34
テクストにおける〈青空的な何か〉をテーマに書いてみたパート3。結構前に書いたもの。こういうのって、オリジナル作品もあった初期の青空文庫みたいですね。しかしながらそのような青空文庫は今はなく、またそのようなインターネットも時の彼方にあるのかもしれません。エキスパンドブックと訪れなかった未来をしのびつつ。(なお、当作品のご利用につきましては、お絵かきでも朗読でも、下の方にあるクリエイティブコモンズの範囲内でご自由にどうぞ。) ▲前話▲ ▼次話▼
1
雨の日の長休み(っていうのは二時間目と三時間目のあいだの長めの休み時間のこと、すんでるところによっては言い方がちがうかも)。
みんな、雨だから外にも出られずに、教室のなかにいて。お話だとか、なかでできるゲームだとか。
だからいつもよりちょっとざわざわ。
わたしは、つくえに持ってきた本をいくつもつんで、読書。
そのとき読んでたのは、伝記《でんき》。つまり、昔がんばってすごいことをした人のことを書いた本で、どれだけすごかったのか、どんなにがんばったのか、ということがあれこれ記《しる》してあるの。
わたしには、ふーんというか、う~んというか。
だって、すごいとか、がんばったとか言われても、わたしはそんなにがんばれないし、ぜんぜんすごくないし、きっとそんなふうにはなれないし。なんだか遠いものをかんじてしまって、読んでておもしろいけど、たのしくはなくって。
そんなふうに読みすすめていると。
「あいかわらずすごいね、メクルは。」
目を本からあげると、サシエちゃんがつみあげていた本を手にとってて。ぱらぱらめくったりなんかして。
「う……字ばっかり。もうだめ。」
サシエちゃんはしぶい顔。なんだか苦いものを食べちゃったみたい。
でも、すごいって言われても、ほんとは……。
「おーい、サシエ!」
この声は、ヒョーシくんだ。
ボールをかかえて走りよってくる。
「サッカーしようぜ!」
「は?」
あきれ顔のサシエちゃん。
「雨ふってんのに?」
そりゃそうだ。
外を見ると、ざあざあ大ぶり。これだけ雨がひどいと、だれも外へ出ようなんて思わない。
でも、男子がやりそうなことではある。雨のなかをぎゃあぎゃあ言いながら、ずぶぬれであそぶっていう。
「んなことするかよ。」
あ、しないんだ。
「じゃあ、どこで?」
「ろうかだよ、ろうか! PKな!」
ということは、ろうかのはしからはしをゴールにするってこと?
「ばーか。先生におこられるって。……やるなら、ほかの男子とやれば?」
「えー。ジュニアでやってるおまえがいねえとつまんねえんだよ。やろうぜ、なあ。」
「やらない。」
「ちぇ……」
って、そのときヒョーシくんがわたしの本の山を見て。
「うわっ、すげえな。どっさり。」
「だよね。」
うなずくサシエちゃん。
「ふーん。ちょっとおれもためしに。」
そう言って、手をのばしたヒョーシくん。
でも、その先にあったのが。
……そらいろのブックカバーがかかった本。
ちょっと。
ちょっとまって!
2
本をひらいたら、妖精《ようせい》が出てきちゃう! 学校じゃ、まずい!
と思っても、とめられなくて。
ヒョーシくんは、わたしの本をぺらぺらとめくってしまう。
わたしはどうしていいかわからなくって、目をつむって。じっとしてたんだけど。
「……わかんね。」
って、ぱたん。
ヒョーシくんは本をとじて、もとにもどして。
あれ?
目をあけても、ヒョーシくんもサシエちゃんも、なにかがあった、っていうかんじじゃなくって。
妖精が出ない? なんで? わたしのときは、カバーをかぶせて本をひらいたら、ほっといても妖精がかってに出てくるのに。
わけがわからない。どういう……こと?
