地底から不思議へ:ルイス・キャロルの加筆をたどる 第7回
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カテゴリー: | 投稿者:OKUBO Yu | 投稿日:2015年2月25日 |

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【凡例】
修正:草稿→修正▼
削除:削除→▼
加筆:▲→加筆▼


▲→7 おかしなお茶会▼

▲→なんとひとつのテーブルが家のまん前の木かげにもうけられてあってね、ヤヨイウサギとぼうし屋がそこでお茶のまっ最中《さいちゅう》。あいだにはヤマネもすわっていて、ぐっすりいねむり。そこでふたりはそいつをクッション代わりにそれぞれひじ置きにしてね、頭ごしにおしゃべり。「ひどく落ち着かなくてよ、ヤマネには。」と思うアリス。「ただぐっすりだから気にならないのかも。」

テーブルはでっかいのに、3にんはすみっこにぎゅっとより集まっていてね。「席《せき》ならもうないぞ!」と、やってきたアリスを見つけて声を上げて。「いっぱい[#「いっぱい」に傍点]あってよ!」とぷんすかアリス、そうしてテーブルのはしにあった大きなアームチェアにどしん。

「ワインでも飲め。」と景気《けいき》づけにヤヨイウサギ。

 アリスはテーブルをぐるっと見回したけど、そこにあるのはほんのお茶だけ。「どこにワインなんか。」と言い返す。

「どこにもねえ。」とヤヨイウサギ。

「とんだ無礼者《ぶれいもの》ね、ないものをすすめるなんて。」とアリスはごりっぷく。

「てめえこそ無礼者だ、さそわれもしねえのに、すわりやがって。」とヤヨイウサギ。

「まさか3にんだけ[#「だけ」に傍点]のテーブルだなんて。」とアリス。「空いてるところもずいぶんあるけれど。」

「かみの毛、のびすぎだな。」と言い出すぼうし屋。どうにも気になったのか、しばらくアリスを見つめていたんだけど、ようやく口に出した言葉がそれで。

「ひとになんくせつけるなんてダメなんだから。」とアリスはびしっと言いつけてね、「とってもぶしつけ。」

 ぼうし屋はこれを耳にして目を丸くしたんだけど、口にした[#「口にした」に傍点]のはこれだけ、「カラスとかけて勉強机《べんきょうづくえ》ととく、その心は?」

「ふぅん、ちょっと面白そうじゃない!」と思うアリス。「のぞむところよ、なぞかけなら――あれね、もうわかりそう。」とわざわざ声に出す。

「それはつまり、もう答えがわかるってえことか。」とヤヨイウサギ。

「その通り。」とアリス。

「じゃあ、わかったってことは言えるんだろうな。」とたたみかけるヤヨイウサギ。

「だから、」とアリスはあわててお返事、「そのうち――そのうち言えるってことはわかったの――同じでしてよ、ほら。」

「同じなものか!」とぼうし屋。「ならば、『食べるってことは見える』と『見えるってことは食べる』、これが同じというのかね!」

「ほかにも、」と付け加えるヤヨイウサギ、「『ものになるってことは好きだ』と『好きだってことはものになる』、これも同じか!」

「まだまだ、」と口をはさむヤマネは、ねごとでも言っているかのようで、「『ねむれるってときは息がある』と『息があるってときはねむれる』、これも同じですか?」

「おまえのは[#「は」に傍点]おんなじだ。」とぼうし屋、ここでおしゃべりはとぎれて、ものどもみんなしばしだんまり、そのあいだにアリスはカラスや机ののことをできるだけ思い出してみたけど、大したこともなくって。

 そのだんまりをはじめにやぶったのは、ぼうし屋でね。「今日は何日かね。」とアリスの方を向く。ポケットから時計を取り出して、それをまじまじ、時おりたびたびゆすぶって、耳に当ててみたり。

 アリスはちょっと考えたあと、「4日。」

「2日くるっておる!」とぼうし屋はため息。「言ったろ、時計のからくりにバターは合わんと!」とそのあと、いかりの目を向けられるヤヨイウサギ。

「最高級[#「最高級」に傍点]のバターだぜ。」と答えるヤヨイウサギはどうにも弱ごし。

「ああ、だがパンくずがまじったにちがいない、」とグチるぼうし屋、「またぞろパン切りナイフなんぞ使うからだ。」

 ヤヨイウサギはその時計を取って、しぶっ面でまじまじ、そのあとカップのお茶にひたしてまたまじまじ、ところがさっきの言葉よりいい言葉が思いつかないのか、「最高級[#「最高級」に傍点]のバターだったのに、ほれ。」

