【前文】

現在進行中の「錢形平次捕物控」の作業経過を報告したいので、この記事を書き始めた（校正の一部を担当している者です）。
今更、題名の二人の作家を比べるまでもないのだろうけれど、何か記事としてまとめたいので、書くまでもないことばかりかもしれないが、二人の著作の宣伝ついでに記事にしてみた。

【二つの長大な捕物帳】

野村胡堂に「錢形平次捕物控」、岡本綺堂に「半七捕物帳」と有名な捕物帳が青空文庫で公開されている。「半七捕物帳」は全て公開されており、別なウェブページで、詳しい解説もある。一方、全体が厖大なためか、「錢形平次捕物控」は全貌を把握するのも難しい。後述するように手軽に全部を読めない事情もある。資料として、現在の作業の進行状況を後でまとめてみたい。

【似たスタイルの作品】

捕物帳が有名な二人の作家だが、岡本綺堂には、人々が集まって、それぞれに話を語る形式の作品がある。「青蛙堂鬼談」「中国怪奇小説集」「三浦老人昔話」などである。
野村胡堂にもこのスタイルの小説がある。「奇談クラブ」がそれである。時代は綺堂よりも少し後に下っている。「奇談クラブ」のうち、戦後に発表されたものが、「奇談クラブ〔戦後版〕」として公開されている。「奇談クラブ」「新奇談クラブ」は2016-5-10現在校正待ち。

【二人のこだわり】

岡本綺堂が芝居への傾倒を示せば（「明治劇談　ランプの下にて」など）、野村胡堂はクラシック音楽への造詣が各所に見られる。「錢形平次捕物控」の中のルビにすら、音楽用語が飛び出す。どころか、あらえびす名義で発表された「楽聖物語」「名曲決定盤」がある（「名曲決定盤」は2016-5-17現在校正待ち）。

【捕物帳の全貌】

さて、捕物帳のことだ。岡本綺堂の「半七捕物帳」は全部で６９編。長編が１作、あとは短篇。独特な構成と語りの妙を駆使した形式になっている。
野村胡堂の「錢形平次捕物控」は、全部で３８３編。長編が２１作、中編が１８作、短篇が３４２作、掌編が３作である（長編、中編の区分ははっきりしないので目安程度に思っておいて下さい）。お馴染みのキャラクター達が活躍するし、キャラクター達の掛け合いが校正で読んでいても楽しい。

【「錢形平次捕物控」の進行状況】

「錢形平次捕物控」は、旧字旧仮名１３３作品、新字新仮名が７作品、公開されている（2016-5-18現在）。現在「錢形平次捕物控」の作業は、旧字旧仮名の作品を同光社版の全集を用いて、新字新仮名の作品を嶋中文庫版を用いて、それぞれ進められている。全部となると作品が厖大すぎるためか、新字新仮名で全てをカバーした全集がない。そのためか、全部読みたい人は旧字旧仮名で読むしかない。古書で古い全集を手に入れないと読めないのだ（だからこそ、青空文庫で公開する意味があると思うのではあるが）。新字新仮名の本は、嶋中文庫版が150までをカバーしており、150以降は他の選集を底本に一部作業が進められている。旧字旧仮名の全集は、同光社版と河出書房版があり、青空文庫の作業では、同光社版を用いて作業が進んでいる。この同光社版全集、実は３８３編すべてをカバーしきれていないのである。すべてが発表される前に全集が刊行されたからである（３８３編のうち３４７編収録）。旧字旧仮名で校正待ちになっていたものは、すべて校正の作業を引受けたが、それも残り３１編である（2016-5-15現在）。同光社版全集で未入力なものは４７編、ここには長編がほとんど含まれる。そして、同光社版全集に収録されていないものは３６編、これは新字新仮名版であるが河出書房版全集を底本に入力するしかない。旧字旧仮名で未入力なものも新字新仮名で入力されていることもあるので、大体の数字だけれど、３８３編のうち、３００編までは、これから随時公開されていくことと思われる。内訳は、ほとんどが短篇で、中篇が少しということになるだろう。残りの作品（長編を含む）は、同光社版全集底本４７編、河出書房版全集底本３６編。旧字旧仮名の校正が片付いたら、微速乍ら入力をしていきたい。

（2020年8月10日更新）

【「錢形平次捕物控」こぼれ話】

「錢形平次捕物控」についての胡堂のコメントは、一連の随筆銭形平次（これも随時公開されてゆく予定）や「胡堂百話」を参照のこと。平次のキャラクターがどうやって出来たのか、とか、銭形平次と八五郎の関係が普通の上司と部下ではない、とか、いろいろのこぼれ話が読める。

【統計データ】

「錢形平次捕物控」が全部公開された際には、一括検索でいろいろと調べてみたいことがある。2016-5-18現在公開中の１３８話（150が旧字旧仮名と新字新仮名で重複しているので）で、少し試してみたい。
まず、公開されている作品数。
1-100番: 68
101-200: 28
201-300: 40
301-383: 3
300話以降はまだまだこれから、といったところか。

次に、頻出する語句。
「石見銀山」：毒殺ならこれ、といった感のある毒であるが、１２回、登場する。意外に少ない。「石見銀山猫いらず」とも「石見銀山鼠捕り」とも書かれる。南蠻ものの毒も８回登場する。「胡堂百話」には「毒ゼリ」の項に、毒薬の苦労が記されている。
「投げ錢」：銭を投げない平次というのはTVドラマからは想像もできないが、この言葉が登場するのは２４回。プラス４話で銭を投げている。２８／１３８で、２０％程度。やはり意外に少ない。

最後に登場人物。
平次が全話に出て来ることは当然として、八五郎が１３５回（003から登場）で、登場しない回が４回（001, 002, 006, 010）。平次がお静さんと所帯を持つ前の３話（001, 006, 010）には当然出て来ない。お静／お靜さんが、７９回で二位。上司の筆頭與力笹野新三郎が５３回。三輪の萬七親分が、２９回。石原の利助親分が、２１回。お品さん（石原の利助の娘）が、１１回。三輪の萬七は、最初から最後までライバルとして登場しているが、石原の利助は、話によって少し立ち位置が変る。そんなところも注意して読むと面白いかもしれない。八五郎がほとんどで登場しているが、未公開の作品には、「八は見つからないのか」「はい、見当たりません」で名前だけで出て来なかったり、平次の最大のピンチにも八五郎はおらず、最後に「親分はやっぱりあっしがいないとダメだなア」とか言いながらちらと顔を出す、なんてお話もありますが。

【お気に入りの話】

結構な数を校正したので、細かい話は忘れてしまっているものもある。しかし、題名を見ただけで、「ああ、これは」という程印象に残った作品を紹介したい。
「014 たぬき囃子」：謎解きが鮮やかだったので、印象に残っている。
「024 平次女難」：題名の通り、平次が女難にあうのがコミカルで面白い。八五郎にまで愛想を尽かされる始末。
「035 傀儡名臣」：解決が鮮やかだったので、印象に残っている。
「071 平次屠蘇機嫌」：何気ないことから大きな陰謀を嗅ぎ付ける平次の推理が楽しめる。

他にも面白いものがたくさんあるので、そのうちアンソロジーでも編んでみたい。（門）