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電子書籍のリフローの難しさについては、『電子書籍の(なかなか)明けない夜明け 第11回 ● 「なぜ電子書籍のリフローはむずかしい」 で、村上真雄氏が特に行頭行末揃えの難しさについて説明されている。
私が気がついた電子書籍のもうひとつの「リフローは難しい」、青空文庫にあるエドガー・アラン・ポーの作品にあるエピグラムの表示が色々であることに去る6月に気がついて、報告 https://twitter.com/POKEPEEK2011/status/218091572288425984だけをしておいてあった。
青空文庫ビューアでのリフロー処理の難しさは、このエピグラムだけでなく、見出しの位置をどう処理するかの問題でもある。また、これは天から○字下げ、地から○字上げという注記をどのように処理するかということである。
ここでは、まずポーの佐々木直次郎訳『盗まれた手紙』(新潮文庫)でのエピグラムの表示を通じて、電子書籍のリフローの難しさと私が期待するリフローでの見え方を説明しようと思う。
先のtwitterでUPした各種ビューアの画像のほかに、楽天Kobo touchの画像およびPCビューアとしてPageOne、TextMiruの画像を加えた画像が次のものである。
このエピグラムのテキストと注記は、次のとおりである。
[#ページ中央]
[#地から10字上げ]Nil 〔sapientiae&〕 odiosius acumine nimio.
[#地から2字上げ](叡智にとりてあまりに鋭敏すぎるほど忌むべきはなし)
[#地から4字上げ]セネカ(1)
[#改ページ]
画像を見ると、大きく分けて2つ、細かく分けると3つのタイプがあることが分かる。
①注記に忠実に字上げを行なっているビューア
②字上げを行なっているが、字上げの処理が①と異なっているビューア
③字上げの注記は無視して天から表示しているビューア
行長が短いと[#地から10字上げ]、[#地から2字上げ]とテキストの長さとの合計が行長を超えるので、折り返しが発生する。今、注記は地からの字上げなので、折り返しは地からとなり、①のタイプのビューアでは、地を揃えた形で表示される。
②のタイプのビューは豊平文庫だけである。これは、和文では文末を地から2字上げにし、文頭の折り返しは地付きにしている。英文については、残念ながら、[#地から10字上げ]がどう反映されているのか、判読できない。
③のタイプのビューアは、行長が短い場合のこのような不都合を避けるためであろう、地から○字上げの注記を無視するように処理されている。これはこれで処理はシンプルだし、見栄えも悪くはならない。
では、底本の組版の趣旨をできるだけ反映した形で、地から○字上げ、あるいは天から○字下げを実現するには、どうしたら良いか?
まず、文章が長い時には、注記を単純な字下げ、字上げではなく、字下げと字詰めを組み合わせた注記にしたほうが良いだろう。なお、字詰めの注記は、レイアウトの「字下げ」の項目には記載されていなくて、「その他」の項目に記載されているので、少し見つけにくい。
テキストには、字下げと字詰めの組み合わせを底本のレイアウトに合わせた数値で記述する。この記述してある字下げ、字詰めの数字をビューアが行長に合わせて自動的に調整するというのが、私の求めるリフローになる。
このようなリフロー処理は、既に存在しているかもしれない。しかし、私自身は出会っていないので、ここではAIR草紙を用いて、シミュレーションを行なってみる。
初めに、佐々木直次郎訳の「盗まれた手紙」の底本の扉裏のスキャン画像は、次のようである。
このようなレイアウトになっているエピグラムを、リフローな画面でどう処理してくれれば、違和感なく見れるかを考えてみた。「盗まれた手紙」が収められている新潮文庫『モルグ街の殺人事件』は84版では本文字詰めは43文字、扉裏にあるエピグラムは本文より小さい活字で印刷されている。位置は、本文文字で数えて18字下げ、エピグラムの文章の文字数は長いほうが26字なので、次のように記述する。
●字下げと字詰めの組み合わせ
[#ここから18字下げ]
[#ここから26字詰め]
[#ここから1段階小さな文字]
Nil 〔sapientiae&〕 odiosius acumine nimio.
