そらいろのブックカバー 第四話「いつかの雪は今いずこ」
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カテゴリー:,電子書籍 | 投稿者:OKUBO Yu | 投稿日:2012年6月5日 |

テクストにおける〈青空的な何か〉をテーマに書いてみたパート4。ひとまずこれでおしまい。だいぶ前に作ったものです。読み返してみて気がついたのですが、このお話ってたぶんインターネットとかパソコンとかが普及する前のことですよね。なんだかノスタルジック。(なお、当作品のご利用につきましては、お絵かきでも朗読でも、下の方にあるクリエイティブコモンズの範囲内でご自由にどうぞ。) ▲前話▲ ▽初めから▽

冬のおわり。

まだあたたかくはなってないけど、あと少ししたらきっとサクラにつぼみもついちゃうんじゃないかっていう、そんなころ。

学校はもうお昼までしかなくて、図書室も放課後《ほうかご》は三〇分しかあいてないんだけど、わたしは用があったから帰る前によって。

すると、いつものように、ヨミちゃんもいて。

だからかえろうって、声をかけたんだ。

でも。

「ごめんね、今日はいっしょにかえれないんだ。」

どうしてって、わたしが聞くと。

「病院《びょういん》、行かなくちゃいけなくって。」

わたしはびっくりした。まさかヨミちゃん、どこかぐあいでもわるいのかって。

たぶんわたし、とんでもない顔をしたんだと思う。大声を出しかけたかもしれない。だってヨミちゃんは、ほんとうに元気なさそうだったし。

そのとき、ヨミちゃんは首をふって。

「ううん。そうじゃないの。わたしじゃなくって。」

くわしく聞いちゃいけないのかな、なんて思うひまもなくわたしは、じゃあだれが、って。

そうしたら。

「あのね、今おばあちゃんが入院《にゅういん》してて……」

えっ!

ってわたしが思ったのは、ヨミちゃんのおばあちゃんには、なんども会ったことがあるからで。わたしがときどき、ヨミちゃんのおうちにおじゃますると、いつもお茶とおかしを出してくれる。

お年は、おいくつだったかおぼえてないんだけど、ヨミちゃんを〈やっとできたまご〉だって、いつもたいせつにしてたってことは、わたしにもすごくわかった。

「これからおみまい?」

って聞くと、ヨミちゃんはうん、おべんとうをもって、って。

わたしたちの学校は丘の上にあるんだけど、運動場《うんどうじょう》と林をはさんだむかい、もうちょっと高いところに病院があって。

今からそこへ行くみたい。

「ねえ、わたしもついてっていい?」

わたしがそう言ったのは、もちろん、ヨミちゃんのおばあちゃんにはわたしもおせわになったから。それもある。

でももうひとつ。もっとだいじなわけがあって。

「うん、いいよ。あ、でも……」

「えっ、でも?」

「メクルちゃん、おひるごはんどうするの? わたしは……おべんとうが……あるけど。」

「だいじょうぶ!」

ほんとうはぜんぜんだいじょうぶじゃない。

「病院でも、パンは売ってるんだよ!」

とかいいながら、わたしはそのときおさいふ持ってなかったんだけどね。とにかくついていこうって、思ったから。

 

「おばあちゃん。」

ヨミちゃんは病室のとびらをあけると、ベッドの方にかけよって。わたしは、うしろからてくてくとついていく。

ヨミちゃんのおばあちゃんは、まどの外を見ていたんだけど、声と音に気づくと、こっちにふりかえって。

「また来てくれたのね。ありがとう。」

「こんにちは。」

おくれて、わたしもあいさつ。

「あらメクルちゃん、おひさしぶり。」

「わたしもおみまいに来ました!」

そういうと、にっこりしてくれたんだけど。でも、やっぱりどこか元気がなくって。

つかれてる? ううん、そういうのとは、ちょっとちがう。……なんだろう?

