『するりと鏡を――ぬけてみて、アリスの目に見えたもの』第1章
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カテゴリー: | 投稿者:OKUBO Yu | 投稿日:2021年12月24日 |

『するりと鏡を――ぬけてみて、アリスの目に見えたもの』

前回:巻頭詩

第1章 鏡のおうち

ひとつ確かなのは、ネコはこのことに関わりないってこと――まったく黒ネコのせいなのだ。だって白い子ネコは親ネコに顔をごしごしされることもう15分(そのくせわりあいこらえていてさ)、だからほらいたずらに出せる手もないわけ

ダイナがわが子の顔を洗う段取りはこう。まずは片手で耳をつかんでかわいそうにぺたんこ、そのあと空いてる手で顔じゅうをごしごし、鼻から始めて逆向《さかむ》きに。そしてちょうど今も、さっき言ったように、白ネコにかかりっきりで、子ネコのほうもじっと寝転がって、のどをごろごろしてみるばかり――どう見ても気持ちよさそう。

ところが黒ネコはお昼過ぎにはもう終わっていたものだから、アリスがでっかいひじかけ椅子《いす》のすみに寄ってひざを丸めて座りながら、なかば独《ひと》り言《ごと》なかばうとうとしていると、その子ネコはアリスがせっかくまとめようとしていた毛糸の玉をふざけてじゃれあってしまう始末。ひっきりなしにころころしてあげくまた全部ほどいてしまって。なんとまあ糸は敷物《しきもの》の上にとっちらかって、あちこちもつれからまり、その真ん中で子ネコは自分の尻尾《しっぽ》を追いかけ回す。

「もう、わるいわるいネコちゃんだこと!」と声を張るアリス、子ネコを抱え上げ、軽くキスをして、いけないことをしたのだとわからせてみる。「ほんと、ダイナがもっとちゃんとしつけてくれたら! あなたの仕事、ダイナ、あなたの仕事なんだから!」とねん押し、親ネコをうらみがましげに見つめ、口に出すその声はめいっぱいご機嫌《きげん》ななめ――そのあと子ネコとケイトを引き寄せると椅子にふらりと寄りかかり、また毛玉にまとめだす。ところがあんまりはかどらず、それもずっとおしゃべり、子ネコに話しかけたり、独り言したりだったから。子ネコのキティは取りすましてひざをついて、糸毛のまきまきを見守るふりして、ちょいちょい手を出したりぽんと毛玉をたたいたり、うきうき手助けでもしてるつもりみたい。

「明日は何だか知ってて、キティ?」と言い出すアリス。「いっしょに窓ぎわへ寄っていたらぴんときたのに――でもダイナに身づくろいしてもらってたから無理ね。ながめていてよ、男の子がかがり火にするまきを集めてるのを――たくさんのまきがいるんだからね、キティ! ただとっても冷えてきて、雪になったから、やめなきゃいけなくて。だいじょうぶ、キティ、明日にはかがり火を見に行こっ。」ここで子ネコの首に毛糸をふたまきみまき、ちょっと見目《みめ》をためしてみる。すると次にはもつれ合いっこ、さなかに毛玉は転げ落ちて床《ゆか》へ、長々とのびていってまたほどけてしまう。

「わかって? あたくし怒ってるの、キティ。」とアリスが続けたのは、おふたかたがまた落ち着いたすぐあとのこと、「あなたがいたずらしてるのを見るたびに、あたくしいつも窓を開けて雪のなかにほっぽり出しちゃいそうになるんだから! そうなっても仕方なくてよ、このいたずらっこちゃん! なに、口答えでもあるの? もう、口をはさまないで!」と1本指を出して後を続ける。「今から教えてあげる、あなたのわるいところ。ひとつめ、ダイナが今朝顔を洗ってくれてるとき、2度もにゃあにゃあ言った。もうお認めなさいな、キティ。聞いたんだから! 何か言うことあって?」(そのつもりになりきって子ネコの話を聞いているふり)「手が目に入った? ふん、ならあなたのせいね、だって目を開けたままなんだもん――お目々をぎゅっとつむらなきゃ、そうなって当たり前。さあもう言い訳しないでよくお聞き! ふたつめ、あなたスノードロップの尻尾をつかんで引っ張り回した、よりにもよってあたくしがその子の前にミルク皿を置いてあげたときに! なに、自分ものどがからからだったって? だったらあの子がのどかわいてなかったとでも言うの? お次はみっつめ、あたくしが目をそらしたすきに毛糸玉をみんなほどいたってこと!

