地底から不思議へ:ルイス・キャロルの加筆をたどる 第10回
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カテゴリー: | 投稿者:OKUBO Yu | 投稿日:2015年4月5日 |

【第9回へ】

【凡例】
修正:草稿→修正▼
削除:削除→▼
加筆:▲→加筆▼


▲→10 ロブスターのカドリール▼

▲→ウミガメフーミは深々ため息、ひれのうらで目元をぬぐってね。アリスを見すえて話そうとするんだけど、ものの数分、声をつまらせながらさめざめ。「のどにほねがつかえたみてえなざまだ。」とグリフォン、さっそくゆすぶって、背中をどんどんたたいて。とうとう声が出せるようになったウミガメフーミ、あいかわらずほおになみだをたらしながら話の続き。▼

「もしやおめえさんは海の底でくらしたことがなくて――」(「なくてよ。」とアリス。)▲→――▼「するってえとまさかロブスターにも顔合わせたことがねえ――」(「食べたことはあ▲――→……▼」と言いかけたけどあわてて口をつぐんで▲→から▼、「ない、ぜんっぜん。」▲と言い直すと、→▼)「▲→……▼なら、ごぞんじねえわけですな、うっきうきのロブスターのカドリールは!」

「ええ初耳。」とアリス、「どういう▲もの→ダンス▼なの?」

「そりゃあ、」とグリフォン、「海辺ぞいに1列になってな▲――→……▼

「2列でい!」と声を上げるウミガメフーミ、「アザラシにウミガメにシャケにいっぺえよ▲→。で、じゃまなクラゲをみんな追っぱらったら……」
(改行)
「それに[#「それに」に傍点]いつもひまがかかりやがる!」と口をはさむグリフォン。
(改行)
「▼
――2歩前ん出て▲――→……▼

「てめえごとで相手にロブスターをだな!」と声をはるグリフォン。

「そうともさ。」とウミガメフーミ、「2歩出て相手につらを向けてな▲――→……▼

▲→――▼ロブスターを取りかえ、元の列にもどる▲――→。▼」と▲横入りする→先を続ける▼グリフォン。

「それからほら、」と▲先を続ける→引きつぐ▼ウミガメフーミ、「投げんだよ▲――→……▼

「ロブスターを!」とさけぶグリフォン、ぴょーんとおどり上がる。

▲→――▼できるだけ海の遠くへ▲――→……▼

「で追っかけて泳ぐ!」とグリフォンのおたけび。

「海んなかでとんぼ返りよ!」と大声のウミガメフーミはやたらはね回る。

「またロブスターの取っかえ!」とあらんかぎりにわめくグリフォン▲、「そんで――」→。▼

▲おしまい→陸《おか》にもどって――それでひと回りよ▼。」とウミガメフーミはとたんに声をひそめて、ふたりはそれまでずっと頭おかしいくらいにぴょんぴょんしていたのに、またもの悲しそうにすわりこんで、アリスに目をやる。

「それなりにすてきなダンスじゃなくて?」とアリスはぎこちない。

「ちっとばかし見たかあねえですか?」とウミガメフーミ。

「ええぜひ。」とアリス。

「さあ、ひと回りやってみやしょうぜ!」ウミガメフーミからグリフォンへ、「まあロブスターなしでもできましょうて。どっちが歌いやす?」

「よし▲! →、▼てめえ[#「てめえ」に傍点]が歌え▲!→、▼」とグリフォン、「文句をわすれちまってな。」

と、もったいぶりつつ始めると、アリスのまわりをぐるぐる、たびたび▲近づき→ふみこみ▼すぎては毎回つま先をふんづけていきつつ、ふしを取ろうと前足ふりふり、そのあいだ歌うのはウミガメフーミ、▲しみじみ→▼こんなふう▲→にしみじみと▼

▲海《うな》ばらの[#「の」に傍点]底/ロブスターびっしり――/かこまれ、ふたりで/ダンスを、シャケさま!(改行)グリフォンもコーラスで歌にくわわる、文句はこう。(改行)行ったり来たり!/おっぽふりふり!/海の魚の/いちばんはシャケさ!→▼

▲→「もちっと早く歩けない?」とカタツムリにマダラが言った
「サメがあとを追ってきて、ぼくの尾ひれをつつくんだけど。
ほおらあんなにがんばって、エビもカメも泳いでるんだ、
みんな海辺で待ってるよ――行っていっしょにおどらないかい?」