それから、おはなしをした。おひるもたべた(ちなみに、わたしのおひるは病院に来ていた近所のおばさんからいろいろかしパンがもらえたから、それになった)。

していることは、ヨミちゃんのおうちにあそびにいったときと、たいしてかわりがないはずなのに、わたしはどうにもおちつかなくって。

じっともしてられなかったから、うろちょろしちゃったり。まどぎわに行って、外をのぞいたりもして。その部屋からは、ちょうどわたしたちの小学校の運動場が見えたんだけどね。

そんなことをしていると。

「そういえば、デザートはどう?」

と、ヨミちゃんのおばあちゃんがすすめてくれて。

そうなんだ、ベッドのよこのたなに、おみまいのくだものかごがおいてあって。リンゴにオレンジ、あとみかんにバナナに、キウイもあったかも。いろいろつまってる、くだものかご。

じつはちょっと気になってた。でも。

「ええっ、そんな、わるいですっ。」

わたしはいちおう、えんりょしてみる。けれど、わたしの顔はにやにやしていたはず。

「いいのよ、どうせ年よりひとりじゃたべきれないし、もったいないことするよりも、わかい子たちに食べてもらった方が、ね。」

ありがとうございます、じゃあよろこんでいただきます、とわたしはれいぎ正しく言ってみる。

「じゃあ切ろうかしら。」

とヨミちゃんのおばあちゃんが体をおこそうとしたとき、

「あっ、わたしがやる!」

ってヨミちゃんが言って。

そうだった、おばあちゃんは入院してるんだから、そんなことやらせちゃわるいよね。わたしも気がつかなくて、いえじぶんで切ります、くらい言えばよかったかな、とはんせい。

「ナイフは、給湯室《きゅうとうしつ》でかりればいいんだよね。」

「ええ、そうよ。ひとりで行ける?」

「もうおぼえたからだいじょうぶ!」

ってヨミちゃんは病室の外へ出ていく。

いつも思う。ヨミちゃんはわたしよりもとってもいい子。頭もよくて、気もまわって、やさしいし。

わたしがなんどもわすれものして、そのたびにべつのクラスのヨミちゃんにかりにいくんだけど、いっつももんくなんか言わずにかしてくれるし。

だからときどき、わたしはヨミちゃんになにかしてあげられてるのかなって、ふあんになる。

とか、かんがえてたんだけど。そこでわたしははっとする。

「あ、ちゃんと手をあらわないと!」

ちょっとおそい。

お昼を食べたあとなのに。でも、パンはふくろがあるから、ちょくせつさわってるわけじゃないし、これからくだものをすででつかむから、だから今からあらう、ってじぶんでじぶんにいいわけ。

で、おばあちゃんにことわってから、わたしもヨミちゃんのあとをおいかけていった。

 

ヨミちゃんは、給湯室のながし台の前にいた。

でも、わたしが入ったとき、ヨミちゃんはくだものかごをおいたまま、なにも入っていないお皿を出したまま、ぼーっと立っていて。

しかも、うつむいていて。

「ヨミ……ちゃん?」

わたしは声をかけたんだけど。

「……メクル……ちゃん。」

顔をあげたヨミちゃんは、目を赤くして、鼻をすすりながら、泣いてた。目を手でごしごししてたけど、ぜんぜんとまらないみたいで。

とにかく、わたしはかけよって。

「ど、どうしたの……?」

って言ったんだけど。

それから先、なにをどう言えばいいのか、わからなくて。こういうとき、どうしてあげればいいのか、わからなくて。

すると、ヨミちゃんは、わたしにだきついてきて。

いっぱい、泣いてて。

「メクルちゃん、メクルちゃん。」

ふくがぎゅっとつかまれてて、ちょっとくるしい。でも、それだけじゃなくて、なんだかむねも、きゅっとくるしい。

ヨミちゃんは、泣きながらわたしに。

「おばあちゃん、ずっと元気ないの。ずっと、ずっと。どうやったら元気になるのかな。どうしたら……」

たしかに、ヨミちゃんのおばあちゃん、前にあそびにいったときとはちがって、ぜんぜん元気がなかった。ほんとに、どうやったらなおるんだろう。わたしには、へんじができなくて。