これでみっつね、キティ、まだあなたそのぶんのお仕置《しお》きを受けてないんだから。ほら来週の水曜までお仕置きはみんな取っておいてよ――あら、ということはあたくしのお仕置きも取っておかれるのかしら?」と続けつつ、子ネコにというよりも独り言に。「まさか年の瀬にまとめて? あたくし、牢屋《ろうや》にぶちこまれてよ、おそらくその日が来たら。いえ――あれね――きっとお仕置きがどれもごちそうぬきになるのよ。だったらもしそのみじめな日が来るなら、1度に50食ぶんもごちそうぬきに! ふん、そんなの大したことなくてよ! 一気に食べるよりヌキですませられるならこしたことないんだから!

窓ガラスに当たる雪の音が聞こえて、キティ? なんて心地よくやわらかなの! まるで誰かが外から窓いちめんに口づけしてるみたい。もしかして雪は木々や野原が大好きだから、こんなにやさしく口づけするのかしら。そのあと気持ちよーく、ほら、真っ白なキルトで包《つつ》むわけ。で、たぶんこう言うの。『おやすみなさい、いい子だから、夏が来るまで。』そうしてみんなが夏に目を覚ますとね、キティ、身体じゅうを緑に着飾って、おどりまわるの――風が吹くそのたびごとに――ああ、とってもすてき!」と声を張るアリス、思わず手を合わせようとして、毛糸玉を落っことす。「本当にそうだったらいいのにな! 秋に葉っぱが赤らんでいくと、森も眠たげなんだから。

キティ、あなたチェスはできて? ほら、笑わないでよ、もう、あたくしまじめに聞いてるの。だってさっき遊んでいたときには、わけ知り顔でながめてたじゃない。それにあたくしが『チェック!』と口にしたら、にゃーむむって! つまり見事なチェックなり、ってことよね、キティ、ほんとに勝ててたかもしれなくてよ、あのいやらしいナイトが、こっちのコマのあいだをぐねぐねぬけてくるあいつがいなければの話だけど。キティ、いいこと、なりきるの――」とここでよろしければひとつお伝えしておきたいのが普段のアリスのご一端《いったん》、お気に入りのお言葉「なりきるの」から始まる話しぶり。ついその前日もお姉さまに長々しい言い分を口にしたところ――というのも、アリスが「おおぜいのキングとクイーンになりきるの」と言い出したから、きっちりするのをむねとするお姉さまとしては、ふたりしかいないからおおぜいは無理だと述《の》べるしかなくて、そこでアリスはとうとうこう言う羽目に、「ならお姉さまは1役でいいわ、あたくしがあと全部をするから。」そのほかかつて子守のおばさんをほんとにふるえ上がらせたのが、いきなり耳に入った大声、「おばさま! なりきるの、あたくしははらぺこのハイエナで、あなたは骨!」

さて話がそれていたけれど、アリスが子ネコに言いつけたのは、「なりきるの、あなたは赤のクイーンね、キティ! ほら、あなたが背中をのばして腕《うで》を組めば、そっくりになると思うの。さあやってみる、いい子だから!」そこでアリスがテーブルからつかみ挙げたのが赤のクイーンのコマ、子ネコの前に物まねする見本とばかりに立てておいてさ。ところがうまくいかない、アリスが言うには、もっぱら子ネコはうまく腕組みできないからだとか。そこでばつとして、ネコを抱き上げて鏡につき出してね、ネコからしたらウゲって感じだったかもしれない、「――けど、すぐにいい子にしないのなら、」と続けてさ、「あなたを押し込んで鏡のおうちに入れてしまってよ。どうかしら、そういうの