わたしがそんなふうにかんがえていると、サシエちゃんはこんなことを言い出して。
「てか、そんなあそんでばっかでいいわけ? もう三日後テストだけど。」
「つーか、おまえはどうなんだよ。」
「……あ……まあ、それは。」
そういえば、もうすぐテストだ。わすれてたけど。
そこで、こたえにこまったのか、サシエちゃんは、いきなり。
「メクルは?」
「え? わ、わたし?」
ちっともべんきょうしてない、って言えるわけもなくて。
つまっていると、ヒョーシくんが。
「そりゃ、よゆーだろ。こんなに本いっぱい読んでんだしさ。頭いいんだろ、やっぱ。」
「……う……えと、……あの……」
――わたしは、たしかに本読んでるけど。
読んでるけど。
頭がいいってわけじゃない。なんでも知ってるわけじゃない。いろんな本読んだって、ぜんぶおぼえてるわけじゃないし。
というか、読んでしばらくしちゃうと、お話のこまかいところなんかちっともわからなくて、ぼんやりとしたイメージしかのこらないし。
漢字……はなんとなく読めるけど、書く方はぜんぜんだめだし。
……ヨミちゃんはちがう。
おなじ本好きでも、わたしとちがって、いろんなこと知ってるし。
それにひきかえ。
わたしは。
だめ。
わたし、頭わるい。
バカなんだ。
……テスト。
あと三日?
どうしよう!
3
さて、わたしがこまっていると、もちろんあいつの出番。
というか、じぶんの部屋にいると、よんでもないのに出てくるんだ――『ホームズ』の妖精、ムズムズが。
その日も夜のごはんを食べたあと、ベッドでごろごろしていると。そろそろかなって思っていると。
「ふむ。」
ほら来た。
「なやんでいると見た。」
ころがってるわたしの上に、空色のコートとぼうしに身をつつんだ、ちっちゃなやつが、ふわふわ。それから、わたしのまわりをくるくるくる。
「なにかもんだいでもあったのかね。今のきみは、そういう顔をしている。」
だから、わたしはこう返して。
「そうですね、わたしはなやんでおります。」
なんだか気の入ってない言葉。
「どんなもんだいだ? さあ、さあ、ぼくに教えたまえ。」
こういうとき、なにも言わずにいると、ムズムズはすぐにうるさくして、わたしのまわりをうろちょろする。
だから、しょうがなくわたしは、小声で。
「……バカだから。」
なのにムズムズは首をかしげる。
「ん? なにかね。よく聞こえなかったが。」
「だから、じぶんがバカだからなやんでるの!」
こんどはおきあがって耳にむかって大声でさけんだから、ムズムズもびっくりしちゃって。
ムズムズは頭をかかえてるけど、かまわずわたしはつづける。
「太陽系の星のならびとか、すぐぐっちゃぐちゃになっちゃうし。漢字なんか、ぜんぜん書けないし。算数の公式だって思い出せないし。」
足をかかえると、ムズムズはわざわざわたしの頭の上におりてきて。
「バカとな?」
たぶん、ムズムズはわたしのつむじを見てる。
「つまり頭がわるいということか。しかし、それでどうしてなやむのだ? それでこまることがあるのか?」
わたしは手でムズムズをはらおうとしたんだけど、そのときにはもうふわふわとにげてて。
「こまる! だって、もうすぐテストなんだもん。」
「テスト?」
ムズムズは聞いてくる。
あいつは、いっつもこうだ。わかることをわざわざ聞いてきて、わたしにせつめいさせるのだ。
「学校でのおべんきょうがちゃんとおぼわってるかどうかたしかめるの。でも、わたしバカだから、なにかをおぼえるのって、苦手で……」
「おぼえる、か。」
「……ムズムズは、頭がいいからなんでもおぼえられるんでしょ?」
ふわふわしてるムズムズに、わたしはいじけてみたんだけど。
「ざんねんながら、ぼくの頭には、むだなことをおぼえておく場所が少しもない。さっきの、太陽系の星のならびにしても、知っていたところでぼくには何のやくにも立たないからな。」
「なにそれ。」
わたしは、またベッドにねっころがって。
「あー、どうしよう。あと三日しかないのに、ぜんぜんおぼえらんない!」
ってそのとき、「あっ」ってちょっと思いつき。
「もしかして、本から暗記《あんき》がとくいな人って出せるかな?」
するとあいつは。
「出せるかもしれないし、出せないかもしれない。それはきみしだいだ。」
なにその言い方、ムズムズするっ!