そのとき、もっとくるしくなって。

「もしかして、わたしがウソついちゃったからかな。おばあちゃんにウソなんか言ったから、ずっと元気にならないのかな。」

「ウソ?」

わたしは、ようやく声を出す。

「……うん。」

もしかして、それがヨミちゃんが元気のない、ほんとうのりゆうなのかなって、どうしてかわからないけど、わたしはそう思って。

じっと、ヨミちゃんがしゃべってくれるのをまってみる。

しばらくすると。

「……雪、ふるって。」

「雪?」

わたしは、言葉をくりかえしてみる。

「うん。……おばあちゃんがね、昔もこのへんは、冬になるとつもってたって。」

そういう話は、わたしも聞いたことがある。わたしがまだ小さいころは、ちょっとは雪がつもってたって。生まれる前は、もっとつもって、小学校でも体育の時間が雪あそびになったりしたって。うらやましいなって、思ってたんだけど。

「だから、わたし、はげますつもりで、今年は雪つもるよって言ったんだけど。なのに、ぜんぜんつもらなかったし、もうすぐ四月だし。……わたしがウソ言ったから、わるい子だから、おばあちゃん元気にならないのかな……?」

ぜったいそんなことない。

それに、ヨミちゃんはわるい子じゃないし。……こないだの図書室のことを気にしてるんなら、あれは……わたしがとじこめちゃったみたいなもんだし。

わたしは、きめた。

「ふる!」

声に出して、言った。

「ヨミちゃん、雪はふるよ!」

「でも……」

「ぜったいにつもるから!」

ヨミちゃんは泣かなくていいんだ。それに、ウソなんかついていない。雪はふるんだ。これからつもるんだ!

わたしが、ふらせるんだ!

「ヨミちゃん。」

「……?」

ヨミちゃんはわたしの方を見て、なみだでぐちゃぐちゃになりながら、ちょっとふしぎそうな顔をしていて。

「くだものをよういしてまってて、ヨミちゃん。今すぐ、雪がつもるから! わたしにまかせて!」

「……う、うん。」

きっとできるはず。

今のわたしなら、雪くらい、どうってことない。

ふしぎな空色のブックカバーでふらせてやる!

 

わたしは、走った。

とりあえず病院からとびだして、ブックカバーをつかって雪をふらせる、そんな大きなことのできるような、ひろくて、めだたないところへ行かないとって思って。

このあたりなら、そんなところひとつしかない。

運動場だ。

わたしは丘の坂をくだって、だあれもいない小学校のグラウンドに入る。ちょうどうんがよくて、いつもならヒョーシくんたち男子があそんでいてもおかしくないのに、今日はがらんがらんだった。

これなら、妖精を出してもあやしまれないかも。

わたしはすみっこの方へ行って、ランドセルをおいて、なかからブックカバーをとりだす。それから、今持ってる本につけかえて。

――『アンデルセン童話集《どうわしゅう》』。

北の国のものがたりには、雪のことがよく出てくる。だから、あのひとを出せば、きっと雪なんかすぐにふってくれる。このあたり、この街ばーっと一面雪にしてくれる。

「……出てきて、雪の女王!」

わたしはさけぶ。

これでもんだいない、って思ったのに。出てきたのは……なんと、女王さまでもなんでもなくて。

トナカイと、それにのった女の子。けがわを着ていて、片手にはナイフまで持ってて。この子って、まさか……

「さんぞくのむすめ!」

「ああん?」

そんな……出てきてほしい妖精と、ぜんぜんちがうのがあらわれるなんて! どうしよう!