ふーん、聞き耳ばっかりで、キティ、あんまりおしゃべりしないんなら、こっちから教えてあげてよ、鏡のおうちのことみんな。まずは、鏡をぬけると目に入る部屋がひとつ――ここは、うちの客間とそっくり同じで、あらゆるものがあべこべなだけ。椅子にのぼると全部見えてよ――暖炉《だんろ》の真裏《まうら》はちょっと外れるけれど。もう! ほんとそのちょっとが見えればいいのに! すっごく知りたいのが冬に暖炉がついてるのかってこと。わかりようがないんだもの、ほら、こっちの暖炉がもくもくしてて、煙《けむり》がその部屋でも上がってるんなら別だけど――でもそれだってただの見た目で、暖炉がついてるっぽく見せかけてるだけかも。そこは確かなの、だって鏡の前にこっちの本を持ち上げていたら、向こうの部屋でもそうなったんだから。

ねえ住んでみたいと思わない、鏡のおうちで、キティ? 向こうであなたにミルクをあげたらどうなるのかしら? 鏡のミルクは飲んでもおいしくなさそう――でも、あっ、キティ! 次は廊下《ろうか》のことなんだけど。こっちで客間のとびらを大きく開けたから、やっぱり鏡のおうちの廊下もちょっぴりのぞけるね。見えるぶんにはこっちの廊下とそっくりでも、ただほらその先はまったく別物かもしれなくって。ねえ、キティ、鏡のおうちへすりぬけられたりなんかしたら、すてきなのにね。きっと、そうきっと! とってもきれいなものもあってよ! そう、そのつもりになりきればいいのよ、がんばれば向こうにすりぬけられるの、なんとかね、キティ。鏡はふわふわしたガーゼみたいなものってことにして、だからそのつもりになりきれば向こうに行ける。あら、何だかちょっと鏡がぼんやり、えっ! これから無理なくすりぬけられそう――」こんなことを言いながら暖炉の上にのぼってさ、だからといって向こうへの行き方がはっきりわかっていたわけじゃなくて。するとほんとに鏡が今まさにとろんとしだして、さながらきらきら銀のかすみ状《じょう》に。

あっというまにアリスはするりと鏡をぬけて、ぴょんと軽やかに下り立つとそこは鏡の部屋。まず初めにしたことは、暖炉に火がついているか確かめること、うれしいことにちゃんとついているとわかって安心、もといた部屋と同じくあかあか燃えていてさ。「これならここでも、もとの部屋といっしょで冷えることもなさそう。」と思うアリス、「むしろほかほか、だって暖炉から離《はな》れなさいって小言をたれる人もここにはいないんだもの。ねえ、なんてゆかいなのかしら、あたくしがこっちにいることは鏡ごしに見えるのに、向こうはあたくしに手も出せないなんて!」

それからようやくあたりに目を向けて気づいたのが、もとの部屋から見えていたところはまったく同《おんな》じで面白くもなかったのに、それ以外の部分がとことんまでちがっていてね。たとえば暖炉わきの壁《かべ》にかかった絵はまるで生きているみたいだし、暖炉上の時計にしても(ほら鏡の映るのはその裏だけだからね)老けたひとみたいな顔になっていて、こっちににんまりしてる。

「こっちはもとの部屋ほどきちんと片付いてなくてよ。」とひとり思うアリス、そこでふとチェスのコマがいくつか、下にある灰《はい》のたまった暖炉の底にあるのに気づいてさ。でもたちまち「わっ!」って小さなびっくり声をあげて、自分も手とひざついて下のほうをじっくりながめてみると。チェスのコマがふたつ1組であちこち歩いていて!

「赤のキングと赤のクイーンがいる。」と口に出すアリス(はこわがらせちゃいけないからと小声でさ)「それに白のキングと白のクイーンがシャベルのへりに座《すわ》ってるし――あっちではルークふたつが腕を組んで歩いてるし――こっちの声は向こうに聞こえないみたい。」と続けながら顔をもっと近づけてみて、「それにどうもきっとこっちが見えてない。なんだかまるで透明《とうめい》にでもなった気分――」

そこへいきなり何か、アリスの後ろのテーブルからピーピーいう声、そこで振り向いてみるとちょうど白のポーンが1体こけて転がり、足をじたばたさせ始める。わくわくしながらまじまじ、次に何が起きるのか見守っていると。