(叡智にとりてあまりに鋭敏すぎるほど忌むべきはなし)
[#ここで小さな文字終わり]
[#ここで字詰め終わり]
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから36字下げ]
[#ここから5字詰め]
[#ここから1段階小さな文字]
セネカ(1)[#「(1)」は行右小書き]
[#ここで小さな文字終わり]
[#ここで字詰め終わり]
[#ここで字下げ終わり]
このテキストをAIR草紙で行長が43字にした画像が次の図の中央である。図の右側の本文のスキャン画像とほぼ同等であるといえよう。ところが、このまま画面サイズを小さくして、行長が28字にすると、図の左側のようになってしまう。特に「セネカ」の文字列が地に沿ってしまうことになる。
いろいろな考え方があると思われるが、私は天からの字下げにしたときの字下げの字数は、行長が短くなれば、ずっと短くし、地からの字上げも2字か1字程度(ことによったら0字)にするのが良いと思う。
ということで、底本の1行43文字でのレイアウトのときと、1行28文字、22文字、18文字のときのレイアウトは、だいたいこんなものになれば良いだろうという案をAIR草紙でシュミレートしてみた。
数字は1行での文字数を数えるためにつけたもので1行目は本文の文字サイズでの字数、2行目がエピグラムを1段階小さな文字で表示したときの行数、エピグラムをおいた後の行の数字は、天からの字数、地からの字数の目印のためのものである。
そのあとの数字は、例えば本文43字、小さな字は50字のとき、天からの字下げは18字、エピグラムのブロックの字詰めは26文字で、地からの空きは3字ということを示している。
表にまとめると次のようになる。
Nil 〔sapientiae&〕 odiosius… (叡智にとりてあまりに |
セネカ | ||||||
本文字数 | 小サイズ字数 | 天字下げ | 字詰め | 地字上げ | 天字下げ | 字詰め | 地字上げ |
43 | 50 | 18 | 26 | 3 | 36 | 5 | 3 |
28 | 32 | 4 | 23 | 2 | 22 | 5 | 2 |
22 | 25 | 3 | 18 | 1 | 16 | 5 | 1 |
18 | 20 | 1 | 16 | 1 | 12 | 5 | 1 |
本文字数に従って、天からの字下げ、字詰め、地からの字上げの数字を計算によって青空文庫ビューアが変更することができれば、こうしたエピグラムの違和感のない自動レイアウトもできるのではないだろうか。
4つの変数から、どんな場合でも、適切な数値が自動計算で求められるかどうかは分からない。いろいろな書籍のレイアウトをされている組版技術者、デザイナーであれば、既になんらかの計算式をお持ちかもしれない。また、Latexなどの関数としてあるのかもしれない。また、数学の得意な人であれば、なんらかの数式を導きだせるかもしれない。
佐々木直次郎訳の新潮文庫収録のポー作品には、ほかに6つの作品にエピグラムがあるので、次回にはシミュレートした数値を提供することにしたい。
字上げ・字下げの量を、字詰め量に対して相対化するという意見と思いますが、リフローする書籍の組版では、これは重要な指摘と思います。字詰め量に対する単なるパーセントでもないので、計算式の最適化が難しいと思いますが。
ところで、青空文庫はあまり詳しくないのですが、一般には、字上げ・字下げと行末文字の上揃え、下揃えとは別の概念だと思います。
「今、注記は地からの字上げなので、折り返しは地からとなり、①のタイプのビューアでは、地を揃えた形で表示される。」とあり、行末テキストを下揃えしているビューアが多いですが、地からの地上げは、行末テキストの下揃えも含んでいるのでしょうか?(どこか別のところで、指定されているのでしょうか?)
青空文庫の注記一覧の「●レイアウト 2 字下げ」の中の「6 地寄せ」 http://www.aozora.gr.jp/annotation/layout_2.html#chiyose を読み直しましたが、地からの字上げが行末テキストの下揃えを含んであるとは、記載されていませんでした。地寄せまたは地からの字上げで例として上げられている図には、短い句のものしかありませんので、実際のところ、紙の本で、折り返しのある地寄せがあるものはないのではないでしょうか?
一方、天からの字下げは長い文章はいくらでもあり、折り返しは行頭揃えになっています。①タイプの青空文庫ビューアは地からの字上げも行末揃えだと類推して処理をしているのだと思います。ただ、実際のレイアウト例がないだけに、行末揃えをしない豊平文庫のような考えも成り立つわけです。
ちなみに「地寄せ《じよせ》」ではなく「地寄せ《ちよせ》」ですね。これは知りませんでした。
話は変わりますが、字上げ・字下げ、字詰めの量を行長に対して計算式で導き出すということは、どなたか数学にたけている人の助力があればと思います。