4
ものおぼえのいいひと。
そういうひとを本から出せればいいんじゃないか。ものがたりにいたかどうかはわからないけど。べんきょうのすごいひとなら、たぶん今読んでる伝記のシリーズにいっぱいいるんだから。
さあて、だれかな。夏目漱石《なつめそうせき》? 野口英世《のぐちひでよ》?
ううん、このひと。
わたしが伝記にカバーをかけてひらくと、きらきらっとして、つぎのしゅんかんには、妖精があらわれて。
うかんでいたのは、和服っぽいかっこうの、丸顔の……わたしとおんなじ、子ども? 手には本も持ってる。
なんて、わたしがふしぎに思ってると、むこうからしゃべってきて。
「ん? なんや?」
なぜかわからないんだけど、このひとのことが、ちょっとこわくって。
わたしは、びくびくしながら、聞いてみる。
「あの、……おべんきょうは、おとくいでしょうか。」
「ん……とくいっちゅーか、好っきゃ。」
「じゃあ……」
って、おずおずとわたしは、出てきたベアックスさんに、首のあたりで何さつかちらちらさせながらおたずねする。
「たとえば、この教科書のなかみとか、おぼえられますか?」
「おお、教科書やて!」
わたしの言葉を聞いたベアックスさんは、そりゃもう前のめりで、ぐーっと教科書に手をのばしてきて。
「見して! おお、こりゃええもんや……まだ知らんことがようけ書いとるし……」
ベアックスさん、食い入るように本にお顔をつっこんで、ぺらぺらとってもはやくページをめくってく。
「あの……」
「おお! おお! うおお!」
わたしは声をかけようとしたんだけど、もうむちゅうで、ぜんっぜん聞こえてないみたいで。
あっというまに、五さつ読みおわって。
「いやあ、おおきに。」
ぱたんととじて、ベアックスさんはそう言ったんだけど。
わたしはあっけにとられちゃって。
「えっ、それだけでいいの?」
「もうおぼわったしな。」
えっ?
ということは、ぱらぱらってめくっただけで、ぜんぶおぼえられちゃったってこと? そんな!
「ほんとに?」
「ウソやと思うんやったら、好きなとこ聞いてみ?」
言われたので、わたしはまったくおぼえてないけど、思いついた数字を言ってみる。
「じゃあ国語の五三ページ。」
すると、ベアックスさんはいきなりお話のとちゅうをつぶやきはじめて。わたしは首をかしげながら、あとからページをひらいてみたんだけど……
まったくおんなじ!
「すごい!」
あんなにすぐに、ぜんぶおぼわっちゃうなんて!
「じゃあじゃあ、わたしにも教えて! どうやったらおぼえられるの?」
「ん?」
「ん? じゃなくって。」
「いやどうって、ぱらぱらって読んだらそれでおしまいやけど。」
「……」
そっか。
おぼえるのと、教えるのは、ちがうんだ……
5
つぎの日の長休み。
空は晴れてたんだけど、わたしはじぶんのつくえで心をくもらせながら、ぼーっとかんがえごと。
けっきょく、きのうはぜんぜんだめだった。とりあえず、えらいひと(しかもかしこそうなひと)を何人か伝記から出してみたけれど、おべんきょうはまったくすすまなくって。
できるひとが、ちゃんとおしえてくれるとはかぎらない。
っていうのが、きのうわかったことだ。
もう明後日にはテスト。時間もないし、どうしたらいいんだろうって。
かんがえていると、うしろから声がして。
「あれえ? 今日は本、読まないんだ?」
ふりかえると、クチエちゃんがすわってる。
そういえばクチエちゃんも、どっちかというと、おべんきょうはできる方だ。なにかとくべつなことでもしてるのかな?
ちょっと聞いてみよう。
「クチエちゃんは……おべんきょうって、どうしてるの?」
「ん? うーんと、おべんきょう?」
「うん、その……いつも点、わるくないよね。」
「そうかなあ? えへへ。」
「だから、じゅくとか、行ってるのかなって。」
「じゅく? ううん、ああいうの、きらいなの、学校みたいで。」
「そうなんだ。じゃあ……」
「あのね、ときどき、家庭教師《かていきょうし》の先生が来てくれるの。学校よりも教えるのが上手で、あとすっごくかっこよくって、なんていうか、まるで……」
「家庭教師!」
そっか、べんきょうを教えてくれるひとって! 家庭教師さんがいたんだった!