「その声はうちの子!」と叫《さけ》ぶ白のクイーン、キングのそばをびゅんと通り過ぎて、いきおいついでにキングはつきとばされて暖炉の灰にずっぽり。「うちの大事な百合《リリー》ちゃん! うちの世継ぎの子ネコちゃん!」とクイーンが暖炉の囲《かこ》いを力いっぱいよじのぼっていく。

「なあにが世継ぎじゃわい!」とキングは鼻をごしごし、転んだときにそこにケガをしてさ、クイーンにちょっとくらい腹《はら》を立ててもよさそうだよね、なんだって頭からつま先まで灰まみれになったんだから。

アリスはそわそわ、手助けしたくてしようがなくて、かわいそうにそのリリーちゃんがもう泣きわめいて手も付けられなさそうになるものだから、さっとクイーンをつまみ上げて、テーブルにいるそのうるさい娘ちゃんのそばに置いてあげてさ。
ぜえはあへたりこむクイーン、いきなり宙《ちゅう》に上げられ移動《いどう》させられたものだから息《いき》も切れ切れ、数分のあいだにできることといったらかわいいリリーちゃんを抱きしめることくらい。多少の呼吸《こきゅう》がもどるや、灰にまみれてむっつり座っている白のキングに声をかけた。「火山に気をつけるざますよ!」

「なあにが火山じゃわい。」とそわそわ暖炉の内《うち》をのぞきこむキング、そこがいちばんの心当たりであるみたい。

「ふき――あが――る」とぜえはあいうクイーンは、まだちょっと息が切れていてさ、「から、いつもみたく――やってくるにも――気をつけるざあます!」

アリスの見守る白のキングは、ちんたら柵《さく》の格子《こうし》を1本1本のぼっていくものだから、とうとう「ねえ、そんな調子じゃテーブルまで何時間もかかってよ。だからもう、手を貸《か》すけど、よくって?」ところがそんな呼びかけにも気づかない。これははっきり、向こうにはこっちの声も姿《すがた》もわからないみたい。

そこでアリスはそっとつまみ上げてさ、クイーンを持ち上げたときよりもゆっくりと動かして、今度は息があれないようにね。とはいうものの、テーブルに置く前になって、ちょっとはらったほうがいいのかなって、ほら灰まみれだし。

あとになっていわく、あんなキングの顔、初めて見たって。気づいたら見えない手で宙につままれはらわれるんだもの。そりゃもうびっくりしすぎて何も声が出ない代わりに、目と口がどんどん大きくどしどし丸くなって、おしまいには笑えてこっちの手までふるえてきて、すんでのところで床に落っことしそうになったくらいさ。

「ぷ! おねがい、そんな顔をしないで、いただけて!」と声を出してしまうけれども、キングには聞こえないこともすっかり忘れてて。「そんなに面白い顔しちゃ、もう耐《た》えられない! やめて、口をそんなに大きくだなんて! 灰をみんな吸い込んじゃう――ほら、これできれいでしょ。」と最後に言いながら向こうの髪をなでつけて、テーブルにいるクイーンのそばに置いてみる。

なのにたちまちキングはころんとあお向け、そのままぴくりとも動かない。アリスも自分のしでかしたことにちょっとぎょっとして、部屋を回って気つけにかける水がないかと探《さが》してさ。ところが見つけるのはインクびんだけで、手にしてもどったときにはいつのまにか目も覚めていて、キングとクイーンふたりでこわごわひそひそお話し中――すごく小声だからアリスにもかろうじて中身が聞こえるくらい。

キングが言うには、「おまえ、こりゃほおひげの先も凍《こお》る思いじゃわい!」

それに対するクイーンのお返事、「ああた、ほおひげなんてないじゃない。」

「あのときのおそろしさときたら、」と続けるキング、「もう絶対、絶対に忘れられんわい!」
「でもちゃんと、」とクイーンが言う、「書き留めないと忘れちゃうざあます。」

アリスのまなざしは興味津々《きょうみしんしん》、そのなかキングはでっかいメモ帳をふところから取り出して、書きもの開始。はっと思いついたその子は、つき出ていた鉛筆の端《はし》をにぎり、肩《かた》ごしに代わりに書き出す始末。