行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、行こうよおどりにさ
行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、どうかなおどるのは

「だってすごく楽しいよ、ほんとに君はわからないの、
エビといっしょにつかまれて、海の方へと投げられるんだ。」
けれど相手は横目見て、「遠すぎるよ」と返事してから、
さそってくれてうれしいが、おどりに行けぬとつき放した。

いやいや、無理だよ、いやいや、無理だよ、いやいやおどりはさ
いやいや、無理だよ、いやいや、無理だよ、無理だよおどるのは

そこでタラはさらに言う、「遠くたっていいじゃないか、
向こうにだって行けばほら、やっぱり陸地はあるんだから、
遠くはなるよイギリスは、でもフランスは近くなるんだ、
やる気出そうカタツムリ、行っておどりに参加しようぜ。」

行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、行こうよおどりにさ
行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、どうかなおどるのは▼

「ご苦労さま▲→、とてもゆかいなダンスね▼。」とアリスは、▲→ようやく▼ダンスが終わってほっとした気分。▲→「それにへんてこなマダラの歌もまあ気に入ってよ。」

「おお、マダラと言やあ、」とウミガメフーミ、「そりゃあ――見たこたあありやすね?」

「ええ、」とアリス、「何度も、お食《しょく》……で。」とあわてて口をつぐむ。

「まあ、オショクてな場所がどこかは知りやせんが、」とウミガメフーミ、「よく見るんでしたらそりゃどんなふうか知ってやすね?」

「たぶんね。」とアリスはよくよく考えた上でお返事。「尾っぽを口にくわえてて――全身にパン粉《こ》がまぶしてあってよ。」

「パン粉は何かのまちがいですぜ。」とウミガメフーミ。「海んなかじゃあパン粉なんかみんな流れちめえます。でも口に尾っぽをくわえたあ[#「たあ」に傍点]いるな。そのわけあ――」とここでウミガメフーミはあくびをして目をつむってね。「その子にわけやら何やらを教えてつかあさい。」とグリフォンにあずける。

「まあつまりは、」とグリフォン、「マダラはエビといっしょにおどりに行くもん[#「もん」に傍点]だからよ。で、海へ放り投げられて。で、落ちるまでに暇があって。で、口に尾っぽをくわえるて。で、二度と口から出なくなったってえことよ。おしめえ。」

「ご苦労さま。」とアリス、「とってもゆかいね。マダラのことなんて今までぜんぜん知らなかった。」

「おのぞみならもっと教えてやんでい。」とグリフォン。「マダラって名前の由来は知ってるか?」

「考えてもみなくてよ。」とアリス。「何なの?」

「皮ぐつをまだらにみがくからよ[#「皮ぐつをまだらにみがくからよ」に傍点]。」と答えるグリフォンはしごく真面目。

 アリスの頭はハテナだらけ。「皮ぐつをまだらにみがく?」とふしぎそうにくり返してね。

「そうよ、皮ぐつをみがいたらどうなる[#「どうなる」に傍点]?」とグリフォン。「つまりきゅっきゅってみがいたらだぜ。」

 アリスは自分のくつを見つめてから、ちょっとばかし考えて答えを出す。「ぴかぴかのまっ黒になってよ、ふつうは。」

「海んなかで皮ぐつをみがきゃあ、」と野太い声で続けるグリフォン、「はげてまだらになるんよ。おぼえときな。」

「その、海の皮ぐつってどうなってて?」そのへんてこぶりにわくわくしてきたアリス。

「そりゃ下はくつジャコで、くつハモを結ぶのさ。」と返すグリフォンはいらただしげ。「そんなのカレイでも知ってるぜ。」

「あたくしがマダラだったら、」と言うアリスはまださっきの歌のことがずっと頭にあってね、「サメにはこう言ってやってよ、『ついてこないでちょうだい! いっしょに[#「いっしょに」に傍点]いたくないの!』」