「えっ、うんそう。でね、そのひとがかっこよ……」
クチエちゃんは、うっとりしながらしゃべってたんだけど、わたしはそんなことよりも。
「でも、よく見つかったね、そんないいひと。」
「そう! もうしあわせ! これってひょっとしてうんめ……」
「そういうのって、どうやってえらぶの?」
「え? えっとたしか、とくいな教科とか、顔写真のついたリスト? いろんなひとがいちどにならんだ、そういうのをママが見せてもらったみたいだけど……」
いろんなひとがいちどに……か。
「でね、そのひと、ほんとにかっこよくって……」
6
「ふむ、ふむふむ。」
ムズムズが、わたしのまわりをふわりふわり。
わたしはじぶんの部屋で、おさいほう中。
ぬのをひろげて、かた紙を合わせて、ハサミで切って、台紙をはさんで、ぬいあわせて。
「何をしているのかね?」
「ブックカバーをつくってるの。」
しかも、空色のブックカバーをね!
どうしてもっと早く思いつかなかったんだろう!
このふしぎなブックカバーは手作り。たしかおじいちゃんのおうちにあったぬの。元はひいおばあちゃんの古い着物かなにかだったんだけど、おばあちゃんもおさいほうが好きだったから、ぬのとしてもらったんだとか。
それをまたわたしがもらったんだけど、けっこう大きくって。
だから、このぬのからブックカバーはいくつも作れるってわけ。
今はひとつだけど、本もいろんな大きさのがあるから、サイズに合わせていろいろこしらえて、それから同じものだってふたつみっつほしい。
だって、このぬので作ったブックカバーがふしぎな力を持つんだとしたら、いっぱいあった方がべんりだよね!
「なるほど、ぼくを出したブックカバーを、たくさん作るのか。」
「そう! へっへーん。」
これでおおぜい出してみたら、ひとりくらいは、わたしにぴったりの家庭教師さんが見つかるかもしれない!
ふっふっふ。
そりゃもうたっくさん作ってやるんだから!
「ふむり、ふむり。」
ムズムズがわたしのまわりをふわりふわり。
「ふむーり、ふむり?」
……ちょっと、というか、だいぶじゃま。
気がちる。こんなにがんばってるのに!
「もう、うろちょろしないで! ムズムズ!」
「しかし。」
なんだかムズムズは、わたしに言いたいことがあるみたい。
だったら聞いてやるけど。何? 何なの?
「きみは、何をしている?」
「何って、さっきも言ったじゃない。ブックカバーを作ってるって。じぶんでも『なるほど』って、わかってるんじゃないの?」
「むろんわかっている。」
「だったらわざわざそんなこと聞かないで!」
……もう。わたしは、いそいでブックカバー作るんだから!
でも、やっぱりというかムズムズは引き下がらなくって。
「しかし。」
「しかし?」
「きみはいったい何をしている?」
あったま来た。
「……だ……か……ら!」
って、本からカバーをひっぺがして。
しずかにしててよね、ムズムズ! ってほうりなげちゃった。
7
そしてつぎの日。
わたしはまんぞくしていたのだ。ひとばんかかったけど、ブックカバーは七つもできたし。
これでばっちり。明日のテストなんてなんにもこわくない。
そんなふうに思って、この日の長休みは図書室へ行ったんだ。もうだいじょうぶだからって。
そうしたら、図書室にはヨミちゃんがいて。
つくえにいろいろひろげて、なにかしているみたいだったから、聞いたんだ。
「あ、ヨミちゃん、何してるの?」
ヨミちゃん、こっちをふりかえって、にこってしてくれたんだけど、なんだか首をかしげてて。
あれ? わたし何かへんなこと言ったっけ?
って思ってたら、ヨミちゃんが。
「何って……明日はテストだよ、メクルちゃん。」
そうだった。
「ってことは、べんきょうだね!」
「うん。」
わたしからすると、休み時間にまでちゃんとべんきょうするなんて、びっくり! だって休んでないじゃない!