かわいそうにとまどい顔のキングはどうにも不本意《ふほんい》、しばらく何も言わずに鉛筆と格闘《かくとう》するものの、アリスの力のほうが強いから、あげく息を切らして「おまえや! こりゃもっと細い鉛筆がいるわい。こいつじゃちっと何ともできん。ずっと思うほうとちがうほうに筆先が動きよる――」

「どんなふうざますって?」とクイーンはメモ帳をのぞきこむ(と、そこにはアリスの字で『白のナイトが火かき棒《ぼう》をつたって下りてくる。姿勢《しせい》はかなりぐらぐら』)。「これ、ああたの気持ちのメモになってないじゃない!」

ところで本が1冊、アリスのすぐそば、テーブルに置かれていて、座って白のキングを見守っているあいだ(というのもまだちょっと気がかりだったし、また気を失ったときにはいつでもインクをあびせかけられるようかまえていてさ)、何とはなしにページをめくって読めるところがないかと探したんだけど、「――どれもちんぷんかんぷんな文字ね」と独り言。
こんな感じ。

キッォウバャジ
がヴウトろこつぐ
たっすはでるぬう
ヴウゴロボるわあ
つしののがスイレめじ

しばらく頭をなやませてみたけれど、やっとぱっとひらめいて。「ふぅん、鏡文字の本ってわけね! それなら、鏡の前にかざせば文字も全部ちゃんとした向きにもどるってこと。」

こちらがアリスの読んだ詩の全文。

ジャバウォッキ

ぐつころトウヴが
うぬるではすった
あわるボロゴウヴ
じめレイスがののしつ

ジャバウォクようじん
とくにアゴとツメ
ジュブどりようじん
ククッタクリも

コトパのつるぎで
かたきをさがして
タムタムでやすんで
おもいにふけった

らあらしでいると
ジャバウォクあらわる
ふぐれたもりから
いきなりひっぐり!

えいや! えいや! たぁたぁあ
かたなりほうだい!
てきをたいじて
かえりはうきっぷ

せがれよ えらいぞ
ジャバウォクたおした
きょうはめでたいな
ふつかわらい

ぐつころトウヴが
うぬるではすった
あわるボロゴウヴ
じめレイスがののしつ

「まあ佳作かしらね。」とは読み終わっての言葉、「でも結構わかりにくてよ!」(ほら正直に言いたくないから、たとえ独り言でもさ、まったくわからなかったってことは!)「それなりにあたくしの頭も感想でいっぱい――とらえどころがないんじゃなくって! ともあれ、誰か何かを倒した、これは何にせよ決まりね――

でも、あっ!」と気づいてアリスはとっさにとび上がる、「急がないと、鏡をぬけて帰るまでにおうち全体を見て回れなくってよ! まずお庭から見学することにしよっと!」そこでぱっと部屋を出て階段を駆け下りる――いえ、正しくは走るのではなくって、これは階段をすばやく軽やかに下りる新技《しんわざ》なの、とアリスは独り言。手の指先を手すりに当てたまま、足をつかないでするふわっとすべり落ちる。それから軽やかに廊下をぬけていくものだから、とびら横の柱をつかんでなければそのままとびらから外に飛び出ていたかも。すーっと浮かびすぎてちょっとくらくらしていたけれども、そのうちまた普通に歩けるようになったので、ともあれちょっぴり一安心。


訳者コメント

■いわゆる『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)の初版刊行は150年前の1871年12月27日。というわけで、150周年記念として第1章の訳をお送りします。

■巻頭詩の訳をaozorablogに載っけたのは2016年のこと。月1のペースとは何だったのか。

■しかしキャロルと同じ年になってみて、5年前とは何だかこう、自分の持っている切なさの濃度とか解釈とかがやっぱり違ってくるので(というかドス黒くなってくるので)、それはそれで良かったのかもしれません。その吐息やため息を訳すためには、それなりの熟成期間が必要だったのかなと思わざるを得ないところがあります。

■それにしても、「なりきる」とは真剣なものなわけで、「ごっこ」呼ばわりはいかがなものかと思っています。真剣だからこそ異世界にも行けるのであって、大人からすると怖く思えるものであって。空想や幻想を真剣にやらない取らないとするならば、今作の物語構造そのものが崩れてしまうのではないか、という疑問があるのですけれどもね。

■たぶん訳文はあとで手直しします。鏡文字も画像にしたほうがいいですよね。


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