「連れなきゃなんねえのです。」とウミガメフーミ。「ズサメなきゃ魚ってな、どこにも行けねえんで。」

「そんなまさか?」とかなりびっくりした口ぶりのアリス。

「そのまさかよ。」とウミガメフーミ。「まあ、あっし[#「あっし」に傍点]のとこに魚が来て、これから旅に出るなんて言やあ、こう言うね、『どこをズサメんだ?』」

「それって『目指す』じゃなくって?」とアリス。

「てやんでえ。」とウミガメフーミはむっとしたお返事。するとグリフォンが口をはさんでね、「まあてめえの[#「てめえの」に傍点]身の上でも聞かせてくれやい。」

「なら教えてあげてよ、あたくしの身の上――そもそもは今朝のこと。」とアリスはちょっとおそるおそる、「でも昨日をふりかえるのはおことわり、だってそのときはあたくし別人だったんだもの。」

「そっちを語っておくんなせい。」とウミガメフーミ。

「ダメだ、ダメだ! 先に身の上だ。」とじれったそうに言うグリフォン、「そんなの語ってたら、すさまじくひまがかかる。」

 そこでアリスは今までの身の上を語り始めてね、はじまりはまず白ウサギを目にしたところから。はじめのうちはちょっと気おくれしてたんだけど、2ひきの生き物は右左《みぎひだり》にと間近にすりよってきてね、聞き手はずっとだまってたんだけど、青虫に「ウィリアムじいさん」をそらでうたって、まったくちがうかえ歌になったくだりに入ると、そこでウミガメフーミが長々とため息をついてね、言うんだ、「そりゃへんてこなこって。」

「こりゃ何もかもへんてここの上ねえ。」とグリフォン。

「全部ちがっちまうとは!」としみじみくり返すウミガメフーミ。「ちょいと何か聞いてみてえな。さいそくしてくだせえ。」と、アリスに言うこときかせるのはそっちと言わんばかりにグリフォンを見つめてね。

「ほれ立って、歌は『グズのうた』で。」とグリフォン。

「ほんとここの生き物は、ひとに何か言いつけたり、いちいちそらでやらせたりばっかり!」と思うアリス。「学校に行ってる方がまだましね。」とはいえ立ち上がってそらでやってみるわけなんだけど、頭はロブスターのカドリールでいっぱいだったので、自分が何を口走っているかほとんどわかっていなくてね、歌の文句もこんなひどくけったいになってしまって――

こいつはエビの声、聞こえてくるぞ
「おいおい焼きすぎだ、砂とうをまぶせ。」
アヒルのまぶたみたく、鼻を使って、
身支度ととのえて、外またで立つ。
砂はま干上がると、はしゃぎだしては、
サメをバカにして、まくし立てそう、
ところが満ちしおで、サメが泳ぐと、
その声ふるえだし、小さくなった。

「ガキんころによく歌ったのたあ[#「たあ」に傍点]ちげえな。」とグリフォン。

「うーん、聞いたことも[#「も」に傍点]ありゃしやせんが、」とウミガメフーミ、「じんじょうでねえほどすっからかんな歌で。」

 アリスは何も言えなくって。両手で顔をおおったまままたへたりこんでね、また元通りになることがはたして[#「はたして」に傍点]あるのかどうかとなやましく。

「どういうことなのか、ときほぐしてくだせえ。」とウミガメフーミ。

「できるわけあるか。」とうろたえるグリフォン。「その続きをやってみようや。」

「でも外またってのは?」としつこいウミガメフーミ。「鼻でどうやって外に広げるってん[#「てん」に傍点]ですかい、ほれ?」

「ダンスのとき、まず足をそう置くの。」とアリス。だけど何やかやにもうひどく頭がぐちゃくちゃで、話を変えたくてしかたなく。

「その続きをやってみようや。」とじれったそうにまた言うグリフォン、「『庭先さしかかり』からいってみよう。」またまちがうに決まってるとは思いつつも、とりあえずアリスは言うことを聞くことにして、声をふるわせながらも続きを歌ってね――

庭先さしかかり、片目で見ると、
ヒョウとフクロウが、パイをわけっこ、
ヒョウはパイ生地と、肉汁お肉、
かたやフクロウは、食後のお皿。
パイがなくなると、お礼とばかり、
なんとフクロウは、スプーンをいただく、
がるるるせまりくる、フォークとナイフ、
ヒョウは〆として、……

「そんなもの歌って何のねうちがある[#「ある」に傍点]ってんだ?」と横入りするウミガメフーミ、「しかもそのまま自分ではときほぐせねえってんだ。こんなややこしさきわまるもん聞いたことも[#「も」に傍点]ねえ!」