「おい、おまえ、おれさまになんか用か? ああん?」

「えっと、その。」

こわい。さんぞくのむすめ、こわい。

とにかくここは……

「たすけて、ムズムズ!」

わたしのランドセルには、いつだってカバーのかかった『名探偵ホームズ』が入っている。ということは、よべばすぐに出てくるわけで。

「ふむ!」

空色のコートに、空色のぼうしをかぶった妖精。わたしがこまったときに出てきて、たすけてくれるんだかくれないんだか、よくわからないあいつだ。

「なにごと。」

ってムズムズがいいかけてすぐだった。

「ああん? てめえだれだ。ああん?」

さんぞくのむすめ(って名前なんだっけ、まあトナカイにのってるからトーナちゃん!)がナイフをふりまわしてムズムズにちかよったんだけど。

「かわいいおじょうさん、いったんそのあぶないものをおさめたまえ。」

「かわい……っ! て、あ、ああ、まあ、ちょっとくらいまってやってもいいぜ、うん。」

めっぽうおせじに弱いのかな、トーナちゃん。……って、そんな場合じゃなかった。ムズムズに聞かなくっちゃ。

「どうしよう、ムズムズ!」

「うむ。」

「雪をふらせたいんだけど、どうしたらいいのかな! ねえ、アドバイスして!」

わたしは、もうあわてていて、とにかくたすけがほしくって。てっきりムズムズが答えをおしえてくれるもんだと思ってて。

いつだってそんなことないのに。

「ふむ、それはかんたんなことだ。」

「おしえて!」

わたしのおねがいに、ムズムズはこう返したのだ。

「……雪をふらせればいい。」

わけがわからなくて、わたしはかたまった。

しばらくしてから聞き直したんだけど。

「えっ? どういう……こと?」

「なんのことはない、そのままだ。雪をふらせればいい。それだけのことだ。今のきみにはできるはずだし、わかるはずだ。」

そうだった、ムズムズは、アドバイスするって言いながら、こういうムズムズすることをいうやつなんだった!

 

「……どういうことでしょうか、ムズムズさん。」

「わからないのか?」

「わかりません。」

そう言うと、ムズムズはわたしのまわりをくるくるまわる。

「ふむう。」

ムズムズすることを言われたあと、これをされるととってもむかつく。もうムズムズどころじゃなくなるけど、がまん。

「さっき、きみは何をしようとした?」

聞いてきたので、わたしは答える。

「何って、雪をふらせようとした。」

「そうではなく、だれをよぼうとした?」

「だれって……雪の女王?」

「うむ。」

わたしがムズムズに聞かれたことをちゃんと答えるのは、その先にきっとなにががあるって思うからだ。ムズムズの言うことは、ただムズムズするだけじゃないから。

「それがどうかしたの?」

それから聞き返してみると、なにかまた言葉をくれる。

「今きみはどこにいる?」

「え? ……運動場だけど。」

「うむ。では一秒後に図書室へ行けと言われたら、できるかね?」

わたしは大声を出す。

「そんなのできるわけないじゃない!」

「どうしてだ?」

「そんなの、ぱっときえて、テレポーテーションでもしないとムリだよ!」

「そうだな。では、ちゃんと行くには、どういう道をすすめばいい?」

「そりゃあ、ここからまずピロティに行って、うわぐつにはきかえて、階段《かいだん》を三階までのぼって、右にまがってろうかをすすんで……」

言いかけたところで、ムズムズがわりこんでくる。

「それで、今きみはどうしたい?」

「だから、一面ばーっと雪をふらせる妖精を……」

ばっーっと?

ちがう。そうじゃない。

そんなのムリなんだ。テレポーテーションといっしょだ。たぶん、いきなりはできっこない。

だったらどうすればいいの? 今わたし、なんて言った? 図書館へ行くには、ピロティに行って、うわぐつにはきかえて……

そう、これがちゃんとした手じゅん。

ということは……雪をふらせるのにも、ちゃんとじゅんばんが……ある?

「ものごとには……」

「……じゅんばんが、ある。」

わたしの言いかけた言葉を、ムズムズがひろう。

「きみが、かんがえるんだ。」

どこかで聞いたことのあるせりふだ。

「かんがえたまえ、そうすればかならず道はひらけるはずだ。きみはなにを持ってる? だれなら出せる? なにができる!」

うん、なにができる。

……まずは。

「トーナちゃん!」

「ああん? そろそろおれさまの相手してくれんのか?」

「わたしの話を聞いて!」

 

わたしは、だれのためになにをしたいのか、トーナちゃんにせつめいした。そうしたら、トーナちゃんはわんわん泣きだして、

「うおお、泣かせるじゃねえか、わかった、おまえのためにおれさま、ひとはだぬぐぜ!」

って言ってくれて、空とぶトナカイでわたしのうちから、つくってあるふしぎなブックカバーぜんぶと本をとってきてくれることになって。気づかれずにこっそり持ってこれるの? って聞いたら、