 アリスはなにやらわくわくしながら、かたごしにまじまじ。「面白い時計だこと!」と口に出してね。「時をつけずに日をつげるなんて!」

「何を言うか。」とこぼすぼうし屋。「きみの[#「きみの」に傍点]時計は年をつげたりせんのか?」

「当たり前。」とアリスはにべもない。「だってそれだと1年間ずっと同じじゃないの。」

「それはこちらの[#「こちらの」に傍点]とて同じこと。」とぼうし屋。

 アリスはひどくもやもやした気持ちになってね、ぼうし屋の言い分は返事になってないように思えたんだけど、それでもたしかに言葉にはなっていて。「おっしゃること、よくわからないんですけど。」とできるだけていねいに言い返す。

「ヤマネがまたいねむりしておる。」と言いながらぼうし屋は、熱めのお茶を相手の鼻にそそぎ入れてね。

 ヤマネはしんぼうたまらんと頭をふって目も開けずに、「もちろんもちろんまさにそれを言おうとしていたんです。」

「さっきのなぞかけはもうわかったかね?」と言いつつぼうし屋はまたアリスの方を向く。

「いいえお手上げ。」というのがアリスのお返事。「答えは何?」

「これっぽちもわからん。」とぼうし屋。

「おれも。」とヤヨイウサギ。

 アリスはやれやれとため息。「もっとましなことができてよ、」と言うしかない、「そんな答えのないなぞかけで時間をつぶすだなんて。」

「わたしくらい時間どのとお近づきになれば、」とぼうし屋、「よびすて[#「よびすて」に傍点]でつぶすだなんて言いはせん。どの[#「どの」に傍点]をつけろ。」

「あなた何をおっしゃってるやらさっぱり。」とアリス。

「ああそうだろうとも!」と、ぼうし屋はさげすむようにあごを上げてね、「なんならきみは時間どのと口をきいたこともないからな!」

「まあね、」とアリスはおそるおそるお返事、「でもせわしないときには時間をさいたりしてよ。」

「おお! だからか。」とぼうし屋。「時間どのはさかれるのがおきらいだ。なかよくなりさえすれば、時計のことはほぼ思い通りにしてくださる。たとえば朝の9時だとしよう、ちょうどおけいこの始まる時間、ならばきみは時間どのにほんのちょっとささやくだけでいい、くるくると時間がまたたくまに回る! 1時半、ごちそうの時間だ!」

(「そうなりゃどんなにいいか。」とヤヨイウサギはぼそぼそひとりごと。)

「それはそれはけっこうだこと、」とアリスはあいづち、「でもそれじゃあ――おなかが空かないんじゃなくて、ほら。」

「はじめのうちは、おそらく。」とぼうし屋。「だが好きなだけ1時半にとどめおくことができる。」

「で、そうしてるのね、あなた[#「あなた」に傍点]は?」とたずねるアリス。

 ぼうし屋はやるせなく首をふる。「いいや!」との答え。「先の3月にけんかをしてな――そのあと時間どの[#「どの」に傍点]はおかしくなったのだ、ほれ――」(とティースプーンでヤヨイウサギを指し示してね)「――あれはハートのクイーンがもよおした大音楽会でのこと。わたしは歌をうたう役でな。