「そうさな、たぶんもうやめなきゃどうしようもねえな。」とグリフォン、アリスもやめられてほっとすることしきり。▲

「もうひと回りとしゃれこむか?」とグリフォン、「それよかお歌が好みか?」

「ええ、お歌をお願い!」とアリスの返事があまり本気なので、グリフォンもちょっときずついたみたいで、「へえ! 人も好き好きか! 『ウミガメ▲フーミ→▼スープ』を歌ってやれ、こんにゃろめい▲!→?▼

深くため息をついたウミガメフーミは、▲時に→▼なみだにむせびながらも歌い出す▲。→――▼

すてきなすうぷ こくまろみどり
おなべのなかで ほかほか!
こんなごちそう みんなくらくら!
よるのすうぷ すてきなすうぷ!
よるのすうぷ すてきなすうぷ!
すう~うてきな すう~ううぷ!
すう~うてきな すう~ううぷ!
よお~おるの す~ううぷ!
すてきな すてきな すううぷ!

▲→すてきなすうぷ おさかないらず
おにくもおかずも ばいばい!
こんなにやすくて みんなほくほく!
これできまり すてきなすうぷ!
これできまり すてきなすうぷ!
すう~うてきな すう~ううぷ!
すう~うてきな すう~ううぷ!
よお~おるの すう~ううぷ!
すてきな すう~うてきな すううぷ!▼

「※くり返し!」とグリフォンが声をはって、ウミガメフーミがふたたび歌い始めたまさにそのとき、「おさばきの始まり!」というさけび声が遠くから聞こえてきて。

「こっちでい!」とグリフォンはアリスの手を取ってかけ出していく、歌の終わるのもまたずに。

「何? おさばきって?」とアリスが走りながら声をふりしぼったのに、グリフォンは「こっちだ!」って返すだけでどんどん早足、追い風がふいてるせいか、▲→そのうち▼ますますかすかになっていくうらぶらげな声▲。→――▼

よお~おるの す~ううぷ!
すてきな すてきな すううぷ!


第10回訳者コメント

■1ヶ月ご無沙汰しましたが再開。そのあいだは博士論文を書いてました(キャロルの論文ではありませんが、そこへ連なっていく伝統という意味では少なからず関係があります)。

■コメントとしてはおおむね前回の通りなんですが、このあたりはキャロルの詩に対する執着がかなり強く見えるところでもあります。リズムと調子で詠んでいくこういうタイプの詩は、いわゆる童謡とも短歌とも異なるわけですが(無理矢理言えばそのあいだみたいなものでしょうか)、総じてキャロルの文章はこうした詩でないところでも、ここに息継ぎがあるな、とか、ここにリズムがあるんだろうな、というのがわかったりします。そのへんは、言葉のごくごく微細な入れ替えや訂正から、これは語調の直しだろうな、とぴんと来るんですけれども、この章でもそうかな、と思ったり。

■こういう「語り」を重視するスタイルについては、アンデルセンのデンマーク語(を訳しているとき)にも同じ事を感じたり(さらにラヴクラフトを付け加えても可)。でもこの種の「内気な若い男性の語りのスタイル」っていうのは、あんまり重要視されないんですよね(翻訳においても、かな)。この訳は、矢川澄子さんのやり方をもっともっと推し進めるような感じで、やっていけるといいんですけれども。(ただ矢川さんのはちょっと、さわやかでかっこよすぎるような。)

■お休みしているあいだに、稲木先生&沖田先生の『アリスのことば学―不思議の国のプリズム―』(大阪大学出版会)が出ましたね。以前の『アリスの英語』等の再編集&改訂版ですが、日本語で書かれたアリス英語の本としては、やっぱりいちばん信頼できます。


おまけ

■今回のおまけは、短いですがこの章に関係あるものを。地底→不思議の過程で、詩が追加されたわけですが、それもまた、ミュージカル版の台本が作られるときに追記されたという話。ただしミュージカル版では、最後の「……」の部分にちゃんと歌詞があって、「フクロウぺろり」と続きます。

7万9000部への前書き

アリスがもうすぐ舞台へお目見えするのですが、「これはロブスターの声」が出だしの詩は劇に乗せるには半端すぎるので、はじめの連に4行、それからあとのに6行足した上で、カキをヒョウに書き換えました。

クリスマス 1886年


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