「おれさまをだれだとおもってる! さんぞくだぜ! どろぼうなんだぜ!」

って。

わたしはさんぞくとどろぼうはちがう気がしたんだけど、とにかくまかせろって言うから、おねがいした。

空とぶ見た目だけだと、ちょっとサンタクロースっぽい。

それから、わたしは図書室へ行って。

ちゃんとオクヅケ先生がいたんだけど。

「あれ? メクルちゃんどうしたの? もうあいてる時間はおわっちゃってるけど……」

「先生、おねがいです、ちょっとだけ! だいじなことで、いそいでるんです!」

オクヅケ先生は、ちょっとなやんだんだけど、さいごにはいいよって言ってくれて。このまえ、めいわくかけちゃったから、今日だけとくべつ。〈ちょっとだけ〉だよって。

わたしはまっすぐ大がた本のところへむかう。

どの本がひつようなのかはわかってた。それは、わたしが一年生になって、はじめて図書室に来たときに、読んだやつ。

なかみはちゃんとおぼえてない。でも雪のことが書いてあった。それもくわしく。それにあと、だいじなことは。

色のきれいな本だった。たのしい本だった。

わたしは手にとって、つくえにおいて、一まい一まいめくる。

大せいかいだ。

ちゃんと雪のふるしくみが書かれてある。この本によると、雪がふるのは、こういうことらしい。

まず、くもがないといけない。くもっていうのは、ちいさなちいさな水のつぶと、氷のつぶでできている。

それがいっぱいあって、くっついて大きくなると、おちてくる。この大きくなっておちてくるのが、雪なんだけど……

でも、あたたかいと、おちてくるとちゅうでとけちゃって、雨になっちゃう。

だから、空から地面のあいだが、さむくないとだめなんだ。この本では、〈気温《きおん》が低いこと〉〈湿気《しっけ》がないこと〉って書いてある。

さむくて、からっとしてる。

今日はまださむいけど、もっとさむい日でも、雪はふらなかった。 ということは、もっとがんばって、くもをあつめて、ひやさなきゃいけないってこと!

わたしは図書室の本だなとむきあう。

そのためには、どんな本がいるの? 出てきた妖精に、どんなことをしてもらえばいいの?

かんがえるの、かんがえるんだ、メクル!

くもをあつめる?

空をひやす?

――雪をふらせるには?

 

わたしは、運動場のすみっこ、トーナちゃんに持ってきてもらったブックカバーと本、それから図書室からかりだした本をならべて、したくをする。

ムズムズもわたしのとなりでふわふわしてる。

「ふむ、準備万端《じゅんびばんたん》というわけか。」

「もちろん!」

まずひとつめの本にブックカバーをかけて、よびだす。

「出てきて――」

わたしがつよくイメージしたのは、あのときにたすけれくれた、あの子だ。

「エアリン!」

すると、本のなかから前みたく元気にあらわれて。

「なんのご用でしょーか、ご主人さま!」

わたしはにこにこしながら、たずねる。

「エアリンは、風がつかえるんだよね?」

「そうでございます。」

エアリン――『シェイクスピア物語《ものがたり》』のなかの「あらし」には、風をあやつる、ちょっとおかしなやつがでてくるんだけど、そいつによくにた、わたしの妖精。

「だったら、くもはあつめられる?」

「う~ん、あつめられると思いますが、いったいどれくらいあつめればいいんでしょう?」

「……この街いっぱいに、とかだと?」

それだけあれば、街じゅうに雪をふらせることができる。……でも。

「そそそそ、それは、とんでもない時間がかかってしまいますよ! 一日ではおわりません!」

やっぱりむずかしいのかな。

できれば、雪いっぱいのけしきをヨミちゃんと、ヨミちゃんのおばあちゃんに見せてあげたい。ムリだとしても……

……せめて。

「だったら! だったら、この運動場いっぱいでいいの! それならどう?」

そうすれば、このグラウンドだけには雪がふらせられるかもしれない。あの病院からここは見えるんだから、ヨミちゃんにもわかるし。

ヨミちゃんの言葉も、ウソじゃなかったってはっきりする。

「それなら……このお空のようすでしたら、一時間もあれば。」

「三〇分でやって!」

「かしこまりましてでございますっ!」

わたしのおねがいをきくと、びゅうんとエアリンは空のむこうへとんでいった。

今日のお空には、ちらほらくもがある。かきあつめたら……なんとかなるだろうか。いいや、なんとかするんだし、エアリンはきっとやってくれると思う。

さて、つぎはひやす妖精だ。

ちょっといろいろかんがえた。ひやすってことは、たぶんさむい風がいる。おなじ風でも、エアリンはむきをじゆうにあやつれるけど、あついさむいっていうのはできない。

だから、お話のなかでさむい風をびゅーっと出してるような、そんな子がいれば、いいわけで。

つかんだのは『イソップ童話《どうわ》』。

「出てきて、北風さん!」

わたしが声をあげると、ぼわんと出てきたのは、はっぱがくさりみたいにぐるぐるとつらなったなにか。

「はあああああい。」

ゆっくりとしたしゃべり方。

あれ? この子で……あってるよね?