ヨミちゃんは、いつもテストでいい点とってるけど、頭いいっていうか、かしこいっていうか、まじめっていうか、そういうひとって、ふだんからちがうんだなあ……って。
「すごいね!」
「そんなことないよ。」
せいいっぱい手をふるヨミちゃん。
「わたし、おぼえるのってへただから、なんどもやらないとだめだってだけで。」
ふ~ん、そうなんだ。
「きのうの夜だって、ずーっとやってたのに、半分もおぼえられなくって、だから休み時間つかってでもやらないと、明日のテスト、きっとうまくいかないから。」
「で、がんばってるんだ。」
「うん。」
そこでヨミちゃんは、ぎゃくに。
「メクルちゃんは? きのうの夜、どの教科やってたの?」
「えっ、わたし?」
よくぞ聞いてくださいました。
わたしは、ばっちりですよ。
「もう、ブックカバーいっぱい、七つも作っちゃった!」
そうしたら、ヨミちゃん、えんぴつを手からおとしちゃって。
わたし、どうしたの? って思ったんだけど。
しばらくかたまってから、ヨミちゃんが声を。
「えええええええええっ!」
出してからしまったって気づいて、口を手でふさいだんだけど。
まわりのひとも、オクヅケ先生も、指を口にあてて、こっちをにらみながら、シーッって。
それから小声で。
「なななな、なんで? だだ、だいじょうぶなのメクルちゃん?」
わたしは、まだぜんぜんわかってなくて。
「え? どうしたの? わたし、なにか、へんなこと……」
「だって、明日テストだよ?」
「うん、そうだね。」
どうして、びっくりされたの? って。
首をかしげていたら。
「――おべんきょうしなくて、いいの?!」
8
あああああああああああっ!
って気づいても……おそいわけで。
わたし、カバー作るのにむちゅうだったから、かんじんのことをすっかりわすれてた。カバー作っただけで、もうだいじょうぶって気になってた。
これじゃあ、いつもとかわりないじゃない!
今までも、テストに近づけば近づくほど、お部屋のおそうじをしちゃったり、ついついテストにはまったくやくに立ちそうにない本を読みふけってしまったり。
ブックカバー作ったのも、きっとおんなじだ。
かえり道、わたしはどうしようどうしようって、せいいっぱいなやみながら早歩き。
テストは明日。時間なんて、ほっとんどなくて。
しかも、この一年のさいごのテストだから、たぶん出てくるところは、一年間でやったのぜんぶ?
ぜ、ぜんぶ?
ヨミちゃんは、そう言ってた。
どどどど、どうしよう。なにか、なにか、なにか、いいかんがえは?
そうだ、ムズムズに聞いてみよう!
わたしはランドセルのなかをがさごそさがしてみたんだけど……
……ない!
あれ? いつも入ってるはずなのに!
――そうだ、きのう、うるさいってなげちゃったんだった……
もう、こんなときに!
教科書だって、ドリルだって、いっぱいやらなきゃいけないっていうのに! ベアックスみたいに、ぱらぱらぱらって本読むだけでおぼえるなんて、わたしにはムリだし!
えーと、えーと。
ってかんがえてたときに、ふとわかったんだ。
そういえば、教科書だって、ドリルだって、本だぞって。
ということは、ブックカバーをかぶせたら……なにか出てくる? しかもおべんきょうのための本だから、もしかしたら……
ちゃんとした家庭教師さんが出てくるとか!
明日まで時間がないけど、カバーはたくさんあるし、教科書とかドリルとかにぜーんぶつけちゃえば、ひょっとしたら。
テスト、なんとかなるかも! わたしって、かしこいっ!
