炬燵の話
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カテゴリー:未分類 | 投稿者:ten | 投稿日:2012年12月11日 |

 どんなに寒くても我が家は、炬燵をしないことにしている。なぜなら、炬燵とは、この上ない快楽をむさぼらせてくれるものなので、自己に甘く、他に厳しい我が家のメンバーの大敵である。誰一人動かなくなる。


 冬休み、祖母の家の中心は、堀炬燵だった。大きな炬燵なので、子供の私は、ぴったりと寄り添うようにして誰かと入った。それが祖母なら鬢、叔父なら煙草、叔母なら化粧、年下の従妹たちなら外の冷えた匂いがした。頭の上を誰々がどうしたこうしたと大人の会話が飛び交う。彼らは、会話の合間、蜜柑を剥き、菓子を食べ、お茶を啜る。大人の会話に混ざらない私たちは、お菓子を取り合う。取り合いにも飽きると、面白がって炬燵の布団を捲る者がいる。彼はたちまち「寒い、やめなさい」と祖母の叱責を受ける。祖母の声と共に、足元から解放された炭の匂いは、雑多な匂いを征服してしまうのだ。とにかく部屋の匂いは一度リセットされる。会話再開後も、誰々がどうしたこうしたと話の内容は変わらず。子供チームはトランプでもするかと広げる。
 そして酒の入った叔父や、ゲームに飽きた子供チームは、ごろんと横になったが最後、ほんわかした睡魔に襲われる。叔父などはいびきをかいている。子供たちは、大の字になり、手足を炬燵からはみ出している。祖母は、その「睡魔に負けチーム」を、容赦なく起こして回る。「風邪を引くから、炬燵で寝たらだめ」の声に、叔父を始め、みんな一様に不機嫌になる。そこで祖母に文句を言うと、祖母は反対に腹を立てた。
「ほら、ばあちゃんを怒らせた」と誰ともなくつぶやき、しぶしぶと冷たい布団へ向かう。南の島から一気に北極へ行くことになる。
 当時、母と二人暮らし、電気炬燵を独占している私には。祖母の家の炬燵は貴重な喧騒だった。
 ところで、私の住んでいたのは田舎だからだろう、子供の頃には、まだまだ炭が大活躍で、物置の大きな紙袋にストックされていた。「炭を取ってきて」といわれればそこから取ってくる。手が黒くなるので、祖母にすぐに洗えといわれても、その手で何をしてやろうかと思ったものだ。とくに白い壁に黒い手形という誘惑は魅力的だった。
 炭の炬燵といえば、掘炬燵はもちろんのこと、置炬燵というものもあった。置炬燵は、陶器の炭入れの入ったやぐらに布団をかける。大きいものがあったのかどうかわからないが、私の見た事があるのは、マイ炬燵とでも言おうか三十センチ四方のやぐらだった。
 芥川龍之介は、その置炬燵でうたた寝をしてしまい、夢をみた。

「不思議な島」芥川龍之介

「不思議な島」ササンラップ島へ乗り込む前から、「僕」は戸惑うばかり。僕を戸惑わせるのはイギリスの老人。果たしてその人間の愚を嘲弄する悪魔の笑いをしてのける老人は、「僕」に名刺を渡す。名刺って最初に渡すものだが、それが最後になっているところがこの話のミソだ。因みにもらえるものなら、私もこの老人から名刺をもらいたい。オークションになど出さないで、我が家の家宝にする。
 話を戻そう。芥川は、背を丸め、手を炬燵に入れページを捲るときだけ仕方なく出すという正当な冬の読書をしていて睡魔に誘われたに違いない。それでころりと座 布団を枕にして寝てしまったものか、それとも炬燵の天板に頬をくっつけたまま寝てしまったものか。どちらにしろ、炬燵の暖かさは、芥川を南の島へいざなったと私は思うのだ。ササンラップ島は南の島のような気がする。
 この色彩豊かな知的な悪夢に出てくる数々のアイテムの象徴に思い巡らすこともまた一興だろうが、私は、老人と「僕」のテンポの良い会話がかもし出す不整合な世界を楽しみ、夢から覚めたい。
 それにしても炬燵は、磁石のように人を集め、時には夢の世界へと誘う。祖母に何度叱られようと、誰一人睡魔の誘惑に勝てた者はおらず、また、私たちが、祖母を捜していたら、炬燵の隅で小さくなって手枕で夢をみていた。
 おそるべし炬燵の魔力。


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