『てかてか ひかる
 やみの こうもり』

この歌は知ってるかね?」

「聞いたことあってよ、なにかそんな歌。」とアリス。

「では引き続き、ほれ、」と続けるぼうし屋、「このように――

『ひらひら とぶよ
 おぼんのように
 てかてか――』」

 ここでヤマネは身をふるふる、ねむったままうたいだしてね、「てかてかてかてか――」とあまりに長々続けるので、ふたりがつねってやめさせた。

「まあこのふしをうたいきらんうちに、」とぼうし屋、「クイーンさまはどなりなさる、『時間のむだっ! 首をちょん切れ!』」

「おそるるに足る話ね!」と声をはりあげるアリス。

「そうして時間どのをむだ死にさせて以後、」とおくやみとばかりのぼうし屋、「たのみごとを聞いてくれんようになった! 今もずっと6時のままだ。」

 ぱっとアリスの頭にひらめきが。「そのせいで、こんなにたくさんティーセットが置かれてあるのね?」とたしかめる。

「ご名答。」とため息をつくぼうし屋。「いつもお茶の時間なのだ、あいまに洗いものをする時間もない。」

「ということは、ぐるりとずれていくってわけ?」とアリス。

「さよう、」とぼうし屋、「もうティーセットも使い切った。」

「でも1周しちゃったらいったいどうなるの?」とアリスはふみこんでみる。

「話を変えようや。」とわりこむヤヨイウサギ、あくびをしてね。「あきてきた。そこでどうだ、このじょうちゃんにお話をしてもらうってのは。」

「め、めっそうもなくてよ。」とアリスはいきなりの申し出にちょっとあたふた。

「ならヤマネにさせよう!」とふたりは声をはりあげる。「起きろ、ヤマネ!」そうして両がわからいきなりつねってね。

 ヤマネはゆっくり目を開いて。「ねてませんよ、」と弱々かすれ声、「みんなの言うことは一言一句聞こえてましたよ。」

「話をしろ!」とヤヨイウサギ。

「ええ、よろしく!」とおねがいするアリス。

「さあさっさとしろ、」とせっつくぼうし屋、「さもないと話が終わるより先にこいつまたねてしまうぞ。」

「昔々あるところに3人のかわいい姉妹がおりました。」とヤマネは大あわてではじめてね、「名前はエルシー、レイシー、ティリー。3人は井戸の底に住んでおり――」

「食べるものはあって?」とアリスは飲み食いのことにかかってはいつもきょうみしんしん。

「シロップを食べています。」とヤマネが言えたのは、ものの数分考えた末。

「そんなの無理よ、ほら。」と言うアリスの口ぶりはやさしげ。「病気になってしまってよ。」

「だから3人は、」とヤマネ、「もちろん[#「もちろん」に傍点]病気に。」

 アリスはちょっと思いうかべてみてね、そんなとてつもないくらしを、でもあんまりにももやもやしてきて、そこでこう引き取る、「でも井戸の底に住んでいるのはなぜかしら?」

「もう1ぱいどうだ。」とヤヨイウサギがアリスにいう口ぶりはたいへん熱心。

「まだ何もいただいてなくてよ。」と気を悪くしたアリスが返す、「だからもう1ぱいだなんて無理。」

「では1ぱいも[#「も」に傍点]飲めないということか。」とぼうし屋、「ゼロ足す1[#「1」に傍点]で1ぱい目だからな。」

「あなた[#「あなた」に傍点]は口をはさまないで。」とアリス。

「ひとになんくせをつけているのは、きみではないのか!」と問いつめるぼうし屋は得意満面《とくいまんめん》。

 アリスは何と言い返してよいのかさっぱりだったので、自分でお茶とパンを取ってから、ヤマネに向き直って、また同じおうかがい。「井戸の底に住んでいるのはなぜかしら?」

 ヤマネのまたものの数分かけて考えた末に口から出た答えは、「シロップの井戸ですから。」

「そんなのありえない!」とぷんすかしだすアリスに、ぼうし屋とヤヨイウサギは「しっ、しーっ。」とやってね、むすっとしながらヤマネはこう言う、「おぎょうぎよくできないのならお話のオチは勝手にすればいいです。」

「おねがい、続けて!」ととても素直になるアリス。「もう口をはさんだりしないから。そんなのひとつ[#「ひとつ」に傍点]くらいはあるかも。」

「ひとつも、ですと!」とヤマネはぷんすか。だけどしぶしぶ続ける。「なのでその3人の姉妹は――かきわける練習をしていました、ほら――」

「かきわけるって何を?」とアリスはさっきの約束《やくそく》もまったくどこへやら。

「シロップです。」と今度のヤマネはちっとも考えずにお答え。

「きれいなカップがほしい。」とぼうし屋が口をはさむ。「さあ、みなのもの、席をひとつずらそう。」

 言いながら席をずらして、それにヤマネも続いてね、ヤヨイウサギはヤマネのいたところに、そしてアリスもしぶしぶヤヨイウサギのすわっていた席へ。席がえで得したのはぼうし屋ただひとり。そしてアリスは前よりかなり悪くなったのだけど、それというのもヤヨイウサギがさっきミルク入れをお皿にひっくり返していたから。

 アリスはもうヤマネをおこらせたくなかったので、おそるおそる切り出した。「でもわからなくてよ。井戸でどうシロップをかきわけるの?」

「プールでなら水をかきわける。」とぼうし屋。「シロップの井戸ならシロップをかきわける――当たり前だ、バカ者。」

「でも底[#「底」に傍点]はせまくってよ。」とヤマネにたずねるアリス、終わりの言葉は聞かんぷり。

「もちろんせまい。」とヤマネ。「だからそこそこに。」

 かわいそうにこのお答えのせいでアリスの頭はハテナだらけ、なので食い下がらずにしばらくそのままヤマネに話を続けさせてね。

「3人はかきわけるおけいこ中、」と続けるヤマネはあくびをして目をこすっていてね、どんどんねむくなっていたんだ、「いろんなものをかきわけます――『お』で始まるあらゆるものをかきわけるのです――」

