向きへやすやすとまげられる、ヘビみたいに。そこで首をたくみにうねうねとまげてみせ、はっぱのなかへつっこんではじめて、自分がそれまでうろついていた森の木々のてっぺんにいると気づいたんだけど、せつな、しゃーっとおどかす声にさっと引っこめると。顔にとびかかってくる大きなハト、したたかに羽を打ちつけてくる。

「ヘビめ!」とさけぶハト。

「あたくしヘビじゃなくてよ!」とアリスもぷんすか。「よして!」

「どこへ行っても!」と、やりきれないといったふうに、ハトはしくしく。「どうしようもないのよ!」

「いわんとすること、ちっともぴんと来なくてよ。」とアリス。

「木の根もとも行ってみた、土手にも行った、生けがきも行ってみたのに。」とハトはこっちそっちのけでつづける、「あいつらヘビが! いつまでもあきたらない!」

ますますわからないアリスだけれど、口を出してもしかたないので、おわるまでそのまま。

「まるで、そうやすやすとタマゴはかえさせんぞ、とじゃまされてるみたい!」とハト。「いつだってヘビにぴりぴりしなくちゃいけなくて、昼も夜もよ! あああ、この3しゅうかん、ひとねむりもしてないっていうのに!」

「おなやみお気のどくさま。」とアリスにも、いわんとすることがわかってきた。

「だから森いちばんの高い木にのぼって、」と声をうわずらせるハト、「やっとのがれられたと思っていたところ、来るなら空からおちてくるしかないってのにさ! うげっ! ヘビ!」

「でも、あたくしヘビじゃなくてよ。」とアリス。「あたくし――あたくし――」

「ふん! 何だっていうの?」とハト。「何かごまかそうとしてんじゃないの。」

「あたくしは――女の子よ。」と言いつつ、どこかしっくりこないアリス、これまでいくどとなくのびちぢみしたのを思い出してしまってね。

「つごうのいい言いのがれね!」とハト。「生まれてこのかたおおぜい見てきたけれど、あんたみたく首の長いのはひとっこひとりいなかったね! そうよ、あんたはヘビ、そんなことはお見通しなんだから! どうせつぎには、タマゴなんて味わったことないって言いくさるんだろ!」

「タマゴくらい味わったことあってよ、ええ。」と言うアリスはほんとに正直もの、「でも、わざわざあなたのものなんかいただくもんですか。生《なま》なんていただけなくってよ。」

「ふん、なら、しっしっ!」とハトはまた自分の巣におさまる。アリスはアリスで、木々のあいだ、なるだけ身をかがめたんだけど、首が枝にからまるばっかりで、何どもとちゅうでほどくはめに。そのときふと、手ににぎったままだったキノコのかけらを思い出してね、あらためてそうろっとあつかいながら、まずはひとつをかじり、さらにもうひとつ、のびたりちぢんだりしながら、ようやくいつもの背たけにおさまることができた。

かなりひさびさの元の背たけなので、はじめはとっぴに思えたけど、ものの数分もするとしっくりくるくる、そしてれいのごとくひとりごとのはじまり。「ふう! これで半分はかなったわけね! ほんとわけわかんなくてよ、ころころ変わるなんて! つぎからつぎへと、何になっていくのか読めないし! とはいっても、また元の背たけになれたんだから。おつぎは、あのきらびやかなお庭に入ることね――どうやってやったものかしら?」

こんなことを言っているうちに、ふと目についた一本の木、そこに何やらなかへとつづく戸口がついていて。「まあ、へんてこりん!」とアリスは思ってね、「でも今日はみんなへんてこりん、だから入ってもまあよろしくてよ。」というわけで、なかへお立ち入り。

すると気づけばまたもや大広間、そばにはちいさなガラスのテーブル。「さあて、こんどこそうまくやってみせてよ。」とひとりごと、まずはちっちゃな金のカギを手にとって、庭へつづくドアをあける。それから手をつけるのがキノコのかけら、食べていってさいごは38センチくらいの背たけに。そのあと短いろうかをぬけていって、そしておつぎは――気づいたらとうとうきらびやかなお庭だ、あたりにはきらめく花園《はなぞの》、すずしげないずみだ。

 

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【アリスメモ】

ここであらためて言うまでもないことですが、〈アリス〉といえば、今や多くの人がイメージできるキャラクタです。確かに、この本をプレゼントされたのは実在するアリス・プレザンス・リデルですが、キャロル自身どうやら、このお話のアリスは、実在のアリスとは〈離れて〉いることを自覚していたらしく、またこうして本にまとめる段、意図的に〈離そうとした〉形跡もあります。

そもそもこのアリスは、年齢からして違います。このお話に出てくるアリスは七歳、語られた相手のアリスは当時一〇歳、そして送られる頃には一二歳となっていました。また、挿絵のアリスの髪が、ウェーヴのかかった長髪であるのに対して、七歳のアリス・リデルは写真を見る限り短いおかっぱ髪でした。Alice in Wonderland のジョン・テニエルの挿絵になると、ここからさらにかけ離れていきます。

実在のアリスについてはさておき、この話のアリスは、その後様々に生まれるアリスイメージの原形となっています。記述から読み取れる特徴をまとめるとしたら、以下のようになるでしょうか。

  •  しつけられた上流の子女らしく、しっかりした言葉遣いで
  •  いらいらしたときには、さらにいやみたらしく丁寧に
  •  そして基本、相手に対しては強気

このあたりは、英国らしい〈気高さ〉の表出とも考えられますが、ひとりの少女としては、

  •  普通に恐がりで、虚勢を張りがち
  •  けれども、大変な状況をもすぐに楽しみ出せる強さがある

このあたりが、能動的で感情移入できる、冒険ものにふさわしいヒロインと受け取られている一因でもあるでしょう。

このアリス像を成長した実在のアリスへ送ることについて、キャロルは本編末尾にあるようたいへん自覚的です。さらに大事なのは、キャロルはこれを〈ぼくらふたりの特別な夏の日の思い出として親愛なるアリスへクリスマスに贈る〉のではなく、献辞にはアリスの名を消した上で、あえて〈ある夏の日の思い出〉として、〈Dear Child〉のひとりへのクリスマスプレゼントにしていることです。

物語のアリスやキャラとも、語る相手にも、つかず離れず少し距離と取りつつつらつらと語るキャロルの筆致は、乗り乗りで楽しみにあふれたものでありながら、どこか落ち着いていて内省的でもあり、時に冷淡ささえ感じられます。

キャロルの強い自制心と想像力のはざまで生まれたアリス――いや、生まれかけのアリスは、我々の知る通り、その後キャラとして自立して世界へ広がっていくことになるわけです。

 


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