それからは、かけ足で。
とにかく早くかえって、かたっぱしからブックカバーかぶせて、おべんきょうをぜんぶ教えてもらおうって。
いいかんがえだって。
……そのときは、思ったんだけどね。
9
テストの日の朝、教室。
「……おはよう。」
「あ、おはよう、メクルちゃ……」
わたしの声に、ふりかえったサシエちゃん。
すごく目が丸くなってた。
「ど、どうしたの、その顔?」
「えっ?」
わたしのへんじは、うわのそら。
「すごい顔色わるいし、なんか目の下に……クマもできてるよ?」
すぐに答えられなくって、ちょっとしてから。
「……そう? そうかな? あはははは。」
なぜだかわたしはわらっちゃって。
サシエちゃんも、あとから来たクチエちゃんも、わたしを見てへんな顔してた。
っていうか、たぶんわたしの方がへんな顔だったんだけど。
……もうきのうの夜はめちゃくちゃだったのだ。
教科書とドリルにつけて出てきた妖精は、やさしい家庭教師さんというよりも、とってもこわくてきびしい先生たちで。ひとばんでぜんぶやらなきゃいけないからって、ものすごい教え方で。
あんなの、思い出したくない!
しかも、わたしがもうだめって、どれかひとつブックカバーを外そうとしても、いっつもほかのにじゃまされちゃうし。
そんなわけで、ずーっと、ずっとおべんきょう。ねずにべんきょうしたのって、はじめてかもしれない。
でも、テストは。
ねむくてねむくて、頭もぼんやりしちゃってて。問題もよくわかるようなわからないような。答えも何書いてるのかわかるようなわからないような。
わたし、ふわふわしっぱなしで。一日じゅう、なにがなんだか。
数字と、漢字と、えんぴつと、けしゴムとが、ぐるぐる。
気がついたらテストがおわってて。ぼーっとしているうちに、家にかえってて。体がかってにベッドへとうごいていって。
あれ?
わたし?
……って、手やら足やらをもぞもぞしているうちに、ねむっちゃったみたいで。
10
すごいこわいゆめを見た。
ゆめというか、まえの日のばんのくりかえし。妖精たちがわたしをとりかこんで、おそいかかってきて、教科書やドリルをつきつけられて……
わたしはひめいをあげる。
「うむ?」
……声が聞こえる。
「うむむ?」
だれの声かは、すぐにわかった。
あいつだ。
たぶんそのうち、あれを言う。
「何をしているのかね?」
来た。
何って、たおれてるんです。
「あいっえ、あおええいうんえう。」
「うむ?」
うつぶせになっていたわたしは、なんとかぐるんとねがえる。
目のさきには、ムズムズ。
くるくるはしてなくて、うかんだまま、じっとこっちを見てる。
「そのようすでは、だめだったようだな。」
「だめって、なにが。」
わたしはぱくぱくと口だけをうごかす。
「ぼくは、なんども『しかし』と言ったはずだが。」
「ああ、うん。」
まだぼんやりしているわたし。
「そうだね。」
って、『しかし』って言ったからどうだっていうの。
「『何をしてるのか』と聞いていたのに。」
だからブックカバーを作ってたんだって。
って。
そっか、あれは、ムズムズなりに、わたしに気づかせようとしてくれてた……ん? ちょっとまって。
わかってたんなら。
もうちょっとはっきり言ってよ……
「ムズムズするなあ……」
「しかし。」
目をあけても、ぼんやりしていて。
でもちょっとおかしいな、って。ムズムズがたくさんに見えるけど……?
「しかし。」
「こんどは何? もうテストはおわったんだけど。」
だるそうなわたしに、ムズムズはこう聞いたの。
「この、ブックカバーのついたたくさんの本は、いったい何なのだ?」
「何って、ぜんぶ教科書やドリル……」
あれ?
もしかして。
朝までべんきょうして、そのまま出かけたから……
……
つけっぱなし?
そこでわたしは、はっとして目をあけたんだけど。
すると。
いたのはムズムズだけじゃなくて、おおぜいの妖精。テストのまえのばん、わたしにきびしくおべんきょうを教えた妖精たち。みんな、ずらっとならんでいて。
いやなよかん。
「えっと、ななな、何かな? ううん、何ですか?」
「テストの出来は!」
「できたの、できなかったの!」
「見直して、ふくしゅうですよ!」
「さあ、今日出てきたところを思い出して!」
先生の妖精が、いっせいにわたしにおしよせてきて!
うわあああああ!
ごめんなさい、ごめんなさい。たすけて!
これからは、ちゃんとテストべんきょうするからあ!
[…] そらいろのブックカバー 第四話「いつかの雪は今いずこ」 […]