「なああんだねええ。」

ええと、まずはわたしが思ったとおりの妖精さんを出せたか、ためしてみよう。お話のことについて聞いたら、わかるかな。

「あなたはお日さまにまけたんだよね。」

「そおおおなんだあああ。」

あっ、あたってるみたい。

じゃあ、この子をけしかけて、ちょっとお空をひやしてもらおう。できるだけくわしくせつめいした方が、いいんだよね。

よし。

「くやしい?」

「くやしいいいいよおお。」

「でも今日こそはお日さま、あいつをびっくりさせてやるの!」

「どおおおやってえええ?」

「ここに雪をふらせるの。」

「ゆきいいいい?」

「この街はあいつのせいで、ずっと雪がふってない。でももうすぐここにくもがたくさんあつまる。」

「うんんんん。」

「そこで、あなたがこのグラウンドとくもをひやして、ここだけ大雪にするってわけ。」

「なああああるほどおおおお。」

うん、これなら行ける。

「わかった?」

「わかったああああ!」

「じゃあ、ボレアー! つめたいつめたい風をふいてちょうだい!」

 

「ちょうしはどう?」

「まだもうちょっとあつめられそうでございます!」

「そのとおりでございます!」

わたしは今、とんでいる。

空とぶじゅうたんのカペットにのって、グラウンドの上にうかんでいるのだ。

頭の上では、くもがもくもくあつまってきている。

そしてさしずをしたのが、エアリンとエアラン。

そう! やってるうちに気がついたんだ。もし本一さつからひとりの妖精を出せるんだとしたら、おんなじ本でも二さつあればおんなじ妖精をふたりにできるんじゃないかって!

おうちの本と図書室の本で、ふたり。

ということは。

「おーい、持ってきたぞ!」

「ありがとう、トーナ!」

そして、たった今とどいたのが、おうちにあったわたしの『イソップ童話』。さっき出したのは図書室の本からだから、これでもっとこのへんをひやすことができる。

「――くしゅん。」

……さむっ。

ちょっとコート一まいではどうしようもないくらいに、あたりがひえてくる。ふるえてしかたないけど、あとすこし、すこしだけがまん。

「出てきて、アキロー!」

もうひとりの北風さんとうじょう!

というわけで、めいっぱいこの運動場をひやしてもらう。右からも、左からも……って、それはわたしから見たむきか。

えっと正しくは、東からも、西からも。北風さんなのにね。

ボレアーとアキローは、じぶんのはっぱで大きくぐるぐるとうずをかきながら、そのあいだからびゅううううっと、こごえる風を出していく。

わたしはカペットの上で、がたがたするじぶんの体をおさえながら、みんながやってくれていることをながめている。

ほんとにこれで合ってるかどうか、わからない。とりあえず、本に書いてあったことを、わたしなりにかんがえて、こうやってるだけだし。

でも、やるだけのことはやった。

だから、あとは雪がふるのをいのるだけ。

「うむ。」

となりでムズムズがなんだかうなずいている。なんだろう? だいじょうぶってことなのかな?

「……ムズムズ。」

「なにかね?」

「……雪、ふるかな。」

「ふーむ。」

ムズムズもじっとくもを見つめていて。

「ふるかもしれないし、ふらないかもしれない。」

いつものとおりだ。

「……やっぱり、ムズムズするこというんだ。」

「しかしだ。」

「しかし?」

「ぼくは……ふってほしいと、思っている。」

わたしはにこっとわらった。

それから、ムズムズをぎゅーっとだきしめてやった。

 

