引き算レシピ13 マカロニ
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カテゴリー:未分類 | 投稿者:八巻 美恵 | 投稿日:2013年4月8日 |

だれもが知っている「カチカチ山」のお話では、狸は人をだます悪者である。心やさしいおばあさんを殺して婆汁を作り、自分は殺したおばあさんに化けて、おじいさんには婆汁を狸汁だといつわって食べさせる。いっぽう兎はその悪者狸の背中に火をつけ、焼かれた背中にはよく効く薬だといって芥子を塗り、さらには泥の舟に乗せて漁に誘い出して溺死させる、人間の味方の知恵ある者だ。

太宰治の「お伽草子」(一九四五)は戦争中の防空壕のなかで五歳の娘に昔話の絵本を読んでやりながら、それらのお話からまったく別個の物語を描き出すという趣向だ。そこでは「カチカチ山」の兎は少女であり「さうしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋してゐる醜男」となる。しかも「狸仲間でも風采あがらず、ただ団々として、愚鈍大食の野暮天」なのだ。狸はいつも空腹らしく、蜘蛛や小虫を拾って食べている。兎にとっては臭いおじさんだろう。狸のお弁当箱は石油缶の大きさであり、兎が「あっ」と言って顔を覆うようなものが入っているらしい。泥の舟で鮒を釣りに行くときにも石油缶大のお弁当箱をまず積み込む。そして舟が溶けて沈みそうになったときにはこう叫ぶのだ。「やあ、沈む。おい、お前どうしてくれるんだ。お弁当がむだになるぢやないか。このお弁当箱には鼬の糞でまぶした蚯蚓のマカロニなんか入つてゐるのだ。惜しいぢやないか。あつぷ!」

鼬の糞でまぶした蚯蚓のマカロニ、だって? 太宰の食べ物についての想像力にたじろいでしまう。目にしたとたんに胸が蚯蚓のマカロニでふさがってしまい、食欲は失せていく。

マカロニという食べ物は地中海生まれだ。形も歴史もおもしろい。いまはパスタとして乾燥して袋に入っているさまざまな形のあれらは、かつてはシチリア風マッケローニと総称されていたのだそうだ。しかし、それよりも人気があった呼び名はヴェルミチェッリ、訳すと「ウジ虫パスタ」だったという。今でも極細のパスタにヴェルミチェッリという名前はしぶとく残っている。カチカチ山の狸のお弁当は材料はまったく違うとしても形態としてのイメージは近かったということですね。

マカロニそのものは明治時代にはすでに日本に渡ってきていて、村井弦斎『食道楽』」や夏目漱石『三四郎』」にも登場している。ボールにマスタード、塩、胡椒、レモン汁、オリーブオイル、玉ねぎのみじん切りを入れて攪拌し、そこに茹で上がった熱々のマカロニを入れて冷めるまで待つ。好きな野菜とツナなどを加えてマヨネーズに醤油を数滴足して混ぜればおいしいマカロニサラダが出来上がる。奥の深い日本料理だと感じる一品だと思います。

日本パスタ協会のサイトにはたくさんのパスタのレシピが載っている。じゃがいもをマカロニと同じくらいの大きさに切って、塩を加えたお湯に入れ、その後マカロニも加えて茹で上げる。それをオリーブオイル、バター、チーズ、塩、胡椒であえるだけの「シンプルじゃがいもペンネ」。ふたつの素材の味だけでおいしそうだし、クリーム色だけの色合いもきれいだ。

太宰の「カチカチ山」は次のように終わる。「女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでゐるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかつてあがいてゐる。作者の、それこそ三十何年来の、頗る不振の経歴に徴して見ても、それは明々白々であつた。おそらくは、また、君に於いても。後略。」小説はこんなふうに普遍に到達できるけれど、マカロニの運命はどうなのだろうか?


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