「どうして『お』なの?」とアリス。

「いけねえのか?」とヤヨイウサギ。

 アリスはだんまり。

 もうこのときヤマネは目をとじてしまっていて、うとうとしていたのに、ぼうし屋につねられ、ひゃっと小さく声を上げてまた目をぱちくり、そして話の続き。「――『お』で始まるものです。たとえば、おとりとか、お月さまとか、思い出とか、おっちょことか――ほら言うでしょ、『おっちょこちょい』って――見たことありますか、『おっちょこ』をちょいとかきわけた絵というのを。」

「そんないきなり聞かれても。」とアリスの頭はハテナだらけ、「ないと――」

「ならば口を出すでない。」とぼうし屋。

 この無礼な物言いにアリスもがまんの限界《げんかい》、ほとほとうんざりして席を立ち、歩き出してね。ヤマネはたちまちねむりこんでしまって、ほかのふたりもその子が去ろうともちっとも気にせず、その子はちらちらとふり返って、よび止めてくれるかなとどこかで思ってたんだけどね、最後に目にうつったのはふたりがヤマネをティーポットにおしこもうとしているところ。

「もうこんりんざいこんなとこ[#「こんなとこ」に傍点]には来なくってよ!」とアリスは森をかきわけつき進んでいってね、「生まれてこのかたこんなバカバカしいお茶会はじめて!」▼

こんなことを言っているうちに、ふと目についた一本の木、そこに何やらなかへと続く▲戸口→ドア▼がついていて▲、→。▼「まあ、へんてこりん!」とアリスは思ってね、「でも今日はみんなへんてこりん▲、→。▼だから▲→いきなり▼入っても▲→たぶん▼まあよろしくてよ。」というわけで、なかへお立ち入り。

すると気づけばまたもや大広間、そばには小さなガラスのテーブル。「さあて▲、→▼今度こそうまくやってみせてよ。」とひとりごと、まずはちっちゃな金の鍵《かぎ》を手にとって、庭へ続くドアを開ける。それから手をつけるのがキノコ▲の→(まだ▼かけら▲→をポケットに残してあったからね)▼▲食べ→かじっ▼ていって最後は3▲8→0▼センチくらいの背たけに。そのあと短いろうかをぬけていって、そしてお次は[#「お次は」に傍点]――気づいたらとうとうきらびやかなお庭だ、あたりにはきらめく花園《はなぞの》、すずしげな泉《いずみ》だ。


第7回訳者コメント

■章末以外は青色。ということはここも「不思議」追加部分。

■そしてアリスのなかでいちばん訳すのが難しい箇所。訳すといってももはやどうやっても翻案にならざるをえず、どうにもこうにもお手上げです。訳者は精根尽き果ててどろどろに溶けてしまいましたとさ。


おまけ

■この章に出てくるなぞかけについては、のちの前書きでキャロル本人が言及していますので、せっかくなのでそこの訳も。ちなみに後付けの答えの例は、英語にしか当てはまらないものだったので42秒くらいでテキトーにでっちあげましたが大して上手ではありませんね、あしからず。

6版8万6000部への前書き

僕のところへ、帽子屋のなぞかけに答えを探してもいいものかって、あまりにもよく問い合わせがあるので、ここにかなりそれらしく思える答えを記してみようかなと思ったり。たとえば、「(カラスと勉強机)どちらも朝にひっかきまわすもの」とか! とはいえこれはただの後付け。はじめに考えたときに、なぞかけに答えは何にもなかったのです。

このたび8万6000部になるにあたって、木版(印刷には未使用かつ1865年初版時と変わらず状態の良いもの)から新たに電鋳版を起こしまして、本全体の文字組も改めて組み直しました。この再版の品質が、元版にあったものより少しでも劣るとしても、著者・出版者・印刷者のいずれも自分の仕事を最大限頑張ったつもりではあります。

この場を借りて告知します。『絵本のアリス』はこれまで定価4シリングでしたが、このたび普通の1シリング絵本と同じ値段となることになりました――しかもお約束しますが、どの点でも(とはいえ本文を作者本人からどうこう言うわけにもいかないのでそれ以外の)品質はこちらの方がはるかに上です。4シリングでも、僕の抱えた大変重い初期経費を考えれば、破格にお求めやすかったわけですが、世間のみなさまが家計のためにおっしゃるには、「絵本には1シリング以上支払うつもりはない、たとえ品質がよくとも!」そこで僕も、しぶしぶこの本の経費は丸損と見積もることにして、せっかく小さな子たちのために書いたのにその子たちに読まれないことになるよりはと、僕からすればただであげるに等しいお値段で、これを売ろうとするわけなのです。

クリスマス 1896年


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