病院は、ざわざわしてた。

そりゃそうだ。なんてったって、まんまえにある小学校のグラウンドだけ、一面まっしろだったから。

病室にいたひとたちも、みんなそっちのまどを見ていて、つとめているひとたちも、ちょっと立ち止まったり、顔を見合わせたりして、なにがあったのかって話をしたり。

それから、いきなりできた雪の運動場に、近くの子どもたちもあつまってきたみたいで、病院についたころには走りまわってる子もいたし、雪玉をなげてる子もいた。

わたしは、ヨミちゃんのおばあちゃんの病室の前、かべにもたれていて。

そばにいたムズムズがたずねてくる。

「入らないのかね?」

「んーと、もうちょっとしたら。」

「なぜそのようなことをする?」

「わかんないかな、ムズムズには。こういうのって、タイミングがあるんだよ。ちょうどいいところを見はからってから。」

「ふむ。」

部屋のなかからは、ヨミちゃんの元気な声がする。

うん、わたしの聞きたかったのは、これ。

ここさいきん、ヨミちゃんはずっと元気がなかった。だから、ずっと気になってたんだ。

わたしには、病気のことはよくわかんないし、たぶんなんにもできないんだけど、でもきっと、それはヨミちゃんのせいなんかじゃない、ってことだけはわかる。

だから、ウソをついたとか、じぶんはわるい子とか、そういうことでなやんでほしくないんだ。

「それはなにかね?」

「ん? これ?」

わたしの手の上には、雪がふったあと、グラウンドであわててつくってきたものがある。

ちいさな雪だるまだ。

「これはねー、そうだな、ムズムズにはわかるかもしれないし、わからないかもしれないなー。」

「……それは、ぼくのマネかね。」

「ぴんぽーん。」

「ふむう。」

この雪だるまだって、もしかしたら、『スノーマン』の絵本なり『アンデルセン童話』の二巻なりにカバーをかぶせたら、すぐに出せちゃうものなのかもしれない。

でも、そういうことじゃなくって。

「さあて。」

「ふむ?」

「もうそろそろ行くよ。」

「そうか、ではぼくは、しばらくきえておこう。」

「ごめんね。」

「なぜあやまる?」

ホームズが聞いてくる。

そこでわたしは、そっか、と思って、言いなおすことにした。

「うん、今のはまちがい。」

「うむ。」

「じゃあ、あらためて。」

いきをすって、ひとこと。

「またよろしくね。」

そう言うとムズムズは、ほこらしげにしてから、すーっときえて。

それを見とどけてから、わたしは病室のなかへ入ったのだった。

 

10

おうちにかえったわたしをまちうけたのは、かんかんにおこったママだった。

「またおへやをちらかして!」

わたしにはなんのことだかさっぱりわからなかったのだけれど、じぶんのへやにもどってみて、そのわけがわかった。

これでもかってくらいに、ぐちゃぐちゃだったのだ。

ものはひっくりかえって、ちらばって。つくえの上にあったものが下に、それからゆかにあったものが本だなの上に。きれいにしまってあったものだって、ばらまかれている。

むちゃくちゃだ。

おもいあたるふしは、ある。あいつだ。トーナちゃんだ。

わたしはすっかりわすれていたのだ。トーナちゃんは、もともとさんぞくのむすめ。らんぼうもの。あの子にものさがしをまかせたわたしが、あまかったというわけで。

というわけで、おそうじすることに。

エアリンに手つだってもらおうとよびだしてみたんだけど。

話によれば、はきそうじだとか、ちりやごみをあつめるのは風でもできるけれど、ものがはじめどこにあったかわからないと、うまくかたづけられない、とのこと。

いちいちおしえてたら、わたしの手はぜんぜんうごかせないし、そうなってくるとじぶんでやった方が早い。

せいりせいとんの妖精なんていうのもかんがえてみたけど、おもいつかなかったし、そもそも本も部屋じゅうにちらかってるので、いったいどこにどの本があるのかわからないし。

ひとつひとつ片づけるしかない。

「もう、トーナちゃん!」

で、しかもお片づけは一日じゃおわらなくって、一しゅうかんもかかっちゃって。前にエアリンでぐちゃぐちゃにしたときよりも、もっとひどい。

それに。

こまったことに、どういうわけか、空色のブックカバーが一まい見つからないんだよね。七まいしかなくって。

……どこに行ったんだろう?

ってそのときは思ったんだけど、このなくなったカバーのお話は、またこんどね!

 


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