桜の樹の下の話
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カテゴリー:未分類 | 投稿者:ten | 投稿日:2013年4月12日 |

 桜の樹の下には屍体が埋まっていると書いたのは、梶井基次郎である。

 

馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が湧き、堪(たま)らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪(どんらん)な蛸(たこ)のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて、その液体を吸っている

 梶井の心象は、太古から保ち続けた桜の秘密を鮮やかに暴いてみせた。普通、暴かれた秘密は、惨めなものだが、桜の秘密は、一層残忍にして美しく私の心を捉えて離さない。そういった不安定な陶酔は、どこか心地よく、それでいて憂鬱だった。そんなわけのわからない気持ちを抱えて桜並木を散歩するなど妙な話だが、毎年四月恒例行事と思えばこれもまた悪くはない。というわけで、先日川辺の桜並木の散歩にでかけた。
 花見日よりの午後は、暖かく読書日よりでもある。ベンチで年配の男性が、本を読んでいた。本に貼り付いた桜の影が、川面にまっすぐと落ちている。私も本を持ってこればよかったと後悔した。そのとき、背後で「きれいですね」と声がし、振り返ると小柄な老婦人が立っていた。「はい」と返事をする間もなく、彼女の丁寧な会釈を受けた私は、あわてて会釈を返した。そんな私に頓着しないで、彼女は、軽快な足取りで去って行った。彼女の肩越しに小学生が二人向こうから歩いて来るのが見えた。すれ違いさま、彼女は、目を細めて少女たちを見たが、少女たちは、全く目に入っておらず、おしゃべりに余念がなかった。高学年らしい少女たちの話は、家にランドセルを置いてからどうするかという事らしかった。私の横を通ったとき、小柄の子が、頭一つ高い子に言った。
「家へ、帰ったら、自転車で急いで、あんたの家へ行くわ」
 少し間をおいて、片方の子は答えた。
「そんなに急いでこなくていいわよ。人生は長いんだからさ」
するとすかさず答えが返ってきた。
「そうだねえ。人生長いんだからねえ。事故にでもあったらこまるからね。ゆっくり行くわ。今日遊ぶの、Y子ちゃんに内緒だよ」
「うん、わかったよ。そうしよう」
 とどうやらY子ちゃんに秘密を作り、そしてゆっくりと行くことに決まったようだ。
「この先、確かに私より長いわね。あんたたち、それより今日の宿題は?」と、私は、勝手に心の中で彼女たちの会話に参加し、なぜかわくわくした。私に見送られているとも知らず、少女たちは何をして遊ぶかと具体的な話へと続く。そんな二人に桜は寄っていく。気づいた少女たちが、笑いながら触れると、桜は何度もバウンドして頷いた。
 少女たちが、三十一歳という若さで逝かねばならなかった梶井基次郎という存在を知るのは、もう少し先だ。まして桜の樹の下には、屍体が埋まっている。という秘密を知るには、まだまだ時間がかかる。少女たちの人生は長い。
 少女たちの長い人生と、それよりかなり短い私の残りの人生に乾杯と見えない杯を掲げて、桜の樹の下から空を見上げた、桜の房が、水色の空を楕円形に包みこんでいる。それに見とれているといや違うと私の心はつぶやく。桜の上ではない。桜の下である。桜の樹の下には屍体が埋まっている。桜の樹の下では人は人生を語っている。桜の樹の下には秘密がいっぱいのようだ。


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